どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第百四十一章

 

「あ。お茶切れちゃった」

 

 シームがカップにお茶を少し注いだところで、水筒からぽたぽたと雫が落ちる。

 

「思ったより早かったな。もう1つの水筒出して」

「はーい。

 ……このままだとおにぎりより先に、お茶がなくなるんじゃない?」

「かもなー。

 ちょっとだけカップに注ぐ量を減らして」

「うん、分かった」

 

 雪山に入って2時間は経ってるしな。それなりに消費もするか。

 

「ケチらず、水筒もう1つ買っときゃよかったかなぁ。

 でも5000ジェニーするしな」

 

 難しいところだよね。せっかく荷物減らしてるのに重量も増えちゃうし。

 

 

 

「取ってないカードって、あと1枚だっけ?」

 

 お行儀悪く、昆布おにぎりをもっちゃもっちゃしながら尋ねるシーム。

 小動物よろしく、鰹おにぎりをチマチマかじっていたウラヌスは小首を傾げながら、

 

「モンスターカードのことか?

 それならそうだよ。ラス1は雪崩を起こすイエティ。……アイツ出現率低いしな」

 

 シームのほっぺたに付いたゴハン粒を取ってあげてるメレオロン。あ、食べた。

 

「んもう、やめてってば、おねーちゃん。

 教えてくれたら自分で取ったのに」

 

 嫌がるシームに、隣に座るメレオロンは笑って返す。雪山に入ってからのおねーちゃんぶりがスゴイな。危険地帯だからっていうのもあるだろうけど。

 

 不意に寒風が吹き付け、メレオロンがぶるるっと震えた。ウラヌスは目を少し細め、

 

「やっぱり寒いか?」

「そうね……

 正直、おにぎりよりお茶の方が美味しいわ」

 

 心配そうにするシームに、メレオロンは肩をすくめる。

 私の見立てでも、メレオロンの怪物に対する反応は少しずつ鈍ってきてる。疲労が原因じゃないなら、本人にもどうしようもないしな。

 

「強行軍するつもりはハナから無いけど、ヤバくなる前に音を上げてくれよ。

 場合によっちゃ1人で街に戻ってもらうから」

「それはヤダなー。逆に危なそうだし」

「長時間別れたりしないよ。

 一時的に戻ってもらって、補給物資を買い足して『同行』で合流ってのもアリだからさ。

 1人で街に行くのが不安なら、俺だけこっちに残って3人で行ってくれてもいいし」

「あー。

 ……悪くはないかもね。考えとく」

 

 お茶をすすりながら、メレオロンは悩ましげに答えた。

 

 

 

 ────休憩時間に『周』が弱まっていくのが、もったいなくて仕方ないんだよな。

 

 本日4度目の『周』をウラヌスにかけてもらいながら、そんなことを考える。

 

 弱まってきたら休憩に入り、休憩が終わるタイミングで『周』をかけてもらうのが一番いいんだけど、登山中一度もそういう機会が巡ってこない。

 理由は分からなくもない。ウラヌスも本当はそうしたいんだろう。けど、私達と一緒に移動してるせいで、進行の見積もりが上手くいってない。おそらく想定よりかなり移動が遅く、どうしても休憩に適さない場所で『周』の時間切れが来てしまう。

 ウラヌスも以前より弱まってるから、遅いこと自体はいいとしても、そのせいで休憩のタイミングがズレこむのは都合が悪い。

 

 ……けどまぁどうしようもないんだよな。結局私達が負うべきモノを、ウラヌス1人が背負い込む毎度の構図だ。申し訳ないなぁ。

 

「終わったよ」

「……いつもすいません」

「うん? なに、改まって」

 

 振り向き、髪の毛を苦労して収めながら、

 

