第百九十七章
「また今度、ムドラを冒険した時の武勇伝聞かせてねー♪」
中華(?)料理屋を出た後。
グルセルの僻地に生えている大きな枯れ木の下に、集めた果物7つをゲインして置く。すると、枯れ木が息を吹き返したように葉を茂らせ、やがて虹色に輝く種が落ちてきた。
この種を拾い上げ、豊作の樹カードをゲット。ランクS入手に立ち会ったベルさんは、満足げな笑顔のまま『再来』でアントキバへと帰っていった。
ユリさんは私達に向かって苦笑し、
「元気なヒトねー。
じゃ、どこで話す?」
ユリさんが尋ねてくるのに対し、ウラヌスは考えこむ。
「うーん……」
「宿とかどうなの?」
「んー。旅館はなぁ……」
「私に知られたくない?」
「いや、じゃなくて……
俺達が拠点にしてる旅館って高いんだよ。宿代が。
姉貴が俺達の泊まってるところに入ろうとしたら、宿代を払わないといけない」
「そうなの?
私、ホテルにいるあなた達のところへ移動スペルで飛んだじゃない」
「移動スペルは、まぁな。
でもあの時は合流する目的で『同行』使ったんだしさ。そもそも旅館と違ってホテルは人数じゃなくて部屋代で管理するから、プレイヤーの出入りはいくらか融通が利くようになってる。
俺達はもう合流してるわけだから移動スペルの無駄使いだし、払う宿代と『同行』1枚じゃ価値的に大差ないよ」
「私が泊まってたホテルはチェックアウトしたし、そっち泊まってもいいんだけどなぁ」
「……それはまた別の機会にしたい。
これからムドラで長時間攻略しに行くのに、宿代払うなんて金の無駄だよ。俺達もそうだし。
いちおう内緒話できそうな場所に心当たりあるから、そこへ行こう」
「ん。どこ?」
「とりあえずオータニアだよ。近くにある林へ入る」
ああ、修行場に案内するのか。あそこなら周囲を警戒しやすいし、悪くないかもな。
そしてオータニアの修行場へ。……そういえば夜に来たことはないな。明かりを点けるのも問題あるから、暗闇のままだ。慣れた場所とは言え、なかなか不気味な雰囲気だな。ムドラはこんなもんじゃないんだろうけど……
メレオロンとシームが荷物を地面に置き、長話に備えてる。
「ここで話すの?」
「ああ。よく来るんだ、ここには。
今まで俺達4人以外を連れてきたことはないよ」
「ふぅん。……ま、いいわ。
それじゃ早速続きといきましょ」
「うん。
さて、事情説明なんだけど……
アイシャから始めてもらっていい?」
「ええ」
最初からそのつもりだったしな。私の方で上手く誤魔化さないと、話さなくていいことまで知られてしまう。私から言い出したことだし、自己責任でやらせてもらおう。
「まず、ウラヌスの若返り薬を使うタイミングなんですが。
今日は10月の4日ですが、どんなに早くても今月の15日以降までは使わないことにしています」
「その10月15日に何か意味はあるの?」
「ええ」
「ちょっと俺からも話させてね。
元々は、俺がアイシャをゲーム攻略に誘ったんだよ。
その理由が、アイシャは俺より遥かに強かったからなんだ」
「へぇー……」
まじまじと暗がりでも分かるくらい観察してくるユリさん。……今の私を見られてもな。
「確かに、かなりの使い手な雰囲気はなくもないけど……
それで?」
「でも色々あって、いまアイシャは念を使えないんだ」
ふむ。……その辺りどう説明しようか悩んでたんだけど、色々って言葉で片付くなら、それに乗っかるか。
「……」
ユリさんは妙に沈黙している。私とウラヌスを交互に見て、
「……聞いてもいいかしら。もしかしてあなたは今、強制『絶』の状態?」
直球で来た答えに面食らうものの、
「……はい」
「なるほどねぇ……
それが解けるのが10月15日。で、あなたが念を使えるようになれば……」
「俺が若返り薬を使って何か起こったとしても、アイシャがフォローに回れる。
だから最短でも、15日以降ってことなんだよ」
ユリさんは考える素振りを見せる。……なんだろ?
