どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第百六十五章

 

「んー……

 ごめんね、サクラ……」

 

 ぷりぷり怒ってるサクラの身体をなでなでする。……うん? なんだか手触りが違うな。小さくてすべすべしてるけど、これはこれで──

 

「あ、あいしゃ……」

「はい?」

 

 目をパチクリする。すぐ目の前に、顔を赤らめるシーム。あれ? これ、シームの手か。

 わけもわからず手を放すと、シームがおずおずと手を引っ込める。

 

 んー……?

 状況としては、ベッドで寝てた私を、シームが起こしに来た?

 

「え? 一体どうしたんですか?」

 

 緊急事態でも起きたのかと、身を起こす。同じ部屋で寝ていたメレオロンとウラヌスの姿がない。ベルさんは、寝てる。モタリケさんはイビキかいてる。シームは……顔が赤いだけで、慌ててはいないな。

 

「くぁ……」

 

 思ったより呑気な状況なので、あくびが出る。うん……眠い。なんか早くないか?

 

「シーム、いま何時ですか?」

「6時ちょっと過ぎ」

 

 やっぱり早いじゃないか。別に起きれなくはないけど、今日は修行に励むつもりなのに睡眠不足はちょっとなぁ。

 

「ウラヌスがね。

 闘技場に行こうって。できれば誰も来なさそうな時間に。

 ……寝てる2人に内緒で」

 

 ふむ。あまり戦ってるところを見られたくない、ということなら理には適ってる。けど、その為に早起き? あらかじめ言ってくれてたら、心構えして寝たのに……

 シームの小声に合わせ、私も顔を寄せて囁き声で、

 

「2人は先に起きてるんですよね?

 今はどうしてます?」

「朝食頼んだり、動く準備してるみたい。

 アイシャ、起きれそう?」

「ええ、起きます。

 すぐ行くと伝えてください」

「うん。

 ……ねぇ、アイシャ」

「なんです?」

「どうして桜に謝ってたの?」

 

 ……? あ、寝言を聞かれちゃったか。

 

「いえ、寝ぼけただけですよ。

 ……夢の中で、サクラがぷりぷり怒ってたんで」

「怒ってたんだ?」

「ええ。なんでかは分からないですけど」

「……

 ウラヌス、今朝も機嫌悪かったよ? 昨日の夜、なにかあったの?」

 

 うわっちゃー……引きずったか。マズイな、これは長引くかも。

 だからってシームに相談できないし、仲裁も頼めない内容だからな。

 

「心当たりはなくもないんですけど、どうして怒ってるか教えてもらえなくて。

 何度も謝ってるんですが、許してくれないんですよね」

 

 シームが難しい顔をする。こんなこと言われても困るだけだろうな。

 

「ちょっとウラヌスに聞いてみるね」

「あ、はい」

 

 歩いていってしまうシーム。うーん、こじれなきゃいいけど……

 

 

 

 音を立てないよう身支度を整え、ベッドから抜け出す。その足でシームの歩いていった方へ。昨日夜景を映していた窓は、早朝の爽やかな景色に変わっていた。その部屋を通り抜け、それなりに歩いた先の部屋から、食事の匂い。

 

 部屋へ入ると、食事が並ぶテーブルを前に、ソファーへ座ったウラヌスがこちらを見た。

 

「おはよ。

 朝早くにゴメンね。よく眠れた?」

「おはようございます。

 ええ、ベッドが寝心地よかったんで。でもちょっと早いですね」

「そーなのよ、アタシも眠くってさぁ。

 どうしてもって言うから、起きたけど」

「だから悪かったって。

 ……アイシャのこともあるし、人目につかない方がいいだろ? あの2人に隠すなら、相談もおおっぴらにできないし」

 

 うん、やっぱりその辺が理由か。ということは私も参戦だな。

 

「誰が闘技場に参加するとか、具体的に決めてます?」

「その話は食べながらにしよう。

 時間がもったいないし、冷めちゃうから」

「ええ、分かりました」

 

 ウラヌスの隣に腰を下ろす。少し距離を空けるウラヌス。うぅ……嫌われたんだろうか。

 

「もっとくっつけばいいのに」

「バカたれ、メシが食いにくいだろうが」

「お? じゃあ食べ終わったら、くっつくんだ?」

「くっつかねーよ、ったく」

 

 メレオロンの軽口をあしらうウラヌス。変態の脇を、隣のシームが不機嫌に肘でつつく。

 

