第二百二十一章
──10月18日。ウラヌスは帰ってこなかった。
ついさっき連絡はあった。遅くなったから、モタリケさんの家に泊まっていって、直接マサドラへ向かうと。夫婦も連れていくという話だった。
モタリケさん達と何かあったのかな……やけに落ち込んだ声だった。でも2人と険悪になったなら、泊まっていったり一緒に来たりしないだろうし。……ま、会って様子を見るしかないか。
とりあえず隣でまだ寝ていた姉弟を起こす。ウラヌスが帰ってこなかったと知って不安がっていたけど、連絡自体はあったから予定通りマサドラへ行くよう伝える。
朝食もお風呂も入らず、最低限の身支度だけ済ませて旅館を出た。
まだ外は薄暗い。早朝と言っても、夜明けまで待つわけにはいかない。日が昇れば昇るほど、他のプレイヤーと遭遇する確率は自然と増してくる。
起きたのは朝4時、旅館を出たのは4時15分。早足でオータニアの入口へ。
さて、早朝から150㎞のマラソンだ。怪物も出るし、森も突っ切ることになる。それでも予定より遅れないよう急がないとな。
軽くストレッチしてから、気負わず走り始める。まずは、マサドラまでの直線上にあるブンゼンを目指す。
ブンゼンを抜け、大木がある場所まで行き、景気づけに大木をぶっ叩いて白いクワガタ8匹を拾っていく。
マサドラが見えてきたので、速度を一気に落とす。ここからはむしろ隠密に動かないとダメだからね。──周囲に意識を向けると、私に向かって気配が近づいてきた。
私のそばまで高速で迫り、急激に身を翻して私と並走する桜色の髪。……いや、走ってないな。いつものように歩いてる。
「ウラヌス」
「おはよ、アイシャ。ちょうどいい時間だね」
「おはようございます。
オータニアから2人が来る、5時ちょうどに着くよう調整しましたから」
「余裕たっぷりじゃん」
「平気な顔して、こんなに速く歩いてるあなたが言いますかね」
おそらくまだまだ速く歩けるんだろう。速度を落としてはいるけど、それでも時速50㎞ぐらいは出してるんだけどな。
「起き抜けにすぐブッ飛ばしてきた、アイシャが言う?
俺、10分20分は遅れると思ってたよ」
「それはどうも、アテが外れてすいませんね。
お2人は今どこに居ます? あと、ユリさんはもう来ました?」
「モタリケとベルなら、先に魔法屋の近くに行って待ってる。
ユリ姉は誰も来ないか見張りながら、今は隠れてもらってるよ」
マサドラの入口に向かって、空から2人飛んできた。姿を認め、私達は駆け寄る。
「わっ!?」
「え、たった今!?」
着地直後、外から走ってきた私達に驚くメレオロンとシームに、足を止めて笑いかける。
「いいタイミングでしたね。
他の人達は先に行ってますから、急ぎましょう」
「あ、もちろん『絶』な。
出来るだけ気配は消してくれ」
「はいはいはいはい……
朝から重労働ねぇ」
「面白いじゃん、こういうのも」
ぶーたれるメレオロンに対して、シームは元気だな。ウラヌスの顔が見れて、ちょっと安心したか。
魔法屋の近くで全員合流し、私達は身を潜ませる。お店にはまだ誰も来る気配はない。
今はウラヌスだけ別行動だ。トレードショップでお金を引き出している。ここから先はとにかくスピードが要求される。
──ウラヌスが相当な速さで歩いてきた。彼に付いて、私達も魔法屋へ突入する。
大量にカードを抱えたウラヌスが、ドンッ! とカウンターにそれを置く。
「カードパック300袋ッ!!」
「はい。300万ジェニーになります」
ホントに買えたよ。怖いことするなー……。1分以内なら手にしたカードはアイテム化しない。だからトレードショップで大金を下ろし、1分足らずで魔法屋に入店して大量にカードパック購入も可能なわけだ。ともあれこれで、カードパックの購入資金調達の為に往復する時間を、大幅に短縮できた。
そして床の上にできる、カードパックの山。
みんな円陣を組んで地べたに座り、大急ぎでパックを開け始める。中身は確認しない。ひたすらパックから出たカードを、傍らに積み上げていく。
全てのパックを開け終えて、出てきたカードを全て円陣の中央にかき集める。そうして再び出来た山をウラヌスが整理し始めた。
