どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第百六十三章

 

 脱衣所が狭い。

 

 ……うん。いや、当然っちゃ当然だよね。ワンフロア借り切るのが前提の部屋だけど、大人数で泊まることは稀だろう──そういう想定だから、浴室や脱衣所はそこそこの広さしかない。

 

 問題は、だ。

 

 この思いっきり密室で、ウラヌスと2人きりで脱衣しなきゃいけないわけだ。……その、入浴より恥ずかしいんだけど? え、なんで誰もあらかじめ注意喚起してくれないのさ。

 

「アイシャ。

 俺、出とくからその間に入っちゃいなよ」

 

 言われて反射的に頷きかけ──思いとどまる。

 

「ダメです。あなた、そのまま逃げる気でしょう?」

「に、いや逃げないってば」

「信用できません」

 

 さっきまでのあの嫌がりようだ。そのつもりがなくても、機会を与えれば気が変わって逃げてしまう可能性は充分ある。

 

「……分かったよ。

 俺が先に入るから、アイシャは外に出て待ってて」

 

 少し考える。特に問題ない気はするけど、なにか引っかかる。

 

 扉を見る。──やっぱり内鍵か。

 

 期待半分不安半分の目で見つめてくるウラヌスに、私は無情に首を横へ振った。

 

「ダメです。

 鍵を掛けて、中へ入れないようにするかもしれませんから」

「しないってば、そんなこと……」

「着替えてる間はお互い、いいと言うまで背を向けていれば済む話じゃないですか。

 さ、早く」

 

 ちゃっちゃと脱いで、タオルを巻けばいいだけだ。簡単なことじゃないか。

 

「でも狭いしさぁ……」

「往生際が悪いですよ。

 ……恥ずかしいのがあなただけだと思ってるんですか」

「ぅー……

 わかったよ、もぅー」

 

 ぐずった後、向こう側へぐるりと身体を回すウラヌス。私も反対に身体を向ける。

 

 運動着のチャックに手をかけ……あ、うん。やっぱり狭いね。音めっちゃ聞こえるよな、これ。いいよね、ワンピース脱ぐだけのヒトは。

 

 ……。

 

 意を決し、ジジジ……と小さく音を鳴らしながらチャックを下ろしていく。ウラヌスのビクッとする気配が伝わってくる。

 

 ぴたっと手を止める。呼吸を整えて、再び下ろしだす。ウラヌスがまたビクっと、

 

「……いちいち反応しないでください」

「ぅ、ぅん……」

 

 涙声で返してくるウラヌス。ええい、面倒なヤツめ。余計恥ずかしいじゃないか。

 

 バカらしくなり、あえて音を出しながら着替える。いちいち気にしなければ、どうってことないんだよ、こんなの! ウラヌスもそれに乗じて、脱衣し始めたようだ。……この根性なしめ。

 

 勢いよく脱ぎ終え、急いでバスタオルをぎゅぎゅっと身体に巻きつける。

 

 髪を上げてタオルでまとめて──よし、終わり。

 

「こっちは終わりましたよ」

「わっ、待って待って!」

 

 どんくさいなぁ。さっさとしてほしいよ。

 

 めっちゃ衣擦れの音を聞かされながら、じりじりと待つ。……ぅぅ、嫌な時間だ。てか、ウラヌスの体臭が鼻をくすぐってくる。これ、私の汗の臭いとかも向こうに届いてんじゃないか? やだなぁ。

 

「ごめん、もういいよ」

 

 息を吐きながら振り向く。ウラヌスも同時に振り向くのが見えた。

 

 私と同じようにバスタオルを巻き、髪をタオルでまとめたウラヌス。……ぱっと見は、ホント女の子だよね。か弱い身体つきとか、妙に気弱な性格とか……

 

 不安そうな顔を隠そうともしない彼に、私は今一度嘆息する。

 

「あんまり怖がらないでください。

 別に取って食べやしませんよ」

「えぇぇぇっ!?」

 

 表現が悪かったのか、小動物よろしく身震いするウラヌス。……これ、おかしくない? むしろ身の危険を感じないといけないのは、私じゃないのか。……はいはいはいはい、どうせ乙女なのはウラヌスの方ですよ。知ってました!

