どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第百八十六章

 

 ──夜遅く。

 

 疲労と負傷のこともあり、普段より深い眠りに就いていたウラヌスは、なぜか心地よい暖かさを感じていた。

 

 

 

 

 

 …………柔らかく、暖かく、いい匂いがして。不思議と懐かしい…………

 

 

 

 

 

「姉貴……?」

 

 思わずそうつぶやく。昔よく寝ている時に、寝ぼけた姉が抱きついてきて困ったことが多かった。もしこの状況で姉貴だったら、シャレにならないけど。

 

「……ちがーぃ、まぁすよぉー……」

 

 うん? 違うらしい。じゃあ誰? てか、この声……

 

 

 

 目を開くと────

 

 

 

 すぐ目の前に、アイシャの顔があった。

 

 瞼を下ろしたままの、気持ち良さそうな寝顔がそこにある。

 

「あ……あ……、あいしゃ?」

 

「あれぇー……

 おきちゃいましたぁー?」

 

 半分目を開けるアイシャ。それでもまだとろんとした表情をしている。

 

 いや、これ……夢か? まるで夢のような微睡(まどろ)み感がある。仮に寝ぼけてたとしても、ここまでくっついて寝たりはしないだろう。

 

 うん、きっと夢だ。だからこのまま寝てしまえば……

 

 アイシャがふわりと吐く息から、やけに甘い匂いがした。

 

 ──ようやく意識が覚醒する。

 

 なんかめっちゃ抱きつかれてる。記憶に全くない。が、布団の中でアホほど抱かれてる。俺が。

 

「──え?

 えっ、なにこれ」

 

 こわい。知らないうちに、1つの布団で一緒に寝てる。しかも変な様子で、ありえないほど密着しているアイシャ。一方的に、俺が抱き枕のごとく。どうしてこうなった?

 

「ちょ、あいしゃ? なにしてんのっ!?」

 

 俺が拒絶するような声をあげると、むぎゅーっと強く抱きしめてきた。ぐえぇぇー……

 

「なにって……

 だっこしてるんですよぉー。ぷにぷにぃー♪」

 

「ちょ、ちょ、強い……力が強い……

 お願いだから、もうちょっと緩めて……いたいイタイ苦しぃってば……」

 

「おっとっと、ごめんなさーい。

 これぐらいならいいですかぁ? ぷにぷにー、ぷにぷにー♪ んっふふふ」

 

「あ、うん、いや、その」

 

 シームみたいなノリだった。イヤ、あれと比べても悪ノリがすぎる。シャレにも何にもならない。寝てる時に全身で思いっきり抱きついてくるなんて普通じゃない。冗談で済むレベルを越えてしまっている。

 

「ま、まって、まってあいしゃ。

 マジで、なにしてんのさ……? おかしいでしょ、こんなことして。

 どうしちゃったの?」

 

「へっ? おかしいって、なにがですかー?

 わたしはいつもどおりですよ。いっつもしてあげてるじゃないですかぁー」

 

 いやいやいや。人聞きが悪すぎるし、いつもどころか、そんな覚え一度もない。なんのこっちゃ。

 

「ほんっと、さくらってぇ……

 いつだっこしてもぷにぷにしてますねぇー。やーらかくて、きもちいぃー……」

 

「──っ!」

 

 ようやく理解した。どうやら寝ぼけて、桜を抱っこしてるものと思い込んでるらしい。

 

「ちっ、ちがう! ちがうよ……

 俺、桜じゃないってば!」

 

 

 

「うそばっかりぃ……

 あなたは、さくらなんでしょ?」

 

 

 

 囁かれたその言葉に、心の芯まで冷える。まるで見透かされたようだった。必死で覆い隠していたものを。

 

「──違う。

 俺は、ウラヌスだよ。桜じゃない……」

 

「そんなこといってぇー。

 おねーさんにさくらってよばれてぇ、ちょっとうれしそうだったじゃないですかぁー」

 

 そんなつもりはない。……ないが、実際はどうだったのか。分からない。けれど絶対に認めることはできないから、せめて言葉だけでも抵抗する。

 

「やめてよ……

 俺はウラヌスだってば……桜なんかじゃない。ちがう」

 

「あらら。まー、うらぬすでもさくらでも、どっちでもいいですよー。

 わたしにとっては、おんなじですもーん……」

 

 抱き締められ、間近で息遣いを聞かされ、そんなことを囁かれて。どうすればいいのか、頭が全然働かなかった。

 

「一体どうしたの、アイシャ……?

 なんでこんなことするの?」

 

「えー?

