「そのゲームのことは、無論知っとるよ」
「流石です! 会長ならそう仰ると思っていました!」
「もう会長ではないと何度言えば──ええぃ!
そんなことより、そのゲームがどうしたんじゃ?」
「ですから、そのゲームの中へアイシャさんが向かったんじゃないかという話ですよ!」
ネテロも、念能力者専用ゲームということは知っているし、ジンとその仲間達が作ったゲームということも知っている。
だが、その程度だ。ネテロにとっては、グリードアイランドは念能力で作り出した特殊空間という認識に過ぎず、仮にプロハンターがそこで生きようと死のうと自己責任としか思わなかった。
……そういえばアヤツは、もうおなごになれたんかのぅ……
ウラヌスのことを思い出すネテロ。性転換のアイテムを取りに行ったという話だったが、その結果は是非とも知りたいところではあった。
「何を根拠に言うとるんじゃ」
「アイシャさんって、性転換に興味あるんじゃないですか?」
「何の話じゃ、それは?」
「あれ、ご存知ないですか?
リィーナさんが性転換手術できる世界中の医師に、アイシャさんに手術を行わないよう通達を出してますよ」
……あやつ、マジでやりよったんか。
ネテロは半ばノリでアイシャの性転換に反対したが、リィーナは本気で嫌がったようだ。気持ちは分からなくもないが、アイシャにしてみればイイ恥さらしだろう。
「で、あるらしいじゃないですか。
グリードアイランドに、そのアイテムが」
「……それがお主の言う根拠か?」
「いえいえ。アイシャさんは以前グリードアイランドに入ってるらしいんですが、どうも性転換はできなかったようですね。その時は反対するリィーナさんとご一緒していたようですし」
「……まぁアヤツを出し抜くのは、難しいかもしれんな」
「ですから、リィーナさんが居ない状況でグリードアイランドへ入れば、今度こそ!」
無闇にヒートアップするパリストンに対し、ネテロは冷めた眼差しで、
「お主が何をそこまで興奮しとるのか良く分からんが、ワシャどうでもいいわい。
リィーナのヤツに教えてやらんか。喜んで探しに行きおるじゃろ」
「いえ、最後まで話を聞いてください!」
「まったく……
だったら、はよぅ話を進めんか」
息を吐くネテロ。パリストンは話していて楽しいのかもしれないが、主導権を握られたままで話に付き合うのは、ネテロでも堪える。
「──ウラヌスさん。覚えてますか?」
眉を動かすネテロ。なぜパリストンが、ここでその名を口にしたのか。過剰反応を隠し切れなかった。
「知っとるよ。曲がりなりにもシングルだしの」
「またまたー。
会長が個人的に懇意にされてるハンターじゃないですか」
「そんなつもりはないがの。
それで、ウラヌスがどうしたんじゃ?」
「彼も行方不明なんですよ。
アイシャさんと同日、アームストルで」
黙り込むネテロ。……なるほど、それは無視できる情報ではない。
「たまたまかもしれんではないか」
「ところがですね。
ウラヌスさん、ブラックマーケットでグリードアイランドのソフトを購入されたらしいんですよ。行方が分からなくなる9月14日の、4日前に」
再びネテロは沈黙する。
「それにハンターサイトで、ウラヌスさんはグリードアイランドへ一緒に挑戦する仲間を募集されていたらしくて。短期間で募集は締め切ったようですが」
「ほおぅ」
そこまでくれば、アイシャとウラヌスが同行してゲーム内に向かったと想像するのは、そう難しくない。
「だがの、パリス。
仮にそうだとして、ワシに何の関係がある?」
「あれ?
