「んー……
ごめんね、サクラ……」
ぷりぷり怒ってるサクラの身体をなでなでする。……うん? なんだか手触りが違うな。小さくてすべすべしてるけど、これはこれで──
「あ、あいしゃ……」
「はい?」
目をパチクリする。すぐ目の前に、顔を赤らめるシーム。あれ? これ、シームの手か。
わけもわからず手を放すと、シームがおずおずと手を引っ込める。
んー……?
状況としては、ベッドで寝てた私を、シームが起こしに来た?
「え? 一体どうしたんですか?」
緊急事態でも起きたのかと、身を起こす。同じ部屋で寝ていたメレオロンとウラヌスの姿がない。ベルさんは、寝てる。モタリケさんはイビキかいてる。シームは……顔が赤いだけで、慌ててはいないな。
「くぁ……」
思ったより呑気な状況なので、あくびが出る。うん……眠い。なんか早くないか?
「シーム、いま何時ですか?」
「6時ちょっと過ぎ」
やっぱり早いじゃないか。別に起きれなくはないけど、今日は修行に励むつもりなのに睡眠不足はちょっとなぁ。
「ウラヌスがね。
闘技場に行こうって。できれば誰も来なさそうな時間に。
……寝てる2人に内緒で」
ふむ。あまり戦ってるところを見られたくない、ということなら理には適ってる。けど、その為に早起き? あらかじめ言ってくれてたら、心構えして寝たのに……
シームの小声に合わせ、私も顔を寄せて囁き声で、
「2人は先に起きてるんですよね?
今はどうしてます?」
「朝食頼んだり、動く準備してるみたい。
アイシャ、起きれそう?」
「ええ、起きます。
すぐ行くと伝えてください」
「うん。
……ねぇ、アイシャ」
「なんです?」
「どうして桜に謝ってたの?」
……? あ、寝言を聞かれちゃったか。
「いえ、寝ぼけただけですよ。
……夢の中で、サクラがぷりぷり怒ってたんで」
「怒ってたんだ?」
「ええ。なんでかは分からないですけど」
「……
ウラヌス、今朝も機嫌悪かったよ? 昨日の夜、なにかあったの?」
うわっちゃー……引きずったか。マズイな、これは長引くかも。
だからってシームに相談できないし、仲裁も頼めない内容だからな。
「心当たりはなくもないんですけど、どうして怒ってるか教えてもらえなくて。
何度も謝ってるんですが、許してくれないんですよね」
シームが難しい顔をする。こんなこと言われても困るだけだろうな。
「ちょっとウラヌスに聞いてみるね」
「あ、はい」
歩いていってしまうシーム。うーん、こじれなきゃいいけど……
音を立てないよう身支度を整え、ベッドから抜け出す。その足でシームの歩いていった方へ。昨日夜景を映していた窓は、早朝の爽やかな景色に変わっていた。その部屋を通り抜け、それなりに歩いた先の部屋から、食事の匂い。
部屋へ入ると、食事が並ぶテーブルを前に、ソファーへ座ったウラヌスがこちらを見た。
「おはよ。
朝早くにゴメンね。よく眠れた?」
「おはようございます。
ええ、ベッドが寝心地よかったんで。でもちょっと早いですね」
「そーなのよ、アタシも眠くってさぁ。
どうしてもって言うから、起きたけど」
「だから悪かったって。
……アイシャのこともあるし、人目につかない方がいいだろ? あの2人に隠すなら、相談もおおっぴらにできないし」
うん、やっぱりその辺が理由か。ということは私も参戦だな。
「誰が闘技場に参加するとか、具体的に決めてます?」
「その話は食べながらにしよう。
時間がもったいないし、冷めちゃうから」
「ええ、分かりました」
ウラヌスの隣に腰を下ろす。少し距離を空けるウラヌス。うぅ……嫌われたんだろうか。
「もっとくっつけばいいのに」
「バカたれ、メシが食いにくいだろうが」
「お? じゃあ食べ終わったら、くっつくんだ?」
「くっつかねーよ、ったく」
メレオロンの軽口をあしらうウラヌス。変態の脇を、隣のシームが不機嫌に肘でつつく。
嘆息し、食事に手をつけ始める。朝食にしてはずいぶん豪華だ。一品一品は軽めだけど、上等そうな料理ばかりで、種類も多い。パン1つ取っても、焼きたてで香ばしい。
嗅ぐだけで濃厚と分かるソースのかかったベーコンエッグを切り切りしながら、
「やけに豪勢な朝食ですね」
「宿代が宿代だからねー」
「だ、だからそれは謝ったじゃないですか……」
焦ってそう返すと、ウラヌスはくすくす笑い、
「気にしちゃいるけど、怒ってはいないよ。
俺だって贅沢させてもらってるもん」
からかわれたのか。……だとしても、今は不興を買いそうな反応はしづらいしな。むぅ。
「ウラヌス、体調は大丈夫なんですか?
