第二百二十二章
今日は早起きしたから、朝から夕方まで修行三昧だった。
メレオロンはぶつくさ文句を言いながらもちゃんとメニューをこなすし、シームも形になってきた。私とウラヌスの組手も白熱して、思ったよりオーラを減らしすぎてしまったほどだ。充実した時間だったけど、気をつけないとな。
料亭の食事はそのぶん豪華だった。ユリさんも同席してるけど、またずいぶん自棄食いしてる。ハイループ攻略が芳しくなかったらしい。仕方ないよね、攻略の糸口が見えないランクSだし。クリア前と入手法が変わったから、情報集めも一苦労だろう。
あらかた食べ終わり、食後のデザートをお願いして、それを待つ。
「今日もお会計すごいことになりそうですよね」
「俺も食うようになったからね……
まぁでも、ランクBも大天使も取ったから、お金の使い道はもうそんなにないし。
少しくらい贅沢したって、へっちゃらだよ」
「そいつぁよかったのぅ」
…………。ん?
ウラヌスの背後に誰か居る。……私はウラヌスの隣に座っているので、首を回さないと位置的に見えない。が、見えているだろう向かいの3人が、無言で表情を強張らせている。
無表情のウラヌス。──やがて食卓に両肘を突き、アゴを手で支え、
「はぁぁぁー……
いや、さぁ。
いくらなんでも、オマエはないだろう……」
「招かれざる客、といったところかの?」
「……。ネテロ……」
当然、私も誰の声なのか気がついていた。けど、頭がそれを拒絶した。……有り得ない。あまりに唐突すぎる。
「便利なもんじゃな、スペルカードというのは。
じゃが、こんなところに突然現れるのは想定外じゃったよ」
目を向けると、立っていたネテロがその場に座り込んだ。胡坐をかいて、ヒゲをさすりながら私を見返してくるネテロ。
「元気そうで何よりじゃな、アイシャ。
修行に励んどるか?」
「……ええ、まあ。
あなたこそ修行は欠かしていませんか?」
「聞くまでもなかろ?」
「それはお互い様ですよ……
まさか、あなたとグリードアイランドで逢うことになるとは夢にも思いませんでした」
「ほほ、そんなに意外かの?
そして久しぶりじゃな、ウラヌス。
しかしお主、またえらいチビっ子になっとりゃせんか?
つーことはアレかの? 例のヤツはどうにかなったのか」
「……まぁ、な。
つか、どっから湧いてきたんだよ妖怪ジジイ……」
「そう言われても、お主に対してマグネなんたらを使っただけじゃわい。
近くまで飛んでいくかと思いきや、いきなり間近へ現れるとは思わなんだ」
「……移動先が隔たりのある場所、屋外から屋内とかだとワープすんだよ。
じゃねーと障害物に当たるから」
「なるほどの」
振り向きもせず、食卓に両肘を突いた姿勢のまま、ウラヌスは会話している。
「お待たせいたしましたー。マロンパフェです」
全く空気を読まずに、NPCがデザートを運んできた。読まないついでに、
「ご注文は?」
「……ん?
あ、ワシ?」
「……居座るつもりなら、なんか頼めよ。
じゃないと、繰り返し注文を聞かれるぞ」
「うぅむ……
お主ら、美味そうなモンを食おうとしとるの」
「だったら頼めばいいだろ。これぐらい奢ってやるよ」
「ふむ……では、お言葉に甘えようかの。
あー。すまんが、ワシにもこれと同じモノを1つくれんか?」
「畏まりました。少々お時間いただきます」
NPCが個室から出て行く。
「……さて、アイシャにウラヌス。
お主らはなぜワシがここに来たか、分かっとるか?」
「…………」
「こんな来るだけでも面倒な、馬鹿げた世界へようこそ。
よく俺達を見つけられたな?」
「全くじゃ。なかなか苦労したんじゃぞ?
