どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第二百一章

 

 はぁー……

 

 ちゃんと洗面台から普通に水が出るな。トイレに紙があったし、水も流せたから当然か。石鹸や手拭きの類はないけど、そこまではいいや。

 

 手を洗い終え、振って水を切り、適当に腰周りで水気を拭う。

 

 洗面台前にある鏡に映った自分をじっと見つめる。……やめとこ、なんか怖い。変なの見えたらヤダし。イベントのフラグが仕込んである可能性もゼロじゃないからな。

 

 そろそろ夜の11時か。もうじき10月5日。強制『絶』の解除まで、残り241時間──待ち遠しいなぁ。特にこういう状況だと、自分の念が使えないのは心もとないんだよね。……正直、心細い。今さらではあるんだけども。

 

「お待たせしました」

 

 シームは既に戻っていて、4人はロビー中央に集まっていた。

 

「全然待ってないよ。それじゃ行こっか」

「えっ?

 ここの攻略はしないんですか?」

「んー……」

 

 煮え切らない返事のウラヌス。──名前の通り、ここはゴースト系モンスターが大量に出るという話は聞いている。対策も聞いたけど、私はほとんど役に立てそうにない。

 

 ユリさんがちょっと納得してない顔で、

 

「条件とか言ってたけど、どうやったらモンスターが出てくるの?」

「……どこでもいいんだけど、枕で寝ると出る」

「え?」

「ホテル内のプレイヤーがベッドの上にある枕で寝ると、ゴーストがめっちゃ襲ってくる。

 それをひたすら撃退すると、寝るのに使った枕が遊魂枕になる」

 

 あー……。なるほど、そういうイベントなのか。それでここ、普段モンスターが出ないんだ。うっかり安全地帯だと思い込んでたら、初見殺しされかねないな。

 

「寝なきゃいけないのは、ちょっと面倒ね」

「つーか、誰か起きてたらダメだしな。ウソ寝もダメ。完全に寝るまで出ない。

 枕で寝るのは1人でいいらしいけど」

 

 ということは……。本当に全員寝るか、1人だけホテルに残って寝るか。……どっちも厳しいな。

 

「さっさと出てくれば楽なのに、手間かかるわねぇ」

「ランクAだしな。

 時間かかっちまうのは仕方ないよ。

 出てくるモンスターもそこそこ強いし、とにかく数が多い」

 

 そういえば、キルアが早寝の特技持ってたっけ。こういう時に居てくれたらなぁ。……いや、居ない人間をアテにするのはよそう。

 

「……分かった。私がやる」

「姉貴1人で?」

「睡眠導入剤で無理やり寝れば、まぁ出てくるでしょ。

 私1人でやった方が早いと思うけど」

「睡眠薬なんか使って、襲われた時すぐ起きられるのか?」

 

 ユリさんは少し悩ましげな目を覗かせ、

 

「敵が多少のオーラを発してれば、何とか。

 ……いきなり即死するような攻撃、してこないわよね?」

「初手は、スピリット、ポルターガイスト、スペクターのどれかだろうな。

 スピリットは衝撃、ポルターガイストは物体操作、スペクターは体温低下。……まぁ、姉貴なら寝ながらオーラでガードしてれば、初撃は無傷で防ぎきれるよ」

「刃物がある部屋じゃなければ、物体操作も大丈夫そうね。

 ……でも1人だと、矢継ぎ早に来られたらカードをしまう暇がないかも」

「そうだな……

 部屋の窓でも開けといて、そっから窓の外にカードを放っちまえばいいかな。

 下で待機してるから、バインダーに収めるのはやっとくよ。……いざとなったら窓から逃げちまえばいい。助けを呼んでくれりゃ、逆に窓からでも乱入できるしな」

「うーん。

 ……そうね。じゃあ、そうしましょうか」

 

 お? ユリさん、ホントにやる気か? 結構危なっかしいと思うんだけどな。

 

「大丈夫ですか?」

「聞いてる限りは問題なさそうかな。

 まったく備えてなかったら危ないかもしれないけど、来るのは分かってるわけだし」

 

 うーん……本人がそう言うなら、まぁいいか。ウラヌスも警戒してるだろうし。

 

 

 

 手頃な2階の寝室を見つくろったユリさんは、先の尖った物を部屋の外に放り出した後、ついでに私達も追い出した。

 

 ホテルの外へ向かう廊下を歩きながら、

 

「大丈夫ですかね、ユリさん?」

「まぁ任せるしかないかな。

 ……伊達に何年もくノ一やってないだろうし」

 

 ウラヌス、ちょっと不安そう。そりゃそうだよね。わざわざ寝込みを襲わせるわけだし。

 

 ホテルの外へ出て、建物の外周を回りこみながらユリさんのいる寝室の窓の下……あ、いた。ユリさん、窓際で頬杖ついてる。

 

