「ごっそさーん。
あー。久しぶりにこういう料理食べたー」
食べ終わったメレオロンが、くたーっと床に寝転がる。
そんな姉の様子を、シームは嫌そうに残りの野菜をもぐもぐしながら見やる。
「2人とも、こうやって食べる機会ないだろうなと思ってね。
ゲームの中に入れば、そんなに難しくないだろうけど」
そのウラヌスの言葉で、わざわざ時間を割いて料理したのはそういう理由か……と納得する。誰かの家とかレストランには連れていけないもんな。
分かっていたつもりではあるけど、見た目が人間じゃないというだけでも、逃亡生活を続けるのは相当厳しいだろう。……心情的には協力してあげたいんだけどな。
「……ねえ。ちょっと聞いて」
寝転がったままのメレオロンが、腕で目を覆ったまま、声を出す。
「もし……
アタシだけが捕まったとして。その時、シームってあなた達に預けられる?」
「……。
…………」
答えられずに沈黙していると、ウラヌスはシワを寄せた表情で、
「……色んな状況が考えられるから、一概には答えられない。
仮の話、シームが手足の整形に成功した状態なら、それほど難しくないと思う。
国際人民データ機構だと、今は行方不明扱いなんじゃないかな」
「そうね……
実際、シームは死んだわけじゃないし。アタシは……死んだけど」
その言葉に、私は込み上げてくるものがあった。
……どういう形であれ、記憶を持って転生した者に付きまとう『死』の経験。
色んな形があるだろうけど、アレは……思い出して気分のいいものじゃない。
「アタシの場合……
仮にハンターに捕まったとして、投降しても殺される可能性が低くないのよね。
多分、アタシのこの能力がバレたらダメね。容易に逃亡が図れると見なされるだろうし、今まで逃げ延びてるのも悪材料になる。
……別に、隔離されて監視されるだけならいいのよ。シームも一緒か、せめて無事なら。
でも、アタシとシームじゃ事情が違うから、難しいのよね……」
「…………」
ネテロかリィーナにお願いして、何とかできないものか……とは考えてしまう。けれど、やっぱり難しいという現実が透けて見える。特にメレオロンは。
シームの方は、実験うんぬんといった組織がどこかによって、また変わってくるだろう。彼の為にその組織をハントする必要があるのなら、実行に移してもいいと思ってる。……法の裁きに委ねられる相手なら
「……おおむね首尾よくいけば、だけど。
ここでしばらく匿うぐらいはするつもりだよ」
ウラヌスが告げる。
「今だってそうだけど……
そんなことしたら、あなた完全に犯罪者じゃない……」
弱々しく返すメレオロン。……気にしてるんだよね、やっぱり。
「おいおい、俺はプロハンターだぜ。
ちょっとやそっとのことなら、罪になんて問われないよ。
……キメラアント2人に同情して匿ったってのが、いったいどれだけの罪だって言うんだよ……」
ウラヌス……
もちろん本心から言ってるんだろうけど、彼が気づいていないはずがない。たとえプロハンターであったとしても、ただでは済まないことくらい。……私にも言えるけど。
けど、ウラヌスは現実に命が危うい状態なのに、どうしてそこまで……
私が軽くまぶたの端をこすっていると、シームは震えながら頭を下げてきた。
「──もし、ボクだけ捕まったら!!
おねーちゃんのこと、よろしくお願いしますッ!!」
涙声で、彼はそう叫んだ。
……その想いには。どうしても応えてあげたい。
「シーム。その時は私が……
必ず助けに行きます。だから待っててください」
私がそう言うと、メレオロンは震えた声で、
「待って、アイシャ……
それはアタシの役目だから……」
「……だったら私は。
もうシームが捕まらないようにします。その方がいいですよね」
「アイシャには悪いけど、そっちは俺の仕事だよ……」
ウラヌスが、うつむき加減にそう言ってくる。すぐ首を横に振り、
「いや、相手次第かな……
確実性を言えば、君が連中を逆に捕まえた方がずっといい。
でも、殺さなきゃいけないヤツラなら……俺がやる」
「待ってください、ウラヌス。それは──」
「……相手はキメラアントじゃない。十中八九、人間だ。
キミに殺せるのかい? そんなの」
「…………」
「……どうせ俺は、里の連中と決着をつけるからね。そっちは、殺し合いになる可能性が高い。
今までにも、殺してやりたいぐらい、汚い連中も腐るほど見てきた。
……若返って力を取り戻したら、本当にそいつらを殺して回ろうかとすら考えてる。
手を汚すのは……俺だけでいい」
それを聞いて……
私は分かってしまった。
彼は……
私なんかよりずっと。
不幸な目に遭い続けてきたんだと。
疑うのに疲れたのは……彼自身なんだ。
しばらく、誰も動かなかった。
時計の秒針音が響く。
ふとウラヌスが、そちらに目をやった。
「ああ……ちょっと時間つまってきたな。
そろそろ片づけようか。準備もあるし……」
私も時計を見ると、時刻は午後9時を回っていた。あと、3時間弱。
「シーム。メレオロン」
彼がそう声をかけると、2人ともそちらを見た。
「……悪いようにはしない。
いま約束できるのは、それだけだ」
言って、食器の片づけを始めるウラヌス。
「あ、手伝います……」
「いや、俺がやっとくよ。
アイシャはそろそろ荷物整理を始めて。
……衣類とか整理しづらいだろうから、脱衣所使っていいよ」
「あ。はひ……」
変な声でた。恥ずい!
