────バチィンッッ!!
直撃すれば首が消し飛ぶ勢いで振るわれたであろう尾を、桜は見もせず片手で防いだ。
「……あ? 何の真似だ、コラ?」
やはり目も向けず、声だけで脅す桜。
それに対し、王は────全身から凄まじい怒気を漲らせていた。
「貴様……
先ほどからの赦し難い暴言の数々、到底見過ごすことは出来ぬ」
「はぁー?
王ちゃま、自分の立場マジでわかってる?
私に逆らうとか、流石にバカのドミノ倒しじゃござんせん?」
「黙れ」
再び振るわれた尾も手の甲で弾き、桜は距離を取りながら王へ振り向く。
「いやですぅー。黙りませーん。
こっちはおかしな茶番見せられて、すっかり参っちゃってんのに。
王と臣下ごっこはもういいっしょ? 最後まで付き合ってあげたんだから、アイシャの特訓にも──」
「────黙れと言っているッッ!!」
激昂する王。アイシャのみならず、護衛軍まで飛び退るほどの怒り。
その直撃を浴びる桜は、心底苛立っていた。
「オマエ……
ナメくさんのも大概にしとけよ。産まれたての赤ちゃん蟻の分際で、養ってもらってる親に歯向かうのか?」
「貴様など親ではないッッ!!」
「あーはい。言葉のアヤでし、た。
私もオマエみたいなデッカイお子ちゃま、いりまっしぇーん。
バブバブうっせぇんだよ、そんなイカついナリして」
鬼面を浮かべる王。激憤極まる王を前に、桜はヘラヘラしながら、
────うにゃぁぁぁッッ!! めっちゃこえぇぇぇッッ!! なんでコイツ、こんなブチ切れてんのッ!?
内心ビビりまくっていた。あれだけ挑発しておいてそれはないが、それ以前に王は激怒していた。いきなり桜を殺そうとしたほどだ。そこまで怒り狂う理由が桜には分からない。
桜の念獣ゆえ、護衛軍としたように言葉を交わさずとも意思のやりとりは可能だった。情報提供もそうやって桜がしていたのだが、今は完全に王から拒絶されていた。──こうなっては、桜にも手がつけられない。
王は全身の筋肉を怒張させ、
「──もうよい。死ね」
「はぁぁぁ?
生前と同じオーラくれてやっただけで、調子のんなよ? さっきも殺そうとしやがって……
躾が欲しいならしてやんよ、このクソガキ」
「餓鬼は貴様の方だ」
「ぶッ殺!」
遂に桜は、膨大なオーラを放ち『堅』で全身を覆った。王と並び立ち、遜色ないほどのオーラ。王との戦いを経て成長した今のアイシャですら、2人のオーラ量が読み切れない。
「ほぅ……
我々を甦らせてなお、それほどのオーラを発するか。凄まじい手練れだな」
「今更褒めんなよ。
ガキの躾にゃ、これで充分だろ」
「口の減らぬ餓鬼が……
余が直々に身の程を教えてやる」
「どっちが!?
いつまでも寝惚けてんじゃねーぞ、このクソ暴君ッ!!」
互いに構える2人。アイシャは震えが止まらず、警告を発することができないでいた。本当に桜は理解しているのか? 王が有する肉体の強度、生物としては有り得ないほどの高みにある、その身体能力を──
王が飛び掛かった。2者の距離など実質無きに等しいほどの速度で間合いを詰め、腕を振るい──
────パアァァァァンッッ!!
破裂するような音の後、宙を舞う王の肉体。捻じれながら何十と高速で旋回し、
『王ッ!?』
護衛軍の声とともに地に転がり、倒れ伏す王。即座に立ち上がるが──その片頬は赤くなっていた。
「貴様ァァ……!!」
「はんっ!
