「そういえば桜、特質系について何か酷いこと言ってくれましたよねぇ……」
「あにゃーっ!?
あああ、そうだった! アイシャごめーん!」
手を合わせて平謝りする桜に、アイシャはプンとそっぽを向き、
「なんでしたっけ?
特質系のクセに肉弾戦で挑むバカ、でしたっけ?」
「ち、ちがうってば!
アイシャ、めっちゃ技術で攻めるじゃん! アイシャのつもりで言ってない!」
「ふぅん。
……まぁピトーのことだとしても、必死で戦った相手をあまり愚かしいと言われるのは、ねぇ。私としては面白くないというか」
「あにゃにゃにゃ……」
狼狽する桜に、アイシャはくすくす笑いながら頭を撫でてあげ、
「いつもの桜で安心しましたよ。
そんなに謝らなくても、私は気にしていませんから」
「……ごめんね?」
「分かってますよ。
……いちおう確認ですが、この会話、聞かれたりしてませんよね?」
「大丈夫、絶対聞かれてない。
音があんまり遠くへは伝わらないようにしてるし。
プフが偵察の分身飛ばしたりしてたけど、全部『円』でスリ潰したから」
「あなたも器用なことしますね……」
それは最早『円』と呼んでいい範疇ではないだろう。プフも肝を冷やしたに違いない。
「……けどさ。ピトーに限らず、なんか護衛軍弱くない?
正直、期待外れなんだけど」
アイシャは少し困ったような表情を覗かせ、
「その……
私にとって初見の相手ではありませんからね。直接交戦したのはピトーだけでしたが、他の2人についても、仲間が戦った時の詳細を聞いていますから。
……何より桜が手助けしてくれてますし」
「でも、私のはあっちに対する助言でもあるもん。ついでにボコってるけど。
だから多分、次は本気で来るよ。それで決着がつくと思う」
「……
以前NGLで戦った時、何より脅威に感じたのは、彼らの王に対する忠誠心でした」
「蟻の統率ってやつかな」
「そうでしょうね……
ピトーは死に物狂いでしたし、死してなお私を襲ってきました。
……ですが今の彼らに、それほどの執念は感じません」
「うーん。同じ水準を期待するのが間違いなんだろうけど……
今のアイツラ、忠誠どころか私に歯向かってるもんねぇ。
そりゃ女王様として振る舞うとか、冗談じゃないし?
やる気ないのは仕方ないんだろうけど……なんだかにゃー」
「だから桜も、あえて彼らを怒らせてるんですよね?」
「……悪く言いたくはないんだけどね。
本音ではあるけど、私もいちいち言いたくなんかないよ。
でも……」
落ち込んだ様子の桜に、アイシャはかぶりを振り、
「彼らはヒトではありませんから。言葉こそ通じますが、思考や価値観が根本的に異なります。
桜の気持ちは分かりますけど、私達と同じように扱うのは無理がありますよ。
……メレオロンのように、人間だった頃の記憶があれば別ですけどね」
「ヒトじゃない、か……」
桜は小さい声でそうつぶやき、細く長い息を吐いた。
「お待たせいたしました」
やがて護衛軍3人がこちらへ戻ってきた。立ち止まり、先頭で慇懃に挨拶をするプフ。
「治療は終わってるね。作戦会議は終わった?」
「ええ。
……念の為に確認させていただきたいのですが、ピトーへ約束していただいた褒美の件、本当にご用意していただけるのですね?」
「うん、それは大丈夫。保証するよ。
アイシャの特訓にしっかり付き合ってくれれば、だけど。
……改めて伝えとくけど、もしアイシャにやられて消滅したら、そいつはペナルティとしてご褒美なしだからね。分かってる?」
「承知しております」
「桜……
私、ペナルティの件は初耳なんですが」
そもそもアイシャは、褒美とやらが何なのか知らないままだ。それもあって、どうにも居心地が悪そうだった。
「アイシャは気にしなくていいよ。
そうじゃないとコイツラ、本気でやらないもん。必死で戦ってこそ特訓になるんだし。
そんなどうでもいいこと気にして、アイシャこそ怪我しちゃダメだよ?
ちゃんと緊張感保ってね」
「……」
無傷の勝利を課せられたからこそ、アイシャも精神を研ぎ澄ませていられるのは事実である。でなければ、汗1つかかずピトーを仕留めたアイシャの実力では、然したる実りもないまま護衛軍を打倒してしまっただろう。
もっとも現状のアイシャは、リュウショウに近い精神状態に到ったあの時と比べれば、まだ技が冴え渡っているとは言えない状態だったが……
桜が再開について口を開きかけた時、ユピーが掌を向けて制止した。
「よぉ、姉ちゃん。提案がある。
……オレと殴り合おうぜ」
首を傾げるアイシャ。少なくともユピーは現状、肉体を変異させていない。通常の巨漢形態だ。
「オマエがオレ達の王を殺りやがったんだろ?
