ウラヌスは戸をトントントンとノックし、
「入るぞ」
「どうぞー♪」
戸を開けると、寝床と一繋がりになった手前の空間にあるコタツへ、夫婦がぬくぬくと収まっていた。ここの二人部屋はこんな感じなのか。私達の部屋と比べると、流石に手狭だな。
「いらっしゃーい♪ 入って入って」
「邪魔するよ」
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす……」
「あら、そっちの子も来たの? もう1人は?」
「辞退した。部屋で先に寝てるよ」
「ふぅ──ん? なんで猫がいるの?」
「にゃん?」
シームが大事そうに両腕で抱えたサクラに、気がつくベルさん。
「えっと。……まぁこっちの事情だよ」
「ずいぶん大人しいな」
「カワイらしい猫ちゃんじゃない。
あっ、寒いでしょ? みんなコタツに入って。
……シームくんだっけ? あなたはこっちにおいで。狭いけど私の横に」
ウラヌスと私の顔を窺うシーム。私もウラヌスに視線を向け、彼は少し渋い顔をした後、小さくうなずく。
言われるまま、シームはベルさんのすぐ隣へ。その向かいにモタリケさんがいるので、私とウラヌスは空いてるコタツの両側からそれぞれ入る。
ベルさんは興味津々で、抱っこされるサクラを覗き込み、
「うわー、ずいぶん綺麗な白猫ね♪
あなた達、この猫どうしたの?」
「こっちの事情っつってんのに、オマエも遠慮なく食いつくな……
今まで連れてなかったんだから、少し考えれば分かるだろ?」
「え? ……拾ったとか?」
「アホか」
「あー……もしかして、念獣?」
ウラヌスが首肯すると、モタリケさんはアゴを擦りながら、
「なんか指定ポケットカードで、それっぽいのがいた気もするけど……」
「オマエが言ってるのは、カメレオンキャットのことか?
イイ線だと思うけど、違うよ。そいつは自前。俺の念獣」
「へえー!
いい趣味してるじゃない♪」
「どういう意味だよ……」
「褒めてるのよ。
よかったら、ちょっと触らせてもらってもいい?」
「うん……大丈夫だと思う」
シームが許可を出し、サクラに触れるベルさん。優しく撫でられてるサクラは、気持ちよさそうに目を閉じている。
「うわあー、めちゃくちゃ手触りいいわねぇ。
可愛い顔してるし♪」
「にゃん」
「……この子、声かけると反応するわね」
「にゃ?」
「ほら。なんか反応が妙に的確だし」
「言葉を理解できるからな。返事がにゃーなだけだよ」
「にゃー」
「アッハハ、面白い子ね♪
抱っこさせてもらっていい?」
「ウラヌス?」
「あー……
正直拒否りたいけど、どうせしつこくねだるんだろ。
シームが良ければ。桜が良しとするかは別問題だけど」
「じゃあ、桜をコタツに乗っけるね」
シームがサクラを持ち上げ、コタツに飛び乗らせる。
「おいでおいで♪」
ベルさんが招くと、コタツの上のサクラは小首を傾げ、白い尾をゆるんと波打たせた後、そちらへ近づく。
迎え入れる体勢のベルさんに、サクラがするっと収まった。
「ぉ……ぉぉぉぉ。これは……
えも言われぬ感触ね……。あえて言えば、ぷにぷに?」
「ぷにぷにだよね」
「ぷにぷにですよね」
「ふにゃ」
「きゃーっ! かわいー♪」
抱っこしたサクラを幸せそうに撫で撫でするベルさん。モタリケさんは思わしげな顔をして、
「その状態で、絵を描いてみたいな」
「いいわね!」
「よくねーよ。勝手なことヌカすな」
「ダメなのか?」
「ダメだ。そいつコスパ悪いんだよ。
出しっぱだとそのうち消えるからオーラ補充してやんないといけないし、補充する時は俺と接触してる必要がある」
接触しないといずれ消えちゃうのは、結構シビアな制約なんだよな。父さんが母さんを具現化し続ける時でも、接触の必要はないわけだし。母さんの場合、具現化を維持できる距離がシビアだけど。
「満足したら返してやれよ。予約も入ってんだから」
「予約?」
「あはは……」
私は小さく手を上げる。見てたら、抱っこしたくてたまらなくなるんだよな。
「大人気なのねぇ、あなた。
そりゃあ、こんなに可愛くてふわふわなら当然かにゃ?」
「にゃん」
口許をくすぐられて一鳴きするサクラ。ああ、いいなぁ……
「後、飲み食いはさせるなよ。
そいつ、食べたり飲んだりしてるの見ると欲しがるんだけど、飲み食いできる身体じゃないからな」
「あらら、それはかわいそうね。
……この子、あなたが動かしてるんじゃないの?」
「いや。そいつ、勝手に動くんだよ。
自分で考えて動いてる……から、俺の言うことをあんまり聞かないんだ」
「横暴だからじゃないの?