まず馬鹿みたいに出た『名簿』と『解析』だけ選り分け、それをまとめて店の外へ放り出す。当然消えてしまうからもったいないけど、時間最優先だ。うっかり大事なカードが混ざり込んで見失わないよう、ある程度枚数を減らす狙いもある。900枚もあるからね。
続いて『贋作』と『宝籤』を選り分けるウラヌス。この作業を優先する理由は単純だ。『贋作』は変身させればバインダーの枠を圧迫しないし、『宝籤』はすぐに使って外れを捨ててしまえばいい。どうせ当たりは滅多に引けないしな。
後は手分けして、カードをきっちり選り分けていく。私は別の仕事があるけどね。
選り分け終わった『贋作』と『宝籤』をフリーポケットに収める。この為に予め30枠を空けておいた。店の外に出て、まだ誰も来ていないことを確認しつつ、店から少し離れた建物の陰に行く。
バインダーからカードを取り出し、小声で『贋作』を使用していく。続けて『宝籤』。こっちはこっちで急がないと。そこそこの値段で売れる不要なスペルを売りに行く役目もある。
ロクなカードが1枚も出なかったので、『宝籤』が変身したカードを全て捨てる。すぐさま店に戻り、残りの『宝籤』30枚を持って再び店外へ。
「……『宝籤/ロトリー』オン。
……『宝籤/ロトリー』オン。
……『宝籤/ロトリー』オン」
延々と唱え続ける。だんだんゲシュタルト崩壊してきたよ。これだけ使ってるんだし、いい加減なにか当たんないかな。私のそばで、さっき捨てた『宝籤』のカード化が解けてカオスなことになってるけど無視する。大きなアイテムを引いてないから、まだマシだし……
「……『宝籤/ロトリー』オン。──ん?」
引き換え券……何のだ? 確認しようとしたら、手にしたカードが再び煙と化した。
『17:大天使の息吹』
ランクSS カード化限度枚数3
瀕死の重症 不治の病 なんでも一息で治してくれる天使
ただし姿を現してくれるのは たった1度だけ
「え?」
……大天使の、息吹? え? ────えッッ!? うおおお、なんじゃこりゃあッ!?
大慌てでバインダーにそれを収め、すぐ使うつもりだった数枚の『宝籤』も放り出して、店の中に駆け戻る。
「ウラヌス!」
「アイシャ!」
顔を付き合わせて、同時に名前を呼び合う。うわっと、なんだ?
「……何かありました?」
「キタキタキタ、キタッ!! 待ちに待ったアレがッ! 引いてたッ!!」
「えっ……と」
もしかして……
「これっ、『堅牢』ッ!! ついに1枚引いた!
さっき、チラっと見た気はしてたんだけど!
これで大天使も──!」
「あ、その……! あの……!」
「……アイシャ、なんか『宝籤』で引いたの?」
「えっと……」
尻すぼみになりながら、私は手にしたバインダーのページを示す。
「えっ??」
これ以上ないほど、目を丸くして大天使のカードを見るウラヌス。異常事態を理解したらしく、みんなが『ざわっ……』とする。
「え、どういうこと……?」
「うわっちゃあー。どうしてこうなった?」
「え、えっ!? もしかしてアイシャ、自力で引いちゃったのッ!?」
「うーわ。えっぐいタイミング……持ってんだかなんなんだか、分っかんないわねぇ」
「アハハハハハハハ♪ もー、おっかしぃー♪」
口々に言われて、私も狼狽しながら、
「実は、大天使を直接引いたわけじゃなくて……
引き換え券の方を引いたみたいなんですよ。それが変身して」
「あー、なるほどね……
にしても、タイミング悪いなー。スペル40種と交換して、大天使を3枚に増やしてからだったら、引き換え券のまま確保できたのに」
「そうですよね……」
ほんと、なんてタイミングだよ。くぅ……
私が内心くやしがってると、ウラヌスは「ん?」と何かに気づいた様子で、
「いや、待てよ。
──違う。取れる、引き換え券も取れるよッ!!」
「桜、どういうこと?」
「引き換え券って、大天使の息吹がカード化限度枚数いっぱいの時に、代わりにくれるんだよ。で、アイシャが大天使を引いたわけだから、それを先に増やして──」
え……あっ、そうか! 大天使を3枚まで複製してから、スペル40種を交換すれば!
「うーわ、すっげぇ!