それとも、仲間や武器に頼ったのか?」
「……いえ。
あなた達の王は、私1人で……この手で命を奪いました」
「……
そうか……
なら、オマエのことを赦すわけにはいかねぇ。このままじゃ護衛軍の1人として、王に申し訳が立たないからな。
オレ達を皆殺しにしておいて、何事もなかったようにすましてやがるその
「……だから殴り合おう、ですか」
見え透いた挑発だ。……だが、偽りというわけでもないだろう。アイシャにも気持ちは分からなくもなかった。
「いいでしょう。ですが、大人しく殴られてあげるつもりはありません。
やれるものならやってみなさい」
オーラを漲らせ、アイシャは両腕を構える。いつもの風間流でもない、よくある拳術の構えだ。それを見て桜が目を丸くし、ユピーが歓喜した。
「おぉ。アイシャ、マジで殴り合う気?」
「これも特訓の一環ですよ。
怪我をするつもりはありません」
「はっはぁ! いいじゃねぇか。
一度誰かと全力で殴り合ってみたかったんだッ!」
ユピーが凶々しいオーラを漲らせ、同じように構える。体格はダントツでユピーだが、顕在オーラはアイシャが遥かに上だ。
「……えっとさ、ユピー」
「んだよ、さっきからッ!
これから最高に楽しい時間なんだ、邪魔すんじゃねぇ!」
水を差す桜を怒鳴りつけるユピー。桜はぽりぽり頬をかきながら、
「誤解があるみたいだから、ちょっと言わせて。
アイシャ達は、キメラアントを皆殺しになんかしてないよ」
「あ? なんでだよ。
オレ達と人間は、完全に敵同士だろうが」
「そんなこと言って。
ユピーも人間のこと、少しは認めてるんでしょ?」
「……はっ。適当なこと言ってんじゃねぇよ」
「アイシャが王様を殺した後、残ったキメラアントのほんの極一部は人間に降伏したよ。
少数だけど、条件付きで生き長らえてる」
「……それがどうした。中には臆病なヤツもいたってだけだろうが。
オレには関係ねぇな」
「本当に?
──アンタの
「は……?」
「いったい何を言っているのです、あなたは?」
会話に割って入るプフ。流石に聞き捨てならなかったのだろう。
「ああ、別に王様が降伏したわけじゃないよ? むしろ逆。
アンタ達が負けた後、王様が戦いの最中に降伏を勧告したの。
──余に仕えよ。さすれば世界を統一する余の隣に立つ権利を与えよう──って。
だよね? アイシャ」
目を見開き、呆然とするアイシャ。思わず構えを解き、
「なぜ……あなたがそのことを」
桜どころか、それは誰も知らないはずのことだった。実際にそのやりとりを交わした、王とアイシャ以外には。
「バカなッッ!! 真実だと言うのですかっ!?」
「……」
肯定も否定もせず、黙り込むアイシャ。──その態度が、桜の言葉が真実であることを物語っていた。
「お、おおおぉっ……! なんということ!
私が、私があまりに不甲斐ないばかりに……!
我々が生き延びていれば、あの王が、そのようなことを人間に仰られるはずは……」
がくりと膝を折り、芝居がかった仕草で嘆くプフ。桜は難しい顔をしながら、
「本来は護衛軍がその立場だったんだろうけどね。
1人でも世界征服はできるけど、流石に手が足りないのも分かってたみたい。
むしろキメラアントの王としては正しいんじゃない? 優秀で忠実な護衛軍を失ったら、それと同等以上の配下を求めるのは」
「くっ……!
やはり、我々が命を落としたことが原因というわけですか……口惜しい」
震えるプフ。護衛軍2人も、何とも言えない様子で俯いている。所在なさげにしているアイシャを、桜は静かに見やり、
「でも、断ったんだよね。アイシャは」
「……ええ。まだ戦いの最中でしたから。
もし私が敗れた後であれば、悩みもしたでしょうが──」
「なぜですかッ!?
あなたは世界で唯一無二、史上最高の王に仕えよと直接お声をかけられたのですよっ!?
それがどれだけ光栄なことか……断る理由がないッ!!」
心酔しきったプフに澱んだオーラとともに詰め寄られ、アイシャは気圧されながらも、
「……私は人間です。あなた達とは違う……手は組めませんよ」
その言葉を聞いて、我に返るプフ。「ごほん」と咳払いし、
「そうでしたね……
王と渡り合えるほどの実力を備えているせいで、つい忘れてしまいがちですが……」
護衛軍にまで、微妙に人間扱いされてなかったらしい。解せぬ様子のアイシャ。
「ですが種族は違えど、仕官の機会を与えられたのは栄誉あることに違いありません……
……いえ。むしろ一目置くべきなのでしょうね、あなたに。
王の目を疑うわけには参りません……ああ、しかしっ!」
完全に自分の世界へ浸っているプフに、桜は心底呆れた顔で、
「プフ……
オマエ、ホント面倒くさいヤツなのな」
「おぅ、もっと言ってやってくれ。
コイツ本当に面倒くさくてよ」
「ボクも前からそう思ってたニャ……」
「なんですか、あなた達までッ!?」
護衛軍2人にまで面倒くさいヤツ呼ばわりされ、ヒステリックに怒るプフ。展開に1人置いてけぼりのアイシャは、
「あの……
結局、戦いはどうするんですか?」
「やるに決まってんだろ!
