どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第二百四十九章

 

「そういえば桜、特質系について何か酷いこと言ってくれましたよねぇ……」

「あにゃーっ!?

 あああ、そうだった! アイシャごめーん!」

 

 手を合わせて平謝りする桜に、アイシャはプンとそっぽを向き、

 

「なんでしたっけ?

 特質系のクセに肉弾戦で挑むバカ、でしたっけ?」

「ち、ちがうってば!

 アイシャ、めっちゃ技術で攻めるじゃん! アイシャのつもりで言ってない!」

「ふぅん。

 ……まぁピトーのことだとしても、必死で戦った相手をあまり愚かしいと言われるのは、ねぇ。私としては面白くないというか」

「あにゃにゃにゃ……」

 

 狼狽する桜に、アイシャはくすくす笑いながら頭を撫でてあげ、

 

「いつもの桜で安心しましたよ。

 そんなに謝らなくても、私は気にしていませんから」

「……ごめんね?」

「分かってますよ。

 ……いちおう確認ですが、この会話、聞かれたりしてませんよね?」

「大丈夫、絶対聞かれてない。

 音があんまり遠くへは伝わらないようにしてるし。

 プフが偵察の分身飛ばしたりしてたけど、全部『円』でスリ潰したから」

「あなたも器用なことしますね……」

 

 それは最早『円』と呼んでいい範疇ではないだろう。プフも肝を冷やしたに違いない。

 

「……けどさ。ピトーに限らず、なんか護衛軍弱くない?

 正直、期待外れなんだけど」

 

 アイシャは少し困ったような表情を覗かせ、

 

「その……

 私にとって初見の相手ではありませんからね。直接交戦したのはピトーだけでしたが、他の2人についても、仲間が戦った時の詳細を聞いていますから。

 ……何より桜が手助けしてくれてますし」

「でも、私のはあっちに対する助言でもあるもん。ついでにボコってるけど。

 だから多分、次は本気で来るよ。それで決着がつくと思う」

「……

 以前NGLで戦った時、何より脅威に感じたのは、彼らの王に対する忠誠心でした」

「蟻の統率ってやつかな」

「そうでしょうね……

 ピトーは死に物狂いでしたし、死してなお私を襲ってきました。

 ……ですが今の彼らに、それほどの執念は感じません」

「うーん。同じ水準を期待するのが間違いなんだろうけど……

 今のアイツラ、忠誠どころか私に歯向かってるもんねぇ。

 そりゃ女王様として振る舞うとか、冗談じゃないし?

 やる気ないのは仕方ないんだろうけど……なんだかにゃー」

「だから桜も、あえて彼らを怒らせてるんですよね?」

「……悪く言いたくはないんだけどね。

 本音ではあるけど、私もいちいち言いたくなんかないよ。

 でも……」

 

 落ち込んだ様子の桜に、アイシャはかぶりを振り、

 

「彼らはヒトではありませんから。言葉こそ通じますが、思考や価値観が根本的に異なります。

 桜の気持ちは分かりますけど、私達と同じように扱うのは無理がありますよ。

 ……メレオロンのように、人間だった頃の記憶があれば別ですけどね」

「ヒトじゃない、か……」

 

 桜は小さい声でそうつぶやき、細く長い息を吐いた。

 

 

 

「お待たせいたしました」

 

 やがて護衛軍3人がこちらへ戻ってきた。立ち止まり、先頭で慇懃に挨拶をするプフ。

 

「治療は終わってるね。作戦会議は終わった?」

「ええ。

 ……念の為に確認させていただきたいのですが、ピトーへ約束していただいた褒美の件、本当にご用意していただけるのですね?」

「うん、それは大丈夫。保証するよ。

 アイシャの特訓にしっかり付き合ってくれれば、だけど。

 ……改めて伝えとくけど、もしアイシャにやられて消滅したら、そいつはペナルティとしてご褒美なしだからね。分かってる?」

「承知しております」

「桜……

 私、ペナルティの件は初耳なんですが」

 

 そもそもアイシャは、褒美とやらが何なのか知らないままだ。それもあって、どうにも居心地が悪そうだった。

 

「アイシャは気にしなくていいよ。

 そうじゃないとコイツラ、本気でやらないもん。必死で戦ってこそ特訓になるんだし。

 そんなどうでもいいこと気にして、アイシャこそ怪我しちゃダメだよ?

