いつもと違う、うっすら柑橘の薫り漂う髪の水気を、バスタオルで丁寧に拭き取った後。
脱衣所に鎮座する大きなリュックを改めて目にし、深く溜め息を吐いた。
「そうだった……
荷物整理しないと……」
そもそも着替えも出してないし、私。……どんだけお風呂入りたかったんだ。
半分諦めの境地で、私はリュックの中身を全部引っ張り出した。まず、きーがーえ。
──少女着衣中──
「はぁー……」
いそいそといつもの運動ルックに身を包んで、ひと心地ついた後。
こんもりと山になった衣類を見て、なんでこんなアホほど持ってきたのか、改めて後悔しつつ。
「はーいはいはいはい……
やればいいんでしょー……」
誰にともなくブーたれて、整理を始めた。
──少女整理中──
「んぅぅー……
……こまった。削れなぃ」
一通り衣類を畳んで、他の雑貨品もまとめはした。
けど、どれが不要かと言うと、どれも要る。どれも絶対要るとも言えない。優先順位がつけられないから荷物を減らせない。
「うーん」
荷物をそのままに、裸足でぺたぺた歩いて脱衣所から出る。
水場から出て、室内に顔を覗かせる。
おや、3人ともモニターの前に固まってるな。ゲームしてるのか。……んん? 何だか3人から不穏な気配を感じるぞ。
私は嫌な予感がしつつ、そちらへ近づいていく。
「お? アイシャ、お風呂あがったの?」
ウラヌスが声をかけてくる。
「ええ、まぁ。
その……荷物整理なんですけど。
ちょっと荷物減らすのが上手く行かなくて、どうしよっかなって」
「あー……
ならいいや。時間もないし、無理せずそのまま持ってっていいよ。
洗濯してるやつ、持って行くなら詰め忘れないでね」
「あ、はい」
そーだ。洗濯、まだ終わってなかった。……いま10時前か。もうちょっとかな。
……それはそれとしてだ。
じーっと3人を見る。とっても聞き覚えのあるBGMなんだけどなー。イヤーな意味で。
ウラヌスは普通の顔してるけど、メレオロンとシームの目が据わってる。
「……アイシャ。
このゲーム、ひどすぎない?」
メレオロンがげんなりと言う。私は警告した。それ以上のことは知らん。
「ぼく、おねーちゃんに本気で引っぱたかれたんだけど」
シームのほっぺたに、うっすら3本指の痕がある。こらこらこら……
「メレオロン……」
「こいつ、クッソうっとうしいタイミングで、バスバス魔法ぶっぱしてくるから」
「だって使わなきゃ負けるもん!」
あぁぁ、姉弟仲の崩れる音が……
「アイシャ。……デビルって、なった方がいいの?」
……メレオロン4位独走なのね。
私が何か言う前に、
「俺はやめといた方がいいと思う」
さらっとウラヌス。きさま、このゲームやり込んでいるな。
「えっと……
ほどほどにしてくださいね。もうじきグリードアイランドですよ」
私は3人に背を向け、水場へと戻っていく。
「シームまたテメーッ!!」
「だって!」
……なんでみんな、好き好んで友情壊そうとするんだ。
アイシャが水場の扉を閉めた後。
妙に冷めた様子で、3人がモニターを眺めている。
「……なんかアイシャ、泣いてなかった?」
シームの言葉に、軽く首を傾げながらメレオロンは、
「アタシ達も結構泣いてるけどね。アイシャ、お風呂場でも泣いてたんじゃない?
