「……
さくら……。嘘だと、言ってください……」
ポツリと。震えの止まらぬ身体を抱いて、アイシャは口からそう洩らす。
桜は寂しそうな目をアイシャへと向け、
「ん。まぁ厳密には『ブリオン』そのものってわけじゃないよ?
私が産まれる前に、お腹の中にいる状態で何か色々仕込んだらしくて。遺伝子改造とか、そういう類のかな。
──だから『ブリオン』だけじゃなくて、私の身体って『たくさんの生物の混ぜ物』になってるみたい」
────それを聞いたアイシャは、今度こそ戦慄し、震え上がった。
五大厄災どころではない。
しかもそれは、桜だけに留まる話ではない。ウラヌスが『そう』だから、桜も『そう』なのだ。到底許容できることではない。
産まれる前の胎児に施されたであろう、吐き気を催す邪悪の所業。
──なぜウラヌスが里を潰そうと目論んでいたか。その理由が、ようやくアイシャにも理解できた。これは看過できるレベルを遥かに越えてしまっている。
「……王様。私にもね。
アンタ達と同じ、キメラアントの細胞も混じってるみたい。
だからこそ、たくさんの生物が混ざった状態で、まだ人間の姿を保ててるんだろうね。
────私は正真正銘、人工の合成生物。生まれながらのキメラ。
天然のキメラアントとも、後から足した半獣人とも違う、不自然な人造人間──……」
美しい髪を桜吹雪にも見紛うオーラで靡かせながら、少女は正体を明かし終えた。
メルエムは静かに瞑目し、
「……そうか。
なるほどな……ならば得心がいく。
お主も、余と然して変わらぬ身の上であったか……」
「一緒かどうかは微妙だけどね。
私は人間の中で、ずっとコソコソ生きてきたから。アンタよりよっぽど惨めにさ。
ま、生まれ故郷が人体実験してたのは知ってたんだけど。
自分も実験体だったって確信したのは、つい最近だよ。
嫌な予感はしてたんだけどね……」
「ふむ……
ゆえにお主は自らが人間である、と拘ったわけか」
「私はそのつもりだもん。
……いちおうベースは人間だし。それはアンタだって同じでしょ。どんなに混ざっても、蟻である事実は覆らない」
「無論、その通りだ。
余は人間が言うところの、巨大キメラアントの王として生を受けた。
事実ゆえ、否定しようがない」
「アンタはそれを受け入れてるもんね……
新たな魔獣として、人間とともに歩む道もあったはずなんだけどな」
「そのような窮屈な道に、余の神経が耐えられたか
……お主も相当不自由に生きてきたのであろう?」
「うるさい……
さぁ! ここまで話してやったんだッ!
冥途の土産としても充分すぎるだろ? 私に蹂躙されて、もっぺん死ね!」
「くく……余は暴君なのでな。これだけではまだ足りぬわ。
貴様の首を忠臣への手土産に持てば、ようやく満足して冥途へと旅立てよう」
「はぁー?
ちょっと教えてやったぐらいで、もう勝算があると思ってるんだ?
バラしても余裕でブッ殺せるから教えたんだって、なんで考えないわけ?」
「フン……愚鈍な貴様には分からなくて良いことだ。
散々辱めおった余の知性を甘く見るなよ?」
「ほざけ、若造が。
……オマエに今まで見せなかった、魔法使いの本当の恐ろしさを思い知らせてやる。
見たら死ね」
「それは楽しみだ。余も全力の揮い甲斐がある」
2人は静かに佇む。
──刹那、メルエムが間合いを詰める。そのほんの一瞬で、桜は指で神字を刻んだ。
────光が瞬く。
ゴッッ──ドォォォォォォォンッッッ!!
メルエムと桜の間で生まれた光球が、爆炎となり蟻の強靭な肉体を激しく焦がす。──衝撃で大きく吹き飛ばされるメルエム。地に横たわった後も、噴煙の中で激しくのたうち回る。
「ぐぁぁッ……がはぁッッ!!」
腹の一部が炭化し、吐血するメルエム。これまでとは比較にならない絶大な破壊力だ。明らかに大量殺戮を目的とした能力である。一個人に対して放つ攻撃としては威力がありすぎる。
桜は光球を放った指を振り払いながら、口の端を吊り上げ、
「──【暴炎/ヘルファイア】──
……これでも薔薇の1/10程度の火力なんだけどな? 打撃には滅法強いくせに、燃焼には随分脆いじゃないか。えぇ? 王様よぉ」
「ぐっ……ぬ」
かろうじて立ち上がるメルエム。深手ではあったが、戦意は衰えていない。
「……ふふん。やっぱりね。
アンタ、徒手空拳しか出来ないんでしょ?」
「なに……?」
「言ってる意味、分かんない?