ダメな飼い主ねぇ」
「飼い主ちげぇ。四の五の言うなら、さっさと放せ」
「やーよ。まだ満足してないもん」
「にゃ」
はぁー……と溜め息を吐くウラヌス。予想通りの展開だもんね。しってた。
「で、話ってなんなんだ?」
ぐったり疲れたウラヌスに尋ねるモタリケさん。
「オマエも、もうちょっと早く聞いてくれ……」
「疲れてるなら、みかんと茶でも出そうか?」
「いやオマエ、俺が言ったコトちゃんと理解しろよ。
俺達が飲み食いしてたら、桜がそれ見て欲しがるんだって。だから要らない。
……気持ちだけもらっとくよ」
「この子、サクラって名前なのね。そういえば」
へなへなとコタツに突っ伏すウラヌス。くたびれちゃったか。
「もうハナシすんの、やめよっかなぁ……」
「いや、機嫌そこねるなよ。
その猫を連れてきたのはお前だろ?」
「俺じゃねーよ……」
あ、遠回しに責められてる。……すいません。
「こんなかわい子ちゃん連れてきてくれたんだから、今ならなんだって聞くわよ♪」
「お前への手土産じゃねーよ……」
「ベル、勝手なこと言うな。何の話かも分からないのに」
うん。話進まない。
「……こほん。そろそろ本題に入りたいので、私からお尋ねしますね。
お2人とも。
ゲームから現実に戻られることを、本気で検討されませんか?」
私が切りだすと、ベルさんが目を見開き、モタリケさんは神妙な表情を見せた。
「やっぱりその話か……
オレは基本反対だよ。現実の方が生活しにくいし、危なっかしい」
ウラヌスは頭を上げる。髪を払いながら、呆れた顔を隠しもせず、
「まぁオマエはそうだろうな……
ベルは?」
「んー……
どうしよっかなぁ」
お? ベルさん、思ったより感触いいな。やっぱり口説くならベルさんか? モタリケさん、完全に警戒してるしな。
「うにゃ?」
ベルさんはサクラの顔を見つめた後、シームにサクラを直接返す。あー……ま、いっか。
「なんでわたし達が帰りたくないか、それを分かってて言ってるのよね?」
「ええ、そのつもりです」
「そもそもここに長居するな、ってしつこく忠告してる理由も分かってるだろ?」
「分かってるわよ。
病院にも行けないし、他のプレイヤーに襲われるかもしれない、でしょ?」
「そうだよ。医薬品の類はここでも手に入るけど、医者がいないからな。
で、いくら俺が好戦的なプレイヤーをある程度排除したからって、新しいプレイヤーが入り続ける以上、完全に危険は取り除けない。どっちも確率の問題だよ」
「今はまだ全体的に穏やかな雰囲気ですが、カード集めが煮詰まってきたら以前のようにプレイヤー同士の争いも増えてくるでしょうし」
「それは分かってるけど……」
心当たりがあるのか、そう言って額を揉むモタリケさん。
「前にも話したけど、お前らがここに残すと惜しい物に関しちゃ、奪還の手立てがある。アイシャのツテで、失し物宅配便を借りればいいからな。
おまけに、現実に残してきた絵画もソレで回収できるだろ」
「うぅーん……
オレだって気に入って描いた絵は手元に置いときたいけど、素性がバレるリスクがあるじゃないか。現実のどこに絵があるか分からないけど、回収したらオレ達を探そうとするかもしれない……」
ふむ……。ゲームに残った場合も、出た場合も、他人の干渉がリスクか。……いや。
「でも相手が人間ならまだ警戒しようもありますが、病気は難しいですよ。
お2人とも、普段から健康に気を使ってます?」
「オレはいちおう」
「……」
「ベルさん?」
「あ、うん……気をつけてるつもり……」
「運動しろっつってもしないんだから、お察しだよ。
運動はもちろんだけど、念能力者としての力が衰えれば、病気もしやすくなるのにな」
「わかってるけど……」
「分かってないだろ、実際何もしてないんだから。
結局リスクは、ゲームも現実も同程度。
で、こいつらは居心地のいい今を選んでるだけだ」
「だって……」
「生活基盤が現実にない以上、仕方ないじゃないか」
そこが最大のネックなんだろうな。おそらく危険うんぬんよりも、そっちが気になるんだろう。今の生活を失いたくないし、新しい生活ができるか分からない。最悪、逃亡生活だもんな。……いや、死ぬことすら有り得るか。
「けど、ずっとここにいるわけにもいかないだろ?