「ちょっと確認させてね。
アイシャちゃんが強制『絶』になってるのって、実際はもっと前からなのよね?
もしかして、30日間?」
うぉっと。なんでそんなピンポイントに分かったんだ?
「……そうですけど。なにか?」
「ふぅん……
私さ。
この子が
ウラヌスを見ながら、ユリさんが言い放つ。ん、ん? なんか妙な話になってきたぞ?
「ちょ、ちょっと待て姉貴。
確かにアイツのも30日だけど、誤解だよ。
ほら、良く見ろって。アレが憑いてないだろ?」
ユリさんが改めて私を見る。歩いて、私の周囲から全身をぐるりと目視し、
「ふぅん。憑いてないわね……
なぁんだ、てっきりアイツの仕業かと思っちゃった。何ならブッ飛ばしに行ったのに」
「全然別口だよ。全くの誤解。
そもそもアイツとは、しばらく逢ってないしな」
「フン。それは結構なことで」
……ユリさん、妙に不機嫌だな。ウラヌスもおどおどしてるし、なんなんだ。
聞いてる感じ、他人を30日間強制『絶』にできる能力者が、2人の知り合いにいるってことか。それにしても、同じ30日間『絶』なのは偶然か? 【ボス属性】は自分で考えたオリジナルの能力のはずなんだけどな……。もしかして私の原作知識が影響したのか? ぜんぜん自覚ないんだけど。
とはいえ、【天使のヴェール】も【神の不在証明】に近い能力だったし、知らない間に影響受けてるのかもな。……だったらもう少し色々思い出せても良さそうなもんなのに。ちぇっ。
「ま、あんな時代錯誤の不良のことなんかどうでもいいわ。
とりあえず事情は分かったけど……
ということは、アイシャちゃん今戦えないってことよね?
ゲーム攻略に行く時、いつもどうしてたの?」
「俺の『周』でオーラを纏わせてる。
神字で1時間保つようにしてるから、その状態で戦ってもらってる」
「はぁー。なるほど、考えたわね……
それなら強制『絶』でも戦えなくはないか」
「でもオーラが見えるわけじゃないんで、十全に戦えるとは言えませんが……」
「なんだよなぁ……
今から行くムドラは物理的に目視できない非実体型の念獣も出てくるから、アイシャの護衛役は必須。
常に俺か姉貴のどっちかが、即応できるようにしたい」
「了解。
そもそも、ムドラの攻略情報は事前にくれるわけ?」
「今から説明するよ。説明が終わったら早速ムドラに向かう。
話が長くなるから、座ってくれていいよ」
「……地面の上に?」
「イヤなら立ってろよ」
「つめったいわねぇー」
私達はしょっちゅうここで座り休憩してるから、抵抗ないもんね。ユリさんはぶつぶつ言ってるけど、我慢してもらおう。
やや長い説明を終え、水分を補給してウラヌスが一息吐いた後。
「さ。今から行くけど、心の準備はいいか?」
その確認に、ユリさんは呆れた顔で、
「なに改まってるのよ? 早く行きましょ」
「えっと……ぅん……」
「まあ……いいけど」
さぁこれからというタイミングで弱気そうなシームとメレオロンに、『えっ!?』という顔をするユリさん。うん、めちゃめちゃ行くの嫌そうだな。
「行くのよね、あなた達も?」
『……』
「アハハ……
この2人、怖いのは全然ダメなんですよ。
場慣れするまで、戦力としては考えない方がいいですね」
「あらら。
……仕方ないか。そのつもりでいるわ」
「ウラヌス。
私も準備はいいですが、『周』を先にお願いしますね」
「もちろん。
それじゃ後ろ向いてくれる?」
くるりとその場で回り、後ろ髪をウラヌスに向ける。ん? という顔をするユリさん。
ウラヌスが私の髪に両手で触れ、やがてオーラが包み込んだ。
「あー……」
ユリさんが何とも言えない声を出す。うぅん? どういう反応だ、それ。
「いいなぁ……」
「アホなこと言ってんじゃねーよ、姉貴。
マジで準備いいか? 主戦力は俺らなんだからな」
「分かってるわよ、街の中でも敵が襲って来るんでしょ。
なんでも来やがれってなもんよ」
じゃりじゃりと、スーツのふところに手を入れて鎖を鳴らすユリさん。なんかヤケクソだな。
ウラヌスは1つ息を吐き、
「ま、頼りにしてるよ……