まぁ時間はあまりかけずに済んだがの」
……私達に悟られることなく、ネテロは20メートル以内に近づいたってことだもんな。いったいどんな手を使ったのやら。
「ところで、ワシの質問に答えてくれんかの?」
「……予想はついてるよ。
ただ、何より先に1つ言っていいか?」
「なんじゃ」
押さえ込んでいたウラヌスの気配が膨らむ。ネテロだけにそれが向けられ、
「──オマエがずっと警戒の目を向けてる2人に。
いきなり手ぇ出したら、殺すからな?」
背筋にヒヤリとしたものを感じる。……明らかに本気だ。メレオロンとシームの表情が変わる。複雑な色に。
ネテロをして、笑みが消えて無表情になるほど余裕をなくしていた。
「……どうやら、本当に除念できたようじゃの。
まぁ分かったわい。ワシャそもそも状況確認に来たんじゃ。敵対もしとらんモンに手を出すような無茶はせん。じゃから気を静めんか」
……多分、ウソは言ってない。であれば、幾分猶予はありそうだな。
「ウラヌス」
「うん……
──ただな、ネテロ。オマエはクチだけじゃなく、臨戦態勢を解け。
いつでもぶっ放す準備できてるのは分かってるからな? 隠してるつもりか、それで」
「……
お主のソレも大概じゃのぅ」
ネテロの放つ気配が弱まる。おそらく百式観音を放つ準備だろうが……ウラヌスの目はそれすら見破れるのか。
「あと、ここは土足厳禁だ。さっさとゲタ脱げや」
「じゃから、ワシもいきなり屋内に来るとは思わんかったんじゃよ。
脱げばええんじゃろ、脱げば」
「つうかさ、ネテロ。
話をしに来たっつーなら、まず『交信』で連絡を取って、相手の了承を得るのが基本だ。
相手の状況も考えずいきなり現れたら、敵が襲ってきたと思われても仕方ねーからな? ここのマナー、分かってんのか?」
「ふむ……
確かに無作法だったようじゃな。これは済まなんだ」
そう言って頭を下げるネテロに、ようやくウラヌスが殺気を静めた。ふぅ……あんなに怒ってるウラヌス、初めて見たよ。いつネテロを攻撃するかヒヤヒヤしたぞ。
「ほれ、ここに座れ」
ウラヌスが動き、私から離れる。ネテロが私の顔を見てきたので1つ頷く。仕方ないといった風情で、私とウラヌスに挟まれる位置にネテロは座った。
「お待たせいたしましたー。マロンパフェです」
今度はちょうどいいタイミングで、NPCがデザートを運んできた。ネテロの前に置く。
「ほほ。では、ありがたくいただこうかの」
「はぁー。
オマエはぬらりひょんか……」
「む?
なんじゃ、それは」
「妖怪の総大将のことだよ。オマエみたいなツラした、ヒトにメシたかるクソ妖怪な」
「お主、ここぞとばかりにボロクソ言いよるの……」
「みんな、こんなクソジジイに構わず食べよ。
もし暴れたら、俺とアイシャでペシャンコにするから」
むぅ……いや、ペシャンコにはしないぞ。まさかネテロも、私とウラヌスに挟撃されるこの位置で無茶しないだろうしな。そもそもこの座敷は、百式観音を放つには狭すぎる。建造物に阻まれれば、いかにネテロといえど不可避の速さで攻撃は放てないだろう。
ぞんざいに扱われて不満そうだったが、パフェを口にして笑みを浮かべるネテロ。……私も食べよ。長丁場になるかもしれないし。
はぁー。すっごい消耗するな、この状況……
「旨いのぅ、アイシャ」
「……そうですね」
ネテロほど楽しめてはいないけどな。秋の実りと甘味に、味覚は喜んでるけど胃が拒否してる。私とネテロ以外、誰も食べてない……
「あの……」
さっきからずっと沈黙していたユリさんが、おずおずと声をかけてくる。
「こちらは、どなたさん? あなた達の知り合いなのは分かるけど……
ネテロって呼んでたけど、もしかして……」
「そういや、こちらのべっぴんさんはどなたかいの?
