第二百九章
手を繋いで楽しげに歩くシーム。ウラヌスも照れてはいるけど、悪い気はしない様子。まぁ邪魔する気にはなれないよね。
「そういえばさ。白桜っていう桜はないんだね」
「うん?」
「ほら。トレードショップで聞いても、そういうアイテムはなかったわけでしょ?
ここで取れる桜にもなかったじゃん」
ふむ……確かになかったな。いかにもありそうな名前なんだけどね。
「あー、そういう意味か。
アイテムとして存在しないのは確実だな」
「ここにないだけで、白桜って現実にはあるの?」
「んー……
厳密に桜の品種としては、ない。そう呼ばれる桜がないわけでも、ない」
「どういうこと?」
「通称、白桜ならあるってこと。
正式名称じゃないだけで、別の呼び方で白桜ってのはある。いくつかそう呼ばれる樹があって、ちょっと正確にどれだったかは覚えてないけど」
「へぇー」
「まぁ言葉としてある以上、そういう銘柄の酒があっても不思議じゃないな。
酒造って植物ありきだから、やっぱり命名も植物からすることが多い」
「ふぅーん」
あれだな。バルカンでお酒の雑学を披露してたの、まだ引きずってる感じだ。シームの教育にいいかどうか微妙なんだよね。
さて、ウラヌスが案内したのはエリルでも一番大きな酒屋。いかにもありそうな場所として最初に案内してくれた。
で、いきなりあったんだけど……
『12015:銘酒白桜』
ランクH カード化限度枚数808
甘口で 透明な味わいが魅力の 純米大吟醸酒
15万ジェニー……高ぇよ。バルカンでもそうそうなかったぞ、こんなの。
「手持ちじゃ足んねぇし……
くそっ、二度手間になるな」
「アタシもちょっと飲みたかったなぁ、これ……」
「やめとけ、やめとけ。
基本的に高い酒の味なんて、値段に見合わねぇんだから」
「飲んだこともないくせに、えらっそーに」
「う……
別にいいだろ、そういう知識を持ってるってだけで。酒に限った話じゃないだろ、料理とかさ」
「まぁそうですね……」
高級な料理が、必ずしも自分の舌に合うとは限らないもんね。美味しくても、値段相応かと聞かれたら首を傾げたくなる料理もあるし。
「せめてここで、何かお土産買ってもいい?」
「おねーちゃん?」
「いいじゃない、選び抜いた1本を攻略の為に差し出したんだから。
こんな高いの買わないからさ」
「……まぁ1本だけな」
「もぉー。
おねーちゃん、早くしてね?」
「はいはい。
……でもここ、カードで並べてるのよねぇ。現物じゃないと選びにくいんだけどなぁ」
バルカンだと現物並べてるお店も結構あったんだけどね。ここはお酒がメインの街じゃないし、仕方ないかな。
ちゃっかり1本8000ジェニーくらいのジャポン酒を買い、気分良さげなメレオロン。バルカンで買った果実酒より高いじゃないか。
「ウフフ、楽しみだわー」
「……」
「シーム、そう邪険にするなって。
量さえ気をつければ悪酔いしないだろうしさ」
「……でもさ。あれ、ゲインしたら飲み切らないと荷物になるじゃん。
液体だし、中身あるの持って歩いたら重いと思うんだけど」
「あ、うーん……」
「荷物の邪魔になるだろうし、絶対酔うまで飲むと思う」
「気をつけるってば。心配性ねぇ。
毎晩飲めば、流石にすぐなくなるでしょ」
「……」
ずいぶん警戒してるな、シーム。分からなくはないけど。
「メレオロン。
オマエ、酔っ払って何かやらかしたら、その酒没収するからな。つか捨てる」
「えーっ!?」
「えーじゃない。
これだけシームが嫌がってるの強行したんだから、約束を破った時の罰はちゃんと用意しないとな。酔うまで飲まない、それを約束しろ」
「……分かったわよ」
「飲んだことない酒なんだし、よくよく気をつけろよ?
シーム、これでいいか?」
「うん……」
ま、悪くない落としどころかな。
「話が付いたところで、これからどうします?
このイベント、まだ続けます?」
ウラヌスは面倒そうに首を横へ振り、
「んーん。もういいと思う。
大体イベントの流れは分かったし、情報まとめて姉貴に押し付けようかなって」
「あー。アンタ酷いわねぇ」
「もうこれ以上、酒絡みは勘弁だよ……
どうせ姉貴なら、恩着せがましくやってくれるし。15万もこっちから捻出すんの、バカくさいしな。うん、姉貴にやらせよ。決定」
なかなかエゲつないな、ウラヌスも。……とはいえ、これ以上あちこち回って修行時間削られるのも困るしな。
「アイシャはそれでいい?」
「仕方ありませんね。修行の時間が削れても困りますから」
「あ、はい……」
「ところでお昼はどうします?