 

「もう少し男らしく出来ないんですか」

「ぇぅっ」

 

 ムカついた勢いで思わず言ってしまった後、今にもウラヌスが泣きだしそうな顔になる。あ、これアカンやつだ。

 

「ぅ……」

「あああ、その、えっと。

 ごめんなさい……悪気はなかったんです」

「ぅぅー……」

 

 完全に苛めてる状態になってしまった。なんなんだよ、これ……

 

「ほら、ウラヌス。さっさと入ってしまいましょう。

 無理強いしたのは謝りますから、お風呂でさっぱりしましょう。ね?」

「……ぅん……」

 

 浴室への戸を開けると、そこはそれなりに大きい空間だった。でもまぁ……不十分かな。贅沢を言えば、この2倍は欲しい。

 

「……。ねぇ、アイシャ……

 これって、身体洗ったりするの難しくない……?」

 

 そうだな。これは厳しいかもしれない。さっきは着替える間だけで済んだけど、身体を洗う間、ずっとそっちを見ないのは正直キツイ。

 

 というのも、夜景が望める大きなガラス張りの一面があって、その……いくらか反射で見えそうなんだよね。反対側が。……そちらも見ないようにすると、ほとんど顔の向きを変えられなくなってしまう。ずっと浴槽で湯船見つめてるだけとかキツイよ。

 

「じゃあ身体を洗うのはやめときます?

 お互い髪の毛を洗うと、時間もかかりますし」

 

 ドリアスに荷物の大半を持ってきてないから、いつものシャンプーとかもないしな。

 

「んー……

 せめてシャワーは浴びたいかも」

「そうですね。シャワーは浴びましょう。

 でも、どっちが先に浴びます?」

「んんん……」

 

 シャワーが1つしかないから、1人ずつしかムリだな。

 

「先に1人が掛け湯して浴槽へ入って、後の1人がシャワー浴びるのは?

 シャワー終わったら交代」

「……そうですね。それは構いませんよ。

 で、質問に答えてもらってませんけど、どっちが先に浴びます?」

「ぁぅ。えっと……」

 

 いまいち頭が回ってないなぁ。ふぅー……。アテにならないし、こっちで引っ張るか。

 

「私が先にシャワーを浴びます。

 なので、ウラヌスがお先に浴槽へどうぞ。私はあっち向いてますから」

 

 脱衣所の扉の方へ身体を向ける。ここまでしなきゃいけないのか、まったく……

 

「……ごめん」

 

 私が多少突き放してるのを感じ取ってるのか、情けない声でそう言って桶に湯を貯めるウラヌス。すぐにざばっと浴びる音がする。

 

「はぁー……」

 

 妙に艶っぽい声で鳴くにゃんこ。タオルを巻き直す音、ひたひたと濡れた足が床を歩く音が響き、浴槽に入っていく水音が聴こえた。

 

「ふぅぅー……

 お待たせ。もういいよ」

 

 浴槽の方へ目をやると、肩まで浸かり、夜景のガラス窓へと身体を向けているウラヌス。

 

 ……ふふ、申し訳ないけど絵になるよね。モタリケさんが見たら、喜んで描きそうだ。

 

 でも、そっちだと反射で見えると思うんだよなぁ。ご丁寧にガラス窓も曇ってないし。

 

「ウラヌス。今からシャワー浴びますけど、目を閉じててくださいね?

 信用はしてますけど」

「う、うんうん」

 

 まぁ覗きたきゃ覗けばいいけどね。そんな度胸があるなら、むしろ安心すらするよ。

 

 ……でも初日のことがあるからなぁ。いや、でもアレがトラウマにもなってるのか……

 

 うー。ぼんやり考えてるせいで、なかなか踏ん切りがつかない。

 

「……。

 アイシャ。できればその、早く浴びてほしいなぁって」

 

「……はい」

 

 やっぱりそれなりに緊張するな。えぇい、さっさと済ませるぞ! 女は度胸だ!

