第二百四章
所変わって、オータニア。
肝心要のスケルトンメガネも入手し、ゴーストホテルで待つハンゼさん達の元へ行き、無事トレードで心度計もゲット。カードを一通り入手し終わったムドラを、気分よく後にした。
というわけで、今は時雨紅葉の女風呂にいる。
……1人で入れたら最高だったんだけど、メレオロンと、おまけにユリさんまでいた。普段なら心地いい檜の薫りも、楽しむ心のゆとりはなかった。
「アイシャちゃん、綺麗な肌よねー。
成熟してるように見えても、やっぱり若いっていいわぁ」
「はぁ……」
無理やりお背中流されているところである。さっきまでユリさん、メレオロンの身体に興味津々で、背中洗ったりシッポ触ったりしてた。ものすごいメレオロン嫌がってたけど。
私は髪を洗っていたせいで、湯船への退避が遅れてしまい、ユリさんに捕まっている。……変態が湯船から私達をニヤニヤ見物してやがる。くそっ、同情してソンした……
「にしても、胸おっきいわよねぇ。
これで14とか凶暴だわー」
きょ、凶暴とまで言うか……。
「そんなことありませんよ。
ユリさんも結構あるじゃないですか」
「私はもう20だから、これ以上増えないもの。
むしろ減ること心配してるのに」
「……私も減らしたいんですが」
「そんな、もったいない。
スレンダーな体型を維持しながら胸も大きいなんて、すごく貴重なのに。
……桜も、オッパイおっきい方が喜ぶと思うんだけど」
「な、なに言ってんですか……」
「実際見せたんでしょ、あの子に?
反応どうだった?」
「知りませんってば、そんなの……」
「えー。一緒に寝たんでしょ?」
「寝てません。
……マッサージしただけです」
「お互いにマッサージしたの?」
さっきから何聞いてんだ、このヒトは。湯船から変態が「ヒューヒュー」などと囃してきて、
「アイシャー。全身真っ赤よー」
「うるさいですよ!
……ウラヌスがよく疲れてるんで、マッサージしてあげただけです。……一方的に」
「まぁそうよねぇ。
あの子にそんな勇気ないわよねー。
桜って、ぷにぷにしてて揉み心地最高でしょ?」
「……」
ぐぅぅ……! こうやって聞かれるの、ものすっごく恥ずかしいんだけど!
「アイシャちゃん可愛いんだから、あんまりからかってると襲われちゃうわよ?
桜にそんな甲斐性があればだけど」
「……ウラヌスはそんなことしませんよ」
「それはそれで問題あるのよねー。
アイシャちゃんは、それでいいわけ?」
「アタシは問題あると思うわよー。健康的な男女がそれじゃ、むしろ不っ健っ全♪」
また変態がいじってくる。おのれ、後で覚えてろ!
「……何も問題なんかありませんよ。
私とウラヌスは……友達なんですから」
「そうねぇ。ホント仲のいい友達よねー。
一緒にお風呂入ったりするし」
──ピシッ!
と背中に触れるユリさんの手が固まった。……メ、メレオロン、おまえ……
ユリさんがぷるぷる小刻みに震えだし、
「……マ。
ままま……マジですか?」
「おおマジよ。
混浴の温泉にも何度か入ってるもの」
「あ……
こ、混浴かぁ……そっか。
みんなで仲良く一緒にってことよね?」
「それもあるけど、その子とウラヌス2人っきりでも入ってるわよ?
温泉とかホテルで」
「──メレオロンッッ!!」
流石に怒鳴りつける。ふざけんな、ユリさんになんてことバラすんだ!
「へ、へぇー、へぇー。へぇー……
……アイシャちゃーん。ちょーっとその辺のこと、お姉さんにくわしく」
ユリさんが、私を逃すまいと後ろから抱きついてくる。ひぃぃぃ、タスケテッ!
──その頃、男風呂では。
「シーム、俺が悪かったって……
元気出してくれよ」
「……別にウラヌスは悪くないよ」
湯船の中でも項垂れるシーム。どうしたもんかな。
メレオロンが怪我したのは自分のせいだと思い、こうやって落ち込んでいる。あれほどアイシャが苦戦した理由も自分のせいだと思い込んでる。
違うと説得したいんだけどなぁ……難しい。否定しきれないしな。
「ボクが戦うって言わなかったら、あんなに追い詰められなかったんでしょ?