 嘆息し、食事に手をつけ始める。朝食にしてはずいぶん豪華だ。一品一品は軽めだけど、上等そうな料理ばかりで、種類も多い。パン1つ取っても、焼きたてで香ばしい。

 

 嗅ぐだけで濃厚と分かるソースのかかったベーコンエッグを切り切りしながら、

 

「やけに豪勢な朝食ですね」

「宿代が宿代だからねー」

「だ、だからそれは謝ったじゃないですか……」

 

 焦ってそう返すと、ウラヌスはくすくす笑い、

 

「気にしちゃいるけど、怒ってはいないよ。

 俺だって贅沢させてもらってるもん」

 

 からかわれたのか。……だとしても、今は不興を買いそうな反応はしづらいしな。むぅ。

 

「ウラヌス、体調は大丈夫なんですか?

 闘技場に行くこと自体は反対しませんが」

「うん、別に問題ないよ。むしろ身体がなまってるかな。

 アイシャはどう?」

「私も問題ありませんね。

 2人はどうです?」

「……大丈夫だと思う」

 

 シームが少し考えて頷く。サラダをばりばり食べてたメレオロンは、ごくりと飲み下し、

 

「体調が悪いなんてことはないけど……

 今から戦うのよね?」

「その話だわな。メシ食ったら、さっさと行こうかなって。

 ぐずぐずしてると、修行の時間にかかりそうだし」

 

 やる気があるのはいいんだけど、何か自棄(や け )になってる気がするな……。慎重論を唱えるウラヌスらしくない。

 美味しそうなスープを、ちまちまクチにするウラヌスを眺めつつ、

 

「本当に大丈夫ですか?」

「ん? ……心配?」

 

 ちょっと困った顔で問い返してくるウラヌス。自覚はある感じか。

 

「普段はもう少し慎重かな、と思いまして」

「雪崩の件もあるし?」

「前にも言いましたけど、それはあなたの責任じゃありませんよ」

「ん。

 ……本音を言えば、ストレス解消かな。ここのところもやもやしてたし、身体動かしてスッキリしたいんだよ。アイシャはどう?」

「え?

 まあ、そういう気持ちは確かにありますけど……」

「でしょ?

 それに修行の課題を明確にする為にも、実戦は有効かなって」

「ぼくも戦うの?」

 

 尋ねるシームに、ウラヌスは小首を傾げ、

 

「そのつもり。もちろん軽くね。

 シームが嫌なら、無理強いはしないよ」

「……ううん。ちゃんとやる」

 

 ふむ。やる気があるというより、サクラを呼んでもらう約束を果たす為、か。律儀な子だよ。

 

 

 

 食後にお手洗いで席を外した時、シームが後を追ってきた。

 

「どうしました?」

「ぼくもトイレ。……ウラヌスに聞いてみたよ」

「なんて言ってました?」

「えーとね……。困ってた。

 俺が悪いのは分かってるから、謝られても困るって。

 怒ってるっていうより、機嫌が悪いだけみたい」

「んー……」

 

 つまり、怒るに怒れないけど、気分が悪いからヘソ曲げちゃったってことか。

 ……きっかけがない分、機嫌を直させるのは難しいな。父さんが似たような感じだったから、厄介だってことだけは分かる……

 

「ホントに何したの?」

「……。誰にも言わないでくださいね?

 お風呂でちょっと喧嘩になって、その……

 バスタオルが取れて、ウラヌスのハダカばっちり見ちゃったんですよ。

 多分それかなーと」

「……

 それ、ウラヌスが一番嫌がるやつだと思う」

 

 ですよねー。でも喧嘩のキッカケはウラヌスだし、私が謝るのもズレてるんだよな。

 

「でもウラヌスも、気絶してるアイシャのハダカ見ちゃったもんね……」

 

 ぐぬ。……変にこじれてる原因はそれだよな。いや、その件は許したからいいんだけど……

 でも昨日のお風呂場でも、きっとまた見られたんだよな。目をつぶってたのはそういうことだろうし。暴れたのは私なんだし見られたことを怒ったりしないけど、あーうー……

 

 ほっとくしかないかなぁ……私が解決できる問題じゃないよ、これ。

 なら、せめてストレス解消に付き合ってあげるしかないか。めんどくさいお子様だよ、ホント。

 

「シーム、ありがとうございます。

 あなたは気にしなくていいですよ、私とウラヌスの問題ですし。

 私もしばらく様子を見ることにします」

「うん……

 なにかあったら言ってね?」

「ええ」

 