 

 全身のバスタオルを剥がし、髪のタオルも外して、シャワーの栓をひねる。

 

 

 

 ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……

 

 

 

『…………』

 

 当然というか、お互い一言も発さない時間が続く。喋ってた方が気は楽なんだけど……

 

 意地張って平然と鼻歌でも歌ってやろうかと思う自分と、ひたすら恥ずい恥ずい恥ずい……と念じる自分が内心でせめぎ合う。動揺しすぎて、心臓が激しく脈打ってる。ぅひー。

 

 改めて現状認識すると、ありえないほど酷いことになってるな。どうしてこうなった? 誰か教えてぷりーず。うぅ……

 

 ふー……呼吸呼吸。落ち着け私。別に、何か取り返しのつかないことが起こってるわけじゃないんだ。気にするな、混浴だって今回が初じゃないんだ。むしろ変態がいない分、

 

「……アイシャ」

「ひゃいっ!?」

 

 めっちゃ変な声出た。ぐぅぅ、なんにも落ち着けてないじゃないか、くそっ!

 

「そんなにイヤなら、もういいじゃん……

 一度上がって、仕切り直そうよ。1人で入った方がいいって、ぜったい」

 

 

 

 ────そう言われて、冷静になり。全身の熱がすぅっと引いていく。

 

 

 

 シャワーの栓をきゅっと閉める。

 

「そんなに嫌ですか? 私と入るのが」

「え?」

 

 思いのほか険のある声音に、ウラヌスが驚いた反応をする。……まぁいい。この方向で続けよう。

 

「よっぽど私は嫌われてるんですね。

 友達同士でお風呂入るのって、そんなに変ですか?」

「き……きらってるとか、そんなんじゃないってば。

 普通、友達と入るもんなの?」

「私は入りますよ」

「その……女性と、だよね?」

「まぁ、そうですね。

 男の人と入ったのは、あなたが初めてです」

 

 父さんとも入ったことないしな……

 

 あ、ウラヌスとシームは同時か。まぁいいや。

 

「でしょ? 普通じゃないって、こんなの」

「……あなたは入ってたんですよね?

 お姉さんと一緒に」

「う、……うん。

 それは、そうだけどさ」

「お姉さんがあなたと一緒に入ってたのは姉弟だから、だけじゃないですよね?

 あなたが女の子の性格をしてるから、平気で入ってたんじゃないですか?」

「……」

「本気で女の子になる気はあるんですか?

 ……改めて言いたくはないですが、あなたの中途半端な態度は、私としても……

 どう接していいか分からなくなります」

「……。ごめんね」

「そう何度も謝らないでください。

 私も混乱して、変なこと言ってるなとは思ってます……」

「アイシャ……

 俺、どうしたらいいんだろ?」

 

 ……そんなの、私に決められるはずがない。どう助言すべきかも分からない。だって、私自身それで困ってるんだから。男性として、女性として、どちらの生き方に寄るべきか。

 

 ただ……そうだな。私は、女性としての生き方は捨てちゃいけない。母さんとの約束がある。父さんも悲しむだろう。

 

 けれど出来れば、男性としても生きたい、というのが本音だ。……わがままだとは思うけど、そう簡単に諦めきれない。

 

 身体と髪の水分を軽く拭い、タオルを巻き直す。

 

 円形の浴槽を回り込み、ウラヌスのいる反対側から湯船に足を浸ける。

 

 うーん、浴槽も狭いな……仕方ないか。そのまま身体を湯船に沈めていく。

 

「ウラヌス、もう目を開けていいですよ」

「……」

 

 閉じていた瞼を開けるウラヌス。赤くなった目が、困惑の色に揺れている。しばしの間、じっと見つめ、

 

「それは、私には決められませんよ。

 あなたは自分で結論を出す、って言ったじゃないですか」

「うん……いずれは、ね」

「で、あれば……

 今は都合よく使い分ける、でいいと思いますよ。

 あなたは今、女の子なんです。

 別に私の裸なんか見たって、何とも思わない思わなぃ……」

「い、いやいや……

 アイシャ、ちょっと無理があるって」

「なに言ってんですか。

 ヒトが気絶してる間に、勝手に身体拭いたクセに」

「わぁっ!?

