10月23日と24日。
……厳密には22日の夜からだけど、メレオロンとシームの落ち込みようと、ウラヌスの悩みようはハンパじゃなかった。人のことは言えないけど……私も時々『大丈夫?』とか声かけられてたしな。
3人とも、思いつめたら何するか分からないから、心配で仕方なかったんだよね。特にウラヌスとシームが深刻だった。2人でお風呂入ってる時も、妙に長引いたりしてたし。シームが桜を抱いて泣いてるのも一度や二度じゃなかった。
メレオロンは大丈夫かと言うとそうでもなく、一見は普段通りでも度々オーラを乱し、修行中によくヘマをしていた。集中を保てないようで、突然『アタシ1人だけ、大人しく捕まった方が良くない?』なんて言い出す始末。当然3人がかりで叱っておいた。
戦いを回避したいのは、きっとみんな同じだ。……でも、お互いに譲れないものがある以上、それは叶わない。決闘の約束を交わしたわけでもないので、様々な事態を想定する必要がある。ウラヌスも睡眠が目に見えて浅くなっているようだ。それは私もだけど。
ユリさんには、結局相談できなかった。伝えるべきかどうか散々話し合い、伝えないという結論になった。……これがどういう結果に繋がるか分からないけど、私達自身答えが出せないことに巻き込みたくないというのが本音だった。ゲーム攻略に専念してほしいというのもある。
その甲斐あって、24日の夕食時にシルバードッグ入手の報告が聞けた。正解はウグイスキャンディーをプレイヤーが使って、人魚の歌を真似て歌う、だったらしい。イジワルなイベントだよ……
ともあれ、これで97種類。ユリさん達にメイドパンダ入手に励んでもらう傍ら、私達は私達で戦いの準備を進める。ウラヌスは若い人間探しをもう諦めていた。ひとまず今回の件が片付いてから、ベルさんに若返ってくれないかお願いに行ってみるそうだ。
せめて一坪の密林が何とかなれば、3日以内のクリアも有り得たんだけどな……。そう上手くはいかないか。
「いよいよ明日かぁ……」
夕食の後。旅館の風呂場で心地よい檜の薫りに包まれ、湯船で身体を伸ばしながらそうつぶやくと、一緒に入っていたシームが俯いて、少し泣き始めた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「シームのせいじゃない、って何度も言ってるだろ。
今度も何とかするさ……と、自信を持って言いたいんだけどな」
「難しいんでしょ……?」
「んー」
軽く震えるシームに色よい返事が出来ないくらいには困っていた。手はある。が、正直最後の手段しかないといった状況だ。やっぱ無理があるんだよな……
「明日の戦いで誰か死んだりしたら、シームはボクのせいとか思っちゃうんだろ?」
「……だって、そうだし」
「違うって周りが言っても無駄なんだよな、そういうのって……
気持ちは分かるよ」
「……」
泣いているシームの後ろ髪を撫でてやる。ここのところ、風呂に入る度シームを慰めるのが日課になっていた。
──俺自身もそうだけど。シームの為にもメレオロンの為にも誰かが犠牲になるなんてことはあってはならない。そんな結果になれば、シームはこれからずっと後悔するだろう。大人しく捕まらなかったことを。それはメレオロンも同じはずだ。
「だからって、シームとメレオロンの身柄を引き渡すわけにはいかないよ。
それじゃ2人を犠牲にしただけだ」
「でも……」
「どんな選択にもリスクはあるさ。
仮に2人の身柄を引き渡して、その後2人の身に何かあったら、俺もアイシャもずっと後悔するよ。それはイヤだもん」
「うん……」
「俺達が過ごしたこの1ヵ月を否定されたくもないしな。
シームも、このゲームをきちんと最後までクリアしたいだろ?」
「……うん」
「
視線を上げたシームの目の前で、指をちょちょいと躍らせる。
「──【日向猫/バステト】──」
もにゅ。と、いつものように頭上へ桜が乗った。
「にゃん!」
ぴょいっと飛び降り、どぽんっと湯を跳ね上げる桜。ぶへっ、と思う間に桜がシームに抱きついた。
「さくら……」
「うにゃ?」
「ほら、いつもそんな顔してたら桜も心配するだろ?