親を殺そうとする子供にゃ、全然手ぬるいお仕置きじゃん。
案外効くでしょ、ただの『ビンタ』も」
腕を振った体勢の桜。そう、桜が放ったのは単なる平手打ちだ。ただし、超絶の技巧が籠められていたが。
再度襲い掛かる王。技術など一切介入しない、薙ぎ払い。あらん限りの力で桜の身体を掻き切らんとし──
いとも容易く捌いた桜の手が、そのまま王の頭部を掴み、大地へと超音速で叩きつけた。
「がはぁぁッッ!?」
砕ける大地の爆音に紛れ、王の苦鳴が響く。
生まれたクレーターへ沈み込みながら、桜へ尾を振るう王。その尾が届く前に王の背を蹴りつける桜。王は大地に沈むことも赦されず、大地を横に削りながら吹っ飛ばされた。
「ぐぅ……かはッ! ──べっ!」
一時も横たわろうとせず、立ち上がり血の唾を吐く王。桜から離れた場所で、軽くフラついている。
「ぅへ、頑強。
ワリとマジぶっ殺すつもりでやってんだけどにゃー?
かなり強いね、アンタ達の王様。
ま、頑丈さだけはね。他はトーシローっすわ」
「な……なんなんだ、オマエ」
真顔で問うユピー。こんな光景を見せられては、流石に認めないわけにはいかなかっただろう──純粋な戦闘能力において、桜は王を凌駕していると。果たしてそれがオーラによるものなのか、能力なのか、はたまた技術なのかは知れなかったが。
それこそこんな光景は、アイシャにとって悪夢そのものだった。いくら心を静めようとしても、混乱は収まらない。いったい何が起きている?
────あの恐るべき身体能力を持つ王を、なぜ桜が圧倒している? どうして?
桜の元へと歩いていく王。その王の顔を奇妙そうに見返す桜。
「貴様、本当に人間か……?」
「蟻んこにそうやって言われんの、なんかすっごいムカつく。
まだ躾が足んないみたいだね」
一瞬アイシャの方へ目をやろうとする王。だが、そうしなかった。おそらくアイシャに問おうとして、やめたのだろう。いずれにしろ、アイシャにも答えは持ち得ない。
──人間だ。人間のはずだ。ただソレは、ウラヌスである時の話だ……何度も診たからこそ言えることだ。ウラヌスは、普通の人間としか思えなかった。
しかし桜に入れ替わった今、オーラ量を始めとして明らかに不可解な点が多すぎる。
────桜は、人間か?
アイシャがそんな目で見ていた時、桜と目が合ってしまった。
表情をゆがめる桜。悲しそうに……悔しそうに。
「くそっ……
余計なことばっかり言いやがって」
そうつぶやいた後、王へと憎々しげな表情を向け、
「もう頭きた。
オマエはただ消してやらない。──粉々にブチ壊す。苦しんで、もういっぺん死ね」
「ほざけ。死ぬのは貴様の方だ」
「よく言うよ、あんなマヌケに吹っ飛ばされといて。
ああ、アイシャにもバカの一つ覚えで、何百回もブッ飛ばされたんだっけ?
ふひひ。ボクちゃん悔しいから、勝てるまで挑戦しまちゅー。ってか?」
聞くに堪えない罵倒に、王は剛拳をもって応じた。
桜もその拳に、正面から拳を合わせる──
ごりッ!! と骨がカチ合う耳障りな音がし、互いの拳が弾かれた。
再度王が拳を振るい、またも桜がそれに拳を合わせる。同じ結果が繰り返された。
王は撃ち合った拳を震わせながら、
「貴様ぁぁッ……!! 先ほどから……!!」
「なにさ?
んな、おっそいパンチ待ってんのも退屈だから相手してやってんのに。
百式観音に比べたら、オマエの動きなんざ止まって見えんだよ。バーカ。ノロマぁ」
激憤した王が、桜へと高速で拳の乱打を見舞う。
面白がり、桜も全く同じように拳を打ち合う。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
「アタタタタタタタタタタッッッ!!」
────ががががががががががががががががががががががががががががががッッッッ!!