「今日もあなたのオーラに負担をかけてるな、と思いまして。

 私達と一緒にいる時はいつもこんな感じですけど、普段はそうじゃないんですよね?」

「普段って、ゲームに入る前?」

「そうです。正確には私達と一緒に行動する前ですけど」

「まぁねぇ……

 余力がなくなって、色々面倒で楽隠居してたぐらいだし。研究に時間割きたかったからだけど。

 こう毎日毎日キツイのは最近なかったかな……」

「私の診断でも、あなたは『過労気味』ですからね。

 身体を壊す前に、きちんと休んでくださいね」

「だいじょうぶ。

 ……また診断されるのはゴメンこうむるから、無理はしないよ」

 

 どうだかなぁ。気がつくと無茶してる感じだからな。

 

 シームと一緒に遠くを眺めていたメレオロンが、私達に目を向け、

 

「終わったんなら、そろそろ行きましょ。

 こんな坂道じゃ休憩にもならないし」

「うん、行こう」

「すいません、お待たせして」

 

 

 

 カードを拾い上げ、「ブック」で出したバインダーに収める。

 

「急に出てくるようになりましたね」

 

 銀狐を片付け終えて、周囲を見やるウラヌスに声をかけた。彼は1つ頷き、

 

「多分、温泉に近づいたんだと思う。

 もうしばらく怪物の出現頻度が上がったままだったら、ほぼ確定だね」

 

 10分ほどで4回遭遇してるからな。今までの道中が大体5分に1回のペースだったから、かなりハイペースに感じる。偶然の可能性もあるけど。

 

「このまま進むんですよね?」

「もちろん。

 温泉を見つけられるなら、それに越したことはないし」

 

 ランクAのカードだもんな。それを見つける為にまたここへ来るのも億劫だ。

 

「でも、どのへん探すとかアテはあるの?」

 

 カイロを揉みながら尋ねるメレオロン。ウラヌスは何とも言えない顔で、辺りをなぞるように指で差していき、

 

「明確な指標があるわけじゃないから、怪物の出現頻度で目星を付けるしかない。

 いちおう来たことがある場所だし、なるべく楽な道を選んではいるんだ。

 でもこれからは、出現率が下がってるなと判断したら、いったん引き返してキツい道を進んだりすることもある。みんな覚悟しといてね」

「温泉自体は見つけたことあるんですよね?」

「あるよ。えーと……

 出現率の上昇は最大3回だったと思う。そこまで来たら、後は地道に周囲の温泉探し。

 怪物が頻繁に出てくるから、かなりしんどくなる。アテもなく探してた今までだって、別に楽とは言えなかったけど」

「むしろここからが本番ですね」

「うへー」

 

 メレオロンがへたり顔で呻いた。少しは弟を見習ってよ、真剣な顔つきになったのに。

 

 

 

「げっ!?」

 

 汚い声を出すメレオロン。だけど気分は私も同じだった。

 

 全員で天を仰ぎ、

 

「あー……降ってきたな」

 

 チラチラと雪が舞っていた。さっきまでいい天気だったのになぁ。お昼1時から登山を始めてるけど、3時を回って気温も徐々に下がってきたようだ。

 

「まだ引き返さないですか?」

「うん。これくらいなら、まだね。視界が悪くなるくらい吹雪(ふぶ)いてきたら考えるけど。

 くそ……せめて降る前にイエティ来てほしかったな」

 

 さいわい、今は休憩中だ。次の休憩タイミングが節目だろうな。

 

「おねーちゃん、ボクのカイロ1個使って」

「……別にいーわよ。

 アンタが使いなさい」

「あー、シーム。

 自分の渡さなくても、まだ使ってないカイロあるからそっち渡せばいいよ」

「あっ、そっか」

「いやさぁ。

 3つも4つもあったって、どう使えばいいのよ?」

 

 ポケットから私のカイロを出す。貼るタイプじゃないから、身体に密着させられないんだよな。──いや、待てよ?

