どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

247 / 300
第二百三十二章

 

 ──ボポボの死体が、海賊達に片付けられた後。

 

「再開するが、オマエ達の外野が居ないままだぜ?

 このまま開始するなら、ボールはこっちの外野のモノだ」

 

 桜が取り憑かせた影の念獣は、ボポボのオーラ消失とともに消え去ってしまっている。なので外野に戻すことが出来ない。

 

「……内野から自分で外野に行くのはアリ?」

「認めます。

 が、アウトと同じ扱いになる為、内野には戻れませんよ?」

 

 審判の言葉を聞いて、ジェイトサリの影を外野に出す桜。

 

 これにより桜チームの外野がボールを保持した。ジェイトサリの影は、外野から内野に向かってボールを高く放り、

 

「フッ」

 

 飛び上がったレイザーが、そのボールをキャッチした。桜が舌打ちし、

 

「いちいちムカつくにゃー……」

 

 パスカットして内野に着地したレイザーが、愉快そうにボールを手元で回転させる。

 

 対する内野は、アイシャ、桜、ヒソカ、メレオロンの影、シームの影、センリツの影。それぞれが身構える。

 

「さぁ……いくぜ」

 

 レイザーが内野後方に下がり、ボールを投げ放った。

 

 ゴッ!!

 

 体育館の空気を裂き、桜の元へ飛翔する凶弾。

 

 パンッ!

 

 桜は無表情にそのボールを片手で掴み取った。その場から一歩たりとも動かず。

 

「ンだ、この棒球は?

 やる気あんのか、オッサン」

 

 桜に毒づかれて、鼻白むレイザー。一度後方へ下がったことからも分かるように、力を試す為に放った一投だ。……まだボポボの一投を受けた手の痺れが抜けきっていないからでもあったが。だとしても、片手であっさり止められるのは全くの想定外。

 

「よっ」

 

 それこそやる気なさげに、桜はボールを雑に振りかぶり──

 

 ゴゥゥゥゥッッ!!

 

 放たれたボールは、ギリギリで身構えたレイザーにもその念獣にも直撃せず、間をすり抜けて外野へ飛び去った。

 

 ──ドゴッッ!!

 

 体育館の壁に突き刺さったボールが、構造物にメリこんだまま出てこない。

 

「……」

 

 沈黙するレイザー。あの威力を見る限り、捕球は至難。もし念獣が食らえば、吹っ飛ぶどころか消し飛んでしまっただろう──そう思えるほどの威力。

 

 ここまでの一連の流れに、ヒソカは内心狂喜していた。桜は是非とも一戦交えてみたい相手だ。掟のせいでそうそう戦えないことが悔やまれるが、こういう性格なら頼み込めばやらせてくれるかもしれない。まるでオモチャ箱のように次々と桜が繰り出す手の内は、ヒソカの嗜好を存分に刺激した。似た者同士というべきか。クロロに近しいから、というのもあるだろう。

 

 一方、アイシャは混乱していた。明らかに桜の実力は、ウラヌスを大きく上回っている。なぜこんなことが起きているのか理解できないが、1つだけ分かることがある。

 

 

 

 ────レイザーは、桜を怒らせすぎたのだ。

 

 

 

 外野横に回りこんだジェイトサリの影が、代わりのボールを内野へパスする。今度こそパスを受け取る桜。

 

「……アイシャ」

「なんです?」

「私、あいつ殺すかも。

 もしそうなったら、ゴメンね?」

 

 桜の身体から殺意が漲った。手にしたボールがギりりと(たわ)む。

 

 危機を察したレイザーが、即座に7体の念獣を束ねる──

 

 外野にいたNo.1まで束ね、巨躯を誇るNo.28がレイザーの前に出現した。

 

 桜は軽くボールを上に放る。

 

 そして落下してきたボールに合わせ、掌打──まるで相撲の張り手のように右手を撃ちだした。

 

 ドバチィィィィィッッッ!!

 

 戦艦の砲撃にも見紛う弾丸が、No.28の両腕を消し飛ばし、体躯に捻れる大穴を穿って、微塵に引き千切った。

 

 尚も襲い来る弾丸に、レイザーは一切の迷いなくレシーブを合わせる。

 

 ──ゴリリッ!!