 だからぁー。いっつもしてあげてるじゃないですかぁー……」

 

 どうやら俺と桜をぐちゃぐちゃに混同しているようだ。正常じゃないのは分かるけど、こうなった理由がさっぱり──

 

 

 

 ────アイシャの吐息に混じって、変わった臭気がする。レモンの匂いと──……

 

 

 

「アイシャ。

 ひょっとして、お酒飲んだ?」

 

「のーんでませーんよぉー。……ひっく。

 さっき、おいしいじゅーすはのみましたけどぉ。

 おさけなんか、のみまっせぇーん」

 

「まさか……」

 

 緊急事態かもしれないと判断し、かわいそうだけど強引にアイシャを引き剥がす。

 

「あっ」

 

 布団から這い出し、暗い部屋の中で視線を巡らせる。

 

「多分どこかに……アレか!」

 

 あった。アイシャが寝ていた布団のそばに、ジュース缶らしきもの。

 

 力の入らない手足を動かし、じたばたと這ってそこまで行き、口の開いた缶を確認する。

 

 

 

 ────レモンサワー。アルコール度数20。

 

 

 

「ぅげっ!!

 これを間違えて飲んじまったのか……」

 

 夜中にうっかりジュースと勘違いして飲んだ可能性が高い。冷蔵庫にビールやこういうアルコール飲料が入ってるのは知っていた。似たようなジュースがあったのも災いしたのだろう。アルコール度数20は、この系統のアルコール飲料としてはかなり高い。おまけに缶の中身を全部飲み干してしまっている……

 

 さて、どうしたものか。アイシャは完全に酩酊してしまってるんだろう。なんとかして酔いを覚まさせないと、急性アルコール中毒の心配があるし、その……俺が危うい。多分、色んな意味で。

 

「つぅーかまーえたっ♥」

 

「ぅわあっ!?」

 

 身体を引っ掴まれ、謎の技量を発揮して、俺をガッチリホールドしてきた。やべぇっ、今度は絶妙に関節を固められて、力尽くで引っぺがそうとすると痛みが走る。

 

「いでででっ! やめ、やめ!」

 

「こらこらー。むだなてーこーはやめなさーい」

 

 ひとまず脱出を諦めて力を抜く。痛みはなくなったが、密着具合がかなりヤバイ。

 

「いやいやいや、ちょっと待って、アイシャ!

 完璧に酔っ払ってる! 早く酔い覚まししないと……!」

 

「んふふー♥

 よぉってなんかいませんよぉーっと。……ひっく」

 

「それ、酔っ払いの常套句!」

 

 完全にアカンやつだ。……お互い浴衣を着ているせいで、あっちこっちがハダけて色々マズいことになってる。部屋が暗くて良く見えないのが救いだけど……

 

 ただ、ブラをしてないせいで、押し付けられるアレの感触が恐ろしいことになってる。桜からフィードバックされる記憶でよくよく理解はしているが、直接味わう破壊力は尋常じゃない。関節を固められてるのも手伝って、力が入らない……

 

「ほれほれ。ぷにぷに、ぷにぷにぃー♪ んっふふふー」

 

「うわわわ……ちょ、ちょっとアイシャってば。やばいって、これ……

 お願いだから放してよぉ……」

 

「だめでーす♥ ほぉれ、ぷにぷにぷにぷに……」

 

「ふぎゃあぁ……!」

 

 遠慮なく全身を絡めて俺を揉んでくる。こ、これは、ホントにやばい……別の意味で、意識が飛びそうだ。痛みと気持ちよさで神経が混乱してる。

 

「やだやだ放して、放してよぉ……」

「いいから、あなたはいつもみたいにおとなしくだっこされなさーい。

 ……それにですねぇー。

 あなたには、いろいろききたいことがあるんですよー」

 

「えっ?」

 

 突然理性的なことを言ってきた。……まさか酔っぱらってるフリ? いや、そんなワケないか。俺の目で見ても、精神の流れがぐちゃぐちゃだし。ただ正確無比に関節を極めてきたり、ワケ分かんない感じだけど……

 

「……な、なに? 聞きたいことって」

 

「たとえば、ゆりさんのこととかぁー。

 どうおもってるんです?」

 

「どうって……」

 

「さくらってよばれて、うれしそうにしてたじゃないですかぁー」

 

「だ、だからやめてってば。

 俺こまってたでしょ? 姉貴に昔のこと、今さら持ち出されても……」

 

「わたしもぉ、しーむもぉ。

 すっごぃふあんだったんですよー。

 ……わたしたちをおいてー、おねーさんについてっちゃうんじゃないかって……」

 

「アイシャ……」

 

 ……そっか。拒絶する俺はともかく、姉貴の態度を見て不安になったのかもしれないな。

 

「しんぱいしたんですよー……

 ほんとはあなたも、おねーさんといっしょのほうがよかったんじゃないですか……?」

 

 姉貴との様々な昔の想い出が過ぎった後、俺は振り払うように首を振る。

 

