──10月26日。朝からウラヌスは、毛布に包まって出てこようとしなかった。ぷるぷる震えるバカにゃんこに呆れながら、
「ほら、ウラヌス。
早く起きてくださいよ」
「だって、みんなに合わせる顔がないぃぃぃ……!」
またこれだよ。いやまぁ分かるんだけどね。……でも今回桜と交代したのは自分の意思だったんだし。
「繰り返しになりますが、身体の痛みはもう本当にありませんね?」
「う、うん……
さっきも言ったけど、それはもう大丈夫みたい、だけど……」
「だったら起きなさい」
「やだ、恥ずかしいぃぃぃっ!!」
しらんがな。……あれだけがんばった桜の行いを、恥ずかしいで済ませるんじゃない。
「ほーら、ねぼすけさん。──起きなっさい!」
強引に毛布を引っぺがす。
「ふぎゃー!」
とりあえずバカにゃんこの悲鳴から、今朝は始まった。
ホテルの廊下を、いかにも肩身が狭そうに歩くウラヌス。
「ほら、堂々と胸を張ってください。そんなんじゃ桜に悪いですよ?」
「えー。
……俺、張れるほど胸ないもん」
こいつ……。ペチン! とオシリをはたく。
「あいたーっ!」
「減らず口叩いてないで、急ぐ! みんな待ってるんですから」
「ぅぇー」
ホテル内のレストランには、全員が集まっていた。テーブル2席に、姉弟と元討伐隊が分かれて座っている。他に人目もないのでメレオロンもフードを下ろしていた。シームも昨日に比べればリラックスしている。全体的に緊張した空気もないしな。
「オメェー、また今日は雰囲気違うな」
ナックルさんがウラヌスにそう告げると、私の影に隠れるウラヌス。おいおい……
「なんだァ?
昨日あんだけヤンチャかましといて、今日はずいぶんとビビリじゃねェか。
そのねーちゃんはオメェの保護者かなんかか? またおかしなことたくらんでんのか、コラ?」
「な……
何も企んでないよ。おはよう、ナックル」
「……おぅ。おはようさん」
ウラヌスに釣られて妙に礼儀正しくなるナックルさんに笑いをこらえつつ、私はすがりつくウラヌスを連れて空いた席に着く。
朝食を済ませ、食後の珈琲を堪能しながらこれからの相談をする私達。やけにおどおどしていたウラヌスもようやく落ち着いたらしく、今はパリストンについて話をしている。
「……やっぱりアイツの対処は、ネテロに任せるのが一番マシか」
「マシとはずいぶんな言い草じゃが、ワシに任せておけ。
お主らが動くよりは上手くやってみせるわい」
「んー……つってもさ。
パリストンって、ネテロが一番苦手なタイプなんだろ?
ビーンズも、影でボロクソ言ってたぞ。半分はネテロに対する愚痴だったけど。むしろ不安しかないんだけど」
「そいつはワシがあえて、あやつの好きにさせておったからじゃよ。……退屈しのぎにの。
本気で相手すれば、どうとでもなるわい。心配無用じゃ」
「威勢のいいジイ様だこと。
ま、期待してるよ」
「うむ」
んー……なんとなくネテロのやつ、見栄を張ってるような気もするな。黒の書の件でも一杯食わされたようだし、いちおう念押ししとくか。
「ネテロ。無理せず、助力が必要なら遠慮なく言ってくださいね?
私達も早く解決させたい件でもありますので。もしリィーナの協力も必要なら、私から口添えしておきます」
「リィーナ嬢ちゃんか……
有り難い話じゃが、手を借りると後が怖いからのぅ。あやつ、ワシのこと嫌いじゃし」
「ネテロ、オマエ……
あのパリストンとこれからやりあおうって時に、情けないこと言うなよ」
「全くですね。それでも元会長ですか」
「ええい、言うでない。
……リィーナ嬢ちゃんの件は承知したわい。必要なら声をかけるとしよう」
「よろしくお願いしますね」
まぁこれでパリストンの件は一旦置いておけるか。もしパリストンと例の組織の黒幕が別口なら面倒なことになりそうだけど、それはいま考えても仕方ないしな。
「お前らも首尾よくやれよ?
こいつらを泣かすような真似したら承知しねぇからな」
おや、モラウさんが私達に発破かけてきたよ。……なんだかんだで、姉弟のことが気にいったらしい。
「はっ。昨日、俺に手もなくヒネられたヤツが、えらそーなこって」
「……てめぇ……」
「ボス……」
減らず口を叩くウラヌスに、青筋をたてるモラウさん。おいおい、やめてよ。
「……昨日のことは、悪かったと思ってるよ。
この埋め合わせは必ずするからさ」
態度を一転、頭を下げて謝罪するウラヌス。モラウさんは眉根を寄せて、サングラスを上げると、
「……フン。旨い酒でも奢ってくれりゃ忘れてやるさ。
なぁナックル?」
「え、ええ。まぁ……」
「分かったよ。酒ぐらい4人ともに奢るさ。
あ、でもこっちでは勘弁してくれよ? 現実に戻ってからで」
「カカカカ!
