……どういう意味だろう?
そもそも、さっきから質問おかしくないか?
姉貴とかシームとか、俺が好きだの嫌いだの何の為に聞くんだ。
しかも、本題の質問がそれって……酔ってるにしても、そんなこと尋ねる理由は……
とろんとした目つきで、俺の言葉を待つアイシャ。期待と不安の入り混じった、何とも言えない表情。呼吸も少し早まっている。
「……ねぇ、アイシャ。
桜って……あのバカにゃんこのことだよね?」
それなら分かる。あっちの桜なら、アイシャのことはそりゃ好きだろう。シームのことだって好きに決まってる。そういう意味なら──
「そうですよぉー……
とーってもおばかな、かーいいにゃんこのことですよー。んふふふ♥」
言って、俺の頭を撫でてくる。お、ぉう? これは……やっぱり同一視されてる?
大体、アイシャの言ってる『好き』ってどういう意味だ?
この雰囲気だと……正直どうとでも取れる。だからいい加減に応えるわけにもいかない。
……怖いけど、確認しないわけにもいかないか……
「アイシャは……『俺』のこと、好きなの?」
不思議そうに、ぽややんとした目つきをするアイシャ。
「んー。そうですねぇ……
いろいろと、きにいらないこともあるんですよ。あーしてほしい、こーしてほしいって。
あるんですけどぉー……
そーゆーのぜぇーんぶひっくるめて、とーってもすきですねぇー♥」
──……っ。
いや待て、まだ他に解釈しようがある。
「それは……友達と、して?」
「えー……?
またまたー。はぐらかしちゃだめでしょー?
わたしにばっかりいわせて、わるいこですねぇー」
ぷいにゅぽいにゅと押し付けてくるアイシャ。ちょ、マジやめて。いまエグイからそれ。匂いとヤワさと暖かさで意識持ってかれる……男とか女とか関係なくこれヤバイ……
「さぁさぁ。
しょーじきにいいなさい。……すきですか?」
「…………」
流石に誤解しようもない。アイシャは、恋愛関係における好き嫌いを尋ねている。
……嫌いじゃない。それは間違いなくそうだ。
けど、好きかと言われると……どうだろう。
そういうふうな目で見たことがないと言えばウソになる。でも……友達だから、と言い聞かせて、考えを振り払ってきた。
じゃなかったら、一緒にお風呂へ入ったりとか絶対しない。同じ部屋に寝泊まりだってしない。全て友達だから、だ。
「……。
ごめん、アイシャ。正直に言うよ。
────嫌いじゃない。嫌いじゃないけど……
好きかって聞かれると……
……分からないんだ。
俺にも……アイシャのことが、好きか、好きじゃないか、分からない……」
そう伝えるとアイシャは────とろけるような笑みを浮かべた。
「そうですか……ようやくしょーじきにいいましたね。
わたしはすきだっていってるのに……
さくらってば、そーゆーつれないことをいうんですねぇ……」
お、うおぉ? ちょ、なんだこれ。オーラを練れないはずのアイシャが、体内でめちゃめちゃ生命力を廻らせてる。オーラ無しで、思いっきりパワーを込めて締めつけてきた。
「……いまはそれでいいです。
では、じつりょくこうしといきましょうか」
は? なに言って──
「ゥワアッ!?」
アイシャが素早く体勢を変え、仰向けにした俺の腹に馬乗りになる。わ、わっ……
「──なかぬなら。なかせてみせよう、ばかにゃんこ。
っていいますよね?
なのでいまから、わたしのことをすきだってなかせてあげます♥」
「────はっ、ハァァァァァァッッ!?」
マジかッッ!? 冗談でもなんでもなく、これガチでヤバいやつだッ! 目が完全に本気だよ、シャレになってねぇッ!!
「待って、待ってアイシャッ!
お願いだから冷静に──」
「おだまりなさーい。
こんなびしょーじょからこくはくされて、そでにするとか、いーごみぶんですねぇ?
わたし、そんなにみりょくないんですかぁ? むかつくぅー」
「いや、誤解だよッ!!
別にアイシャがどうってわけじゃない、俺が──」
「……なんです?」
「……。
俺に、勇気がないだけだよ……
このまま男として生きるか、女として生きたいのか、決められないんだ……」
「──そのきもちは、わたしにもわかります」
「え?」
「でも、いまはかんけいありません。
ごーいんにいっちゃいまぁーす♪ ごーごー、さっくらぁー♪」
「ぶふぉッ!?」
「ほらほらぁ♪ にゃんにゃんって、なきやがれぇー♪」
どすんどすん、俺の腹にまたがってバウンドするアイシャ。弾むオシリの感触は何とも言えないが、真上から容赦なくかかる圧で腹が悲鳴をあげる──こう言っちゃなんだが、天国と地獄とはこのことだッ!!
