──10月28日。
桜と一緒に寝ていたから、当然ウラヌスと同じ布団の中で目が覚めた。
「はああぁー……」
「なんですか、そのクソデカ溜め息は」
「いや、もういいけどさぁ。
アイシャも、あんまり桜を甘やかしちゃダメだよ?」
なんかこのバカにゃんこに言われるの、すっごく納得いかないんだけど。
「だって、桜が可哀想ですし」
「……俺が言えた義理じゃないとは思うけどね」
もそもそと布団から出ていこうとするウラヌスを、掴んで止める。
「なっ、なに?」
「……桜から色々聞いていませんか?」
「えっと……
うん、聞いてるけど」
「じゃあ聞かせてください」
「は、話すけど、なんで俺を引き止めんの?」
「尋問です」
「へ?」
ウラヌスの身体を引き寄せ、布団の中でぎゅうっとしてやる。
「わひゃーっ!?
ちょ、待ってアイシャ! なにすんのッ!?」
「こうしないと、のらりくらり言い逃れしそうですからね……
キリキリ吐いてもらいますよ」
「ちょちょちょっ! キツ、しめすぎぃぃ!
キリキリどころかギリギリいってるぅぅぅ!」
昨日、桜に聞けなかった諸々を聞き出さないといけないからな。えっと、まずは──
大体聞きたいことを聞き終えて、私はウラヌスを解放してあげた。
へにゃへにゃになって、布団からポテコロリンと転がり出るにゃんこ。
「ふっへぇぇー……キッツかったぁぁ……」
私も布団から出て、フゥーと息を吐く。流石に密着して尋問とかするもんじゃないな。あー、涼し……
ウラヌスが私から視線を逸らしながら、
「アイシャ、もうちょっと遠慮してほしいんだけど……」
胸元をパタパタしながら私は耳に手を当て、
「んんー?
小声でバカにゃんこが何か言ってますけど、よく聞こえませんねぇー?
ほら、私の顔見て鳴いてごらんなさい。にゃんにゃんって」
「ひどぃ……」
めそめそするウラヌス。まったく、桜と違って素直じゃないんだよな。
「さて。
……もう一度、桜と交代するんですね?」
「うん……
桜がどうしてもって。……アイシャと『特訓』したいらしくて」
そんなことだろうと思ったよ……。アイテム研究をわざわざ桜が時間を割いてやってたぐらいだ。ウラヌスに任せられるなら、始めからそうしていただろう。
どうしても桜自身でやってみたいことがあり、それはウラヌスには出来ない──ということらしい。
「けど、その『特訓』の内容が具体的に分からない、というのが……」
「俺にも隠すんだよ、桜のヤツ……
だから、アイシャがイヤだったら拒否していいよ」
「……」
それにしても、今まで全然修行に付き合ってくれないと思ったら、いきなり『特訓』と来たか……。特訓とはまたご大層だけど、今まで私に力を隠し続けた桜がわざわざそんな提案をするんだから、よっぽどのことだろう。
「正直言うと、俺不安なんだ……
桜のヤツが何たくらんでるか、さっぱり分からない。
……できればアイシャには、拒否してほしい。何があるか分からないから」
ウラヌスの言いたいことはもちろん分かる。けど、桜がせっかく用意してくれた機会を
それにこれを断ったりしたら、もう桜の実力を知る機会は訪れないかもしれない……
「私が不安に感じるとすれば、あなたと桜が何度も交代していることです。
ホントに大丈夫なんですか?」
「……」
ウラヌスのオーラが揺らいでいる。……交代することへの不安は当然あるだろうけど。
「あなた自身はどうなんですか?
