どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第百八十二章

 

 彼女の言葉に偽りはない、と判断したのだろう。お姉さんを縛っていた鎖を解き始めるウラヌス。

 

 元々ウラヌスは、あの目の力で大抵のウソは見抜けたはずだ。それでも用心を重ねて、今まで疑い続けていた。おそらく、私達を納得させる為に。

 

 実際、このお姉さんの戒めを解くことに、私も後ろの2人も反対はしなかった。流石にこんなやりとりを見せられたらね……

 

 鎖から解放され、「ふぅぅぅー」と息を吐くお姉さん。立ち上がり、こびりついた土を必死で払う。

 しかしまぁ、こうして見るとまんまクノイチだな……。黒髪をポニーテールにまとめて、和風かつ軽装に身を包んでいる。これで忍者っぽいことされたら、もう疑う気になれない。

 

 そんなクノイチな彼女は、関節をほぐしながら、

 

「さく──えっと。

 ……ウラヌス、でいいのよね。

 私はどうしたらいいの?」

 

 ウラヌスは腕を組んで息を吐きながら、

 

「まずは情報交換だなー。

 ちっと、さっきの勝負内容で物申したいこともあるしな?」

「あ、はい……

 正直に白状するつもりではいるけど……お手柔らかにね?」

「さぁなー。

 俺と姉貴は他人だしなー。遠慮する理由がねぇっつうか」

 

 お姉さんはパタパタ手を振り、

 

「いやいや、アンタ元々私に遠慮なんかしてないでしょ。

 私、昔っからどんだけアンタにイジめられたと思ってんの?」

「イジめたつもりはねぇよ?

 分不相応にエラソーだった態度を、改めさせたつもりはあるけどな?」

「ぐぅ……

 いや、でもさぁ。アンタもう、大分弱ってきてるんでしょ?

 なんで私、アンタに負けたの?」

「へっぽこくノ一だからだろ?

 ぷげら」

「あああああーっっ!! それぇッ!

 よくも十老頭に言ってくれたわねッ!?

 里の得意先なのに、どんだけ恥かいたと思ってんのっ!?」

「元はといえば、姉貴が俺の情報漏らすのが悪い。

 情報収集の為だったんだろうけど、相手は選べよ」

「ぐきぃーっっ!!」

 

 あ、うん。この2人の関係性がよく分かる会話だな……。さっきまでのシリアスムード、どこいった?

 ていうかこのお姉さん、美人なのに色々台無しだよね……

 

「あの……ご歓談のところ、申し訳ないんですが。

 そろそろお名前、伺ってもよろしいですか?」

 

 ハッとする一同。なんだよね。お互いまだ名前も知らないんだよ、これが。

 

「……加藤百合。

 あ、違う。ユリ=カトウね。

 この子と同じ里の出身。……で、見ての通り忍者やってるわ」

 

 ……やっぱり忍者に見える自覚はあるんだ。

 

「アイシャ=コーザ、プロハンターです」

「シームです」

「……メレオロンよ」

 

 やっと名前が分かってスッキリしたよ。ユリさんね。そういえばウラヌス、ユリ姉って呼んでたな。

 

「ウラヌス、加藤桜って名前だったの?」

 

 シームが尋ねる。そうそう、それ私も気になってた。

 

「……だったって意味ならそうかもしれないけど。

 そもそも戸籍なんかないんだよ。……加藤桜には」

「えっ? 

 ……でも、国際人民データ機構への登録は強制ですよね?

 その時に戸籍は──」

「アイシャ。

 流星街については詳しい?」

「えっ? ええ、まぁそれなりにですけど……」

「生まれてすぐ流星街に捨てられた子供は、データ機構に登録されないのは知ってる?」

 

 うっ。まさに私のことだよ……

 

「それは知っていますが……

 でも、あなたは捨てられたんですか?」

「違うよ。

 流星街に捨てられてはいない。

 ……けれど、流星街に捨てたことにされた」

 

 ────ッ!! ……確かにそれなら、登録はすり抜けられるかもしれない。けど、

 

「ですが、病院とかはどうするんです?

 それに登録義務があるのに、そんなことしたら……」

「秘匿したのは里と親だけど、バレたら厳罰かもねぇ。

 いや、すぐ認知して登録しろって話になるかな?

 ……それはさておき、だ。

 俺はね、世間一般様では生まれなかったことにされてるんだよ。

 病院に行かず出産、役所にもどこにも届けてない。いわゆる隠し子ってやつ?

