」 ・ω・)」 < うー! / ・ω・)/ < にゃー!
第二百二十七章
「サ……サクラ?」
「にゃん♪」
隣の部屋から、ドタドタと足音が近づいてくる。多分、私が出した大声でなにごとかと思ったのだろう。
「アイシャ!? どうしたの!?」
「なにかあった!?」
「え……えっと」
「おっはよ♪ 2人とも」
「……おはよう」
「……? どうしたの?
え、アイシャ? ホントに何があったの?
まさか寝ぼけたとか?」
メレオロンが私を疑うように見てくる。……まぁ一見なにごともないかのように思えるよね。でも違うよ。とんでもないことが起きてるよ。
「……この、ウラヌスなんですが……」
「だから、ウラヌスじゃないってばぁー」
『へっ?』
揃って変な顔をする姉弟。……だよね。
「……ウラヌスじゃないらしいです」
「なに言ってんの?
どっからどう見てもウラヌスでしょうに」
「だから違うってばー」
「はぁ? アンタ、なに言って……」
「……じゃあ、誰なの?」
「にゃん♪」
大きく目を見開くシーム。遅れてメレオロンが「はっ!?」と声を上げる。
「まさか……桜なの?」
「にゃんにゃん♥」
シームへと嬉しそうに頷くウラヌス。……いや待てまて。やっぱり私も信じられないよ。
「冗談でしょ?
アンタ、ドッキリにしちゃタチが悪いわよ」
「冗談じゃにゃいってばー。
どうしたら信じてくれるの?」
「そん──信じられるわけないでしょうがッ!」
メレオロンが怒り出す中、おろおろとシームが助けを求めるように私を見てくる。
「アイシャ、いったい何があったの……?」
「すいません、私にもさっぱり……
さっき起こしてみたら、こうなっていたんで」
確かに違和感はあった。……今もそうだ。ウラヌスのオーラの質が違う。どこがというほどの違いじゃないけど……
「まさか、念獣……ではありませんよね?」
「んんー?
違うと思うけど? ほら、指輪もあるし。ブック」
ボゥン! とバインダーが出現する。やっぱりウラヌス自身なのか……。私がオーラを探った限りでもそうだしな。念獣の気配や手応えじゃない。
「ブック」
メレオロンも唱え、バインダーを開く。しばらくして、
「……間違いないわ。
『追跡』の効果でも、ここにウラヌスがいるって」
なるほど。他にウラヌスがいない以上、目の前にいるのが本人で確定だな。
「信じてくれた?」
「……アンタが念獣じゃないってことはね」
「じゃあどうしたら、桜だって信じてくれるの?」
……ホントに何が起きたんだ?
仮にこのサクラと名乗るウラヌスが、あの猫のサクラ自身であったとして。どういったケースが考えられる?
①ウラヌスの身体を、サクラの精神が乗っ取った
②ウラヌスが冗談でサクラを自称している
③ウラヌスの精神が何らかの異常をきたし、記憶が子供の頃に戻った結果、昔の名前であるサクラを名乗っている
……①はひとまず置いておこう。考えたくもない。
うーん……②は今のところなさそうだ。冗談にしても、ウラヌスらしくなさすぎる。
③は……ありそうだけど、どうだかな。私達のことはちゃんと分かってるし、都合よくサクラと名乗るような記憶の状態になるとは考えにくい。にゃんにゃん鳴いてるしな。
そうすると、一番有り得るのはやっぱり①か……いや、マズイ。それは非常にマズイぞ。じゃあウラヌスの精神は、今どうなってるんだ?
「……サクラ」
「にゃん! なぁに、アイシャ?」
心の底から嬉しそうな笑顔を見せるウラヌス。……ううう、聞きづらい。
「その……
あなたが、あのサクラだとしてですよ?
……ウラヌスは……どうなったんですか?」
「うにゃ?
……わかんにゃい」
えええ? わかんにゃいって……
それを聞いたシームはかなり焦った様子で、
「桜、どういうこと? ウラヌスはどうしたのッ!?」
「えっ?
そんなこと私に聞かれても……
だって、私も起きたらいきなりこうにゃってたし?」
「……元に戻ることはできませんか?」
「どうやって?」
……とぼけてる様子はない。自覚も何もなく、こうなってしまったのか。そりゃ分かるわけないよな……
けど、このままにはしておけない。元に戻るか見当もつかないし、少しでも手掛かりを掴まないと。
「サクラ、何かキッカケはありませんでしたか?