闘技場に行くこと自体は反対しませんが」
「うん、別に問題ないよ。むしろ身体がなまってるかな。
アイシャはどう?」
「私も問題ありませんね。
2人はどうです?」
「……大丈夫だと思う」
シームが少し考えて頷く。サラダをばりばり食べてたメレオロンは、ごくりと飲み下し、
「体調が悪いなんてことはないけど……
今から戦うのよね?」
「その話だわな。メシ食ったら、さっさと行こうかなって。
ぐずぐずしてると、修行の時間にかかりそうだし」
やる気があるのはいいんだけど、何か
美味しそうなスープを、ちまちまクチにするウラヌスを眺めつつ、
「本当に大丈夫ですか?」
「ん? ……心配?」
ちょっと困った顔で問い返してくるウラヌス。自覚はある感じか。
「普段はもう少し慎重かな、と思いまして」
「雪崩の件もあるし?」
「前にも言いましたけど、それはあなたの責任じゃありませんよ」
「ん。
……本音を言えば、ストレス解消かな。ここのところもやもやしてたし、身体動かしてスッキリしたいんだよ。アイシャはどう?」
「え?
まあ、そういう気持ちは確かにありますけど……」
「でしょ?
それに修行の課題を明確にする為にも、実戦は有効かなって」
「ぼくも戦うの?」
尋ねるシームに、ウラヌスは小首を傾げ、
「そのつもり。もちろん軽くね。
シームが嫌なら、無理強いはしないよ」
「……ううん。ちゃんとやる」
ふむ。やる気があるというより、サクラを呼んでもらう約束を果たす為、か。律儀な子だよ。
食後にお手洗いで席を外した時、シームが後を追ってきた。
「どうしました?」
「ぼくもトイレ。……ウラヌスに聞いてみたよ」
「なんて言ってました?」
「えーとね……。困ってた。
俺が悪いのは分かってるから、謝られても困るって。
怒ってるっていうより、機嫌が悪いだけみたい」
「んー……」
つまり、怒るに怒れないけど、気分が悪いからヘソ曲げちゃったってことか。
……きっかけがない分、機嫌を直させるのは難しいな。父さんが似たような感じだったから、厄介だってことだけは分かる……
「ホントに何したの?」
「……。誰にも言わないでくださいね?