元気出しなって」
「にゃ、にゃ」
「ん……」
ぎゅっと桜を抱くシーム。……なんとかしないとな。
「ウラヌスは、何とかできるの?」
「……いちおう考えはあるんだよ。不確実だけど」
「どんなの?」
「んー……
ここだけの秘密にしてくれるなら話すけど」
「……ぼくにだけ教えてくれるの?」
「シームは心配しすぎるからな。
大丈夫だって先に教えとかないと、かえって不安だよ」
顔を赤くするシーム。ん、まぁ心配してくれるのは嬉しいけどな。
「……教えて、ウラヌス」
「にゃん」
「みんなには内緒だよ。えっとな──」
──10月25日。
早朝、ネテロに呼び出されたノヴは、スワルダニシティの郊外に停泊する飛行船の下へ向かった。
飛行船の中には、『心』Tシャツを着て、静かにオーラを湛えるネテロの姿。
「おはようございます……
そのシャツを着ていかれるのですか」
「あやつに散々、覚悟のなさをなじられたからの。
着ていかんわけにもいくまい」
訝しむ表情のノヴ。それに気づき、ネテロが声に出さず目で問うと、
「決闘のおつもりですか?」
「うむ……
後腐れなく、あやつらに納得させようと思えばそれが一番じゃろう」
「私はそう思いません」
その答えを予想していたのか、ネテロは特に表情を変えない。
「ハントするつもりか?」
「……状況次第ですが。
巨大キメラアントをこちらで確保し、私が逃亡すれば彼らにはどうしようもありません。強引な手ですが、誰も犠牲にしないのであればそれが最善手です」
「それが叶わなければ、キメラアントをハントしてしまうわけじゃな」
「……前途ある有望なプロハンターを失うわけにはいきませんから」
「恨まれるぞ?」
「プロハンターである以上、恨みを買うことなど茶飯事です。
それはネテロさんも同じでしょう」
ネテロは何とも言えない顔でヒゲをさすり、
「……そうでもないな。以前なら同意したかもしれんが。
ワシはもう、ハンターとしての気概が薄れてきておっての」
「ネテロさん……」
「会長の座を退いた時から、ワシは一介の武人としてのみ生きとるつもりじゃ。
ハンターとしての生き方にはもう拘っておらん。
無論、ノヴがハントしたいと言うのなら、ワシは邪魔せんよ。好きにせい。
此度あやつらが引き渡し要求に応じぬと答えたら、今一度決闘を申し込むつもりじゃ。その予定を変える気はない」
「……承知しました。
すぐに向かいますか?」
「ゲーム内での移動時間もある。
モラウやナックルとも合流せんといかんし、早いうちに動くとしよう」
「ええ。では行きましょう」
……朝、か。
気が重いな……まだ私の中で結論が出し切れていない。ネテロと戦う覚悟を決めるべきなんだけど、私の中で蟠りが消えていない。どうしたものか……
隣の布団で寝ているウラヌスを見やると、ちょうど起きてきたところだった。
こちらを向き、にっこり笑って、
「にゃん♪」
……ん?
「え? まさか」
「にゃーん♪ あーいしゃー♥」
満面の笑みを浮かべて、あっという間に私へ飛びついてくるウラヌス──いや、
「さ、桜ですか?」
「にゃんっ♪
そだよー。うにゃあーん♥」
私の身体にすがりついて、全身ですりすりしてくる。お、お、おおお……! 女の子、確かに女の子になってるけど……!
「まま、待ってください!
ウラヌスはどうしたんですか……!?」
「えっとね。
代わりに戦ってほしいって。私に」
「……え?」
「自分じゃどうすればいいか分からないから、私に決めてほしいって。
戦うつもりだけどそれでもいい? って聞いたら、それでもいいって。
とにかく、誰も犠牲にならないようにしてほしいってお願いされた」
「……」
私は毛布をぎゅっと握り締める。
ウラヌス……あなたは桜にすがってまで……それを願ったのか……
「……相談してほしかったです」
「すごい悩んでたけど、どうしても出来なかったって。
後で怒られるよ? って聞いたけど、怒られてもいいって」
……あの……バカにゃんこッ!
ちゃんと元に戻れる保証なんてないんだぞっ! それなのにッ……!
「……ごめんね、アイシャ」
心底悲しそうに謝る桜に、私は頭を振る。
「いえ……
桜は何も悪くありませんから。……申し訳ありませんが、協力、してもらえますか?」
「うん。
でもね、私がするのは協力じゃないよ?」
「……どういう意味です?