 

 

 寝ている2人に書き置きを残し、ホテルの地下へ向かう私達。微妙に分かりづらい所にある下り階段。そこからホテル直下にあるという地下闘技場へ。

 

 飾り気のない、長い灰色の通路。私達の足音だけがしばらく響き渡る。フードの付いたツナギを着た姉弟の姿がこの情景にマッチしていて、どことなく気落ちさせる。やがて、通路の先から微かに喧騒が聴こえてきた。

 

 通路を抜けた先。そこは巨大な空間が広がっていた。

 地味な茶色の建材、赤絨毯が敷かれた床。中央が大きくくぼみ、そこから戦闘の騒音や唸り声が聴こえる。周囲は階段状に広がり、あちこちでNPCが観戦し、声を上げていた。

 

「……これ以上ないくらい闘技場ですね」

「ゲームじゃよくあるよね。

 こういう感じの」

 

 ウラヌスの言葉に頷く。嫌いじゃないけど、天空闘技場みたいなのを想像してたから、ちょっとイメージと違ったな。いかにもファンタジーな内装だ。まぁ地下闘技場だからというのもあるんだろうけど。

 

「さて、あそこの受付で手続きを済ませたら、控え室へ入って大体5分ぐらいで試合開始。

 説明した通り、まずはビギナーランクから挑戦」

 

 言って、受付に向かって歩くウラヌス。周囲を眺めながら付いていく私達。

 

 ──食事中に聞いた話はこうだ。

 

 闘技場に参戦する時は毎日0時にクリア状態がリセットされる為、どんなプレイヤーもまずはビギナーランクから挑戦しなければいけない。ビギナーランクを突破して初めて、他のランクの挑戦権を得る。

 

 ビギナーランクは全3戦。何人で挑戦してもいいけど、一度勝ったメンバーは同日中にビギナーランクへ挑戦しても、再度賞品はもらえない。賞品は換金アイテム。

 

 だから理屈で言えば、私達の場合1人ずつ登録し、4人ともそれぞれビギナーランクを勝つのが一番稼げる。けれど、メレオロンはまだしもシームはキツイだろう。

 初見のメレオロンも怪我ぐらいはあり得るということなので、2人ずつ登録することになった。

 

 受付前でウラヌスは立ち止まる。

 

「いらっしゃいませ。当闘技場へようこそ。

 ランク戦への参加をご希望でしょうか?」

「さ、あらかじめ決めてた通りにいく?」

 

 待ち時間を少しでも減らすなら、初戦に私は出ない方がいい。『周』の時間切れは軽視できない。一度参戦したら、勝ち切るか負けるまでランク戦を抜けられないらしいからね。

 

「ぼくは大丈夫」

「アタシは後からね。アイシャもそうするのよね?」

 

 つまり、最初はウラヌスとシームだ。……私も参戦したことがないので、全くの初見は避けたい。天空闘技場の経験や知識が、かえって災いすることだって有り得るしな。

 

「ええ、それで構いません」

「OK。じゃあ早速始めよう。

 ──ビギナーランクに参加する。俺と」

「ボクで」

「ウラヌス様、シーム様ですね。

 2名様でのビギナーランクへの参加登録、受け付け完了いたしました。

 そちらの扉から進んでいただき、控え室でお待ちください」

 

 鉄の扉がひとりでに開き、扉の奥に下り階段が覗く。

 

「行ってくるね。

 プレイヤーは居ないから大丈夫だと思うけど、もし誰か来たら充分警戒して。

 特にメレオロン、アイシャのこと頼むよ」

「ん。引き受けたわ」

「2人とも気をつけてくださいね。

 シーム、準備運動は入念にしておいてください」

「分かった」

 

 やや緊張した面持ちのシームと、むしろリラックスしたウラヌスが扉の奥へ消え、再び扉が閉まる。

 場内にスピーカー音。

 

『──次の試合は、ウラヌス選手とシーム選手のビギナーランク戦となります。

 ただいまより賭け札の販売を開始します。ご購入を希望される方は販売窓口まで──』

 

 場内放送とともに、NPCの一部が賭けの窓口であろう場所に集まっていく。

 

「どうする? 買う?」

 

 賭けるかどうかメレオロンが聞いてくる。どうしよっかなぁ……天空闘技場では一度も賭けたことがないんだよな。そんな気になれなかったから。

 

「オッズぐらい確認しましょうよ」

 

 私が乗り気じゃないのを見て取り、メレオロンが急かしてくる。

 

