どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第百四十九章

 

「はぁー……」

 

 疲れた息を吐く。……もう朝から何にもする気力が湧かない。

 

 温泉でメレオロンの話を聞いてる最中に、私は思わず泣き出してしまった。ものすごい謝られたけど、恥ずかしいやら何やらで気持ちはグチャグチャのままだ。

 

 なぁなぁで済まそうとしてる、か。……こたえるなぁ。袖を通した冬着が、やたら重く感じる。心配するメレオロンにあまり構うこともできず、脱衣所から出る。

 

 売店近くのテーブルで、何か飲んでいるベルさんとモタリケさんがいる。

 

「あ、出てきたわね。温泉どうだった♪」

「ええ、いいお湯でしたよ」

「……なにかあったの?」

 

 自分でも誤魔化せないだろうなと思ったけど、ベルさんはやっぱり気づいた。モタリケさんも、私が喋る前から軽く首を傾げていた。

 

「いえ、なにもないですよ」

 

 不自然なのは承知しつつも、そのまま歩いていく。その足でゲームコーナーへ。

 

 ウラヌスとシームは、予想通り先に上がっていたようだ。私達が長湯だったしな。……私が落ち着くまで、なかなか上がれなかったし。

 昨日と同じように、ブロック崩しをしているウラヌス。それを眺めるシーム。シームがこちらを見る。怪訝そうな顔で。

 

「……アイシャ、なにかあった?」

 

 ゲーム画面から目を離さずに、ウラヌスが問いかける。……見もしないで分かっちゃうんだ。

 

「いえ、別に」

「アイシャ、目が赤いよ?」

 

 シームの言葉に、ウラヌスがゲームを放棄してこちらを振り向き立つ。

 

「なにか風呂場であったのか? ……メレオロン?」

「えっと……」

 

 私の後ろを付いてきていたメレオロンが、申し訳なさそうに反応する。

 

「別に何もないですってば。

 気にしないでください」

 

 ダメだ。何も取り繕えてない。大事(おおごと)にしたくないのに、挙動不審感が拭えない。

 

「……ごめんアイシャ。ちょっとここで待ってて。

 メレオロン、こっち来て」

 

 私をゲームコーナーに残し、ウラヌスとメレオロンが歩いていく。シームが迷うような素振りを見せる。

 

「……気になるなら、あちらで話してきていいですよ」

「う、うん。ちょっと様子見てくるね」

 

 ためらった後、シームも2人を追う。

 

 ああ、やっちゃった……。朝から何をやってるんだ、私は。

 

 

 

 

 

 ゲームコーナーから伸びる廊下を曲がり、そこで足を止める。振り向き、足取りの鈍いメレオロンをイライラと待つ。

 

「メレオロン、お前アイシャに何やったんだ?」

「えっと、その、待って。

 ちょっと、考えを整理させて」

 

 焦らせたいわけじゃないが、何をやらかしたか分からない以上、こちらはジリジリするしかない。……シームもこっち来たか。

 

「おねーちゃん、アイシャに何したの?」

 

 全く同じ問いに、不謹慎ながら笑いが込み上げる。その衝動を噛み潰す。

 

「まず、これだけは言わせて。

 アタシはアイシャに、何もしてないから」

 

 こちらから目を逸らさずに言ってくる。偽りではないのは、声の響きだけでも分かる。

 

「何もしてないのは信じるけど、何かあったのか?」

「えっと……

 色々話してる最中に、アイシャが泣き出しちゃって」

「なにを言ったんだ」

 

 湧いてくる怒りを殺しきれず、語調が強くなる。メレオロンが怯えるのも当然だろう。

 

「おねーちゃん、アイシャに何言ったの?」

 

 びくっとするメレオロン。……俺より弟の方が怒ってるかもしれないな。

 

「その、シーム。あのね」

「もしかして、2人のことで何か言ったの?」

 

 メレオロンの顔が引きつる。この場合の2人って言うと……アイシャと俺か?

 

「余計なことしないでって、ボク何度も言ったよね?」

「……っ」

 

 ここまで怒り狂うシームは新鮮だな、と場違いなことを思う。メレオロンの怯えぶりが尋常じゃないから、実際珍しいんだろう。……とは言え。

 

「シーム、お前も落ち着け。これじゃまともに話聞けないだろ」

「でも!」

「まず俺とコイツで話すよ。

 ……アイシャが心配だから、そばについててくれないか?