「ぐへっ?! か、ぶはっ!
ま、やめ、いだだだッ、ぃたいってば!?」
「うぶなねんねじゃあるまいしー。
ほれほれ、どうですー? きもちいーでしょー?」
「いだ、いたイタ痛いぃッ! ぐはゥ!
おねっ、お願いアイシャ、やめ、ゆるしてぇぇぇぇッッ!!」
「よなかにさわぐんじゃねーですよ、このばかにゃんこめぇ♪
あんまうっさくしやがると、ぜんしんこちょりますよぉ? こちょこちょー♪」
「あひゃひゃひゃひゃ!?
やめ、いまワキやめてぇ、しぬしぬしぬっ! いき、いきできなぃっ!」
「いいこだから、じっとしてなさいってばー。
ばかにゃんこなんだから、おとなしくにゃんにゃんないてなさい♪
ぷにぷにぷにぷにぃー。こいつめ、こいつめっ♪」
「──ふんぎゃあぁぁぁぁぁぁーッッ!?」
一方、隣の部屋では。
「……おねーちゃん。おきてる?」
「……。なに?」
「隣、なんかすっごぃ騒がしくない……?」
「……そうね。
いつもみたく、ケンカでもしてるんじゃない? しばらくしたら静かになるわよ……」
「でも……変な声聞こえるんだけど」
「……気のせいよ。早く寝なさい」
「ウラヌスが、ずっと悲鳴上げてるんだけど……
なんかギシギシ揺れてるし」
「…………。
き、きっとアレよ。……2人で、その…………腕相撲してるのよ」
「うぅん……
いくらなんでも、うるさくて寝れないんだけど……」
「……そのうち静かになるだろうから、ほっときなさいって」
布団の中で冷や汗だらだら流すメレオロン。隣のアホ2人に、朝起きたらどう説教してやろうか全力で考え始める。シームの教育に悪すぎだろう。
「……ウラヌス、痛い痛いって叫んでるみたい。
アイシャ、何してるんだろ……」
思わず歯軋りしたくなるメレオロン。──あんのバカップルはっ……!
「……。昨日うるさかったって言ってやればいいわよ。
今日はもう早く寝なさい。明日つらくなるわよ、きっと」
「うん……」
姉弟が黙り込むと、壁越しに向こうの騒ぐ音が余計に伝わってくる。
──やめて、もうやめてってば──
──だめですぅー。ほらもっと、にゃんにゃんなきなさーい──
──かはっ。ちょ、いたいたぃっ、んな、しめつけないでっ──
──どーです、このへんとかー? うりうりぃ──
──ま、まって。きつい、も、むりだからぁーっ──
『…………』
ワケが分からないシーム。途方に暮れるメレオロン。
「腕相撲じゃないよね?」
「……」
数分経っても、まだ隣から断続的に悲鳴が聞こえる。ついに痺れを切らしたシームが、
「──ちょっと文句言ってくる」
「あ。待っ、待ちなさいッ!」
「だってうるさいんだもん、全然寝れないじゃん!」
「待ってってば! シームッ!!」
ドタドタ腹立ち加減に足音を立てて部屋を出るシーム。まさかいきなり動くとは思いもよらず、オーラも枯渇気味でへろへろのメレオロンはすぐ立ち上がれない。
俺のことをぎゅうっと全身で抱きしめ、アイシャは耳元で囁いてくる。
「ゆりさんにでれでれしちゃって……
わたし、やきもちやいちゃいましたよー……」
「……」
「さくら……
どこにもいかないでくださいね……わたし、さみしいです……」
「……」
汗だくで声を出す気力もなくなり、脱力したまま呆然としていると部屋の外から気配がした。
「──ちょっと、2人とも!」
戸が開くと同時にシームの声。
……ふへぇー。たすかったぁ……、いや待て。
部屋の外から差し込む廊下の明かりで、俺達の状態が照らし出される。
お互い浴衣がハダけた半裸で、俺がアイシャに抱かれてる。……布団の上で横になって。お互い汗でベッチャベチャな状態で。
「……なに、してんの?」
「お、おうシーム。
……いいところにきた、たすけてぇ……」
「ウラヌス……?
