ネテロは、動揺を微塵も表に出さないよう心がけながら、
「またずいぶん唐突な予想ではないか。なぜそう思う?」
ウラヌスは小さな上半身を斜めに傾げ、皮肉げな笑みを浮かべながら、
「単なる消去法。
アイツ以外に居ないってだけのことだよ。なぁネテロ?」
「……」
「おいおい、ウラヌス。
オレらにも分かるように説明しろや」
黙り込んで聞きに徹していたナックルが、我慢できないとばかりに尋ねてくる。
「いいよ。理由は色々あるけど……そうだな。
やっぱり一番おかしいと思ったのは、NGLで降伏したはずのキメラアントのことを、なぜネテロが知らなかったのか、だな。
ノヴ。あとモラウもか。
2人ともNGLに入ったみたいだけど、降伏したキメラアントの中に子供はいたか?」
「子供……?」
「10歳くらいの……まぁ俺と同じぐらいの男の子さ。
見た目は人間と大差ない」
「いや……」
「知らねーな。オレとノヴで、キメラアントの巣の中に生き残りがいねーか隈なく探したつもりだったが」
「その調査が不完全だったってことだろうな。それどころじゃなかったみたいだし。
それに、お前達以外のハンター協会の連中が、その巣に出向いたはずだ」
『……』
「極秘任務ってわけじゃなかったんだろ?
討伐隊と銘を打ってるんだ。今回は、たまたま前と同じメンバーだからそう名乗ってるだけっぽいけど、NGLの時は協会から派兵されたんじゃないのか?」
「……待ってくれ、ウラヌス。
会長、私から1つ聞きたいことがあります」
「もう会長ではないと言うとろうに」
「失礼。
……我々をNGLへ連れて行った件で、審査部とかなり揉めたと聞いています。会長を辞任する一因にもなったとか。
そして、以前から審査部が元副会長……パリストンに抱き込まれているとも」
「おい、ノヴ。
オレがその話をした時は、証拠のない憶測だとか言ってただろうが」
「会長総選挙の票の動きを見てしまったからな。
アレを見た後で、憶測などと言うことはできないさ。おそらく事実だろう」
「ハッ!
で、それがどうしたよ?」
「つまり、審査部を通してパリストンがNGLの状況を知ることは容易だったと言える。
ネテロさんが我々すら置いてNGLの奥へと向かった時は、もしや副会長を出し抜く為かと予想したのですが……」
「そいつは穿ちすぎじゃよ。
ワシャあいつのことをそこまで構っとらん。確かにあの時、横入りはさせまいと急ぎはしたがの」
「であれば、早々に副会長を解任すればよかったでしょうに……」
ノヴは呆れ顔をネテロに見せた後、ウラヌスの方に目をやり、
「お前が庇っているキメラアントの1人が、その子供なんだな?」
「ああ……
降伏した後、隔離された土地で管理下に置かれてたってネテロは言ってたけどな。
どうも、人体実験されてたらしい」
「……どういうことだ?」
「本人の証言だけで、証拠は提示できないけどな。
珍しい生物のサンプルってことだろうさ。内密に、どっかの施設で、それなりの期間、他に捕らえたキメラアントと一緒に……そのうち痛いのにも慣れちまうような実験を繰り返されてたんだとよ。吐き気がするな?」
「……」
「NGLから逃亡したキメラアントは、生前その子の姉だったらしい。
……自分も逃亡の身なのに、捕まってた弟を必死の思いで見つけ出して、施設から連れ出したって聞いてる。
1ヵ月ずっと一緒にいたけど、俺はその話に疑いを持ってない」
「その施設と言うのは……」
「スワルダニシティか、少なくともその近辺にあるみたいだな。
……そんなところに人体実験できるような施設作れる組織、俺は1個しか知らねーんだけどな?」
ウラヌスの言葉に、沈黙する4人。反論する言葉を持たない、といった表情。
「当時、協会の最高権力者であるネテロが知らないっつってんだ。
副会長様以外に、誰がそんなこと出来んのかねぇ?」
「……だが、証拠はないのだろう?」
「ノヴさぁ。
あのクソ副会長が、分かりやすいネズミのシッポを出すと思うか?
今回ノヴに情報を提供した時もそうだったろ」
「……ずいぶん回りくどく、慎重だとは思ったがな」
「証拠なんて悠長なこと言ってたらヤバイことになんぞ? 副会長は降りたみたいだけど、まだ協会内に影響力は残してるみたいだし。
排除したいなら、反副会長派と組んで、とっとと全力でやった方がいいぞ」
「……
だがな、ウラヌス」
「いや、その話はいったん置いとこ。
今は副会長うんぬんじゃなく、一切協会が信用に値しないって話だ。
どう解釈したって、しっかり管理できてないってことじゃないか」
「……確かにそのようだな」
「じゃあウラヌス、オマエさんは協会に喧嘩を売るつもりなのか?」
「モラウ、なんでお前はワクワクしてんだ。
あとナックルも」
「……あ、いや」
「なに。コトと次第によっちゃ、あのイケすかねぇパリストンのツラを、正面から堂々とブチのめせるかと思ってな」
分かりやすく握りこぶしを作るモラウに、ウラヌスは呆れた息を吐き、
「勝手にやってろ。
協会やパリストンが黒幕でなかろうと、人体実験してた組織は潰すつもりだけどな。
……協会が安全だと判断できたら、身柄を預けることも考えなくはない」
「預けなかった場合、ずっと逃げ回るつもりか?」
「あるいはどっかに匿うかだな。
そんなの状況次第さ」
「犯罪者ならともかく、巨大キメラアントだぞ?