本当に、桜の提案を拒否すべきだと考えていますか?」
「……分かんない。
嫌な予感がするのは間違いないんだ。……でも桜のことだから、悪い結果にはならない気もしてる。今までがそうだったから」
そうなんだよね。このままにしておくと、猫として出てきた桜とも、気まずくなりそうなんだよな。それはちょっと困る……
私はたっぷり時間をかけて悩んだ後、
「……今回だけですよ。
今後、みだりに桜と入れ替わったりしないでください」
「うん……分かった」
「今から代わるんですか?」
「あんまり遅いとね。
ずるずる引き延ばして、みんなが心配するといけないし」
「はぁー……分かりました。
ではせめて、私が見ている前でお願いします」
「……いいけど。なんで?」
「確認しておきたんです。
今までは私が寝てる間に交代していましたから、目にする機会がなかったですし」
「なんかヤなんだけどな……
まぁ分かったよ」
ウラヌスが荷物の方へ行き、ごそごそと箱を取り出す。開封済みのホルモンクッキーだ。
中からクッキーをウラヌスがひとつまみし、
「……じゃ、行くよ?」
「ええ」
ウラヌスがクチの中へクッキーを放り、目を閉じてサクサクとそれを咀嚼する。
ごくん、と飲み込み。
──ふわっと雰囲気が変わった。揺れていたオーラが緩やかに和み、僅かに身体つきが柔らかくなったように映る。
目を開き、パチクリと私を見つめてくる。
「にゃん♪ おはよ、アイシャ」
「……おはようございます」
なるほど、ウラヌスから桜だとこんな感じなのか。キルアの時とも少し違ったな。……これぐらいお手軽に性転換できたらなぁ……ちきしょー!
「んーと。
特訓に付き合ってくれるってことでいいんだよね?」
「ええ、まぁ……」
「にゃんっ♪
私の無理なお願い、聞いてくれてありがとね。アイシャ♪」
私の手を取り、感謝するように微笑んでくる桜。……まぁ素直で愛らしいこと。
ただ、なんか微妙に認識が違う気もするんだよな。桜自身の修行にもなると言うなら、それに付き合ってあげるのは全然構わないんだけど。
問題は、私相手に特訓したいってことだ。いったい何をさせられるのやら……わざわざアイテム研究までして。
「とりあえず朝ゴハンと、おっ風呂♪」
まぁそうだな。まずはそれからだ。
ひたすら心配してくる姉弟をどうにか説得し、朝食とお風呂を終えた私と桜は、一緒にグリードアイランドの北西にある、小島の1つへとやってきた。オータニアから直線100㎞以上離れた場所だ。
「うん! ここなら大丈夫かな」
「……」
特に何もない島だ。厳密には森と草地が広がっていて、私達が今いるのは比較的大きな平野である。人工物もなさそうだし、何か派手にやったところで問題はないだろう。
「桜、そろそろ話してください。
いったいどんな特訓をする気なんです?」
「えっとね。
ぜひアイシャに戦ってほしい相手がいるの!」
「戦う?」
……アイテムを使った特別な修行でもするのかと思ってたら、戦えと来たよ。どういうつもりなんだ?
「誰と戦わせたいんですか?」
「その前に、1つ質問させてね。
アイシャは、どんな戦いができれば一番いい修行になると思う?」
「……いい修行、ですか」
「実戦経験を積むのが、優れた修行になるのはアイシャも知ってるよね?
じゃあ速く強くなりたかったら、どんな相手と戦えばいい?」
ふむ。……まぁそのまま言ってみるか。
「実力が近い者同士で、命懸けの戦闘をする──ですか?」
「ピンポーン♪ 私もそう思う!
グリードアイランドって、そういうことがしやすい場所でしょ?
モンスターはこっちに遠慮しないし、私達も念獣相手なら遠慮なく倒せるじゃん?」
「……なるほど、そういうことですか」
つまり、念獣相手にバトルをさせたいわけか。確かに理には適ってる。桜が生み出した念獣では、桜自身の相手にはならないだろう。でも私が相手なら、お互い修行になりうる。
──そして念獣を倒したところで、誰も傷つくことはない。……桜らしいな。
「でね?
ちょっとやそっとの敵じゃ、アイシャの特訓相手なんて務まらないと思うんだ♪
だから、とびっきりのを用意しようかなって」
……なんだかキナ臭い気配がしてきたぞ。ちょっと待て。実力が近い相手と、命懸けの戦闘を今から私にさせる気か? 急にそんなこと言われても。
「桜、危険なことでしたら──」
「大丈夫だって♪
アイシャは手加減しなくていいけど、こっちは手加減するから。実力は充分、その上でアイシャに怪我させないよう命令するから♪」
むぅ。……いや、やっぱり妙な胸騒ぎがする。桜のこの強引さは、危険な兆候に思える。
「待ってください、桜──」
「じゃーん!