目ぇすっごい赤かったし」
ウラヌスは黙っている。
「……湯あがりアイシャ、めっちゃ可愛かったね」
「シーム、あんたもたいがいタラシよね。
……否定はしないけど。
なんかぽやーんとした感じだったし、あの子だいじょうぶなの?」
メレオロンは、ウラヌスを見て尋ねる。
「いや、俺に聞かれても」
言葉短いウラヌスを、じーっと見るメレオロン。
「ウラヌス。
……あんた、お風呂上がりの濡れたあの子見てドキドキしてるとか」
「してねぇよ!」
「ひゅーひゅー。湯あがりアイシャにドッキドキー」
ここぞとばかりに煽るシーム。ウラヌスは慌てて手をブンブン振りながら、
「ドキドキなんかしてねぇっつってんだろ! なんなんだ、2人して!」
「えー。あんなアイシャ見て、ドキドキしなかったの?」
「別にいいのよ? 可愛い女の子に興奮しても。
だって男の子だもん♥」
「オマエラ、マジヤメロッ!!」
ドカポ○の恨みを晴らさんとばかりに責め立てる姉弟。恐るべき盤外戦術。友情破壊の真骨頂である。
ひとまず荷物はリュックに仕舞い直したんだけど、二つ考えなきゃいけないことがある。
一つは洗濯物。あのワンピース持ってくの? というのがある。別にあってもなくてもだけど……ここに置いてくと忘れそうなんだよね。いつ取りに来れるか分からないし。
もう一つはジョイステ。グリードアイランドに持っていけるか、ちょっと気になってる。これは試してもいいだろう。ウラヌスも検証として興味持つだろうし。
……うん。全部持ってくか。
乾燥が後2分くらいで終わるので、私は水場にリュックを置いて、のんきにそれを待つ。
荷物を持って、ようやく室内に戻ってこれた。
どすんとリュックを置き、
「お待たせしましたー。
ウラヌス、お風呂ありがとうございます」
「うん……
じゃあ、この後どうしようかな」
……とりあえず、○カポンやめてほしいわけですが。ウラヌスまで目が据わってきてるじゃないか。何があったんだ、この短時間で──友情破壊ですね、分かります。
「3人とも洗濯はしなくて大丈夫ですか?
……と言っても、もう時間が怪しいですけど」
今は午後10時を回ってる。出発まで後2時間弱。そこまできっちり動こうとしなくてもいいだろうけど、のんびり構えるのも良くないだろう。月例大会には参加したいしな。
「うーん。
メレオロンとシーム、風呂入ったら? 今着てるの洗っとくから。
もう時間もないし」
ウラヌスがそう言うと、メレオロンとシームが顔を見合わせ、ちょっと微妙顔。
「……姉弟でお風呂入らせるの?」
メレオロンの返しに、ウラヌスがきょとんとする。
「なんか、おかしいっけ?」
「いや……
別に気にしなくていいんだけどさ。アタシはもうこんな身体だし」
「あれ? そういうもんなのか」
ウラヌスの反応が妙なので、ちょっと聞いてみる。
「ウラヌスって、誰かと一緒にお風呂入ったりしてたんですか?」
うっ、と反応するウラヌス。ようやく普通の感覚じゃないことに気づいたらしい。
「……
姉貴と風呂入るのが当たり前、だったから」
「……なるほど」
そっか。言ってたね、お姉さんが居るって。……この2人に特別感情いだいてるのも、多分それが理由かな。んー、姉かぁ……
「時間もないし、お風呂も洗濯もしたいからアタシは構わないけど。
シームは?」
「……おねーちゃんがいいなら、別にいいよ」
「言っとくけど、色気もクソもないからね。今のアタシは。
……ウラヌス。アンタはどうすんの?」
「俺はもういいよ。
時間ないし、ゲーム内でどうとでも──」
「アンタも一緒に入らないの? って聞いてるんだけど」
「は?」
……なんか妙な雲行きになってきたぞ。
メレオロンが口の端をゆがめながら、
「時間ないんでしょ。アンタもお風呂と洗濯したいんでしょ。
じゃあアタシ達3人で入ればいいじゃん。不可抗力、不可抗力」
「はぁっ!? オマエなに言ってんだ!
俺ぁ別にいいっつってんだろ!」
慌ててるウラヌスがやけに可愛い。なんか私の方が、妙にドキドキしてきたぞ。
「いいじゃん、いいじゃん。
アンタ、心は女なんでしょ? シームは同性だから問題ないし、アタシも人間じゃないからオールオッケー」
「俺がよくねぇっつってんだろ!!」
「アハハハハハ!」
シームが笑い転げてる。ごめん、私も見ててスッゴイおかしい。
「ほらー。
アタシ、あなたに全身整形してもらわなくちゃいけないじゃなーい……
ぜひとも、今のうちに改めておいてもらおっかなーって」
……メレオロン、言ってることは分かるんだけど、やたら色っぽいぞオイ。言葉だけな。見た目については言うまい。
「そ、れは、分かるが……
別に俺が、一緒に風呂入る必要なんざ」
「なに言ってんの。そんなの一方的じゃん。
アンタも見せろって言ってんのよ」
「オマエはアホかぁぁぁッッ!!
