彼女の言葉に偽りはない、と判断したのだろう。お姉さんを縛っていた鎖を解き始めるウラヌス。
元々ウラヌスは、あの目の力で大抵のウソは見抜けたはずだ。それでも用心を重ねて、今まで疑い続けていた。おそらく、私達を納得させる為に。
実際、このお姉さんの戒めを解くことに、私も後ろの2人も反対はしなかった。流石にこんなやりとりを見せられたらね……
鎖から解放され、「ふぅぅぅー」と息を吐くお姉さん。立ち上がり、こびりついた土を必死で払う。
しかしまぁ、こうして見るとまんまクノイチだな……。黒髪をポニーテールにまとめて、和風かつ軽装に身を包んでいる。これで忍者っぽいことされたら、もう疑う気になれない。
そんなクノイチな彼女は、関節をほぐしながら、
「さく──えっと。
……ウラヌス、でいいのよね。
私はどうしたらいいの?」
ウラヌスは腕を組んで息を吐きながら、
「まずは情報交換だなー。
ちっと、さっきの勝負内容で物申したいこともあるしな?」
「あ、はい……
正直に白状するつもりではいるけど……お手柔らかにね?」
「さぁなー。
俺と姉貴は他人だしなー。遠慮する理由がねぇっつうか」
お姉さんはパタパタ手を振り、
「いやいや、アンタ元々私に遠慮なんかしてないでしょ。
私、昔っからどんだけアンタにイジめられたと思ってんの?」
「イジめたつもりはねぇよ?
分不相応にエラソーだった態度を、改めさせたつもりはあるけどな?」
「ぐぅ……
いや、でもさぁ。アンタもう、大分弱ってきてるんでしょ?
なんで私、アンタに負けたの?」
「へっぽこくノ一だからだろ?
ぷげら」
「あああああーっっ!! それぇッ!
よくも十老頭に言ってくれたわねッ!?
里の得意先なのに、どんだけ恥かいたと思ってんのっ!?」
「元はといえば、姉貴が俺の情報漏らすのが悪い。
情報収集の為だったんだろうけど、相手は選べよ」
「ぐきぃーっっ!!」
あ、うん。この2人の関係性がよく分かる会話だな……。さっきまでのシリアスムード、どこいった?
ていうかこのお姉さん、美人なのに色々台無しだよね……
「あの……ご歓談のところ、申し訳ないんですが。
そろそろお名前、伺ってもよろしいですか?」
ハッとする一同。なんだよね。お互いまだ名前も知らないんだよ、これが。
「……加藤百合。
あ、違う。ユリ=カトウね。
この子と同じ里の出身。……で、見ての通り忍者やってるわ」
……やっぱり忍者に見える自覚はあるんだ。
「アイシャ=コーザ、プロハンターです」
「シームです」
「……メレオロンよ」
やっと名前が分かってスッキリしたよ。ユリさんね。そういえばウラヌス、ユリ姉って呼んでたな。
「ウラヌス、加藤桜って名前だったの?」
シームが尋ねる。そうそう、それ私も気になってた。
「……だったって意味ならそうかもしれないけど。
そもそも戸籍なんかないんだよ。……加藤桜には」
「えっ?
……でも、国際人民データ機構への登録は強制ですよね?
その時に戸籍は──」
「アイシャ。
流星街については詳しい?」
「えっ? ええ、まぁそれなりにですけど……」
「生まれてすぐ流星街に捨てられた子供は、データ機構に登録されないのは知ってる?」
うっ。まさに私のことだよ……
「それは知っていますが……
でも、あなたは捨てられたんですか?」
「違うよ。
流星街に捨てられてはいない。
……けれど、流星街に捨てたことにされた」
────ッ!! ……確かにそれなら、登録はすり抜けられるかもしれない。けど、
「ですが、病院とかはどうするんです?
それに登録義務があるのに、そんなことしたら……」
「秘匿したのは里と親だけど、バレたら厳罰かもねぇ。
いや、すぐ認知して登録しろって話になるかな?
……それはさておき、だ。
俺はね、世間一般様では生まれなかったことにされてるんだよ。
病院に行かず出産、役所にもどこにも届けてない。いわゆる隠し子ってやつ?
