姉弟に桜の看病を任せ、私は先に食事を済ませる為、ネテロと一緒に席を外す。
ホテル内のレストランへ移動し、私達はウラヌスについて話していた。
「にしてもアレじゃのう。
あやつ、すっかりオナゴじゃな」
「事実、そうですよ」
「性転換のアイテムでじゃろ?
幼くなりすぎとるのもあって、前のように相手していいもんか判断に困るわい」
「……」
「あ、いや。お主のことを言うとりゃせん。
生まれながらに女ではないか、お主は。
じゃがあやつの場合、一時的になんじゃろ? だから言うとるんであって」
「まぁ……そうですけど」
桜と呼んでることについては、別段質問はされなかった。というより、4人とも昔からウラヌスのことを知ってるらしく、ウラヌスと名乗る前からの知り合いだったらしい。
「あやつ、なんであれほど化け物じみた強さになっとるんかのぅ……」
「……私にも分かりません」
おそらくウラヌスには扱えず、桜にしか扱えない能力を持っているのは疑う余地がない。加えてオーラ量も、ウラヌスのそれを完全に凌駕しているだろう。
理由なんて分かるはずもない。……そもそもウラヌスがあれほどの技量を有してる理由すら、私は知らないのだから。
「お主だったら、あやつに勝てるか?」
「…………」
興味本位で聞いたのだろうネテロの問いかけに、私は口を噤んで考え込む。
どうだろうな……。桜が私と戦ってくれるか疑問だし、少なくともこの状況じゃ本気で戦うなんて有り得ない。ウラヌスが桜になってること自体、異常事態なんだし……
実際あの技量だからな。仮に私と本気でぶつかったとしても、どちらに軍配が上がるか……。桜のオーラ量も分からないし、私の合気はどこまで通じるだろう……やってみないことには分からないなぁ。うーん……
「あー、そこまで悩まんでもよい。
しかしあやつ、ああいうオナゴになりたかったんかのぅ?
ちと違う気もするんじゃが」
「……
ウラヌスと出会ってすぐの頃に、ちょっとその辺りについて教えてくれました」
「ほぅ?」
「そもそも、以前ゲーム内で一度性転換はしてみたそうです。
でも、イメージしていたのと違ったらしくて」
「と言うと?」
「……若返る前のウラヌスは知ってますよね?
あのまんま女の子になっちゃった感じらしいです」
「なるほどのぅ……
元々からして似たようなもんじゃからな。
そうすると、あやつがイメージしとったのはどんなんかの?」
目でも答えを求めてくるネテロに、私は躊躇して珈琲を一度口に含む。軽く唇を湿らせ、
「……私、みたいな?」
「うん?」
「……。
私みたいに、なりたいそうです」
「ほぉーう……
そういうことか。ふむふむ、なるほどのぅ……納得じゃわい」
ヒゲをさすりながら私の胸を凝視するネテロ。くぅ……そりゃ分かるよなぁ。
「……若返った理由は、例の念を外すのが第一目的だったらしいですけど。
もう1つ、若返った状態で性転換して、女性のまま成長することで……
胸が大きくなって、女らしくなれるんじゃないかと。
言ってましたが……」
「ふむ。念を外した後も子供のままでおるのは、そういう理由か。
あやつなりにこだわりがあるんじゃな」
「ですね……
まぁそんな話はもうやめましょう。ウラヌスに悪いです」
「くく。ずいぶんと気を使うではないか」
「……なにが言いたいんですか?」
「イヤ、別に?
ワシャなーんも、からかっとりゃせんよ?」
「ふん」
ひょうきんな顔でおちょくってくるネテロに、鼻を鳴らして珈琲をまた口にする。……何か注文しようかな。ちょっとお昼が足りなかったか。
「ウラヌスに関しては分からんでもないがの。
あの2人のことも、ずいぶんお主は庇っとったな」
「……罪滅ぼしのようなものです。
NGLでは良かれと思って戦いましたが……
これぐらいのことで、キメラアントを大量に殺めた罪が消えるとは思っていません」
「ふむ。お主は罪の意識を感じとるわけか」
「……ええ」
ノヴさんに、私がNGLから一転態度を翻したことについて、大分キツく問い質されたからな……あれはこたえたよ。
「武人としてはワシと変わらんお主じゃが、ハンターとして日の浅いお主が割り切れんというのは分からんでもない。
そのまま潰れてしまう者も、立ち直る者も、ワシは大勢見てきた」
「……」
「結局、お主の心持ち1つじゃよ。
罪を咎められても平然とする者もおれば、誰かが何も言わずとも折れてしまう者もおる。
誰かが動かねばNGLで起こり得たであろう、未曾有の生物災害を未然に防いだ功績を、お主は罪滅ぼしとは考えておらんようじゃしな」
……褒められて、こんなに嬉しくないこともないよ。事実その通りだって分かってるんだけどな……
「本来ならあの件、ワシが何かと引っ被るはずじゃったろうにな。
……む?