確かにこっちの酒は高ぇな! 楽に稼げねぇからよ」
「ボス、昨日は飲み過ぎっすよ。
おかげで稼いだ金がスッカラカンじゃねェっすか」
「いいじゃねぇか、どーせもう帰るんだしよ」
「そういえばお主ら、軍資金は足りとるのか?」
「ゲーム内の金は大丈夫だよ。
クリアまでなら問題なく保つくらいにはあるから」
よっぽど長引かない限り、ゲーム内の軍資金は大丈夫だろう。でもウラヌスは、現実の予算の方が心配なんだよな。あげたり貸したりは拒否しそうだし……
「しかし、お前さんがあれほど腕を上げてるとはな。
まさか能力の対応力でオレを上回るとは思わなかったぜ」
「……実際、モラウの能力が怖かったのは事実だよ。
奇襲が成功してなかったら、後々厄介な展開になってたと思う」
「ちっ。
……能力発動の隙を衝かれるなんざ、オレも素人くせぇヘマしたもんだ」
桜とした事前の打ち合わせでも、モラウさんの能力はかなり警戒を促していたな。私のボス属性で打ち消せる類でもないみたいだし、煙の分身を生み出されたら私に見破れたか分からないしな。……戦えなくてちょっと残念だったのは内緒である。
「ま、酒は愉しみにしてるぜ」
「うん。クリアするまで戻る気はないけど、ゲームから出たら連絡するよ。
現実に戻ったら……そうだな。110万ジェニーの酒でも奢るさ」
「あ?
なんだ、110万って。中途半端だな」
モラウさんが尋ね、私も不思議に思いウラヌスを見ると、口にした本人も不思議そうな顔をしていた。
「んー?
なんで110万とか思ったんだろな? ……いや、なんとなくだよ」
ふむ。桜と交代したばっかりで、まだ記憶が混乱してるのかもな。
今後のことについて話しながら、雑談にも花を咲かせる私達。ウラヌスは1人ネテロの隣の席へ移り、楽しそうにお喋りしてる。
代わりにこちらへはナックルさんが来て、メレオロンやシーム相手に談笑していた。
「大体おめー、いくつ能力持ってんだよ?
神字使いったって異常すぎんだろ」
「つってもなぁ。神字を利用する前提なら、このゲームだって大概だろ?
いったい幾つ能力があれば、こんな真似できんだか……」
「ここはどーせ人数動員してやってんだろうさ。ジョイント型はかなりムチャが利くしな。
でもてめぇは1人でやってのけてるじゃねぇか。それがオレには信じらんねーよ」
「そして、あの底知れないオーラ量だからな……
全く、キミはどこまで強くなるんだ」
「あんま買いかぶんなって。所詮1人で出来る範囲さ。
選択肢が多いだけで、能力の練度はそれなりでしかないし、一度にたくさん能力を発動できるわけでもないよ」
「けどよ。会長の観音様を防ぎながら、離れたオレにビタのタイミングで能力直撃させたじゃねぇか。化けモンすぎるだろ……」
「私もアレには度肝を抜かれたよ。
あの時点で我々の敗北を確信したからな」
「んー……」
「仮に逃げる必要がなくなったとしたら、オメェラどうしたいんだ?」
「え?
……昔みたいに暮らしたいけど」
「ねーちゃんと2人でか?」
「……」
「違うんでしょ?
シームが言ってるのは、家族と暮らしてたあの頃に戻りたいって意味じゃないの?」
「ああ……
とーちゃんもかーちゃんも亡くなってるんだったな……」
「……NGLで3人で暮らしてた時でもいいけど。
でも、できたらみんなと一緒に暮らしたいな……」
「一番はウラヌスと、でしょ?」
「おねーちゃん……」
「へへへ。アイツもてもてだな。
まぁあんだけ可愛けりゃ分からなくもないぜ」
「んもう! ……ナックルさんはどうなの?」
「うん? なにがだ?」
「……ウラヌスのこと、どう思ってるの?」
「なに言ってっかワカンネェけどよ……
オレはアレよ。アイツとはダチのつもりで──」
「ウラヌス、友達なんか今まで1人もいなかったって言ってたよ?」
「……。
ああ、まぁオレが一方的にダチだっつって、拒絶され続けてるよ。
アイツは1人で何でもやろうとしやがるから、手ェ貸したくても貸せなくてな……」
「ナックルさんは、ウラヌスのことが好きなの?」
「……
オメェも言いづれェことズケズケ聞くのな」
「シーム。
アンタ、アタシに散々言ってるじゃない。余計なこと言うな、するなって。
今アンタがやってるのはそれじゃないの?」
「……だって」
「オレはアイツのことをダチだと思ってるよ。
アイツがどう思ってるかは知らねェ。長ェ付き合いだけどな」
「そっかぁ……」
「メレオロンはどうなんだ?
アイツのこと、どう思ってる?」
「ん、アタシ?