機関砲もかくやという速度で、拳打を撃ちあう2人。
王がただあらん限りの力で放っているのに対して、桜は完璧に拳を合わせ続けていた。最早、技術なのか何なのかも分からない出鱈目さだ。
しばらく撃ち合い続けた後、押されだした──王の方が。目に見えて速度が鈍ってきている。それに対し桜は、逆に速度を上げていた。
桜が拳を合わせているはずなのに、むしろ王が防御する為に拳を撃ち出しているような矛盾。
「アータタタタタタタタッ、オワッタァッッッ!!」
最後に強撃を放ち、ガードを吹っ飛ばして王の顔面に一発入れる桜。酷く旋回しながら吹っ飛ばされ、何度も大地に叩きつけられて、ようやく倒れ伏す王。
「王ッッ!!」
流石に我慢の限界か、プフが王の元へ飛翔する。助け起こそうとして、
「やめよッ!! ……余に、これ以上の恥をかかせるな」
「王ッ……!」
泣きじゃくるプフ。王は1人で起き上がりながら、プフを哀れそうに見やり、
「すまぬな、お主らの前でこんな醜態を晒して……
だが、余はもう王などではない。一介の蟻にすぎぬのだ……」
「そのような、そのようなことは……」
「まーだ、恥とか気にしてるんだ?
これ以上恥の上塗りなんて、しようがないと思うけど」
2人の下へ歩いていき罵声を浴びせる桜。プフは、まだ完全に立ち上がれない王と桜の間に立ち、
「……もうおやめください、女王。
まだ足りぬと仰られるなら、代わりにこの私を」
「あん? プフ、これは『躾』だよ?
本人にやらなきゃ意味ないじゃん」
「……これではただの虐待です」
「うにゃー。いじめっことか言われたぁ。
先に攻撃されたの、私なのにぃ」
「プフ、よせ」
「いいえ、やめません。
……どうか女王。怒りが鎮まらぬなら、お気が済むまで私の身体を引き裂いてください。
ですから、なにとぞ……
王をこれ以上傷つけるのは、おやめください」
桜は痛ましい表情でプフを見つめ、
「……プフ。献身も過ぎれば毒だよ?
王様、すっごい嫌がってるじゃん」
「王に嫌われようとも構いません。
……私はもう、このような惨劇が続くことに耐えられないのです」
立ちはだかるプフの肩に、王が手を当てる。
「プフ。もうよい。
……この程度の痛み、なんてことはない。むしろ心地よいくらいだ。
身体もようやく暖まってきたところなのだ。邪魔をしてくれるな」
「王……」
「お、奇遇じゃん。
私もそうなんだよねー。ここまでは準備運動、こっから本番じゃんか。
邪魔しないでよね、プフ」
「……」
最早、身を挺しても止めることはできないと悟り、その場に崩れるプフ。ただ泣き声を上げる。
「あーあ、忠臣をこんなに泣かせちゃって。
王様失格じゃん」
「……そうだな。余には過ぎた者だ。
護衛軍は、みなそうだ」
「……ずいぶん殊勝じゃん」
「仮初めの親に過ぎぬ貴様には、分かるまい……」
「……うん。あんまり分かってあげられない。
だってあんた、教えてくれないじゃん。なんで怒ってるのか」
「……」
「それが一番ムカつく。最初に話し合いの余地をなくしたの、自分じゃんか。
ねぇ、私が何かしたの? ……教えてよ」
「貴様のような者には教えぬ。答えはそれだけだ」
「──そ。じゃ、黙って二度死ね」
「貴様がな」
そして2人は、オーラを噴き上げて戦闘を再開した。
激戦を数分ほど眺めていたアイシャは、強い疑念に囚われていた。
──どう考えてもおかしい。
桜と王はあれから数分程度、交戦し続けている。だが、ダメージを受け続けているのは明らかに王の方だ。
いや、王がダメージを受けるのはまだ分かる。いかなる人外の存在であっても、無傷で済むような戦いではない……
だが、桜は。──なぜ傷を負っていない?
