第二百四十五章
──10月27日。
朝、起きたら桜だった。……ウラヌスが。いや、私もなんか混乱してるんだけど。
「にゃあーん♥」
めっちゃ抱きついてくる桜。おおぃ……ちょっと待ってよ。可愛らしくてぷにぷにで、大変結構ですけども。寝起きには毒なんだよな、このにゃんこ。抱っこして、また寝たくなっちゃうよ。
「あの、桜? なんでまた……」
「一緒に美味しいものを食べに行くって、約束だったじゃーん♪」
あああ……。まさかウラヌス、それだけの為に交代しちゃったのか……
「桜。
……ウラヌスが、交代してくれたんですよね?」
「うん! 代わっていいって。
私がんばったから、そのご褒美だって♪」
うーん。……3回目だし、元に戻れるとは思うけどね。にしても、怖いことするなぁ。
「……ただ、今日は他にも色々ウラヌスが約束してたんですよ。
そっちはどうするんです?」
「だいじょぶ! ちゃんと分かってるから。
ぜんぶ私がやっとく!」
……大丈夫なんだろうか。んー。
お風呂でにゃんにゃん懐いてくる桜のことを変態がニヤニヤする前で困りながら相手し、素朴ながらも悪くない朝食を嬉しそうにいただく桜で和んだ後。
メイドクマをユリさんへ渡す為、まずアントキバへカードを受け取りに飛ぶ桜。飛んでいった空をシームは不安そうに眺めつつ、
「桜、大丈夫かな?」
「ドッジボールの時のこともありますから、大丈夫だとは思いますけどね」
結局、桜1人に任せることになっちゃうんだよな……。まぁ待つ間、修行に励むか。
やや不安に感じながらも修行を続けていると、お昼前には桜が帰ってきた。
メイドクマのカードをユリさんへ渡すのは問題なく終えたらしい。ただ、モタリケさん夫婦とユリさんがずいぶん不安がったそうだ。そりゃそうだよね。大した意味もなく桜になっちゃってるし……
一坪の密林イベント調査の為、ベルさんに若返ってもらえるかお願いしてみたところ、2粒までなら若返ってもいいと了解がもらえたそうだ。今の年齢は15歳らしいから、2粒なら13歳か。私より若返っちゃうな。
いよいよ約束の美味しいものを、ということで桜に運んでもらってキャナリアへ移動。食べ歩いたりゴンドラに乗ったりシーフードをたらふく食べたり、ずいぶん楽しい時間を過ごせた。川沿いでハシャぐ桜の姿が、また似合うんだよな……
けど、お昼すぎからは桜とまた別行動に。桜なりにアイテム研究を進めてみたいらしい。私達がそれに付き合うことはできないので、3人で修行場へ戻る。
「なんだかんだで、バタバタこなしちゃうわね。あの子ってば」
「ええ……
結果だけ見れば、任せてよかったとは思いますが」
振る舞いがああだから不安になるけど、むしろウラヌスより上手くやってみせたりするから恐ろしい。ウラヌスまで桜を頼りにする始末だからな……
私と一緒にダンベルを上げ下げするメレオロンが、窺うように顔を覗き込んでくる。
「なんです?」
「やっぱり心配そうね」
「そうですね……
ウラヌスに戻らないなんてことは、流石にないと思いますが」
「今のところはね。
ポンポン代わったりして、ホントに大丈夫かしら?」
「……ウラヌスの様子が少しヘンですから、気にはしています。
次に戻った時、本人に強く注意しておきましょうか」
「そうしてくれる?