オマエさん、そんなことできると思ってんのか」
「……無害だって分かってるからな。
それなら犯罪者を匿うより難しくないさ」
「ずいぶん楽観してるじゃねェか、コラ。
魔獣がそんな簡単に匿えるわけねェだろ」
「プロのビーストハンターに言われるまでもないさ。
でも、1ヵ月は少なくとも持ち堪えたからな。それを続けるだけだよ」
「そろそろ限界、の間違いだろうが?」
「勝手に決めつけんな」
「無理に決まってることを、出来る出来ると楽観するなっつってんだよ。
ガキかテメェは」
「今は見ての通りガキだよ。
でもお前よりオツムはマシさ。ボス離れできないクソ不良」
「んだと、コラァァッ!!」
「……やめないか、2人とも」
結局、そこからも話は平行線だった。
身柄をどちらが預かるべきかという点について、ウラヌスもネテロ達も双方譲らない。協会は信用できず、さりとて逃亡幇助を続けている状態が良いはずもない。
どちらも正当性を示すことはできず、決定打を欠いた水掛け論が長く続いた。
「──この状態を続ければ、最悪の場合、政府からお前達全員をハントせよと指令が下る可能性も有り得る。
そうなればオシマイだと分かっているのか?」
「……そんな
俺達をハントするまでに、依頼した政府要人の首が胴体と繋がってるといいな?」
「正気か、ウラヌス?」
「真面目な話、俺は自分の里1つ潰す気でいるしな。
今さらだと思うけど」
ネテロはヒゲをさすりながら首を振り、
「ノヴ、やめておけ。
いくら脅したところで、こやつは
「ネテロを一度敵に回したぐらいだしな。
どっちにしろ、この件を表沙汰にしたくないのは関係者全員同じだと思うけど。
ノヴが心配してるような事態になる確率は、そこまで高くないよ」
「……」
「状況が整えば、2人の身柄を預けてもいいとは俺も思ってるさ。
でも、今のままじゃ絶対にダメだ。
黒幕及び人体実験を行った施設関係者のハント。それが為されない限り、身柄を預けることは断固拒否する」
「私なら、安全に身柄を預かることもできると分かっているだろう」
「ノヴの能力は、な。
でもノヴ自身がどうこうする可能性、もしくはどうこうされる可能性が消えてない」
「……信用がないな」
「そもそも、俺の預かってる2人が納得してくれない。
俺がノヴのことを信用するしないと、安全だという確証のあるなしは別の問題だ。
……俺は長いことロクな目に遭ってないからな。正直、他人任せにするのが恐ろしくて仕方ない。ネテロですら、こうやって裏切ってるんだぞ」
視線を少し逸らしたネテロは、難しい表情を見せ、
「……約束を反故にしたのは、すまんと思うとる」
「ネテロはそうやって、口で謝るだけで済むからいいさ。
でも俺は、友達の命が懸かってるんだ。物見遊山で来たような連中に、誰が預ける気になる?」
「……ずいぶんな言い草だな、コラ」
「そうか?
最初に遭った時、真剣だったのはノヴくらいだぞ?
ナックルも、モラウも、ネテロも、俺はずいぶん軽い態度でムカついたんだけどな」
「おいおい、軽いとは言ってくれるな。
オレはお前達と一戦やる覚悟でいたんだぞ?」
モラウの言葉に、ウラヌスはサングラスの奥の目を見透かすように冷ややかな瞳を向け、
「何が覚悟だ、笑わせるな。
お前が懸けてんのは、テメェの命1つだろうが。
俺が懸けてるのは、『俺が大切に想ってるモノ全て』だ。自分の命も含めてな。
ネテロにも言ったが、てめぇらの覚悟なんざ軽々しくて鼻で笑って吹き飛ぶんだよ。
モラウ、もう一度言ってみろや。
──お前は、何を覚悟していた?」
完全に気圧され、鼻白むモラウ。それでも何とか気概を保ち、
「……命の、取り合いをする覚悟だ」
「戦いを楽しむ人間の弁だな、
俺にとっちゃ、戦闘は目的達成の為の一手段だ。殺し合いなんて何が面白いんだ。
……今、こうやってしてる話もな。
駆け引き。手練手管。──大切なモノを守る為に、全力でやってるんだッ!!