 後でなに話したか教えるから」

「……

 ウソ、つかないでね?」

「ん。約束するよ」

「分かった……」

 

 明らかに納得していない顔で、シームは来た道を戻る。……こりゃ見透かされてるな。

 

「ごめんなさい。ありがとう」

「別に助けたつもりはないよ。おっかないな、シームも」

「そうね……後で謝るわ」

「ま、それはそれとしてだ。

 シームにも聞かせたくない話なんだろ? 正直に話してくれるか?」

「う、うん。ちょっと待って」

「待つから、正直に話せよ。

 取り繕って変にボカされると、後でアイシャと話した時、おかしなことになる」

「……」

「どうせ俺にも話しにくいことだろうけどな。

 ロクでもない悪口言ってたら、何でかアイシャが泣いたとかだと思うし」

「えっ!

 なんでアンタ分かったの……?」

 

 図星かい。……いや、待て。

 

「当てずっぽうだったんだけどな。

 それでアイシャが泣く理由は俺にもよく分からんけど」

 

 アイシャに何もしてない、俺とアイシャのことを話してただけ、アイシャの目が赤い、俺にも話しにくい、といった断片的な情報から予想しただけだ。流石にこいつも目の前にいる人間が泣くほど本人の悪口は言わんだろうし。

 

「そんなにたくさん話してたわけじゃないんだけど……」

 

 メレオロンが訥々(とつとつ)と語り始める。俺はそれを黙って聞く。

 

 ……。

 

 アイシャが寝起きに俺をマッサージしてたことを聞いた、アイシャとシームが俺にベタベタくっつくのは問題がある、俺とアイシャがお互いどう思ってるか──

 

 聞いていて頭の痛くなるような話題ばかり放り込まれ、思わず口を挟む。

 

「俺はアイシャのことを友達だと思ってるよ。

 それじゃいけないのか?」

「……ごめん。

 それについては、アタシが勝手に思ってるだけだから。それじゃいけないって」

「……」

 

 アイシャが性転換したい理由は何なのかを改めて問い、俺とアイシャは鏡のようによく似ていると指摘し、あの夫婦と話したことについて気になったことを伝え──

 

「それはアンタのことでしょ、って。

 この場合のアンタって、アイシャじゃなくてウラヌスのことなんだけど」

「……」

 

 頭を掻く。聞かなきゃよかったとしか言いようがないが、聞き出したのは俺だ。今さらどうしようもない。

 

「……居心地がいいから、なぁなぁで済ませてる、か。

 ホントだな。どのクチがそんなこと言ってんだろな」

「ちょっと待って、別にアタシは──」

「言われりゃムカつくけど、ぐぅの音も出ないよ。

 まぁ俺のことはいい。

 アイシャはそれを、自分のことを言われてるんだって受け取っちまったんだな」

「多分……」

「そりゃ、俺とアイシャが似てるなんて話をした直後に、俺の悪口言ったらそうなるだろ。

 アイシャがいくら強いからって、オマエ勘違いしてないか?

 あの子、まだ14歳だぞ? 女の子にムチャ言って、不用意に傷つけるなよ」

「ごめん……

 私もあの子に対して言ったつもりじゃなくて」

「分かってる。

 ……誰が悪いわけでもないよ。しいて言えば、俺が悪い」

「いや、違う。そんなこと──」

「俺がこんな中途半端な態度取ってるから、お前もイラつくんだろ。アイシャもシームも。

 オトコかオンナか、どっちなのかハッキリしろって。

 そりゃそうだ、俺だってハッキリさせたいさ」

「だから違うってば!」

「違わない。

 ……俺がアイシャに声かけたのも、どこか自分に似てるって理由だったのかもな。

 もしかしたら、俺のことを理解してくれるかもしれないって。

 結果、俺はみんなを振り回して引っ掻き回して、ヘンにさせてるわけだ。

 言ってて本気で思うよ。俺は最低だ」

「だから違うって……」

「……昔っからなんだよ、こういうのは。

 別に今に始まったこっちゃない。だから俺は……誰とも友達になれなかったんだ。

 どうにかしたかったけど、どうしようもない」

「アタシは……

 あんたのことを心配してるのよ……」

「はぁ……

 ……。

 こんなもん、そのままシームには話せないな。心配かけるだけだ」

「……」

 

 すっかり消沈したメレオロンに、俺は束の間、言葉を選ぶ。

 

「俺のことはいい。心配しなくても、途中で放り出すことは絶対しないから。

 それよりも今はアイシャだ。ドリアス行き中止も検討した方がいいかもな」

「ごめん……」

「オマエもあんまり落ち込むなよ。シームにも言っといてやるから。

 具合悪いようなら、いつでも遠慮なく言えよ。

 変な気分じゃ遊びようもないだろうしな」

 

 涙目で、じっと見てくるメレオロン。

 

「なに?」

「……アンタさ。自分のこと心配するなって言うワリに、ヒトの心配ばっかりするわよね。

 アンタのそういうコト、アタシ嫌いよ。……多分、アイシャとシームも」

「……

 性分だからな。今さら治らん」

 