──私や護衛軍のオーラを身のうちに取り込んでパワーアップしたのに、なんで能力を使わないの?」
「……」
「やっぱりそうだぁ。
アンタ、他者のオーラは我が物に出来ても、能力の吸収は出来ないんだ。
だよねー。メモリの問題があるから、無作為に能力を獲得しちゃったらキャパオーバーするもんねぇ?
巣の中にいた師団長達を食べても、その能力を得られてないし。
食えば食うほど強くなるとかいう売り文句なのに、大したことないじゃん。どこにでもあるような、つまんねぇ能力」
「……
確かに余は、他者の念能力を使うことなど出来ぬようだ。
貴様に指摘されても、我が身のうちにいかなる能力も宿っているようには感じない」
「ホントは、護衛軍の能力ぐらい使えたはずなんだけどねぇ。
でも吸収の仕方がよっぽど良くないと、アレは無理なのかな……
思いっきりアンタが死にかけて、かつ最高効率で護衛軍の細胞を大量に取り込まないと無理かも」
「……あまり話が見えてこぬが、今更そんな仮定を語ることに意味があるのか?」
「アンタにとっちゃ意味無いだろうけど、私は念を研鑽する必要があるの。
能力の考察は、念の理解を深める為に必須の行為。邪魔すんな」
「……知ったことか」
「ならいい、死ね」
バチィンッッ!!
──【巨人の籠手/ギガースグローブ】を最大サイズで両腕に具現化した桜が、それでメルエムを激しく叩いた。まるで蚊を潰すように。
「ぐっ……ぐぅぅぅッッ!!」
全力で防御し、巨大な万力のようにギリギリと締めつける両側面からの圧力に耐え抜くメルエム。
「やっぱ衝撃や圧力には、クッソ強いな……
なおのこと、無理やり潰してやる」
籠手を消し、宙へ舞う桜。空から蟻の王を俯瞰し、
「──【巨人の兵装/ギガスアームド】──」
両腕に再び籠手を、更に両脚へ巨大な
桜が降下する。深靴を着けた脚を曲げ、力を溜めて──
「──【巨人の足跡/ギガスラッシュ】ッッ──!!」
────ドッッッゴォォォォォォォォォォォンンッッッッッ!!
メルエムごと巨人の両足で踏みつけた大地が、隕石が衝突したかのようなクレーターと化した。直撃をかろうじて避け、クレーターの端を転がっていくメルエム。
「──【巨人の指圧/ギガスマッシャー】ッッ──!!」
────ボッッッッッ!!
桜の突き出した巨大な二本指が、そのメルエムを突き刺した。大地を抉りながら数㎞も吹っ飛び続けるメルエム。【巨人の兵装/ギガスアームド】を消し、息を吐く桜。
「はぁー……
……うそぉ。なんでアレで生きてんの?」
桜の目が、遠く離れたメルエムの生体反応を捉える。思ったより生命力が減っていない。
「っかしぃなぁ……
……あ。ごめんアイシャ。大丈夫だった?」
思い出したように尋ねる桜に、全力で攻撃影響範囲から逃れたアイシャが呆れたように、
「あ、あなたですね……
この島を丸ごと消し飛ばすつもりですか?」
「いやぁ。そんにゃつもりなかったけど……
ちょーっと、ノリでやりすぎちゃったかにゃあって。メンゴー」
「……」
話しているだけで気が抜ける桜はひとまず放っておいて、アイシャはメルエムが派手に吹っ飛ばされた方へと目を向ける。
恐らくだが、メルエムはかなりダメージを軽減させていた。単に身体が頑丈なだけなら、今の攻防で死んでいただろう。が……
ふっと桜の近くに現れるメルエム。静かに桜へと構える。
「オマエ──攻撃を流したな?
アイシャから学んだ技術だろ、それ」
「……」
「ちっ。ハイレベルに防御できるのを今まで隠してやがった……
時々雑な合気の真似事やってやがるから、何かと思ってたけど」
「流石に今の攻撃は、受け流さなければ死ぬのが分かったからな。
攻撃を返す
「当たり前だろ。アイシャがやってんのは、アイシャの肉体に最適化した合気なんだから。ちょっとでもズレたら全然意味ないもん。
オマエが合気を攻撃に転用するなんざ、100年早ぇよ」
「……100年とはまた、大きく出たな」
「はぁ? 言っとくけど、比喩でも何でもないぞ?