じゃあ、ボクが悪いんじゃん……」
「んー」
戦術的なことを言えば、事実その通りだ。シームとメレオロンがあの場にいなければ、アイシャは入口を守って戦う必要はなかった。あちこち動き回ってしまえば、一度に相手するスケルトンを大幅に減らせたはずだろう。アイツラ、足も遅いしな。
けれどシームが戦うと言った以上、アイシャは入口を背に戦うしかなかった。もし動き回れば乱戦は避けられず、すぐシームは危険に晒されただろうから。……けど入口を守り続けた結果、窮地に陥った。俺も遠目に見ててメチャメチャ焦ったよ。
「でも、姉貴が焚きつけたのがきっかけだし、後押ししたのはアイシャだからさ……
元々シームは入りたくなかったんだろ? だったら……」
「ウラヌスは反対してたよね?
ボクが入るの」
「……まぁ」
「ユリさんだってボクにちゃんと決めろって言っただけで、むしろ入ってほしくなさそうだったもん。ボクが弱いから──」
「待てって、シーム」
「じゃあウラヌスは、アイシャが悪いって言うの?」
「……」
「違うでしょ?
ボクが早く戦えるように、がんばってくれてるのに……」
「実際、シームも戦ったんだろ?
ナイフを持ったスケルトンと1人で戦って、倒したって聞いたけど」
「……最後に1匹だけ。
おねーちゃんもいっぱい戦ったのに……怪我までして」
「1匹なんて言うけど、危ないトコだったって聞いたぞ?
……アイシャが謝ってたよ。シームを危険な目に遭わせたって」
ゴーストホテルへ向かう夜道で、俺にそう話したしな。……ずいぶん落ち込んでた。
「アイシャは悪くないってば……
ボクが──」
「シーム」
俺の強い口調に、シームが強張る。……言わなきゃダメか。しんどいなぁ。
「アイシャが悪くないなら、シームも悪くないよ。
逆にシームが悪いなら、俺もアイシャも、みんな悪い。連帯責任だ。
1人で責任を取ろうとしちゃダメだからな」
「ウラヌス……」
近くに寄って、湯船から伸ばした手でシームの後ろ髪を撫でてやる。
「シームが強くなるのをサボってるなら、俺は叱ってるよ。
でも、毎日修行してるじゃないか。これ以上どうしようってんだ」
「……。もっと厳しい修行……」
「焦って修行をキツくしたら、今度は攻略どころじゃなくなるよ。
強くなるのも、ゲーム攻略も、どっちも大事だろ? 何の為にここへ来た?」
「……っ」
「修行だけなら、現実でも出来る。
けど、お前とメレオロンの身体はここに来ないと治せないだろ?
……目的を見失うな。闇雲に強くなったところで、戦いに勝つだけじゃ全て解決したりしない」
「でも……」
泣きそうな顔のシームに、俺は表情を和らげてみせる。
「もちろん分かってるよ。負けたら即オシマイってこともありえるからな。
俺が言いたいのは、シームはこれまで充分かんばってきてるってことさ。だから自分を責めるな。もっと強くなれたはずなのに、なんて無い物ねだりしても仕方ないだろ?」
「……ぅん……」
「悔しいだろうけど、今はガマンしどころだよ。
実際シームも、戦えるようになってきてるからさ。自分でも実感はあるだろ」
「……まだ、ぜんぜん足りてないよ」
「そうだな。
だから、これからも頑張ろう。
いざって時に、誰も怪我しないで済むように」
「……
うん。分かった」
「ん。じゃあもう、自分を責めて落ち込むのは終わりな。
今はしっかり心と身体を休めてくれ。リラックスするのが一番の薬だよ」
「……ウラヌス」
「なに?」
「桜のこと、忘れないでね?」
「……ぁーはいはいはい。