本当に何もなく、こんなことにはならないと思いますが」
「んんー?」
考え込む様子に、私も必死で思考を巡らせる。ウラヌスの姿をまじまじと見つめ……
──ようやく気づいた。違和感の正体。
「サクラ、ちょっと失礼します」
「にゃっ!?」
私はウラヌスの身体に飛びつき、全身触診してみる。違う、違う、少しだけど違う……浴衣のあちこちに手を差し入れ、にゃんにゃん鳴くのにも構わず、あちこち揉み倒す。
──ええい、ここもっ!
「んにゃああぁぁぁーッ!?」
……やっぱり、か。私が沈痛な表情で振り向くと、顔を真っ赤に染めたシームと、ドン引きしてるメレオロン。
「えええ……?
アンタ、正気? アタシ達の目の前で、そんなちっちゃな子に……」
「アイシャ、なにやってるの……?」
ぅわあ。めっちゃ人格疑われてる。いやいや、でも重要な情報を掴みとったぞ。
「んもぅ、なにすんのっ!? アイシャのエッチ!」
浴衣姿でぷりぷり怒ってるサクラ。……そりゃ違和感あるはずだよ。
「メレオロン、シーム。
今、ウラヌスは…………『女性』です」
──つまり、だ。多分研究の一環か事故かで、ウラヌスがホルモンクッキーを口にして、女性になったことが精神に影響を及ぼして、こんな状態になってしまったんだろう。
であれば……24時間後『男性』に戻った時、精神もウラヌスに戻る可能性が高い。……もちろん確証はないけど。ただ、今のところ他にアテがない。
なので当面の問題は、この『サクラ』をどうするか、なんだよな……
「あああ……ゴハン美味しーっ!」
いつもの旅館の朝食に、感動で打ち震えるサクラ。猫の時は食べられなかったもんな。仮に口にしたところで、味覚が違うせいで同じ味はしなかったみたいだし。
しかし、お箸とかは普通に使えてる。サクラの記憶をベースに、ウラヌスの記憶も問題なく持ってるってことか? よく分からん……
どう接していいか分からず、私達は嬉々として食べているサクラを眺めながら食事する。どうしたものかな。元に戻った後も記憶を残してそうだから、邪険にもできないし……
「あれ? みんな美味しくない?」
「……いえ、そんなことはありませんよ」
取り立てて豪勢な美食というわけでもない。むしろ素朴で少し贅沢な和食といった程度。もちろん私は美味しいと思って食べてるけど。
でもまぁ、こんな状況では私はもちろん、姉弟も箸が進まないだろう。
一番訝しげな顔をしているシームの隣に、サクラはスススと近寄る。
「な、なに?」
「貸して。……ほら、シーム。あーん」
『ぶっ!?』
シームの箸を奪い、皿から摘んだ料理を食べさせようとするサクラ。うは、なんだこれ。
「い、いいよ! 自分で食べるから!」
「だって、さっきからあんまり食べてないじゃん。
ほら、おクチ開けてぇ。あーん♪」
なんだか艶っぽいサクラの圧力に屈したか、おそるおそる口を開けるシーム。サクラは丁寧な手つきで、口の中へ料理を運んであげる。
「美味しい?」
「……うん」
「にゃん♥」
片腕でシームの身体をぎゅっとするサクラ。シーム、もうまっかっかだよ……
お箸を返して自席に戻り、笑顔を見せるサクラ。シームも複雑な表情をしながら食事を進め始めた。
うぅん……やっぱりウラヌスじゃないな。ヒトが変わったようにとは時折りある話だが、これじゃまるっきりの別人だ。豹変と言う他ないよ。この場合、猫変って感じだけど。
どうしよっかな。戻るまでこのままというわけにはいかないか。少なくとも、今日1日何もできそうにない。このサクラ、ウラヌスと違って思考が子供すぎるしな……
「──あ」
「アイシャ、どうしたの?」
反応したサクラには申し訳ないけど、私は姉弟の方へ視線をやり、
「メレオロン、シーム……
ユリさんに相談してみましょうか?」
「おおっ!
なかなかいいんじゃない?」
「……でもユリさん、何か分かるかな?」
「ほら、ウラヌスって昔の名前はサクラだったわけじゃないですか。
こうなったのって、いま若返ってるのも影響あるんじゃないかと思いまして」
「やっぱり、アンタもそう思った?