 言わないでよ、今そんなの!」

「私のハダカ見たかったとか言ってたスケベな人は、どこいっちゃったんですか?」

「いやぁぁぁぁぁーッ!!

 お願いだから言わないでぇーッ!!」

「ふふ……

 そうやって恥ずかしがるから、からかわれるんですよ?」

「分かってるよぉ、そんなの……

 でも、どうしようもないんだもん……」

「困った人ですね。

 メレオロンやベルさんとは、これから長い付き合いになりそうですし、こういうのにも慣れていかないと」

「えぇぇぇ……」

 

 ちゃぽんと湯船から手を伸ばし、ウラヌスの頬に手を添える。いつかシームがしていたように。

 

「えっ!?

 アイシャ、なに……?」

「1人で悩んでも、答えが出そうになかったら……

 さっきみたいに相談してくださいね。

 どうしたらいいか、なんて聞かれても私だって困っちゃいますけど。

 一緒に悩んであげるくらいならできますから。

 ……友達じゃないですか、私達は」

「ぁ……

 ……。

 あいしゃぁ…………ひっく」

 

 小さな子みたいに、泣き始めるウラヌス。仕方のない子だよ、ホントに。……男らしく、なんて言って傷つけちゃったからな。これで罪滅ぼしになればいいんだけど。

 

 

 

 泣きやんで落ち着いたウラヌスがシャワーを浴びる間、私はジェットバスのスイッチを見つけ、ONにしてみる。

 ぼこぼこぼこ、とめっちゃ泡立つ。おおぉ。なるほど、こういうことか。面白いな。

 

「あ、ジャグジー使ってるんだ?」

 

 頭皮をシャカシャカする音を立てながら、ウラヌスが尋ねてくる。

 

「これ、ジャグジーって言うんですね」

「ジェットバスでもジャグジーでも間違いじゃないよ。

 ジャグジーは商標だった気もするけど、よく分かんないや」

「へぇー」

 

 あんまり落ち着かないけど、高級感はあるな。ぶくぶくぶくー。

 

 

 

 再び浴槽に浸かるウラヌス。ジャグジーの泡を楽しみながら、2人で『ふぅー』と息を吐く。

 

「やっと落ち着きましたね」

「うん……。こんな感じなら、混浴も悪くないんだけど」

「いつもシームと入ってるじゃないですか。

 あの時って、どうなんです?」

「んーと……

 やっぱりちょっと恥ずかしいんだよね。シームも妙に見てくる時があるし」

「まぁ男の子ですからねぇ……」

 

 こんな見た目美少女が入ってたら、シームの年齢でも思うところはあるだろう。

 

「そういえば、いま4人はどうしてるんでしょうね?」

「うん?

 ……聞き耳立てるぐらいしそうな感じだったけど……妙に気配ないね」

「聞き耳って、何を聞くつもりで?」

「さぁ……

 盗み聞きなんてロクなもんじゃないし、俺は知らないよ……」

 

 口許を湯船に沈め、顔を赤くするウラヌス。いったいなに想像してんだか。

 

「このジャグジー、なんだか全身マッサージされてるみたいですね」

 

 ぶぅっ!? と吹き出すウラヌス。その反応に私はニヤニヤしながら、

 

「どうです、ウラヌスは?