 よって、一般的な教育も医療も受けられません。存在しない人間だから」

 

 ……そっか。

 

 だから、加藤桜なんて元々いない、って言ったのか……

 

「まあ、とは言っても名無しじゃ日常生活にも事欠くから、家族や里の連中が俺のことを便宜上呼んでた名前が、加藤桜だったんだよ。

 俺の存在を公に認めると、里にとって色々都合が悪かったみたいだね。

 ……親も従わざるを得なかったんだろうさ」

「もしかして……

 プロハンターになったのは、身分証明を得る為ですか?」

「それもあるね。

 流石に飛行船にも乗れないのは困るもん。

 里を出たのは、何とかして除念する手段を見つける為だし……

 その手段を得る為に、俺が里に住んでた時に独学で得た知識や技術を活用しただけで、機密漏洩とか言われてもねぇ?

 そもそも最初に喧嘩を売ってきたのは里の方だし、知ったこっちゃない」

「……」

 

 反論しないユリさん。この分だとまだまだ深い事情がありそうだけど、ウラヌスが里を嫌悪する理由は分からなくもない。……私も流星街の住人は嫌いだしな。

 

「シーム、とりあえず納得したか?」

「うん……

 ウラヌスは、ウラヌスなんだよね?」

「ああ、もちろん。

 プロハンター、ウラヌス=チェリー。嘘偽りない、本当の名前だよ──っと」

 

 シームが駆け寄り、ウラヌスに抱きつく。元々ウラヌスという名前じゃないと聞いて、ずっと不安だったんだろう。大声で泣き出すシーム。泣きじゃくるシームの金髪を優しく撫でるウラヌス。そんな2人を、何とも言えない顔で眺めるユリさん。

 

「どっか行っちゃヤだよ、ウラヌスぅ……」

「……行かないよ、どこにも」

 

 ユリさんが何とも寂しそうな顔をしてる。ウラヌスがちらりと見やると、ぱっと表情を変え、

 

「あ、ところでさ。

 桜──いや、アンタのことじゃないわよ。

 ネコがどうとか言ってたじゃない。それって何なの?」

 

 あー、それ来たか。ウラヌス、どうするんだろ。

 

「……。

 説明が面倒だな。実際に見せてやるけど、すぐ消すぞ? オーラがもったいないから」

 

 ウラヌスは手先を虚空へ伸ばし、

 

(よ )(しら)ませる にゃんこの気紛(き まぐ)れ──」

 

 唱えて、指先を躍らせる。

 

「──【日向猫/バステト】──」

 

 もにゅん、と。ウラヌスの頭上にサクラが出現した。

 

「うわッ!?

 ……うわー。それ、まんま猫じゃないの……あっ。

 もしかして、その猫に付けた名前が桜なの?」

「……そうだよ」

 

 シームが、ウラヌスの頭からサクラを取り上げ、抱え込む。

 

「さーくらぁ♪」

「にゃうん♪」

 

 泣いたカラスがもう笑ったよ。……まぁいいことか。

 

「ふぅん……

 もしかしてこれ、自律して動いてない?」

「……」

「桜は自分で考えて動いてるって」

「にゃん」

「やっぱり。……あのさぁ、アンタ。

 昔あれだけ影分身はやめろって私に言ってたじゃない。

 理由、なんだっけ?」

「…………

 ああいうダブルを生み出すような念能力は、精神分裂の引き金になりかねないから……

 軽々に開発するな」

 

 おおぅ? マジか。影分身とかめっちゃ強そうなんだけどな……いや、でもメモリとか相当食うはずだし、どうだろうな。

 

「よね?

 で、なんでアンタは念獣に自分の名前を付けたわけ?」

「……桜は、俺の名前じゃない」

「にゃう?」

「ウラヌス……」

 

 不思議そうにサクラが、不安そうにシームが見つめる。彼は逃れるように視線を逸らし、

 

「……なんとなくそうしただけだよ。

 深い意味は無い」

「そう。

 ……あなたは、桜としての自分を、こうやって切り離したのね」

「違う。

 姉貴、憶測でモノを言うな。……そんなつもりじゃない」

「ふぅん……

 ま、私もヒトのこと言えないけどね」

「そうだよ!

 つか説教する以前の問題じゃねーか! なんで姉貴、影分身使ってんだッ!?」

「だ、だって。

 ……あるとスッゴイ便利だし。散々覚えちゃダメって警告してたアンタ相手なら、逆に不意をつけるかなって……

 上手くいったでしょ?」

「ああー、もう!

 バカなこと言ってんじゃねーよ……

 便利すぎるモンに依存して、恐ろしいことになっても知らねぇぞ」

「アンタに言われたくないかなー」

「……俺は気をつけてるさ。

 姉貴はバカだから、うっかりやらかすだろ」

「ちょっと!

 なんでやらかす前提なワケッ!?」

「常習犯じゃねーか。

 どうせさっきの癇癪玉も、火薬の調合間違えたんだろ」

「ぐっ!?」

「だよな? 完全に爆薬だもんな、アレじゃ。

 スタングレネードもロクに作れねーのか、このへっぽこくノ一」

「また……!