ワシャ心当たりないんじゃが」
……ということは、私とウラヌス、メレオロンとシームが居ることは分かってたわけか。でもユリさんの情報は持っていないと。
余計な意識を向けさせてしまったことに気づいたのだろう、困った表情を浮かべるユリさんに、
「名乗るかどうか、好きにしろよ。
……ここでお別れすりゃ、関わり合いにならないで済むぞ」
ウラヌス……まぁそうだな。実際どうするかはともかく、それでこの場は離れられる。ネテロなら嘘と見抜くかもしれないけど、余分な情報は与えずに済む。
「……
その子……ウラヌス、の実の姉です。ユリと申します」
「ほほ、なるほどのぅ。
なかなかの使い手だろうと見立てておったが、納得じゃわい。
……名乗るのが遅れたな。
ワシはネテロ。プロハンターの1人じゃ」
ユリさんの表情が強張る。確証がなかったからだろう、それを聞いて青褪めてすらいた。今ひとつ理解が及んでいなさそうなメレオロンとシームに対し、補足説明しておく。
「……このヒトは、ハンター協会の会長です。つい、この間まで」
「今は元会長じゃよ」
「ずいぶん長い間、会長を務めていましたけどね」
「そうじゃな。
会長を辞めた今は、自由気ままな余生を過ごしとるわい」
「……
アイシャが、ハンター協会の会長になったって話は聞いてたけどさ。
アンタ達、そんなヒトと知り合いだったんだ……」
メレオロンが呆然と言う。……混乱して、どうしたらいいか分からないんだろう。終始緊張している様子だ。震えだすシームに、メレオロンは手をこっそり伸ばして膝を撫でていた。
ウラヌスは、ネテロがそれに意識がいかないようにか舌打ちしてみせ、
「ちっ。適当な名乗り方しやがって……
最大級の武術門派、風間流とタメを張る心源流の師範だろが。
あと、この妖怪は──
掛け値なしの、世界最強の1人だよ」
「……お主さ。
そういうこと理解しとるのに、ぜっんぜんワシに敬意払わんよね?」
「座敷のスミから湧いて出た妖怪の分際で、まともに相手してもらえると思ってんのか。
ナメたことほざいてたら、丸めた新聞紙でブッ叩くぞ」
「……ワシのこと、黒い虫かなんかと思ってね?」
「やかましいわ、一緒にすんな。
オマエは全国の黒い虫さんに手ぇついて謝れ」
「え。ワシが謝んの?
師範とか世界最強とか紹介したワリに、扱いヒドすぎね?」
仲いいんだか、悪いんだか……。私、ここまでケチョンケチョンに言われてるネテロ、見たことないんだけど。リィーナですら、もう少し遠慮してたぞ。
「ネテロ、ウラヌスと知り合いだったんですね」
「ああ、まぁの。以前、色々とあってな。
お主こそ、こやつと知り合いじゃったか」
「……知り合ったのは、ほんの1ヵ月前です。
今は大切な友人ですけども」
「そうか、そうか……
確かにお主らなら、気が合うかもしれんな」
「分かったようなクチ利いてんじゃねーよ。
……これでも結構ケンカしてんだぞ」
「ほ? そうなんか。
ワシャてっきり、始めはそこのべっぴんさんも含めた三角関係かと思ったぞ」
『ぶッ!?』
噴き出す私と姉弟。メレオロンはアゴに手を当て、
「このおじーちゃん、意外に鋭いわね……」
待てコラ、メレオロン。余計なこと言うな!
「ほほぉ……これはこれは。
もしやデートしとるところを邪魔してしもたか? すまんのー。
ウラヌス、お主も変わらぬ魔性ぶりじゃな」
「誤解招くようなこと言ってんじゃねぇぞ、クソジジイッ!
友達と姉貴だって説明しただろうが!」
「そう言やお主、今はまだ男なのか?