もしやお主──」
ネテロが思いがけず到った真実に、私は首を横に振り、
「そんなIFの話はいいですよ。……過ぎたことです」
「……そうじゃな。詮無いことか。
ウラヌスのやつ、早く回復すると良いんじゃがな」
「ええ……」
結局、桜は夜になっても回復しなかった。桜は私のことを聞きたがったので、少しでも痛みが紛れるならと長く話し込んだ。時々神妙な顔をする桜の様子は不思議だったけど、ともあれ私は正体がバレないよう気をつけながら、昔話をたくさんしてあげた。主に私と関わってきた色んな人達のことを。
ユリさんとの夕食は、今回都合が合わないと断った。ユリさんは残念がっていたけど、とりあえず誤魔化せたようだ。申し訳ないな……
──夜更け。ネテロ達は、桜が寝泊まりする同じホテルに泊まっていた。桜が回復してから改めて相談する為、元討伐隊の面々はまだゲーム内に留まっている。
1人でネテロが寝泊まりする部屋の暗がりに、人影が現れた。
ネテロもその巧みに気配を消した人物の存在に、1mの距離まで迫られて目を覚ました。即座に応手しかけたが──
パジャマを着た桜であることに気がつき、躊躇した。
桜は、ベッドで横になっているネテロのそばへと歩み、
「ん……」
いきなり唇を重ねた。目を白黒させるネテロをよそに、口の中へ何かの液体と固形物を流し込む桜。舌まで捻じ込み、強引に喉の奥へと押し込む。
「──ごほっ!? げへっ……!」
むせて、桜を突き飛ばすネテロ。特に抵抗することなく尻餅をつく桜。
「かはっ!
お主……! 何を飲ませおった!?」
「ぷぅ。
……心配しないで。毒なんかじゃないから。ただのお水と、お薬」
「薬じゃと!?
何の薬物じゃッ!」
「んー……。若返り薬」
「なにッ!?」
ネテロは自らの肉体が、少しだが瑞々しくなったように感じた。ホントにごく僅かだが。
「大天使の息吹で回復しきらないから、おかしいなって思ったんだけど。
あれ、寿命が縮むんでしょ?」
「……零の掌のことか?」
「うん。
アレだけオーラを絞りつくして、後遺症がないわけないもん」
「……そうじゃな。
文字通り、決死の覚悟をもって放つ技じゃが……」
「ネテロがすぐ死んじゃったら、アイシャが悲しむじゃん。
ずっととは言わないけど、ちゃんと相手してあげてよ」
「……」
「あ、でも若返りの効果を過信しないでね?
全部が全部若返ってるわけじゃなくて、たとえば脳とかは基本回復しないから。記憶を残したまま若返るんだから、当たり前だけど」
「……
それは分かったが、なぜ無理やり飲ませおった?」
「こうでもしないと、飲もうなんて思わなかったでしょ?
若返り薬の存在を知っても、ネテロ全く関心示さなかったじゃん。若く瑞々しい肉体が欲しいなら、ビスケに頼んでとっくにやってもらってそうなもんだし。だから、若返ってまで長生きする気はないんだろうなって」
「……見抜いとったか」
「ん。色々迷惑かけちゃったからさ。
悪口言ったり、酷い目に遭わせたりしてゴメンね?
あと、無理やり飲ませてゴメン。
いちおう若返りって言っても、2歳分だけだから。あんまり気にしないで」
「……ふん。まぁええわい。
お主の好意、受け取っておこう。用はそれだけか?
そもそもお主、身体の具合は?」
「用事はそれぐらいかにゃー。
痛みはもうあんまりないよ。明日には治ってると思う」
「さようか。
……しかしお主も大胆なことをしよるの。ちびっ子のクセに、大した魔性ぶりじゃ」
「にゃふふ。魔性のにゃんこ♥
それじゃネテロ、おやすみ。
戦い、楽しかったよ。ありがと」
「……ああ、おやすみ。
ワシも楽しかったよ。お主には感謝しとる」
「じゃね。また明日」
軽快な足取りで、ネテロの部屋から出ていく桜。ネテロは自分の唇をさすりながら、
「むぅ……
あやつ、今はオナゴじゃったのか? まさか男に戻った後じゃなかろうな……」
しょーもないことを気にしていた。
桜が部屋に戻った時、薄暗がりの中で椅子に座ったまま居眠りしていたアイシャが目を覚ましていた。
「あれ? 起こしちゃった?」
「ええ。どこ行ってたんです?」
ポンとベッドに座り、桜は足をぱたぱたさせながら、
「……おトイレだけど?」
「ウソおっしゃい」
「え? なんでバレたにゃ」
「やっぱり……
トイレに行ったのは本当でしょうけど、そのあと気配を消しましたよね?」
「うわー。
それ、分かっちゃうんだぁ」
とは言えアイシャも、気配を消した状態の桜を捕捉できたわけではないが。
「それで、どこ行ってたんです?」
「んー。
……ネテロのところ」
「どうしてネテロのところになんか?