大天使のゲイン待ち対策まで出来るよ! アイシャお手柄!」
私の背をぱんぱん嬉しそうに叩くウラヌス。めちゃめちゃ喜んでるな。私も嬉しいよ。
「よし! だったら、なおさらミスしないようにしないとね。
アイシャは今すぐ『複製』で大天使を3枚にしてきて。
ベル、バインダーの指定ポケットを貸してあげて」
「はーい♪ アイシャ、行きましょ」
「ええ。ウラヌス、『堅牢』はどうします?」
「そっちも増やさないとだね。とりあえず1枚だけでも。
『擬態』と一緒に持っていって、増やしてくれる?」
「はい、すぐやってきます」
さぁ、まだまだ忙しいぞ。ミスには充分気をつけないとな。……フフ。それにしても、タイミング良すぎるというか、なんというか。ビックリしすぎたよ、もー。
「それにしても、アイシャすごいわねぇ♪
ランクSS引いちゃうんだから♪」
「ただのラッキーですけどね。
本当は、一坪の密林が引けてれば最高だったんですけど」
「アハ♪ それは贅沢言いすぎよ♪」
「ふふ、そうですよね」
早起きした甲斐があったな。あー、今日はいい1日になりそうだよ。
他のプレイヤーが来る前に、大急ぎでカードを整理し終える。大体30分ほどで即席7人パーティーは解散となった。
目的だった大天使の息吹は3枚確保、その引き換え券も3枚確保しておいた。手持ちの『堅牢』も2枚に増やしておく。出来れば『堅牢』を増やして指定ポケットを完全ガードしたかったけど、『擬態』は後6枚しか残っていない。他にも使い道があるし、ひとまずそれは諦めた。
メレオロンとシームは、一足早く移動スペルでオータニアへと帰った。私はウラヌスに空路で運ばれて帰還。10分程度で帰れるのはありがたいけど、やっぱり恥ずかしいな……
まだ朝食には早いので、お風呂へのんびり入る。
「はぁー……
早朝からお風呂っていうのもいいもんですねぇ……」
「アンタ、朝から走り回ってるもんね」
湯船に浸かって、半ば呆れた表情で言ってくるメレオロン。仕方ないじゃないか、移動スペルが使えないんだし……
「ふわぁー……あ。
にしても、やっぱりまだちょっと眠いわぁ」
「軽く運動したらどうです? 眠気が取れますよ。
なんなら付き合いましょうか」
「いや、アンタじゃないんだから……
どうせ今日も修行するのに、そこまで身体酷使したくないわよ」
「いえいえ、酷使だなんて。
軽い運動って言ってるじゃないですか」
「……アンタとアタシじゃ、基準が違うの」
むぅ。……いやまぁそれは分かってるけど。でもメレオロンって、基本のんびり屋なんだよな。動けないわけじゃないのに動きたがらない。そもそも運動が好きじゃないわけか。
シャカシャカシャカ……とシームの髪を洗っている。俺から『髪洗ってやろうか?』と尋ねて、シームも最初は嫌がってたけど、何とか説得して洗わせてもらってる。
「……シーム、ごめんな」
「え?
ゴメンって、何のこと?」
「昨日、俺帰ってこなかっただろ?
そのことだよ」
「なにか、あったの?」
「モタリケのやつにハッキリ言われたんだよ。
今のオマエは気に入らないって」
「えっ!?」
「……アイツ、前の俺のことが気に入ってたみたいでさ。
だから、子供になった俺を見てイライラしたらしい。……まぁベルがとりなしてくれたから、仲直りしたけどな」
「……」
「シーム。
前まであんなベタベタしてきたのに、俺にあんまりくっつかなくなったのはなんで?」
「え、えっと……」
「……
聞いといて悪いけど、ちょっとシャンプー流すよ」
シームの頭を下げて、お湯でシャンプーを流す。軽く手で髪の水気を切ってあげる。
「ウラヌスは……」
そこまで言って黙り込むシーム。……こればっかりは、すぐ答えは出ないか。
「後で聞かせてくれればいいよ。
とりあえず、リンスもしとくから」
できるだけ丁寧にシームの髪を整え、その後2人で湯船に浸かる。
「ふぅー……」
「……。
今のウラヌスって、元気だよね」
「うん? ……まぁそうだな。
オーラも復活したし、身体の不調が一気に吹き飛んだよ。生まれ変わったみたいな気分だな。
子供の身体で不都合も色々あるけど、それを言ったらシームも同じだもんな。俺が贅沢言うのもおかしな話さ」
「……ボクもね。
モタリケさんと同じで、前のウラヌスの方が好きだった」
「だよな……
それは何となく分かってたけど。
でも、どうしようもないしな。老化スプレー使って元に戻るか分かんないし、あんまり試したくない」
「……無理して戻らなくていいよ。
だから、今のウラヌスも好きになりたいんだけど……」
「……モタリケとベルの2人に叱られたよ。
みんなと、ちゃんと話せって。
急に若返って変わっちゃったから、俺の考えてることが、みんな分からなくなってるんじゃないかって」
「あ、うん……
ウラヌスって、自分からはなかなか教えてくれないよね。
聞いたら教えてくれるけど」
「んあー……
まいったな。それは気にしちゃいるんだけど。
その、先に色々説明すると、忘れるかなと思って。
実際疑問に思ってから聞いた方が、よく覚えてるだろ?」
「うん……
だから、それは別にいいんだけどね」
「でも、ちょっと言わなさすぎだよな。
悪癖だって分かってるんだけど、簡単には直らないな……
ま、少しでも不思議に思ったら出来るだけ聞いてくれ。ちゃんと説明するから」
「うん……」
「とはいえ、前は前で、俺も困ってたからなー。
あんなに甘えられると、流石に困っちゃうよ」
「えぅ」
「どーせ、俺が見た目子供になったせいで、甘えにくいんだろ?