約束してたな。分かってるよ、一緒に寝るんだろ」
「絶対忘れてたでしょ」
「んー? なんのことだか」
「もうっ!」
「ちょ、待てシーム! 変なトコ揉むっ……
わ、あぶっ、待てまてっ、おぃムチャすんなっ!」
「こちょこちょこちょー」
「ぶひゃひゃ、まま、待てっつの! ぅわ、ちょっ!?」
「ぷにぃー♪」
「ぅおお待てぇ! 力いっぱい抱きつくな、っておぉい!!」
「一緒に寝るの、ウラヌスでもいいよー♪」
「よくねぇッ!!」
お風呂から上がると、廊下のソファーでウラヌスとシームが並んで座っていた。
「あれ? こんなところで何してるの?」
ユリさんが尋ねると、ウラヌスは力のない声で、
「あ……うん。ちょっと休憩をだな……
ん? アイシャ、どうしたの?」
「しくしく……」
私は顔を押さえ、小さな声で嘆いていた。
「おい、姉貴。なんかしただろ?」
「えっ? べ、べつになにも」
「じゃあメレオロン、お前か?」
「違うわよ。ねぇ、アイシャ」
「しくしくしく……」
私は顔を押さえたまま、指1本だけユリさんの方に向ける。
「……姉貴。コトと次第によっちゃ……」
「だから、何もしてないってば。
ちょ……
ちょっと聞いただけよ」
「何をだ?」
「え……その……うん。
あなた達……一緒にお風呂入ったんでしょ? 2人っきりで。
その時のこと、詳しく聞きたいなーって……」
ウラヌスが、ずるずるずる……とソファーから滑り落ちた。
「……。てめえら」
「だからアタシは違うってば」
「一緒に風呂入ったなんて話、テメー以外の誰がバラすんだ。
……あー、もう!
姉貴、お前アイシャにマジで何しやがった!」
「誤解よ、何も大したことなんかしてない──」
「しくしくしくしく……」
「嘘吐くんじゃねーよ! 普通の様子じゃねぇだろが!
何したって聞いてんだろっ!?」
「ぁぅ……」
剣呑なウラヌス、縮こまるユリさん。メレオロンは気楽に手をパタパタ振り、
「要はアレよ。アイシャも口を割らなくってさ。
アンタとお風呂で何もしてないって、ずっと言い張るわけよ。
結局お姉さんのエッチな拷問に、最後まで耐え抜いて──」
「何しやがんだ姉貴ぃぃぃぃぃぃーーッッ!!」
「すんませんしたぁぁぁぁぁーッッ!!」
その場に土下座するユリさん。気が治まらないウラヌスはダンダン地団駄し、
「帰れテメーはッ!! もう一切信用しねぇッ!!
すぐ荷物まとめて出てけやッ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「うるせぇ、今すぐマジで消えろッ!!」
「あの……ウラヌス」
激怒するウラヌスに、ようやく冷静になってきた私が制止をかける。
「なに、アイシャ?
……っていうか大丈夫?」
「えっと……
あまり大丈夫ではないんですが」
「とりあえずこのバカつまみだすから、そのあと色々話そう」
「あの、その……
そこまでしなくていいです。……もうしないって、約束してくれればですけど」
「コイツのこと、信用するの?」
私に対しても苛立つような気配のウラヌス。怒ってくれるのは嬉しいけど、ユリさんと不仲になって良いことなんか1つもないしな。
「信用はしています。
その……
ユリさんが、あなたと私が一緒にお風呂へ入ったのを気にするのは、分からなくもないですし……」
天を仰ぐウラヌス。……ユリさん、ウラヌスのことをメチャメチャ溺愛してるもんな。何してたか根掘り葉掘り聞きたくなる気持ちは分かる。……ただ一緒にお風呂入っただけなんだけど。
「……あなた達、ホントに何もなかったの?