オマエとアイシャじゃ、それぐらい技量に開きがあるんだよ。
あらゆる攻防、あらゆる戦況に適応してこそ、合気は全ての攻撃を返しうるんだ。似たような攻撃パターン1つに対応できたくらいで、それが何になる?」
「……」
「ったく……
アイシャに対して肉体的に圧倒的優位だったオマエが、軽く齧った程度で同等に極めたつもりだったのか? おこがましいにもほどがある。
──アイシャが積み重ねてきた研鑽、武術をナメるのも大概にしろや。この恥知らずがッッ!!」
喝破され、表情を強張らせるメルエム。妙な具合に讃えられて、複雑な表情のアイシャ。少なくとも、チビッ子が自分の代わりに本気で怒ってくれても、むずむずするだけだろう。
「ご自慢の肉体も、頑丈さしか取り得ないしな。さっきの炎じゃ、バカみたいにダメージ受けてたし。
言っとくけど、人類はあの10倍以上の火力と強毒性を兼ね備えた爆弾を、数十万発保有してるんだぞ? ……実際、人同士の争いに使用されて犠牲者も相当数出てる。
オマエラ蟻如きがチョロチョロしたぐらいでどうにかできるかよ、そんなもん」
「……おぞましい限りだな。
自らも制御困難な武器を過剰に作り出すなど、人類は痴愚生物の集まりか?」
「王様ごっこしてたオマエに言われたくねーよ、そんなもん。
──個人が積み重ねてきた研鑽にも、人類の叡智を結集した悪意にも、お前達は
「……
為し得た見込みは薄かったかもしれんな。だが、今となってはどうでもいいことだ」
「なんか張り合いないな……
暴君らしく振る舞う気ないの? プフが草葉の陰で泣いてるよ?」
「貴様の話を聞く限り、余に人類が制御できたとも思えぬからな。
蟻の王国を築くことなら出来たかもしれんが、生物大統一など余には荷が勝ちすぎる」
「アンタのママは、暗黒大陸から泣いて逃げだしたみたいだもんね?
そりゃ無理っすわ」
「……もう良い。貴様の侮辱はこれ以上聞きたくない。腹立たしい」
「さいですか。じゃあもう死んで」
「貴様がな。……それほど余を殺したいなら、あの炎を使えばどうだ?
数度繰り返せば、確実に余を仕留められるぞ」
「……あれはもう使わない」
「なぜだ?」
「うっさい。やだっつってんだよ。二度も見せる芸じゃないってだけ」
「ほぅ」
──万一アレを返されたら、たまったもんじゃないからな……
ひたすら口では扱き下ろしていても、決して桜はメルエムを侮ってはいなかった。
合気一つ取ってもそうだ。アイシャの時は攻撃に応用する機会もほとんどなかったはずなのに、桜相手に実戦投入してみせている。
誤差にして0.1mm未満、角度0.1度以下、タイミング0.1秒弱──
それだけズレてようやく桜相手には通じない水準。アイシャのようにピーキーな調整をせず、猶予をもって合気を放てば、世界に10人と防げる者は居ない──それほどの領域に到達していた。
しかも桜が繰り出す多種多様な格闘技術を相手どりながら、その水準に到ったのはつい先ほどなのだ──桜をして恐れをなすほどの練達速度。侮ろうはずもない。
桜自身が挑発混じりに上達を導いているのも一因ではあったが、それにしてもあまりの速さだ。
──そりゃアイシャも怖かったよね、こんなのが相手じゃ……
まさに紙一重でアイシャが勝利をもぎ取ったのだと理解する桜。──無論その紙一重は、当事者達が自覚するよりも遥かに分厚い紙一重ではあったが……
いずれにしろ、それほどの上達ぶりを見せるメルエムが、仮に念能力であっても合気で跳ね返さないなどという保証はないのだ。やり方さえ分かってしまえば……
「ふむ……魔法使いの恐ろしさとやらを見せてもらった礼だ。
今度は余の魔法を披露してやろう」
「──にゃ?」
あまりに突拍子もないセリフに、目を丸くする桜。
次の瞬間、閃光に等しい『円』に晒された──回避の暇もなく。
メルエムが『円』を展開したまま襲ってくる。桜はそれを捌きながら、
──あ、地味にうぜ!──
自分に纏わりつくメルエムのオーラに、眉をひそめる桜。プフの能力を獲得していないからか、相手の感情を読むような効果はない──メルエムが放った『光子』には。
