第二百十三章
『──アイシャ様。アイシャ様』
早朝、体力が有り余って眠りの浅かった私は、いつの間にか出現したバインダーからの声に、目を覚ました。この声は……イータさんか。
「……なんです?」
『おはようございます。朝早くに申し訳ありません。
少しだけお時間いただきたいのですが。周りに誰も居ないところへ移動してもらえると助かります』
「……わかりました」
私は布団から起き上がり、軽く髪と衣服を整えながら部屋の外へ。……起こさないよう気をつけたつもりだったけど、ウラヌスはちょっと目を覚ましたみたいだな。
「移動しました。
仲間が起きちゃったみたいですから、あまり時間はないですが」
『ありがとうございます。
アイシャ様が入島されてから1ヵ月経ちましたので、ちょっとしたアンケートにお答えいだたきたいと──』
「へ? アンケート?」
『ええ。よろしいでしょうか?』
そういえば私、スタッフアカウントでゲームに入ってるんだったな。何やらされるかと思ったら、アンケートか……
「どういうアンケートです?」
『アンケート用紙をこれからお渡ししますので、急な話で申し訳ありませんが、本日中に回答をご記入いただければと思います。
ご記入いただいた用紙はそのまま手元で保管していただければ、日付が変わった時点で自動的にこちらで回収させていただきます』
「……分かりました」
『ありがとうございます。
それではお送りいたしますので、お手数ですがよろしくお願いいたします』
目の前でボンッ! と突然煙が出て、数枚重ねた紙が現れた。……確か、指定ポケットカードにアンケートのアイテムがあったと思うけど、まさかアレじゃないだろうな。まぁ私には効かないはずだけど。
宙に浮かんだままの紙束を手にする。……ん、オーラは減ってないな。操作系なら当然効かないし、オーラも減らないけど。いちおう違和感もないし、なら大丈夫か。紙は3枚あるな。表裏に色々書いてある。
「アイシャ、どうしたの?」
背後から廊下を歩いてウラヌスがやってくる。私は手にした紙束を軽く振りつつ、
「この島の運営から、アンケートに答えてほしいってお願いされました」
「アンケート!?
……それ、大丈夫?」
同じこと心配してるよ。ウラヌスが気づかないはずないか。
「少なくとも私は大丈夫ですね。おそらく、ただのアンケート用紙だと思います。
これを今日中に答えてほしいって」
「このクソ忙しい時に、まぁ……」
「いえ、ウラヌスは気にしないでください。
私の方でササッと片付けちゃいますから」
「うーん……
でも後で見せてね? つか、俺が見てもいいのかな?」
「ダメとは言われてないですね」
いいとも言われてないけどね。アンケートの内容次第だとは思うけど。
しゅーぎょうー、しゅーぎょうー♪
たっぷりしゅーぎょうー♪
「も、勘弁して……ギブギブギブ。
これ以上消耗したら、アイテム研究する体力なくなっちゃうから……」
朝食、朝風呂、買い出しを終えてすぐ修行開始。メレオロンとシームのオーラの流れを仔細にチェックし、本人達が嫌がるまで指導してあげる。そして私とウラヌスで組手だ。
なのにウラヌスは早々に音を上げてしまった。シームと組手していたメレオロンが手を止め、
「アイシャー、あんたハリキリすぎだってば。
気持ちは分かるけどさ」
「えー……
まだ全然足りないんですけど」
1ヵ月のブランクはそう簡単に埋まらないからな。自主的にやれる分は感覚を取り戻しつつあるけど、ウラヌスの『周』で戦っていたあの感覚がまだ抜け切っていない。何だか、身体の動きと『流』にズレを感じるんだよね。私自身のオーラが身体に馴染んでこない。
「だから、ウラヌスもそのうち復活するんでしょ?
それを待っててあげてもいいじゃない」
「あー……」
言われてみれば、その通りか。弱りに弱ったウラヌスじゃ、オーラ有りきの修行相手としては問題ありすぎるしな。技術面はともかく、彼のスタミナが付いてこない。
うまくいけば、明日明後日にはウラヌスも昔の状態に戻るはずだし……それまでは私も流すぐらいにしておいた方が無難か。今の守り手は私だからな。
しゃがみこんだウラヌスは、目の辺りを揉みながら、
「えっと……
アイシャって、当然今も天使のヴェールを使ってるんだよね?