よって、一般的な教育も医療も受けられません。存在しない人間だから」
……そっか。
だから、加藤桜なんて元々いない、って言ったのか……
「まあ、とは言っても名無しじゃ日常生活にも事欠くから、家族や里の連中が俺のことを便宜上呼んでた名前が、加藤桜だったんだよ。
俺の存在を公に認めると、里にとって色々都合が悪かったみたいだね。
……親も従わざるを得なかったんだろうさ」
「もしかして……
プロハンターになったのは、身分証明を得る為ですか?」
「それもあるね。
流石に飛行船にも乗れないのは困るもん。
里を出たのは、何とかして除念する手段を見つける為だし……
その手段を得る為に、俺が里に住んでた時に独学で得た知識や技術を活用しただけで、機密漏洩とか言われてもねぇ?
そもそも最初に喧嘩を売ってきたのは里の方だし、知ったこっちゃない」
「……」
反論しないユリさん。この分だとまだまだ深い事情がありそうだけど、ウラヌスが里を嫌悪する理由は分からなくもない。……私も流星街の住人は嫌いだしな。
「シーム、とりあえず納得したか?」
「うん……
ウラヌスは、ウラヌスなんだよね?」
「ああ、もちろん。
プロハンター、ウラヌス=チェリー。嘘偽りない、本当の名前だよ──っと」
シームが駆け寄り、ウラヌスに抱きつく。元々ウラヌスという名前じゃないと聞いて、ずっと不安だったんだろう。大声で泣き出すシーム。泣きじゃくるシームの金髪を優しく撫でるウラヌス。そんな2人を、何とも言えない顔で眺めるユリさん。
「どっか行っちゃヤだよ、ウラヌスぅ……」
「……行かないよ、どこにも」
ユリさんが何とも寂しそうな顔をしてる。ウラヌスがちらりと見やると、ぱっと表情を変え、
「あ、ところでさ。
桜──いや、アンタのことじゃないわよ。
ネコがどうとか言ってたじゃない。それって何なの?」
あー、それ来たか。ウラヌス、どうするんだろ。
「……。
説明が面倒だな。実際に見せてやるけど、すぐ消すぞ? オーラがもったいないから」
ウラヌスは手先を虚空へ伸ばし、
「
唱えて、指先を躍らせる。
「──【日向猫/バステト】──」
もにゅん、と。ウラヌスの頭上にサクラが出現した。
「うわッ!?
……うわー。それ、まんま猫じゃないの……あっ。
もしかして、その猫に付けた名前が桜なの?」
「……そうだよ」
シームが、ウラヌスの頭からサクラを取り上げ、抱え込む。
「さーくらぁ♪」
「にゃうん♪」
泣いたカラスがもう笑ったよ。……まぁいいことか。
「ふぅん……
もしかしてこれ、自律して動いてない?」
「……」
「桜は自分で考えて動いてるって」
「にゃん」
「やっぱり。……あのさぁ、アンタ。
昔あれだけ影分身はやめろって私に言ってたじゃない。
理由、なんだっけ?」
「…………
ああいうダブルを生み出すような念能力は、精神分裂の引き金になりかねないから……
軽々に開発するな」
おおぅ? マジか。影分身とかめっちゃ強そうなんだけどな……いや、でもメモリとか相当食うはずだし、どうだろうな。
「よね?
で、なんでアンタは念獣に自分の名前を付けたわけ?」
「……桜は、俺の名前じゃない」
「にゃう?」
「ウラヌス……」
不思議そうにサクラが、不安そうにシームが見つめる。彼は逃れるように視線を逸らし、
「……なんとなくそうしただけだよ。
深い意味は無い」
「そう。
……あなたは、桜としての自分を、こうやって切り離したのね」
「違う。
姉貴、憶測でモノを言うな。……そんなつもりじゃない」
「ふぅん……
ま、私もヒトのこと言えないけどね」
「そうだよ!
つか説教する以前の問題じゃねーか! なんで姉貴、影分身使ってんだッ!?」
「だ、だって。
……あるとスッゴイ便利だし。散々覚えちゃダメって警告してたアンタ相手なら、逆に不意をつけるかなって……
上手くいったでしょ?」
「ああー、もう!
バカなこと言ってんじゃねーよ……
便利すぎるモンに依存して、恐ろしいことになっても知らねぇぞ」
「アンタに言われたくないかなー」
「……俺は気をつけてるさ。
姉貴はバカだから、うっかりやらかすだろ」
「ちょっと!
なんでやらかす前提なワケッ!?」
「常習犯じゃねーか。
どうせさっきの癇癪玉も、火薬の調合間違えたんだろ」
「ぐっ!?」
「だよな? 完全に爆薬だもんな、アレじゃ。
スタングレネードもロクに作れねーのか、このへっぽこくノ一」
「また……!
