どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第二百三十章

 

「……アイシャー。なんか違くない?」

 

 あらかじめ聞いていた話とかなり展開が違う為、桜は小声でアイシャに尋ねる。

 

「すいません……

 私が以前挑戦した時と色々変わってまして。

 さっきの女性のセリフもそうだったんですよ」

「あー……そっか。

 多分、初戦と再戦でイベント内容が違うんだよ。再戦だと色々端折ったりするから。

 アイシャが参加したのは再戦の方でしょ?」

「ええ、そうです。

 初戦の時に私は居合わせてなくて、そこまで詳しい話を聞いてませんでした……」

「にゃるほどねー。

 ま、気にしないで。勝てばいいんだろうし」

「なにゴチャゴチャ言ってやがるッ!?

 話の途中でオレを無視すんじゃねーよ!

 やるのか、やらねぇのか!」

「あーやるやる。

 だからルール説明して?」

「ちっ……クソガキが。

 炎の俵を越えて内に入ったら、勝負開始だ。

 一度に何人かかって来てもいいぜ。

 オレの体をこの俵の外へ出せば、オレ達のボスに直接会わせてやるよ」

「……で。

 予定と違ってるみてーだけど、誰がやるんだ?」

 

 プーハットが頭をガリガリ掻きながら尋ねる。

 

「要は相撲ですよね?」

「土俵とかタワラとか言ってるもんね。

 ルールはワリと変則的だけど」

「私がやった方がいいですか?」

「うーん、それもにゃー……ん?」

 

 ──パシャッ! という音とともにフラッシュが焚かれた。

 

 見ると、海賊達をカメラで撮影したシャーロットの姿。海賊達の雰囲気が一斉に剣呑なモノへ変わり、「ヒィッ!?」と声を上げるシャーロット。

 

「キミも空気読まないねぇ♠」

「だ、だって……

 このヒト達、あきらかにゲームキャラじゃないでしょ?

 もしかしたらスクープかもって……」

「……そこの女。ちょっと来い」

「イヤですッ!」

「いいから来いッ!!」

「あーもー……」

 

 予定外のことが起こりすぎて、うんざりと首を振る桜。怯えるシャーロットのところへ歩いていき、

 

「な、なに?」

「悪いけど──」

 

 桜は一瞬でカメラを取り上げ、手早くフィルムを取り出して粉々に握り潰す。

 

「あ……」

「お願いだから、こういうことはしないで。

 ……ヒソカ」

「だってさ、シャーロット。

 命が惜しいなら、この場のスクープは諦めるんだね♠」

「……」

「次やったら、カメラも壊すからね?」

 

 ぽんとカメラを返し、引き返した桜はそのまま炎の俵の内側へ入る。

 

「とりあえずフィルムは壊したから、許してあげてね?」

「シラネェな。

 イイからあの女、連れて来いよ。

 ふざけた真似しやがって……土俵の上で可愛がってやる」

「そんなことより、もう始まってるよ?」

「ああ?」

 

 桜は歩き出し、そのまま男性の腹にめりこむ。ズンズンと歩みを止めない。

 

「おおッ!? おおおおっ……!」

 

 ずずずずと後ろへ圧されていく男性。

 

「ほらほら、がんばらないとー」

「ぐっ!! ぐぬぬぬ……!!」

「お? けっこう力あるじゃん」

 

 後退が止まる男性。が、じりじりと桜の身体が腹を押し潰していき、脂汗をかいている。

 

「ガ……ガキィッ! てっ……めぇぇぇ……!」

「さっさと諦めたら?

