第二百七章
「おじ様とのデートは楽しかったですか?」
「ちょ。
だから違うってば……
ほら、おみやげもあるから機嫌直してよ」
旅館に戻ってきた途端に開口一番そう尋ねると、ウラヌスは顔を引きつらせた。なんか気分よさそうに帰ってきたし、あながち間違いでもないと思うけどね。
私は別に機嫌悪くしてたつもりはないけど、おみやげが気になるので黙って受け取る。和風の紙包みに入ってるけど、中身が分からない。お弁当?
「……これは?」
「お・ソ・バ。
食べたかったんでしょ? テイクアウトしてきたよ」
「わっ。わざわざすいません。
ありがとうございます」
「えー。アタシ達のぶんはー?」
「ちゃんと3人前あるよ。みんなで食べて」
「やった!」
シームが喜ぶ。一言も食べたいなんて言ってなかったのに、実は食べたかったんだな。
「いま食べた方がいいですかね?」
「すぐ食べた方が美味しいと思うよ。
お風呂はその後かな」
それじゃ、ありがたく頂戴しよう。おっと、その前に。
「カードのトレードはどうでした?」
「うん、バッチリ。予定通り終わったよ。
ジェイトサリと色々情報交換したし、おソバ食べてる間に説明するよ」
「そうでしたか……
モテますよね、ウラヌスも」
「いや、だから何でそっちに話持ってくのさ。
ジェイトサリも、何とかクリアしたくて必死なんだよ、きっと」
「そう言われてもねー。
アタシ達がいる以上、組めないでしょ?」
「まぁな……
短期間とか基本別行動ならアリかもしれないけど、長期間一緒に行動とか完全にアウトだわな」
ずずずー、と酸味の利いた美味しいおソバをいただきながら、ウラヌスの話を聞く私達。もう1つ大きな話題は、ハメ組に関してだ。
「それにしても、そのニッケスさんでしたっけ?
前回あんな大失敗してるのに、めげないヒトですね」
「懲りないっていうかね。
しつけーなぁ……ってのが本音だけど。
ホンット、前回煩わされたもん」
「まぁクリア寸前まで行ってただけに、諦め切れないのは分かりますよ」
私が逆の立場なら、どうだったろうな。クリアにはこだわってなかったから、諦めてたかもしれない。もちろん、あのクリア報酬が手に入ってなかったらなんて今は考えたくもないけど……
「また徒労になるかもしれないってのに、よくやるよね。
クリア報酬に、どうしても欲しいアイテムがあるっていうならまだ分かるんだけどさ」
「そうですね……
お金が欲しいだけなら、このゲームにそこまでこだわらなくても、とは思います」
ただ、プロハンターならともかく、アマチュアのハンターだとお金はそうそう稼げないかもな。単に念を使える程度で一攫千金は難しいだろう。私も天空闘技場ぐらいしか思いつかない。多分だけど、彼らの中にプロハンターはほとんどいないだろうし。
「結局アイツラ、自分の命が危うかった自覚もないんだろうね……
ゲンスルーに全滅させられてたかもしれないと知ったら、なんて思うんだろ?」
「……バラしちゃダメですよ?」
「言うわけないじゃん、そんなの。信じるかどうかも怪しいのに」
まぁそっか。ゲンスルーさんはともかく、彼らの方はかなり信用してた感じだもんな。むしろ、彼らを裏切って私達に付いたことが信じられない様子だった。
「んん? なんか怖いハナシしてない?
命が危ういとか全滅とか」
おっと、メレオロン達は知らない話だったな。うっかりしてた。
「いえいえ、大した話じゃありませんよ」
「ホントにぃ?
嘘くさすぎるんだけど」
「過ぎたことだよ。
実際には誰も死んじゃいないし、あくまでIFの話さ」
「ふぅん……」
はぁー。ウラヌスがうまく誤魔化してくれて助かったよ。そもそもウラヌスがうっかり口滑らせたのが悪いんだけど……。お風呂で聞かれるかもしれないし、言い訳考えとこ。
「さて。
おソバも食べ終わったし、早速お風呂へ入りましょうか?」
あ、やべ。もう食い終わってた。
「えっと、今日は1人で入りたい気分なんで……」
「なーに言ってんの?
いつまでも汗臭いままとか、いい女が台無しよ?