シームもアンタも不安がってて、見てらんないのよ」
「おねーちゃん!」
「そういうあなただって、心配してるじゃないですか」
「……まあね」
沈黙するメレオロン。まぁそうだよな。……にしても桜、アイテムの研究って何してるんだろ? ウラヌスと同じことしてるだけかな。
「にゃっほー♪ 迎えに来たにゃー♪」
夕方になり、桜が修行場へやってきた。……やっぱりそうか。桜って修行に付き合ってくれる気はないんだな。意図的に避けてるみたいだ。
「桜。
ちょっとだけ、私の修行に付き合ってもらえませんか?」
「っていうと?」
「軽く組手とか……」
「えー。にゃだー。つかれるー」
これで確定だな。明らかに私と組手するのを嫌がってる。多分、実力を隠す為に。まぁ無理に暴こうとするのもおかしな話か。逆をされたら私だって嫌だしな。
「……分かりました。アイテム研究でお疲れのようですし、やめておきましょう。
あまりユリさんを待たせてもいけませんからね」
「にゃん♪
おねーちゃんとゴッハン♪」
機嫌を直して、軽く踊ってみせる桜。ふふ。さて、ユリさん達の方はどうなったかな。
桜が連絡を取ると、今日はジェイトサリさん達も一緒に来るらしい。ユリさんもどことなく楽しそうな声で話してたし、これは良い報告が聞けるかもしれないな。
料亭の前にいる私達に向かって、ユリさん達が飛んできた。
着地し、笑顔を見せるジェイトサリさん達を背に、ユリさんは私達へサムズアップしてみせた。
「お待たせ。
メイドパンダ、バッチリ取れたわ」
「にゃーん♥」
嬉しそうにユリさんへ抱きつく桜。やはり嬉しそうに撫でてあげるユリさん。
「子猫ちゃんが喜んでくれて何よりだわ」
「にゃーう♪」
「ありがとうございます、ユリさん。
ジェイトサリさん達も、ご協力感謝します」
「なに、我々も楽しませてもらったよ。
……次は、いよいよだな」
「ええ」
「今日はみんないっぱい食べてねー。お金たくさん持ってきたから。
前祝いするにゃー♪」
気が早いな、桜も。……まぁ桜がご馳走にありつきたいなら今しかないしな。ウラヌスには悪いけど、許可出したのは本人だし今日は我慢してもらおう。
大きな食卓にも乗せきれないほど料理が並び、桜が前祝いと称した夕食をみんな心から楽しんでいた。メイドパンダの武勇伝を聞きたかったけど、メイドクマがあればあっさり取れてしまったらしい。
「先んじて、一坪の密林の調査準備をしておこうという話になってね。
『同行』を集めていたんだ」
「わざわざありがとうございます……
お疲れ様でした」
「いや、余力があって勝手に始めたことだ。労われるほどでもないよ。
マサドラで特定のスペルをトレードして集めるぐらい、予算があれば容易いからね」
ジェイトサリさん達の方で『同行』を30枚ほど余分に確保したそうだ。それだけあれば、一坪の密林を調査するには充分だろうな。……つまずかなければ、だけど。
「ところで彼──いや、今は彼女か。
ウラヌスは大丈夫なのかね?」
「まぁ大丈夫だとは思いますが……」
「ああも豹変すると、やはり心配だな。
状況が状況だけに、精神的に不安定なのかもしれないが」
それはあるかもな……。ここのところ大きな戦いが続いたし、指定ポケットも遂に98種。ウラヌスも落ち着く余裕がないと思う。
「やはり、ちょっと根を詰めすぎてる気はしますね。
この1月半ほどで、色々ありすぎたでしょうし」
「ふむ……
すぐすぐ一坪の密林を狙わず、一度休息日を挟んだ方がいいかもしれないな」
お休みか。桜に聞くのもアレだけど、確認取ってみようかな?
「そのことについて、本人に聞いておきますね」
「ああ。……我々も協力を続けるべきか、まだ最終確認を取っていないしな。
そちらも聞いてもらえるかい?」
「ええ。
私はぜひとも、引き続き助力していただきたいですけどね」
「微力ながら、最後まで手伝いたいものだよ」
ジェイトサリさんに微笑みかけ、私は桜の方へ。あー……。なんかもう、2人の空間になっちゃってるよ。茶碗蒸しと木のスプーンを手にしたユリさんが、桜に「あーん」って食べさせてる。
「桜、ユリさん」
「にゃう? アイシャ、いっぱい食べてる?」
「食べてますよ。
ユリさんも食べてくださいね?」
「もちろん食べてるわよー。
桜、今度は私ね」
「にゃん♪
おねーちゃん、あーん♪」
「あーん♥
……んー、桜が食べさせてくれると、やっぱり格別だわぁ」
「にゃふん♪」
……クチから砂糖が溢れそうだよ。こんなの眺めてないで、さっさと切り出すか。
「ジェイトサリさん達なんですが、引き続き一坪の密林にもご協力いただくということでよろしいですか?」
「うん! そのつもりだよ?」
「あ、ごめんなさい。
それ、確認してほしいって言われてたの忘れてたわ。
……桜、ホントにいいのね?」
「だって一緒のチームじゃん。
みんなで最後までがんばって、クリアを目指したいでしょ?」
……そうだな。私もこんなところで脱落なんて絶対イヤだしな。二度目とはいえ、この1ヵ月半の総決算として、きっちりクリアしてみせたい。ほとんど他人頼みだった前回と違って、今回は胸を張ってクリアしたぞと言えそうだしな。
「あと、もう1つ。
すぐ一坪の密林を取りに行こうとせず、少しお休みしませんか?」
「おやすみ?」
「ええ。
ユリさんもジェイトサリさん達もお疲れでしょうし」
「そうねぇ……
一坪の密林がどうなるか分からないし、一服するぐらいはアリかも」
「でもおねーちゃん、狙われるかもしれないよ?」
「長引けば、そうでしょうね。
けど、少しぐらい休んでもいいかな? カード集めが終わった後も、プレイヤー同士で争うかもしれないし」
「にゃー……」
桜が腕を組んで悩んでる。……ユリさんのことが心配なんだろうな。
「じゃあ……
おねーちゃん達は明日と明後日、お休み!