ネテロ達と戦うつもりなんですよね?」
「そうだよ。
アイシャは、あの姉弟をそばで守ってあげてほしいの。ネテロ以外が相手なら、2人を守りながらでも無傷で切り抜けられると思うから。
アイシャを怪我させるわけにはいかないもん」
「まさか……桜」
私の頬に手を触れ、桜は気遣わしげな表情を浮かべながら優しい声で、
「ネテロは──私1人で倒すから」
ネテロからウラヌス宛てに交信が入り、午前10時に会う約束をする桜。なんだか様子が違うことにネテロも気づいたみたいだけど、特に言及はしてこなかった。
朝食を済ませ、最後の相談をする私達。……ウラヌスがまた桜に代わっていたことに、シームはとても不安そうにしてたけど。
「……こんな感じかな。
アイシャも厳しい戦いかもしれないけど、出来るだけ負担がいかないようにするからね。怪我だけは気をつけて」
「むしろ私の方が、あなたに負担がいかないようにしたいですよ……
ネテロ1人相手でも勝てるか分からないのに、仲間と連携を取ってきたら」
「大丈夫。さっきも話したけど、予想はついてるから。ホントに、ちょっとだけ援護してくれればいいよ。
とにかく奇襲にだけは気をつけてね」
「ええ……」
「2人もだよ?」
「……分かってるわ」
「桜も、気をつけてね」
「にゃん♪ だいじょぶじょぶ、心配しないで♪
終わったら、みんなで美味しいゴハン食べに行こうね」
不安を拭い去ろうとするように、桜は震えるシームを抱きしめた。
戦うつもりでいるからだろう。桜が約束の時間までに移動した場所は、以前決闘の場に選んだ高台から少し離れただけの、同じような地形だった。私は桜に運んでもらい、姉弟には後から移動スペルでこの場に来てもらった。
土の上で戦うよりは、私としても岩場の方がやりやすいのは間違いない。平たい地面が多く、縮地も問題なさそうだ。
姉弟にもここへ来てもらったのは、討伐隊が二手に分かれる可能性を危惧してだ。私がスペルで移動できない以上、突発的な事態に対処する為にも4人がひとところに固まった方がいいと判断した。
……けど、桜は本当にネテロを1人で倒すつもりか……? 百式観音を破る策があるのだろうか。そんなものがウラヌスにあれば、桜と交代なんてしなかっただろう。
桜にだけ出来る、何かがあるんだろうか……
あれこれと考えているうち、
「──時間だね」
桜がつぶやいた直後、ネテロと複数人が飛んできた。
ネテロ以外の3人が、周囲を鋭く見やる。流石に状況は分かっただろう。……ネテロがあのTシャツを着てる。アレを着ている姿を見るのは、これで3度目か……
恐れるように、私達の背後でぎゅっと身を寄せ合う姉弟の気配。絶対に、守り抜かないとな。
「……まぁ予想はついとるがの。
早速じゃが、答えを聞かせてもらおうか。
ウラヌス、アイシャ。
大人しくそやつらの身柄を引き渡してくれんか? 決して悪いようにはせん」
ネテロが問いかけるうち、付いてきた3人が私達から遠ざかる方向へ距離を取る。私も姉弟をネテロの直線上から庇いながら、じりじり下がっていく。──とにかく姉弟を百式観音の射程圏外へと出す必要があるからな。一撃でも食らったら終わりだ。
桜とネテロが動かないまま、両陣営の6人が離れた位置に陣取った。これでもう、いつ戦いが始まってもおかしくない状況になる。私も天使のヴェールで隠したまま、オーラは臨戦態勢にしている。
「ネテロ」
「なんじゃ?
……どこか雰囲気が違いやせんか、お主?」
「どうでもいいじゃん、そんなの。
戦う準備万端みたいだけど、もし私達が戦わないとか答えたらどうするの?」
「その時はその時じゃよ。ちと残念じゃがな」
「ふぅん。
バカの一つ覚えの百式観音で、私に勝てるつもり? 性懲りもなく」
「……また何か企んどるようじゃの。
まさか同じ手が通じるとは思っとらんじゃろうな?」
「んふふ。
そのシャツ着て、今度は覚悟充分みたいだけどー。
致命的な失敗しちゃったね?」
「……何をじゃ」
まだオーラも発していない桜の背を見て、私はなぜか寒気を覚えた──