ほら、さっさと着替え用意しなさい」
ぐ、やばい。絶対聞くつもりだ。なんか、なんか言い訳を……!
──かぽーん。
ダメでした。←結論
お風呂場でしつこく絡んでくるメレオロンに屈し、洗いざらい話した私は「はぁー」と息を吐く。……うん。ユリさんの時の後遺症がまだあったんだ。これ以上、なんかヘンなことされたら、ものすごく嫌な予感がしたんだ……私は悪くない。
「ゴメンね、話しにくいこと無理やり聞いて」
「……ぃぇ。
考えてみれば、黙っているのも良くない気がしますし……」
「アンタもなんだかんだで、スネに傷あるわよねー」
ぐぬぅ。……マフィアの娘の件といい、バレたくないことに限って、きっちりバレるんだよな……
「まぁアタシが言えたセリフじゃないけどねぇー……
けどま、ゲンスルーってヤツが何企んでたかなんて、アタシにはどうでもいい話よ。
だから気にしないで」
「そのワリに、無理やり聞き出したじゃないですか……」
「アンタが隠すからよ。
仲間なんだし、その程度なら話しちゃえば楽なもんよ? ……アタシなんて、話せない相手の方がずっと多いんだし」
……。まぁそうだろうな。今のメレオロンにほとんど知り合いはいない。むしろここに来て、少しずつ増えていってるぐらいだしな。
お互い沈黙したまま、身体を洗い終え。2人とも湯船に身体を沈める。
「はぁー……
それにしたってさ。よくもまあ5年もかけてクリアしようなんて思ったもんよね」
「ええ……
手段はともかく、ずいぶん気の長い計画だとは思いました」
ゲームクリアまでに13年かかったことを考えれば、5年はそれなりかもしれないけど。でも私は、クリアの為に何年もここに居たいとは思わないな……
「というより、アレか。
5年もかかったって言う方が正しいのかもね」
「……と言うと?」
「ずっとそれだけしてたんじゃなくて、他のこともしながらだったから、5年もかかったのかなって。
最初は夢物語みたいな構想みたく話しておいて、自力クリアも模索しながら動いたけど、結局その手しか無いって結論出したんじゃない?
アタシはゲンスルーってヤツの性格も知らないし、ただの予想だけど」
ふぅむ……どうなんだろな。確かにゲンスルーさん、策士策に溺れるみたいなところもあったし、5年もかかったのは想定外だったのかもしれない。
「……正直なところ、ゲンスルーさん達ほどの実力者なら、自力でほとんど集められたんじゃないかって気はしますね。5年と言わず、もっと短い期間で。
あれだけの強さがあれば、そうそうカードも奪われなかったでしょうし……」
「まぁ終わったことだから、アタシ達も言えるんだけどね。
当事者にしてみれば、そのとき何が正解かなんて案外分かんないもんよ」
そういうことだろうなぁ……
──10月6日。
ユリさんがいない日常は平穏だなぁ、なんて呑気に朝を過ごしてたら、本人から交信が来た。
『身重の石、取っといたわよ』
「ぉぅ……
なんつか姉貴も、無闇に頑張るよな……」
『むしろあなた達のペースに合わせて休みすぎちゃったもの。
桜の情報通りで助かったわ』
交信を終え、「はへぇー……」と溜め息を吐くウラヌス。朝餉を終えた食卓に置かれた湯呑みを傾けてる。
「そんなに取りにくいんですか? 今のアイテム」
「ん。まぁ……ランクSだし。
夜0時から朝6時までぶっ通し、延々湧き続ける敵が狙ってくるNPC2人を、指一本触れさせず守り抜くイベント」
うへ。誰がやっても手間だな、それ。……だからこそランクSか。
「姉貴は情報通りで助かったなんて言ってたけど、元々の難度の高さ考えたら変更なんて必要ないもんなぁ……」
「その敵って、そんなに強いの?」
「うーん……
出てくる敵は1種類だけで、ランクEのレッサーデーモンなんだけど……
アイツ、ネズミとコウモリとヘビのどれかがベースだし、結局3種相手に戦ってるのと変わんないよ」
「前にそいつと戦った時は、1種類しか出なかったじゃない」
「魔女の森に出るのはコウモリタイプだけ。
ちなみにヘビタイプは毒持ち。面倒くさいぞー」
シームとメレオロンの言葉に、それぞれ返すウラヌス。現状、長期戦で休憩が取れないイベントは、私もお手上げだからな。ユリさんには素直に感謝しておこう。
