第百九十章
いつものようにオータニアで昼から始めた修行を今日は早めに終え、旅館で気持ちよくお風呂に浸かった後。
まだ約束の時間には早いので、寝泊まりする一室でしっかり身支度を整えることに。
……私のではなく、ウラヌスのね。椅子に座らせて、髪を櫛で整えるだけではあるけど、これだけの量だとなかなか手強い。
「ちょっとー。もーいいってばぁー」
「じっとしててください。
いつもはしっかり手入れしてるのに、なんで今日に限って少し乱れてるんですか」
「……
馬鹿馬鹿しいじゃないか、モデルなんかの為に」
「こら、そんなこと言って。
モタリケさんに悪いですよ?
素敵なお姫様の絵を描いてもらうんですから、きちんとしなきゃダメです」
多分だけど、今回の絵も私に譲ってもらうことになるだろうからね。複製だろうけど。ぬかりのないよう、キッチリしてもらうぞ。
「んあー……
せめて早くしてよぉー」
「ダメです。まだ気になりますから」
ビスケも私を写真撮影する時、やたらと拘ったからな……。さっさと撮って終わらせてほしかったのに。なんで写真に写らない下着まで着替えさせるんだと文句言ったら、服のシワに出るとかポージングに影響が出るとか……知らないよ、そんなの。
まぁその時の鬱憤も込めて、このにゃんこでウサ晴らしさせてもらおう。
「でもアンタ、文句言うわりに大人しいじゃない」
「ウラヌス、じっとしてるね。
ホントにお姫様みたいじゃん」
「……だって」
「ごちゃごちゃ言うわりに、髪の毛いじられてる時はじっとしてるんですよね。
ユリさんにこうされるのが当たり前で、すっかり慣れてるんでしょ?」
「ぐ……」
温泉で髪を洗ってあげた時に、そんなこと言ってたしな。いじられるのが嬉しいなら、素直に認めればいいものを。いくらでもやってあげるのに。
「アイシャも楽しそうよね」
「ふふ、そうですね。
これだけの髪だと、なかなかイジリ甲斐がありますよ」
「アイシャもしてもらったら?」
シームが何気なく言ってくる。む?
「んー……
次は私がモデルだと思うんで、その時にはお願いしましょうかね」
「……
ん? なんか勝手に話が進んでるけど、俺がアイシャの髪いじんの?」
「その時はお願いしますね」
「……別にいいけど」
さて。満足いくまで髪を整えて、いい時間になったのでアントキバへ。
夕暮れから夜の気配へ移り変わる頃、アントキバの街中を進み、モタリケさん宅に到着。私達が近づいていくと扉が開き、
「時間通りじゃないか。よく逃げずに来たな」
モタリケさんが、ウラヌスの顔を見て皮肉混じりに言ってきた。
「うっせーよ!
なにが逃げずに来たな、だ。開口一番……
来てやったぞ、ちくしょーめが!」
軽くからかっただけのつもりが過剰反応され、顔をしかめるモタリケさん。
「おいおい。
この間グルセルに行った時と比べて、余裕なさすぎだろ……
どんだけモデル嫌なんだよ、オマエ」
「あははは……
こんばんは。お邪魔しますね」
「こんばんはー!」
「どーも。お邪魔します」
「ああ、ようこそ我が家へ。
さ、遠慮せず入ってくれ」
家の中に入ると、玄関口にまでお肉の焼ける香ばしい匂いが。
「いい匂いですねぇ」
「ああ、オレ達はついさっき食べたんだ。
ベルのやつがお待ちかねだよ」
「?」
なんで、ベルさんがお待ちかねなんだろ?