お2人のこと、気になりませんか?」
「知らんわい。あやつらがどこで何をしようが。
ワシャそこまでヒマではないわ。
それこそリィーナのヤツに知らせて恩でも売った方が、お主にとっても旨みがあるじゃろうが」
「……もう1つ、あまりお伝えしたくない情報がありまして」
「うん?」
ようやく核心に触れるらしい。ネテロはうんざりしながらも、耳を傾ける。
パリストンも声のトーンを落とし、
「……NGLから、何体か巨大キメラアントが現在も逃亡しているのはご存知ですね?」
「うむ……チラホラそれと思しき目撃情報もあるようじゃしな。
見つかったのか?」
首を横に振るパリストン。
「それとは別件で、NGLで降伏した僅かなキメラアント達を、ハンター協会で管理していたわけですが……
そのうちの1体が、脱走しました」
「また唐突じゃが、そいつは一大事じゃな。
追っとるのか?」
「もちろんです。
脱走した日から数日程度ですが、本部のあるここスワルダニの街中の監視カメラを調査してみました。かなり調査に手間取りましたが。
とある商店街で、ウラヌスさんと脱走したキメラアント、そして我々が把握していないキメラアントが接触しているところを、ほんの僅かな時間カメラが捉えていました」
「……ふぅむ」
「保護していたキメラアントが脱走したのは9月11日。
アイシャさんがスワルダニに来たのも9月11日。同日ウラヌスさんも本部へ来訪されたそうです。
接触を監視カメラが捉えたのは9月12日。
そして、アイシャさんとウラヌスさんが行方を晦ませたのは9月14日……」
「……つまり、お主はこう言いたいのか?
NGLから逃亡しよったキメラアントが、管理していたキメラアントを脱走させ、直後ウラヌスと接触して、逃亡を幇助させとると」
「理由までは分かりかねますけどね。
それに加えて、アイシャさんもほぼ同じタイミングで姿を消しています。
グリードアイランドという隠れるにはうってつけの場所もありますし、同一線上で結びつけるには充分だと思いませんか?」
「そうは言うても、動機が分からんのではな……」
「アイシャさんもウラヌスさんも、お優しいじゃないですか。
特にアイシャさんは、巨大キメラアントと交戦もしたことがある方。……何かの理由で情が湧いたとしても、おかしくないのでは?」
「……」
ない──とは言い切れない。特にウラヌスは、懐に飛び込んで助けを請うてきた者を、見殺しにできる性格ではあるまい。……自分とて、戦意を失って降伏したキメラアントの命までは奪わなかった。
「正直に言うと、ボクはこの件に関わりたくありません。
それこそアイシャさんに恨みを買えば、殺されるかもしれませんから」
よう抜かしおるわ、とネテロは心中で毒づく。……有り得ない話でもないが。
「ですが、もしかしたら重大犯罪に関わっているかもしれません。もちろん相応の事情があれば、また話も変わってきますが。
アイシャさんが知人に何の相談もなく行方を晦ませたことを考えれば、リィーナさんに知らせるのは必ずしも最善と言えないのでは?」
うつむいて額を掻くネテロ。……面倒じゃのぅ、と内心うんざりする。
「そうかもしれんの。
つまり、コトを大きくすることなくアヤツラを見つけてどうこうするには、ワシが動くのが一番──ということじゃな?」
「そうです!
ネテロ会長なら、お2人を説得してキメラアント達を捕らえることも可能でしょう!
これはボクにもできないことです!」
「……もういい。話は分かった。
後はワシが勝手に動くから、お主はどこかへ行けぃ」
「あ、ボクがこのことを教えたなんて……」
「言わんから、さっさと消えぃ。
気が変わらんうちにな」
「アハハ、期待してますね!
キメラアントを捕らえたら、すぐご一報を!