 肩をすくめる。……俺だって、自分のバカさ加減に呆れてるよ。

 

 さて、2人にどう話すか考えないとな。あの夫婦も気にしてるだろうし。

 

 

 

 

 

「ホントに大丈夫? 今日はもうドリアスやめた方がいいんじゃない?」

「いえいえ、大丈夫です。

 ホントになんでもありませんから」

 

 ベルさんに手を振ってみせるが、心配そうな顔はやめてもらえない。

 

 ゲームコーナーには、私と戻ってきたシーム、不安げな顔のベルさんとモタリケさんが固まっている。そんなに心配されても、うっかり泣いちゃっただけだしな。たいしたことじゃないから、かえって困ってしまう。恥ずかしいったらないよ。

 

「出発を遅らせるぐらいした方がいいかもな。

 あっちも揉めてるみたいだし」

 

 モタリケさんの言葉に、廊下の向こうを見やる。そこで2人が何か言い合ってる気配が消えない。私も気になってるし、シームも不安そうにそちらをチラチラ見ている。

 

「シーム、私のことはいいですから。

 話を聞きたいなら、また行ってきていいですよ」

「うん……

 でも、もうちょっと待つ」

 

 このぶんだとシームも、自分がいるとかえって話がまとまらないと気づいてるんだろう。……何の話をしてるんだか、私も不安になってくる。

 さっき、お風呂でしてた話だろうとは思う。……けど、そんなのウラヌスにしていいんだろうか。正直に話してるんだとしたら……でも嘘を吐いたところで、彼は見破っちゃうしな。

 

 そうこうしてるうち、ウラヌス達が戻ってくる。ベルさんとモタリケさんがそばにいるので、メレオロンはフードを目深に被っていた。そういえば、それもまだ未解決だったね……

 

「ちょっと落ち着いて話したいから、いったん部屋に戻ろう。

 ベル達は自分の部屋で待っててくれ」

「うん、了解」

 

 何も聞かず、ベルさん達は了承してくれた。さぁこれからって時に申し訳ないな……

 

 

 

 4人とも黙ったまま、部屋に戻ってくる。はぁー。コタツは落ち着くけど、なんかバタバタしてるせいで据わりが悪いよ……

 

「……

 えっと……

 温泉浸かりながらメレオロンがアイシャにしたって話、さっき聞かせてもらったよ」

「……そうですか」

「なに話してたの?」

 

 当然この中で一番事情を知らないシームが尋ねる。ウラヌスは少し困った顔で、

 

「長話になってもアレだし、正直気分のいい話じゃないからある程度ハショるけど……

 最初は、俺がアイシャになんでか朝マッサージされてた件」

「結局、あれって何だったの?」

「いやまぁ……

 マッサージしてただけだよね? アイシャ」

「ええ、ええ。そうです。

 目覚まし代わりにマッサージしてあげようと思って」

「アイシャって、毎朝ウラヌスのこと揉んであげてるの?」

「いえいえ、まさか!

 ……たまたま今朝は一緒に寝ちゃってたんで、起こしてあげようかなと思っただけで」

「ふぅん」

「で、次にアイシャとシームが、俺にやたらベタベタしてるのどうなんだって件」

「へっ?

 どういうこと?」

「メレオロン、説明した方がいいか?」

「……。お任せするわ。

 なんとなくあなたが判断することだと思うし」

「んー……

 シーム。なんで俺に抱きついたりするの?」

「え、それは……」

「俺さ。結構嫌がってるつもりだけど、それでも度々飛びついたりするだろ?

 なんで?」

「う、うん。

 ……嫌よ嫌よ、も好きのうちかなって」

 

 今それを言っちゃうか、シーム……

 

 はぁー。と分かりやすく嘆息するウラヌス。

 

「メレオロン。

 これ、オマエが悪いんだよな?」

「はい……」

「問題があると思うなら、お前とシームで話し合ってくれ。俺は関知しない。

 次。

 ……えっと、あー」

 

 次の話題って、なに話してたっけ。確か……

 

「……アイシャは何でホルモンクッキーを使いたいか、だっけ」

「おねーちゃんッッ!!」

「ごめん、ごめん!」

「シーム、落ち着け。

 ……まぁでも、これは怒るのも無理ないわな。

 ちょっと前にも聞いてたけど、プライベートなことをしつこく聞きすぎだ」

「はい……」

 

 い、居心地悪い……。私が正直に話してないせいだし、なおさら肩身が狭い。

 