当面問題が起きなかったとしても、歳食ってから放り出されたら悲惨じゃないか」
「若返り薬があるし……」
「アレを過信するな。真っ当な代物じゃない以上、何が起こっても不思議じゃない。
そうでなくても、ロクな備えもなく危ないことがなければいいな、なんて希望的観測を持つな。……死んだら終わりなんて、当たり前のことを言わせるなよ」
ウラヌスの正論にうつむく夫婦。とは言え、現実の保障がなければ踏み出しにくいのも分かるんだよね。
……となれば。やっぱりコレを言うしかないか。
あんまり気は進まないんだけどな……
「──条件付きにはなりますが。
現実での生活を保障すると言ったら?」
『え?』
「生活基盤がない。狙われてるかもしれないから怖い。
この2つをクリアできればいいんですよね?」
「うぅーん……」
「そりゃ、ね。でもそんなウマイ話ある?」
うっ。……そりゃ疑って当然か。私も逆の立場なら疑うに決まってるしな。でも今は、信じてくれる前提で話をするしかない。
「私はアームストルにある風間流の本部道場にツテがあります。
そこには多くの門下生が、道場内に部屋を借りて生活していますので……
そちらで暮らすのであれば、生活と安全、両方の保障が可能です」
夫婦が顔を見合わせ、『んー』と悩みだす。
リィーナに頼るしかないんだよな、こういうのって……。最低限の生活費ぐらい、私が出してもいいんだけど。おそらくリィーナは受け取らないだろう。
「生活の自由はどれぐらい保障されるの?」
「応相談かな、と考えていますが……
よほど贅沢を言わなければ、それなりに保障されるとは思います。武術の道場なので、人目につくところでは、節度を持って行動していただかないといけませんが」
「道場暮らしかぁ……
夫婦で暮らすには、ちょっとアレねぇ」
「そもそも当分コソコソしないとマズいだろ、お前らの場合。安全は買うと高ぇんだから、多少の不自由は我慢しろよ。
現実に戻って情報を集めて、問題なさそうだ、ほとぼりは冷めたと判断したら、好きに行動すればいいわけだし。
そうだな……無理と判断したら、ゲームに戻ってきてもいいんじゃないか?」
「どうやって?
わたし達が入ってきたゲーム機、どこにあるか分かんないのに」
「にゃ」
シームが、サクラを右手に抱えたまま左手を上げる。みんなの視線が集まる中、
「失し物宅配便で、回収できるかも……」
「ああっ!?
そっか、ゲーム機はモリーのだから!」
「多分、回収できるな。
まぁ仮にダメだったとしても、俺がゲーム機確保してるしさ。
セーブデータは作り直しになるけど、ゲーム内へ戻るだけなら何とかなるよ」
「ああー。
どうしよっかなぁー」
ベルさんが真剣に悩みだす。もうちょっと揺らせば落ちそうだな。
「キミには悪いけど、信用していいの?
まだ若いし、そこまで保障してくれると言っても……」
モタリケさんが疑り深く聞いてくる。さてさて……
「少なくともアイシャは、お前らよりしっかりしてるよ。
プロハンター2人の保障だぞ? 念書が欲しけりゃ書いてやるよ。
この機会を逃したら、ヘタすりゃ近い将来死ぬかもしれないって分かってるか?」
「……」
「どうしてわたし達にそこまでしてくれるの?
見返りは?」
沈黙するモタリケさんに代わって、ベルさんが尋ねる。
私は束の間考える──けど、ウラヌスが応えた。
「……腐れ縁だしな。
それは抜きにしても、俺達がゲームクリアするのに協力してほしいんだよ」
「そんなの、さっきの話関係なしにしてあげるわよ……」
「無関係じゃないんだ。
俺達と接触を増やせば、実際ゲームクリアかそれに至るまでの過程で、他プレイヤーの恨みを買う可能性が高い。俺達を恨む連中がいた場合、お前らがそのトバッチリを食らうことも有り得るだろ?」
「……そうね」
元気なく、うつむくベルさん。モタリケさんは怪訝そうに、
「カードを取ったり取られたりなんて、ここじゃ日常茶飯事だろ?