いつもと違って、なんかスゴイお子様なのよね……」
「うにゃ?」
サクラ自身は普段通り振る舞ってるつもりかもしれないが、肉体年齢に引っ張られてるようにも映る。……にゃんこらしいと言えば、それまでなんだけど。
「先に食事を済ませましょう。その後すぐユリさんに『交信』します。
……いいですか、サクラ?」
「うん、いーよー♪
おねーちゃんに連絡するんだよね?」
「ええ……」
分かってるのか、なんなのか……
急いで朝食を終え、部屋に戻ってから私はユリさんに『交信』で連絡を入れる。
そうすると眠そうな声が返ってきた。昨日、夜遅くまで頑張ってたらしい。夕方会って話した時はまだ1枚も取れてないって言ってたから、粘って攻略してたんだろう。
ウラヌスが異常事態であることを伝えると、文字通りユリさんはスッ飛んできた。
そして今朝起きたことを、私の推測も交えて説明する。ユリさんはかなり難しい表情をしていた。
「……桜、悪いけど色々確認させてね?」
「うん、いいよ」
承諾を得て、ユリさんはサクラを身体検査して、女性になっていることを確認。
そして子供の頃に関する質問を繰り返して、昔の記憶をちゃんと細かく覚えてることも確認した。
「……間違いなく本人よ。
少なくとも記憶に相違はないわ」
やっぱりか……。ウラヌス自身の記憶は完璧に持っているようだ。人格だけが変わってしまった。あまり考えたくはないけど……
「まったく、この子ったら……
可能性としては、自分の名前を与えた念獣の意識が膨らみすぎて、ごっちゃになったのかも。部分的に子供返りしてるっぽいから」
「ふにゃ?」
「……ウラヌスって、昔こんな性格だったんですか?」
「うーん……
なんか違う気はするんだけどね。でもクチが悪くなっちゃった後と比べれば、今の方が子供の頃により近いわ」
おやまぁ……可能性からは一度消したけど、部分的な幼児退行の線なら有り得るのか。なるほどねぇ……
ただ気になるのは、
「それにしては、にゃんにゃん鳴いてるのが気になるんですけど……」
「にゃん♥」
ちなみに今は、ユリさんの膝枕でスリスリ甘えていたりする。ユリさんも困った表情でサクラの頭を撫でてたりするから、まんざらでもないんだろう。
「そこは、ごっちゃになったからって言うしかないわね……
最悪、念獣である桜の意識が、身体を乗っ取ったってことになるけど」
「ええー。そんなことしてないー」
「じゃあ、なんでこうなってるの?」
「私にもわかんないんだもーん。
朝起きたら、こうなってたんだし」
「……ホルモンクッキーで性転換したのがキッカケになった、で間違いないでしょうね。
とりあえず24時間待って、性別が戻った時にどうなるか確認するしかないかな」
まぁ結局そうなるか。他に出来ることもないしな……
「心配だからそばにいてあげたいけど……
私が近くにいると、昔の桜だった頃の感覚に引き戻しそうなのよね。
ウラヌスに戻したいなら、むしろあなた達の方が適任だと思うわ。
悪いけど、この子と一緒にいてあげてくれる?」
「ええ……」
「ごめんね、面倒かけさせて。
桜。この子達と仲良くしてね?」
「にゃうー♥」
すっかりにゃんこだよ……。いやまぁ可愛いんだけどさ。ウラヌスとのギャップがスゴすぎるんだよな……
何か変化があったり聞きたいことがあったらいつでも連絡してと言い残し、ユリさんは帰っていった。さて……どうしようかな。
できれば、いつも通りが理想である。……可能な限り、ウラヌスらしく振る舞えるよう仕向けてあげれば、性格が戻るかもしれない。ホント縋るような儚い希望だけど……
「サクラ、あなたはどうしたいですか?」
「……アイシャ。前から言いたかったんだけどね」
ん? と思う。なんか反応が変わったな。
「サクラじゃないよ。ちょっとニュアンスが違うなと思ってたんだけど。
私の名前は『桜』。
これ。知ってるでしょ?」
そう言って、サクラは指を宙に躍らせる。文字? これは、『桜』という漢字──いや、ジャポン語か! そっか……
「すいません、桜。
確かに勘違いしてました。
私てっきり、共通語の方だと思い込んでいて……」
「分かる分かる。
ゴメンね、変なこと言って♪」
言いながらも嬉しそうな桜。はぁ……いいのかな、このやりとり。逆に精神を『桜』へ寄せてしまった気がする。
「で、何したいって話だっけ?」
「え、ええ。
桜は、何かやりたいことってありますか?」
「……ゲーム攻略」
「へ?」
「みんなと一緒に、ゲーム攻略したい。
ダメ?」
「えっと……」
こんな状態で攻略なんて出来るとは思えない。正直、外へ出すのも躊躇うような状態だ。
「ねぇアイシャ? ダメ?」
「え、えっと……」
桜が私のそばへ来て、身体をスリスリなすり付けてくる。ちょっ、ちょ……猫としては自然だけど、その姿でそんなことされると……
「攻略できないなら……」
「……出来ないなら?」
「みんなと1日ゴロニャンする!」
「わっ!?」
思いきり抱きついてきた。私の顔に自分の顔をくっつけて、ホッペタぶにぶにしてくる。ぅわわやめやめやめっ! 幼女かッ!? ……いや、そうだけど!
