第百八十一章
忍具を取り上げるついでに、姉貴自身が持ってた鎖で、身体をぐるぐる巻きにしてフン縛ってやる。とりあえずこれで、目が覚めても身動きできないだろう。
……なんだな。この絵面、なんかアレだな。まぁいいや。体裁構ってる場合じゃないし。恥ずかしいのは姉貴だしな、うん。つか危うく俺がこの状態になるトコだったのか……
「ブック」
バインダーを出し、『交信』を使用する。
『ウラヌスッ! 無事ですかっ!?』
「ん、んー……
無事、とは言えないけど。いちおうケリはつけたよ」
『ホントッ!?』
『ちょっとシーム、落ち着きなさいってば』
『……声の具合からして、かなり負傷していませんか?』
バレるか。平常にはほど遠いし、さっきまで窒息寸前だったからな。
「その話は後で。
戻るって約束だったけど、フン縛った敵を連れてかなきゃいけないから、そこから移動してほしい。宿はチェックアウトせずに、荷物も持ってこなくていいよ」
『……どこがいいですか?』
「うーん……
ドリアスにでも飛んで、近くの森に入って適当な場所まで移動してくれる?
とにかく誰にも見られたくないんだ」
『……分かりました。すぐ移動しますから少し待っていてください。
着いたら、こちらから『交信』します』
「うん、お願い」
通話が切れる。はぁー……ホントは3人と会わせたくないんだけどな。俺の素性が色々バレそうだし。
でもこの状況で話さなかったら、かえって迷惑かけそうだもんな。やだなぁ……
数分後、アイシャから『交信』が来たので、姉貴の忍具を抱えて『同行』でアイシャに向かって飛ぶ。
到着した先は、見事に森の中。──心配そうな顔で俺を待っていたらしい3人が、俺の様子を見て表情をゆがめた。
「ボロボロじゃないですか……」
「うぅー……」
「はぁぁぁ……
ぜんっぜん、無事じゃないわね」
「……ごめん」
としか返せない。つか、ほとんど自爆でダメージ受けてんだよな……仕方なかったとはいえ。皮膚も服も、あっちこっち血まみれだ。
「なんですか、それ? ……そのヒトの持ち物ですか?」
「あー、えっと、うん。
これはコイツが持ってた武器。さっきまで戦ってたのもコイツだよ」
忍具をその辺に置く。ホントはもうちょっと離しておいた方がいいんだろうけど、目を切るのも怖いから、姉貴より俺の方が取りやすい場所に置いておく。
アイシャが俺に向かって歩く。そばへ来る前に、追い抜いたシームが俺に抱きついた。
「ウラヌスっ! ウラヌスぅ……!
しんぱい、したんだよッ!? すっごぃ……しんぱぃ……」
俺に力いっぱい
「ごめんな……」
俺は、そうとしか返せなかった。そりゃ心配するよな……怖い思いさせちゃったよ。
「シーム……
気持ちは分かりますが、早く治療しないといけませんから」
「そうよ、シーム。
後にしてあげなさいな。多分痛がってるわよ」
「あっ!?
……ウラヌス、だいじょうぶ?」
「まぁ……うん。
大丈夫ではないかな。ごめん、ちょっと腰下ろさせて」
シームから解放され、俺は土の上にしゃがみこむ。……いてて。早く傷口塞がないとな。出血で体力がじわじわ落ちてきてる。
「ウラヌス、そのヒトは誰なんですか?
知り合いなんですよね?」
鎖でぐるぐる巻きにしたソレを見て、どこかしら不審げなアイシャ。……まぁ白状するしかないか。
「──姉貴」
「へ?」
「……おれの、あねき。
血の繋がった、実の姉」
噛み締めるようにゆっくり告げると、放心したような顔をする3人。
『────えええぇぇぇぇぇぇぇッッ!?』
めっちゃ大声で驚かれた。そ、そんな驚くことか? 知り合いだって言ってたんだし、里からの追っ手なら充分可能性としてありえるじゃないか。
「えぇぇ、お姉さんなんですか?
でもその……
髪の色が全然違うじゃないですか。……それにこのヒト、忍者みたいなカッコしてますけど?」
うぅ……。そっか、それで俺とイメージが結びつかなかったのか。やだなぁ、コレって込み入った事情を話さないままじゃ済まないパターンじゃないか。
「……ぅ……けほっけほっ!」
間近で大声を出したせいか、姉貴が呻く。目を覚ましたか……嫌なタイミングで。
「……ぁ……あれ?
なにこれっ? 私、縛られてるの?」
「縛ったよ。
たりめーじゃねぇか。起きた途端、暴れるのが目に見えてんのに」
「え?