 私やシームに全身マッサージされてた時と比べて」

「ゃ……やめてってばぁ」

 

 か細い声を漏らすウラヌス。ムチャクチャまっかっかだな。身体をもぞもぞさせつつ、唸ってる。

 

 ……。む?

 

 なんかこのにゃんこ、やけに過剰反応な気がするぞ。

 

 まさか……メレオロンが言ってた変態発言を思い出してるのか?

 

 あ、やっぱりそうかも。さっきからチラチラ私の胸元に視線がいってる。くっ……

 

「……へんなこと考えてません?」

「かっ、かんがえてナヒよ」

 

 だうとー。

 

「ウソおっしゃい。私の胸見てるくせに」

「見てないってば!」

 

 私から顔を横にそむけるウラヌス。ふぅん。

 

「へぇー。

 ……そんな期待されても、胸で全身マッサージなんて頭の悪いことはしませんよ」

「へ、へんなこと言わないでってば、もぅッ!」

 

 完全に背中を向けてくる。ほぉん……

 

 ……あ、そっか。わかった。

 

 サクラだ。あの子をいつも胸に抱いたりしてるから、その記憶がウラヌスにもあるんだ。それを思い出しちゃってると。なるほどねぇ……

 

 稚気が湧き、スススと身体を寄せる。

 

 指を一本伸ばし、無防備な背中につつー……と這わせた。

 

「はにゃぁぁぁぁーーッ!?」

 

 背を仰け反らせて叫ぶにゃんこ。タオル越しなのに、めっちゃいい反応するな。

 

 耳元にまで顔を寄せ、

 

「ねぇ、ウラヌス……」

「なななな、なんですかっ??」

 

 浴槽のヘリにしがみついて、ぶるってるウラヌス。全身紅潮し、ひどい有様になってる。

 

「あなたも……

 サクラみたいに、してほしいんですか?」

「そんなわけないじゃんッッ!?

 なに言ってんのッ!?」

 

 ふふふ、かかったな。

 

「その口振りだと……

 サクラがどういうことされてるか、よーく理解してるように聞こえますね?

 一体どんな感じだったんですか? サクラの記憶では……」

「はぅぅー……」

 

 心底へたりきった声で鳴くにゃんこ。くっくっく。まったく、ういやつめ……

 

 泡立つジャグジーに全身を刺激され、それなりに私も身体が火照ってきてる。オーラのない生身の身体で、あんまりバカやるもんじゃないな。よし……

 

 ウラヌスの頭に手をやり、タオルをひっぺがす。ぱさりと湯に落ちる桜色の髪。

 

「えっ!? なにやって……!」

 

 振り返ったウラヌスが、ほとんど身体が触れるほどに接近してる私を見て硬直する。

 

「髪の毛、洗いましょうか?」

 

 にこやかーに告げる。

 

「へ……へ?」

「だから髪の毛。ストレス溜まってるでしょうし、頭皮チェックでもしようかなって。

 シャンプーとか普段使ってる物がないですから、お湯でしか洗えないですけど」

 

 そう伝えながら、彼の頭を正面からぺたぺた触る。うむうむ、よい手触り。

 

「……む。なんですか、その顔は」

 

 見るからに不満げなウラヌス。まだまだ全身真っ赤だけど、いくらか冷静になってるな。

 

「……なんかさ、ずるくない?」

「ずるいって?」

「アイシャばっかり、そういうことしてさ。

 温泉で髪の毛洗った時だって、強引だったじゃないか」

 

 ふむ。……まぁそうか。

 

「つまりあなたは、公平に私の髪も洗いたいと?」

「そ、そうじゃなくて!

 俺にそういうことするのやめてって意味で……」

「別に私の髪を洗いたいなら構いませんよ?

 それならそうと言ってくれれば」

「ぇ、ぅ、うん?

 ……本気で言ってる?」

「まぁお湯洗いくらいなら、ですよ?

 身体とかは絶対ダメです」

「しないよ、そんなことッ!