 

「ぬ……ああァァッッ!!」

 

 想定外の威力は元より、レシーブで触れた皮膚が抉られる。恐るべき回転が籠められている。──それでも。

 

 ボールをかろうじて、上へと跳ね上げた。天井近くまで跳ね上がり、落下するボールをキャッチするレイザー。──そこまでして尚、ボールを掴んだ手が残留する回転に弾かれかけた。

 

 なんとか取りこぼさず、キャッチに成功するレイザー。全身から汗を滂沱(ぼうだ )の如く流している。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

 

 皮膚をこそぎとられた両手首から血を滴らせ、ボールを保持した腕を震わせるレイザー。もしNo.28が威力を大きく削いでいなければ、確実にアウトだっただろう。

 

 そんなレイザーに、桜は小バカにするような笑みを浮かべながら、

 

「タイム取ってもいいよ。治療ついでに休憩してきたら?

 あと、お前がキャッチしたから、合体させた念獣は出せるなら戻していい。……そんな無駄なことにオーラを回す余裕があるならねぇ?」

「レイザー選手がキャッチした為、No.2からNo.7までの選手もセーフです。

 ただし内野がゼロになる前に念獣を出せなかった場合、退場扱いとなります」

 

 桜の言葉を後押しする審判の説明に、レイザーはしばらく沈黙し、

 

「……タイム」

 

 ボールを床に落とし、両腕を力なくぶら下げ、部下の海賊達の方へ歩いていくレイザー。

 

「桜……」

「正直、レイザーはよく止めたと思うよ。

 私、死んでも構わないぐらいのつもりでブチ込んだもん。……ボポボの分のつもりで。

 きっと、気持ちのどっかで手加減しちゃったんだろうにゃー」

「キミ、本当に面白いね。

 でもこれじゃ、ボク達の出番はないんじゃないかな?」

「うにゃー……

 じゃあ次、アイシャが投げてよ」

「私ですか?」

「戦ってみたいでしょ?

 っていうか、レイザーのこと、アイシャはどう思ってるの?」

「……

 ぶちのめしてやりたいのは、私も同じです」

「だよねぇー。

 んじゃ、次お願いね♥

 ヒソカはアレ、次レイザーが投げてきたボールのキャッチ、お願い」

「でも、ボクが狙われるとは限らないよ?」

「私達が縦一列に並んで、ヒソカが先頭なら捕れるでしょ?

 レイザーが念獣を出さない限り、パス回しも有り得ないからさ。変化球投げてきたら、まぁ私が止めるよ」

「なるほどね。

 ボクのおしりにアイシャとキミか。いいね♥」

「なんか引っかかる物言いですね……」

「くふふ。

 レイザーの球からキミ達を守れるなんて、ボクも誇らしいよ♥」

「だってさ、アイシャ。

 お言葉に甘えよ?」

「うーん……」

 

 

 

 しばらくして、両腕に包帯を巻いたレイザーが戻ってくる。

 

「もういいの?

 もっと休憩しててもいいよ」

「そうはいかん。

 勝負はまだ始まったばかりだ」

「そんな強がり言ってぇ。

 残存オーラ、もう半分くらいじゃん?」

「……」

 

 レイザーの潜在オーラ量は154000、現在は残り80000まで磨り減らしている。やはり念獣を消し飛ばされたのが痛かったと言える。オーラに戻すことすらできなかった。

 

 何より桜の放った一撃で、削られたオーラと肉体のダメージが大きすぎた。そう何度も太刀打ちできないだろう。ゆえにレイザーはバックの権利が使えなくなるのは承知の上で、念獣を新たに出していない。──そんな余裕はない。

 

「レイザー、ゲームマスターなんでしょ?

 大天使の息吹みたいな回復手段、絶対あると思うんだけど。

 使わないの?」

「……勝負の途中でそんな真似はできん」

「それこそ舐めプだと思うんだけどね。あーあ、つまんない。

 バカみたいな意地張って、死んでも知らないよ?」

 

 ヒソカの後ろにアイシャが、更に後ろに桜が並ぶ。

 

「ほぅ」

 

 レイザーにとって見覚えのある陣形だ。合体こそしていないが、協力して捕球する気か。

 

 ところが、アイシャはまだヒソカを支えるような素振りを見せていたが、最後尾の桜は完全に気を抜いていた。本気で捕球する姿勢なのはヒソカだけだ。

 