苦労して大きなリュックを狭い扉に押し込んで、脱衣所まで引っ張り込む。
さて……
どうしよっかな。荷物、減らさないといけないんだけど……
少なくとも、いま着てるワンピースは着替えないとな。いつもの運動着をしばらく着るつもりだし。これ……いま着てるの、ほっといたらマズイな。洗濯しないと。
……どうせ着替えるなら、お風呂もらっちゃおうかな。
お風呂の曇りガラス戸を、ガラリと開けてみる。
思ったよりは大きな風呂場だった。家や道場のもかなり立派だったけど、一人で使う分には上等なサイズの浴槽が据えられている。複数人は狭いかな。シャワーもある。流石に石鹸とかシャンプーはないか……長期間、置いとけないだろうし。
でも、まぁ。全然いいや。
私は水場から出て、キッチンで食器洗いしてたウラヌスに尋ねる。
「ウラヌス。
いま着てるのを洗濯するついでに、お風呂もらいたいんですけど。いいですか?」
「え?
ああ、いいよ。……ていうかそりゃそうだよな。忘れてた。
うん使って使って。
普通のタオルと大きいバスタオルは、脱衣所のタンスの下の引き出しに入ってるから。
石鹸とかシャンプー、リンスは、上の引き出しに新品あるから、よかったら使って」
「ありがとうございます。
それじゃ遠慮なく」
言って、私は水場に引っ込んだ。
……えーと、そうするとまず服脱いで、洗濯乾燥機に……って裸でそんなことするの、ちょっとヤダな。
んー。なら先にお風呂もらって、着替えた後に洗濯?
でもそうすると、3人とも洗濯しようとしたら、時間足んなくなっちゃうか。ゆっくりお風呂浸かりたいしなー。
……よし。バスタオルを使おう。脱衣所で服を脱ぐ。身体にバスタオルを巻く。水場で洗濯乾燥機に服入れてスイッチON。脱衣所でバスタオル取って、お風呂へGO! よし、かんぺき。
──少女脱衣中──
俺が食器片付けをしてると、メレオロンがやけにニヤニヤしている。
「んふふー」
「……なんだよ、気持ち悪い笑い方して」
「アンタ、アイシャがお風呂入るって聞いて動揺したわね?」
「してねぇよ。風呂入るぐらい普通じゃねーか、なに言ってんだ……」
無視してキッチンに洗い物を持っていく。──後ろからメレオロンも付いてきて、俺の耳元で囁いてくる。
「今そこで、あの子が服を脱いでるんじゃない?」
俺は怪訝な目をちらりと向け、小声で返す。
「……当たり前じゃないか。風呂入るんだから」
「何も思わないの?
あの子が、壁一枚隔てた向こうで裸なのよ?」
「……何も思わねーよ」
「えー。うそばっかりー」
「ああもうっ、片付け手伝わねーならアッチ行ってろ」
「ちぇー」
なんなんだ、全く……余計なこと言うんじゃねーよ。気にしないようにしてんのに……
──少女洗濯中──
手早く食器を片づけ終えて、俺がくつろいでると、シームが部屋の隅の方を見ながら、
「気になってたんですけど、あの金庫の中って……」
「ああ、アレ?