……アイシャ、これが何か知ってるよね?」
私の言葉を遮り、桜が手に持って示した物。それは──
「桜ッ!? あなた、まさか……!」
「そ。──『死者への往復葉書』。
アイシャのお父さん、すっごいこと思いつくよねー。……で、私も考えました!」
心臓が激しく脈打つ。──以前、桜が死者を一時的に甦らせていたシーンがフラッシュバックする。元々あんなことを出来る桜が、あのアイテムを使って、父さんと同じことをしようとすれば……!
「せめて、これくらいの相手じゃないとアイシャも物足りないと思うんだよね。
では、ご紹介しまーす♪」
光る指先を宙に舞わせる桜。手にした葉書にも、光の文字を刻みつける。
「待ちなさい、桜ッ!! あなたは──」
誰を呼び出すつもりなのか。制止する私に構わず、呪文詠唱をする桜。
「
莫大な量のオーラを、桜は葉書へと凝縮させた。それをパンッ! と地面に叩きつける。
──ボンッ! と煙が生まれ、その中から人影が現れる。
「────【不良甦生/ビカムアンデッド】────」
「……あ……ああぁっ!?」
なんてことを。桜は……
晴れた煙の中から姿を見せた相手を目にし、私は脱力感に苛まれた。
「──護衛、軍」
そう……こいつは護衛軍の1人だ。私が戦った……
その相手は衣服に到るまで生前と変わらない姿のまま、閉じていた目を開き、戸惑いを隠せない表情で私を見つめた。──猫と人の合いの子のような、文字通り獣人と呼ぶべき存在。
「……」
なぜそんな目で私を見るのか。……私だって、どうすればいいか分からないよ。
「──ネフェルピトー。
アイシャが戦った巨大キメラアント、女王や王を守る護衛軍の1人だったよね?」
「…………。
ええ、その通りです……」
私自身が手にかけた相手を、桜は甦らせてしまった……
「……」
そのネフェルピトー自身は、私に背を向け、桜の方を見る。
「どうすればいいニャ?」
「指示はもう出してるでしょ?
その通りにやってほしいにゃー」
ゆっくりと膝を突き、桜に
「ご命令のままに」
「いやいや、ひざまずくとかしなくていいから。
私は女王様じゃないんだし。
でもいちおう主人だから、ちゃんと言う通りにしてね?」
「……ご命令のままに」
力の無い動きで立ち上がり、私へと向き直るネフェルピトー。
かつての強敵を目の前にしても、戦う気力が湧いてこない。私は首を横に振り、
「桜……
せっかく用意していただいたのに申し訳ないですが、私は戦いたくありません」
「どして?
アイシャは、後悔してるんじゃないの?」
────まるで胸に刺さったトゲを掴まれ、抉られたような痛みが走る。呼吸が乱れる。
「……なにを、ですか?」
「んー。……キメラアントを、殺したこと。
本気で戦って、結果命を奪っちゃったなら仕方ないと思うけど。
アイシャにとって、本当は不本意だったんじゃないの? 殺す前提の戦いなんて」
──見抜かれている。私が護衛軍を殺める際に抱いた後悔の念を。……いや、けれど。
「あの時は……
ああするしかありませんでしたから」
「だって。
ピトー、どう思う?」
「……ボクに聞かれても困るニャ」
「ピトーは女王、ひいては王を守る為に、全力でアイシャを殺そうとした。
アイシャは、人類を守る為にピトーを殺した。その後、王も殺した。
私は公平だと思うけど、なんか問題ある?」
ピトーが私を睨みつけ、ギリッと歯軋りする。──その怨念を、私は受け止めなければならない。それは頭で理解している。……が。
「あなたが私を恨むのは、当然のことです。
……ですが、私とあなた達が戦ったことは必然です。あなた達キメラアントは、人間を食料にするのですから……」
「それってさー。
メレオロンにも同じこと言える?」
────冷たい水がポツンと胸の中に落ちてきたように、耐え難い冷感が心に広がる。
「……後悔、してるんでしょ。アイシャ?」
「……。はい」
ただただ涙が溢れてくる。……そんな私を、先ほどまでの憎悪も忘れて困惑するように見つめるピトー。
「だからさ。
せめて、悔いなく戦っておこうよ。
殺し合いじゃなくて、力と技と知恵の競い合い。
アイシャは、武人なんでしょ?」
「……そのつもりです」
「武術家なら武術家らしく、戦いを通じて分かり合う──っていう道もあるんじゃない?