さて、今日はどこに行くかという話だけど。
昨日の話し合いでは、もう取れるカードがほぼ残ってない酒蔵都市バルカンと密林都市チャンタへ行こうということに。要は『同行』で飛べる場所を増やすついでの観光だ。
私達は準備を終え、旅館の入口前に立つ。
「──『同行/アカンパニー』オン。バルカン」
いつもの街並みから、北西の空へと飛翔した。
降り立ち、目の前に広がる街並みに目をやる。酒蔵都市と言うから、少し警戒してたんだけど……思ったよりは綺麗で静かなところだな。
「ろくに説明してもらってないですけど、ここってどういう都市なんです?」
大体攻略に関することしか事前にあまり教えてくれないので、ここも良く分からない。前回、私の仲間が話してた記憶もないしな。
「んー。説明したくても、できないっていうか……
なんせ俺自身が、前も大して攻略してないトコだし」
「そうなんですか?」
「だって酒飲みでもない俺が、楽しめる場所じゃないもん」
……ま、そりゃそうか。このヒト、まだ未成年でした。
「アタシは楽しみにしてたんだけどなー」
「言っとくけど、飲みに来たんじゃねぇからな?」
「おねーちゃん?」
「の、飲むとは言ってないじゃない……」
いやー。あわよくば飲もうとしてたぞ、この変態。
「日が高いうちからそんなことしないわよ……
やーねぇ、みんなして」
「それも理由の1つだけどな。
ここは基本的に夜イベの街だから、明るいうちは静かなもんだよ」
「ということは、夜は賑やかなんですかね?」
「そ。歓楽街だからね。
今は見ての通り閑散としてるけど、暗くなるとNPCがそこら中で飲んで騒いでる」
そういう空気自体は嫌いじゃないんだけどな。今はカフェが立ち並んでるだけで、人はほとんどいない。
「この辺は街の表通りで、並んでる店もほとんどカフェバーだから、見た目も大人しいね。
ここって海辺にも近いから、そっち行くと明るいうちから飲んでるNPCもいるけど」
「……ぼく、そういうトコ行きたくない」
「別に無理して行くつもりはないよ。
ただ景観は悪くないんだよな。いい景色も酒の肴ってヤツで」
うんうん、それは分かるな。……とくれば、
「美味しい食べ物ってあったりします?」
「酒の肴なら豊富だねぇ。
とは言え……
純粋な酒場は日中閉まってるところが多いから、なかなかお好みの場所を見つけるのは難しいかも」
むぅ。ここだとウラヌスの知識も期待できないのがね。
「えー。結局、何しに来たわけ?」
「ぶっちゃけスペルの移動先を埋めに来たのが一番の理由だよ。
この後行くチャンタの方が、まだ観光に向いてる」
「アタシ、楽しみにしてたのにぃー」
「それは知ってるから、いちおう来ただろ?
でもメレオロンだけで楽しめるわけがないし、こうなるのは当然だよ」
「まぁ……そうよね。
じゃあ、せめておみやげ……」
「おねーちゃん?」
「シーム、そんな睨まないでよ。
いいじゃない、ちょっとくらい……」
ちなみにシームは、ここへ来る前からずっと不機嫌だったりする。ムチャクチャお酒に悪感情抱いてるな。
「酒の肴って味濃いのも多いし、俺もあんま食いたくないんだよな……」
「ええ? 食べるのも遠慮するの?」
「……俺はな。健康に良くなさそうだし」
「あーもぅ。
アンタは無理して食べなくていいから、なんか美味しいの教えてよ!」
「んー……
まぁ全く知らないわけじゃないし、案内はできるけど」
ウラヌスが歩き出すのに合わせ、全員入口から動き出す。シームほどじゃないにしても、ウラヌスもお酒は苦手そうだな。
「あなたは成人しても、お酒を飲まないつもりなんですかね?」
「うん……身体には良くないと思うんだよ。……アルコール耐性は付けてないし。
俺自身は知識としての関心はあっても、飲みたいとは思ってない」
そっか。私はお酒が飲める年齢になるのが楽しみなんだけどな。
売ってるお酒の銘柄や酒造の方法、色んな酒場の装飾、軽いオツマミなどを楽しみつつ、酒蔵都市をうろつく私達。終始機嫌が直らないシームを、ウラヌスがまあまあと宥めてる。アルコールの匂いが少しでも漂ってくると、すぐ眉間にシワ寄せるしな。
「もういいよ。早く次行きたい……」
「まぁそう言うなって。ツマミも結構旨いだろ?