「まぁそれくらいなら……」

 

 2人で賭けの窓口へ向かう。いくつもある窓口上のモニターに、

 

 

『ビギナーランク バトル

 ウラヌス & シーム ペア

 WIN 1.001

 LOSE 2.000』

 

 

 あー。これは……勝っても1.001倍じゃなぁ……

 

「うわっちゃー。意味ないわね、これじゃ」

「ですね。やめておきましょうか」

 

 賭けても賭けなくてもいいとは、ウラヌスから聞いている。勝つだろうとは思うけど、絶対じゃないんだよな。なにか緊急事態が発生すれば降参しないわけにはいかないから。

 で、賭け札は1枚1万ジェニー。1人が1回の賭けで買えるのは10枚まで。そもそも、2人合わせても手持ちは16万ジェニーしかない。

 だから……2人で買っても、儲かるのは最大で160だ。めちゃめちゃショボい。

 

「んー。縁起を担ぐって考え方もあるけどねぇ」

「縁起ですか?

 勝つのに賭けた方が、縁起を担げるとか」

「そうそう」

 

 どうなんだろうな。いやまぁ言いたいことは分かるんだけど。

 

「それなら1万ジェニーだけでいいんじゃないですか?

 たくさん買って、万が一負けたら大変ですし」

「えぇぇ……

 それだと、勝っても10ジェニーしか増えないじゃない」

 

 ウラヌスに聞いた話では、そもそもプレイヤー参戦時はオッズが低くなりやすいそうだ。理由は八百長しやすいから。なるほどとしか言いようがない。闘技場の賭けシステムは、プレイヤーと関係ない普段のバトルがメインらしい。

 

「縁起担ぎならそれで充分ですよ」

「ああ、まぁ……

 分かった。それで買ってくるわ」

 

 買うのか。別にいいけどさ。

 それはそうと、2人は大丈夫かな。やっぱりシームのことが心配だよ。

 

 

 

 

 

「シーム、準備運動はそれぐらいにしとけ。

 後は体力回復」

「うん……」

 

 はーはー言いながら、椅子にどかっと座るシーム。控え室に備え付けのタオルを渡し、水差しからグラスへ水を注ぐ。

 

「ほれ、水。ゆっくり飲め」

「うん……」

 

 汗を拭いたタオルを受け取り、グラスを渡す。こくこくと飲むシーム。

 

「あんまり緊張するなよ。

 ちゃんと補助してやるけど、シームのオーラならそうそうダメージは受けないから」

「うん……うん」

 

 こういう雰囲気に呑まれちまってるな。……仕方ないか。経験も浅いし、まだまだ子供だもんな。

 

「ウラヌス……」

「なに?」

「アイシャが困ってたよ。

 ……どうしたら機嫌直してくれるか分かんないって」

 

 うぅん? 今そんなこと聞くのか。……そう言われてもなぁ。

 

「俺は別に怒っちゃいないぞ?」

「でも機嫌は悪いでしょ?」

「……まぁムシャクシャはしてるけど。

 だからストレス解消に闘技場来たんだし。少なくとも、アイシャが気にする必要なんてないよ」

「気になるんだって」

 

 困った子だな……放っといてくれた方が俺は気楽なんだけど。……自分の中で消化不良起こしてるだけなんだから。時間が解決すると思うんだけどな。

 

「ま、シームは気にするな。

 ……もし俺やアイシャが間違ってると思うなら、こうしろって叱ってくれればいいさ。ちゃんと聞くから」

「……。わかった」

 

 室内のスピーカーが鳴る。

 

『──ウラヌス選手、シーム選手。お時間ですので、試合場にお越しください』

 

 シームの緊張度合いが増す。……うまくほぐしてやらないとな。

 

「だってさ。

 行こ、シーム」

 

 微笑み、座ったままのシームへ手を伸ばす。──可愛い笑顔を見せ、シームは俺の手を握った。

 

 

 

 

 

 観戦しやすいよう、ぎりぎりの位置まで近づく私達。中央の試合場を、周囲のNPCもそれぞれの位置で見守っている。

 

 天空闘技場もそうだったけど、観客が戦いの巻き添いになりにくいよう、試合場は観戦できる場所から一段と低い位置にある。ここは試合場が円形に区切られており、観戦者が転落しないよう鉄柵で囲まれていた。

 

「あ、出てきたわね」

「ええ」

 

 試合場にある扉が2つ開き、一方からウラヌスとシームが出てくる。あ、手ぇ繋いでる。

 