さ、桜?
いや、えっ!? こ、この人達はどちら様……?」
……俺に仲間がいるって、気づいてなかったのか? それともしらばっくれてるのか、混乱してるのか。いや、そんなことより。
「……。ウラヌス。
1つ聞いていいですか?」
「……なに?」
「──……あなたの、本当の名前って」
やっぱり、そう来るわな。あーあ、バーレた。もうやだぁ……
俺は髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き混ぜながら、
「……本当の名前とか、そんなんじゃないよ。
俺の、昔の名前は……桜。
ハンターライセンスを取った時の名前は、ウラヌス。……桜はもう、捨てた名前だよ」
「えぇッ!?
どういうこと、ウラヌス!?」
シームが混乱して尋ね直す。いや、どう説明すりゃいいんだ。あーもう。
「桜って猫じゃないのッ!?」
「……ネコ?
ネコってなんのこと、桜?」
姉貴がクチを挟んで、より事態をややこしくする。あああ、もう待て。だらだらと説明させるな!
「ちょっと待って!
後で説明するから、口々に聞かないで! 先に怪我を治させて!」
とりあえず姉貴とシームを沈黙させる。メレオロンも聞きたそうにしてたけど、やはりワケが分からないようで困惑顔をしてる。
この中では一番冷静そうなアイシャが考える素振りを見せ、
「それはもちろん、そうしてください。
私達にできることはありますか?」
「うぅん、悪いけど少し待ってて。
姉貴。すぐ治療してやるから、ちょっと待ってろ」
「……わかった。
できれば、ほどいてほしいんだけど……」
「だーめーだ。
大丈夫って保証がない以上、それはそのまま」
「うっそぉー!?
いや、困るってばぁ。何もしないからほどいてぇ」
「うるせ」
ほっといて神字での治療を始める。……いずれ解かなきゃいけないのは分かってるけど、説得し終える前にンなことできねーよ。ダブルも警戒しなきゃいけねーし。
……うん。内心、めっちゃ動揺してる。
ウラヌス=チェリーって名前が偽名──というか本名じゃない可能性はあると思ってた。明らかにジャポン人の名前じゃないしな。
でもサクラかぁ……確かに男性名として、無いとは言えないけど。あのサクラの存在があるからなぁ。昔の名前を念獣に付けるのって、どういう心境だっだんだろ。
まぁそっちも驚いたけど。ここに来た時ウラヌスが持ってた道具とか、お姉さんの衣服とか。まるっきり忍者じゃないか。
生まれ故郷がジャポンの里、とは聞いてたけど。
まさか、忍びの里の生まれだったとは……
ということは、ウラヌスの技って忍者のソレなのか? なんか違うような気もするけど、納得できないというほどでもないか……
「ウラヌスって忍者だったの?
あの、ニンニンってやるやつ?」
ウラヌスが治療の神字を施す中、シームが耐えられずに質問する。私だって確認したいけど、
「シーム。
質問は後にしてあげてください」
「うん……」
「……そうしてくれると助かる。
でも、これだけは言っとく。俺は忍者なんかじゃない。ニンニンとか言わない」
ふぅん。まぁ忍者のカッコしてないし、忍術とか言って何かしてきたわけでもないしな。しいて言えば、針を具現化して投げたりとか水面を歩いたりとか、あの辺りか。んー……歩法や身のこなしも、なかなか独特の──
「アンタ、まだそんなこと言ってるの?」
縛られたままのお姉さんがクチを開く。煙たそうにするウラヌス。
「いいから黙っててくれ。気が散る」
「散々子供の頃、忍者ごっこしてたじゃない。
アレが忍者の訓練だったって気づかなかったの?」
「……んなつもりなかったし、関係ねーよ。
俺が里のバカどもに何を習ったってんだ。俺が見て、技を盗んでやっただけだ。ロクに使えねーゴミみたいな忍術なんざ、誰が使うか」
教わったんじゃなくて、見て技を盗んだ、か。それ、子供がするレベルじゃないよね。ごっこどころか、ガチ忍者なんですがソレは。
「本格的な忍びの訓練になったら、どっか逃げてたじゃない」
「……移動や諜報に使うような技なら、まだ盗み甲斐もあるけどな。
明らかな暗殺術なんざ、絶対覚えねーよ」
「ウソばっかり。やろうと思えばできるクセに」
「いいから黙ってろ」
険悪に話を切るウラヌス。……できるんだろうな、きっと。
自分とお姉さんの治療を終えたウラヌスが、ようやくとばかりに長い息を吐いた。立ち上がり、ぱんぱんと土を払う。
「姉貴。分かってるとは思うけど、完全に治るには時間かかるからな?
