第百八十三章
すぐオータニアの旅館に戻り、ウラヌスだけお風呂へ入る。血塗れだった身体を洗い、新しい服に着替えた後、しばらく横になって休んでもらう。今日はもう攻略も修行も無理だろうな……
つかの間の休息を終え、移動スペルで懐かしのソウフラビへと飛んだ。見飽きた景色に私がげんなりした後、ウラヌスの案内で都市の入口から離れた宿泊施設へと移動する。
安いホテルで部屋を取り、私達が雑談で時間をつぶしていると、室内に女性が出現した。
「はぁい♪」
なんか気軽に声をかけてくる。……いやまぁユリさんなのは分かってるんだけど。
化けるなぁ……。髪を縛らず後ろに流し、オシャレな洋服を着て、サングラスをかけたユリさん。サングラスを外した目を見て、ようやく本人だと確信する。気配が全然違うんだよね。
「どう? どう?」
無邪気に感想を求めてくるユリさん。大人の女性な雰囲気だったのに台無しだよ……。その視線の先には、くたびれた顔でベッドに腰かけるウラヌス。
「まぁ……前情報がなきゃ、ユリ姉って気づかないな。
普段からその格好なのか?」
「こっちに来てからはそうね。
……流石に忍装束じゃ忍べないもの」
あ、やっぱり? ですよねー。アレ、かえって目立つよね。特にクノイチは……
「一般人に化けるのは、忍者の基本スキルだわな」
「アンタはその点全然ダメね」
「うるせーよ。俺はシノビじゃねーだろが」
「そのワリには女の子に化けてるじゃない」
「化けてるワケじゃねーよ!」
「……もうちょっと、薄化粧ぐらいすればいいのに」
「それこそ化けてんじゃねーか!」
また始まった。別にいいけど、仲いいなこの2人。
「私はアンタに気づいたけど、アンタは気づかなかったもんね。
どこですれ違ったか、気づかなかったでしょ」
そういえば『交信』を使ってきてたんだよな。どこかで20m半径までニアミスしたってことか。
「……姉貴は俺を探してゲームに入ったんだろ?
俺はそこまで警戒してなかったから、プレイヤーの多いところで接触してたら無理だよ。至近距離まで来れば分かっただろうけど」
「私の隠形も、アンタを欺ける水準まで来たってことね」
「基準にすんなよ。
俺は今いっぱいいっぱいなんだから」
「……そっか」
「ところで、ユリさんはどこで見かけたんですか?」
「うん?
ああ、マサドラよ。人を探すならあそこ以外になさそうだし」
「まぁそうだな。
あんなトコで普通のプレイヤーのフリされたら、他人と混じって気づけねーよ」
私も気配だけで誰か判別するのは難しいな。何も隠してなければ分かるけど、一般人に擬態されると流石に厳しい。ハンター試験の時も、気配の消し方で達人なのは分かっても、ネテロだとは気づけなかったし……
「姉貴、まだ身体かなり痛めてるだろ?
無理せず、どっか座れよ」
「わーい。じゃ遠慮なく」
ボスン、とウラヌスの隣に座るユリさん。めっちゃそばに座ってる。
「……いや、俺の隣じゃなくて椅子とかクッションがあんだろ」
「ここがいーの」
「さいで」
……なんなんだろうな、これ。
「にしてもさー。
近くで見るとよく分かるけど、アンタも可愛くなったわよね」
「なんだよ、それ」
「弱ってるのもあるんでしょうけど、なよなよして女の子らしくなったというか。
髪の毛もバッチリケアできてるじゃない」
「い、いやさ、姉貴。
そういう話は良いから……」
「少しくらい良いじゃない、しばらくぶりなんだし。
そうだ、久しぶりにお風呂入ろっか?」
「入らねーよ!
信用できねぇっつってんのに、どんだけ馴れ馴れしいんだ!」
「なんでよー、別にお風呂ぐらい良いじゃない」
「大体さっき入ったばっかだろ!
おもいっきり石鹸の匂いしてんぞ!」
「そりゃあ、誰かさんのせいで傷だらけにされたし?