お風呂でちょっと喧嘩になって、その……
バスタオルが取れて、ウラヌスのハダカばっちり見ちゃったんですよ。
多分それかなーと」
「……
それ、ウラヌスが一番嫌がるやつだと思う」
ですよねー。でも喧嘩のキッカケはウラヌスだし、私が謝るのもズレてるんだよな。
「でもウラヌスも、気絶してるアイシャのハダカ見ちゃったもんね……」
ぐぬ。……変にこじれてる原因はそれだよな。いや、その件は許したからいいんだけど……
でも昨日のお風呂場でも、きっとまた見られたんだよな。目をつぶってたのはそういうことだろうし。暴れたのは私なんだし見られたことを怒ったりしないけど、あーうー……
ほっとくしかないかなぁ……私が解決できる問題じゃないよ、これ。
なら、せめてストレス解消に付き合ってあげるしかないか。めんどくさいお子様だよ、ホント。
「シーム、ありがとうございます。
あなたは気にしなくていいですよ、私とウラヌスの問題ですし。
私もしばらく様子を見ることにします」
「うん……
なにかあったら言ってね?」
「ええ」
寝ている2人に書き置きを残し、ホテルの地下へ向かう私達。微妙に分かりづらい所にある下り階段。そこからホテル直下にあるという地下闘技場へ。
飾り気のない、長い灰色の通路。私達の足音だけがしばらく響き渡る。フードの付いたツナギを着た姉弟の姿がこの情景にマッチしていて、どことなく気落ちさせる。やがて、通路の先から微かに喧騒が聴こえてきた。
通路を抜けた先。そこは巨大な空間が広がっていた。
地味な茶色の建材、赤絨毯が敷かれた床。中央が大きくくぼみ、そこから戦闘の騒音や唸り声が聴こえる。周囲は階段状に広がり、あちこちでNPCが観戦し、声を上げていた。
「……これ以上ないくらい闘技場ですね」
「ゲームじゃよくあるよね。
こういう感じの」
ウラヌスの言葉に頷く。嫌いじゃないけど、天空闘技場みたいなのを想像してたから、ちょっとイメージと違ったな。いかにもファンタジーな内装だ。まぁ地下闘技場だからというのもあるんだろうけど。
「さて、あそこの受付で手続きを済ませたら、控え室へ入って大体5分ぐらいで試合開始。
説明した通り、まずはビギナーランクから挑戦」
言って、受付に向かって歩くウラヌス。周囲を眺めながら付いていく私達。
──食事中に聞いた話はこうだ。
闘技場に参戦する時は毎日0時にクリア状態がリセットされる為、どんなプレイヤーもまずはビギナーランクから挑戦しなければいけない。ビギナーランクを突破して初めて、他のランクの挑戦権を得る。
ビギナーランクは全3戦。何人で挑戦してもいいけど、一度勝ったメンバーは同日中にビギナーランクへ挑戦しても、再度賞品はもらえない。賞品は換金アイテム。
だから理屈で言えば、私達の場合1人ずつ登録し、4人ともそれぞれビギナーランクを勝つのが一番稼げる。けれど、メレオロンはまだしもシームはキツイだろう。
初見のメレオロンも怪我ぐらいはあり得るということなので、2人ずつ登録することになった。
受付前でウラヌスは立ち止まる。
「いらっしゃいませ。当闘技場へようこそ。
ランク戦への参加をご希望でしょうか?」
「さ、あらかじめ決めてた通りにいく?」
待ち時間を少しでも減らすなら、初戦に私は出ない方がいい。『周』の時間切れは軽視できない。一度参戦したら、勝ち切るか負けるまでランク戦を抜けられないらしいからね。
「ぼくは大丈夫」
「アタシは後からね。アイシャもそうするのよね?」
つまり、最初はウラヌスとシームだ。……私も参戦したことがないので、全くの初見は避けたい。天空闘技場の経験や知識が、かえって災いすることだって有り得るしな。
「ええ、それで構いません」
「OK。じゃあ早速始めよう。
──ビギナーランクに参加する。俺と」
「ボクで」
「ウラヌス様、シーム様ですね。
2名様でのビギナーランクへの参加登録、受け付け完了いたしました。
そちらの扉から進んでいただき、控え室でお待ちください」
鉄の扉がひとりでに開き、扉の奥に下り階段が覗く。
「行ってくるね。
プレイヤーは居ないから大丈夫だと思うけど、もし誰か来たら充分警戒して。
特にメレオロン、アイシャのこと頼むよ」
「ん。引き受けたわ」
「2人とも気をつけてくださいね。
シーム、準備運動は入念にしておいてください」
「分かった」
やや緊張した面持ちのシームと、むしろリラックスしたウラヌスが扉の奥へ消え、再び扉が閉まる。
場内にスピーカー音。
『──次の試合は、ウラヌス選手とシーム選手のビギナーランク戦となります。
ただいまより賭け札の販売を開始します。ご購入を希望される方は販売窓口まで──』
場内放送とともに、NPCの一部が賭けの窓口であろう場所に集まっていく。
「どうする? 買う?」
賭けるかどうかメレオロンが聞いてくる。どうしよっかなぁ……天空闘技場では一度も賭けたことがないんだよな。そんな気になれなかったから。
「オッズぐらい確認しましょうよ」
私が乗り気じゃないのを見て取り、メレオロンが急かしてくる。
「まぁそれくらいなら……」
2人で賭けの窓口へ向かう。いくつもある窓口上のモニターに、
『ビギナーランク バトル
ウラヌス & シーム ペア
WIN 1.001
LOSE 2.000』
あー。これは……勝っても1.001倍じゃなぁ……
「うわっちゃー。意味ないわね、これじゃ」
「ですね。やめておきましょうか」
賭けても賭けなくてもいいとは、ウラヌスから聞いている。勝つだろうとは思うけど、絶対じゃないんだよな。なにか緊急事態が発生すれば降参しないわけにはいかないから。
で、賭け札は1枚1万ジェニー。1人が1回の賭けで買えるのは10枚まで。そもそも、2人合わせても手持ちは16万ジェニーしかない。
だから……2人で買っても、儲かるのは最大で160だ。めちゃめちゃショボい。
「んー。縁起を担ぐって考え方もあるけどねぇ」
「縁起ですか?