で、俺は対抗する為に目の力を使ってオーラの流れを読んでるから……
その、消耗がすごくて」
んー。私はウラヌスみたく器用じゃないから、同じ顕在オーラ量に調整して組手なんて出来ないんだよな。自分はともかく、相手のオーラ量の見積もりが彼ほど正確じゃない。ゴン達との組手は『流』で調整してたからね。私が『流』のリハビリをしてる最中なのもあって、ウラヌスも混乱するみたいだ。
天使のヴェールを解除するわけにもいかないから、今は彼の負担が大きすぎるか……
「では、いったん組手は切り上げます。
自主鍛錬とかアンケートの回答やってるんで、回復したら教えてください」
「まだやるんだ……」
「あと少しだけ。お願いします」
「……分かった」
項垂れるウラヌス。そりゃハイ終わりじゃ私も困るしな。終わるなら終わるで、最低限確認したいことだけはやらせてもらわないと。
「あ、もちろん2人が私と組手したいなら、それは──」
「ほらシーム、どんどんかかってこいやー!」
「うんっ!」
うーむ……まぁこの2人じゃ私のリハビリ相手としては不足だし、いっか。
なんとなく気分が削がれてしまったので、休憩がてらアンケート用紙に向き合っている。──これはCっと。次の設問は……
『問い16:
あなたは近距離攻撃スペルを使用して、他のプレイヤーのカードを奪おうとしたことがどれぐらいありましたか?
A:100回以上 B:50~100回程度 C:10~50回程度 D:10回未満 E:1回もない F:覚えていない』
うん、これはEだな。次……
『問い17:
<問い16>でDかEに○を付けた方のみに質問です。
あなたが指定ポケットカードを入手する手段として、近距離攻撃スペルを積極的に利用しない理由はなんですか?(複数回答可)
A:できれば自力で集めたい B:奪ったプレイヤーから奪い返されるのが怖い C:他のプレイヤーと争わずにトレードで集めたい D:攻撃スペルは使わず戦って奪いたい E:その他 ( )』
んー。現状を考えればCなんだけど。でもカード化限度枚数のことがあるからなぁ……。状況によってはDも有り得るし、聖騎士の首飾りのこともあるからEも……いや、これは後にしよ。次は──
「アイシャ」
「なんです? もう回復しましたか?
そうは見えませんけど」
不満げな顔をするウラヌス。だって、まだ顔色悪いしさ。
「そうじゃなくて、そのアンケートの内容が気になって」
「ああ、こっちですか。
見てみます? ごく普通のアンケートですよ」
まさかこんなものに、おかしな念はかかってないだろうしな。見た感じ、オーラは一切感じないただの紙切れだ。……ちょっと私の回答を見られるのは恥ずかしいけど。
受け取ったウラヌスは、アンケートの用紙に視線を落とし、めくったり裏返したりして、
「ふぅん……確かに一般的なアンケートと大差ないね。
ヒントの出し方がどうとか、街や村の数とか」
「私も先にザッと目は通しましたけど、普通ですよね。
なんでわざわざこんなアンケートに答えさせるんでしょう?」
「こういうのを、アイシャに答えてもらう為だけに作るのも変だもんね。
だから……前はこんなアンケートもやってたんじゃないかな? 特にゲームを開始してすぐの時期とか。
今さら改まって、こんなのプレイヤーに聞けないだろうし」
「うーん……
他にあるとすれば、ベータ版の頃のアンケートとかですかね?」
「うん、それもありそう。このゲームも正式公開前にβ版動かして、テストプレイヤーの意見を取り入れて調整とかしてそうだもんね。
グリードアイランドも、最初っからここまで完成してたとは思えないしさ」
「と言うと?」
「んー、たとえば……
アレは覚えてる? アントキバのメシ屋のNPCが携帯出してきたの」
「あー……警察に連絡するとか言ってた時のやつですか?」
「そう、それ。
このゲームが開始したのって1987年なんだよ。
携帯電話もそれくらいから普及し始めたんだけど、今みたいにまだ小型化してなくて。最初はもっと大きかったんだ。
でも、あのNPCが持ってた携帯、今風の小型のヤツだった」
「あ……」
「つまり、最初からああじゃなかったってこと。
運営ゲームだから日々内容更新してても不思議じゃないし、実際クリア後にも変わったじゃん? そういう調整をする為に、プレイヤーの反応は注意深く見てると思うよ」
……相変わらず、細かな観察とそこからの洞察がハンパじゃないな。
「こういうの見てると、むしろ俺が答えたくなっちゃうけどね」
「うーん……
別にそれでもいいんじゃないですか? 私よりあなたの方が相応しい気がしますし」
「いいのかな?」
「そうですね……
私が答えた方がよさそうなものだけ答えて、残りはお任せしましょうか? 私が無理に答えるより、あなたが答えた方が有意義そうなのもありますから」
「うん……
じゃあ、後でこのアンケート貸してね」
「ええ」
アンケート用紙を返してもらう。そうすると、私もさっさと回答埋めていかないとな。えっと問い18、このゲームのお金は稼ぎやすいか……まぁちょっとシビアだな。Dっと。次……
──ボンッ! といきなり間近で煙が出た。わ、なんだ?
