第二百二十章
俺が玄関前で待ってると、家の中からドタドタ聞こえ、扉が開いた。
「おう、よく来た──なぁッッ!?」
「……なんだよ」
モタリケが変な反応するのに対し、俺は暗がりから不機嫌な声を返す。
「いや、オマエ。それ……」
「……若返ったんだよ。それがどうした」
「あ、ああ……
そういや、そんなこと言ってたな……
うん、まぁ上がってくれ」
「……」
ある程度の反応は覚悟しちゃいたけど、こうも露骨な態度見せやがるか……。くそっ、イライラするな。
家に上がらせてもらうと、廊下の向こうからベルが近づいてきた。
「どしたの、モリー?
大きな声出して──え?」
俺の姿を見て、目を丸くするベル。「え? え?」と言いながら近づいてきて、
「えぇぇぇーっ!?」
「……なんだよ」
俺の頭上で、手をスカスカと振るベル。
「ちぃっちゃあー……
え? ウラヌスの妹さん?」
「ンなわけあるか」
「ああー……このクチの悪さはウラヌスだわ。
にしても、驚きのミニマム化ね」
「ミニマムとか言うなや。
テメーも若返ってんだろが」
「あ、うん。そうね……
気にしたならゴメンなさい。すごいビックリしちゃって」
「……俺もどんな反応されるか怖かったよ」
そう零すと、夫婦の視線が思いっきり同情的になる。ぐ、いらんこと言った……
ベルが、ぎゅっと俺を抱きしめてきて、
「んーもぅ、ゴメンなさいねぇー♪
モリィー。このおチビちゃんってば、すんごい可愛いんだけど♪」
「それはオレも見て分かってるよ」
「は、はなせって。
明日早いんだから、できるだけさっさと済ませたいんだし」
「あらら、残念。
でも一服ぐらいしましょ。モリー、コーヒー淹れてあげて♪」
「そのつもりで沸かしてるよ。
……苦いのは平気か? ミルク足して、砂糖増やした方がいいか?」
「子供扱いすんなや。いつも通りでいい」
「味覚が変わってるかもしれないから、苦かったらちゃんと言えよ」
「……」
くそ、完全に見た目通りの扱いしようとしてやがる。……やりづらいだろ、俺が。
「ねぇ、今日からウチの子にならない?」
「ブフゥーッ!?」
モタリケが盛大にコーヒー噴いた。
「……ならねーよ。アホか」
「もぉー、冗談に決まってるじゃなーい♪
モリーもオーバーねぇ♪」
俺の肩をパンパン叩くベル。んなことより、モタリケがゲホゲホむせて苦しんでるが。
「……ベル! げぇほっ、ベ、げほげほげほぉっ!」
「オマエはちょっともちつけ。
ベル、タオル持ってきてやれよ」
「はいはーい♪」
キッチンの方へ行くベルを横目に、口許を拭ってるモタリケを見やり、
「オマエは俺より驚いてんじゃねーよ。
ベルのセリフより、オマエのリアクションでビビったわ」
「い、いや……げふん」
ったく、イチャつくなら俺の居ないトコでやれよ。
ベルが持ってきたタオルで顔とテーブルを拭き、ようやくモタリケが落ち着く。
「ハァー……
あんまり驚かせないでくれよ」
「珍獣みたく扱われて、俺は不愉快だよ。
さっきも言ったけど、明日早ぇんだからあんまり引っ張らないでくれ」
「何かあるの?」
「……そろそろ大天使の息吹を取りたくて。
明日の早朝、人が来ないうちにカードパックから『堅牢』が引けるまで開けまくる」
「ああ、なるほど。
普通には引けなかったから、いよいよ大量買いに挑戦するわけね」
「まぁ素で引けるのが一番楽だったんだけど、こればっかりは運だからな。
独占される危険性を考えると、これ以上後回しにもできない」
「けど、スペルカードの店って予め金は預けられないだろ?
引くまで開けるにしたって、買う金はどう用意するんだ? 他の店から金を下ろして、いちいち行ったり来たりしてたら時間かかるだろ?」
「いちおう算段は立ててるよ。
で、人手がちょっと欲しいんだけど、オマエラ参加する気ある?」
「え?