「問題はこっからだよ。

 俺とアイシャがよく似てるって話をした後に、マズイことを言っちまったんだな。

 シーム。昨日の夜、俺がベル達を説得する為に色々喋ってただろ?」

「うん……」

「そんでまぁ、アイツラにあれこれ偉そうに語ったわけだけど。

 実際問題、俺もご立派な人間じゃないからな。アイツラに言ったことを、俺も出来ちゃいなかったんだよ。

 で、その話をアイシャがして、メレオロンがそれに対して自分も出来てないだろ、ってツッコミを入れたんだ」

「うん……うん」

「メレオロンは俺に対して言ったつもりだったんだけど、俺とアイシャが似てるって話の後だったせいで、アイシャは自分が言われたような気分になったんだよ。

 それでまぁ……っていう。

 ただ、俺はそうなんじゃないかって勝手に思ってるだけで、実際は知らない」

「……。

 概ねその通りです。私も個人的に思うところがあったので……

 お騒がせしてすいませんでした」

「うん……うん?

 でも、悪いのはおねーちゃんなんでしょ?」

「シーム、あんまりメレオロンを悪者にしてやるな。

 どっちかっつうと、悪しざまに言われるような言動をした俺に問題あんだから。

 アイシャは別に気にする必要ないし、メレオロンも謝ったならそれでいい」

「……ウラヌスはそれでいいの?」

「俺はメレオロンの言う通りだと思ってるよ。

 シームも、俺が言ったの聞いてたろ?

 今の生活が心地いいから、なぁなぁで済ましてるって」

「うん……言ってた」

「俺もそうだ、って話さ」

「……

 ウラヌスは、何を『なぁなぁ』にしてるの?」

 

 問われ、彼は私達から目を逸らす。くちびるを噛みしめ、

 

 

 

「……。

 男か女かハッキリさせずに、中途半端にしてる」

 

 

 

 ────私は初めて、シームが本気で怒るところを見た。

 

 激昂し、立ち上がろうとしたシームの身体を、ウラヌスが両手で押さえた。ガタタッ! とコタツが揺れる。

 

「シーム!

 ……お前のねーちゃんは、間違ったことを言ってない」

「でもっ!!」

「いいから。

 ……怒ってくれるのは嬉しいけど、メレオロンは直接俺に言ったわけじゃない。

 たまたま風呂場でしてた雑談を、俺に話さなきゃいけなくなっただけだ」

 

 シームは激しく首を振り、

 

「納得できない!」

「シーム……

 俺だって好きでこんな状態じゃないんだ。仕方なく、ふらふらしてるだけなんだよ。

 問題ないなんて思ってない。だから──」

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「おねーちゃんッ! なんでウラヌスのこと、そんなに悪く言うの!」

「ちがうの、そんなつもりじゃ……」

 

 メレオロンがいよいよ大泣きしだした。シームも釣られて泣き始める。そんな2人を、困った顔で眺めるウラヌス。

 

 ……どうしよう。私のせいでメチャクチャにしてしまった。私が……

 

「アイシャ。……お願いだから自分を責めないで。

 キミは悪くないから」

 

 ウラヌスの優しい声に、私はまた泣き出してしまう。

 

「すいません……わたしが……」

 

 私が顔を押さえた手の隙間から、うつむくウラヌスの姿が覗く。……こんなおおごとになってしまった。みんなを傷つけてしまった。どうすればいいんだろう……

 

 

 

 どれぐらい、そうしてただろうか。

 

 泣き続けて、ようやく落ち着いてきた頃。ウラヌスがぽつりと言った。

 

「……そのうち結論は出すよ」

 

 顔を上げると、悲壮感を漂わせたウラヌスが疲れた表情を見せている。

 

「ハッキリさせなきゃいけないのは分かってるから。

 都合よくフラフラし続けるのも限界がある。……俺もそんなのでみんなを振り回したくない」

「ウラヌスは……

 ホルモンクッキーで女の子になりたいんだよね?」

 

 シームの問いかけに、こくりと頷くウラヌス。

 

「男なんて嫌だ。──って気持ちに、今も変わりはないから。

 けど……

 都合よく男と女を使い分けるべきかどうか、俺の中でも気持ちの整理がつかない。

 ……嫌だけど、ここのところ男でもいいかなって、ちょっとだけ思うこともあるし」

 

 チクチクと、胸を刺す痛みがある。……気のせいだと分かってはいるけど。

 

「俺はいずれ、結論を出すよ。

 ……でもアイシャ。これはキミとは関係のない話だ」

 

 ウラヌスの目を、直視できない。どれほど悩み苦しんでいるか分からない彼と……私を比べてしまい、どうしても自分が汚らしく思えてしまう。そんな目で見ないでほしい……

 

 

 

「たとえ俺がどんな答えを出したとしても──……

 

 キミはそれに、引っ張られないでね」

 

 

 

 わたしは……なにも、こたえられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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