勝つのに賭けた方が、縁起を担げるとか」
「そうそう」
どうなんだろうな。いやまぁ言いたいことは分かるんだけど。
「それなら1万ジェニーだけでいいんじゃないですか?
たくさん買って、万が一負けたら大変ですし」
「えぇぇ……
それだと、勝っても10ジェニーしか増えないじゃない」
ウラヌスに聞いた話では、そもそもプレイヤー参戦時はオッズが低くなりやすいそうだ。理由は八百長しやすいから。なるほどとしか言いようがない。闘技場の賭けシステムは、プレイヤーと関係ない普段のバトルがメインらしい。
「縁起担ぎならそれで充分ですよ」
「ああ、まぁ……
分かった。それで買ってくるわ」
買うのか。別にいいけどさ。
それはそうと、2人は大丈夫かな。やっぱりシームのことが心配だよ。
「シーム、準備運動はそれぐらいにしとけ。
後は体力回復」
「うん……」
はーはー言いながら、椅子にどかっと座るシーム。控え室に備え付けのタオルを渡し、水差しからグラスへ水を注ぐ。
「ほれ、水。ゆっくり飲め」
「うん……」
汗を拭いたタオルを受け取り、グラスを渡す。こくこくと飲むシーム。
「あんまり緊張するなよ。
ちゃんと補助してやるけど、シームのオーラならそうそうダメージは受けないから」
「うん……うん」
こういう雰囲気に呑まれちまってるな。……仕方ないか。経験も浅いし、まだまだ子供だもんな。
「ウラヌス……」
「なに?」
「アイシャが困ってたよ。
……どうしたら機嫌直してくれるか分かんないって」
うぅん? 今そんなこと聞くのか。……そう言われてもなぁ。
「俺は別に怒っちゃいないぞ?」
「でも機嫌は悪いでしょ?」
「……まぁムシャクシャはしてるけど。
だからストレス解消に闘技場来たんだし。少なくとも、アイシャが気にする必要なんてないよ」
「気になるんだって」
困った子だな……放っといてくれた方が俺は気楽なんだけど。……自分の中で消化不良起こしてるだけなんだから。時間が解決すると思うんだけどな。
「ま、シームは気にするな。
……もし俺やアイシャが間違ってると思うなら、こうしろって叱ってくれればいいさ。ちゃんと聞くから」
「……。わかった」
室内のスピーカーが鳴る。
『──ウラヌス選手、シーム選手。お時間ですので、試合場にお越しください』
シームの緊張度合いが増す。……うまくほぐしてやらないとな。
「だってさ。
行こ、シーム」
微笑み、座ったままのシームへ手を伸ばす。──可愛い笑顔を見せ、シームは俺の手を握った。
観戦しやすいよう、ぎりぎりの位置まで近づく私達。中央の試合場を、周囲のNPCもそれぞれの位置で見守っている。
天空闘技場もそうだったけど、観客が戦いの巻き添いになりにくいよう、試合場は観戦できる場所から一段と低い位置にある。ここは試合場が円形に区切られており、観戦者が転落しないよう鉄柵で囲まれていた。
「あ、出てきたわね」
「ええ」
試合場にある扉が2つ開き、一方からウラヌスとシームが出てくる。あ、手ぇ繋いでる。
「アッハハ。こんな時まで仲良いわねー」
「ふふ、そうですね。
──2人とも、がんばってください!」