一緒に寝たり、お風呂入ったりしてるのに?」
「姉貴、黙ってろ」
「ウラヌス。
……ユリさん、何度もそう言ってるじゃないですか。
友達同士で楽しくお風呂に入っただけですよ。……何もありません」
「んー……」
納得してない様子のユリさん。私が『絶』状態なのもあって、嘘かホントか見破れないだろうしな。オーラを見て嘘を看破できるか知らないけど。
私は「ふー……」と息を吐いた後、
「ウラヌス、心配をかけてすいません。
私はもう大丈夫ですから、矛を収めてください。このままだとユリさんとの協力関係も解消しそうですし、それは困ります」
「……もうそのつもりでいるけど」
そんな気はしてたよ。私を守るっていう約束に抵触したからだろうけど……。なんとか説得しないと、今後に禍根を残してしまう。
私は1つ息を吐いてから首を横に振り、
「お願いですから、やめてください。
ユリさんの協力でどれだけゲーム攻略が進んだか、分からないあなたではないでしょう。今は仲間割れしている時じゃありません」
「でも、アイシャ……」
泣きそうな顔のウラヌスに、私は無理やり笑みを作り、
「気にしないでください。
メレオロンが話を盛っただけで、そんなに酷いことはされてませんから」
「……泣いてたじゃん」
「泣いてません」
されてた時は流石に泣いたけどな! しつこいよ、ユリさんも……
私が少し恨みがましい視線をユリさんへ向けると、彼女は軽く顔を引きつらせた後、
「アイシャちゃん、桜、本当にごめんなさい。
もうアイシャちゃんから、無理に何か聞きだそうとしたりしないから……」
「……手ぇ出すな、って約束を破ったのは姉貴だろうが。
そんな約束、どう信じりゃいいんだ」
「待って、アイシャちゃんに手を出したつもりなんてないのよ。
……結構仲良くなったつもりでいたから、これぐらいなら許してくれるかなって。
調子に乗ったのは認めるけど……」
調子に、ねぇ。えらく胸を弄ばれたんだけどな。ワリと本気で勘弁してほしかったよ。やたら楽しそうだったし。マジ泣きして、ようやくやめてくれたからな……
「ユリさん。
私にしたことを、許したつもりはありませんからね?」
「はぃ……」
「有罪だってよ。
姉貴、ゲットアウト」
「ウラヌス、そこまでしなくていいです。
申し訳ないですけど、私に決めさせてください」
「……。分かったよ」
拗ねた様子で顔を逸らすウラヌス。悪いけど、ここは自分の感情ではなく、私の判断に任せてほしい。
「ユリさん。
ご都合が良ければ、今後も私達のカード集めに協力してください。
……それに私は、あなたとウラヌスの姉弟仲が悪くなるのを見たくありません」
「アイシャちゃん……」
「できれば、これからも仲良くしてくださいね?
……それはそれとして、もう私にヘンなことしないでください」
「うんうんうん、了解。
約束するわ」
「アイシャ、それは甘すぎるよ……
今でもこんなザマなのに、これからどんな裏切り方されるか分かんないよ?」
「ウラヌスはユリさんのこと、そんなに信用できませんか?」
「……、それは」
「私は信用しますよ。
もしユリさんが裏切ったら、それは私にヒトを見る目がなかっただけのことです。
……ユリさんは、あなたのお姉さんですから。信用してますよ」
気まずそうに顔を見合わせる、ウラヌスとユリさん。……似た者同士だよ。ウラヌスは認めたくないかもしれないけど。
メレオロンがポンポンと手を叩き、
「はいはい、あんた達。そろそろまとめましょ。
まずお姉さんがアイシャにしたことは罪だけど、それに対してアイシャは罰を決めた。
お姉さんは、それを受け入れる?」
「……ええ。
アイシャちゃんには今後変なことしないし、桜とは仲良くできるようにするわ」
「で、ウラヌス。
アンタはこのお裁きで納得する? 納得したら、もうこの件でお姉さんを責めないこと。
納得しないなら、アンタの責任でお姉さんをここから追い出しなさい。
どうするの?」
「…………
わーったよ、納得する。
姉貴は信用できないけど、アイシャが許したんなら、俺から言うことはもうないよ」
「……ごめんね、桜」
「……。ああ」
「ん。じゃあ、これにて閉廷!
みんな部屋に戻りましょ」
誰からともなく、ぞろぞろと部屋に向かって戻り始める。ソファーに座ったままだったシームが立ち上がり、私達の後を付いてくる。
はぁー。なんかくたびれちゃったよ。……それはそれとして、だ。
満足げに歩くメレオロンを、じろりと一瞥し、
「メレオロン。
あなたがお風呂で色々余計なこと言ってくれたの、許してませんからね?」
「えッッ!?」