ボロボロのまま出歩いたら、目立っちゃうじゃない」
「元はと言えば、姉貴が襲ってきたからだろ……」
「私はアンタを説得したかっただけよ」
「ゲンコツで説得しようとすんじゃねーよ。
だいたい怪我は治療したんだから、もういいだろが……」
「それについては恨みっこなしでいいけどー。
……まぁ私は恨まれても仕方ないか。アンタがどれだけツライ思いをしてきたか、私は分かってあげられなかったし」
「……」
「だから、それをチャラにしてくれるなら大抵のことは協力するわ。
遠慮なく言ってね」
「……そこまで頼りにするつもりもないけどな。表立って協力すると、今度は里から別の追っ手が来そうだから」
「そこが悩ましいところよねー」
「俺だけじゃなくて、みんなも協力してほしいことがあったら、どんどん提案して。
これは相談の場だからね」
ふむ。……いや、イチャついてるの見せ付けられて、どうしたものかと思ってたけど。
メレオロンとシームは明らかに困惑気味だ。……そりゃそうだよね。信用するかどうか難しいところだし、仮に一緒に動くとなれば私にとってもなかなか付き合いにくいヒトだ。
ただ、ユリさんが積極的にウラヌスと交流すると、里にそれがバレた時に都合が悪いのだろう。だからこの4人チームが、5人になることはないと見ていい。
「そもそも姉貴、どうやって入ってきたんだ?
いつからゲームにいるんだよ」
「あー……
それって結構色々説明しないといけないかなぁ」
「教えてくれた方が、こっちとしては助かるんだけどな」
「はいはい。ちょっと長話になるわよ。
そうね……あれは──」
本当に話が長いというか、雑談が多かったりイチャついたりウラヌスが補足したりで、説明が前後してごちゃごちゃだったのを整理すると──
念をかけられたウラヌスが里を
私の知る忍者のイメージと言えば、いわゆる秘密主義。……ハンゾーさんは、例外中の例外だと思いたい。
よって多くの秘密を知る忍者が里から逃げ出せば、抜け忍として当然追っ手がかかる。と思ってたんだけど……
──ヨソは知らないけど、いちいち追っ手なんて差し向けないわよ。だって人手が全然足りないもの、ただでさえクソ忙しいのに──
だそうで。見つけたら始末するというルールではあっても、いちいち追ったりはしないモノらしい。忍者の世も世知辛いようだ。
ただ、ウラヌスの存在は月隠れの里でも機密に相当したらしく、正式に忍者として認定されていないウラヌスであっても、追っ手をかけるべきか否かで紛糾したそうだ。
追っ手をかけることに及び腰だった理由は至って単純。ウラヌスに勝てるだけの人材が居なかったとのこと。
ユリさんだけ唯一勝機があったそうだが、一度も勝ったことがないほど実力差があったのと、何より彼女が強く拒否した為、追っ手の件は一旦流れたそうだ。
ウラヌスがヤンチャして、情報リークしまくったりしなければ……
話が長引くという理由で詳細は省いたけど、おそらく神字のことだろう。里まで漏洩の話が届いたぐらいだしな。
里でも追っ手を差し向けざるを得ないという結論が出て、情報漏洩の罪状で捕縛するといった名目を掲げ、ユリさんを始めとする追っ手が放たれたそうだ。
けどウラヌスが根無し草だったのと、飛行船で足跡を残さずに移動するスタイルだったせいで、実際発見にまで至ったのはユリさんのみ。そのユリさんも2回発見して2回撃退され、結局捕縛は無理という結論になったらしい。
……困ったことに、これでまだ話の前置きである。本題はここからだ。
「そんでね、私は里で──」
「おおぃ姉貴、いつまでだらだら喋ってんだよ。
手早く説明してくれよ」
「えー。こっからが面白いトコなのにぃ」
「うるせぇよ。俺ら朝メシもまだなんだぞ。
さっさと進める!」
なんだよねぇ。宿の朝食はバタバタしすぎて、パスせざるを得なかった。お腹へったな。
「私だってまだよ。
……じゃあ一緒に、朝ゴハン食べない?」
「ダメ! 余計に長引くだろ」
「ちぇー……
まぁ早い話、修行不足実戦不足だから、それを補えって言われたわけ。里で結構鍛えたのよ?