……明日の早朝よね?」
「ああ。いちおう5人でやるつもりだけど、人手がいればより早く片付くからな。
『堅牢』が出るまで、どんだけ時間がかかるか分かんねーし。他のプレイヤーが来ないうちに片付けたい」
「なるほどね。
……わたしは面白そうだから参加したいかな。モリーは?」
「オレも興味あるよ。
朝早いのはキツイけどな」
「どっちだよ。やるのか、やんねーのか」
「……参加するよ」
「オッケ。みんなにはそう伝えるよ。
……助かる」
「その分だと、もうかなりカードは集まったみたいだな。
残り何枚なんだ?」
うーん。……まぁ教えてやってもいいか。後はスピード勝負だし、こいつらから情報を引き出そうとする輩がいたら、ボコボコにするだけだしな。
念の為、俺は口許に指を1本立てて、声に出すなとジェスチャーしてから、両手で指を6本立てる。
「……ぅわーお」
「もうそんなにか……」
だよな。ここのところ、とんでもない速さで集まってるからな。
「ただ、こっからは簡単に取れないヤツばっかりなんだよ。
大天使の息吹がまだマシなぐらいだからな」
「そうねぇ……
最後の1枚は、例のクイズ大会よね?」
「ということは、実質残りこれだけなわけか」
モタリケが片手を広げて示す。俺は1つ頷き、
「今のところ、一番ヤバそうなのは一坪の密林だけどな。
アレだけはマジでサッパリ分からん」
「誰も自力で取ったことないもんねぇ……」
「一坪の海岸線の取り方は、ヒントにならないのか?」
「ヒントにはなるかもしれないけど、全く同じってことはないだろうし、SSは一筋縄ではいかないだろ。
本格的に調べるには、それこそ人手が要りそうだからな」
しばらく雑談した後、2人を急かしてモデルを始めさせる。ベルが時間をかけて気合の入った服装に着替え、地下室に移動。俺はベルに桜を持たせてやる。
「にゃーん」
「やーん。こっちも相変わらず可愛いわねぇ♪ いい子いい子ー。撫で撫で」
「にゃ、にゃう」
「うふふ♪
モリー、可愛く描いてね?」
「その猫は3度目だしな……大丈夫だとは思うよ」
「わたしもよ?」
「……」
「わたしも、よ?」
「……はい」
アホな夫婦漫才に溜め息を吐き、俺は椅子に座って頭を垂れる。こっからは待ちだな。
「なんなら、上で仮眠してれば?
寝床貸すわよ?」
「……そういうわけにもいかないだろ。桜のことがあるし」
「お前が寝ると、この猫って消えるのか?」
「消えないよ。
つか、今は無補給で3時間くらい保つようにしてるしな」
「なら上で休んでろよ。
明日早いんだろ? 終わったら呼ぶから」
……珍しいモタリケの配慮も、こういう時はありがた迷惑だな。
「明日早いのは、オマエラもだぞ?
いいからさっさと描け。のんきに寝てられるか」
「モリー。
待たせても悪いし、早く描いてあげて」
「……分かったよ。
久々だから、じっくり描きたいんだけどな」
ベルがくすりと笑う。……こいつら、隙あらばノロケるよな。
静かに描くかと思いきや、ベルが退屈しのぎに色々話しかけてくる。大体モタリケ相手だけど、突然俺にも話を振ってくるから油断ならない。
「……ねぇ、あなたもそう思わない?」
「ん?」
おっと、考え事でウトウトしてた。ほら、聞いてなかったよ……
「眠そうだな。
子供になったから、やっぱり遅くなると眠いんじゃないのか?」
「んー……」
確かに、眠気に逆らいにくくなったな。身体が成長したがってるからか、休養を求めるみたいだ。ちっと困るな。
「モリー。後どれぐらいかかりそう?」
「……ベルは普段家にいるから、いつでも描き足せるしな。
30分もあれば、キリのいいところまで描けるよ」
「じゃあ、そこまででいいから急いであげて」
「分かった」
うーん……本人達がそれでいいって言うなら、俺も構わないけどな。何か眠気覚ましに考えよう……
「ウラヌス」
「ん?」
モタリケが神妙な様子で、声をかけてくる。なんだ?
「今日はあの子達と一緒に来てないけど、何かあったのか?」
「いや、別に」
アイシャが移動スペルを使えれば、一緒に来たかもな。でも本人の許可なく、俺がそのことを言うわけにはいかない。
「オマエ、ずいぶん見た目変わっただろ?
やっぱり前と今とじゃ、接し方が変わったんじゃないか?」
「……俺は、変わったつもりなんてないよ」
「オマエにそのつもりがなくても、周りがだよ。
オレ達の反応見ても分かるだろ?