 ちゃんと緊張感保ってね」

「……」

 

 無傷の勝利を課せられたからこそ、アイシャも精神を研ぎ澄ませていられるのは事実である。でなければ、汗1つかかずピトーを仕留めたアイシャの実力では、然したる実りもないまま護衛軍を打倒してしまっただろう。

 もっとも現状のアイシャは、リュウショウに近い精神状態に到ったあの時と比べれば、まだ技が冴え渡っているとは言えない状態だったが……

 

 桜が再開について口を開きかけた時、ユピーが掌を向けて制止した。

 

「よぉ、姉ちゃん。提案がある。

 ……オレと殴り合おうぜ」

 

 首を傾げるアイシャ。少なくともユピーは現状、肉体を変異させていない。通常の巨漢形態だ。

 

「オマエがオレ達の王を殺りやがったんだろ?

 それとも、仲間や武器に頼ったのか?」

「……いえ。

 あなた達の王は、私1人で……この手で命を奪いました」

「……

 そうか……

 なら、オマエのことを赦すわけにはいかねぇ。このままじゃ護衛軍の1人として、王に申し訳が立たないからな。

 オレ達を皆殺しにしておいて、何事もなかったようにすましてやがるその(ツラ)を1発ブン殴ってやらないと気が済まねぇんだ」

「……だから殴り合おう、ですか」

 

 見え透いた挑発だ。……だが、偽りというわけでもないだろう。アイシャにも気持ちは分からなくもなかった。

 

「いいでしょう。ですが、大人しく殴られてあげるつもりはありません。

 やれるものならやってみなさい」

 

 オーラを漲らせ、アイシャは両腕を構える。いつもの風間流でもない、よくある拳術の構えだ。それを見て桜が目を丸くし、ユピーが歓喜した。

 

「おぉ。アイシャ、マジで殴り合う気?」

「これも特訓の一環ですよ。

 怪我をするつもりはありません」

「はっはぁ! いいじゃねぇか。

 一度誰かと全力で殴り合ってみたかったんだッ!」

 

 ユピーが凶々しいオーラを漲らせ、同じように構える。体格はダントツでユピーだが、顕在オーラはアイシャが遥かに上だ。

 

「……えっとさ、ユピー」

「んだよ、さっきからッ!

 これから最高に楽しい時間なんだ、邪魔すんじゃねぇ!」

 

 水を差す桜を怒鳴りつけるユピー。桜はぽりぽり頬をかきながら、

 

「誤解があるみたいだから、ちょっと言わせて。

 アイシャ達は、キメラアントを皆殺しになんかしてないよ」

「あ? なんでだよ。

 オレ達と人間は、完全に敵同士だろうが」

「そんなこと言って。

 ユピーも人間のこと、少しは認めてるんでしょ?」

「……はっ。適当なこと言ってんじゃねぇよ」

「アイシャが王様を殺した後、残ったキメラアントのほんの極一部は人間に降伏したよ。

 少数だけど、条件付きで生き長らえてる」

「……それがどうした。中には臆病なヤツもいたってだけだろうが。

 オレには関係ねぇな」

「本当に?

 ──アンタの(あが)める王様が、同じことをしたとしても?」

「は……?」

「いったい何を言っているのです、あなたは?」

 

 会話に割って入るプフ。流石に聞き捨てならなかったのだろう。

 

「ああ、別に王様が降伏したわけじゃないよ? むしろ逆。

 アンタ達が負けた後、王様が戦いの最中に降伏を勧告したの。

 ──余に仕えよ。さすれば世界を統一する余の隣に立つ権利を与えよう──って。

 だよね? アイシャ」

 

 目を見開き、呆然とするアイシャ。思わず構えを解き、

 

「なぜ……あなたがそのことを」

 

 桜どころか、それは誰も知らないはずのことだった。実際にそのやりとりを交わした、王とアイシャ以外には。

 

「バカなッッ!! 真実だと言うのですかっ!?」

「……」

 

 肯定も否定もせず、黙り込むアイシャ。──その態度が、桜の言葉が真実であることを物語っていた。

 

「お、おおおぉっ……! なんということ!