……命の恩人だと思ってるけど」
「そうじゃなくてよ」
「聞きたいことは分かるけど、アタシは別に……
ウラヌスはかわい子ちゃんだと思うけどね」
「へっ。脈なしか。
やっぱオメェは弟命ってクチだよな。くっく」
「……」
「にしても、ノヴが2人を狙った時は肝を冷やしたよ……
アイシャが身を盾にしたもんだから、めっちゃ凍りついた」
「……すまなかったな。
あの時は私も冷静さを欠いていた」
「まさか命を狙うとは、オレも予想外だったぜ。
頼むから、前もって相談してくれよ」
「オマエは確実に反対しただろう?」
「……まぁな。
無抵抗かも知れねーヤツを、問答無用で殺すのはやりすぎだと思うぜ」
「それにしても、私の能力が掻き消されてしまうとはな……
あんな経験は初めてだよ。
キマリさえすれば必殺の能力だと思い込んでいたのだが……
有り得るのだな、あんなことが」
「そりゃま、どんなにスゴイ力でも所詮は念能力さ。絶対はないよ。
攻める力と防ぐ力、どちらか一方が上回ればもう片方の絶対性は崩れるってだけさ」
「彼女以下、ということか。私の能力は……」
「俺にだって真似できない能力なんだから、そう気を落とすなって。
機動力こそがノヴの本領だろ? 自信持ってくれよ、シングルの輸送ハンター様」
「……あまり励まされてる気がしないな」
「カッカッカ!
こんなお子様に元気づけられてるようじゃな。……つーか、おまえマジで大丈夫か?
かなり調子落としてるようだが」
「復調しているとは言い難いな……
衝撃的なことが続いたせいだと思うが」
「……ノヴ、後でちょっと話があるんだけど」
「なんだ?
今、ここでは話せないようなことか?」
「プライベートな話かなぁ。
特にこの妖怪ジジイには聞かせたくない」
「フン、ワシャ除けモンかぃ。
ええわい、ええわい」
「あー、ネテロ。
別に今話すわけじゃないから、席まで立たなくても──」
私とネテロが同時に席を立つ。2人で顔を見合わせ、私達は飲み物の器を手に同じ席へ移った。
「お主も除けモンにされたクチか?」
「別にそういうわけじゃないですが、ちょっと話に付き合いづらくて……」
恋バナで盛り上がってるからな。私に話を振られないうちに逃げただけだよ。
「というかネテロ、除け者にされたんですか?」
「若いモン同士でイチャついとるからの。
ワシが遠慮したんじゃよ」
「見栄を張らなくていいですよ。私が付き合ってあげますから」
「フン」
鼻を鳴らしながらも、まんざらでもなさそうなネテロ。ふふ、素直じゃないな。
「……ところで。例の件、大丈夫ですか?」
私が声を潜めて尋ねつつ、一瞬オーラを『ポスター』という文字にして示す。ネテロも私に合わせて小声で、
「……ああ、やっといたわい。
やはり高くついたがの。まったく……」
「すいません……
必ずお礼はしますから」
「それはそうとお主、例のヤツの具合はどうなんじゃ?
改めて聞くが、ようなったんか?」
ぅぐ。……私も気にはしてるんだけど、何も気配ないんだよな。いま来られても困るんだけどさ……
「その様子だと、まだのようじゃの……
困ったもんじゃな」
「ひとまず気にしないでください。
あなたも見た通り、戦うのに支障はありませんから」
「そうは言うてものぅ……
知ってしもとる以上、気になるっちゃ気になるわい」
「……ごめんなさい」
「お主が悪いわけでもなし、謝らんでよい。
……ウラヌスのやつに診てもらって、何とかならんもんかの」
「えっと……」
「あやつ、まがりなりにもオナゴになっとるわけじゃろ?
念に関して専門的な知識も持ち合わせておるし、いかにも詳しそうではないか。
お主、あやつに診てもらうのもイヤなのか?」
「……」
「まぁそれならしゃーないの。
自力でなんとかせい」
「ええ……」
そうなんだよな……誰かに診てもらいたくないなら、自力で何とかするしかない。けど、いったいどうすればいいんだ……。正直なにもしたくないんだよな。……怖いし。放っておいていいわけはないんだろうけど……
「そのウラヌスなんじゃがな。
昨日は何があったんじゃ? 今日は元に戻っとるようじゃが、まるで別人じゃったぞ」
「……」
「ただごとではないように思うんじゃがの。
ワシラと戦う為に何かしたんじゃろうが、あやつ何をしよった?」
「何度も話したじゃないですか……
性転換のアイテムを使っただけです」
「それで性格もオナゴになっとったのは、まだ分かるがの。
じゃが、あれほど実力が向上することが有り得るか? 念能力者といえど、取り返しのつかんほどの誓約をもって当たらねば……」
「……そう言われても、私には分かりませんよ。
私が本人にいくら聞いても、よく分からないとしか言ってくれませんし」
「ふむ……
それが本当かは分からんが、用心は充分にせいよ?
昨日はあれほど痛みで苦しんどったし、何があるか分からんからの」
「ええ……」
用心、か。ウラヌスも桜も、どこか危ういからな……