最後にモタリケさんが淹れてくれた珈琲で、楽しい夕食を締め。
「いやだぁー。もう絶対いやだぁー」
いよいよお楽しみのモデルタイムだ。ウラヌス1人イヤイヤと連呼する中、みんな心底楽しそうに地下室へ向かう。絵を描く邪魔になってもいけないので、持ってきたバッグはダイニングに置いたままだ。
地下室へ行くと、普段より照明が強めになっていた。絵を描く時はこの明るさなのかな。
「さ、そこに座れ」
「なんなん、この公開処刑ー。
死刑執行の電気椅子みたいなもんじゃねーか。座りたくねーよ」
「バカなこと言ってないで座れ」
「モタリケにバカ呼ばわりされたー!」
すっかり部屋の準備は済んでいて、椅子とキャンバスが設置されている。見た目邪魔にならないようにだろう、椅子の後ろには多少の隙間と壁しかない。その代わり別の場所が物で溢れてる。
「なー。モデルすんのはいいから、お前ら出てってくれよー。
さらしもんにされても構わないなんて、俺は言ってねーぞ……」
「だが断る」
「ダメダメ♪
こんな楽しい見世物、見逃すわけないじゃない♪」
「ほら、ぐずぐずしないの。
囚われの姫君はさっさと座る!」
「ウラヌス、早く桜呼んでよー」
「こいつら」
予想はしてただろうけど、誰1人まともに相手してくれず顔をヒクつかせるウラヌス。仕方ないよ、ベルさんじゃなくても、こんなの見逃すわけにはいかないからな。
「くそっ、覚えてろよ……」
諦めたようにポスンと座り、不機嫌に足を組むウラヌス。
「ほら、さっさと描きやがれ」
「ダメだ。勝手に変なポーズするな。
小生意気なフリを演じた姫っつーならアリだけど、オレが描きたいのはそういうオマエじゃない」
「うぜぇっ!!」
一斉に吹き出す私達。アハハハ、なんだこのコント。初っ端から飛ばしすぎだよ。
「いいから早く、あの念獣の猫も出せって。
じゃないと、いつまで経っても終わらないぞ」
「あぁ? あれ本気だったのか?
マージうぜぇー……」
あっ。そうすると、神字で出すところを2人に見せることになるな……。いいのかな、ウラヌス的に?
「……。
ちょっと待ってろ。出してくっから」
「ホントに? 逃げちゃダメよ」
「……逃げねーよ」
席を立つウラヌス。ベルさんの念押しに、ちょっと不安が過ぎる反応をする。
「この期に及んで逃げたら、フルボッコですからね? 絶対許しませんよ。
シーム、一緒に付いていってください」
「うん!」
「だから逃げないってばー……
なんで俺ばっか、こんな目に遭うのー」
恨み節の止まらないウラヌスの手を引いて、シームが地下室から出て行くのを見送る。
ベルさんは首を傾げながら、
「んー……
なにか秘密でもあるの?」
「それもありますけど、恥ずかしいんだと思います」
「別にいいのにねぇ」
やはり首を傾げるベルさん。とはいえ私達に見せる時でも、かなり躊躇してたからな。申し訳ないけど、秘密にできるならしておいた方がいいだろう。
少し経って、2人が地下室に戻ってくる。
「お待たせー」
「にゃーん」
「はぁーぁ……」
おっと訂正、1人と2匹が戻ってきた。ウラヌスはダラーんとし、シームは嬉しそうにサクラを抱きかかえて。
「にゃ、にゃ」
「相変わらず可愛いわね♪」
サクラが私をねだるように、前脚で宙をかく。うん、私も抱っこしてあげたいけど……
「ウラヌス、サクラをどうします?」
「……どっちかっつーと、モタリケに聞いてほしい」
「オレは膝の上に乗せてるイメージだったけど」
「まぁ妥当だわな。ただ、桜がなぁ……」
「にゃう?」
ふむ。私かシームとジャレたがってる感じだよね。ウラヌスの膝の上で、大人しくしてくれるかな? 仲悪いし。
「そうですね……
まずウラヌスは、普通に座ってもらえます? 膝を合わせて、大人しく」
「う、うん」
そうそう。お姫様らしく、ちょこんとね。
「シーム、サクラを貸してもらえます?」
「うん」
「にゃうん♪」
おーよしよし。いつも可愛らしいにゃんこだよ、ホント。
「サクラ。申し訳ないですけど、ウラヌスの膝の上で大人しくしてもらえませんか?」
「にゃう?」
小首を傾げるサクラ。そうだよね。意味分かんないよね。
「今からウラヌスは絵のモデルをするんですよ。
で、サクラも一緒にモデルをしてほしくて。
ウラヌスの膝の上で、動かずにじっとしてほしいんです」
「にゃう……」
不満げな反応。やっぱりか……どうしようかな。
「アイシャ……
難しいと思うよ。だって最大3時間だよ?