私、希望あるんですけど」
「うん?
どっか行きたいトコあるの?」
「ほら、昨日おソバ持って帰ってきたじゃないですか。
そのおソバ屋さん、エリルにあるんですよね?」
「そういうことか。
うん、アレはエリルのおソバ屋で買ったヤツだよ。
昨日ジェイトサリとメシ食ったトコ」
「美味しかったんですけど、ちょっと時間が経ってたのもあって……
どうせなら出来立てをいただきたいなと思いまして」
おソバが乾いてたんだよね。ほぐし水も付いてたけど、それでも少し食べにくかった。
「あー、ごめん。なるほど、了解。
新鮮なおソバが食べたいなら、お昼はそこでいいかな。2人ともそれでいい?」
「いいわよ、別に」
「うん、昨日のおソバ美味しかったし」
ふふ、シームも気に入ったみたいだね。何より何より。
まだ11時だからお昼にちょっと早いけど、ウラヌスおすすめのおソバ屋『手打ち蕎麦 春雨庵』へ。実に和風な店内で、いかにもおソバ屋な雰囲気が嬉しい。馴染みの感覚だな。
「バルカンでも食べ歩いてるし、ソバくらいだと軽くていいかもね。
ま、これから修行だから、好きに頼んでいいけど」
「やなこと言わないでよー」
「嫌なことってなんですかね、メレオロン?」
「さぁ?」
まったく。ちゃんと修行するクセに、文句もぶちぶち一丁前に言うんだよな。……別にいいけど。私、師匠じゃないし。
メニューを眺めるシームが、眉をひそめたまま、
「……ウラヌスのオススメって何?」
「んー。オススメは昨日食ったヤツなんだよな。
他のって言われると、甲乙付けがたい」
ふーむ、悩ましいな。昨日の盛りは頼むとして、1枚じゃ絶対物足りないしな。……お、なんか面白いのあるぞ。
「昨日食べたのは冷たいおソバだったけど、温かいのは美味しい?」
「うん、もちろん美味いよ。
ジェイトサリは定番の天ぷらソバ食ってたな。このエビ天って書いてあるヤツ」
「天丼も美味しそうよね」
「ソバ屋に来てソバ以外食うのもアレだけど、それも美味いよ。
腹いっぱいになっちまうけどな」
目移りしちゃうな。カツ丼は……ちょっとアレか。ここは天丼だな。
あれこれ悩んだ末、全員メニューが決まったので、ウラヌスが店員さんを呼ぶ。
「すだち下ろしの盛り1枚、月見ソバ1杯、天丼1杯で。
後でデザートに、ソバ白玉アイスぜんざいを1つ」
私がそう頼むと、3人が引く気配。
「……なんですか」
「いや、色々食べ歩いてたのに、ずいぶん頼むなぁと思って」
「ていうか何よ、ソバしらたまアイスぜんざいって」
「蕎麦粉で作ったアイスと白玉の入った善哉です」
わざわざNPCが解説してくれる。当然ながら、メレオロンが不可解そうに首を傾げる。
「そんなに不思議がらなくても、見れば分かりますよ。
……私もソバアイスなんて食べるの初めてですけど」
「かー。チャレンジャーだね、アイシャは。
俺はすだち下ろしの盛り1枚で」
「ボクも同じの」
「アタシは天丼1つ」
「ご注文は以上で?」
「みんな、大丈夫? 特にアイシャ」
「失礼ですね。もう充分です」
「うん、大丈夫」
「アタシもよ」
「以上で」
「畏まりました。少々お待ちください」
すだちと大根下ろしのソバも美味しかったけど、意外にソバアイスが絶品だった。ふふ、羨ましがってもあげませんよっと。
「やっぱりつぶ餡はいいですねぇ……」
私が善哉の感想を口にすると、ウラヌスはお茶を一口すすり、
「アイシャ、善哉なんて食べたことあったんだ。
ジャポンぐらいでしか食べられないと思うんだけど」
「ええ、まぁ……
これでもジャポン暮らしはそこそこ長いんで。
個人的にはお汁粉より好きです」
「つぶ餡のお汁粉とか、こし餡の善哉もあるらしいけど、ふつー善哉はつぶ餡らしいね」
へー。私はつぶ餡の善哉しか知らないな。……というかジャポン時代は男性だったから、そんなにしょっちゅう和のスイーツは食べられなかったんだよね。お汁粉はお正月によく食べてたから知ってるけど。
「なんとも色気のない会話ね、アンタ達……」
呆れ顔のメレオロンに、ウラヌスが不機嫌な目を向け、
「別にいいだろ、ただの雑談なんだし」
「デートらしい会話ってのがあるでしょうに」
「……デートなんかしてねーよ」
「昨日のおじさんとのデートはどうだったの?