別に大したもん入ってねーよ。カラッポのやつも結構あるしな」
「またまたー。金銀財宝がたんまり入ってるんじゃないの?」
アホなことを言ってくるメレオロンに溜め息を吐きつつ、
「なんでそんなもん、ここに隠さなきゃいけねーんだ。
俺はプロハンターなんだから、堂々と口座に金入れときゃいいんだよ。
……別にやましいことなんかしてねーんだし」
「そんなこと疑ってるわけじゃないけどね。
でも、何を入れてるの?」
「んー……
あんま他人に触られたくないもんかな。神字を刻んだ念の物品とか」
「あー、なるほど。
アンタ神字ハンターだから、当然そういうのもあるわけね」
「念能力者が意識せず触ったりすると、オーラに反応して効果が発揮されるのもあってさ。中にゃ危険物もあるから。
そういう事故の防止かな」
「ふぅん。ということは、ここってアンタ以外の誰かが来ることもあるんだ?」
「……
その通りだけど。秘密の隠れ家ではあるけど、誰も来ないわけじゃないよ」
「へぇー」
それ以上メレオロンもシームも、詳しくは聞いてこない。……ま、いいけどな。
──少女浴槽にお湯張り中──
「時間もまだあるし、ゲームでもやりましょうよ」
「おねーちゃん、もう大体のゲームはやっちゃったよ?」
「そう? なんか他にないわけ?」
「んー」
がちゃがちゃアイシャのゲームを漁る姉弟。……別にいいけど、扱いが雑じゃねーかな。友達のゲームいじるのって、こういう感覚なのか?
「これ。良さげなのがあるじゃない」
「え?
でもそれ、アイシャはやめた方がいいって……」
「何のゲーム?」
メレオロンが示したパッケージイラストを見て、
「あー……○カポンな。
それも怒りの○剣かぁ……」
そりゃアイシャもオススメせんわな。いや、だったら何で持ってるんだって話だけど。
「面白いの?」
「……。ヒトによる」
「ほほー。興味湧くじゃないの。
シーム、やりましょうよ」
「えぇー。いいのかなぁ……」
「ほら、アンタも」
「俺も?」
「アンタ、やったことあるんでしょ?
解説しなさいって」
はぁ。どうなっても知らんぞー。
──少女シャワー中──
「結構面白そうじゃない。どのキャラがいいの?」
「そんなの直感で選べって。
のんびりしてると、遊ぶ時間なくなるぞ」
「じゃあボクこれー」
「お、シームなかなかエロいの選ぶじゃない」
「いいじゃん、別に」
……シーム、なかなかエグイの選んだな。俺はまぁ堅実に行くか。
「このゲームって、どうやったら勝ちなの?」
「一番金持ってるヤツの勝ち」
「コミカルな雰囲気なのに、欲望ド直球なゲームね……
じゃあコイツにしよっと」
あーあ、そいつ選んじゃったか。キツイと思うぞー? 教えてやらんけどな。さっき、俺をおちょくった仕返しだ。
──少女入よ……すとっぷ。
「はぁー。もうじきかぁー……」
ゆったりとした浴槽で、存分に足先まで伸ばしながら、溜め息まじりにそうつぶやく。
もう散々見飽きた自分の身体を見て……はぁぁぁ、と息が出る。
……これがね。自分の身体じゃなかったら、『おおっ』て言いたいのも分かるんだよ。
でも、これが自分の身体だとめんどくさいわけだよ、色々と。別に誰かに見せるわけでなし……見せたいわけでもなし。
まぁ修行で鍛えて絞って、自然にこうなってるんだから、維持コストなんてあってないようなもんだけどさ。……母さん譲りのこの髪だけは、ちゃんとしないとな。
チードルさんは、医者の目で見抜いてみせたけど……私の身体もよくよく見ると、傷かどうか分かんない程度にはうっすら痕がある。こうやってお風呂で身体が赤くならないとちょっと自分でも分かんないぐらいの、だけど。時間が経てば消えちゃうだろうし、特に気にはしていない。触ると少し疼きがある。……ホントよく生きてたよなぁ……
……メルエム、か。
彼に対しては様々な想いがある。巨大キメラアントの王。……捨て置けば、必ず人類をおびやかす最大の厄災へと成長しただろう。彼だけではなく、巨大キメラアントにはそれだけの潜在性がある。……でも、それとは比較にならないくらい、王には脅威を感じた。
私との戦いの中ですら、目に見える速度で成長した、恐るべき学習能力。あれは肉体の頑強さ任せに成し得た狂気の習熟ではあった。だが、それも含めて王だ。
こと強くなる速さにおいて、彼に並ぶ者はこの世には居ないだろう。合気のみならず、念能力をも含めた私の百余年に亘る研鑽に、あれだけ迫る存在はもう現れない気がする。
武人として、あれだけの難敵を破ったことを私は誇りに思う。……純粋に嬉しい。私が長年培ってきた武の精髄を、あの戦いでは出し切れたんじゃないかと思う。敗北の予感に身を震わせながら、全力を揮い続けることがあれほど楽しいとは思わなかった。