「ヒソカー。

 多分レイザー、めっちゃ本気で来るからねー。

 真面目にやんにゃいと、自分が死ぬどころかアイシャにまで怪我させちゃうよー?」

「……。

 もうちょっとその、言い方ってないかな?」

「アイシャも、ヒソカが邪魔でヤバイと思ったら避けちゃっていいよ?」

「それも考えてはいますが……」

 

 首を傾げるレイザー。つまり、わざわざヒソカにボールを捕らせる為に縦並びの配置に着いているということか。

 

「舐めやがって……」

 

 桜はもう勝負の趨勢(すうせい)は決したと言わんばかりに、好き勝手に振る舞っていた。手負いのレイザーなどおそるるに足らず、という態度がアリアリと出ている。

 

 ズズズ……

 

 手にしたボールを、大量のオーラで覆う。──構うことはない。3人とも殺すぐらいのつもりで、最大の一撃を放つ。レイザーはその腹を決めた。

 

 ボールを上に放り投げる。ずいぶん長らく出していなかった、全力の全力を振り絞った最高の一打を見舞う──落ちてきたボールに合わせて、レイザーは床を蹴り。

 

 ドッッッッ!!

 

 バレーのスパイクを放った。──ほぼ一瞬でヒソカに到達するボール。

 

 ヒソカも迷うことなく能力発動。【伸縮自在の愛/バンジーガム】でボールを覆いつつ、全力で剛球を寸分の狂いなく受け止める。

 

 当然の如くそれでも剛球は止まることなくヒソカを後方へ圧しながら、腹部を抉らんと突き進み──

 

 急速に、その勢いが途絶えた。

 

 後ろからヒソカの身体を、アイシャが支えていた。ヒソカなら止めてみせるだろうと、そう思っていたからだが……

 

 実際はヒソカの前方に回りこみ、無造作に片手でボールを掴んだ桜が止めていた。──形としては、ヒソカの【伸縮自在の愛/バンジーガム】がボールを捕りこぼさないようにしながら、桜がボールを真逆に引っ張って止めたことになる。

 

「バカな……」

 

 有り得ない光景だった。片手で、まして引っ張ってボールを止めるなど──桜が前方へ回り込んだ速度も、レイザーの目で捉えきれないほどだった。

 

「大丈夫、ヒソカ?」

「……ああ。

 アイシャとキミのおかげでね♦」

「にゃふ♪

 大丈夫そうだね。間に合ってよかった」

「私はあなたが吹き飛ばされないよう、身体を支えただけですよ」

「ヒソカが正確に捕球してくれなかったら、私もあんな止め方できなかったよ。

 レイザーがあそこまで威力上げてくるとは思わなかったから、ちょっと焦っちゃった」

「じゃあ全員が力を合わせたおかげってことだね。

 ……それにしても、本当に強いねキミ♣」

「うんうん。

 ……ところでヒソカ。

 まだボールにくっ付けてるゴムみたいなの、解除してもらってもいい?

 色々便利そうだけどさ。多分いらないと思う」

「はぁー……

 それも見破るのかい? ちゃんと隠してるのになぁ……♠」

「どうせすぐ千切れちゃうよ。

 アイシャが普通に投げると思ってる?」

「……いいや♠」

「桜は、私がどうやって投げるつもりか予想できてるんですか?」

「なんとなくね」

 

 桜はレイザーの方を見やり、

 

「さて、レイザー。死ぬ覚悟は出来た?」

「なに……?」

「真剣勝負やってんだからさ。

 そろそろ自分が死ぬかもしれないって、危機感持った方がいいよ?

 ──ナメてんのはテメェだろうが」

 

 針で突き刺すような殺意を籠めたオーラを、レイザーへ向ける桜。すぐにも投げつけてきそうな気配に、レイザーは残存オーラをありったけ防御に回す準備を始めた。

 

「ん。アイシャ、いつでもどうぞ」

 

 さらりとオーラを消した桜は、ボールを下から片手で支え、まるで宗教的な杯の( さかずき )ようにアイシャの前で掲げた。

 

「……よく分かりましたね」

「私はヘマしないから、全力でね。

 アイツ、殺すつもりでやっちゃって。

 ……即死さえしなければ、治すこともできるからさ」

 

 一つ頷いた後、アイシャは構えた。

 

 その体勢はアイシャが奥義と定める技、浸透掌を放つ前のそれに似ていた。が、違う。もしそんな技をボールに放てば、文字通り浸透した衝撃が、オーラを纏ったボールですら粉微塵に破砕してしまうだろう。