人前でそう呼ぶの、やめなさいッ!」
「……ねぇねぇ、ウラヌス。
かんしゃくだまって何? スタングレネードって?」
「にゃ?」
「あー、えっと……
癇癪玉ってのは、ひらたく言やクラッカーだよ。
お祝いとかでパンッ! って鳴らすやつ」
「ああ、アレかぁ!」
「それの爆竹っつーか、タマっころ版だな。
音爆弾みたいなもんで、非殺傷武器だから使いやすいんだよ。
スタングレネードは閃光音響弾って言って、強い光と大きな音を出す爆弾だな。現実によく使われるケースだと、人質と犯罪者が一緒にいるところへ突入する時なんかに使う。人質を巻き込んでも、怪我させずに済むからな」
「へぇー」
「……」
思いっきりシームが話の腰を折ったけど、姉弟喧嘩が結果的に止まってるな。シーム、狙ってやったんだろうか。
「ずいぶん面倒見がいいのね」
「……俺、昔っからそうじゃなかったっけ?」
「にゃう?」
「まぁ……そうだけど。
なんか、ずいぶん優しくなったって言うか」
肩をすくめるウラヌス。私も、シームに対してはウラヌスってかなり優しいと思う。
「……シーム、そろそろ桜消したいんだけど」
「やだ! もうちょっと!」
「にゃー」
「えー。オーラ戻さないと、俺キツいんだけど……
朝からもうヘトヘトだよ……」
「だったらこんなところで長話せず、一度休んだ方がいいんじゃないですか?
2人ともかなり消耗してるようですし」
「んー……
あのさ、姉貴。
その忍装束、普段から着てるってことはないよな?」
「当たり前じゃない。
これ、着心地最悪なのよ? いちおう戦闘用の服だから」
「だよな。
じゃあ一度戻って、着替えてくれ。人目に付くのは避けた方がいいだろ?」
「……
私とアンタが一緒にいるの、見られない方がいいってこと?
流石に里の関係者がこんなところにいるとは思えないけど……」
「いや。
このゲームの有力プレイヤーにハガクシがいる。
アイツは──」
「あ、ハガクシってまさか……忍者の格好してる?」
「してる。
アイツはプロハンターだし、見間違えようがない」
「じゃあ葉隠れってことね……
それはマズイわ」
「だろ?
できるだけ目立たない場所でまた落ち合おう。休みながら話すなら、屋内がいいな。
過疎ってる宿泊施設があるところだと……
ソウフラビ辺りか」
あー……まぁそうだね。あそこはロクにイベントないし、わざわざホテルに泊まる人はいないかも。
「ソウフラビってどこよ?」
「行ったことないか。『同行』を使うしかないな。
姉貴、移動スペルはまだあるか?」
「えぇっと……
『再来』が3枚、『同行』が1枚あるけど」
「着替えとか荷物をどっか置いてるなら、『再来』で取ってこれるよな?」
「ええ、それは大丈夫」
「うん。
なら1時間経ったら、俺に『同行』で飛んできてくれ。
多分ソウフラビにいると思う」
「分かったわ。1時間後ね」
ユリさんが『再来』で移動した後。
がくりと膝を折り、尻餅をつくウラヌス。
「ぅー……くたびれたぁー」
「まったく……
無理しすぎですよ?」
「だって、無理しなきゃ勝てない相手だったんだよ。
いちおう言っとくと、怪我したのは俺の自爆だから。
姉貴に怪我させられたのとはちょっと違う」
「そうだったんですか?」
「うん……
姉貴はホントに俺を説得したかったんだと思う。爆薬とか使われたけど、俺から離れた位置に投げてたし。
……姉貴の携帯してた忍具、調べたらさ。刃物とか尖った武器が全然なくて。
「……」
ウラヌスも気づいてはいたんだな。あのヒトに全く殺気がないことに。さっきまで殺し合いをしていた人間の気配じゃなかった。
それなのに妙に大怪我してたし、おかしいとは思ったんだよ……
「姉貴もかなり腕を上げてたけど、仕事だと暗殺術の方がメインだろうし。
それさえ使われなきゃ、大したことないのは当たり前なんだよな。でなきゃ確実に俺が負けてたよ」
「……それなのに、へっぽこクノイチだなんて言ってたんですか?」
「あんな挑発に乗ってる時点で、忍者としちゃ三流だよ。
相変わらずアホな姉貴さ」
そう言って苦笑するウラヌスは、どこか嬉しそうだった。