あの充実感は、今でも私の身のうちに残っている。
それだけに──彼の未来を潰えさせてしまった、その後悔もある。
もう二度と、彼と戦うことはできない。命を懸けた戦いだったから、それは当たり前だ。
けれど……考えてしまう。もし、もう一度戦えば。
答えは出ている。
おそらく、勝てない。戦闘序盤においてはそれなりに与えられた痛撃も、百を越える頃にはかなり軽減されていたようだ。意図的に近似の攻撃を繰り出していたからとはいえ、アレは危険な賭けでもあった。自分とて、ネテロの百式観音を受け続ければイヤでも反応できてしまう。あの状態から再戦すれば、到底最後まで持ち堪えることはできないだろう。
私もあの戦いを経て、武人として更なる成長をしたと自負している。
だから、分かる。
……それでも勝てないだろうと。十戦して私が二本も取れればいい方だ。むしろ、あの一度限りの勝負であったからこそ、私は勝てたのだと思う。全てを──懸けて。
もし、私が敗れていたらどうなっていたか……
これは想像するだに恐ろしかった。おそらく私はメルエムに喰われ、最早人類には手に負えない存在へと王は成長していたかもしれない。多分、私の仲間達とネテロが、十全の状態で力を合わせて挑んだとしても、どうにもならなかっただろう。
人類を代表して戦った……なんて、言うつもりはないけれど。
私の敗北が、人という種において取り返しのつかない結果を生んだ可能性は……決して低くない。
……かと言って、私以外が戦う選択肢もなかった。彼がもう少し成長していれば、私の勝機はほとんど消えていただろう。あの時点で戦ったからこその、勝利でもあった。
余の配下となれ、か……
あの闘いで示された、唯一の選択肢──IF。
彼にとって、アレは私に対する最大の賞讃だったのだろう。それまで戦ってきた相手に、手を差し伸べすらしたのだ。あの生まれながらの暴君が。……彼が人の作法を知るならば、手を叩き、惜しみ無く褒め称えすらしてくれたのではないだろうか。
私が積み重ねてきた武の研鑽を、あれだけの存在が掛け値なしに称えてくれたことを、嬉しく思わないわけではない。
狂気にすら近い感情──ではない。
全力で修行を楽しむ。そんな狂気そのものに百年も身を委ねたからこそ、私はこの領域へと至れたのだ。……いや、もうあそこまでは嫌だけどね。ほんと頭おかしかったよ。
だからこそ、だろう。
彼の手を取った可能性は、微塵もない。
あるとすれば、急場の一時凌ぎとしての恭順。ほんのひとときだけ彼に従う振りをする。仲間も見逃してもらう。……おそらくその先にあるのは、最早誰の手にも負えなくなった暴君に絶望する未来だけだ。
もう一つは、本当に彼へ付き従う。巨大キメラアントの王国を建国し、蹂躙されていく人類を王の横に立って眺める自分──想像の埒外にもほどがある。そのとき私は、人の心など残してはいないだろう。
……なにより。
決してもいない雌雄が決したように語る王を、私は赦せなかった。アレは、彼にとって最大の賞讃であり──私の武人としての矜持を傷つける、最大の侮辱でもあった。
だから、微塵もない。彼とともに歩む未来など。
……そのはず、なんだけど。
頭のどこかで、掠める何か。
彼が、人の心を学んでいれば。暴君の殻を破り、他者に対する慈愛を知れば。
王とその配下という繋がりではなく──師として彼を導き、私が知る限りの武を伝えていれば。
彼が、王であることをやめ、一個の生命として生きる道を選んだのであれば。
何かが変わったのだろうか。
その先にあったのは、必ずしも人類にとって不幸な未来ではなかったのかもしれない。
彼は、最悪の厄災に成長したかもしれない。
彼は……最良の希望に成長したのかもしれない。
いずれの未来の芽も……摘んだのは私自身だ。
彼の手を取らなかった私の選択は、間違っていない。今でも、きっと同じコトをする。
それでも……その選択に対する後悔は、やまない。
……考えても仕方のないことなんだろう。
けれど……
誰にも冥福を祈られることのないメルエムの魂を……
こうして私が心を痛ませることで、少しでもなだめられるのなら……
身を焦がすこの後悔の念を、私は受け入れたいと思う。
湯船から右手を出し、彼の手を取らなかった手の平を見つめる。
メルエム……
武人として、最大の幸福を与えてくれた、あなたと逢えたことに……感謝します。
私は、今の今まで……
彼の冥福を一度も祈っていなかったことに気がつき……
震える両手を合わせて、心から……祈った。
メルエム……死なせてしまってごめんなさい……
どうか安らかに……
ありがとう、ございました……
この章に敢えて副題を付けるとすれば、『神の祈り』────です。