仕事の依頼を受けつつコネを増やして、アンタの居所を探してたんだけど……
ここしばらく、アンタ全然動いてなかったでしょ? 手掛かりがほとんどなくてさー。やっと見つけたのが去年のことよ」
「隠れてコソコソやってたからなー。
十老頭の件はやむを得ずだよ」
……ウラヌスの言ってる十老頭の件って、アレだよな。ヨークシンで私がネテロに連絡した時の……うぅ。元を辿れば、今回の件も私が一因なのか。
「見つけたって言っても、ヨークシンにいたことぐらいしか分からなくて。
色々情報収集してて、ようやく気づいたのよ。もしかしてグリードアイランドとかいうゲームが関係あるんじゃないかって」
「……ずいぶん突拍子も無いな。いつもの勘か?」
「女の勘よ。アンタ、ゲーム好きだったし。
で調べてみたら、プレイすると実際に死ぬ可能性があるとか、巨大な龍が現れて願いを叶えてくれるとか、おかしな話がわさわさ出て来て」
「それなー。
色々デマが広がってたのは知ってるけど、巨大な龍が願いを叶えるはマジで吹くわ」
「完全にアレだもんねー。
でも、それで気がついたわけよ。もしかして除念の為に、ゲームへ入ったんじゃないかって。正直、他にアテもなかったし」
「……」
「で、誰かがゲームクリアしたって情報が出回ってきたから色々探って……長年ゲームに参加してたってプレイヤーをようやく見つけたのよ。
アッサムとかいう人だったんだけど、知ってる?」
……? 私は知らないな。あんまりバインダーで名前確認してなかったし。
「んー……
ちょっと記憶が曖昧だな。ハメ組にいたような気もするが、顔までは思い出せない」
「そう? まぁいいわ。
で、大枚はたいて情報を買ったのよ。……その中にアンタのことも含まれてた」
「あー。そういうことな」
「ゲームが安く出回ってたから、そっちも手に入れて。
少し前に入れるようになったみたいだから、準備を終えて数日前に入ってきたわけ」
ユリさんもゲーム買ったのか。あんなに欲しくても買えなかったのに、今じゃすっかりバーゲンセールだな……
「おっと、聞こうと思って忘れてた。
姉貴。ゲームに入ってから、スペル攻撃って受けたことあるか?」
「ん? たとえば?」
「俺が気にしてるのはアレだよ。『追跡』か『密着』のどっちか」
ユリさんがなぜか、やけに楽しげな笑みを浮かべた。んん?
「……なにニヤニヤしてんだよ?」
「結論から言うと、大丈夫よ。
その手のスペル攻撃は受けてないから」
「そっか。……で?」
「入ってきたその日のうちにねー。
私のところへ飛んできた人がいたわけよ」
おぅ? それって、もしかして……
「……ラターザか?」
「そ。そのラターザさん。
いやぁー。彼には色々お世話になったわー」
お、お世話になった? どういうこと?
「……姉貴、オマエあいつに何したんだ?」
「そりゃもうね。私、事前に情報を仕入れてきてるわけよ。
だから初心者と違って、何されようとしてるか分かっちゃうのよねー。
で。いきなり攻撃されかけたから、相応の目に遭ってもらったわ」
「殺しちゃいないだろうな?」
「……そこまではしてないけど。
持ってたカード、全部貰いはしたわね」
うぅむ……似た者姉弟であったか。
「絞りに絞って、ゲームの情報もたっぷりいただいたわ。
その中に、アンタの情報があってねー」
「ぐ……」
「……アイツに色々イヤなこと言われたんでしょ?
私がアンタの姉だって教えたら、すっごい驚いてたけど。
アンタの分も、きっちり仕返ししといたわ」
「余計なことすんじゃねーよ……」
「いいじゃない、別に。
ゲームの実践も兼ねて、ラターザは港から追い出しといたわ。
だから、ゲーム内にはもう居ないわよ。実力不足って散々なじっておいたから、二度と戻ってこないでしょうね」
「……さいで」
ああ、ラターザ合掌。なむなむ……
実際のところウラヌスでも敗北を覚悟するほどの使い手みたいだし、このゲームにいる大半のプレイヤー相手なら、ユリさんが後れを取ることはなさそうだな。
ただこの人、結構うっかりさんな感じなんだよね……。念能力者同士の戦いだとその辺ちょっと不安でもある。
「だから実際にゲームへ入ってきたのは、9月の26日からね。5日前。
マサドラでアンタを見かけたのは昨日よ」
「まぁ大体事情は分かったよ。
つーことは、アレか?