桜が俺とくっついたまま耐えられると思う?」
「そうは言いますけど、普段充電してるじゃないですか」
「それだって嫌々じゃないか。
必要じゃなかったら、桜だってお断りだと思うけど」
「……」
サクラはウラヌスをじっと見て、一鳴きもしない。うーん……
「モタリケさん、3時間って連続ですか?」
「いや。大急ぎならそうするけど、オレも休憩くらいは挟みたいかな。
3時間もじっとしてるのはキツイだろ?」
「んー。桜を出してなけりゃ耐えられなくもないけど、出しっぱなしだからなぁ……
流石に休憩は挟んでほしい」
ふむ。長丁場になるけど、その方がよさそうか。
「そうですね……
サクラがどういう反応をするか分かりませんし、まずは1時間で区切りましょうか」
「にゃう?」
「サクラ、1時間ほどウラヌスの膝の上にいてくださいね」
「……」
じっと見つめてくるサクラ。様子を見る限り、複雑な心境のようだ。
ともあれ、まずはやってみますか。
椅子に座るウラヌスのそばへ歩いていき、その膝にサクラを据える。
「にゃ」
「……なんだよ?」
サクラはウラヌスの膝の上で立ったまま、座ろうとしない。首を伸ばして、ウラヌスに物言いたげな顔をしてる。
「オレにはよく分からないけど、ひょっとして何か見返りを求めてるんじゃないか?」
「にゃ」
「見返り? つってもなぁ……」
モタリケさんとサクラの言葉に、首を傾げるウラヌス。
「サクラ。
後で私達が遊んであげますから、今は座っていてくれませんか?」
「桜、お願い」
シームも加わって、サクラを説得する。サクラは私達を一瞥した後、ウラヌスをじっと見上げる。ダメか……ちょっと強引だもんな。
「いいから大人しくしてろよ。
お前がそうしないと、みんなが迷惑するんだぞ」
「にゃ、にゃ」
「……」
今度はウラヌスが沈黙する。そのまま、しばらく誰も口を利かない。
──やがて。ウラヌスは息を1つ吐く。
「……オマエの言いたいことは薄々分かってるよ。
でも、俺はその要求を呑めない。それも分かってるだろ?
とにかく今は勘弁してくれ……
他のことなら、出来る限り聞いてやるから」
「……」
ウラヌスの言葉を黙って聞くサクラ。お互い見合い続けた後、
「……にゃ」
すぃっと、サクラはウラヌスの膝に座り込んだ。白いしっぽをふいっふいっと振った後、大人しくなる。
『はぁー……』
一斉に息を吐く一同。無駄に緊張しちゃったよ。
ベルさんが口許に手を当てて、何か言いたげにしてる。けど何も言わない。ヘタなこと言って、サクラのご機嫌そこねたらマズイもんな。
「モタリケ、これでいいだろ?」
「ああ、とりあえずそのままじっとしててくれ。
ポージングは調整させてもらうけど」
「へいへい……
ほら、みんな。大して面白くないだろ?
上でくつろいでくればいいじゃん」
「あー……
でも私、モデルの参考にしたいんですけど」
「えー……」
「あっ、それならウラヌスの髪の毛、ちょっと整えてくれないかな?
少し乱れてるのが気になって」
「ええ、分かりました」
モタリケさんのお願いを、渡りに船とばかりに快く引き受ける。せっかく整えたのに、確かに乱れてる。……あー、そっか。サクラを呼び出すと、頭上に出るもんな。なら仕方ない。
ウラヌスが座る椅子の後ろへ回り、目につく髪の乱れや跳ねを、手先で直していく。
「……そう暗い顔されちゃ、描く気にならないんだけどな。
今はまだマシだけど」
「暗い顔とか言うなや。気分悪いな。
具体的にどうしろってんだよ」
「もうちょっと優しい顔をしたらどうです?
サクラを撫でてあげるとか」
「えぇー?