 

 無論【天使のヴェール】を発動させたままではあるが──アイシャはオーラを練り上げ、全身をありったけ強化する。

 

 オーラこそ見えていないが、アイシャの凄絶な気迫を感じ取ったレイザーが知らず汗を滴らせる。

 

 万全に機が熟し切った刹那──

 

 掌打を放つアイシャ。手にボールが触れる直前、アイシャの『硬』『周』『流』によってボールが極限まで強化される。

 

 ボールに触れる瞬間、掌打に『硬』。充分に衝撃が加わる刹那、ボールの纏う『周』が高速回転しだした。アイシャが編み出した『廻』だ。

 

 桜によって方向の微調整まで行われ、レイザーへと一直線に殺人的な砲弾が放たれた。

 

 レイザーは──自分の意思とは無関係に、生存本能に従って全力で回避した。

 

 禍々しいオーラを纏ったボールは、レイザーが直前までいた空間を切り裂き、体育館の内壁を穿ち、灯台の外壁すら突き破って、暗い海の彼方までカッ飛んでいった。

 

 一同が、そのあまりの威力に呆然とする中……桜は1人爆笑していた。

 

「にゃあっはははは♪

 もーアイシャ、やりすぎだってばぁー。

 レイザー、ビビって逃げちゃったじゃーん。ぷークスクス」

「え……えっと、まぁ。

 私も、ぶっつけ本番でここまで上手くいくとは思ってなくて……」

「これじゃ、ヘタに練習もできないもんねぇ」

 

 実のところ、前回参加できなかったドッジボールを見物していた時、もし参加できたら試してみたいとアイシャが考えていた技だった。アイデアを活かす場もなく、その理論は念弾へと転用されたが、ようやく本来の形でお披露目されたわけだ。

 

 そして、音すら置き去りにするあの殺人球を回避してみせたレイザー。直前まで避けるつもりなど一切なかった。桜が警告したからこそ回避が間に合った──命拾いしたようなものだ。普段から触れている、ボールに対する嗅覚があってこその回避成功だったが……

 

「でもアイシャ。

 回転にパワー与えすぎて、速度が落ちちゃってたね。そのせいで避けられちった。

 やっぱりその辺が課題かにゃあ?」

「……桜もそう思いました?

 ボールを押す時間と回す時間の配分の問題ですね……

 こればかりは結果を見て調整しないと」

「回転力を落とすと軌道がブレて命中精度も落ちるだろうし、難しいよね。

 威力は文句なしなんだけど」

「……♠」

 

 なにやら恐ろしい会話をしている2人に、奇怪なモノを見るように目を細めるヒソカ。

 

 ボール権はレイザーの外野がいない為、自動的にウラヌスチームの外野ボールである。ジェイトサリの影が代わりのボールを持ち、やはり内野の桜へパスした。

 

「……桜。

 さっきから気になっていたんですが、手は大丈夫ですか?」

「おてて? うん、大丈夫だよ。

 ほら、みてみて」

 

 ボールを持ち替えながら、手をくるくるして確かめさせる桜。アイシャが目視した限り、その小さな手は爪先に到るまで完璧に無傷だ。麗し(うるわ )くすらある。

 

 本来なら有り得ないことだろう。あれだけの威力のボールを放たれる直前まで保持し、しかも『廻』によるオーラの猛回転にしばらく巻き込まれたはずなのだ。一瞬とは言え、ヘタすれば腕ごと持っていかれるほどの渦動に見舞われただろう。

 更に桜は、放たれるボールの方向調整までやってのけている。ボールに干渉した以上、何らかの損傷を負っていなければおかしいのだが……

 

 

 

「あの2人、一体どうなってんだよ……」

 

 コートから離れた場所で見物していた桜の仲間達は、常軌を逸した戦いを目の当たりにし続け、ざわめきが収まらなかった。

 

 特にアイシャが放った一撃は、離れて見ていた者達にとってすら衝撃的だった。なにせアイシャはずっと【天使のヴェール】でオーラを隠し続けているのだから。ここ1ヵ月は、強制『絶』だったのも大きい。

 その上でアイシャが放ったボールには、狂気的なまでのオーラが籠められていた。以前からアイシャを知っていた者ほどギャップは強烈だったろう。ジェイトサリに到っては、なるほど彼女がネテロ会長を病院送りにできたわけだと得心していたが。