一見実害がなさそうに思えるが、光とオーラを発する光子は、確実に桜の視界を妨げた。桜と言えど光学的に物を見ている以上、微弱な光まで【魔王の契約】で防げない──仮に防ごうとすれば他の物まで見えなくなる。そしてメルエムの力の流れを目で見ることも、微弱なオーラを放つ光子が無数に舞って妨害していた。
桜の動きが悪くなったことを好機と取り、攻勢を強めるメルエム。もし光子が桜に付着すれば、メルエムの形勢有利にもなり得たのだが、流石に【魔王の契約】が光子の付着を赦さなかった。オーラの付着によって体勢や位置情報を奪われるのは、明確に有害指定の範疇である。
だが、代償として桜のオーラは当然削られる。地味にうざいとは文字通りの意味だった。
激しい衝撃を迸らせて、四肢と尾で巧みに攻めたてるメルエムを全力で相手しながら、桜は訝しんでいた。
──こいつ……消耗度外視か?──
桜のオーラ消費量もバカにならないが、比較的節約気味に動いてるからこそ今は防戦に回っている。に対してメルエムは、桜以上に消耗しているのは明らか。『円』を展開したままの格闘戦は、尋常ではないオーラの消耗に繋がる。
メルエムが如何に格闘技術を向上させたところで、肉体の崩壊が始まれば水泡に帰す。いったい何の目的でメルエムがこんな無茶をしているのか、桜には分からなかった。
──っ!?──
しかも、一撃一撃が重くなってきている。隙が大きくなったぶん桜も反撃を試みるが、合気で攻撃を流す程度のことはメルエムもこなしてみせた。それもあって、桜の想定よりダメージが与えられていない。
「ちょ、ちょっと待てオマエ!
なに考えてんだっ!?」
「…
「違う、そうじゃないっ! ──オマエ、死ぬ気かッ!?」
戦いの趨勢が変化したのを見て取り、アイシャは2人との距離を少しだけ詰めていた。ここからは本当にいつ何が起きるか分からない。最悪、戦いを力尽くで止める必要がある。
「元より余は死人──死など恐れぬわ!」
「なに言ってんだオマエ! 無駄死にする気かって聞いてるんだ!
このままじゃすぐにそうなるぞッ!?」
「それでも構わぬ!」
「……バカッ!! 護衛軍の仇を取る気はないのかッ!?」
「……」
喋りながら戦う程度の余裕はあるが、戦闘経験を積み重ねたメルエムの全力攻撃には、桜も肝を冷やしていた。仮に直撃すればダメージはなくともオーラの激減は免れず、桜の残りオーラも消耗が長引いたせいであまり猶予が残されていない。
──だが。
メルエムの拳と尾を掻い潜り、桜がカウンターで放った肘撃ちと踏みつけを合気で流しかけたメルエムが、しくじった。防ぐことすら出来ず、まともに食らう。
「がはっ!」
吐血する。そもそもそれ以前に、メルエムが合気で使おうとした肘関節がややねじれていた。特に桜が集中して狙った箇所でもない。
──メルエム自身の無茶な駆動負荷に耐えられず、いよいよ肉体の自壊が始まったのだ。いや、表に出る段階にまで到ったと言うべきか。
構わず戦闘駆動をやめないメルエム。徐々に動きがおかしくなってきており、かえって桜も相手しづらそうにしている。
「ちょ、待てって! いいから少し休め!」
「不要だ!」
ますますオーラを込め、威力のある一撃に固執するメルエム。確かに破壊力は凄まじく当たればシャレにならないが、精度が著しく低く、何よりメルエムへの反動が大きかった。ひとりでに全身の皮膚が裂け始め、血しぶきをあげている。
「死ぬからやめろっつってんだろ! コラ!」
「不要ッ!! 二度も言わせるなッ!
ようやく愉しくなってきたところだ、止めてくれるな!」
事実、メルエムは笑っていた。何がそんなに楽しいのか、なぜそうまでして闘うのか、そもそもなぜ怒り狂うのか、桜にはまるで理解できなかった。
逆に桜は、目に見えて戦いを拒み始めた。元々好きで始めたわけでもないが、明らかに闘志が薄れている。動きもむしろメルエムの負担を減らすような──
「貴様こそ、どういうつもりだ!?