早く治したきゃしばらく無理すんなよ」
「うん……
ところで、ほどいてくれる気はない?」
「ない」
冷たく突き放すウラヌス。まぁこの状況で戦闘が再開したらシャレにならないしな……まだ私にかかった『周』は切れてないけど、戦いたい気分でもない。早く事情を聞きたい。
「アンタ、誤解してない?
私、別にアンタのこと──」
「なんだよ?
俺をとっ捕まえて、里に無理やり連れ帰る気だったんだろ? 誤解じゃねーだろ」
「違う!
無理やり連れ帰るつもりなんてなかった!」
「じゃあ、どうするつもりだったんだ?
里の連中に、俺を捕縛して連行しろって命令を受けてたのは間違いないだろ?」
「……うん」
「どこを誤解してるってんだ。
一緒に帰るかどうか、散々聞いてただろうが」
「……無理やりじゃない、って言ってるの。
説得しようとしてたでしょ?」
「アレが? 説得?
おもいっきり攻撃してきたじゃねーか。今回だけじゃなく、前もその前も」
「それは桜が、私の言うことちっとも聞かないから!」
「ああ?
大人しく里に帰れって、そればっかじゃねーか。帰るわけねーだろ」
「アンタがそんなこと言って逃げるから、説得しようとして……」
「ふぅん?
今の姉貴みたく、拘束して逃げられないようにしてから、説得する気だったってか?」
「そ、そうよ……
納得させられなかったら、無理やり連れ帰ったって結局里から逃げちゃうじゃない」
ウラヌスは「ハァー……」と嘆息し、
「にしたって、気が短すぎんだろ……
昔から言ってるだろ? 口と手が一緒に出るクセ直せって。
暴力で言うこと聞かせようとしすぎなんだよ」
「だって……
そんなこと言うけど、私アンタに勝ててないし。
……今度こそ勝てると思ったのに」
「姉貴さ。
腕試ししたかったのは分かるけど、それとこれとは話が別だろ?
説得なら説得、勝負なら勝負って分けろよな。……まぁもういいけど」
「お願いだから一緒に帰ってよ……」
「……。
で、里の牢屋に死ぬまで閉じ込められろってか?」
「させないってば、そんなこと!」
「ウソ吐くなよ。
抜け忍は普通始末するもんだろうが。あの里だってそうだろ。
俺は忍者だったつもりはカケラもないけど、捕縛して連行しろって命令を下した時点で、実質同じ扱いじゃないか。
……抹殺命令を出さないのは、俺が正式な忍者じゃないから、建前上はそうしてるだけだろうしな」
「それは……
アンタが里で得た知識を、あっちこっちバラまくからよ……
自分から大人しく里に帰って、一生懸命謝罪すれば──」
「ほぉん。
あのジジババどもに土下座すりゃ、監禁されるところを軟禁に負けてくれるってか?」
「……そういうふうに話はつけてあるのよ。
だから──」
「バカが。あんなクソどもの言うことを信用すんなよ。
絶対に覆すぞ、そんな口約束。俺が逃げ出さないよう、閉じ込めるに決まってんだろ。
俺達家族があの村でどういう立場なのか、いい加減理解しろや」
……えぇっと。
なんか聞いてるこっちが困るくらい、メチャメチャ内情喋ってるな2人とも。ウラヌス、ちらちら私達に目をやってるから、ホントは聞かれたくないんだろうし。
「じゃあ私はどうすればいいのよ……」
「……俺に聞かれてもな。
逆に聞くけど、姉貴はどうしたいんだよ?」
「……。
昔に戻りたい」
「そんな願望聞いてません。……真面目に答えろ」
「……昔みたいに、一緒に暮らしたい」
「誰と?」
「……家族みんなと」
今度こそウラヌスは、「ふぅぅぅー……」と深く深く嘆息する。
「なぁ姉貴。
俺もそこまでお人好しじゃないぞ?
その家族が、俺にいったい何をした?」
縛られて横たわったままのお姉さんが、ビクッとする。ウラヌスの怒気にあてられて、明らかに怯えだした。
「桜……」
「その名前で、呼ぶな。
年々弱っていって、いずれは死に到る念を3人がかりで俺にかけておいて。
一緒に暮らしたい?