 ……じゃあ、その……する? 髪の毛、洗いっこ……?」

 

 私はふふーん、と笑ってみせ、

 

「いいですね、洗いっこ。

 やったことないですけど、楽しそうじゃないですか」

「……ま、まじで? すんの?」

「ほら、先に湯船あがってください。

 それが終わって温まり直したら、もうお風呂上がっていいですから」

「……

 わかった」

 

 渋々といった様子で、背を向けて湯船から立ち上がるウラヌス。巻きついたバスタオル越しに透けるオシリがまたぷりちーっすわ。

 

 と思って見てたら、可憐な手がババッと隠した。

 

「ちょっと!? どこ見てんの!」

「え? えーと、きゅーとなオシリだなぁって♥」

「やめてよッッ!?」

 

 

 

 片手にシャワーを持ちながら、もう片手でわしゃわしゃわしゃ。髪を洗い、頭皮を揉みまくる。

 

「んぁぁぁああ……」

 

 何とも言えない声を出して、されるがままになるウラヌス。そうそう。このにゃんこ、髪洗ってる時は意外に抵抗しないんだよな。

 

「かゆいところありませんかー?」

「んっんんんー……

 べ、つにぃ」

「はーい」

 

 相変わらず良い髪だよ。軽く触れただけで、すべすべーふわふわーなんだから。桜色の透明感がなんとも儚い印象を与える。

 

「あー、うん……あいしゃ。

 も、よくない?」

「仕方ないですね……

 水気を切って終わりますね」

「はぁー……」

 

 手を伸ばし、シャワーの栓を閉める。

 

 髪をまとめて、引っ張りすぎないよう気をつけながら、きゅきゅっと絞る。長く繊細な髪を手櫛でスッスッと整え、背中へ流す。

 

「あ、ちょ、くすぐ……」

 

 両肩に手を添え、もみもみもみもみ……凝ってないですねぇ。ぷにぷにっすわ。

 

「はい、おしまい」

 

 ピシャッ! と、やわい両肩を手で叩く。うむ、いい弾力だ。

 

「ぁぃたーッ! ちょッ!?」

「アハハハ。

 ……じゃ、交代ですね」

 

 不機嫌そうに立ち上がったウラヌスの座っていた場所に、今度は私が座る。うーむ……壁に向かって座り、人に背を見せるのは思うところがあるな。鏡があっても困るけど……

 

 ちなみに鏡は横にあり、本来はそれを見ながら浴びるのだろう。私達は、その鏡が目に入らないようにしてる。

 

 多少躊躇した後、頭のタオルを解いて髪を背中へと流す。

 

『…………』

 

 ……。ぅぅ、

 

「あの、ウラヌス? さっさと始めてくださいよ。

 身体が冷えちゃいますから」

「あっ、ごめん……」

 

 ウラヌスの手が伸び、シャワーが出始める。

 

「それじゃいくよ」

 

 シャワーのお湯が髪に浴びせられ、全身がぬくくなっていく。おずおずと触れてくる、ウラヌスの手。

 始めは怖々だったけど、徐々に慣れた手つきになっていく。

 

「……いつも、ちょっと触らせてもらってるけどさ。

 アイシャの髪って、やっぱりいいよね」

「そうですか?」

「うん。アイシャより良い髪質、俺は知らないよ。

 このクセっ毛も、むしろ無いとアイシャらしくないし」

「アホ毛なんて、言ったクセに?」

「まだ気にしてたの? ゴメンってば。

 真面目な話、髪質だけなら俺よりいいんじゃないかな」

 

 そうなんだろうか。私は同じくらいだと思ってるんだけどな。

 

「お手入れでは、かないません、けどね」

「あはは。

 そう言ってくれると嬉しいけどさ。

 ……こうやってると、姉貴と洗いっこしてた頃を思い出すよ」

 

 そうだろうね。手慣れた感がかなりあるもん。

 