縮んどるし、元々よー分からんかったが、今の見た目じゃサッパリ区別付かんぞ」
「……まだ男だよ。それがどうした?」
「いや、お主どっちでもイケるんじゃなと思っての」
「どっちもイケねぇよッッ!!」
どういう意味だろ……。何となく予想はつくけど。
「あーもうっ、そんな話どうでもいいだろッ!
はぐらかしてないで、さっさと用件を言え!」
「ふむ……
まぁそうじゃな。では本題に入ろうかの」
ネテロは居住まいを正し、
「NGLで大量殺人を犯して逃亡した巨大キメラアントの駆除、もしくは捕縛。
NGLで降伏、隔離された後、管理下から逃亡した巨大キメラアントの捕縛。
それらの巨大キメラアント2体の逃亡を幇助していると見られる、プロハンター2名に対する事情聴取。
──ワシの任務は、こんなところじゃ」
ネテロの並べ立てた言葉に、全員が沈黙する。ただただネテロは私達の現状を述べたに過ぎないが、表情が険しくなるのを堪えきれない。
「アイシャ=コーザ。ウラヌス=チェリー。
巨大キメラアントほどの危険生物の逃亡を幇助したともなれば、プロハンターとしても目に余る犯罪行為じゃが、申し開きはあるかね?」
「ネテロ、私は──」
「アイシャ、待って。
……ネテロ。こっちの言い分を聞く前からずいぶん一方的だが、それらが全て真実か、裏は取ったんだろうな?」
「いや、流石に全てとは言えんな。
じゃから、お主らにも事情を聞いとるわけで」
「そんなことを聞いてるんじゃない。そう認識した経緯があるだろ。
オマエ、誰に話を聞いてきた? 自分で調べたわけじゃないな?」
……なるほど、確かにそうだ。ネテロが調べたにしては、ずいぶん回りくどい。もっと直接的な手段をネテロは好むしな。
「そうは言うても、ワシ1人の判断でここへ来とるしの。
お主ら誤解しとるようじゃが、まだハンター協会はこのことを認識しとらんぞ?
NGLから逃亡を続けておるキメラアントが若干数残っとるのはハナから分かっとるし、管理地からキメラアントが逃亡した話も表沙汰にはなっておらん。
……いや、ワシも情報源がバラバラでな。多少推測を含んどるのは否定せん」
「けど状況証拠が揃ってるから、俺達に事情聴取してる──
で、いいんだな?」
「その認識でよい」
ふむ……。ん? なんかユリさんが聞きたそうにしてるな。
「どうしました、ユリさん?」
「えっと……
巨大キメラアントって、なに?」
私達が口を噤んでいると、ウラヌスは溜め息を吐いて、
「メレオロンは魔獣だって説明したろ?
なぁネテロ?」
「……降伏して協会が管理しとる巨大キメラアントは、新種の魔獣として扱っておる。
事実、違うとは言えんしの」
「……そう。
NGLで大量殺人があったって話は聞いたけど……」
「事件は表沙汰になったけど、巨大キメラアントがどうのって話は表に出てないもんな。
国家の上層部と国外の犯罪組織が衝突したとか、そんなニュースだったと思うけど。
その武力衝突で、一般人にも多数の死傷者が出たって」
「ええ……
私もそこまでちゃんとは記憶してないけど」
「紛争ニュースレベルだし、このご時勢じゃそういうのが流れてもみんな大して気にせんわな」
そう言って、ネテロに目を向けるウラヌス。ネテロは神妙な顔でヒゲをさすりながら、
「巨大キメラアントの存在自体が、国際条約に抵触するのでな。
各国連携して報道規制を敷いとる。
ゆえに、監視管理は最低限必要じゃが……」
「……どうあれ、アタシ達を野放しにはできないってことね」
「そうじゃな。
人畜無害である、と証明されん限りは」
「それは私が保証します」
ネテロは私をうさんくさそうな目で見て、
「お主1人が保証したところで、どうにもならん。
それよりワシャ、お主の態度が不思議でならんでの。巨大キメラアントの調査を独自に進めて、独断専行してNGLで大量駆除したのはお主じゃぞ?