王はまさしく人外の存在だ。私が戦った時は、ほぼ全ての攻撃がまともに受ければ即死するほどの威力を誇っていた。見る限り、その破壊力に衰えなどない。
自分の攻撃を跳ね返されてなお、ダメージがほとんどなかった王。あれは凄まじい顕在オーラと、何より異常を極める肉体の強固さゆえだ。
昆虫の頑強さと人間の柔軟さを併せ持つ巨大キメラアント達の中でも、生まれながらにその特性が集約されたが如く
その王ですら、桜との殴打戦でダメージを重ねている。時折り苦しそうにし、オーラの流れも澱んでいた。
なのに、真っ向からその王の肉体を叩き続ける桜は、まるで傷ついた様子がない。顕在オーラは不正確ながらおそらく同程度。なのに拳1つ痛めていない。
桜が、巨大キメラアントの頂点に立つ王を凌駕するほどの身体能力を誇るとでも……? そんなバカなッ!!
互いの攻撃で弾かれあい、桜と王の攻防が途切れる。
「ふぅっ……ふぅ……」
「にゃふ。息あがってんじゃーん。
疲れた? もうギブアップ?
今ならサービスで、土下座したら許しちゃうかも?」
「……ほざけ。戦いはこれからだ」
「ちょっと、変なフラグ立てないでよー。
んにゃ?」
2人のそばに、ピトーが一足飛びでやってきた。2人に向かって平伏する。
「なに、いきなり?」
「女王様、お願いが御座います。
どうか一度きりで構いませんので、王の治療をお赦しいただけませんか?」
「ピトー。
余に治療など無用だ。退いておれ」
「だってさ。邪魔しないでよね」
「私にお2人の邪魔など出来ません……
ですが、ほんの僅かな時間だけでも休んでいただきたいのです」
「ピトーよ。
お主は命を懸けた戦いの最中、疲れたなどという理由で敵に
有り得ぬだろう」
「さりげに敵って言いやがった。ムカチーン」
「黙っておれ。いちいち五月蝿いヤツめ」
「うにゃー!!」
「仰る通りです……
ですから、こうして無理を承知でお願い申し上げております。どうか……」
いちおう黙り込んで、嫌そうな顔を王に向ける桜。王はしばし考え込み、
「無用だと言っておる。
お主が考えているほど、余は傷ついてなどおらぬ。所詮
こんなもの、戦いなどとは到底呼べぬわ」
「おぉ? ほざくわー……
命を懸けた戦いとかヌカしたくせに。ダブスタじゃんか」
「いちいち言葉尻を捕らえねば、気が済まぬのか?
落ち着きのなさは、まさに餓鬼だな」
今度は声も発さず、怒り心頭で王へ近づく桜。ピトーが割って入る。
「ピトーどいて。そいつ殺せない!」
「どきませぬ。治療の許可をいただくまではッ!
ならぬと仰るなら、私を殺してからにしていただきたいッ!」
「またぁ? もー困った子達だなぁ……」
両腕を広げて阻もうとするピトーの身体を、桜は間近まで寄って、優しく抱きしめた。
ピトーは、桜の温もりと柔らかさに大きく身震いした後、戸惑ったように、
「じょ……女王? なにを……」
桜は宥めるように、震えるピトーの背をポンポンしながら、
「ピトー。同じにゃんこのよしみで教えてあげる。
護衛軍みんなに言えることだけど……
もう蟻として、王に尽くさなければ──なんて、呪縛は無いんでしょ?