 足、火傷しちゃうよ?」

 

 事実、後ろ足がジリジリと炙られるところまで下がっている。が、男性も必死で残る。

 

「な……めん、なぁぁぁッ……!!」

 

 男性が足をバタバタ前進させようとする。腕で桜を引き剥がそうと必死だが、ビクともしない。その状況で膠着し、やがて桜の方が嫌がりだした。

 

「ちょっとー。諦めたらって言ってるじゃん。

 自分から俵の外まで出なよ」

「うるっせぇぇぇぇっ……!! がぁああああッ……!!」

「──もうッ!!」

 

 癇癪を起こした桜が、男性の腹の肉を掴んで全身を持ち上げ、ブンッと俵の外へ放った。たまらず土俵の外へ転落する男性。

 

 全力を振り絞っていたところへ落下の衝撃が加わり、男性はショックでビクビクと痙攣する。

 

「ボポボッ!!」

 

 仲間の海賊が駆け寄る。溜め息を吐いた桜が、

 

「これで私の勝ち」

 

 仲間に介抱され、ダメージから回復したボポボが半身を起こす。まさか、こんな子供に投げ飛ばされるとは夢にも思わなかったのだろう。怒り狂った表情で呼吸を荒げたまま、

 

「こっ……の……ガキがぁーーーーッッ!!」

 

 土俵の外へ出た桜に、襲い掛かってくるボポボ。

 

 海賊の1人が、制止する為かボポボに向かって飛び出してくる。それより早く──

 

 ドゥンッッ!!

 

 恐ろしい速度で歩いた桜が、酒場の壁にボポボの肉体を叩きつけた。ミシミシミシ、とそのまま体当たりで圧力をかける。

 

「ごはぁ……!?

 ぐ、ぎぃぃぃっっ……!!」

「どうする?

 今度は酒場の外まで出せばいいの?」

「待てッ!! もういい、やめろッ!!

 ボポボとの決着はついた!」

 

 ボポボを止めようとしていた海賊が、今度は桜を制止する。

 

「ボスのところへ連れて行ってやる!

 ボポボも降参しろ! お前が約束したんだろうが!」

「ぐふっ……

 こ……こぅ……さん」

 

 桜がようやくボポボから離れる。今度こそ床に倒れ伏して、腹を抱えて呻くボポボ。

 

「……桜。やりすぎですよ」

「ごめん……」

 

 アイシャが窘め(たしな )ると、しょんぼりする桜。さっきまでの気勢など微塵も残っていない。

 

「……ついて来い。ボスに会わせてやる。

 ボポボ、お前も回復したらすぐ来い」

「ああ……

 ガキィ、てめェはオレが殺すからな……覚悟しとけよ?」

「んー。

 しつこいねぇ、おっちゃんも」

 

 そう言い残し、桜は案内役の海賊に付いていく。その場にいた15人の仲間達も、何とも言えない表情で付いていく。ヒソカだけは、やたらとニヤニヤしていたが。

 

 

 

 酒場から灯台へ移動し、海賊が入口の機械に数字を打ち込んで、重い鉄の扉を開放する。桜と一緒に扉を潜ったアイシャは、『おや?』と思った。

 

「どったの?」

「いえ……

 以前この場所に入った時、ちょっと」

「んー。

 ……アレじゃない? 前は無理やりだったけど、今回は初めから許可されてるとか」

「おそらく。これなら大丈夫そうです」

 

 以前アイシャがここへ来た時は、ボス属性で入口の──厳密には灯台の外周に張り巡らされたシステムロックを無理やり突破したのだ。本来ならイベント参加条件を満たさないプレイヤーがここへ侵入しようとしても、街の入口へ弾き飛ばされる仕組みになっている。アイシャはスタッフアカウントで特別許可を得ている為、今回はそのシステムも反応していない。よってボス属性も発動しなかった。

 

 進入禁止区域に入ったらGMから連絡がある──はずだったが、現状その気配もない。少なくともこの場所に関しては、あらかじめ許可を取った扱いになっているのだろう。

 

 

 

 灯台の中で案内された先は、体育館のような広い空間だった。実際、スポーツの設備が散見している。何のスポーツ用なのか、跳び箱まである。

 

 そして海賊達に混ざって、既にボポボはここにいた。おそらく先回りできる道か何かがあるのだろう。

 

「誰だ? そいつら」

「……客だ」

「オレ達を追い出したいそうだぜ」

「ホウ」

 

 奇妙な帽子を1人だけ被っていない壮健な男性が、やってきた16人の前に歩いてくる。

 

「じゃあ早速本題に入るが、勝負しよう。

 互いに15人ずつ代表を出して戦う。

 1人1勝。先に8勝した方の勝ちだ」

 

 特に反応を見せない客達に、全員イベント内容を把握済みだなと男性は判断しながら、

 

「勝負のやり方はオレ達が決める。

 それでお前達が勝てば、この島を出ていこう。どうだ?」

 

 桜は小さな手をちょいと上げ、

 

「質問していい?」

「どうぞ」

「その勝負のやり方って、そっちが好きに決めちゃうわけ?

