ころん、と。ボールが落ちた先は。
緑の00。
……は?
────うぎゃああああああああああッッッッ!! バカな、バカなぁぁぁぁぁぁッッ!!
「くぁぁぁぁぁぁぅ……!」
うごごご……と沈んでいく。あと1回、たった後1回じゃないか! ひどいよこんなの……。どうせ負けるなら、ハナっから希望なんて持たせるなよぉ……
「あーりゃりゃん。
ダブルゼロに始まり、ダブルゼロに終わったねぇ」
ほっとした気配のウラヌス。うっせぇぞ、このクソバカにゃんこぉ。くぅぅぅっ……!
「アイシャ、元気出して?」
シームの心から気遣う声がツライ。こんなバカやらかした自分に優しくしなくていいよ……どうせみんなドン引きなんでしょ、ムキになって大負けブッこいてさ。
……それもどうでもいいか。スク水、また着させられるのか。はぁぁぁ……ツライ。
「アンタ達、一体なに賭けてたの?」
私の様子から尋常ではないと察したのだろう、メレオロンが心底不思議そうに尋ねる。
「名誉の為、それは秘す」
ウラヌスが回答を突っぱねた。……うん、この場でバラしたら殴ってたかもしんない。
「アレじゃないのー?
お互いエッチな賭けでもしてたんじゃないの?」
『…………』
くっ。ベルさん、こういうトコは鋭いんだよな。お互い、当たらずとも遠からずだ。
「え、マジ?
アンタ達、なに賭けたの?」
「……だから秘密だっつってんだろ。
お前らの想像してるようなこっちゃねーよ」
うぅむ……
「まぁ2人で混浴するくらいだし、きっとよっぽどよねぇ♪」
「……けどアイシャ、なんか落ち込みすぎじゃない?」
私はしゃがみこみ、テーブルの縁におでこを当ててるような有様だ。立ちあがる気力がない……シームが心配してるのは分かってるけども。
「あれ?
外れたのに、チップいっぱいあるけど」
「へ……?」
シームの声に反応し、背を少し伸ばして、テーブルの上を覗き込む。
すると、目減りはしたものの、私の方へチップの山が来てる。は? なんでだ?
「ああ、これってアレよね?
サレンダー」
「うん。38目あるやつだし、それがないとな」
「……どういうことです?」
ベルさんとウラヌスが分かったふうに話すので尋ねてみる。
「2倍賭けしてる時だけ、0・00が出たらハズレじゃなくて賭けた分が半分返ってくるんだよ。でもまぁ……
ダブルアップは途切れるね」
……。チップの山を半眼で眺める。
つまり──大損こいてみんなに迷惑はかけてないけど、実質私の1人負けってことか。はぁぁぁ……にゃんこシバきたい。
「よかったじゃん、アイシャ♪」
「えぇ……」
シームが元気づけるけど、私は気が抜けたよ。だからそういうのは先に言っておいてよ。……いや、言われてみれば、緑が出た時に少しチップが返ってきてた気がするな。偶然、私が見落としてただけか。
「で、どうするの?
まだルーレット続けるの?」
ベルさんの言葉に、私はフルフル首を振る。とてもじゃないけど、続ける気力が湧いてこない。
「いや、いったん休憩しよう。
状況を整理したいしな。ここのホテルでどっか部屋取ろう」
ウラヌスの言葉の後、私に視線が集中する。……はいはい、分かりましたよ。
億劫に膝を伸ばし、無理をして立つ。
「大丈夫、アイシャ?」
「いいからさっさと行きましょう」
今さら気遣ってくるバカにゃんこに毒づき、私は早く行けとアゴで促す。……くそっ、なにやってんだ私は……
道中、私をイジメたとか傷つけたとかいう罪状で、姉弟にボロクソに怒られるウラヌス。ホテルの一室に6人で入った後、ウラヌスは半泣きで落ち込みながら、
「俺、楽しんでもらおうと思っただけなのにぃ……」
えぇもう、そりゃ楽しかったよ。勝ってたらな! ……負けたショックが大きすぎて、めっちゃヘコんだわ。
「分かった、シーム?
これがギャンブルで身を滅ぼした者の末路よ」
「ぅ、うん……」
待てメレオロン。そんな例に、しかも私とウラヌスを一緒くたに指すな。……そりゃ、シームには真似してほしくないけども。
「あっははは♪
ホント楽しいわね、あなた達」
「賑やかだよなぁ」
夫婦が、一歩距離を置いてそんな感想。いや、あなた達も大概だからね?
「お前らに言われたくねぇよ……」
ウラヌスが不機嫌にそう返すと、モタリケさんは面白そうな顔で首を傾げ、
「ん?
それは、さっきのが痴話喧嘩だって認めるのか?」
「はあぁぁっ!? ちっげぇよッ!!」
「……違いますよ」
なにが痴話喧嘩だ。……ハタからは、そう見えるかもしれないけど。
「くそっ……
つぅかメレオロン。むしろ俺達、ギャンブル自体は勝ってるからな?