声を上げ、手を振る。気が付いた2人が、こちらへ手を振り返した。
『──これより、ウラヌス選手とシーム選手のビギナーランク戦を開始します。
第一試合、対戦相手入場!』
ウラヌスとシームの向かいの扉から、ややたくましい身体つきの男性が歩いてくる。
互い、それなりの間合いで向かい立つ。
『それでは早速試合開始です! 第一試合──』
アナウンスの最中、シームの気配が変わる。開始直前で『練』をしたんだろう。適切なタイミングだ。試合が始まってからでは遅い。今より前では早すぎる。
対戦相手の男性が構える。拳闘の構え、ボクサーか。
『──はじめッッ!!』
闘技場にドラの音が鳴り響いた。
試合が始まった。初戦の相手は拳闘家くずれ、町で戦う時は喧嘩屋として立ちはだかる敵だ。早々にフットワークを利かせて突っ込んでくる。
繋いだシームの手を引いて、後ろへ下がらせる。放した手を前へやり、シームを狙った敵の拳に合わせる。
バチッ! と腕を弾いて軌道を逸らす。同時に弾いた腕とは逆の肩を掴み、次撃を阻害。動きも止める。
「やぁっ!」
潜り込んだシームが、低い姿勢のまま敵の足を正面から蹴りつけた。相手が前のめりに倒れこみ、俺は掴んだ肩を支点に倒れた相手を押さえ込む。
「シーム、足を狙え!」
敵を押さえたまま指示する。無防備な背中は一見狙いやすいが、こいつは拳闘家くずれだから、ヒットマッスルとなる背の防御力が高い。弱点は膝──特に裏側だ。
足をバタつかせて狙いにくいが、シームは上手く敵の膝裏を踏みつけた。偶然か自分で一度蹴った方の足を。
拳闘家くずれの身体が大きく跳ね、ガクリと力尽きた。ボンッ! と煙になる。
『──それまで!
第一試合、ウラヌス選手とシーム選手の勝利です!』
ワァッと歓声が会場から上がる。ふー……やっぱ最初は緊張するな。打ち合わせ通り、シームが動けてよかったよ。
シームが煙になった相手の方を見ている。──煙が晴れても、カードはない。敵の姿も残っていない。
ここの敵はそうなんだよな。倒してもカード化しない。闘技場の敵はここ以外で戦えるヤツばっかりなんだけど、カード化すると当然探す手間が省けるから簡単に稼げちまう。だからカード化しないんだろう。その分、賞品の価値を上げてバランスを取るわけだ。
はぁはぁ言いながら汗を拭うシームに、
「シーム、いけるか?」
「……ちょっと、待って」
「ん」
試合と試合の間は、最大5分のインターバルが取れる。今回は急いで済ませたいから、長々と休みづらい。ただ、最初からそう手早くはいかないだろうとも思っていた。
「……うん。いいよ」
「ホントにいけるか?」
「大丈夫」
片腕をまっすぐ上げ、振り下ろす。これをすることで休憩を終了できる。しない限り、5分経つまで次の相手は出てこない。逆に言えば、5分経てば強制的に次戦が始まる。
『会場の皆様、お待たせいたしました。
ビギナーランク第二試合、対戦相手入場!』
向かいの扉から、黒装束に身を包んだ人間が出てくる。正直、こんな明るいところじゃ目立って仕方ないけどな。
そして、先ほどと同じ位置で向かい立つ。
『それでは試合開始です!