生前は分かるよ。脳が、全身が、細胞が、王に尽くせと訴えかけてたんだろうから。
でも、今のアンタ達にはそれが無い。
……心の拠り所が欲しいだけ。
今はからっぽだから、溺れるように縋るものを求めて、王様王様と慕ってるだけ」
「そ……そのようなことは……」
「私を女王なんて呼んでるのがいい証拠だよ。
あなた達は支配されたがってるの。王直属護衛軍として生を受けたから。
でないと、不安で寂しくて死んじゃうかもしれない……
だからこそ、あなた達は命を捨ててでも王に尽くそうとしたし、王に甘えてもいる」
「……」
「もう、いいんだよ?
王様も、ピトーも、お互いを縛り合わず自由になって。
死んだ後まで尽くさなくてもいいじゃん……
ピトーは死後に念を残してまで、王へ全てを差し出したんだからさ。もういいよ……」
沈黙するピトー。王も、桜の言葉に黙って耳を傾けている。
「ですが……」
「ま、治療するかどうかは2人で相談して。
少なくとも話す時間ぐらいはあげる」
ピトーを解放し、腕を組む桜。
「……女王。あなたのご慈悲、有り難く頂戴いたします。
それと……
抱きしめていただき、有り難うございました」
「お礼言われるようなこっちゃないよ。
……親にも抱きしめられたことないもんね、あなた達は。
ご満足いただけて何よりにゃ」
屈託なく笑む少女を見つめた後、ピトーは王へと振り向く。
「王。どうか治療を受け入れてはいただけませんか?」
「無用だ。何度も言わせるな」
「……おそれながら、先ほどから王の戦いを拝見する限り、僅かずつですが動きが鈍ってきております。
この後も十全な戦いを所望されるのであれば、なにとぞ一度治療を……」
「
「……。
では……私を召し上がってはいただけませんか?」
「──なに?」
王が表情を大きく歪める。
「王は目覚めてから、まだ何も召し上がってはおられません。
不調とまでは申しませんが、
まがりなりにも治療術をかじった私としては、栄養不足を補うのが最適な療養であると進言いたします」
『王ッ!!』
聞き捨てならぬとばかりに、プフとユピーも王の前に馳せ参じる。
ユピーが勢いよく胸に手を当て、
「私も! 私の肉体も召し上がってはいただけませんか!
ピトーばかり不公平です!」
プフが激しく首を横に振り、両手を前に差し出し、
「いいえ、私こそ!
私の身も心も、全て余す所無く王の所有物で御座いますッ!!
どうぞ、お気の済むまでお召し上がりくださいッ!!」
「……要らぬ」
「そう仰らずッ!!
このままでは召し上がりにくいということでしたら、料理としてお出しいたしますッ!!
どうか、どうか……!! 私もピトーのように、王の血肉となりたいのですッ!!」
「なんかムチャクチャこいてんな、こいつら……
どんだけエグいセールストークしてんだ」
呆れ顔でうなじをかきながら、王と護衛軍のやりとりに毒づく桜。流石に看過できず、アイシャも駆けつける。
彼らのやりとりで、ようやくアイシャは理解した。なぜあの時、王があれほど早く誕生したか。
死したピトーが巣に逃げ帰り、王にその肉体を献上したのだ──
無論、王はまだ誕生していなかったのだから、直接ピトーを
ゆえに、時期尚早だったにも関わらず、それも産まれたばかりであれほどの力を有していたのだとアイシャは悟った。そして、チリチリと記憶が訴えかけてくる。
王に、彼らを食させてはいけないと。今度こそ、取り返しのつかないことが起きる。
「桜……
絶対に阻止してください」
「うん。まぁそんなグロいの見たくないし?
おーい、アンタ達。王様イヤがってんだから、無理に食われようとすんな」
「黙っておれ。
……元よりそんなつもりは微塵も無い」
「お?」
「ピトーよ。
お主の進言の意図、そして忠心はよく理解した。
プフ、ユピー。
お主らの、余に対する献身もな。
……だが余は、もう何も食す気はない」
『王ッ!!』
「死した者が
生き長らえるなら食らうのは当然
余はじきに消え逝く身に過ぎぬ。……そうであろう?」
「ん、まぁね」
「女王ッ!!