「アッハハ。こんな時まで仲良いわねー」

「ふふ、そうですね。

 ──2人とも、がんばってください!」

 

 声を上げ、手を振る。気が付いた2人が、こちらへ手を振り返した。

 

『──これより、ウラヌス選手とシーム選手のビギナーランク戦を開始します。

 第一試合、対戦相手入場!』

 

 ウラヌスとシームの向かいの扉から、ややたくましい身体つきの男性が歩いてくる。

 

 互い、それなりの間合いで向かい立つ。

 

『それでは早速試合開始です! 第一試合──』

 

 アナウンスの最中、シームの気配が変わる。開始直前で『練』をしたんだろう。適切なタイミングだ。試合が始まってからでは遅い。今より前では早すぎる。

 

 対戦相手の男性が構える。拳闘の構え、ボクサーか。

 

『──はじめッッ!!』

 

 闘技場にドラの音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 試合が始まった。初戦の相手は拳闘家くずれ、町で戦う時は喧嘩屋として立ちはだかる敵だ。早々にフットワークを利かせて突っ込んでくる。

 繋いだシームの手を引いて、後ろへ下がらせる。放した手を前へやり、シームを狙った敵の拳に合わせる。

 

 バチッ! と腕を弾いて軌道を逸らす。同時に弾いた腕とは逆の肩を掴み、次撃を阻害。動きも止める。

 

「やぁっ!」

 

 潜り込んだシームが、低い姿勢のまま敵の足を正面から蹴りつけた。相手が前のめりに倒れこみ、俺は掴んだ肩を支点に倒れた相手を押さえ込む。

 

「シーム、足を狙え!」

 

 敵を押さえたまま指示する。無防備な背中は一見狙いやすいが、こいつは拳闘家くずれだから、ヒットマッスルとなる背の防御力が高い。弱点は膝──特に裏側だ。

 

 足をバタつかせて狙いにくいが、シームは上手く敵の膝裏を踏みつけた。偶然か自分で一度蹴った方の足を。

 

 拳闘家くずれの身体が大きく跳ね、ガクリと力尽きた。ボンッ! と煙になる。

 

『──それまで!

 第一試合、ウラヌス選手とシーム選手の勝利です!』

 

 ワァッと歓声が会場から上がる。ふー……やっぱ最初は緊張するな。打ち合わせ通り、シームが動けてよかったよ。

 

 シームが煙になった相手の方を見ている。──煙が晴れても、カードはない。敵の姿も残っていない。

 

 ここの敵はそうなんだよな。倒してもカード化しない。闘技場の敵はここ以外で戦えるヤツばっかりなんだけど、カード化すると当然探す手間が省けるから簡単に稼げちまう。だからカード化しないんだろう。その分、賞品の価値を上げてバランスを取るわけだ。

 

 はぁはぁ言いながら汗を拭うシームに、

 

「シーム、いけるか?」

「……ちょっと、待って」

「ん」

 

 試合と試合の間は、最大5分のインターバルが取れる。今回は急いで済ませたいから、長々と休みづらい。ただ、最初からそう手早くはいかないだろうとも思っていた。

 

「……うん。いいよ」

「ホントにいけるか?」

「大丈夫」

 

 片腕をまっすぐ上げ、振り下ろす。これをすることで休憩を終了できる。しない限り、5分経つまで次の相手は出てこない。逆に言えば、5分経てば強制的に次戦が始まる。

 

『会場の皆様、お待たせいたしました。

 ビギナーランク第二試合、対戦相手入場!』

 

 向かいの扉から、黒装束に身を包んだ人間が出てくる。正直、こんな明るいところじゃ目立って仕方ないけどな。

 

 そして、先ほどと同じ位置で向かい立つ。

 

『それでは試合開始です!

 第二試合──はじめッッ!!』

 

 派手に銅鑼の音が響き渡った。

 

 黒装束が横手に駆ける。こいつは夜盗だ。文字通り夜間イベントで出現する敵で、力は大したことないがそのぶん素早く、短い刃物を時おり使用する。そこだけ注意だ。

 

 予想通り、シームの斜め後ろに回りこんで、急速接近してくる。シームを掴もうと黒い手が伸びる。

 

 パンッ! カウンターで黒装束の顔面を平手で張った。一瞬視力を失った黒装束の腹に、シームの拳が叩き込まれる。

 