あまり、ヒトを、ナメるなよ」
モラウは一呼吸もできず、ただ動けずにいた。
「……それくらいにしてやれ、ウラヌス。
お前の主張はよく分かった」
ノヴの言葉に、ウラヌスは息を吐く。プレッシャーから解放され、汗を拭うモラウ。
「だが、我々の言いたいことも理解できているのだろう?
リスクの程度で言えば、我々が保護した場合と、キミ達が逃亡を続けた場合で、さほど差はあるまい。どちらがいいかというだけの話になる。
キミは、このままでいいのか?」
ウラヌスは、力なく首を横に振り、
「……いいとは思ってない。
けど、もうしばらく今の状態は続けたい。譲れない、譲りたくない」
「それはキミのワガママだろう。
少しは誰かを頼ろうとは思わないのか」
ウラヌスは口を噤み、しばし悩んだ後、
「……じゃあさ。
不安でアテもなく俺にすがりついてきた、今は俺の大切な友達を……
他人に預けるのが正しいってのか?」
泣きそうな顔のウラヌスに、4人とも表情を曇らせる。
「なぁ、教えてくれよ。熟練プロハンターとして名を連ねるお
友達のことを他人に任せて、後はほったらかしにするのは正しいのか?
きっと大丈夫だろう、何とかしてくれるだろうって。
イヤなんだよぉ、俺そういうの……
不安で仕方ないもん……」
「ウラヌス……」
ついに泣き始めるウラヌスに、かける言葉が見つからないノヴ。泣いているウラヌスが落ち着くまで、ノヴは少し待った後、
「……
ウラヌス。1つ提案していいか?」
「……なに?」
「人体実験されていたというキメラアントについては、誰かに預けるのに抵抗があるのは分かった。なら、NGLから逃亡したキメラアントはどうなんだ?
そちらは文字通り、協会から追われている身だ。無害だという保証もない。
そのキメラアントだけでも、こちらに身柄を──」
「ふぅん。
一緒に居たがってる姉弟を、引き剥がそうってか。よくも俺に向かって、そんなことが言えるな?
なぁ、ナックル?」
「おめェ……」
「おっと、勘違いしないでくれ。
別に里から連れ出してくれたことを恨んじゃいないさ。
……けど、姉貴と離れ離れになったのは、俺にとってやっぱりキツかったんだ。
もうそんな想いを、誰かにさせたくない」
「ったくよォ……
オメェも相変わらず、とんでもない甘ちゃんだな」
「……重すぎて、そのブーメラン飛んでないぞ」
「あァ?」
意味が分からずに首を傾げるナックル。ウラヌスは呆れたように視線を逸らすと、モノ言いたげなノヴを見やる。
「ウラヌス、キミの気持ちはよく理解できたが……
もう1人の、アイシャ=コーザはどうなんだ?
知ってるのだろう? 彼女こそ、危険性が露見する前に巨大キメラアントを狩ることを主張し、協会に討伐隊の派遣を要請した張本人だと。
その彼女が、なぜ今になってキメラアントを庇う?」
ノヴの指摘に、言葉を返さないウラヌス。
「信用うんぬんを語るのであれば、私も彼女のことが信用できない。
彼女と一緒に行動するのは、そのキメラアント達にとって安全だと言い切れるのか?
一度はキメラアントを大量に狩った女性だ。いつまた主張を翻すか分からないぞ」
「……アイシャも、俺の友達だよ。
そんなことはしないって信じてる」
「それはキミがそう思いたいだけだろう。
キメラアントが安全だと主張するのは、彼女がキメラアントは危険だと主張した前言を撤回したのも同然だ。
その矛盾はどう説明する気だ?」
「…………」
「キミも彼女から聞いていない、ということだな?
それなら、私もキミ達がキメラアントの身柄を預かり続けることには同意できない。
一体何の目的で、彼女はキメラアントの逃亡を幇助しているんだ?」
ウラヌスは沈黙したまま思考を巡らせていた。が、いい考えは浮かばなかった。答えを知らないのだから当然だろう。アイシャ自身にも答えられないのだから。
──実は、あっさりと解決する手立てがある。
アイシャのことを、売ればいい。
厳密には、アイシャと自分達は無関係であると主張し、ウラヌスだけで身柄を預かれば、矛盾を解消する必要はなくなる。
が、それは圧倒的にアイシャの立場が悪くなる一手だ。アイシャだけ詰問され、自力で矛盾を解消することを求められるハメになる。確実に、今後プロハンターとしての活動に悪影響を及ぼすだろう。
だがウラヌスは、知らぬ存ぜぬを貫けばいい。知ったことではないと。
NGLでアイシャが巨大キメラアントを狩ったことと、ウラヌスが巨大キメラアントを庇うことは無関係なのだから。
しかし──
「……
心は、変わるもんだよ。
前はどうだったかは、確かに俺も知らない。俺と会う前だったしな」
俯き加減だったウラヌスは、4人に向かって視線を上げる。
「でも、今のアイシャのことなら分かる。アイシャも、あの2人を守りたがってる。
……なんと言われようと、俺はそのことを疑わない」
友達を救う為に、別の友達を売る。──そんなことをするような人間では、ウラヌスはなかった。