「お手入れ、やっぱりお姉さん、譲りですか」

「……そうだね。

 姉貴も長い黒髪だし、この状況によく似てるかも。

 ただ髪質は良くなかったんだよ、姉貴の場合。俺の髪いじるくせに、自分の髪ちゃんとしてなくて。元が良くないんだから、しっかり整えろよって時々怒ってたかな」

「……」

「ゴメンね、変なこと言って。

 今の話は忘れて」

「いえ……

 いつかお姉さんと、仲直りできる日が来るといいですね」

 

 ウラヌスの手が止まる。触れていた髪から滑り落ち、私の肩に触れて止まった。

 

 シャワーのお湯は、私達と関係ないところに注がれている。

 

「……。

 俺には……

 その方がいいのか、分からないよ……」

 

 私は──

 

 気安く口にした言葉で、ウラヌスが傷ついたことを悟る。……けど、どう声をかければいいか分からない。

 

「すいません……

 あなたの事情を充分知るわけでもないのに、無責任なこと言って」

「ううん、気にしないで。

 これは……俺の問題だから……」

 

 優しさとも拒絶とも取れる言葉を返し、ウラヌスは沈黙した。

 

 

 

 お互い髪を洗い終え、湯船に戻る。

 

 ぶくぶくぶくと細かいあぶくが湧く中、穏やかに身体が暖まっていき、

 

『はぁー……』

 

 2人とも息を吐く。

 

 まいったな……すごい気まずくなっちゃった。私も調子に乗って、からかいすぎたのもあるけど。どうしよっか。

 

 難しい顔をしていたウラヌスが、ぽりぽりと頭を掻く。

 

「これで気は済んだ?」

「え?」

「このお風呂って、アレの仕返しだったんじゃないの?

 カジノで嫌な目に遭わせたから、その……」

「あー。

 ……もうすっかり忘れてましたよ」

「アレ、そうだったの?

 じゃあスク水──」

「ゆるせませんね」

「ぅわ、ちょ!?」

 

 一瞬で頭に来て、目の前のにゃんこに掴みかかる。どさくさまぎれにあっちこっちぷにぷにしまくる。

 

「わッ、わーっ!? わぁーッッ!?

 ムチャしないでって、あぶないからぁ!! ぶぺっっぺ!?」

「私がスク水どれだけ恥ずかしかったか分かってますよねッ!?

 なのにまた着ろとか酷い要求してッ!!」

「あ、アイ、すと、すとっぷストップッ!!

 たんまってばッ!! ゆるし、ごめんなさいぃぃぃぃーッ!!」

「待ちません、許しません!

 こんのバカにゃんこ、ギッタギタにのしてやりますッ!!」

「ふぎゃあぁぁぁぁーッッ!?」

 

 揉んだり揺さぶったり、とにかく思うさま乱暴してやる。コイツめ、コイツめッ!

 

 

 

 ふと気がつくと、両手で掴んだウラヌスが、ぐったりとしながらもぎゅっと目を閉じていた。

 

「……なんで目をつぶってるんです?」

「た……」

「た?」

「たお、たおる……」

 

 うん? たおる? ──あっ。

 

 2人とも、巻いてたバスタオルとか完全にどっかいっちゃってた。お互い浴槽から立ち上がり、暴れたせいでお湯もかなり減っている。ジャグジーもいつの間にか止まっていた。

 

 ────正真正銘、2人とも、一切なにも身体を隠していない。

 

 え……? あれれ、なにこの状況?

 

 手から力が抜け、ウラヌスが少なくなった湯船にへたりこむ。震え、自分を抱くようにしながら、

 

「……あいしゃ。

 おれ……目ぇつぶってるから、その……

 バスタオル……見つけて……」

 

 ……。

 

 はははは。この状況、誰かに見られたら完璧に私がウラヌス襲ったようにしか見えないかもな。……その通りなんだけどね。誤解込みで言えば。

 

 えっと。バスタオルどこいったかなー?

 

 

 

 …………ウラヌス、ちゃんと男の子だったね。うん。

 

 

 

 

 

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