それまでに、こっちもやっときたいことあるから」
うん? ……それだと、肝心のウラヌスが休めないな。ユリさんが心配そうに、
「桜は休まないの?」
「少しは休むけど、まだやりたいことがあるの!」
うぅん? 待て待て、ウラヌスと交代するのって今日だけだよな。この口ぶりだとまた交代するつもりみたいだけど……
「……アイシャちゃん」
不安げなユリさんに、私は頷いておく。その辺は後で要確認だな。
前祝いの晩餐が終わり。
ユリさんとジェイトサリさん達は、明日から2日間お休み。自由行動してもらうことに。3日後、チャンタで私達と協力して一坪の密林入手を目指す。
ハイループでのんびり過ごすから、気が向いたら遊びに来てねと言い残し、ユリさんは去っていった。
旅館に戻り、ゆったりと檜風呂を楽しむ私達。でもシームが可哀想なんだよな。こっち3人、むこう1人だし。今は桜だから仕方ないけど……
「あっちは寂しそうよねぇ」
「やっぱりそう思います?」
「シームのこと?
私が今から行ってこよっかにゃー」
「こらこら」
「ダメですからね?」
止めないと冗談抜きで行っちゃいそうだからな。すっぽんぽんのまま……。そんなの、シームが困っちゃうよ。
「残念。じゃあ、こっちにいるー。にゃーう♪」
湯船で私の胸にすがりつく桜。……まぁいいけどさ。慣れちゃったよ、すっかり。
濡れて愛らしいにゃんこの髪を、優しく手で梳いてあげながら、
「……桜は、何か予定があるんですか?」
「んー。やりたいことはあるけどー。
でも時間がないからにゃあ」
だよね。まぁウラヌスに引き継ぎはするんだろうけど。いったい何がしたいんだろ。
ちゃぷん、と音を立て。珍しくメレオロンが手を伸ばし、桜の頭をポンポンする。
「アタシ達も、あなたと一緒に居てあげたいんだけどね。
そうすると、もう1人が心配だから」
「にゃぅー……
私も一緒に遊びたいにゃー」
「ウラヌスにお願いすれば、猫として動ける時間なら増やせると思いますよ」
「……それもいいんだけどね。
どうしても、今の状態じゃないと出来ないことも多いから……」
「ですよね……」
名残惜しく感じながら、桜を撫でて慰める。いい子なんだけどな……
寝るまでの時間を、ゲームや雑談をして楽しく過ごす私達。猫としての桜やウラヌスがいないことを寂しく思いながら、桜が満足げに楽しんでるのは嬉しく思う。……複雑だな。
寝る時間になり、当たり前のように私の布団へ潜りこんでくる桜。
「にゃうーん♪ あったかーぃ」
すりすりしてくる桜。やれやれ……抵抗する気力も湧かないよ。
「相変わらず甘えん坊のにゃんこですね……」
「にゃう」
桜のほっぺたに手を触れ、ぷにもちして感触を楽しむ。元々でもアレだったのに、今は子供だからな。ユリさんがべたべた甘やかしたくなるのも分かるよ。
「……やりたいことは出来ましたか?」
「うん、色々。
でもね、足りないの」
「……」
「やればやるほど、アレもしたいコレもしたいってなっちゃう」
「誰でもそういうものですよ。
みんな、やりたいことを全部できているわけではありませんから」
「うん……」
抱きついてくる桜。朝を迎えれば、またこの子は居なくなる。仕方ないこととはいえ、やはり可哀想には思う。
────だから、せめて。
「楽しいですか? 桜」
桜はきょとんとした後、美しいとすら言えるほど透明な笑みを浮かべ、
「うん! 楽しいよ」