俺は自分の身体にコンプレックス持ってるって言ってるだろ!
見せたくねぇっつってんの!」
「貧乳はステータス、希少価値とも言いますし……」
「────アイシャアァァァッッ!! オマエが言うなぁぁぁぁッッ!!
男の貧乳の何が希少価値だぁぁぁぁッッッ!!」
「あっははははははッ!!」
私もシームと一緒に笑い転げる。めっちゃ面白い。
「ほらほらー。
言ってたら時間なくなっちゃうじゃなーい。いこいこ」
「ぅわ。ちょ、メレオロン、オマエ本気か!
待て待て引っぱんな! おい!」
「シームー。ちょっと手伝ってー」
「はーい」
「おおおっ!? シームてめぇ裏切んのかッ!?」
「ぼくは始めっから敵でーす」
「ぎゃああああッ! 待って待って、いやいや!
アイシャタスケテッ!」
「ゴメンねウラヌス。わたし……弱い!」
「こ、ここでそれ……!
ほん、ヤメてぇぇぇぇッ!! きゃーッ!!」
「はーい。3名様ごあんなーい」
水場の扉が開き、ばたむ。と地獄の扉が閉まった。
……なむなむ。
扉の向こうから悲鳴とか聞こえるけど、無視。
さて、ジョイステかたづけっかぁ。
……私も一緒に入った方が面白かったのかなぁ。……まぁいいや。
ジョイステも片付けたし。荷物も何とか収め終えたし。
うん。
……ヒマだ。
広々とした部屋に私1人。……さびしいなぁ。
時計は、午後10時20分。3人がお風呂上がってくるまで、まだ結構かかりそうだしな。喋る相手もいないのは困るな。今更ゲーム機引っ張り出して遊ぶ気にもならないし、退屈しちゃうよ。
手持ち無沙汰で、目の前のテーブルをこつこつ指で叩く。んー、禅を組むのも何か違うしな。気分が乗らない。
…………。
あれよあれよと言う間に事態が転がって、こんな状況になっちゃったな。数日前まで、グリードアイランドにまた入ることになるなんて夢にも思わなかったよ。
しかも会ったばっかりの3人とだ。ずいぶん長生きしてきたつもりだけど、人生なにがあるか分からないもんだな……
ウラヌスは信用できる人なのは、すぐ直感的に分かったことだ。信じられるというか、優しいんだよな、基本的に。助けを求めたキメラアントにすら、親身になって面倒見てるぐらいしだし。
そしてメレオロンとシームの2人。お互いを庇い合うあの姉弟愛は疑う気にもなれない。感情的になった時うっすら洩れ出るオーラを見た限りでも、嘘偽りの気配はなかった。
やっぱり何とかしてあげたいな。ハンター協会が黒幕じゃないことを祈るばかりだけど……もしハンター協会を敵に回すことになったら、どうしようか。あまり考えたくもない。
まぁ協会も一枚岩じゃないだろうし、充分有り得るんだよな……。いずれにしろ調べてみないことにはどうしようもないか。
……そういえばここ、本棚あったっけ。なにか読ませてもらおっかな。
立ち上がり、本棚の方へと歩いていく。
壁際にある本棚には、ぎっしりと書籍が収められていた。装丁からして高価そうな本もずらりと並んでる。これ、読んでいいのかな……まぁダメだったら謝ろう。
「んー」
手近にあった本棚の、背表紙タイトルを視線で撫でていく。
『神字 その起源に迫る』
『今日から始める神字解読の本』
『神字辞典』
『神字 図解書』
『現存する神字』
『古代遺跡に刻まれし 忘れられた神字』
『遺跡文化博物館』
『出土品博物誌』
『ルルカ遺跡に学ぶ 遺跡管理マニュアル』
『一度は行ってみたい 世界遺産トップ100』
『全世界史』
『世界言語起源』
『東西医学発展録』
『世界の国民食』
『各国の有名家庭料理レシピ』
『命を救った保存食の手記』
『世界の宝石100選』
『世界の三大怪スコアに迫る -狂えるロンド・闇のソナタ・死出の羽衣-』
『世界地図 -1998年版-』