少なくとも、王と戦った時はそうだったんでしょ?」
「……」
「さっきも言ったけど、ピトーは念獣だから、アイシャは手加減しなくていいからね。
ピトー。あんたは絶対アイシャに怪我させちゃダメ。
でも全力で相手して」
「……難しいニャ」
「いいから、やるの。
ご褒美ほしいんでしょ?」
「欲しいニャ!」
「ん、契約成立。──とは言え」
桜がパンと手を叩き、私はハッとして涙を拭う。まだ何かあるのか?
「手加減したピトーなんて、ぶっちゃけアイシャの相手が務まるかビミョーなんだよね。
なので、追加ゲストのコォーナー♪」
「なっ……!?」
「更に取り
さぁさぁ仕上げを
再び指先を宙に舞わせて、パパンッ! とその葉書も地面に叩きつける。
大量の煙が噴き上がる。煙が晴れ、そこから現れた姿は──
「あ……ぁ……」
なかば予想はついていたが、真っ黒い絶望が全身を苛んでくる。
──更に現れたのは、ピトーを除く護衛軍の残り2人。
「ジャジャーン♪
追加ゲスト、シャウアプフとモントゥトゥユピーでーす♪
ていうか、名前言いにくいよねぇ。
そーんじゃ、2人ともよろしくぅっ!」
楽しげな桜と裏腹に、ただただ面倒臭そうな顔で耳をほじっている巨漢と、私に憎悪を隠そうともしない長身の
先ほどのピトーと違い、
「……おいこら、プフ。ちゃんと命令聞く気あんの?
あとユピー、ナメてたら引っぱたくよ?」
「……ええ、ありますとも。いちおうね。
甚だ不本意ですが」
「あー?
なんでオマエの言うことなんか聞かなきゃいけねぇんだよ」
「むっかー! ちょっと、アンタ達!」
「ま、まつニャ!
ちょっとたんまニャ!」
慌ててピトーが不満げな2人を引き連れ、離れた場所で相談を始める。
私は困惑したまま、不機嫌なのを全然隠そうとしない桜のそばへ歩み寄り、
「ぷんすこ! なにアイツラ、きっぶんわるー!」
「……あまり制御できていないようですけど」
「うーん。
精神構造がヒトと違うから、言うこと聞きづらいのかも。
大丈夫だと思うけど、絶対気は抜かないでね?」
そもそも桜だって、ウラヌスに逆らいまくってたからな。ホントに大丈夫なんだろうな……
しかし、私とあの3人を戦わせる気だったのか。流石に手強いなんてモンじゃないぞ。全力で戦ったとしても、どれほど勝算があるか……
「今のアイシャでも、あれぐらいの敵なら特訓になるでしょ?」
……それはそうだろう。実際どこまで渡り合えるか、確かめてみたい気持ちはある。
「けど桜、どうやってあの3人を?
あなたは、会ったことすらありませんよね?」
もちろんウラヌスもそのはずだ。あの3人のことなんて話で聞いたぐらいで、会う機会なんて絶対になかっただろう。
父さんが母さんを甦らせたのとは、ワケが違う。熟知した相手でなければ到底甦生など適うはずがない……
「会ったことはないよ。──でも、よく知ってる」
「……どういう意味ですか?」
「さぁねー?
そんなことよりアイシャ、どう戦うかを先に考えといた方がいいよ。
向こうにすれば恨みを晴らす絶好の機会なんだし、何してくるか分かんにゃいよ?」
「……」
恨みを晴らす、か。……そう言われると、相手しないわけにはいかないんだよな。この状況じゃ、桜も引っ込みがつかないだろうし。
にしても、桜はどれだけオーラを内包してるんだ……? あの3人を生前と変わらないほどのオーラを持たせて生み出し、まだまだ余力があるように見える。
おそらく……だが、私以上の潜在オーラを保有している。仮に私が同じ真似をすれば、確実にオーラが尽きてしまうだろう。
なら桜自身が相手してくれればいいのに……と思う反面、それではダメなんだろうなという想いもある。桜が相手だと私は全力で戦えない。それでは『特訓』にならないだろう。
ここしばらく、私が抱えていたフラストレーションを、桜は見抜いていた。
桜は────私が全力で戦える『敵』を用意してくれたんだ。