 こっちが勝負を受ける前に、どういう内容かあらかじめ教えてくれないの?」

「その通りだ。イヤならお帰りいただこう」

「……ん、分かった。

 勝負を受けるよ」

「よかろう。バトルのテーマはスポーツ!

 ここにいるメンバーがそれぞれ得意なスポーツで、お前達に勝負を挑む」

「よしっ!!

 チビジャリ、こっち来いや!

 オレと相撲で勝負だッ!!」

 

 内心、桜は嘆息した。受けてあげたい気持ちもなくはないが、そうすると自分はドッジボールへの不参加が確定してしまう。

 

「にゃだ。やんにゃい」

「あぁッ!?」

「楽しみは取っとこうよ。出来れば私達が7勝した後とか?」

「…………」

「まぁ待てボポボ。そんなガキ相手にカッカするな」

「るせぇ! ……分かってるよ」

 

 怒りに打ち震えるボポボ。桜は困った顔でそちらをチラリと見るが、他のプレイヤーもいるので余計なことは言えなかった。ようやく流れが予定通りになったのに、妙な真似をして逸らすわけにもいかない。

 

「さぁ誰がやるんだ?」

 

 ボクシングのリングに上がった海賊の1人が、グローブをはめた姿で対戦相手が誰か、尋ねている。負けを予定していた7人が顔を見合わせる。

 

「わかってると思うが、やれるのは1人一試合だ。

 1人で何勝もすることはできないぜ」

 

 壮健な男性の説明に、やはり誰かがリングに上がらなければならないかと、負け予定の者達で相談を始めた。なおシャーロットは海賊から目をつけられているのでそもそも話に加わらず、ジェイトサリはドッジボール参加予定なのだが相談に付き合っている。

 

「モリー、一番手いってあげたら♪」

「やだよ。ベルこそ行けよ」

「ええー。わたしはほら、ちょっとボクシングってガラじゃないし……

 いちおうグローブとか着けないとダメそうなんだもん」

「誰かボクシング経験者はいるか?」

「オレはないぞ」

「私もないな」

「ルールすら分からん」

「オレも……」

「……」

「誰もいなさそうだな。

 どうせすぐ負けるのだから、別に経験者である必要はないが……」

 

 何やら相談が長引いてるので、気になっていたリングの下に佇む壮健な男性のそばに、桜は近づいていく。アイシャも心配なのでそちらへ向かう。

 

「久しぶりだね、レイザー。

 覚えてる?」

「ああ、覚えているとも。今度こそ歓迎するぜ、ウラヌス」

「歓迎ねぇ……」

「にしても、ずいぶんな変わりようだな。

 構いはしないが、若返り薬の多用はオススメしないぞ?」

「ゲームマスターからじきじきのご忠告とか、ありがたすぎて涙が出ちゃうにゃ」

「……私もお久しぶりです」

「アイシャと言ったかな。話は聞いている。

 前回は勝負できなくて残念だったが、今回は楽しみにしてるぜ」

「ええ。

 私も前回は参加できず悔しい思いをしましたから、あなたと勝負するのがとても楽しみです」

「私もー!」

 

 表情にも出ているが、内心ニヤニヤが止まらないレイザー。──もう1人こちらを愉快そうに見ている、ピエロにも似た風貌の男もかなりの実力だろう。

 以前アイシャが一緒だったメンバーと比べれば、実力者の人数は少ない。が、あちらで誰がボクシングをやるか相談している顔ぶれを見る限り、先に7敗するつもりなのだろう。予定通り、8戦目にドッジボールをする流れで行くかとレイザーも考えていた。

 

 

 

 結局ぶつくさ言いながら、ベルがボクシングのリングに上がる。

 

「お嬢さん、ボクシングのルールは知ってるか?」

「コブシで相手をぶっ飛ばす、野蛮なスポーツでしょ?