姉貴、ラターザから奪ったカード持ってるのか?」
「フリーは使ったり売ったりしたけど、指定ポケットカードは残してるわ。他にも自力で何枚か取ったけどね。情報収集がてら。
これって、アンタも集めてるの?」
「いちおうクリア目指してるからな。
クリアしたらどうなるか知ってるだろ?」
「もちろん。
欲しいならカードはあげても全然構わないけど、今度はそっちの話も色々聞きたいかな。
除念のアテとか、この子達のこととか、色々ね」
「……」
私達に無言で問いかけるウラヌス。
さて、難しいな。協力してくれるなら、多少は伝えてもいいんだろうけど。けど全てというわけにもいかない。モタリケさん達にだって、全部は話してないしな。
私達の表情から読み取ったのか、ウラヌスは小さく息を吐く。
「姉貴、ちょっと機会を改めていいか?
俺達の方でも、色々相談したいからさ。
今晩、一緒にメシ食おうぜ。その時に伝えるよ」
「うん、分かった。
どっちから『交信』する?」
「俺からするよ。
いずれにしても、身体を休めたいしな。姉貴も今日は回復に専念してくれ」
少し雑談を続けた後、ユリさんがベッドから立ち上がる。
「じゃあね、桜」
ウラヌスに向かって前かがみになり「ちゅっ」と音をさせて、ユリさんは部屋から出ていく。
余裕たっぷり、むしろツヤツヤした顔で出ていったユリさんと対照的に、「ふへー」と疲れた息を吐くウラヌス。
「まーじシンドイ……
桜じゃねぇっつってんだろ、もー」
「ふふ、お疲れ様でしたね」
「イチャイチャと見せ付けてくれちゃって、まー」
「ウラヌス、めっちゃ仲いいじゃん」
「……縁を切るって宣言したし、もうちょっと
あー。どうしてこう甘いんだろ、俺……」
「仕方ありませんよ。
ユリさん、ウラヌスのことが可愛くて仕方ないんでしょうし」
完全に溺愛してた感じだもんな。そりゃ寝起きにプニプニとかされますわ。
「それは知らんけど……
とにかく、みんな分かってるとは思うけど、流石に姉貴とは一緒に行動しないから。
姉貴の気が変わったりしたら、今の俺じゃ止められそうにないし」
「ウラヌスのおねーちゃん、そんなに強いの?」
「……単純なオーラ量だけなら、メレオロンの1.5倍近くある」
うわ、多いな……
「技量も格段に向上してたし、次やったら多分負けるな。
……制御できない以上、一緒には居られないよ」
「でも、協力はしてもらうんですよね?」
「背に腹は代えられないからねぇ。
あんまり拒否すると、かえって敵に回しそうだしさ。
……むしろ緊急事態に、姉貴を頼る選択肢が出来たのは心強い。普段頼るのは、ゴメンこうむるけど」
「そうなると、どこまで教えるか、ね。
……アタシのこととか」
「なんだよなぁ……
んー、まぁゆっくり考えよう。
アイシャ、今日は攻略も修行も無しにしたいんだけど、いい?」
「仕方ありませんね。
あなたが戦える状態だとは思えませんから、どちらもすべきではありませんし」
ウラヌスが満足に防戦できないからな。むしろ私達がウラヌスを守る必要があるから、無闇な消耗は避けないと。
「ごめんね。
悪いけど今日は休みで。……とりあえずは朝食かなー。お腹すいたよ」
「なら、ここで食べていきませんか?
美味しいお店、知ってますから」
「ん。
じゃあ、そうしよっか」
ソウフラビは散々調べ歩いたからね。もう完璧に覚え……くっ、嫌な思い出ががが。
ベッドから腰を上げたウラヌスは、すたすたと扉に向かって歩いていき、
「おーい。
アンタ、まだ気づいてないの?」
メレオロンの言葉に振り向く。吹き出しかけ、ガマンする。まだだ、まだガマンしろ私。
「ん? なにが」
「オデコに。
キ・ス・マ・ア・ク」
「はっ?? ──あぁッッ!?」
ウラヌスは慌てて部屋のトイレに駆けていき、
「あああああぁーッ!!
あんの、バカ姉貴ぃぃぃぃッ!!」
『──アッハハハハハッ!!』
思わず爆笑する私達。おでこにキスマーク付けたまま歩くウラヌスとか、面白かったんだけどなー。残念。