 人前でそう呼ぶの、やめなさいッ!」

「……ねぇねぇ、ウラヌス。

 かんしゃくだまって何? スタングレネードって?」

「にゃ?」

「あー、えっと……

 癇癪玉ってのは、ひらたく言やクラッカーだよ。

 お祝いとかでパンッ! って鳴らすやつ」

「ああ、アレかぁ!」

「それの爆竹っつーか、タマっころ版だな。

 音爆弾みたいなもんで、非殺傷武器だから使いやすいんだよ。

 スタングレネードは閃光音響弾って言って、強い光と大きな音を出す爆弾だな。現実によく使われるケースだと、人質と犯罪者が一緒にいるところへ突入する時なんかに使う。人質を巻き込んでも、怪我させずに済むからな」

「へぇー」

「……」

 

 思いっきりシームが話の腰を折ったけど、姉弟喧嘩が結果的に止まってるな。シーム、狙ってやったんだろうか。

 

「ずいぶん面倒見がいいのね」

「……俺、昔っからそうじゃなかったっけ?」

「にゃう?」

「まぁ……そうだけど。

 なんか、ずいぶん優しくなったって言うか」

 

 肩をすくめるウラヌス。私も、シームに対してはウラヌスってかなり優しいと思う。

 

「……シーム、そろそろ桜消したいんだけど」

「やだ! もうちょっと!」

「にゃー」

「えー。オーラ戻さないと、俺キツいんだけど……

 朝からもうヘトヘトだよ……」

「だったらこんなところで長話せず、一度休んだ方がいいんじゃないですか?

 2人ともかなり消耗してるようですし」

「んー……

 あのさ、姉貴。

 その忍装束、普段から着てるってことはないよな?」

「当たり前じゃない。

 これ、着心地最悪なのよ? いちおう戦闘用の服だから」

「だよな。

 じゃあ一度戻って、着替えてくれ。人目に付くのは避けた方がいいだろ?」

「……

 私とアンタが一緒にいるの、見られない方がいいってこと?

 流石に里の関係者がこんなところにいるとは思えないけど……」

「いや。

 このゲームの有力プレイヤーにハガクシがいる。

 アイツは──」

「あ、ハガクシってまさか……忍者の格好してる?」

「してる。

 アイツはプロハンターだし、見間違えようがない」

「じゃあ葉隠れってことね……

 それはマズイわ」

「だろ?

 できるだけ目立たない場所でまた落ち合おう。休みながら話すなら、屋内がいいな。

 過疎ってる宿泊施設があるところだと……

 ソウフラビ辺りか」

 

 あー……まぁそうだね。あそこはロクにイベントないし、わざわざホテルに泊まる人はいないかも。

 

「ソウフラビってどこよ?」

「行ったことないか。『同行』を使うしかないな。

 姉貴、移動スペルはまだあるか?」

「えぇっと……

 『再来』が3枚、『同行』が1枚あるけど」

「着替えとか荷物をどっか置いてるなら、『再来』で取ってこれるよな?」

「ええ、それは大丈夫」

「うん。

 なら1時間経ったら、俺に『同行』で飛んできてくれ。

 多分ソウフラビにいると思う」

「分かったわ。1時間後ね」

 

 

 

 ユリさんが『再来』で移動した後。

 

 がくりと膝を折り、尻餅をつくウラヌス。

 

「ぅー……くたびれたぁー」

「まったく……

 無理しすぎですよ?」

「だって、無理しなきゃ勝てない相手だったんだよ。

 いちおう言っとくと、怪我したのは俺の自爆だから。

 姉貴に怪我させられたのとはちょっと違う」

「そうだったんですか?」

「うん……

 姉貴はホントに俺を説得したかったんだと思う。爆薬とか使われたけど、俺から離れた位置に投げてたし。

 ……姉貴の携帯してた忍具、調べたらさ。刃物とか尖った武器が全然なくて。

 苦無(く ない)とか手裏剣とか鎌とか刀とか、俺を殺す気ならいくらでも得物なんてあったのに。アレじゃ脅すこともできやしないよ」

「……」

 

 ウラヌスも気づいてはいたんだな。あのヒトに全く殺気がないことに。さっきまで殺し合いをしていた人間の気配じゃなかった。

 それなのに妙に大怪我してたし、おかしいとは思ったんだよ……

 

「姉貴もかなり腕を上げてたけど、仕事だと暗殺術の方がメインだろうし。

 それさえ使われなきゃ、大したことないのは当たり前なんだよな。でなきゃ確実に俺が負けてたよ」

「……それなのに、へっぽこクノイチだなんて言ってたんですか?」

「あんな挑発に乗ってる時点で、忍者としちゃ三流だよ。

 相変わらずアホな姉貴さ」

 

 そう言って苦笑するウラヌスは、どこか嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

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