報告の時に、巨大キメラアントの危険性について散々謳ったのはお主自身じゃろうが。
それが、どういう心境の変化か知らんが、なぜ今になって逃亡の手伝いなんぞしよる?
矛盾しとるにもほどがあるじゃろ」
「……それは……」
見透かすように私を凝視するネテロ。伝えたいことはたくさんある。が、考えが言葉にまとまらない。
「巨大キメラアントが危険だと認識した理由と、そやつらが安全だと保証する理由。
この矛盾をちゃんと説明せんか」
「…………」
まずい──
もちろん、メレオロン達が無害な存在だと説明しようと思えばできる。
けどその説明は、以前ネテロや十二支ん達に巨大キメラアントが危険であると説明した内容と、どうやったところで矛盾してしまう。
潜在的に大きな危険を孕む生物だから、野放しにできない。よって一刻も早く駆除する必要がある、と私は説明した。
巨大キメラアントである以上、この2人に対しても『監視が必要』だと私自身が語ってしまっている……
それを撤回するには『脅威を確認する前の巨大キメラアント』討伐をネテロに要請した、別の理由が必要になってしまう。……そんなの用意できない。本当の理由なんて、言えるはずもない。
「ふぅー……」
小さな唇から、静かに息を吐くウラヌス。全員の視線が集まる中、
「メレオロン。シーム。
このままだと2人を庇えなくなる。だから、今までに聞いたことを好き勝手喋るけど、いいか?」
「……いいわ。好きにして」
「うん……」
姉弟の了解を受け取り、ウラヌスの瞳が年齢不相応な理知の色を覗かせる。
「ネテロ、確認するぞ。
ハンター協会が巨大キメラアントを管理しようとする理由は、危険な生物だから。
そうだな?」
「その通りじゃ。アイシャが説明したことでもあるがな。
実際NGLで巨大キメラアントの手にかかり、大勢の人間が犠牲になっておる」
「……全ての巨大キメラアントが危険な存在かどうかは、俺は水掛け論にしかならないと思ってる。だから、それについて議論するつもりはない。
で、ハンター協会が主張するように、巨大キメラアントが危険な生物なら──
なぜ、きちんと管理しない?」
「うん? どういう意味じゃ」
「お前、もう会長を辞めたんだよな?
ハンター協会が巨大キメラアントを管理している──
それが事実だと、どうやって証明する?」
「……協会そのものを疑っとるということか」
「疑いじゃない。
管理出来てないっつってんだよ。
お前、自分が言ってることの矛盾に気づいてないな?
管理とはどういう状態を指すか、説明してみろ」
「……巨大キメラアントについてじゃな。
NGLで降伏した巨大キメラアントは、隔離された土地で厳重な監視下に──」
私とメレオロンとシームの表情が怪訝になるのを見て、言葉を切るネテロ。
そうだ。確かにネテロはそう言っていた。じゃあ……
「──置かれ、大人しく日々を過ごしておる。……はずじゃ」
「ははっ。
俺が言いたかったのはそれじゃねーんだけどなぁ。
ちょっとつついただけでボロボロ出やがる。
なぁネテロ。隔離された土地って、どこよ?」
「……それは言えん」
「はっ、聞くまでもねぇよ。
どうせNGLか、協会が保有してる人里離れた僻地辺りだろ?
少なくとも『スワルダニシティ』じゃないはずだよなぁ?」
「……っ!」
「メレオロン。
シームを連れて逃げ出す前、シームはどこにいた?」
「……その、スワルダニって街よ」
「ネテロ。
いつからスワルダニシティは隔離された土地になったんだ?
あそこ、都市人口は何人だっけ?」
「……」
ウラヌスはコツコツとテーブルを指で小突きながら、ネテロの顔を覗きこみ、
「黙ってねーで答えてくんねぇかな、ネテロ。
逃亡したキメラアントって、いったいどこで目撃された?」
「……スワルダニシティじゃ」
「おかしいよなぁ?