そう仰らず、どうか、ご慈悲を……!!」
「プフー、私にンなこと言われても。
王様自身が拒絶してるじゃん。私が具現化することで存在できる念獣とか、仮にそんな状態で世界統一したところで、砂上の楼閣にもほどがあるでしょ?
気まぐれに波が来ただけで崩れちゃうとか、そんなのにずっと怯えて生きたい?」
「そ、それは……」
「不快だが、そやつの言う通りだ。
余に、いつ沈むやも知れぬ泥船に乗れと申すのか?」
「こいつ、なんでこう腹立つ言い方するかな……」
「ですが!
このまま戦い続ければ、王の御身が……!」
「なんだ、ピトー。
余が後れを取るとでも申す気か?」
「……っ」
「まだ戦いはこれからだと言っておろう。
話は終わりだ。巻き込まれぬよう、離れておれ」
「イヤですッ!
王のご命令と言えど、それは聞けません!」
「ピトー……」
「お願いですから治療を、せめて休憩を取ってください!
すぐに戦うと仰られるなら、どうか私の身を……!」
「王、私もです!
どうか一度お召し上がりを!」
「今すぐ私の細胞を、極上の料理へと仕立てて御覧に入れます!
ぜひご賞味ください!」
「おーい、おまえら──」
「──ええぃっ、黙れぇッッ!!」
王が一喝し、いっせいに黙り込む。止めようとしたのに、ついでに怒られた桜は不満げだったが。
「お主らは、それほどに余が頼りないと申すか……!!」
全身を震わせ、怒りを
「で、ですが……
恐れながら、王は一度……」
プフが震え声でそう告げると、王は幾分消沈したように俯く。
「……そうだ。
余は戦いに敗れ、命を落とした。事実ゆえ、否定はせぬ。
それが、お主らの不安の種だと申すのか?」
『……』
沈黙する護衛軍。口にこそしないが、その無言の回答が王の逆鱗に触れた。
「……なるほどな。
よかろう。お主らの不安が杞憂に過ぎぬことを、今から証明してくれるッ!!」
王が手を伸ばし、そばにいた桜の手首を掴んだ。
「──は?
おい、これは何の真似?」
「ピトー。
お主は、余に栄養が足りていない、と申したな?」
「は、はい!」
「お主らを食うまでもない。
──あるではないか。ここに極上の餌が」
「にゃ?
どうかしたの、こいつ?」
心底理解できないと言った様子で首を傾げる桜。
「貴様、念獣としての繋がりを通して、余に色々と吹き込んでおったな?
──その中で垣間見たぞ? 余が今より、遥かに優れた肉体を得るイメージをな」
「ぇ……?」
桜が初めて、恐怖に顔を歪めた。
「はぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
口を開き、王が精孔を全開にする──オーラを噴き出すのではなく、吸い上げる意図で。桜の身体からオーラが放出され、王へと吸い込まれていく──!!