アイシャ、どうかしたの?」
「……すー……すー……」
タイミングがいいと言うか、ちょうどいま寝てしまったようだ。……俺をがっつり抱きしめたまま。
「ね、ねぼけたみたい……
ごめん、シーム。アイシャをちゃんと寝かせたいから、手伝って……」
「う、うん」
シームが入ってくる。俺とアイシャの様子を間近で見て、怪訝な顔をする。
「……もしかしてアイシャ、お酒飲んだ?」
「みたいだな……
冷蔵庫に入ってたジュースと間違えて飲んだみたい……」
「やっぱり……
おねーちゃんの時と同じじゃん。
もう! お酒キライ!」
怒りながら、俺を掴んで離さないアイシャの腕に触れるシーム。
「わ。ぜんぜん離れないんだけど」
「……どっ……
どう? 2人の様子は?」
おそるおそると言った様子で、メレオロンも入口で窺っていた。
「あー……
メレオロン、頼む。手伝って」
「アイシャがお酒飲んで、寝ぼけたみたい。
おねーちゃんと同じ!」
「……。
なるほど、そういうこと……」
メレオロンも部屋に入ってきて、寝息を立てるアイシャの姿をマジマジと見る。
「……おねーちゃん?」
「んー……
いや、うん。分かった」
何が分かったのか知らないが、シームを手伝い、アイシャを剥がそうとするメレオロン。
「うっわぁ。
なにこのガッチリホールド。寝ぼけてこうなったとかウソでしょ?
全力すぎない?」
「ウソじゃねーよ……
アイシャ、パワーが有り余ってるみたいで、俺ヘタに振り解けなくてさ……」
「怪我させちゃうかもしれないもんね。
災難と言うか、羨ましいと言うか、お気の毒と言うか……」
「……」
アイシャを起こさないように気をつけつつも、3人がかりで密着状態から何とか剥がし、浴衣を直してアイシャを元の布団に寝かせる。
へろへろで項垂れながら、心の底から息を吐く。
「ふへぇー…………
ごめん、2人とも。夜中に騒いで……」
「……ウラヌスは悪くないじゃん」
「まったくよ。
夜中にやらかしてくれて……
で、どうすんの?」
「どうするって?」
「アイシャにこのこと教えんの?
覚えてなかったら、ちゃんと叱っておかないとまたやらかすかもよ?」
「……
いや、アイシャは悪くないよ。不注意だったのはお互い様だしな。
間違って酒飲まないように、これからは冷蔵庫の中を毎日整理しとく」
腕を組んで、俺の目をじっと見てくるメレオロン。なんとなく、状況に察しがついたのだろう。メレオロンもやらかしたことだしな。
「……隠すつもり?」
「うん。そうしてほしい……
今晩のこと、アイシャには忘れてほしいから。
……覚えてたら仕方ないけど」
「アンタ、なんかしたわけ?
この子こんだけベロベロに酔ってたら、なにかしてたって──」
「してない。
誓って、なにもしてない」
「ふぅーん。
じゃあ、なんかされたわけ?」
「……
されてない」
「おバカ。
そんなバレバレのウソ吐かないの。
アンタいま、どんだけメッチャクチャになってるか分かんないの?
……そこまでされたのに、なんでアイシャに忘れてほしいわけ?」
「……。
色々……変なこと話したから。……それをなかったことにしたい」
メレオロンが息を吐く。
「……お酒って飲みすぎると、普段言わないようにしてること、結構ポロっと言っちゃうのよね。アイシャって、隠しごと多そうだから余計にそうだったんだろうけど」
「……
そんな大した話じゃないよ。
でもプライベートなことだし……。ううん、いや……なんでもない」
「はぁー……
アンタも相当パニクッたみたいね。
ま、いいわ。もう大丈夫そうだし、これで解散。
シーム、行くわよ」
「うん……」
渋々と言った様子で、シームがメレオロンに連れられて部屋の外へ向かう。
「シーム。……メレオロンもだけど。
今日は色々心配かけてゴメン」
足を止め、じっと俺を見返す姉弟。
「ウラヌス……
どっか行っちゃヤダよ?」
……やっぱりそれが不安で仕方ないんだろうな。俺は軽く笑い、
「俺もずいぶん信用されてないよな。
黙って、どこか行ったりなんかしないよ。……おやすみ」
「……うん。おやすみ」
「お楽しみ中のところ、失礼いたしました」
メレオロンが余計な一言を残し、姉弟は部屋を出た。
……。
静かな寝息と時計の音だけが、室内に響く。
アイシャ、さっきのこと覚えてるかな……?
もし覚えてたらどうしよう。俺、合わせる顔がないよ……