 

「確かにスゴイ2人ね……

 あの2人と張り合えているレイザーとヒソカも相当なモノだけど」

 

 プーハットとセンリツの言葉に、一同は唸る。稀代の能力者同士が繰り広げる激闘は、最早スポーツなどとは口が裂けても言えない次元だった。

 

 だが、勝敗の行方は明らかでもある。どう転んでも、レイザーに勝ち目はないだろう。後はどんな形で決着するかぐらいだ。

 

 次の一投で決まる──という認識は全員共通だった。

 

 

 

 ボールをくるくると回転させながら桜は、

 

 ──アイシャ。ヒソカ。

 

 レイザーから見えない自分の背中に、オーラで文字を象った。レイザーが『円』で探る余裕もないことを見越してのものだ。アイシャとヒソカは、そのメッセージをレイザーに悟らせないよう読み取る。

 

 ──レイザーはもう余力がほとんどない。だからアイツが勝とうと思えば、私の一投をこっちに跳ね返すぐらいしか方法がない。

 もちろんそんなことさせる気はないけど、アイツも念能力者である以上、絶対ないとは言い切れないから警戒はしておいて。手負いの獣は怖いからね──

 

 2人に警告を終え、桜はボールをしっかりと保持した。

 

「レイザー。これで終わりにしよう」

 

 静かに宣言し、桜はボールに薄くオーラを纏わせる──その薄さに比例せず、オーラの強さはこれまででも最大の質量だった。

 

 ──アレがそのまま威力に転化されるなら、オレには止められんな。

 

 勝機はほぼない。が、ゼロにしないのであれば、全身全霊のレシーブをもって打ち返すしかない。それで3人をアウトに出来る可能性は奇跡と呼べるほどに低いが、そうせねば力尽きるまで惨めに逃げ回るしかなくなる。

 

 ──自ら負けを認めることだけは、せん。

 

 それをするぐらいなら、死んだ方がマシとすらレイザーは考えていた。そうでなくても念能力者が気概を損なえば、能力の弱体化すら招きかねない。この島を預かるマスターの1人として、それは認められなかった。

 

 

 

 桜もそれに気づいたからこそ、最後の一手にずいぶんと悩まされた。

 

 

 

 小さな身体に見合わず、手にしたボールを全身で大きく振りかぶる桜。

 

 そのまま投げれば平凡な投球フォームだが、桜はボールを後ろに伸ばしたままピタリと動きを止めた。

 

 アイシャとヒソカは息を呑んだ。ボールが纏った複雑怪奇──まるで幾何学模様に蠢くオーラを目にして。それは呪紋の如き様相だった。

 

 ゴゥッッッ!!

 

 投げ放たれるボール。唸りを上げて、螺旋を描きながらレイザーへ向かう。

 

 ──レシーブさせん気かッ! だが──

 

 レイザーは後方へとオーラを放出して、僅かに身体を前方へズラす。ちょうどベストの位置でレシーブが出来るよう調整した。

 が、直前でボール軌道が変化。螺旋軌道が広がり、ボールはレイザーを大きく避ける!

 

 ──な……にッ!?──

 

 目を剥くレイザー。背後へ回り込んだボールは、更に軌道を変えて、レイザーの背中へ衝突ッ!!

 

 ごりごりごりッッ!!

 

「おおおおぉぉぉ──ッッ!?」

 

 背中から押され、足の踏ん張りもまともに利かない。レシーブをする為に身体を前方へズラしたのもアダになった──抵抗する余地が全くないまま、床を滑らされ。

 

 ドゥンッ!

 

 敵陣まで入り込んだレイザーの身体を、桜が片腕でキャッチ。即座に、レイザーの背を抉るボールを片手で引き剥がした。

 

「ぐはっ……」

 

 衝撃を流すこともできず、かといってそれ以上の背中からの圧力も消えて、ぼたぼたと血を吐く余暇を得るレイザー。

 

「レイザー……

 審判も消えちゃったよ? ──自分で宣言して」

 

 優しさと厳しさが同居した桜の言葉に、レイザーは──

 

 

 

「がは、はぁ……はぁ……

 

 …………オレの……まけ、だ」

 

 

 

 ────こうしてドッジボール対決は、内容の劇的さに反して、静かに幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。