ボクじゃなくても、協会の誰かで構いませんので!」
「ええから、行けっちゅーに」
「期待してます!」
ばたむ。と扉が閉まる。ふぅー……と長い息を吐くネテロ。
「……なにをやっとるんじゃ、アヤツラは」
──もうじき10月15日を迎える。
私がグリードアイランドへ入ったのは、ほぼ0時。実際には5分か6分過ぎていたか。なので正確な時間は分からない。
それでも、じきであることに変わりはない。──強制『絶』が解除されるのは。
「アイシャ、体調大丈夫?」
「ええ、いつも通りですよ。問題ありません」
心配性なウラヌスに、そう伝える。精神的には、いつも通りと言えないけどね。にじみ出る昂揚感はどうしても抑えきれない。
私はこれから、ゲーム攻略に参加することがほとんど出来なくなる。いくら実力を取り戻しても、ボス属性の効果で移動スペルの恩恵に
基本的に私は拠点となるべき場所を決め、そこへ当分留まることになる。拠点をどこにすべきかという話は既に終えていた。
前回はマサドラだったけど、今回はオータニアに決めた。慣れた場所が一番だからね。ここなら修行にも事欠かないし、誰かが襲ってきたとしても地の利がある。
メレオロンとシームも、今後はあまりゲーム攻略に参加できなくなる。どうしても私に付き合って、一緒に留まることが増えてしまうだろう。……心苦しいなぁ。
分かっていたことだ。元に戻ったら戻ったで結局不自由するんだと。……そう考えると、この1ヵ月がどれだけ貴重な時間だったか。85種ものカードが集まるまでみんなと一緒にゲーム攻略できたんだ。ウラヌスに対しては感謝の気持ちしかない。
まぁでも。普通に戻るだけだ。この1ヵ月が特別だっただけ。いつまでもこのままでは居られない。……私も切り替えないとな。
今はいつもの旅館の中で、静かに過ごしている。1つの部屋に4人集まって、その時が訪れるのを待っている。──待ってくれている。
「みんな、そんなに緊張しなくていいですよ?
私は前にも経験したことですし、特別何かが起こったりなんてしませんから」
「そうは言ってもねぇ……
今のアイシャが、あのアイシャに戻っちゃうわけでしょ? アタシ、違和感しかないんだけど」
思わず苦笑する。以前の私なら怒っていたところだろう。……この1ヵ月で、私も少し変わっちゃったかもしれないな。
別に何か起きたりはしないと思うけど、ここには居ないユリさんからも、何かあったら遠慮なく呼んでと言われている。ユリさんも、私の強制『絶』が解除されるタイミングを知ってるから、気にかけてくれたようだ。
おっと、もう10月15日になってたか。喋ってるとあっという間だな。『絶』解除まで、あと僅かだ。
いま言っておくべきかな……。私は姿勢を正し、3人に目を向ける。
「みなさん、本日までありがとうございました。
戦えなくなった私を1ヵ月もの期間守っていただき、心から感謝しています。
もうじき『絶』は解除されますが、その代わり私はスペルによる移動ができなくなってしまいます。またご迷惑をおかけしますが、引き続きお付き合いいただけると幸いです」
メレオロンがくすくす笑い、
「なによー、改まって。
珍しいからお礼はありがたく頂戴するけど、そういうのって水臭いわよ」
「アイシャ。ボクもありがとう。
まだ全然だと思うけど、修行で鍛えてもらって結構強くなれたよ。
よかったら、ボクとおねーちゃんのこと、もうちょっとだけ鍛えてね?」
「ええ、それは喜んで」
ウラヌスは静かに微笑みながら、
「この1ヵ月色々あったけど、俺もみんなと一緒ですごく楽しかったよ。
……ひょっとしたら、人生で一番楽しかったかも。俺からも、みんなありがとう」
「ちょっとー。
アタシだけ置いてけぼり? ……アタシだって感謝しっぱなしよ。ありがとね」
ああ、いいなぁ……こういう感じ。なんか泣けてきちゃったよ。
はぁー、緊張してきた。もう時間的にいつ来てもおかしくないな。
「そういえば、アイシャのオーラが復活したら最初どうなんの?」
尋ねてくるメレオロン。んー、どうだったっけな。
「えっとですね、前回は──ん? おぉ」
急速に全身へ力が漲ってきた。これこれ、来たッ! 来たぞッ!! 最高にハ──あっ、やばい。勢いよすぎて精孔閉じないぞ。みんな一斉に引っくり返って──ああああ、またやっちゃった! ヴェール、天使のヴェール!!