『新世界紀行 東』
『民明書房シリーズ 人といふもの』
『民明書房シリーズ 武道達人逸話集』
『民明書房シリーズ 世界の怪拳・奇拳』
『民明書房シリーズ 氣-その効用と実践』
『民明書房シリーズ 大磁界』
『民明書房シリーズ EYEこそ全て』
『民明書房シリーズ 現代麻薬集成』
『民明書房シリーズ 肉体の神秘とスポーツ』
『民明書房シリーズ 分子核構造その理論』
『民明書房シリーズ かき氷屋三代記-我永遠に氷をアイス-』
『武芸百般シリーズ 様々な縮地法』
『武芸百般シリーズ 柔よく剛を制す』
『武芸百般シリーズ 心源流拳法入門』
『挑戦をやめた時が 人生の終わる時』
『アイザック流 自己啓発本 -心が大事-』
『伝説の武人・リュウショウ=カザマの謎にせまる』
『天空闘技場 攻略読本』
『知られざる超能力の世界』
『浄霊 高名霊能力者100』
『除霊術入門 -宗教における作法の違い-』
『性同一性障害者の日記』
『ホントは危ない 性転換の罠』
『美少年手稿 -少女を演じる舞台へ-』
『女装のススメ』
『あなたも今日から男の娘 ファッション編』
『隣にある日常シリーズ 盗聴最前線』
『隣にある日常シリーズ 軍産複合体と噂される企業群』
『隣にある日常シリーズ 貧者の薔薇が咲いた都市』
『ブラックリスト 犯罪白書95年度版』
『ハッカー 電脳ページに巣食う魔物達』
……なんだこのカオス。
どこから突っ込めばいいか分からないけど、異様な存在感だぞ民明書房シリーズ。これ確か信憑性的にダメなヤツだろ。氷をアイスとか完全に出オチじゃないか。
あと、なんか精神衛生に悪いタイトルが見えたけど、そこは一切見ないことにする。
……ていうか、なんか人ん家のエロ本漁ってるような背徳感あるんだけど……。これ、タイトル見てるだけでも申し訳ない気がする。……とは言え、ただ待ってるのもヒマだしなぁ。
うーん。どうせ読むなら、ちょっとお目にかかれない本がいいんだけど。……あ、民明書房はいいです。ネタ臭ハンパない。
「んー……」
「アイシャー」
どきぃっ!!
びっくりして声のした方を見ると、メレオロンがすっぽんぽんでこっち来た。
「な、な、なんです?」
「いや、そういえば着替えと洗濯物、持ってってないなーと思って。
……なに見てんの?」
「えっと……
ヒマなんで、何か読み物を、と」
「ふーん。
あ、そうだアイシャ」
「は、はい。
なんでしょう?」
ニヤーと笑うメレオロン。なんだなんだ。
「あいつ、穿いてなかった」
ん?
「……何を? 誰が」
「下着。ウラヌスが。……普段から」
んん?
「──え?
えっ? ────ええええええええええええぇぇぇッッッ!?」
なんっ……だと……!! 穿いてない……だと……!!
「やっぱり、はぁぁっ!? って思うわよね?」
「え、ええ……
いったいどうしてですか?」
「気になるわよね? それがなかなか言わなかったんだけどさー。
無理に聞き出したら、男物の下着は穿きたくない、女物の下着は穿きたくても穿けないって」
────やめたげてよぉぉぉッ!!
他人事とは思えず、私は顔を押さえて震える。
「え、なんでアンタがそんな反応すんの?
面白いと思わない? あんなヒラヒラさせてんのに穿いてないとか。ぷぎゃーはっは」
────もうやめて、ウラヌス死んでしまいますッッ!!
風呂場で展開する地獄絵図を想像すると、身も凍る思いだった。
「あ、待たせてもいけないし行くわ。
30分ぐらいしたら出てくるから」
「は、はい……」
メレオロンはしっぽフリフリしながら、どたどた荷物を持って、水場へ消えていった。
……私もあんまり言えた義理じゃないけど、完全に女やめてるなメレオロン……
……。
だいじょうぶか、このチーム。