不思議に思いつつも、すっかり慣れた廊下を進み、ダイニングへ。
食卓に料理は並んでる。けど、匂いの元であろうお肉はない。これは……
「いらっしゃーい♪
さぁみんな、席に着いて着いて♪」
エプロンを着けて、歓迎ムード全開なベルさん。髪をアップにまとめて、かなり気合い入ってる。
なんだか急かされる形で、私達はバタバタ食卓に着き、
「さ、お客様がた。
お肉の焼き加減はいかがいたしましょう?」
あー、やっぱり。
「もしかしてステーキですか?」
「んんー♪ その通りよ。
奮発して今夜はビーフステーキにしたの♪」
「景気が良いこったな、ったく……」
「スポンサーが、なーに言ってるのよ。
いいから、ご希望の焼き加減は?」
ウラヌスは少し考える素振り。メレオロンは難しい顔。シームは完全に分かってない顔してる。……私から切り出すか。
「私はミディアムレアで」
「アイシャはミディアムレアね♪
他の3人は?」
「俺もミディアムレアかな」
「んー……
アタシはどうしよっかなぁ」
「え? え?」
戸惑うシームを見て、メレオロンは1つ溜め息。
「……全員ミディアムレアで」
「おっけー♪」
嬉しそうに返事し、キッチンへ行くベルさん。
「メレオロンはそれで良かったんですか?」
「ちょっと赤身が残ったお肉は好きじゃないんだけどね……
でもウェルダンとか頼むと、時間かかりそうじゃない?」
確かに。自宅で使えるコンロだと火が弱いしな。グルセルで使わせてもらった本格的なヤツなら早いだろうけど。
「まぁ変なの注文すると、しくじりそうだしな。
同じのにしとくのが無難だよ」
「聞こえてるわよー?」
「料理に集中してくれ。
……テーブルにあるのは、つまんでいいのか?」
「いいわよー♪
お肉焼けるまで時間かかるし、オツマミで楽しんでて♪」
許可が出たので、改めて食卓の料理に目を向ける。オニオンスープ、山盛りのサラダにフライドポテト。ステーキの付け合わせとしては定番かな。
お肉が焼けるまでの間、私達は軽く食事しながら雑談を楽しむ。シームがお店に行ってステーキを食べたことがない話に始まり、牛肉と言えばスノーフレイで食べたすき焼きが美味しかったと盛り上がり、ウラヌスがハンター試験で牛の丸焼きを要求された時の話をする。
そうこうしてるうちに、私とシームの分のステーキが焼き上がり、食卓に並んだ。
「おまちどうさまー♪ お熱いうちにどーぞ♪
あと2人はもうちょっと待っててね」
「うん」
「よろしくー」
さて、ウラヌスとメレオロンには申し訳ないけど、冷めないうちにいただきますか! と、その前に……
「すいません、ライスがあればもらえませんか?」
「あー、ごめんなさい! 忘れてたわ。
モリー、よそってあげて」
「おう。大盛りだよね?」
「あ、はい……そうしてもらえると」
キッチンの方から、炊けたゴハンの匂いがしてたんだよね。言ってみてよかった。
モタリケさんがキッチンから戻ってきて、目の前にめっちゃゴハン盛られたどんぶりが来た。
「あははー……ありがとうございます」
「うちでメシ食った後、なんか物足りなさそうにしてたからね。
ライスくらいなら、いくらでもどうぞ」
ウラヌスとシームが笑いをこらえる気配。メレオロンなんて露骨にプークスクスしてる。おのれぇ……恥ずかしいな、くそ。
まぁ大食いなのはグルセルの時にバレてるし、別にいいけどさ。
気を取り直し、鉄板に乗せられた湯気の立つステーキ肉にナイフを当て、切り切りする。肉汁のしたたる赤身が残った肉をフォークで刺し、ひとくち。
あー、これは良いお肉だ。うまー……塩胡椒で味付けしてあるだけでも充分すぎるほど、香りも味も素晴らしい。肉質もよくて、口の中でとろけちゃうよ。
同じようにお肉を咀嚼していたシームが、私を見ながら喉をごくりと動かしてニッコリ。
「美味しいね」
「美味しいですよねー」
「見てるだけで腹へるよ……」
「くっそ旨そうよねぇ」
「ベルがわざわざグルセルまで行って買ってきたんだよ。
あそこ、食材は揃ってるからな」
「よくやるよ……
危ないからあんま行くなよ?」
「オレじゃなくて、ベルに言えよ」
「美味しそうよねぇ。アタシの分、まだかなぁ」
「たっかい肉なんだろうな……」
妬ましそうな2人をヨソに、私はゴハンを掻きこむ。うまうま♪
お肉を切り切りしながら、あることを思い出す。
「そういえばですね。
私が受けたハンター試験で、ステーキ定食を頼むっていうのがありましたよ」
あの時も、ミディアムレアにゴハン大盛り頼んだな。ふふ。
「へぇー、ステーキ定食ねぇ。
どういう試験?」
食いつくウラヌス。だけでなく、みんな興味津々に私を見てくる。
「試験というか、ハンター試験の会場へ入る時ですね。
ある定食屋さんに入って、ステーキ定食を頼むんですよ。
すると焼き加減を聞かれるんで、人差し指を立てて『弱火でじっくり』って答えると、試験会場へ案内してもらえるんです」
「へ?
ていうか、なんで定食屋に入るわけ?」
メレオロンが尋ねてくる。そりゃそっか、意味わかんないよね。
「えっとですね。
ハンター試験って、毎年受験する人がスッゴイたくさんいるんですよ」
「あー、分かる。
オレも一度申し込んだことあるよ」
おや、モタリケさんから意外な言葉が。
「どうせアレだろ?
念に目覚めて、調子こいて俺でもいけんじゃね? とか勘違いしたんだろ」
「う、うるせーな……」
「受験者、毎年数百万人とかだぞ?