ブック」
何とも言えない顔でバインダーを出したウラヌスが、スペルカードを手にする。
「──『同行/アカンパニー』オン。ムドラ!」
修行場のある林から、南の空へと飛翔した。
自然の風景から一転、目の前が不気味なゴーストタウンに変わった。
着地したにも関わらず、地面がぐらりと
ここが廃墟都市ムドラか……。ホラー映画やゲームなんかだと他人事だからいいけど、自分がこの場にいるとなると、どうしても心中穏やかじゃない。演出だって分かってるんだけどね。いちおう死ぬ可能性があるからなぁ……
街の入口から怪物出現地帯らしく、ここでじっとしているだけでも危険が付きまとう。それもあって、ウラヌスは口早に説明する。
「さっきも話した通り、基本俺
俺の後ろか横にアイシャ。位置取りは任せるよ。
メレオロンとシームは後ろ寄りの真ん中。……聞いてる?」
「き、聞いてる聞いてる」
「えっ、なになに?」
メレオロンはまだマシだけど、それにすごい縋り付いてるシームが心配だな……
「……まぁそうやってくっついて、離れないでくれよ」
「アタシ、歩きにくいんだけど……」
「おねーちゃーん……」
「戦う必要はないからガマンしてくれ。
その代わり、2人とも敵の観察は怠らないこと。アイシャも初見の相手は──」
「もちろん分かっています。
一度見た怪物以外とは戦いません」
話を聞いただけじゃ不足もあるだろうしな。大丈夫とタカをくくるのは禁物だろう。
「全員、空中からの強襲には常に注意してね。
それじゃ決めてた通り、手始めにデパートへ行くよ」
ウラヌスの先導で、私達は朽ち果てた街並みへ一歩踏み出した。
廃墟都市ムドラで入手できる指定ポケットカードは6枚。厳密には街中で5枚、都市の近くに1枚ある。
都市中央の廃墟デパートに『11:黄金天秤』。
都市北部のゴーストホテルに『19:遊魂枕』。
都市東部の郊外にある怪異の館に『20:心度計』。
都市西部に広がる共同墓地に『88:不死の大金槌』。
都市の地下墓地に『21:スケルトンメガネ』。
都市から出て、ムドラ湿原の南部にある眠りの館に『46:睡眠少女』。
このうち、不死の大金槌と睡眠少女はトレードで入手済だから、取りに行く必要はない。なので残り4枚の入手を目指す。その4種がカード化できることは『名簿』で調査済みだ。
私達は手始めに、廃墟デパートのある都市中央へ向かっていた。
……あああぁぁぁ……
どこかから、人の呻き声が聴こえた。私達は自然、足を止める。
ちょうど横手にある、崩れて原型がほとんどない建物の入口に、人影が覗く。
「うああぁ……」
掻き毟ったような乱れ髪、赤黒い皮膚、ボロボロの衣服、剥き出しの
どこからどう見てもゾンビとしか形容できない男性が、こちらへ歩いてきた。
位置がマズい。直近は私だが、初見だから手を出せない。次に近いメレオロンは、怯えきったシームに抱きつかれて身動きが取れない。ウラヌスとユリさんは同じくらい遠い。
ゾンビの歩みが速まる。やむなく動きかけた私に先んじ、ウラヌスとユリさんが動いた。
ウラヌスがゾンビの頭部に平手を、ユリさんが胸板に裏拳を叩き込む。二重に砕かれ、ゾンビは煙と化した。
『763:ゾンビ』
ランクH カード化限度枚数999
リビングデッドとも呼ばれる 動く死体の代表モンスター
散策するように街中を徘徊し 生者を見るや 仲間を増やさんと襲いかかる
ウラヌスに手渡されたカード越しに、シームの様子を見る。……ひどい有様だ。
「……あのさ、シーム。
気持ちは分かるんだけど、いちおう敵を見ておかないと困ったことになるぞ?」
「ぅー……」
ゾンビが消えた後も、震えが止まらない様子のシーム。正直、戦うどころじゃないな。
「もうちょっと落ち着くまで、待ってあげて?」
「……でも、立ち止まってても敵が出てくるからさ。
せめて安全地帯まで移動しないとマズいんだけど……」
弟の背を撫でながら懇願するメレオロンに、ウラヌスも渋い顔。どうしたものか。
バインダーを出し、手にしたカードを私が収めていると、
「無理しない方がいいんじゃない?