そんなに変わっちまったら、イヤでも接し方が変わるよ」
「……モタリケ。
オマエ、俺の今の姿がイヤなのか?」
モタリケは黙ったまま、以前の俺を描いた絵に目を向ける。
「モリー。そういうのは良くないわよ?」
「にゃあ」
「ベル、いいよ。言わせてやってくれ。
モタリケ、怒りゃしないから思ったことを言ってくれ。気になる」
「……
必要なことだってのは分かってるが。
ベルが若返って会いに来た経験があるオレだから、言えることかもしれないけど。
どう接したらいいか分からなくて、困るんだよ」
「……」
「むしろ、今まで通りじゃダメなんだぞ?
自分が何を考えてるか、どうしてほしいのか、ちゃんと伝えないと。
今まで通りに接してほしいなら、そう伝えないと相手は分からないからな」
「……そう言われてもな」
「オマエは、相手が何を考えてるか分かるのか?」
「……。
ちょっと考える時間をくれ」
混乱してきたな。モタリケも上手く説明してくれよ……言いたいことが分かりにくい。
……つまりアレか。俺の印象が変わりすぎて、周りもどう接したらいいか分からなくて困ってるってことか。んー……
念が解けたから、かなり融通利くようになったもんな。今まで相当我慢してきたから、少しずつ好き勝手やるようになって、その解放感を味わってる。アイシャもそんな感じだ。
そういう意味で、メレオロンとシームは結構困ってるかもしれない。いや、はっきりとシームは様子が変か。この間まであんなにベタベタしてきたのに、今は俺のことが嫌いになったのかと思うぐらい距離を取ってる。前のままでも困るんだが。
そのクセ、桜にはベタベタしてるしな。うーん……
「まぁ言いたいことは分かったよ。
俺の見た目が変わりすぎて、何を考えてるか相手は分からなくなってるから、ちゃんと話して考えを伝えろってことだよな?」
「そういうことだよ。
特に前のオマエを気に入ってた人間は、内心面白く思ってないだろうしな」
うわ、ハッキリ言いやがる。……それこそ、どうしろってんだ。
「とりあえず、オマエが俺のことを気に入らないってのはよく分かったよ」
「怒るなよ」
「……そういう約束だからな。怒らないよ。参考にはしとく」
「元に戻る気はないのか?」
「……。今のところはな」
結局そういう話か。……若返りも色々メンドくせーな。
「モリー。ちっちゃい子いじめちゃダメよ?」
「……イジメたつもりはない」
「イジメられたつもりもねーよ」
「気に入らないなんて言われて、落ち込んでるじゃないの」
モタリケに悪く言われたぐらいで落ち込むとか、生き恥もいいトコなんだが……
「……これは、若返ったわたしだから言えることかな。
贅沢になっちゃうのよね。前のように接して欲しい、今に合わせて接して欲しい、2つ求めちゃうのよ。それが周りにも伝わるから、どう接していいか分からなくなるのよね」
「ベルの説明はメチャメチャ分かりやすいな。
モタリケ、オマエ少し見習え」
「オマエ、やっぱり怒ってるじゃないか。
思ったことを言えっていうから、そのまま言ってやったのに」
「あー、うん。そういうことな。ごめん……」
「モリー。
この子も、今までよりずっとメンタルがちびっちゃくなってるんだから、もう少し気を使ってあげて」
「ちびっちゃい言うなや」
ベルの子供扱いだってワリと傷つくからな? モタリケはむしろ、前と近い感じにしてくれてるのに。
「要はこの子も決めかねてて、混乱してるのよ。
周りの接し方もバラバラだろうから、子供らしくすればいいのか今まで通りすればいいのか、分からなくて。
使い分けが出来るほど時間も経ってないから、見守ってあげるしかないのよね」
「にしても、若返りすぎなんだよ……」
「そんなこと言われたって、俺だって子供になりたくてなったんじゃねーよ……
17歳から一気に9歳だぞ? すぐすぐ落ち着けるわきゃねーだろ」
「ほら、モリー。
困らせちゃダメだってば。元々だって若いんだし、繊細だったんだから」
「はぁー……。
俺も子供に釣られて言い過ぎたな。悪かったよ。
一度上で休憩しよう」
筆を置いて、席を立つモタリケ。1人で地下室から出ていく。
「……」
ベルも席を立って、桜を抱えたままこっちに歩いてくる。
「ほらほら、泣かないの」
「にゃう」
「……泣いてねーよ」
うわ、マジで泣いてる。なんで? なんで俺泣いてんだ?
「ごめんね。モリーには後で言っておくから。
……あなたの姿が変わりすぎて、きっとイライラしてるのよ。よっぽど、前のあなたのことが気に入ってたのね」
まぶたに溜まった涙が、つぅと頬を流れる。……そっか。俺は……
────『今までの俺』が好きだった人間を、裏切ったのか。