「ま、まってくださいサクラ! どうしてこんなこと……!?」
桜はぴたりと動きを止め、私の顔を間近に見てくる。お、おう?
「だってさ……
私はこの状態になれて嬉しいけど、いつ元に戻るか分かんにゃいし。
……だったら、今のうちにみんなと思い出作りしたいなって」
「桜……」
「今日だけかもしれないんでしょ?
……大好きなみんなと一緒に遊びたいもん」
私はチラリと、メレオロンとシームの方に目を向ける。……2人とも苦笑していた。
「……はぁ。分かりましたよ。
では一緒に、ゲームの攻略をしてみましょうか?」
「にゃんっ♪」
「でも、無理だと判断したら旅館に帰りますからね?
それでいいですか?」
「分かった! アイシャ、ありがと!」
身体を離し、ルンルン気分で左右に揺れる桜。ここまで喜ばれると、なんだかなぁ……
しかしどうしよう……。軽いイベントくらいなら平気かもしれないけど、指定ポケットカード関連だともう本格的なモノしか残ってないぞ。
お金稼ぎでもするか? でも充分予算はあるしな……スペルカードも潤沢にある。
そうすると遊び感覚で出来るイベント……桜も喜びそうだし、ウラヌスの感覚に戻せるかも。でも何がいいだろう……遠くに行きたくても、今の桜が私を空輸できるか怪しいし……
「……一坪の海岸線がいい」
「は?」
「みんなで、一坪の海岸線を取りに行こー♪ おーっ!」
うぉぉ、ちょっと待てぃ!
「待ってください、桜!
いくらなんでもそれは!」
「ええー?
でも取りに行かなきゃダメなんでしょ?」
「そ、それはもちろんそうなんですが……」
「いけるいける。
私とアイシャがいれば、ドッジボールなんてラクショー♪」
「いえいえいえ……
ムチャ言わないでください。
そもそも最低15人集めないとダメなんですよ?
でないとイベントすら始まりませんから」
「にゃう? 16人じゃない?」
「え?」
「だってアイシャ、『同行』で移動できないでしょ?
海賊イベントの開始って、15人以上『同行』でソウフラビへ飛ぶのが条件って言ってたじゃん。
アイシャは海賊イベントには参加できるだろうけど、開始条件を満たすのにアイシャは含められないんじゃない?」
お、おぉ……。確かにそうだな。スタッフアカウントで参加できるって聞いてたせいで、勘違いしてたよ。……桜、私より先回りして考えてるな。
これなら、任せても大丈夫か……? ウラヌスより思考力が落ちてるわけでもなさそうだし。いや、でも性格がこれじゃあ……
「だから、アイシャプラス条件を満たせる人数で、16人。
今ここに4人だから、後12人だね」
「……交渉とか必要ですし、かなり難しいと思いますよ?」
それにドッジボールを2人でなんて不安すぎる。あんなのにメレオロンとシームを参加させられないしな。やはり実力者が後6人は必要だろう。
「誰を誘うか、ちょっと考えてみよっか?
ブック。……みんなバインダー出して。今まで誰と遭遇してるか一度確認しよ」
まぁそれ自体は、必ずしなきゃいけないことだしな。今のうちにやっとくか。
全員がバインダーを出し、それぞれ遭遇プレイヤーの名前を……
「んっ??」
──なに? なんでコイツと遭遇してる? ただの同名か?
「おやぁー?
アイシャ、なんか変なのがいるね?」
なぜか桜もそんな反応。桜がトントンと指で示す名前を覗き見る。
それは、私がさっき首を傾げたのと同じプレイヤー名だった。
どうしてオマエがここにいる?
────ヒソカ。