一時撤退して、態勢を立て直した方がいいと思うけど」
ユリさんがそう提案する。一時撤退か……うーん。
「でも姉貴、時間も限られてるのに──」
「まぁ聞きなさいって。
あなた達、荷物背負ってるでしょ? 私も自分の荷物があるし、服もコレだしさ」
宿を引き払っているので、メレオロンとシームは荷物を背負っている。ユリさんもそう。おまけにユリさんはビジネススーツのままだ。十全に戦えるとは言いがたいな。
「ランクSを取りに来たわけじゃないし、これでも大丈夫だと思ってたんだけど……
ちょっと見通しが甘かったかもね。
強行軍で誰かケガでもしたら、余計に時間食うわよ?」
「……」
ウラヌスが私の方をちらりと見る。そっか、ウラヌスが気にしてるのは、私の『周』か。ここで撤退したら、今の1回分は無駄になるだろう。
けど見通しが甘かったのは、認めざるを得ないな……
「ウラヌス、一度戻りましょう。
ユリさんのおっしゃる通り、準備不足です」
「……。分かった」
「ん。
そうと決まれば、どこに戻って準備し直す?」
悩むウラヌス。……時間を気にするなら、ユリさんとバラけて再合流するのはかなりのロスだ。シームを落ち着かせないとダメだから慣れない場所へ移動するのも良くないし、ユリさんと一緒に行動するなら目立つ場所を避ける必要もある。
おそらくはその辺のことで、ウラヌスが考え込んでいると──
「──ちっ」
ウラヌスが舌打ち。上空から羽ばたきの音が聴こえる。
「ギャアー! ギャアー!」
夜闇に紛れた黒鳥が、私達の上空を飛び回る。やがて、急降下。──狙いは戦闘態勢を取れないメレオロンとシーム。
私は素早く2人をかばう位置に立ち、ユリさんが懐に手を伸ばし鎖を鳴らす。
手首の動きだけで放たれたウラヌスの針が、怪鳥の大きく開いた嘴の内側をあっさりと穿った。
煙となり、空からヒラリとカードが舞い落ちる。ユリさんが呆れたように、
「夜空を飛んでる真っ黒いカラスなんて、よく1発で仕留めるわねー……」
「……まぁ慣れっこだしな」
『733:レイヴン』
ランクF カード化限度枚数249
掃除屋の異名を持つ 巨大カラス
肉を穿つ巨大な嘴と 獲物を捕らえるパワーに注意
巨体のワリに意外と脆いが
弱点を執拗に狙ってくる 抜け目の無さが厄介
「……しゃーない。オータニアの宿に行こう」
私がカードを拾って眺めていると、ウラヌスが諦めたように告げる。
「いいんですか?」
「遅かれ早かれだよ。どうせ隠し通せるとは思えないし」
「別に私、わざわざ探ったりしないわよ?」
「姉貴がどういうつもりであれ、拠点を教えないのは色々やりづらいからな。
モタリケの家もバレたし、そのうちなし崩しになるのは分かり切ってるよ」
うん……なんだかんだでユリさんとの距離がどんどん縮まってるんだよな。ウラヌスが嘘を見破れるのも手伝って、信用するしないを語るまでもない関係になりつつある。
……家族だもんね。信じたいに決まってる。
「じゃ、オータニアへ戻るよ。
シーム、いいな?」
「……ごめん」
「謝んなくていいさ。準備不足だったってことだよ。
またすぐ戻ってくるから、次はがんばろう」
「うん……」
メレオロンに頭を撫でられるシームを見つめながら、私達はオータニアへと舞い戻った。