見ると、また紙束。……同じアンケートか、これ?
「アイシャ。いきなり何か出たけど、それって」
警戒するウラヌスにちらりと目を向けた後、とりあえず紙束を手に取ってみる。うーん、やっぱり全く同じのだな。ということは、だ。
「これもアンケートですね。内容は一緒です。
多分アンケート用紙1セットに対して、1人で答えてほしいってことだと思います」
「あー。なるほど、そういうことか。
1つ1つの設問がバラバラなんじゃなくて、あっちでああ答えた人間がこっちではこう答えたっていう関連性も見てるのか。
だったら、1人で全部答えないとマズイね」
「えー。アンタ達だけ?
アタシ達の分はぁ?」
メレオロンの質問に、私達は沈黙する。……何も起きないな。
ウラヌスは苦笑しながら、
「多分1ヵ月しか居ないプレイヤーの意見は、別にいらないってことだろ。
ほら、前回も含めたら俺とアイシャは余裕で1年以上居るから」
「あっそう。
なんだかツレないわね」
ふてくされるメレオロン。まぁ仕方ないよ、こればっかりは。ウラヌスにアンケートを渡すのだって、予定外だったんだろうし。
ウラヌスの回復を待ってたんだけど、何やら夢中でアンケートに回答してる。邪魔するのも悪いから、仕方なく自主鍛錬に励む。私の方はさっさと書き終わったんだけどな……そんなに書くことあったか、アレ?
気になって、近くに寄ってみる。
「まだ回復に時間かかりそうですか?」
「あー……そうだね。
もうちょっと休ませて」
「ずいぶん身が入ってますけど、そんなにたくさん書くことありましたっけ?」
「うん?
あ、30問はもう答えたよ。でも最後の意見のトコに、今まで言ってやりたかったこと、アホほど書いてる。でもまだ書き足りなくて……」
軽く覗き込む。ぅわ、小さな字がびっしりだ。こんだけ書いて、まだ書き足りないのか。
「たとえば何書いてるんです?」
「んー……
移動スペルの『磁力』はもっと取りやすくしろとか、攻撃スペルの意味がなくなってるから聖騎士の首飾りは性能落とすべきとか、近距離通常スペルが防ぎにくすぎるとか。
しょっちゅう使うスペルの限度枚数が少なすぎるとか、スペルカードショップをもっと増やせとか、あと──」
「あ、はい。もうそれくらいで……
基本的にスペル関係が不満なんですね」
「まぁね……
他にも色々あるけど、バランスが悪いのはそこに集中してるかな。
指定ポケットカードにも言ってやりたいことは山ほどあるけど、正直キリがないし」
「……
あなたがこのゲームの開発に携わっていたら、今とずいぶん変わっていたでしょうね」
私が呆れ半分にそう言うと、ウラヌスは肩をすくめ、
「買いかぶりすぎだよ。
俺が知らないだけで、それぞれ相応の理由はあるんだろうし」
それが分かっていても、文句は言うわけだ。ゲーマーの鑑だよ……
いつまでもアンケートを書いてるウラヌス。あんまり待たせるので、ついに私が怒ってウラヌスを強引に起こし、組手でボコってやる。めそめそする小動物に満足し、ひとまず調整が完了した。よし、これで8割がた復調したぞ。
へなへなになってるウラヌスの身体を、問題ないか一応チェックしていると、
「ところでさ……
このアンケート、やっぱり肝心なことを聞いてないよね」
「と言うと?」
「ほら、そもそも何でアイシャをスタッフ扱いにしたのかって話」
「……前に話しませんでしたっけ?
私が仕方なく不正行為に及ばないようにって」
「でもそれだけなら、アンケートに答えさせる必要なんか無いと思うよ。
俺が気にしてるのは、何でアイシャにこんなアンケートさせてるのかなってこと」
「んー……」
それは私も不思議に思ったけどね。あのことについて聞かなくていいんだろうか、とは。
「これはジャブみたいなもんで、聞きたいことの本命がまだあるんじゃない?
アイシャのボス属性に関してとか」
「……」
気づいちゃったか。アンケートを見てて、その辺にまで考えがいっちゃったんだろうな。まいったなぁ。言っちゃってもいいんだろうか。……まぁいいか、口止めされてないし。
「最初の説明で聞いたんですが、私のようにゲームのシステムを突破するような能力者が現れた時に備えて、アドバイザーになってほしかったそうです」
「あー……
なるほど、それで特別待遇が受けられたのか。
ならいずれ、本命の質問が来るだろうね。
ん、話してくれてありがと」
得心したらしいウラヌス。多分その通りだろうな……こんなアンケートで私を特別待遇してるのがチャラになったりしないだろう。私達が急激にクリアへ近づいたから、慌てて用意したのかもしれないな。