 細かいルールは知らない」

「その通りだが、あと他に特別ルールがある。

 念で創り出したものなら道具もあり!」

 

 リングに上がりながら補足するレイザー。リング下では、シャーロットがヒソカに、

 

「ということは、念で作った銃もアリってこと?」

「だと思うけど、キミは銃の具現化なんて出来ないだろ?」

「……やり方、教えてくれない?」

「キミが思ってるほど簡単なことじゃないよ。

 何より、キミにそんなの教えたら、ボクが一番撃たれそうな気がする♠」

「あははは」

「……♠」

 

 リング上では、海賊の1人とベルの間にレイザーが立ち、

 

「1ラウンド3分間、判定なし!

 どちらかがKO負けになるまで、何ラウンドでも続ける。

 ──ファイト!」

 

 カーン! と誰かがゴングを鳴らした。──瞬間、ベルはリング上に自ら横たわった。

 

「……スリップか?」

「ダウーン。早くカウントー」

 

 当然まだ何もされていない。しかし無傷のベルは、リングに寝そべったまま起きようとしない。

 

「ワン! ツー! スリー!」

 

 内心拍子抜けしながら、カウントするレイザー。あまりの露骨さに、対戦相手の海賊も呆れ返っている。

 

「──ナイーン! テーン!

 終~了ォ~」

 

 すぐに立ち上がり、パンパンと衣服の汚れを叩くベル。

 

「これでまず、オレ達の1勝」

「うん。予定通りだもん♪」

「……つまんねぇヤツラだな。ちょっとは勝負しろよ」

 

 グローブをいじりながら不満を洩らす海賊に、ベルは真下のリングをグローブで示し、

 

「だって、ここに描いてあるの神字でしょ?

 そんなところで戦ったら、何されるか分かんないもの」

「……」

 

 険しい顔つきになる海賊。ベルの戦闘能力のほどは分からないままだが、その観察眼は念能力者として一端(いっぱし)の人物ではあるようだ。

 

「よっと」

 

 リングに桜も上がってくる。

 

「ねぇ、レイザー。茶番は終わりにしない?」

「ん? どういう意味だ」

「分かってるでしょ? 私達が先に7敗するつもりだって。

 どうせ結果は変わらないんだし、さっさとメインイベント始めちゃおうよ」

 

 桜がそんな提案をする理由は単純、スポーツの内容によっては『まいった』ですぐ降参できるとは限らないからだ。ベルはうまくやってみせたものの、7敗するまでに誰か怪我するかもしれない。桜はそれを恐れていた。

 

 スポーツの順番も、アイシャの話では決まっていないような感じらしい。ボクシングが最初なのは同じだが、その次はリフティングだったりボウリングだったりしたそうだ。

 

 黙り込むレイザーを桜は見やりながら、

 

「別にスポーツの順番は決まってないんでしょ?

 だったら──」

「まぁその通りだがな。

 まったく、せっかちなヤツだ。ならば望み通り──」

「おい、待てよッ!」

 

 リングにボポボまで上がってくる。剣呑な空気に、ベルが慌ててリングを降りた。

 

 桜の前にやってきたボポボが、

 

「おいガキ。てめェ、7勝した後にオレと相撲やんじゃねェのか?

 話が違うだろうがッ!!」

「んー……

 出来ればって言ったじゃん? そんな約束してないし?」

「ふざけんじゃねェッッ!!」

 

 帽子を脱いで、リング上に叩きつけるボポボ。

 

「ボポボ、何の真似だ?」

 

 語気を強めて尋ねるレイザーに、ボポボは怯むことなく完全に据わった目つきで、

 

「もうアンタの指し図は受けねェよ。

 ここからは好きにやらせてもらうぜ」

「えっ、マジ?