「──ふぅ。……あ、その……
みなさん、すいません」
シームは伏せたまま、顔だけ上げて目を白黒させてる。メレオロンは落ちたセミみたく引っくり返って、ぴくぴくしてた。それは過剰反応な気もするぞ。
「うぇっぷ、げほっけほっ……
いーや。ひっさしぶりに浴びたけど、やっぱスゴイなぁ」
「褒めてませんよね?」
「褒めてないからね、……けほ」
咳き込みながらウラヌス。……この3人にこうも怯えられるのは、どうしても堪えるな。仕方ないんだけど……
「すいませんでした。
このオーラを浴びせないよう、今後は気をつけます」
「えっと……
アイシャは今、天使のヴェールを使ったんだよね?」
「ええ。
それはウラヌスにも分かりますよね?」
「うん……オーラの質と量は、確かに感じなくなったよ。
でも俺の目はアイシャの力がどう動いてるか分かっちゃうからさ。あ、いま浴びてるんだなって分かるというか……」
「そこまでは私も知りませんよ。
ずっと『絶』で居ろって言うんですか?」
「いや、そんなこと言わないよ。
むしろ今日は問題なくオーラが使えるか、確認しなきゃいけないだろうし」
それは……もちろんそうだ。前回問題なかったからと言って、今回もそうとは限らないからな。きちんと元通り使えるかどうか、確認は怠れない。
「メレオロン。ちょっとメレオロン。
いつまでもそんなアホみたいなカッコしてないで、起きてください」
「……なんか納得いかないんだけど、なに?」
「アレですよ。
【神の不在証明/パーフェクトプラン】、使ってみてください」
「ああ、うん。──んっ」
よし! 私のオーラが減り始めて、息を止めたメレオロンの姿が見えてるぞ。
「ボス属性も大丈夫ですね。
変態がアホ顔でダブルピースしてるのが見えてますよ」
「ぷはっ。
あーぁ……もうあの極上の感触は味わえないのね。幸福な日々よ、さらば」
「もー許しませんからね、ああいう真似は」
やっと変態のセクハラから解放されたよ、ったく。される方はたまったもんじゃないんだぞ。
「けほん」
わざとらしく咳払いしたウラヌスは、なぜか顔を赤くしながら、
「もう日は変わっちゃったけど、明日朝起きたら修行を始めていいんじゃないかな。
攻略は休みにするつもりだったし」
「えー……
ってことは、朝から晩まで修行させんの?」
「私は一向に構いません」
「ちょっとは構って。
いや、あくまで修行の時間を手前にズラすだけ。俺の方の研究をもう詰めちゃいたいんだよ。……魔女の若返り薬、そろそろ使わせてほしい」
そうだったな。私が復活したら、次はウラヌスだ。もし若返ろうとしたウラヌスに何かあったら、今度は私が助けないと。
「修行の時間は承知しました。
……若返りと除念、上手くいくといいですね」
「ホントにね……
こんなに焦って使いたくはないんだけど、いつ何があるか分からないからさ。ほぼ問題ないことはもう分かっちゃいるんだけど……」
ここのところ、ウラヌスは若返り薬をメインにずっとアイテムの研究をしていた。多分大丈夫だろうとは私も聞いてたけど、いざ使うとなれば慎重にもなるだろう。それと並行して除念の準備もしていたようで、最近かなり忙しそうだった。
「アイシャみたいに、俺も昔のオーラが甦ったら万々歳なんだけどなぁ」
羨ましそうにウラヌスがそう零す。……あなたが無事に除念できることを、私も心から願ってるよ。