トータルでプラスになってるぞ」
「ほんとに? アイテムの分を足して?」
「……うん。流石にな。
アイテム分を足してプラスだよ」
「いいなぁ……」
元気なさげなシーム。……そうだよね、負けるとヘコむよね。分かる分かる。
「でもシーム、あのアイテムが売り値いくらとか知らないじゃない。
まだ分かんないわよ?」
「まぁいいから、いっぺん整理しよう。
ブック」
『ブック』
全員がバインダーを出す。そうして状況確認が始まった。
私とウラヌスが入手したイベントカードは1枚。
手持ちの所持金は、40万→38万9500ジェニー。
『43:大ギャンブラーの卵』
ランクB カード化限度枚数30
手の中で毎日3時間温めることで
1~10年後に現実となって孵る卵
温める時に願う気持ちが強い程 早く孵化する
「ポーカーのフロアに居なかったし、もしかしてと思ってたけど、やっぱり勝ったんだ?
やるじゃない♪」
「ま、予算がありゃなんとかなるさ」
「にしたって、1万ジェニーしか使ってないじゃないか」
「いや、ポーカーで5万使ったよ。アイシャがだけど」
「はいはい、どうせ私がスっちゃいましたよ!」
「けど、ルーレットでほぼ取り返したじゃん」
「……全く納得してませんけどね」
結果的にトントンなだけで、内容的にはポーカーもルーレットも私の負けだ。あーあ、面白くない。
「この卵って売ったらいくらすんの?」
「30万。
だから金額換算すると、28万9500ジェニーのプラス」
……やっぱりウラヌスの圧勝じゃないか。
ともあれ、次はメレオロンとシーム。
「……見せないとダメ?」
「そりゃな」
「シーム、確認してもらわないわけにはいかないでしょ?
大金預かったんだし」
「うん……」
メレオロンは平気そうだけど、シームは見せるのも渋々といった感じだ。これはだいぶ負けたかな?
姉弟が入手したイベントカードは1種類。
手持ちの所持金は、30万→22万ジェニー。
『299:スパイシーレモン』
ランクF カード化限度枚数165
珍しい果実 痛みを感じるほど酸味が強い
ほんの一滴で ただの水がパンチの効いたレモンジュースに早変わりする
確かに1種類だ。──けど、同じのが2枚ある。なんで?
「どういうこった?」
「えっとね、最初はすごい順調だったのよ。
アタシから始めて、3万勝ってたところでブラックジャックが出て。
もう5分くらいで終わっちゃったのよね」
「ブラックジャックって、同じマークのか?」
「そうよ。このアイテム取れたし」
「なんだ、ボロ勝ちじゃないか。
すぐ俺達と合流すりゃよかったのに」
「アタシもそう言ったんだけどねー」
「……」
シームが複雑な表情を浮かべる。……私もこんな顔してるのかもな。
「それじゃせっかくルール覚えたのにつまんないって、シームがごねて」
「……だって」
「何事も経験だしな。それ自体は構わないよ。
んで?」
「アイテムは取る必要ないし、シームに1000チップのテーブルでやってもらったのよ。
そしたらこの子、最初はミスったりして負けてたけど、後から結構取り返して」
「ホントだよ?
ブラックジャックだって何回も出したし」
「あ、うん」
「シームがそこでトータル1万5000くらい勝って、同じマークのブラックジャックも出て。
これなら5000のトコでやらせておけばよかったかなーって。
もう慣れてきたし、大丈夫だろうと思って」
「ふぅん……」
考えるように相槌するウラヌス、視線を落とすシーム。ギャンブルだからね。勝ったり負けたりするのは当たり前なんだよな。
「5000のテーブルでシームにやらせたら、これがもードツボにハマッちゃって。
負けた分を取り返そうと必死になって、余計ムチャするし」
「だってぇ……」
ウラヌスが、意味ありげな目を私に向ける。……分かってるよ。私もこうなってたって言うんだろ、くそっ。
「2人で勝ってた分も全部溶けちゃって、最終的にマイナス10万までいっちゃってさ」
ぅわあ。
「アッハハハハ♪
やるじゃない、シーム君!」
手を叩いて喜ぶベルさん。おいおい、やめてよ。シーム、泣きベソかいちゃってるよ。
「ちょっと待て、空気読め。
ベルの賭け事に対する感性は、前からおかしいって言ってるだろ」
「あ、はーい。ごめーん♪」
モタリケさんがベルさんを叱る。……確かベルさんも、ドリアスでやらかしてるって話だったな。ロクなもんじゃないんだろう。
ウラヌスが額をぽりぽりかきながら、
「……そんで?」
「うん。カッカしてたシームも、そんだけ負けたら流石に青褪めちゃって。
これで終わりにしたらキツイだろうなと思って、アタシもまた5000でやったのよ。
そしたらポコポコ勝って、2万取り返した上にアイテム2つめ取っちゃったわけ」
また意味ありげに私を見てくるウラヌス。