 

「ウラヌス。

 このカイロ、貼ることって出来ませんか?」

「っ! そっか、出来るね。

 メレオロン、好きなところにカイロくっつけてやるよ。神字で出来るから。

 腰とかに貼ってやったら、大分違うんじゃないか?」

「……そうね。

 それはやってもらえると助かるかも」

「みんなも冷えて困るところがあれば、貼るから言ってね。

 いちおう火傷しないよう、服越しに固定するから」

 

 お、お。いい感じに状況が動いたよ。雪がチラつかなかったら、気付かなかったかもな。不幸中の幸いってやつか。

 

 腰に貼ってもらったメレオロンがやたら歓喜していたので、釣られて全員腰にカイロを貼った。確かに大分変わるな。こんな状況でも、ポカポカ具合がまるで違う。

 少し気にしてた寒さによるパフォーマンスの低下も、これなら問題ないだろう。動きが鈍って、万一怪物に後れを取ったらシャレにならない。一番心配なのはメレオロンだけど、この分なら大丈夫かな。

 

 

 

 集中的に怪物が襲ってきた後、しばらく何も出てこない平穏な時が続く。まぁダメなんだけど。温泉から遠ざかってるんだろうし。

 今は5分前にウラヌスが溜め息を吐いて、来た道を引き返してきたところだ。

 ウラヌスが足を止め、斜面を見上げる。……さっき登るのを避けた急な登り坂だけど、確かにキツそうなんだよな。

 何とはなしに見渡すと、ちらちらと降る雪の中に広がる山々。……いい景色だよ。結構登ってきたもんな。帰りが徒歩だったら正直イヤだったけどね。移動スペル万歳。

 

「登るの?」

 

 動こうとしないウラヌスに焦れて、メレオロンが尋ねる。口数の少なくなったシームは、そろそろフラついてきてて危なっかしい。

 

「……登る。多分こっちが正解だしな。

 でもここで休憩しよう。これが最後の休憩。

 ひと踏ん張りしてダメだったら、終わりにしよう」

「タイミング的にも、私の『周』がそろそろですからね。

 ……補充して大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。

 アイシャに補充したら、残りオーラ3割ってトコかな」

 

 大丈夫じゃないと思うんだけどな。移動スペルで緊急避難できるからいいものの……。この様子じゃ、もし他プレイヤーが襲ってきたら私が迎え撃った方がマシだろうな。

 

 

 

 風が巻いて時おり小さな雪が吹き付ける中、私達は固まって最後のおにぎりを口にし、お茶で身体を温める。そろそろフリーポケットも一杯だし、撤収を検討する頃合いだ。

 

 4人のバインダーを確認していたウラヌスが、

 

「あと15枠。

 捨てる候補のカードは、俺のバインダーに寄せとくね」

「ちなみにどのカードが安いの?」

「ホイップバニーが600、ホワイトラットが900。

 後は1000以上だったと記憶してる」

「ウサギが600とか言ってたわね、そういえば。

 やっすいわねー」

「そりゃ12体出るしな。一度に大量出現するやつは、面倒なワリに売り値もショボい。

 それもあって、ランクGとHは結構売り値が逆転するんだよな。どっちも安いから大差ないけど」

「長丁場だとフリーポケットが溢れちゃいますから、モンスターの集団は特に嬉しくないですよね」

「ホントにね。ソロプレイの時はどうしようもなかったよ」

 

 確かにそうだろうな。イヤでも誰かと組まないと、そんなことでも損をする。

 

 

 

 食事と雑談の後、私に『周』をかけ、いよいよ急斜面を登り始める。

 

「出来るだけ俺の後ろに付いてきてね。

 横に逸れると雪のヒサシを踏み抜くかもしれないし。……嫌だな、こんなトコ登るの」

 

 ぶつぶつ言うウラヌス。私が苦笑していると、

 

「ぐるるるる……」

 

 前方の雪の中から、唸り声。

 

「ごあああああああッッッ!!」

 

 大声で叫びながら、初見の怪物が現れた。毛むくじゃらの巨大猿。これは──

 

「くっそ、今かよッ!!」

 

 ウラヌスが毒づく。こいつがイエティ! 酷いな、こんなトコで雪崩なんか起こせないじゃないか。

 

「どうすんの、降りるのっ!?」

 