シームもハズカシがり屋だな。ぷぷ」
「ち、ちがうっ!」
「だったら抱きついてみろよー?
ほれ、前やってたみたいにぷにぷにーって。ほれほれ」
「うーーーっ!
やあっ!」
「ぅおわっ、チョオッ!?
マジでやんな、おおお待て待て、くっつきすぎ!」
「んーっ!!
……ウラヌス、ほんとにちっちゃくなっちゃったね」
「シーム……」
「でも相変わらず、ちょーぷにぷにだね。
ぷにぷにぃー♪ ちょーぷにぷにぃー♪ あ、意外に抱きやすくていいかも」
「うわわわ、シームッ!
おまえ、も、揉みすぎ……おわぁーーーっ!?」
お風呂を上がった後はゆっくり部屋で過ごし、それから穏やかな朝食を楽しむ。
「そういえばウラヌス。
夜に帰ってきませんでしたけど、向こうで何かありました?」
「ううん、別に。
遅くなったから、強引に泊まらされただけだよ。
俺は何度も断ったんだけど、しつこくてさ」
「そうですか……」
うーん……ちょっと嘘を吐いてる感じがするな。何かあったんだろうけど……。ん? シームが妙な顔してる。シームにだけ話したのか? ますます気になる……
「今日はこれからどうします?」
「アタシ、二度寝したーい」
「あなたには聞いてません。ウラヌス?」
「どうしようかなぁ。
ユリ姉には牧農都市にある2枚の調査を頼んでるし、そうすると残りは一坪系だけなんだよね」
「……正直、重いですね」
「だよね。
海岸線の為にプレイヤー集めたりとかするのも、リスキーだしなぁ……
早起きしすぎてリズムも崩れてるし、この後は修行だけにしよう。今日は調整で」
「はいっ!」
「うーわ。このお嬢様、ちょー現金」
「うるさいですよ」
このやりとりも、何だか馴染んじゃったな。……でも、もうじき終わりかもね。ゲームクリアしたら、すぐに帰らないといけない。現実の難題が山積みなんだよな。はぁー……アレも相変わらず来ないしさ。いま来ても困るけど。
・カードパック300袋(900枚)の内訳
『盗視/スティール』30枚
『透視/フルラスコピー』19枚
『防壁/ディフェンシブウォール』58枚
『反射/リフレクション』16枚
『磁力/マグネティックフォース』7枚
『掏摸/ピックポケット』26枚
『窃盗/シーフ』8枚
『交換/トレード』14枚
『再来/リターン』48枚
『擬態/トランスフォーム』1枚
『複製/クローン』9枚
『左遷/レルゲイト』31枚
『初心/デパーチャー』13枚
『離脱/リーブ』1枚
『念視/サイトビジョン』11枚
『漂流/ドリフト』41枚
『衝突/コリジョン』44枚
『徴収/レヴィ』2枚
『城門/キャッスルゲート』26枚
『贋作/フェイク』7枚
『強奪/ロブ』3枚
『堕落/コラプション』6枚
『妥協/コンプロマイズ』4枚
『看破/ペネトレイト』16枚
『暗幕/ブラックアウトカーテン』38枚
『聖水/ホーリーウォーター』3枚
『追跡/トレース』15枚
『投石/ストーンスロー』18枚
『凶弾/ショット』7枚
『道標/ガイドポスト』25枚
『解析/アナリシス』107枚
『宝籤/ロトリー』53枚
『密着/アドヒージョン』10枚
『浄化/ピュリファイ』11枚
『堅牢/プリズン』1枚
『神眼/ゴッドアイ』1枚
『再生/リサイクル』33枚
『名簿/リスト』101枚
『同行/アカンパニー』14枚
『交信/コンタクト』22枚