プフ、邪魔すんじゃねぇ!」
「邪魔したのは私ではありませんよ!」
「
ちぐはぐ、ばらばら」
「あはは……」
桜の評に、乾いた笑いしか返せないアイシャ。
──気を取り直して、互いに向かい合って構えるユピーとアイシャ。ピトーとプフは、ユピーの後方に陣取り、桜は向かい立つ両者の間にいた。
「赤ぁーコォーナー。大体100パウンドー。
チャンピオン、アイシャアー、コォーザァァー!」
「ちょっと桜……」
ボクシングのノリでさらりと体重をバラされて、文句を言いたげなアイシャ。ついでにファミリーネームまで呼ばれ、個人情報ダダ漏れである。企業秘密です、と言いたそうにしている。
「青ぉーコォーナー。……えっと、ユピーって体重いくつ?」
「知らねぇよ、そんなもん」
「あー……まぁ適当に500パウンドー。
チャレンジャー、モントゥトゥー、ユゥーピィィー!」
「おかしな名前の呼び方すんじゃねぇよ、うっとうしい」
「ぶー。ノリ悪いな、2人ともー」
バカなやりとりはそこまでにし、ユピーとアイシャはオーラを漲らせながらも、静かに睨みあう。
「ゴングはないから、私が手を打ったら始めて。
レディー……」
桜は小さな手を開いて、ピタリと静止し。
「──GO!」
パァンッ! と手を打ち鳴らした。
「らぁぁぁああああッッ!!」
豪腕を振るうユピー。思わずいなしたくなるアイシャだったが、それをこらえ最小限の動きで回避する。
「オラオラオラオラァッッ!!」
避けられることも意に介さず、風を唸らせながら拳を思う存分アイシャに叩きつけんとするユピー。両腕を構えこそしているが反撃の素振りを見せず、剛拳をかすらせもしないアイシャ。
「オラオラ、テメェも撃ってこいやぁぁぁぁッッ!!」
お言葉に甘えてと言わんばかりに、ユピーの拳を逸らし、伸びきった腕の付け根を軽く叩くアイシャ。体勢を崩したユピーの脇腹を刺すように突き込む。
「かッ!?」
浸透するダメージに怯みながらも、即座に体勢を直し、再び拳を乱打するユピー。もしまともに食らえばアイシャの顕在オーラでも無傷では済まない為、全弾回避し続けている。
隙あらば的確に拳を突き刺すアイシャ。それほど威力があるように見えないが、確実にユピーの体内にダメージを刻んでいる。一見拳闘をしているようだが、内実は柔拳を駆使していた。意識せずとも自然に相手を崩して倒す戦い方が染み付いている。
「クソオォッ! チョコマカとっ!」
一撃も当てられず、流石に苛立つユピー。既にアイシャは、愚直すぎるユピーの動きを完全に先読みしていた。最早、目を瞑ったままでも避け続けられるだろう。
蓄積したダメージの影響で、不意に膝が折れるユピー。強烈なアッパーがユピーの顎を襲った。
「げはッッ……!」
それまでのダメージもあって、ダウンするユピー。そのままアイシャは追撃しかけたが、桜が微笑んでいるのを見て、そんな気が失せてしまった。
「ダウーン。ワン、ツー、スリー……」
「ぐ、ぐぅ……!!」
桜のカウントなど別に何の意味もないのだが、抗うように立ち上がろうとするユピー。
「セブーン、エイート」
「うるせぇっ! もう立ったぞ!」
「はい、さいかーい」
かろうじて立ち上がっただけで棒立ちのユピーへ、拳の乱打が見舞われる。
「がああぁぁッッ!!」
打たれながらも肉体をやや膨張させ、無理やりオーラでダメージを押さえ込むユピー。連撃の有効性が低いと見て、アイシャも一度距離を取った。
「くそぉぉぉッッ!!
殴り合いなんだから、オレにも殴らせろやぁぁぁッッ!!」
桜が半笑いで『だめだめ』と手を振る。無傷の勝利を目指すアイシャには当然呑めない要求である。
徐々に肉体を膨らませながら、2本の腕を思うさま振り回し続けるユピー。荒れていく足場と変化するリーチを測りつつ、守りが薄い部位へ堅実に拳を突き刺すアイシャ。
「ああああぁぁぁーーッッ!!」
──どどぉぉぉぉぉぉぉんッッ!!
ユピーが肥大した両腕を、大地へ叩きつけた。──派手に爆砕した土砂を回避する為、大きく離れるアイシャ。
「──遊びはもう終わりだッッ!! 行くぞピトー、プフッ!!」