 私が、私があまりに不甲斐ないばかりに……!

 我々が生き延びていれば、あの王が、そのようなことを人間に仰られるはずは……」

 

 がくりと膝を折り、芝居がかった仕草で嘆くプフ。桜は難しい顔をしながら、

 

「本来は護衛軍がその立場だったんだろうけどね。

 1人でも世界征服はできるけど、流石に手が足りないのも分かってたみたい。

 むしろキメラアントの王としては正しいんじゃない? 優秀で忠実な護衛軍を失ったら、それと同等以上の配下を求めるのは」

「くっ……!

 やはり、我々が命を落としたことが原因というわけですか……口惜しい」

 

 震えるプフ。護衛軍2人も、何とも言えない様子で俯いている。所在なさげにしているアイシャを、桜は静かに見やり、

 

「でも、断ったんだよね。アイシャは」

「……ええ。まだ戦いの最中でしたから。

 もし私が敗れた後であれば、悩みもしたでしょうが──」

「なぜですかッ!?

 あなたは世界で唯一無二、史上最高の王に仕えよと直接お声をかけられたのですよっ!?

 それがどれだけ光栄なことか……断る理由がないッ!!」

 

 心酔しきったプフに澱んだオーラとともに詰め寄られ、アイシャは気圧されながらも、

 

「……私は人間です。あなた達とは違う……手は組めませんよ」

 

 その言葉を聞いて、我に返るプフ。「ごほん」と咳払いし、

 

「そうでしたね……

 王と渡り合えるほどの実力を備えているせいで、つい忘れてしまいがちですが……」

 

 護衛軍にまで、微妙に人間扱いされてなかったらしい。解せぬ様子のアイシャ。

 

「ですが種族は違えど、仕官の機会を与えられたのは栄誉あることに違いありません……

 ……いえ。むしろ一目置くべきなのでしょうね、あなたに。

 王の目を疑うわけには参りません……ああ、しかしっ!」

 

 完全に自分の世界へ浸っているプフに、桜は心底呆れた顔で、

 

「プフ……

 オマエ、ホント面倒くさいヤツなのな」

「おぅ、もっと言ってやってくれ。

 コイツ本当に面倒くさくてよ」

「ボクも前からそう思ってたニャ……」

「なんですか、あなた達までッ!?」

 

 護衛軍2人にまで面倒くさいヤツ呼ばわりされ、ヒステリックに怒るプフ。展開に1人置いてけぼりのアイシャは、

 

「あの……

 結局、戦いはどうするんですか?」

「やるに決まってんだろ!

 プフ、邪魔すんじゃねぇ!」

「邪魔したのは私ではありませんよ!」

主の(あるじ )いない護衛軍なんて、こんなもんだよねー。

 ちぐはぐ、ばらばら」

「あはは……」

 

 桜の評に、乾いた笑いしか返せないアイシャ。

 

 

 

 ──気を取り直して、互いに向かい合って構えるユピーとアイシャ。ピトーとプフは、ユピーの後方に陣取り、桜は向かい立つ両者の間にいた。

 

「赤ぁーコォーナー。大体100パウンドー。

 チャンピオン、アイシャアー、コォーザァァー!」

「ちょっと桜……」

 

 ボクシングのノリでさらりと体重をバラされて、文句を言いたげなアイシャ。ついでにファミリーネームまで呼ばれ、個人情報ダダ漏れである。企業秘密です、と言いたそうにしている。

 