動きが鈍っているぞ! 余を殺す気はないのか!」
「……そんなの、私の勝手だっ!」
「ならば余も好きにするまで!」
正面から手を組み合う──いわゆる手四つの力比べというやつだ。
ぎちぎちぎちっ……!
体勢的に桜が押されていた……が、無理に力を籠めているメルエムの関節が音を立てて軋んでいる。
「……もういいだろっ!」
「何がだ!」
「戦う必要なんかないって言ってんだ!
そうまでして、私を殺さなきゃ気が済まないのかッ!?」
「……」
「教えてってば! なんでッ!?」
腕の皮膚が弾け、筋肉が剥き出しになっていくメルエム。顔をしかめた桜が、やむなく手を放した。
次の瞬間、メルエムの乱打が桜を襲う。反撃もせず、ただそれを防ぐだけの桜。
「オオオオオオオオオオォォォッッ──!!」
ここで仕留めるつもりだろう──それほどの気迫で殴打するメルエム。桜のオーラが、見る見る弱まり始めた。
「桜、ちゃんと戦ってください!」
「だって……!!」
アイシャの言葉にも、半泣きで返すだけの桜。戦う意思をほぼ失っている。メルエムのオーラは反して強まっているが、そちらも燃え尽きる寸前にしか見えなかった。
殴打の乱舞が続く中──
「お願いだから、教えてよ……!」
「……。
貴様は……軽々しい」
「どういう意味っ!?」
「戦いを軽んじておると言っている!
だから今も戦うことを放棄しようとしている!」
「だって、イヤなんだもん!
誰も殺したくないッ!」
「……やはりそうか!
貴様の攻撃は殺意が薄い! ギリギリで生かそうとする意思が余をここまで生き長らえさせた!」
「知りたいんだもん!
なんでッ!? どうしてメルエムはそんなに怒ってるのっ!?」
「──貴様は──」
急に殴打をやめて、バチンッ! と桜の頬を叩くメルエム。痛みもないはずだが、桜はショックを受けたように、ぶたれた頬を押さえて目をうるませている。
「……余はもう、満ち足りていた」
「……。え?」
「あやつとの戦いで、腹も心も充分に満ちていたのだ。
……もう、何もいらぬ」
「……」
拳を振りかぶるメルエム。呆けたように立ち尽くす桜。
「貴様如きが……軽々しく……────アイシャと余の死闘を汚すなッッ!!」
「────ッッ!!」
振り抜かれる拳。これまでの戦いの中でも、最大の威力を籠めた剛拳が。
桜の頭を──……
ごぅッッッ!!
──……掠めることもなく、その横を通り過ぎた。
その空振った勢いだけで、桜の髪が後方へと強く流される。
「……」
ぺたん、と尻餅をつく桜。
「……
…………
……なんで?
なんで、殴らなかったの……?」
「……。
なぜ防ごうともしなかった?
オーラも纏わずに受ければ、如何にお主と言えどタダでは済むまい」
「だって……ひっく。
私が……
私が悪いんだもん…………殴られて当然じゃん……なんで……?」
「……お主が理解したからだ。もう打ち据える必要などない」
「ごめん……なさい……ごめんなざい……!!」
「……重ねて謝らずとも良い。一度聞ければ充分だ」
「あぁぁ……あぁぁぁぁぁぁんッッ!! ごめんなざいぃぃぃー!!」
地面に横たわり、泣きじゃくる桜。メルエムは桜を哀れそうに見つめながら、
「如何に強者と言えど、見た目通りの幼子か……」
メルエムは困惑した様子で桜を見下ろし続け、
「……。
ふむ……
あまり口にしたくはないが、伝えておこう……。後悔させるのは不本意だからな。
お主が再び余を甦らせてくれたこと、それ自体は感謝しておる。
こうして語りたいことを語れるのは幸福なことだ……
護衛軍やアイシャと再び逢えた。全力で戦うことも出来た。お主には感謝の言葉もない……」
それを聞いて、激しく泣く桜。歩きだすメルエム。……一度足を止め、
「桜よ。お主は、余とは違う。
もう少し自由に生きるといい……。……何度も打ち据えて済まなかった」
よりいっそう激しく泣き出す桜をそのままに、メルエムは戦いを最後まで見守り続けたアイシャの元へと歩み寄っていく。
立会人の役目を終えたアイシャも静かに歩き、お互いに間合いを越えて立ち止まった。