 好きにやるって、なにするつもり?」

 

 またも予定外の事態に、目を丸くする桜。アイシャはリングに上がるか悩みながらも、全体の動向をつぶさに観察していた。三十人以上もの念能力者が集まる中、この空気ではどこで何が起きるか分からない。

 

「クソガキ、表に出ろ。

 てめェにやられた傷が疼いて仕方ねーんだ」

「んにゃー……

 ンなこと言われても、それは自業自得じゃんかぁ」

 

 桜としては、そんなに痛むなら治してもよかったのだが、治癒能力は迂闊に見せるものではない。特にこれだけ大勢がいる状況で桜も使いたくはない。なので、その提案もできなかった。

 

「てめェの望み通り、茶番は終わりだ。

 なんならここで殺してやろうか?」

「おい、ボポ、ボ……」

 

 グローブをはめた海賊が制止しようとしたが、レイザーの表情を見て一歩退く。

 

「そいつは契約違反だな。

 ムショに逆戻りだぜ、ボポボ」

 

 明らかに話の向きが変わり、その場にいた者達が大きくザワつきだす。

 

 事態の引き金となったボポボは、ベッとリングに唾棄し、

 

「知ったことかよ。

 このクソゲームに付き合うのも、もうやめだッ!!」

「ボポボ……」

 

 桜が哀れむように名前を呼び、ボポボは怒りの矛先をレイザーへと変える。

 

 大股で歩いてリングロープに手をかけ、後ろのレイザーを勢いよく指差しながら、

 

「オレに乗る奴はいねーのかっ!?

 全員でかかれば、あんな野郎ひとひねりだぜ。

 あとは船でもなんでも使って、島を脱出すりゃいいんだッ!!」

 

 いつか吐くつもりで用意したのであろうセリフで、嬉々として仲間に呼びかけるボポボ。

 

 

 

 そのボポボに向かって、レイザーは生み出した念弾を投げ放った。

 

 

 

 ────ボンッッ!!

 

 

 

 砕け散る。──ボポボに直撃する寸前、レイザーの放った念弾が。

 

 間近で衝撃を受け、ボポボがリング外へ転落する。……が、無事だった。

 

 一部始終を見ていたはずの者達も、何が起こったか分からないでいた。

 

 だが、少なくともアイシャは見えていた。レイザーの放った念弾を、桜が追って放った針が撃ち抜き、爆散させたのを。それも有り得ないほどの速度で。

 

「な……なにしやがるッ!?」

 

 ボポボも正確に状況を把握できていないが、いきなり攻撃されたことだけは分かったのだろう、筋違いな抗議をしている。リングに上がろうとするボポボを海賊達が取り押さえ、言い争いを始めた。

 

 リング上では、レイザーと桜が殺意をぶつけ合っていた。

 

「なぜ邪魔をした?」

「なんで殺そうとしたの?」

「ふん……

 おい。タブーを破ったら厳罰だと、あのバカに言ってなかったのか?」

「い、いえ。ちゃんと教えたはずです。

 オレも、アイツに教えてるところを聞いてましたから……」

 

 グローブをはめた海賊が、リングから下りる機を逸したままオロオロと説明する。

 

「殺されはしないとタカをくくってたわけか。

 ……救いようのないバカが!」

「バカなことしてくれてんのはアンタでしょ?

 質問に答えろよ、レイザー」

 

 流石に看過できないと、アイシャもリングに上がる。すぐ桜のそばに行き、

 

「桜、もうやめてください」

「止めないで、アイシャ。わたし納得できない。

 答えろって言ってるだろ、レイザー。

 なんでボポボを殺そうとした? 仲間じゃないのかッ!?」

「フン。

 あんな殺人者、いつ殺されても文句は言えないさ」

「ボス……」

 

 海賊が、レイザーに気弱な声をかける。

 

「アイツが何人殺したか教えてやろうか?」

「……そんなの知らないよ」

「強盗殺──」

「11件でしょ? 立証できなかったり、表沙汰にもなってない余罪を込みこみにしたら、いったい何人だろうね」

 

 レイザーと海賊が顔色を変える。──アイシャも、記憶の奥底でチリっと何かに触れた。

 

「……なぜ、そんなことを知っている?