逃亡してるんだから、わざわざヒトの多い場所に行くわけがない。危険を冒してまでな。
この子は、スワルダニシティの施設に居たんだってよ。
──人体実験されてた、って聞いたんだけどな」
黒い感情を込めて、言葉を突き刺すウラヌス。明らかに動揺の気配を見せるネテロ。
「……それは、まことか?」
シームを見やるネテロ。沈痛な面持ちで、こくんと頷くシーム。
「そもそも、シームは基本的にただの人間だよ。
肉体的に多少変化しちゃいるが、巨大キメラアント扱いするには無理がある」
「なに?
どういうことじゃ?」
「NGLにいたキメラアント達に身体をイジられて、半獣人に改造されたらしい。
シームの他にも何人か居たらしいが、そっちは死んじまったって。……死んだ後まで、肉体を実験に供されたとも聞いてる。
シームが実験施設から脱走する直前まで五体満足でいられたのは、たまたまかもな?」
「……」
痛みに耐えるような表情でうつむくシームを、ネテロは困惑の眼差しで見ている。
「バカな。そんなはずは……」
「そんなはずって何だよ? 協会が管理してたんだろ?
もし何者かに拉致された後に実験台にされてたって言うんなら、管理できてることにはならんわな?」
「……少なくとも、そんな報告は来とらん。
協会の厳重な管理下に置かれるよう、ワシが手配したんじゃからな」
ウラヌスは少し考えるような素振りを見せ、
「……そういやネテロ。
妙に詳しいけど、NGLで起きた巨大キメラアントの事件にどの程度関わったんだ?」
「うむ……
アイシャから直接要請を受けての。NGLにワシ自ら赴いておる。
討伐隊を組んでおったが、ワシ1人先に現着して、キメラアントの残党をあらかた討伐した。そのうちのごく少数が降伏した。それが管理されておるキメラアントじゃな」
「ほぅ?
じゃあなんで、その『ごく少数』に含まれていたはずのシームのことをお前は知らないんだ?」
「──ッ!?」
「会ってないとおかしいよな?
シームはどう? このジジイのツラに見覚えある?」
「……ううん。今日、初めて会った。
ボクが何もしないから殺さないで、ってお願いしたのは別のヒト」
言葉を失うネテロ。……私の元へ急いで駆けつける為にずいぶん無理をしたはずだし、巨大キメラアントの残党討伐と負傷した私達の保護、それに加えて降伏したキメラアントまで……完璧に捌けるはずがない。見落としが出るのも当然だろう。その後すぐに会長も辞めてるしな……
「……すまなんだ、アイシャ。
お主ばかり責めるわけにはいかんかったようじゃ……ぬかりがないようにはしたつもりじゃったが」
「いえ、あなたは充分よくやってくれましたから……」
「アイシャ、1つ聞いていい?」
風向きが変わったことを察し、私はウラヌスを怖々と見る。
「……はい」
「色々事情があったんだとは思う。俺は、アイシャが巨大キメラアントを討伐したことを責めはしないし、むしろ大変な偉業を成し遂げたんだと思ってる。
けどさ。
ここでネテロを許せば、シームが人体実験されたのは仕方のないことだったんだって、認めたことになるよ。それでもいいの?」
ぅ……
「そう言うてやるな、ウラヌス。
ワシの手落ちが原因で、その少年が
……じゃがの、ウラヌス。
お主の言葉を返させてもらうが、それが事実だとどうやって証明する?」
「……証言だけじゃ足りない、確実な証拠を出せってことだろ?」
「そうじゃ。
でなければ、協会の管理が
ワシは今でも、そやつらは協会の管理下に置くべきだと思っとる。
無論、これまで以上に慎重は期すがの」
「……なら、確実な事柄を並べようか。
まず、ネテロに対して降伏したはずのキメラアント達の中に、シームは居なかった。
シームが降伏した相手は、ネテロじゃなかったにも関わらず、シームはハンター協会に管理されていた。これは事実だな?」
「うむ……相違ない」
「隔離された土地にいるはずのシームは、スワルダニシティにいた。
これも裏は取ってるな?」
「……居たのは事実じゃ。管理下にある状態で確認したわけではないがな。
その時点で既に逃亡しておる」
「分かってるよ。
逃亡後にスワルダニシティへ移動した可能性もゼロじゃないからな。その解釈に無理があるのは、お前自身わかっちゃいるようだし」
「……」
「そういやキメラアントって、共通する身体的特徴はあるのか?