これは……メレオロンが勝った分シームが負けて、シームの負け分をメレオロンがまた勝ったってわけか。おそらく仕込まれた運の波で。……悲惨だね、シーム。私とおんなじだよ。はぁ……
「その結果が、マイナス8万とアイテム2枚か。
まぁいいけどな。シーム、あんま気にすんな」
「でも……」
「誰がやっても勝ったり負けたりするのがギャンブルだよ。
たまたま負けただけなのに、それを何とかしようとするから悲惨な目に遭う。
ギャンブルで一番肝心なのは引き際だからな。今回はいい勉強だったと思って諦めろ」
「ぅー……」
「で。肝心のレモンは、売ったらおいくら?」
「3万だよ。
金額換算すれば、2万ジェニーのマイナスだな」
シームがうなだれる。可哀想に……。私はウラヌスを責められるけど、シームは自分を責めちゃうだろうしな。後で元気づけておこうか。
で、夫婦の番なんだけど……
入手したイベントカードは3枚。
手持ちの所持金は、30万→27万5000ジェニー。
『300:ファイヤーチェリー』
ランクG カード化限度枚数319
珍しい果実 熱を感じるほど辛みが強い 甘みを引き立てるために
わずかな量の果肉を用いるのが通例だが 直接食べる猛者もいるとか
『298:ドリップマスカット』
ランクF カード化限度枚数148
珍しい果実 ワインのような 酩酊感のある果汁が親しまれる 大人の果物
酒精は含まれないが 止まらなくなるため食べ過ぎに注意
『297:クリームバナナ』
ランクE カード化限度枚数119
希少な果実 生クリームのような とろける舌触りが人気の果物
果肉がすぐ崩れてくるので 食べる時にうっかり落とさないよう注意
「どう? どう?」
「……。
どうって、オマエラ……」
きゃぴきゃぴ戦果を見せるベルさん。顔に手を当てるモタリケさん。震えるウラヌス。
いや、なんで? なんで3枚もあるの?
「どう? すごいでしょ♪」
「──ア・ホ・かッッ!!
バカラ終わったら、状況確認しに来いっつってただろうが!
なに勝手に2つも終わらせてんだッ!」
「えぇー。
手間が省けてよかったじゃない」
「……ビデオポーカーはまだいいよ、オマエラの担当だから。
でもクラップスは俺らの担当だろうがッ!! アイテムかぶってたらどうする気だッ!?」
「んー……
バカラはアイテム取るのすぐ終わっちゃったのよ。飲み食いで時間つぶしたぐらいだし。
で、あなた達のポーカーはそんなすぐ終わんないだろうなーと思って。クラップスに先行ってもかぶんないでしょって思ったのよ。
クラップスもすぐ終わったし、ビデオポーカーにも行ったら、モリーがさくっとフォーカード出しちゃってさ♪
また色々オヤツ食べて時間つぶしてから、ここに来たってわけ♪」
「……
俺、クラップスすんの楽しみにしてたのにぃ……」
「ほらベル、言った通りじゃないか。
勝手にしたら、こいつ怒るって」
「えぇー」
みんな、やらかしてるなぁ……。ギャンブルこわい。
「あーもう、くそっ。分かったよ……
手間省けたのは事実だしな。正直そこまでやってくれるとは思わなかったよ」
「ドリアス常連ですから♪」
「ハマりすぎて攻略頓挫させてりゃ世話ねーよ。
えーと、この3枚だと……8万6000か。だから金額に直すと……
6万1000ジェニーのプラス」
なんだかんだで、みんなキッチリ押さえてるんだよな。上手くいかなかったのは、私とシームだけか……はぁ。
ともあれ、ドリアスで入手を予定していたアイテムをすでに5つ手に入れたわけだ。
指定ポケットカード1枚に、ランクSを取るのに必要なカード4枚。
残りは3枚。スロット、ルーレット、ビンゴか。
全員の所持金は、ダブついたレモン1枚を売ったとして……おっと、待てよ。
「ウラヌス、このホテルの休憩代は計算してます?」
「あ、それも含めないとね。後払いにしてたし」
メモにカリカリ書き込むウラヌス。
「ん、出た。
いま手持ちの金が88万4500。レモン1つ売って91万4500。
休憩代が2500だから、91万2000だな。
ぶっちゃけ、ほとんど減ってない」
「でも、わたし達に結構報酬払ってくれてるし、トータルではソンしてない?」
「いや、そうでもないよ。
これを1人でやってたらシャレになんないし、まだポケット圧迫してないのはデカい。
正直、順調すぎて怖いぐらい」
これで順調なんだ。……みんなカード集め、苦労してるんだな。
「これからどうするの?
ルーレット、またやる?」
ベルさんの問いかけに答えず、私を見るウラヌス。うーん。
「……やらなきゃいけないならしますけど、本音を言えば時間を空けてほしいです」
「だってさ。
ま、俺もちょっと気分転換したい。
スロットはまだ他のプレイヤーが結構粘ってるし、ここのカジノにないビンゴを全員でやりに行こう。アレなら人数いれば、そこそこ早く終わるからさ」
ウラヌスの提案に、誰も異論を挟まなかった。