 メレオロンが尋ねる。今から斜面の下まで降りれば──いや、マズイ。この急斜面から雪崩が起きれば、かなりの規模になりそうだ。大規模な雪崩だった場合、ウラヌスが対処しきれないかもしれない。

 

 やや躊躇していたウラヌスが手先を振り──

 イエティの両目へニードルが突き刺さった。追加で喉元にも突き立つ。

 

 大きく身体を震わせて硬直した後。そのままイエティは、ズズゥンッ! と後ろへ倒れこんだ。

 

 

『516:イエティ』

 ランクC カード化限度枚数46

 巨人に近いサイズを誇る 毛むくじゃらの雪男

 かなりの体力を持ち すさまじい怪力で雪球を投げつけてくる

 

 

「はぁー。雪崩のチャンスが……

 モンスターはコンプできたけど、上手くいかないな」

「そういっぺんには片付かないってことですね。

 今これが終わっただけでも、ひとまずは良しとしましょう」

「うん……

 せめて温泉か雪崩のどっちか終わらせられるといいんだけどね」

 

 

 

 進行ルートは急斜面がやはり正解だったようで、かなりの頻度で怪物が襲ってきていた。ここまで来たら、せめて温泉は発見したいな。坂の上から雪が吹き付けてきてるけど……

 

 ──そろそろ急斜面の頂上が見えてきた。フリーポケットは、さっきの銀狐戦で一杯になってしまい、ネズミとスライムのカードを一部破棄している。

 

 雪の中から唸り声。この声は、

 

「ちっ……後ちょっとなのに」

 

 叫び声とともにイエティが出現。ウラヌスが即座に腕を振るった。

 

 イエティの頭部へニードルが刺さる。が、片目は潰せたモノの、1本は頬に刺さった。外した──!

 

 焦燥をにじませる動きで、ウラヌスが更にニードルを放つ。イエティが反応し、ガードした腕に刺さった。マズイ!

 

 私が前に出ようとするが、足が沈むほどの積雪で素早く動けない。そうこうするうち、イエティが莫大な声量で吠えた。念能力でなければ有り得ない、振動を伴うほどの咆哮。私は咄嗟に耳を塞いだが、そのせいで身動きが取れない。

 

 ありったけの力で喉を震わせる大猿に、今度こそウラヌスの針が急所を穿った。大声を途切れさせ、倒れていくイエティ。ズシィンッ! と寝転がり、カード化した。

 

 

 

 ──パキリ、と響く音。

 

 

 

 やがて、ズズズズズ……と地鳴りが聴こえてきた。足元からも揺れが伝わってくる。

 ウラヌスが軽やかに雪上を駆けてカードを拾い上げ、私達の元へ速やかに戻りながら、

 

「集まって!」

 

 叫びながら私を片腕で抱え、元々固まっていた姉弟のところへ移動するウラヌス。

 

「俺にしっかり掴まって、ゼッタイ離れないで!」

 

 更に振動が強まる。斜面の雪があちこち流れ出している。一刻の猶予もない。

 私はウラヌスの身体に掴まり、周囲に意識を払う。斜面の頂上から大きな気配。

 

 ひととき、間近で彼の真剣な表情を見つめた。

 

 

 

巨人(きょじん)吐息(と いき)(はば)まれ

 (さ )(ち )らせ 儚き(はかな )結晶の(けっしょう )(はな)──!」

 

 

 

 厳しい寒気と積雪の世界に、ウラヌスの天を衝く指先が一際強く輝き、宙を躍った。

 

 

 

「──【白銀の城砦/ヨツンヘイム】ッッ──!!」

 

 

 

 轟音とともに私達へ雪が降り注ぐ数秒前、ズン! と急激に身体が沈み込んだ。見ると足元の雪が全てなくなり、土色の地面に立っている。これは──!

 

 意識せず、迫り来る雪崩の方へ目をやった。

 

 

 

 ヂぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッッッッッッッッッッ!!

 

 

 

 鼓膜を軋ませる凄まじい音を奏で、私達を球状に護る何かが、凶暴な雪の濁流を完全に阻んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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