「はやくー。

 私、もう薬飲んで眠いんだからー」

「待て待て。

 つか、そんな状態でマジ大丈夫か?」

「すぐ眠気覚ましの薬使うから、へいきー。

 だからはやくー」

 

 そういえば毒耐性あるって言ってたのに、そういう薬は効くんだな。……ま、色々工夫してるんだろう。本物の忍者だもんね。

 

 足早に、ユリさんが待つ窓の下まで辿り着き、

 

「ブック。みんなも」

『ブック』

「姉貴、準備できたぞ」

「はーい。じゃあ寝まーす」

 

 室内に顔を引っ込めるユリさん。窓は開けたままだ。……ん? また出てきた。

 

「これもおねがーい」

 

 ひょいっとバインダーを放り出すユリさん。慌ててウラヌスがキャッチ。

 

「乱暴なことすんなよ」

「いいでしょ、べつにー。

 じゃ、今度こそおやすみー」

 

 引っ込むユリさん。……不安だな。バインダー預けるくらいだし、頭は回ってるみたいだけど。どうも、うっかりやらかしそうな雰囲気だから困る。

 

「……ウラヌス、いざとなったら」

「もちろん。あの高さなら数秒で行けるよ」

 

 ウラヌスは垂直歩きできるからな。救援は任せよう。

 

 

 

 ────数分後。

 

 見上げる窓の向こうから異様な気配。直後に物音、室内から風切り音。

 

 窓から飛び出す数枚のカード。私とウラヌスが空中でキャッチ、メレオロンとシームが落ちたカードを拾う。バインダーに収めながら、目を切らず窓を見上げる私とウラヌス。

 

 断続的に物音が響き、カードが度々窓から放り出される。遠くに投げられたカードは、悪いけどメレオロン達に任せる。手近なカードを受け取りつつ、室内から意識を切らない。

 

 ガタガタガタと大きな物音。窓から時折り走る異様な光。呻き声。……相当な数を相手してるな。窓の外へ放り出されるカードもかなりの枚数だ。

 

 黙々とカードを集めながら室内の様子を窺い続ける。ウラヌスもそうだろうけど、直接見れないから、余計に不安なんだよね。ユリさんの姿が目に映っていれば、戦っていても安心できるけど。

 

「ウラヌス。

 数が多いという話でしたが、どれぐらいの数が出てくるんですか?」

「うーん……

 姉貴はイチイチ数えないだろうから黙ってたけど、このイベントは100体かな」

「えっ!?」

「多分、ジャポンの百鬼夜行に(ちな)んでるんだと思う。

 知ってる? 百鬼夜行」

「ええ……

 聞いたことはありますが」

 

 にしても100体か。1人で連戦はキツイだろうな。

 

「どうせ語呂合わせなら、44とかにしてくれりゃいいのにね。

 ……この後、またカード売りに行かないとな」

 

 うん。まだ日付は替わってないから、トレードショップを探さなくていいもんね。……まぁ終わった後の話だ。今はユリさんの無事を願おう。

 

 突然室内から、

 

『ウゥォォォォォォォォォ──……!!』

 

 まるで大勢が酷く喚いたような奇声が響き渡る。メレオロンが強張り、シームがすくみ上がった。私もちょっとビビッたよ。

 

「レギオンだ。アレで99体目」

 

 高さの違う窓の外にいても、見えない圧力が身体に伝わる。おそらくオーラだな。私が感じ取れるくらいだから、相当量のオーラを撒き散らしているんだろう。

 

 しばらく激しい物音が続く。ウラヌスも真剣な目で見上げている。救援に行く可能性を想定しているんだろうか。

 

『ヴォォォオオオオオオッ……!!』

 

 やがて大きな唸り声が上がり、圧力が霧散する。室内が静かになった。

 

 ……窓の中から、人の動く気配。おそらくユリさんが勝ったんだろう。窓からポイッとカードが投げられ、私が受け止める。

 

 

 

『761:レギオン』

 ランクC カード化限度枚数42

 大勢の怨念が積み重なって (よ )り合わさった巨大な紫の群霊

 オーラでしかダメージを与えられない上 相当なスタミナを持つ

 全方位に視野があり 邪念を籠めたオーラ砲や 全方位への波動も強力

 

 

 

 しぃん、と静まり返る。──ウラヌスから事前に聞いていなければ、終わったものだと勘違いしたかもな。

 

 しばらく待つ。最後の1体が出現するのを。

 

 ──パンッ! と音が鳴った。

 

 再び場が沈黙する。

 

 窓から、カードが1枚ひらりと舞い降りた。ウラヌスが二本指で挟んでキャッチする。一瞥した後、微笑みながら私達にカードを示すウラヌス。

 

 

 