 衝撃のまま距離を取り、黒装束が懐からナイフを取り出した。見せ付けるように構えた瞬間、早歩きで横手に回りこんだ俺の手刀が、握り手に直撃。即座に得物を失う黒装束。

 

 再度、シームの拳が腹にメリ込む。……ちっ、まだ倒せないか。今のシームの速さじゃ、完全に動きを止めないと威力を減殺されるな。

 

 また距離を空けた黒装束が、懐から二本目のナイフ。驚いて動きを止めたシームへ投げ放つ。嫌な予感がしてシームのそばにいたおかげで、強引に腕を絡めシームを寄せられた。シームがさっきまでいた空間を飛び去る凶器。

 

 もう得物がないのだろう、やぶれかぶれで再び横手から背後へ回りこもうとする黒装束。見ずに放った裏拳が黒装束の顔面を叩く。ボンッ! と煙になった。

 

『──それまで!

 第二試合、ウラヌス選手とシーム選手の勝利です!』

 

 

 

 

 

 歓声の湧き上がる中、冷静なメレオロンの声が私に届く。

 

「……アイシャ。あれってさ」

「ええ。シームに経験を積ませる為ですね」

 

 ウラヌスの技量なら、いつでも一撃で倒せるだろう。けどシームに実戦経験を積ませる目的で、常に手加減して戦っている。アレじゃ、かえって疲れるだろうな。

 

「これが闘技場じゃなく、夜間のバトルイベントだったら、シームは怪我ぐらいしていたかもしれません。それぐらい、シームは戦闘経験が不足しています」

「そうね……」

 

 言葉少なく返し、手にした賭け札をぷらぷらさせるメレオロン。自分が戦う時のことを考えているのだろう。シームのことも心配だろうし。……今はこれ以上言うまい。

 

『会場の皆様、お待たせいたしました。

 ビギナーランク第三試合、対戦相手入場!』

 

 ん? 思ったより休憩短かったな。

 

 2人が立つ向かいの扉から、今度はあからさまに剣を提げた半裸の男性が歩いてくる。

 

 やや遠い間合いで向かい立つ。

 

『いよいよビギナーランク最終戦、試合開始です!

 第三試合──はじめッッ!!』

 

 一際大きく、ドラの音が会場に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

「おおぉーッ!!」

 

 獣の如く形相を変え、吠えながら向かってくる剣闘士。──この初撃の威力だけは無視できない。俺は無傷でいなせるが、『凝』もできないシームには不可能だ。

 

 先ほどの黒装束と同じく、俺は横手に回りこんで握り手を掴む。剣を振りかぶっていた腕を急に掴まれ、足を滑らせる剣闘士。かろうじて踏みとどまるが体勢を崩し、剣を取り落とした。

 

 空いた手で殴りかかってきた。そちらの手も掴み取ると、振り解こうと足掻いてくる。そこへシームの拳が直撃、横面を殴られた剣闘士がそのまま横倒しになった。

 

 すぐさま跳ね起きようとする剣闘士。片膝立ちで、右腕を伸ばしシームの足を掴んだ。そちらを助けたくなる衝動に耐え、俺は剣闘士の左手を踏みにじった。落とした剣を拾いかけていた剣闘士の左腕がネジ曲がる。

 

 掴まれた足に構わず、力いっぱい顔面を叩くシーム。体勢が悪いせいで、威力が不十分。だが、

 

「もういっちょ!」

 

 俺のリクエストに応え、必死の形相でシームが腕を振りかぶる。慌てた剣闘士が右手で掴んでいたシームの足を離す。その腕でガードしようとし、

 

 ゴッ! 肘撃ちを後頭部にくれてやる。次の瞬間、シームの鉄拳がガードしかけた腕を弾いて、顔面にメリ込んだ。威力を殺せないよう、そのまま肘で頭部を固定する。

 

 剣闘士の身体がグラリと傾き──ボンッ! 煙と化した。

 

『──それまで!

 第三試合、ウラヌス選手とシーム選手の勝利です!

 ビギナーランク突破、おめでとうございます!』

 

 わぁぁぁっ! と会場から歓声が上がる。同時に盛大な拍手。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ……」

 

 呆然とヘタりこんだままのシームに、俺は手を伸ばす。

 

「大丈夫か?」

「……平気だよ」

 

 手を握り、気丈に立ち上がるシーム。手を振る2人に気づき、笑顔で手を振り返した。そんなシームの肩をぽんぽんと叩く。……慣れない戦い、お疲れさん。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 ランク戦の執筆BGM:DQⅣ『生か死か』




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