 ボポボのヤツが話したのか?」

「教えてあげない。

 でも、どういう集まりかなんて簡単に予想つくよ。

 みんな、超長期刑囚か死刑囚でしょ? そういうの、ここ以外にもいたし」

 

 桜は旅団のことを言っていると、アイシャもすぐ見当がついた。やはり長期間ゲームに拘束できる念能力者として、そういった連中はうってつけの人材なのだろう。

 

「なら、なぜ殺そうとしたか理解できないのか?」

「命令違反。

 主にゲームの進行妨害。プレイヤーにここが現実にある島だって暴露しちゃってるし、脱走の煽動まで仕出かしてるね。これで逃がそうなもんなら、雇用したアホが罰せられるかも?

 ま。プロハンターなら、なんだかんだでお目こぼしされるだろうけどね」

「……ますます分からんな。

 そこまで理解していて、なぜボポボの処分を妨害した?」

「あぁ?

 レイザー、オマエ話きいてんのか?

 オマエがボポボを雇用したアホだなんて、誰が言ったよ? (ちげ)ぇだろ、つってんだよ」

「……」

「オマエが雇ったっていうなら、厳罰に処すのは理解できるよ。間違ってない。

 でも、オマエも死刑囚だろうが。ふざけるなよ。

 オマエこそ今すぐブチ殺すぞ?」

 

 レイザーが薄く目を開ける。その視線だけでもヒトを殺せそうだが、幼女な風貌の桜は更なる凶眼で威圧し返す。やがて奥歯を軋らせたレイザーは、

 

「……貴様の言う通り、オレも死刑囚だ。

 だがオレは、雇用主からこいつらを生殺与奪できる権限を与えられている。

 オマエが口を挟む余地などない」

「ナメくさってんのか?

 その権限を与える行為、オマエの雇い主は国に報告してんのか?

 死刑囚にそんな権限与えるなんて、脱獄を見逃す級の厳罰食らいそうだけどな? ……なんなら、オマエに死刑判決を下した司法機関に問い合わせてやろうか?

 もしかしたらオマエこそ愉快なムショに逆戻りかもな、レイザー?」

 

 桜の手酷いしっぺ返しに、二の句が継げないでいるレイザー。桜とて、実際は法律的にどうなのか分かっているわけではない。だが、分からないのはレイザーとて同じだ。確認してヤブヘビになるのも避けたい。

 

 囚人の雇用自体が、プロハンターの強権によるグレー行為である。同じプロハンターがそれを糾弾すれば、どうやったところで面倒ごとは避けられない。──なにせ、グリードアイランドのことを表の司法機関に説明できるはずもないのだから。

 

 このまま真っ向から言い争う愚を悟ったレイザーは、話を逸らそうとした。

 

「オレが死刑囚であることを、誰から聞いた?

 ゴンか?」

 

 思わぬ名前が出てきて、桜の殺気が緩んだ。

 

「……違う。ゴンはそんなこと吹聴したりしない」

「そうか。

 だが日の浅いボポボはともかく、オレが死刑囚としてシャバで知れ渡っていたのは昔の話だ。なぜオマエが知っているのか、不思議でならないな」

「……」

 

 アイシャもそれは不思議だった。桜の言う通り、ゴンから聞いていないのはアイシャも同じだ。おそらくゴンとレイザーがドッジボールの後にしていたというジンの話が、その辺りのことだったのだろうと予想はついたが。

 

 ゆえに、桜がなぜそんな情報を持っていたのか分からない。無論、ウラヌスであったとしても、だ。

 

 ──そちらは話がついたらしく、リングの下からボポボがレイザー達を見上げている。

 

「……ボス。オレが悪かった。

 もう逆らわないから、許してくれ」

 

 仲間に殴られたのか、ボポボの顔には(あざ)がいくつもあった。反省してるとは言いがたい様子だが、状況は理解したのだろう。内心の怯えが見え隠れしている。

 

「……」

 

 レイザーは酷薄(こくはく)にボポボを一瞥し、何も言わず桜へ視線を戻す。

 

「フン……お喋りが過ぎたな。

 お望み通り、次はオレがやろう」

「……わかった」

 

 渋々了承する桜。アイシャは桜の肩に手を乗せ、

 

「桜……

 気持ちは分かりますが、無理しないでください」

「うん……

 ごめん、なさい……」

 

 自ら吐いた言葉に傷ついている桜の様子に、アイシャは抱きしめずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

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