「……ううん。

 だとしても、それは昔の話だよ。

 俺は今でも姉貴のことを恨んでるし、元には戻れない。

 だって……

 もう信用できないからさ。一度、裏切られたから……」

 

「そんなこといって……

 おねーさんにだって、やむをえないじじょうがあったみたいじゃないですか……

 さくらにうらんでるっていわれて、おねーさん、かなしんでましたよ……?」

 

「……。

 事情があったのは分かってる。でも……

 姉貴の自業自得だよ。

 少なくとも、俺はずっとずっと恨んできたんだ。

 今さら、はいそうですかなんて納得できないよ……」

 

 

 

「かわいそうなさくら……

 

 そうやってずっと、うらみたくなんかないのに、うらんできたんですね……」

 

 

 

 露骨に同情されて、涙がにじんできた。恥ずかしいし、悔しいし、分かったふうなこと言われて怒りすら湧いてくる。

 

「ほらほら、なかないで……

 なぐさめてあげますから。よしよし……」

 

 頭を撫でられて、言葉を失う。言いたいことはたくさんあるのに、胸が苦しくて、声が出ない。想いがぐちゃぐちゃに混ざって解けていく──

 

「……ゃ……やめて、おねがいだからっ……」

 

 ようやくの思いで絞り出せた声に、撫でる手が止まる。

 

「いじなんてはらずに、おねーさんといっしょにくらせばいいのに……

 いまかえったとしても、わたしたちはさくらのことをうらんだりしませんよ?」

 

「……ダメ。駄目だよ。

 そんなこと出来ない……。俺は、自分で決めたことを、最後までやり遂げたいんだ。

 姉貴とじゃない。

 俺と、アイシャと、シームと、メレオロンと。

 4人で、今度こそゲームクリアしたいんだ」

 

「……そうですか。

 それをきいて、あんしんしましたよー。

 さくらとおわかれするなんて、さびしいですからねぇ……

 えらい、えらい。んふふふ」

 

 再び俺を優しく撫でる手を、今度は制止する気にもなれず撫でられるに任せる。

 

「……

 ごめんね、心配かけて……」

 

「いいってことですよぉー。

 でも、あとでしーむにもあやまってあげてくださいねぇー……」

 

「うん……」

 

 ずいぶん不安がらせてたんだな。ホント、悪いことしちゃったよ。

 

 ……ん?

 

 なんかまだ、放してくれる気配がないんだけど。

 

「あの、アイシャ?

 話が終わったなら、もう放してほし──」

 

「なぁにいってんですか?

 まぁだまだありますよぉー。

 ……しーむのことは、どうおもってるんです?」

 

「シ、シーム?

 ……そりゃ、うん。元気な子供でいいんじゃない?

 メレオロンとも仲良いし、微笑ましくて」

 

「そーゆーんじゃなくてぇー。

 おねーさんのこともそうですけど……

 すきかきらいかって、そーゆーのですよぉ」

 

「……」

 

「さくらはぁ、おんなのこじゃないんですかー?」

 

「……心はね。そのつもり」

 

「じゃあしーむのことは、どうおもってるんです?」

 

「じゃあ、って……

 別に俺が女のつもりでも、シームが好きか嫌いかとは関係ないじゃん……」

 

 アイシャが笑みを深くする。な、なんだろ。

 

「そろそろしーむにもぉ、きっついしゅぎょーしてもらわないといけないとおもうんです。

 きょうみたいなこともありましたしー。

 あんまりのんびりしてちゃいけないなぁって……」

 

 俺は否定できなかった。もし俺がいなくなっていたら、おそらくシームも修羅場を潜ることになっただろう。俺達がそれぞれトラブルの火種を抱えている以上、誰かがそうなる可能性は少なからずある。

 

 でも、修行の強度を上げる、か。

 いずれとは思ってたけど……しんどいだろうしな。

 

 かといって、悠長にも構えてはいられないか。アイシャの懸念も理解できる。

 

「うん……

 それは、そうかもね」

 

「でもぉ……

 しーむのことがすきだったら、そういうのさせにくいっていうのもわかるんですよー。

 ……で。じっさいのところ、どうなんですー?」

 

「……」

 

「しーむのこと、きらいなんですか?」

 

「……

 きらいじゃない、けど」

 

「じゃあ、すきなんですか?」

 

 問われて、シームとの色んな想い出が頭の中をぐるぐる巡り──……

 

 なぜか、また涙がにじんできた。

 

「…………。

 ……わかんないよ、そんなのぉ……」

 

「ふふっ。

 すなおですねぇー、さくらは。

 ……それじゃあ、そろそろほんだい。わたしのこと、すきですか?」

 

「えっ?」

 

 俺のことを抱き締める力が、ぎゅうっと強まる。な、な……

 

 

 

「もー。にどもいわせないでくださいよぉ。

 

 ……さくらはぁ。わたしのこと、すきですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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