少しばかり念をかじったモタリケにゃ荷が重過ぎるだろ」
「……」
ニヤニヤ語るウラヌスに、嫌そうな顔をするモタリケさん。図星だな、こりゃ。結果は聞かなくても分かるよ。
「たくさんいる受験者を絞り込む為に、どこが試験会場なのかは大雑把にしか知らされていなくて。その道中でも様々なテストが盛り込まれているんですよ。
それらを突破すると、最後に定食屋さんが試験会場の入口だと教えてもらえるんです」
「ああ、そういうことね。
たくさん人が集まってたら試験会場ってバレちゃうから、意外なところに入口を作ってあるわけか」
「そうですね。
実際、試験会場は地下の広い空間でした」
ある程度の能力者なら、人がたくさん集まってる場所は離れてても分かっちゃうからな。念使いでも簡単には辿り着けないように、地下の閉鎖空間を最初の会場にしたんだろう。
「ウラヌスの時はどうでした?」
と聞きながら、お肉を食べ始める。私ばっかり喋ってたら、お肉が冷めちゃうよ。
「俺ん時?
まぁ定番の嘘吐きガイドは全部見破れたからね。そこは引っかからなかったんだけど」
うん。ウラヌスなら、そういうところでは苦労しないだろうな。
「でも会場までの試験官連中は、ちょっと面倒だったかな。
……言いたくないこと言わせようとするし。クイズ出してくる婆ちゃんとかさ」
「あー。
私の時もいましたよ」
「多分、同じ婆ちゃんかな……
ドキドキ二択クイズ?」
「ええ、そうです。
同じですね」
「なになに、どんなクイズなの?」
ハンター試験のクイズとやらがどんなものか、メレオロンも気になるんだろう。うーん……
「私の時は……
父と母が崖から落ちそうになっている。一人しか助けられない。
父と母、どっちを助ける? ──って」
「……アイシャはなんて答えたの?」
意味ありげな目を向けるウラヌスに、
「母親、と答えました」
「それで……合格できたの?」
「補欠合格を言い渡されました。
沈黙が正解、と分かっていて、あえてそう答えたと伝えましたから」
「なるほどねぇ……
それもアリだったんだ。まぁアイシャはそう答えるしかないもんね、きっと」
うんうんうなずくウラヌス。私の事情を詳しく知らないはずだけど、ある程度雰囲気で伝わってるんだろうな。
私が食事に戻ると、モタリケさんがアゴでウラヌスを差し、
「お前の時はどんなクイズだったんだ?」
「俺?
んー……教えたくない」
「おいおい、もったいぶらずに教えろよ」
「やだよ、言いたくないもん」
ありゃ、私の話し損になっちゃったよ。ウラヌスの時は一体どんなクイズだったのか、知りたかったんだけどな。
「アンタも合格はしたんでしょ?
なんて答えたのよ。やっぱり沈黙したの?」
「……まぁ答えの方ならいいか。
婆ちゃんのクイズを聞いて、無視した。口も利かずに、そのまま通り過ぎてやった」
ほぉ。確かに沈黙はしてるし、それでもいいのか。……イヤ? でも、
「それだと、正解の道も教えてもらえないんじゃないですか?」
「まぁその場で不合格にはならなかったけど、正解ルートも聞けなかったね。
だから強行突破した。魔獣の巣窟になってる森林を抜けてった」
無茶するなぁ。昔のウラヌスが荒ぶってたのは、何となく理解してたつもりだけど……
「でも、俺の時も試験会場のゴールはメシ屋だったな」
「そうなんですか?
毎回そういう場所なんでしょうかね?」
「いや、毎回じゃないよ。過去の試験傾向から対策を練るサイトが、電脳ページにあるんだけどさ。結構バラバラみたい」
「ふむ……
じゃあ偶然ですかね」
「でも、ないんじゃない?
たとえば、その年の試験官が同じだったとか」
あー……なるほど。
「ブハラさんか、メンチさんの提案っぽいですね」
「多分、どっちかの仕業だろうね。
牛の丸焼きだの豚の丸焼きだの、どうにも芸がないし」
アハハ。確かにブハラさんの試験は捻りが足りないかもな。かといって、メンチさんはやりすぎだけど。
楽しくお喋りを続けてると、ウラヌス達のお肉もベルさんが運んできた。分厚いお肉を乗せた鉄板をテーブルに並べながら、
「あ、いけない。
もー。モリー気づいてよ。
ステーキと言えば、ワ・イ・ン。忘れてるわよ?」
「っと。……いや、ワインじゃねーよ。そんなもん用意してない」
「ワインですか?」
「ワインなんか出されてもな。
確かに、ステーキには赤ワインって言うけどさ」
私とウラヌスが、夫婦の会話に首を傾げる。
「ホントはわたしも、赤ワインがいいんだけどね。
気分だけでも味わいたいから、お子様向けにぶどうジュースよ♪」
「当たり前だろ。
オマエ、いま何歳だと思ってるんだ」
「エヘヘー……」
モタリケさんに指摘されて、照れ笑いするベルさん。そういえば若返り薬の効果で15歳ぐらいだったはずだよね。
ワイングラスいっぱいに注いでもらったぶどうジュースは、雰囲気や芳香の良さもさることながら、大変美味しゅうございました。