なんでこいつなんか、撫でなきゃいけないの?」
「にゃ!」
「ダメですよ。悪ぶってそんなこと言っちゃ。
ウラヌスは優しい人なんですから、それをサクラにも向けてあげてください。
お互い、ずっと意地を張っていたら疲れるでしょう?」
「……」
私がウラヌスの頭を撫でてあげると、根負けした様子で、ウラヌスもサクラの背を撫で始める。サクラは不思議そうな顔。ふふ、よしよし。いい子だね。
「いいわねぇ……この構図。
わたし、この絵を描いてほしいんだけど」
「オレもそうしたいけど、流石にな。
2人ともに負担かけるワケにもいかないし」
「すいません。
私は私でまた描いてもらいますから」
「ああ、うん。髪の毛はそれくらいでいいよ。助かった。
おっと、ウラヌスはそのまま撫で続けてくれ」
「は──はぁぁ?」
「表情を崩すな。
さっきの雰囲気のまま、撫で続けて」
「うぇー……マジかぁ」
ウラヌスから離れ、私も正面から見させてもらう。……うむ、これはいい。にゃんこ姫、にゃんこを愛でるの図。
「いつもこんな感じならいいのにね」
「この組み合わせだけは険悪だもんねぇ。アタシとだって仲良かったのに」
「もう少し仲良くしてほしいって、何度もお願いしてるんですけどね」
「やめて3人とも。
ボロクソに言われながら優しい気分とか維持できないから」
私達が口々に言うと、口許をヒクヒクさせて抗議するウラヌス。ベルさんは顔を逸らし、おかしそうに肩を揺らしてる。
「もういいだろ、アイシャ。
モデルの参考なら、これで充分だと思うけど」
「んー……」
「上に行って休んできなよ。
ほら、状況が動いた件をまだ話してないし。
時間もったいないから、ベルに説明してくれると助かる。
モタリケも、ここで話し始めたら気が散るだろ? 後でベルから聞けばいいんだし」
「……そうだな」
「だよな。──ブック。
バインダー預けるから、上で話してきてよ」
むー。そこまで言われたら、断る理由が思いつかないな。見物するにしても、ベルさんへの説明を優先させないとマズイか。
「ほら、早く。
説明が終わったら、また見に来てもいいから」
「……分かりました」
「それじゃモリー、わたしも上に行ってるわね」
「ああ、話聞いといてくれ」
しばし地下室に、キャンバスに向き合ったモタリケが俺を真剣な目で睨みつけ、鉛筆を走らせる音が響く。
……見られるってのは、いつまで経っても慣れないんだよな。自然体にしてるだけならまだしも、こんな状態だし。桜もよく我慢してるよ。
「──なにか悩んでるってツラだな」
モタリケが唐突に声をかけてきた。流石に表情を崩し、
「なんのことだよ。
ちゃんと、その、優しい顔してるつもりなんだけど」
「表情筋はな。
形だけ整えて、感情を表に出さないようにしてるだろ?」
「……」
「話くらいなら聞いてやるぞ」
俺は少し考え、溜め息を吐く。
「……モタリケに話したいことなんてねーよ」
「嘘吐くなよ。
相談相手がいなくて、困ってるってツラしてるぞ」
「にゃ」
「ほら、その猫もそう言ってるじゃないか」
「なんでオマエに分かんだよ。
……こいつは適当に相槌打ってるだけだ」
「にゃ、にゃ」
「首を振って否定してるな。とても適当には見えねーよ」
桜がしっぽを振って、俺を牽制してくる。ほっとくと、こいつ膝から動きそうだな……。マジか。マジでモタリケなんかに話せっつーのか。
「……。
何をどう言えばいいか、分かんない。
話せるほど考えがまとまらないから、悩んでるんだよ」
「それこそ適当に雑談のつもりで話せばいいだろ。
上手く話そうとするから、かえって話しづらいんだ。
ベルなんて見てみろよ。アイツ思いついたハシから喋ってくるから、話理解するの大変なんだぞ」
「アレは単なるお喋りだろ。
……アイシャをナンパしたオマエのことなんか、信用できねーよ」
「ん?
悩みって、あの子に関係あることなのか?」
「にゃ」
「……」
「ベルじゃないけど、口にした方が考えもまとまるかもしれないだろ。
独り言のつもりで喋ってみろよ」
「信用できねぇっつってんのに、もう……」
まいったなぁ……。この調子で行ったら、洗いざらい話すハメになりそうだ。こんなの1時間も保たないぞ。
……なら、もう覚悟決めて自分から喋った方がマシか……
「くそ……
ここだけの話だぞ?
ぜったい誰にも言うなよ? 特にベルとアイシャはやめてくれ。
バレたら承知しないからな?」
「ああ。それは約束する」
「…………
……
じゃあ……話すよ。実は──……」