メレオロンがNGLから逃亡した巨大キメラアントだって言うからには、確実な証明ができるんだよな? 実は本当に新種の魔獣とかありえるじゃないか」
……私が口挟む余地なんて、どこにもないな。さっき余計なこと言っちゃったし、私は黙ってた方がいいんだろう。ユリさんも聞きに徹している。
「うぅむ……
見れば分かると言っても、比較対象がおらんと難しいかもしれんな。
キメラアントは個体差が激しく、一概に共通する特徴があるとは言いにくいんじゃが。
……それでも大半の個体は、関節部が昆虫の節のようになっておる」
「そうか……
メレオロンは肘と膝がそうなってたな」
「ええ……」
「いちおう言っとくが、シームは違うぞ?
皮膚の一部が変化しちゃいたけど、関節部は人間と同じだ」
ウラヌスが目を向けると、シームは頷いて袖をめくった。……普通の人と同じ肘関節、腕の表面に鱗が貼りついている。
「うーむ、なるほどの……
確かにワシが見てきた巨大キメラアント達とは、いささか違うな。
さっきも言ったが、全ての個体が共通する特徴を持っておったわけではないから、それだけでは証明したことにならんが」
「別にいいさ。
どうせ証明しようとすれば、人体実験に逆戻りだしな。それを赦す気はない」
「ふむ……
まぁソレは分かったわい」
「で、だ。この2人は巨大キメラアントと認識されていて、現在はハンター協会の管理下から逃亡中なわけだ。
これを協会は追っている、と」
「ちょいと待たんか。
ワシャ1人で調べて、お主らに事情を聞きに来たと言うとろうが。
確かに巨大キメラアントは協会全体で手配をかけておるが、そやつら自体は直接追っておらん」
「ふぅん……
俺、さっきも言ったよな? お前は、自分が言ってることの矛盾に気づいてないって。
シームは、ハンター協会で管理してたはずだよな?」
「……そうじゃな」
「で、その管理されていたシームは逃亡したわけだ。
誰が逃亡したと判断したんだ?」
「……ワシ、じゃな」
「じゃあ、お前がシームを人体実験してたのか?」
「そんなわけがあるまいに……」
「なら、誰がシームを人体実験していた?」
「……」
「シームの証言を信じず、協会は人体実験などしていないと言い張るのは結構。きちんと管理していたはずなんだよな、お前の頭の中では。
けどそれを証明する手段は、ネテロ、お前にはないな?
だって、シームの顔すら知らなかったんだから。……なぁ、元会長さん?」
「むぅ……」
怒気を滲ませるウラヌスの声に、思わず呻くネテロ。
ウラヌスは静かにネテロを睨み据えながら、再び殺気を漲らせ、
「ずいぶんとナメられたモンだな……
俺にウソが通じると思ったのか? 何が1人で調べた、だ。唆されてノコノコ来たのはてめぇの方だろが。
これじゃあオマエもハンター協会も、一切信用できないな」
「ま、待たんか、ウラヌス。話を……」
すっかり狼狽するネテロ。ウラヌスはその胸倉を掴み、
「誰がオマエに、シームは逃亡したキメラアントだと言ったんだ?
────答えろ、アイザック=ネテロッ!!」
激昂するウラヌスに、その場が凍りついた。