第二試合──はじめッッ!!』
派手に銅鑼の音が響き渡った。
黒装束が横手に駆ける。こいつは夜盗だ。文字通り夜間イベントで出現する敵で、力は大したことないがそのぶん素早く、短い刃物を時おり使用する。そこだけ注意だ。
予想通り、シームの斜め後ろに回りこんで、急速接近してくる。シームを掴もうと黒い手が伸びる。
パンッ! カウンターで黒装束の顔面を平手で張った。一瞬視力を失った黒装束の腹に、シームの拳が叩き込まれる。
衝撃のまま距離を取り、黒装束が懐からナイフを取り出した。見せ付けるように構えた瞬間、早歩きで横手に回りこんだ俺の手刀が、握り手に直撃。即座に得物を失う黒装束。
再度、シームの拳が腹にメリ込む。……ちっ、まだ倒せないか。今のシームの速さじゃ、完全に動きを止めないと威力を減殺されるな。
また距離を空けた黒装束が、懐から二本目のナイフ。驚いて動きを止めたシームへ投げ放つ。嫌な予感がしてシームのそばにいたおかげで、強引に腕を絡めシームを寄せられた。シームがさっきまでいた空間を飛び去る凶器。
もう得物がないのだろう、やぶれかぶれで再び横手から背後へ回りこもうとする黒装束。見ずに放った裏拳が黒装束の顔面を叩く。ボンッ! と煙になった。
『──それまで!
第二試合、ウラヌス選手とシーム選手の勝利です!』
歓声の湧き上がる中、冷静なメレオロンの声が私に届く。
「……アイシャ。あれってさ」
「ええ。シームに経験を積ませる為ですね」
ウラヌスの技量なら、いつでも一撃で倒せるだろう。けどシームに実戦経験を積ませる目的で、常に手加減して戦っている。アレじゃ、かえって疲れるだろうな。
「これが闘技場じゃなく、夜間のバトルイベントだったら、シームは怪我ぐらいしていたかもしれません。それぐらい、シームは戦闘経験が不足しています」
「そうね……」
言葉少なく返し、手にした賭け札をぷらぷらさせるメレオロン。自分が戦う時のことを考えているのだろう。シームのことも心配だろうし。……今はこれ以上言うまい。
『会場の皆様、お待たせいたしました。
ビギナーランク第三試合、対戦相手入場!』
ん? 思ったより休憩短かったな。
2人が立つ向かいの扉から、今度はあからさまに剣を提げた半裸の男性が歩いてくる。
やや遠い間合いで向かい立つ。
『いよいよビギナーランク最終戦、試合開始です!
第三試合──はじめッッ!!』
一際大きく、ドラの音が会場に鳴り響いた。
「おおぉーッ!!」
獣の如く形相を変え、吠えながら向かってくる剣闘士。──この初撃の威力だけは無視できない。俺は無傷でいなせるが、『凝』もできないシームには不可能だ。
先ほどの黒装束と同じく、俺は横手に回りこんで握り手を掴む。剣を振りかぶっていた腕を急に掴まれ、足を滑らせる剣闘士。かろうじて踏みとどまるが体勢を崩し、剣を取り落とした。
空いた手で殴りかかってきた。そちらの手も掴み取ると、振り解こうと足掻いてくる。そこへシームの拳が直撃、横面を殴られた剣闘士がそのまま横倒しになった。
すぐさま跳ね起きようとする剣闘士。片膝立ちで、右腕を伸ばしシームの足を掴んだ。そちらを助けたくなる衝動に耐え、俺は剣闘士の左手を踏みにじった。落とした剣を拾いかけていた剣闘士の左腕がネジ曲がる。
掴まれた足に構わず、力いっぱい顔面を叩くシーム。体勢が悪いせいで、威力が不十分。だが、
「もういっちょ!」
俺のリクエストに応え、必死の形相でシームが腕を振りかぶる。慌てた剣闘士が右手で掴んでいたシームの足を離す。その腕でガードしようとし、
ゴッ! 肘撃ちを後頭部にくれてやる。次の瞬間、シームの鉄拳がガードしかけた腕を弾いて、顔面にメリ込んだ。威力を殺せないよう、そのまま肘で頭部を固定する。
剣闘士の身体がグラリと傾き──ボンッ! 煙と化した。
『──それまで!
第三試合、ウラヌス選手とシーム選手の勝利です!
ビギナーランク突破、おめでとうございます!』
わぁぁぁっ! と会場から歓声が上がる。同時に盛大な拍手。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
呆然とヘタりこんだままのシームに、俺は手を伸ばす。
「大丈夫か?」
「……平気だよ」
手を握り、気丈に立ち上がるシーム。手を振る2人に気づき、笑顔で手を振り返した。そんなシームの肩をぽんぽんと叩く。……慣れない戦い、お疲れさん。
ランク戦の執筆BGM:DQⅣ『生か死か』