ここでお互いに、愛を語りあったりしたんじゃないの?」
「アホかオマエは。
……ジェイトサリのことはそこそこ気に入ってるけど、そんなんじゃねーよ」
まぁジェイトサリさんのそれは、孫みたいな相手に向ける感情だろうしな。ウラヌスがほんわかした顔で昨日帰ってきたから、大体予想は付くよ。
予定外のエリルの観光も終え、和やかな雰囲気でオータニアへ戻ってきた私達。支度を整えて、修行場へ向かう。
「さて今日は、昨日の修行内容を反復しましょうか。
だらだら繰り返すのではなく、より良くなるよう向上心を保ってくださいね」
『はーい……』
元気がないぞ、もう1回!
『はぁーい!』
投げやりだな。まぁいいけど。
「ウラヌスもそれでいいですかね?」
「いいと思うよ。
今日はまだ戦ってないから、ある程度実戦形式の方が感覚も鈍らないと思う。昨日より時間が短い分、身体強化は短縮した方がいいかな」
「ええ、そうしましょうか」
──しばらく姉弟の組手を眺めていたけど、お酒の件で険悪になっていたのもあって、お互い動きが荒い。とは言えペースアップにも繋がっているので、雑にならないよう修正しつつ、そのまま続けさせる。
「ほらメレオロン、また上半身がダラッとしてますよ。
相手に対して半身になる意識を抜かない」
「はいはい!」
「シーム、集中力がなくなって上半身が傾いてきてます。
きちんと背筋を伸ばして」
「うん!」
攻防に意識がいきすぎて、姿勢が崩れがちなんだよね。こればっかりはクセが付くまで反復させないと直らない。歩法を磨けばいくらかマシになるはずだけど、まだまだそれはモノにならないだろう。さて……
「──他プレイヤーがあなたに対して『交信』を使いました──」
ウラヌスのバインダーが出現。またか、今度こそユリさんか? でもまだ日中だし……
『センリツよ』
「お、センリツか。何の用?」
『はーい。お久しぶりでーす』
「ん? ネオンさん、戻ってきたの?」
『ええ。3日ほど前に』
おや、そうだったのか。ネオンさんがいるなら、全員いるのかな?
「そっちは全員戻ってきたの?」
『ああ。
今こっちは、前にアイアイで顔を合わせたメンバーのままだ』
「ダルツォルネもか。
それは分かったけど、何の用だ?」
『えっとですね。それがですね』
『ごほん。……お嬢様、時間が限られていますので簡潔に』
『はぁい。
色々あって、ホルモンクッキー取れました!』
うぉっと。やるな、ランクS取れたんだ。
「挑戦してるとは聞いたけど、早いなぁー……」
『もうねー、すっごい苦労したんですよ!
聞いてくれますっ!?』
『ごほん! ……お嬢様』
『んもー……
それでですね。直接お話をしたいんですけど』
「んー」
『センリツとした交渉の件は聞いている。
特に問題ないが、もう少し話を詰めておきたい』
「……まぁそうだな。
いつがいい?」
『できるだけ早くだ。そちらの都合が良ければだが』
「うーん……
ちょっと待って」
ウラヌスがバインダーから顔を上げ、私達を見る。
「どうする?」
「話だけなら、アンタ1人で行ってくれば充分じゃない?」
「……待ってた方がいいなら、ぼく待ってるよ」
姉弟の言葉を聞き、私を見るウラヌス。少し考えた後、私は首肯する。
「……オッケ。
今から行くけど、そっちは大丈夫か?」
『ああ、問題ない』
「じゃあ5分後、そっちに移動スペルで直に飛ぶよ。
とりあえずセンリツに向かって」
『分かったわ。5分後ね』
「うん。また後で」
『ええ』
交信が途切れ、「ふへー」とウラヌスが息を吐く。
「次から次へとまぁ……」
「いいじゃない、順調なんだし」
「まあな……
もうちょっとのんびりの方が性に合うんだけど」
ふふ。ここのところ快進撃と言っていいほど、カードが集まってるもんな。ウラヌスにしてみれば、自力で集めないと物足りないかもしれないけど。
とはいえ、やっとホルモンクッキーだよ。これでまずは一安心だな。
「よかったわねー。2人とも」
メレオロンがニヤニヤしながら言ってくる。……からかってるつもりか?
「……心配しなくても、マッド博士の整形マシーンもすぐ取ってやるよ」
「え?
いや、別にせっついたつもりはないわよ?」
ウラヌスは違う意味で解釈したらしい。……なるほど、乗っかってみるか。
「そういえば、それも忘れちゃいけませんね。私達ばかり目的達成に近づくのも心苦しいですから、出来るだけ急がないと。
ウラヌス、アテはあります?」
「そうだね……
場合によっちゃ、姉貴に急いで取ってきてもらうのもアリかな。楽しみにしてろよ?」
「だって。
よかったね、おねーちゃん」
「えぇっと、まぁ、うん、まぁ……」
メレオロンがめっちゃ困惑してる。フフ、こういう時は可愛いよね、この変態も。