「ぅわあッ!? ちょ、テメェェェッ!!」
桜も慌ててオーラを引き戻そうとする。が、凄まじい勢いで吸い上げられ、戻すことが出来ない。それどころか、護衛軍のオーラまで桜を通して吸われていた。
──念獣であるがゆえ、桜自身の身体と護衛軍や王とは、オーラのバイパスが存在した。それを通じて、離れたところから指示を出したり、オーラを供給したりしていたのだ。
そのバイパスを狙われた。通常ならそんなことは起こり得ないが、他者のオーラを吸収することにかけては一芸に秀でる王だ──桜も隙を衝かれて流れを作られた為、抗う暇がなかった。
「──クソッ!!」
やむなく、桜は奪われたオーラを取り戻すことを諦め、バイパスを切断した。
だが手遅れだった──王の肉体は、凄まじいオーラに満ち溢れていた。アイシャをして気圧されるほどの圧威を湛えたオーラ。
そばにいた護衛軍は、すでにその肉体の輪郭がボヤけ、消えかけていた。肉体を具現化していたオーラをほぼ吸い尽くされ、その身は消滅寸前である。
が、彼らは満足げだった。結果的に自分達は王の一部となれた。しかもその王の肉体は、輝かんばかりのオーラに満ち溢れているのだ。
『──王ッッ!!』
呼びかけられた彼は、消え行く護衛軍達へと、静かに語りかける。
「王ではない。……お主らよ、よく聞け。
我が名は、メルエム。
母より賜りし、全てを照らす光という意味と願いが込められた名──……」
「……メ、メルエム様……良き名で御座います。
あなた様に仕えることが出来て、私は幸せでした……。メルエム様も、どうか……」
幸せを祈りながら、ネフェルピトーが消えていく。
「メルエム様……
どうか御武運を……」
勝利を願いながら、モントゥトゥユピーが消えていく。
「おお……なんとまばゆい……
メルエム様……その名に相応しい輝きで御座います……
私には見えます……あなたが世界を統べる姿が……!!」
未来を想いながら、シャウアプフが消えていく。
護衛軍は、メルエムが放つオーラと吹き荒ぶ風の中へと溶けていった──……
「……済まぬな。結果的にお主らを犠牲にしてしまったようだ」
悔いるメルエム。護衛軍達が存在する為のオーラまで奪ってしまったのは、誤算だったようだ。そんな手心を加えていれば、桜のオーラを奪えるはずもなかったが。
「せめて……
お主らを侮辱し続けたこやつを、地獄の道連れにしてやろう。それで許せ」
桜は疲れたように、「はぁー……」と息を吐き、
「──ナメくさんじゃねェつってんだろ、この虫ケラァァァッッ!!」
────ゴォォォォォォォッッッッッッッ!!
メルエムが放つ圧倒的なオーラすら押し退けて、膨大な量のオーラを放出する桜。到底そばに居られず、大きく退くアイシャ。
「桜ッッ……!!」
「心配しないで、アイシャ。
自分のオシリくらい、自分で拭くからさ」
桜のオーラを目にして、メルエムも驚きを隠せないようだった。だが、口の端に笑みを浮かべ、
「余にここまでオーラを奪われておいて、まだそれだけの圧を放つか……
つくづく人間とは思えぬな」
「黙れよ、蟻んこ。
今すぐ踏み躙って、全身バラバラにしてやる」
「虚勢だな……分かるぞ? お主のオーラから遂に余裕が消えた。
最早、己の意思で余を消すことも出来んのだろう?
余との繋がりを自ら断ちよったからな」
「……それがどうした。
もうオマエは、今あるオーラを使い果たしたら消えるだけだ。供給源が失われたからな。存在するだけでオーラが磨り減っていき、休んだところで回復は出来ない」
「……」
「誰かを食えば、無理やり引き延ばせるけどな。
でもオマエ、さっき自分で食事を拒絶してたもんな? 拒食症の蟻が生き残れるほど、この世界は甘くないぞ?」
「……偽りを申すな。
仮に誰かを食ってオーラを得たとしても、余に時間は残されていないのだろう?」
「……。なんでバレたかなぁ?
そうだけど。私がお前達を復活させた時、24時間しか効果が保たない道具を媒介にした。
だから、どんなに長くても1日経てば消滅する」
「やはりな……それを聞いて安心したぞ。これで憂いなく、貴様を全力で殺せる」
「……メルエム。愚かな暴君に、1つ真理を教えてやる」
「なんだ?」
「────バカは死んでも治らない」
・潜在オーラ量変遷
ネフェルピトー
初期値:720000 → アイシャ戦後:160000 → 消滅:0
シャウアプフ
初期値:710000 → アイシャ戦後:240000 → 消滅:0
モントゥトゥユピー
初期値:730000 → アイシャ戦後:280000 → 消滅:0
メルエム
初期値:3780000 → 覚醒:5200000
桜
初期値:? → 現在:5600000