そんなのいちいち恨んでたらキリないと思うが?」
対し、ウラヌスは軽く手を振り、
「それは個々人の考えだし、そうかもな、そうじゃないかもな、って話でしかないよ。
恨みがなくても、俺達がカードを大量に集めた後で、お前らを人質にしてカード全部とトレード、なんて交渉をするヤツがいないと言い切れるか?」
「……」
「危害を加える理由なんて、探せばいくらでもあるってことさ。
仮に俺達がクリアした後、逆恨みで何かされないよう用心する為にも現実に戻った方がいい。
──逆に、現実へ帰ると約束してくれないなら、協力関係は解消だ。預かってくれてるモノ全部返してもらって、今後接触もしない」
おお、押し込むなぁウラヌス。事前の打ち合わせになかったこと言ってる。……でも、そうだな。2人の為にもそうした方がいい。
「ずいぶん強引だな……
オレ達の意思は無視か?」
モタリケさんが軽く怒った表情でウラヌスを見る。ウラヌスも小さく怒気を覗かせ、
「いくら言っても、本気で提案してるって分かろうとしないからな。
お前らが真剣に考えたのなら、別にどういう結論でもいいさ。
でも、明らかになぁなぁで済まそうとしてるだろ。今の生活が心地いいから。
お前らのその生活は盤石じゃないって、いい加減理解しろよ」
「そうですね。
いくら安定しているように見えても、ここでは誰も守ってくれません。
……ゲームクリアを目指さず、現実にも帰らずにゲーム内で留まる人達をよく思わないプレイヤーは少なからずいます。
そういうプレイヤーに、人間らしい扱いを受けるとは限りませんよ?」
「にゃーん」
モタリケさんが顔を逸らす。心当たりあるんだろうな。よく思わないプレイヤー、には以前の私も含まれる。……ウラヌスの話を聞いて、少し考えを改めたけど。やむを得ない事情で滞在する人も確かにいるだろうし。旨い話だと思って来た人には同情しないけどね。
ベルさんは、シームが抱っこするサクラの口許をこちょこちょしながら、
「モリー。
あなたが決めていいわよ。わたしはどっちでもいいかなって思ってるし」
「どうしてそんなことだけ、オレ任せにするんだよ……」
「亭主だろ? しっかりしろよ」
「くそっ。……考えさせろ」
両肘を突き、目を覆って考え出すモタリケさん。なにかぶつぶつ言ってる。
……しばらく待つが、この分だとすぐ返答しそうにはないな。
「シーム、サクラを抱かせてもらっていいですか?」
「うん」
大人しくしていたサクラを、またシームはこたつに乗せる。話を聞いていたのだろう、すぐ私のところへ来て、あっさり迎え入れさせてくれた。あー……ふわふわー。ほんっと癒しだよ、この子ってば。ぅぃぅぃ。胸元に抱き寄せると「にゃう」と小さく鳴いた。
「飼い主と違って、素直な子ね」
「うるせーよ」
モタリケさんが伏せた目を上げ、私とウラヌスをちらちらと見る。
しかし、何も言わない。
「モタリケ。
お前が俺に言ったことだけど、考え込みすぎても失敗するぞ」
「……イヤでも考えるよ。
今の生活が壊れるかもしれないんだから」
「ふん……まぁ好きにしろよ。
俺の場合、考えすぎて失敗したっつーより、肝心なところに考えが及んでないのが失敗する理由だしな」
苦そうな顔でそう告げるウラヌス。多分、助言してるんだろう。なんだかんだで何度も失敗したことを悔やんでるんだろうな。きちんと分析できてる。
……負けず嫌いなんだよね、きっと。私にもそういう部分があるから分かるよ。
「ベル、オマエは人任せにしてるけど実際どうなんだ?」
「わたしは出てもいいかなって思ってるけど……
通行チケットなんて引いたのも、キッカケだったんだろうなと思うし。
でもモリーが出たくないなら、わたしも出ないわ。意味がないもの」
一拍置いて、モタリケさんが聞こえるように息を吐く。
「だってさ。
モタリケ、マジモンのいいトコ見せどころだぞ?」
「だから、考えさせてくれ……」
ものすごい悩んでるな。いずれゲームから出ざるを得ないのは分かっていても、出たくない気持ちも強いんだろう。……まぁ決断するまで待つしかないか。