どのクチがそんなことほざくんだ。
……俺にはもう、家族はいない。お前らは他人だ」
「さくら……」
「……本当はな。
里にも、お前らにも、俺は復讐したいんだ。
俺をこんな目に遭わせた連中を叩き潰したい。じゃないとこの憤りは消えそうも無い。
ぜったいに、ゆるす気はない」
ウラヌスが放つ静かな憎悪に、お姉さんは嘆くように目を閉じる。
「じゃあ……
そんなに私のことが憎いなら、殺せばいいじゃない……」
「……いや、そういうワケにはいかないな。
仮に姉貴を殺したら、死後強まる念で俺にかかってる呪いが重くなる可能性がある。
里の連中が、姉貴に追わせる理由もそれじゃないかと俺は疑ってる。
俺が姉貴を殺せば自滅するし、それを気にして俺が姉貴を殺さないよう手加減すりゃ、俺を捕まえられる確率も自然と上がる。悪くないわな?」
「……」
「俺が言いたいのは、だ。
もう里のヤツラは誰1人信用できないし、あんなトコで誰とも暮らしたくないってことだよ。
姉貴のことも、信用できない」
「……。そう」
諦めたように、目を閉じたままつぶやくお姉さん。ウラヌスが私の顔を見る。ようやく表情を緩め、肩をすくめてみせた。
「……ま。姉貴にだけグチグチ言っても、しゃあねーけどな。
言われなくたって、いずれ帰るさ」
「えッ!?
……まさか、復讐しに里へ帰るつもり? 本気なの?」
「まぁ……そうだな。
あんな里、俺はなくなっちまえばいいと思ってるからな。
何はともあれ、まずは俺の念を何とかしてからだけど」
ようやく差し込む機を見つけ、私は軽く手を上げる。促してくるウラヌス。
「その……お姉さんに質問なんですが。
ウラヌスにかかっている念は、あなたが外すことはできないんですか?」
私に困惑の目を向けるお姉さん。やはりウラヌスは答えるように促す。
「……むり。
確かに私も関わって、かけた念ではあるけど、3人でかけた念でもあるから……
父と母も協力してくれない限りは」
「するわけないわな、あの2人が。
里の決定に逆らってそんなことができるなら、そもそも念なんてかけてない」
「……」
うん、多分そうだろうとは思ったよ。でも確認だけはしておきたかったしな。
ウラヌスはお姉さんのそばにしゃがみこみ、
「……ユリ
俺が姉貴のこと許すの、手伝う気はないか?」
「──え?
えっ!? どういう意味……?」
ウラヌスの言葉に、身を跳ねて驚くお姉さん。……やっぱりウラヌス、ホントは許してあげたかったんだな。
「なんで俺がここまで恨んでるかっつーと、要はこの念を姉貴にかけられたから、なワケだよ。
だったら、この念を外しちまえばいい。
そうすれば、俺が姉貴を恨む理由は消える。……手伝ってくれたらチャラにするさ」
「……で、でも。
さっきも言ったけど、私1人じゃその念は外せないのよ? いったいどうやって……」
ウラヌスがお姉さんへ言葉を返す代わりに、私へと視線を向ける。ふむ……
「言質を取らせてください。
お姉さんは、ウラヌスの念を外してあげたいんですか?」
「……。
私だって、念をかけたかったわけじゃないのよ。でも……色々あって。
少なくとも当時は、選択の余地がなかった」
「姉貴。それは俺も分かってるさ。
でも俺達が聞きたいのは、そういうことじゃない」
「……
…………そうね。
桜はもう充分すぎるほど苦しんだし、私は死んでほしいなんて思ってない。
その念を外す為に協力できることがあるなら、協力する」
瞑目するウラヌス。しばし沈黙した後、
「俺をもう連れ帰ろうとしない、襲わないって誓えるか?
もちろん、俺達に危害を加えないって意味だ」
「ええ……
あなたがいずれ里に帰る気なら、無理に捕まえたりなんかしない。
危害なんて、元々加える気はないわ」
「俺は一緒に暮らす、なんて約束はしないぞ?
それでもか?」
「……。
本当は一緒に暮らしたいけど……桜が嫌がってるのに無理強いなんて出来ないわよ。
……あなたはもう、桜じゃないんでしょ?」
「……加藤桜なんて元々いない。
俺はウラヌス=チェリー。俺と姉貴は家族じゃない。……他人なんだ」
「…………うん。アンタがそう言うなら、私もそれでいい。
今まで、ごめんなさい……」
私の後ろで、さっきからメレオロンとシームが寄り添って泣いていた。2人にとって、こんなに聞いていてツライ話はないかもしれない。
ウラヌスもお姉さんも、仲違いしたいわけじゃない。
けど、もう元に戻ることもない。……これはそのことを互いに認めて、ケジメをつけているのだろう。
私は、自分がどれだけ幸福に恵まれたのか、改めてそのことを噛み締め……
どうしてウラヌスがこんな不幸な目に遭うのか、理不尽だと思わずにはいられなかった。