『762:デス』

 ランクB カード化限度枚数24

 ボロボロの黒衣を纏う 大鎌を手にした死神

 突如ワープして斬撃を見舞ってくる

 目を付けられたことに気づかなければ その名が示す通りの結末を迎えるだろう

 自在に宙を飛び交い 首を刈り取らんと大鎌を振りかざす姿は

 正に死神と呼べる出で立ちである

 

 

 

 うん。予め聞いてた最後の1体だ。これでユリさんが使っていた枕が、あのアイテムに変化したはず。

 

 念の為、しばらく様子を見ていたのだろう。やがて部屋の中から、

 

「取ったわよー」

 

 窓から顔を出し、ひらひらカードを振るユリさん。

 

「そいつは姉貴が持っててくれ。

 っと、忘れてた。その窓から出てきた方がいいぞ。

 日付が変わるまで、ゴーストホテルの中にモンスターが出てくるようになったから」

 

 ……ああ、なるほど。目の力で他のプレイヤーが居るか居ないか見破れるウラヌスが、やけに1階ロビーを見て回ったのは、敵が出ないかどうか確かめる為か。もし誰かが先に遊魂枕を取ってたら、1人になった私とシームが危険だもんな。……あー、こわ。

 

「よっと」

 

 窓から滑らかな動きで身を乗り出し、ト。と静かに着地するユリさん。……慣れてるな。

 

 ウラヌスは、ユリさんにバインダーを返し、

 

「お疲れ、姉貴」

「ん……ブック。

 ま、そこそこね。眠気覚ましのいい運動になったわ」

 

 んんー、と伸びをするユリさん。私達も、必要がなくなったバインダーを『ブック』で消す。えっと、この後は……

 

「ウラヌス、廃墟デパートに引き返すんですよね?」

「うん。カード売っちまおう」

「あ、そうね。まだ時間大丈夫?」

「……23時22分。まぁ間に合うだろ」

 

 

 

 廃墟デパートへ戻り、場所が変わっていないトレードショップでまた安いカードを売却。ついでに休憩もしていく。

 

「さて、懐も暖まったし。

 これで終わってもいいんだけどな」

「あー。私ばっかり働かせて」

「元々そういう約束じゃないか。

 俺達は余力少ないんだから、協力してくれよ」

「もー。虫がいいわねー」

 

 頬をふくらませるユリさん。お任せするとホント楽だけど、張り合いがなくなっちゃうのが問題だな。のんびりカード集めするわけにもいかないんだけどさ。

 

「ウラヌスは地下墓地に行きたいんじゃなかったですっけ?」

「まぁね。稼げるから。

 こればっかりは姉貴任せってわけにもいかないし」

「私は私で軍資金が要るもの」

「分かってるよ。今回のもちゃんと分け前は渡すから」

 

 金銭管理は、このゲームのクリアを困難にしている要素の1つだしな。ウラヌスに管理任せっきりだけど、ムチャクチャ助かってるよ。

 

「本音を言うと、もう1つ残ってる館の方にはあんまり行きたくないんだよね。

 謎解きゲームみたいな場所で、時間かかりそうだから」

「なら、私1人で取りに行けばいいんじゃない?」

「そうするかも。

 ランクBにしちゃ、ちと面倒なイベントなんだよな」

 

 謎解きか。それはそれで面白そうなんだけどな。……いや、待てよ。

 

「その館って、謎解きしながら奥へ進んでいくイベントなんですか?」

「うん、そう。

 リドルを解いていけば、最後に心度計のある部屋に入れる」

「……謎解きを間違えたりすると、ペナルティがあるとか?」

 

 ウラヌスが苦笑してみせる。

 

「ホラーの定番だよねぇ、そういうの。

 当たり。怪物が襲ってきたり、床に穴が開いて落っことされたりすんの。意味もなく、悲鳴が上がったりとかもあるけど」

 

 あー、予想通りだよ。だとしたら行きたくないな。だって、

 

「ウラヌス、ぼく行きたくない……!」

「完全に幽霊屋敷のノリだからな。

 入ったらずっと、思いっきりビビらせに来るぞ。

 シーム、トイレから帰ってくるの早かったもんな。怖かったんだろ?」

「やめてよ、ウラヌス!」

「背後から突然、おーばーけー」

「もーやめてってばっ!!」

 

 やっぱりね。私ですら結構怖かったもん。シームが幽霊屋敷に行ったら、メレオロンと一緒になってキャーキャー騒がしいったらないよ、きっと。

 

「コラ、あんまり怖がらせるんじゃないの。

 そういうのに耐性付けさせたいのに、アンタまでビビらせようとしてどうすんのよ」

「……うん。まぁそうだな。

 ごめん、シーム」

「……」

 

 ユリさんに怒られ、謝るバカにゃんこ。半泣きで、ぶすっとスネる人魚姫。

 

 ともあれ、次は地下墓地へ向かうことに決まったようだ。

 

 

 

 

 

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