「青ぉーコォーナー。……えっと、ユピーって体重いくつ?」

「知らねぇよ、そんなもん」

「あー……まぁ適当に500パウンドー。

 チャレンジャー、モントゥトゥー、ユゥーピィィー!」

「おかしな名前の呼び方すんじゃねぇよ、うっとうしい」

「ぶー。ノリ悪いな、2人ともー」

 

 バカなやりとりはそこまでにし、ユピーとアイシャはオーラを漲らせながらも、静かに睨みあう。

 

「ゴングはないから、私が手を打ったら始めて。

 レディー……」

 

 桜は小さな手を開いて、ピタリと静止し。

 

「──GO!」

 

 パァンッ! と手を打ち鳴らした。

 

「らぁぁぁああああッッ!!」

 

 豪腕を振るうユピー。思わずいなしたくなるアイシャだったが、それをこらえ最小限の動きで回避する。

 

「オラオラオラオラァッッ!!」

 

 避けられることも意に介さず、風を唸らせながら拳を思う存分アイシャに叩きつけんとするユピー。両腕を構えこそしているが反撃の素振りを見せず、剛拳をかすらせもしないアイシャ。

 

「オラオラ、テメェも撃ってこいやぁぁぁぁッッ!!」

 

 お言葉に甘えてと言わんばかりに、ユピーの拳を逸らし、伸びきった腕の付け根を軽く叩くアイシャ。体勢を崩したユピーの脇腹を刺すように突き込む。

 

「かッ!?」

 

 浸透するダメージに怯みながらも、即座に体勢を直し、再び拳を乱打するユピー。もしまともに食らえばアイシャの顕在オーラでも無傷では済まない為、全弾回避し続けている。

 

 隙あらば的確に拳を突き刺すアイシャ。それほど威力があるように見えないが、確実にユピーの体内にダメージを刻んでいる。一見拳闘をしているようだが、内実は柔拳を駆使していた。意識せずとも自然に相手を崩して倒す戦い方が染み付いている。

 

「クソオォッ! チョコマカとっ!」

 

 一撃も当てられず、流石に苛立つユピー。既にアイシャは、愚直すぎるユピーの動きを完全に先読みしていた。最早、目を瞑ったままでも避け続けられるだろう。

 

 蓄積したダメージの影響で、不意に膝が折れるユピー。強烈なアッパーがユピーの顎を襲った。

 

「げはッッ……!」

 

 それまでのダメージもあって、ダウンするユピー。そのままアイシャは追撃しかけたが、桜が微笑んでいるのを見て、そんな気が失せてしまった。

 

「ダウーン。ワン、ツー、スリー……」

「ぐ、ぐぅ……!!」

 

 桜のカウントなど別に何の意味もないのだが、抗うように立ち上がろうとするユピー。

 

「セブーン、エイート」

「うるせぇっ! もう立ったぞ!」

「はい、さいかーい」

 

 かろうじて立ち上がっただけで棒立ちのユピーへ、拳の乱打が見舞われる。

 

「がああぁぁッッ!!」

 

 打たれながらも肉体をやや膨張させ、無理やりオーラでダメージを押さえ込むユピー。連撃の有効性が低いと見て、アイシャも一度距離を取った。

 

「くそぉぉぉッッ!!

 殴り合いなんだから、オレにも殴らせろやぁぁぁッッ!!」

 

 桜が半笑いで『だめだめ』と手を振る。無傷の勝利を目指すアイシャには当然呑めない要求である。

 

 徐々に肉体を膨らませながら、2本の腕を思うさま振り回し続けるユピー。荒れていく足場と変化するリーチを測りつつ、守りが薄い部位へ堅実に拳を突き刺すアイシャ。

 

「ああああぁぁぁーーッッ!!」

 

 ──どどぉぉぉぉぉぉぉんッッ!!

 

 ユピーが肥大した両腕を、大地へ叩きつけた。──派手に爆砕した土砂を回避する為、大きく離れるアイシャ。

 

「──遊びはもう終わりだッッ!! 行くぞピトー、プフッ!!」

 

 

 

 

 

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