……まさか仕返しに、寝込みを襲ったんじゃないでしょうね?」
「えぇー?
んっとね、チューしてきた♪」
「へ?」
「口移しで、無理やり若返り薬飲ませたった。ちょっとだけね。にゃふふ♪」
「……えぇっと。
なぜそんなことを?」
「多分、ネテロの寿命が縮んでたから。
大天使の息吹で回復しきらなかったでしょ? あれだけムチャしたら、念能力が心身に悪影響及ぼしちゃうもん」
「……あの技のことですね。
普通オーラが尽きたぐらいでああも衰弱しませんから、確かに寿命くらい縮んでいてもおかしくありませんが……」
衰弱死してしまうことがあるのは、精孔が無理やり開いてしまった最初くらいだろう。少なくともアイシャの認識ではそうだった。
「説明しても若返り薬なんて拒否しそうだったし、2粒だけ無理に飲ませといた。
だから大丈夫だと思うよ」
「そうですか……
あなたもつくづくお人好しですね……」
あれほどの死闘を繰り広げた相手の身を真剣に案じる桜に、アイシャは溜め息を吐いた。
「アイシャも、もっとネテロと戦いたいでしょ?」
「……そうですね」
「ネテロって、アイシャに勝つ為にムチャな修行してそうじゃん?
若返って帳尻取るぐらいじゃないと、そのうちポックリいっちゃうよ」
「やめてください!
縁起でもない……」
「冗談だってば。
そもそも殺したって死ななさそうじゃん? あの妖怪じーちゃん」
「フフ。私もそう思います。
……もう身体の痛みはありませんか?」
「だいぶ良くなったかにゃ。
看病ありがとね。もうアイシャも寝ちゃっていいよ」
「ありがたいんですけど、メレオロン、シームと交代で看病するって約束なんですよ。
まだ2人と交代する時間じゃないんで……」
「あ、寝る場所ないとか?
じゃあ、ここで寝る?」
ポンポンとベッドを叩く桜。別に寝る場所がないわけでもないのだが……
「私と一緒に寝たいんですか?」
「一緒に寝たーい♪
……だって、もうじき私いなくなっちゃうし」
寂しげな桜に、表情を曇らせるアイシャ。やがて、困ったような表情に微笑みを覗かせ、髪をかきあげ、
「……もう、仕方のない甘えん坊のにゃんこですね。
分かりました。一緒に寝ましょうか」
「にゃあーんっ♪」
「んー♪ ぬくぬくー。あったかーい」
「相変わらずぷにぷにしてますね、あなたは……」
「にゃんっ」
具合を診る為に身体へ触れたアイシャは、桜の僅かな震えを見逃さなかった。
「……まだ痛みますか?」
「ちょっとだけ。だから平気だよ?」
「……」
アイシャはあえて桜の身体をしっかりと抱いて、よしよしと頭を撫でる。
「すごく痛かったでしょうに、よく辛抱しましたね。
えらい、えらい」
「……ぅー。あいしゃあ……」
「すいません。せっかくあなたにとって自由に振る舞えるはずの時間だったのに、苦しい思いをさせてしまって」
「……いいの。誰も犠牲にならないで済んだし。
これ以上望んだら、バチが当たるもん」
「ガマンしないでくださいね。
ツライならツライと言ってください」
「うん……
また、みんなと逢えるかな?」
「ええ。きっと逢えますよ。
だから今は、しっかり休んでくださいね」
「ん……
アイシャって、すごく優しいよね……」
「ふふ。あなたには敵いませんよ」
「にゃふ。
アイシャ、あったかいからすごい好きー」
「あったかいですね……
私もあなたのことが好きですよ」
「……ほんと?」
「ええ。うそなんてつきません」
「……
ずっと一緒にいたかったにゃー……」
「……」
お互いに目を閉じて、ただ静かにまどろみの中で想いを巡らせる──……