シームが将来酒飲まないにしたって、酔っ払いのあしらい方は覚えといた方がいいよ。こういう知識を持ってないと、ヘタすりゃ無理やり飲まされるしな」
「……」
飲めないはずのウラヌスが披露するお酒に関する知識は、まあまあ面白かった。本人の言う通り、酔っ払いを口先であしらう為かな。シームも不満げながら聞いてはいる。
「そろそろ、なんかおみやげー」
「いや、さっさと決めろよオマエも。
選り好みして、なんも買ってないじゃないか」
「だって、色々ありすぎるだもん。
アレもコレも飲んでみたいわよ」
お酒の銘柄は世界中から集めてきたかの如く、いっぱいあるもんね。ジャポンのお酒も豊富にあった。……飲めないのが悔やまれる。
「おねーちゃん、1本だけだからね?
早く決めて。ここ、お酒臭くてイヤなんだから」
「えぇぇ……」
姉弟が順調にストレス溜めてくのを、私とウラヌスは苦笑いで眺めていた。
バルカンで取れる指定ポケットカードは、酒生みの泉とクラブ王様の2枚。
私達は両方入手済みなのでそれに挑戦する必要はないけど、もう1枚重要なカードに、ブループラネットに必要な宝石があるらしい。
けど、イベントで酒豪に酒飲み対決で勝つ、というどうしようもない条件なのでパス。ランクDのカードなので無理して取る必要もないそうだ。
メレオロンがようやくお土産の1本を決め、私達は次の目的地チャンタへと飛んだ。
地面に降り立った途端、ムワッと立ち昇った植物と土の匂いで
街並みを見るのもそこそこに振り返ると、街の外は見渡す限りの濃密な緑で溢れていた。
「ぅわー、すごいねここ……」
シームが鼻をぐすぐすやってる。バルカンでもアルコール臭がするところで同じようにしてたけど、ここはまた別の意味でキツイな。
「いきなりだと鼻に来るかも。
でもま、すぐに慣れるよ」
「アタシは居心地いいけどねー。さっきの街もだけど」
メレオロンが何だか機嫌よさげだ。バルカンはともかく、ここは体質が合うんだろうな。
「みんなそうだけど、特にアイシャはしんどかったらすぐ言ってね?」
「ええ、そのつもりです」
私はオーラで強化できないから、余計に何があるか分かんないしな。
「ひとまず街の方に入ろ。密林は……余力があったらで」
言って先導するウラヌスに付いて、街の方へ入っていく。
密林都市と言うだけあって、街中も色とりどりの植物があちこち植えられている。木造建築も多い感じだ。都市と密林を隔てる外壁も、木製の壁だったしな。
「雰囲気としてはソルロンドに似てるわね」
「あー。あっちはこんな植物多くないけどな。
ここは潮風もねーし。気候はちょっと近いかも」
常夏の海岸と、熱帯雨林の中か……。そこまで気温は高くないけど、湿度は高いかな。んー、ここは空もカラっと晴れてるけど……
「……雨とか降りませんよね?」
「えっと……降る」
「え?」
「ここはスコールが降る。ゲリラ豪雨って言えば分かるかな?
突然猛烈に降って、しばらくするとやむ。だからいちおう警戒した方がいいよ」
「……ここなら建物に逃げ込めますが、密林に入ってたら大変ですね……」
「降ってる間は動かないのが鉄則だね」
「アンタ、雨なんか濡れちゃったらスケスケになんだから、気をつけなさいよ?」
「うっさいわボケ!」
私とシームが『ぶふッ!』と吹き出す。うむ、ホント気をつけてほしい。……ぷっ。
真っ赤なお顔のウラヌスとともに、私達は緑の薫る密林都市チャンタの散歩を楽しむ。