どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第二百五十四章

 

 心を落ち着ける為に、私は一呼吸する。そして今にも消えそうな、穏やかな目を向ける彼の名を呼ぶ。

 

「……メルエム」

 

「そのように名を呼ばれるのも感慨深い……

 アイシャよ、久方ぶりだな。

 いや、あれからどれぐらい経ったのかも良く分からぬが……」

 

「……5ヵ月ほどですね。

 あなたにとっては、実感の持てない時間かもしれませんが」

 

「そうだな……

 余の生きた時間は、今この時を含めても1日にも満たぬ……

 だが、片時も退屈はしなかった」

 

「……」

 

「余にとって、お主との戦いは唯一無二のものであった。それをああも軽々しく汚されるのは、どうしても我慢ならなんだ……

 ……くくっ。まぁ先ほど余分な戦いをしてしまったところではあるがな。

 悪くはなかったが、お主とやりおうたのとは比べるべくもない」

 

 メルエムが……それほどに、私との戦いを大切に想ってくれているとは思わなかった。私自身、あの戦いは掛け替えのないものではあったけど……

 

「……尋ねてもよいか?」

 

「なんですか?」

 

「桜の言っておったことが気になってな。

 ……余が頭を下げ、合気とやらの教えを請うていれば……

 お主は、その業を余に授ける気があったのか?」

 

「……」

 

 目を閉じた私の中で、様々な情景が巡る。もし教えていればどうなっていたか。その、有り得ない未来に想いを馳せ──……

 

「……分かりません」

 

 そうとしか答えられなかった。もし彼を暴君から人格者へと変えることが出来ていれば……

 

 けど、正直言って私には想像が追いつかなかった。やはり断っていたかもしれない。が、

 

「……ですが、迷いはしたでしょう」

 

「そうか……その答えで充分だ。

 やはり余は愚か者だったのだな……」

 

 メルエムは今も泣き続ける桜へと目を向け、

 

「よもやとは思うが、お主は余を殺したこと、後悔などしておらぬだろうな?」

 

「……え?」

 

「桜から伝わってきた情報が、その(かい)に到らせる。

 だが、(げ )せぬ……

 お主は人類の存亡を賭け、戦ったのであろう?

 その結果、余を殺めたとして後悔をする道理がない」

 

「……」

 

「先ほど答えた、迷いが理由か?」

 

「……そう、ですね。

 あなたにもし、本来人が持つべき心を伝えることが出来ていれば……と思いはします」

 

「無用だ。そのような『もし』に意味はない。

 既に審判は下った。余が滅び、お主が生き延びた。それが天命だったのだ。

 ……あれほどの重傷を負ったお主が、こうして五体満足なのはいささか不思議だがな」

 

「ええ……仲間のおかげで命拾いしました。戦いの後遺症もありません。

 あのままでは、私もあなたの後を追っていたでしょう……」

 

「良いことだ。戦いの果てに共倒れるなど愚行の極み。

 より強き者が、未来に生きるべきなのだ」

 

「……私は満足していません」

 

「うむ?」

 

「あなたと戦い、自分の力不足を痛感しました。

 私はまだ強くなりたいです。……あなたのように」

 

「……余のように、か。

 買い被りだな……。余は、お主にも桜にも劣る。

 ふむ……

 なぜあやつは、余を甦らせてまでお主と戦わせようとしたのだ?

 あれほどの強さだ。あやつなら、お主の相手を務めるには充分すぎるであろう?」

 

「……桜と命を懸けて戦うわけにはいきませんから」

 

「トモダチ……とか言っておったな。それゆえか」

 

「ええ……」

 

「そうか……仲が良いのだな」

 

「……ふふ。あなたと護衛軍も仲がいいじゃないですか。羨ましいぐらいですよ」

 

「くく。あやつらは阿房だ。

 余のような器の小さき者に、あれほどまで忠義を尽くしてみせた。

 ……もったいなきことよ。あやつらにもまた、別の未来があったろうにな……」

 

「……」

 

「そう気に病むな。余と護衛軍が同じ末路を辿ったのも、やはり天命なのだ。

 余がお主を破っていれば、人類は未曾有の危機を迎えていたやもしれんのだからな。

 ……ふ、それも杞憂かもしれぬが。

 桜が言うには、蟻が牙を立てるには、人類は手強すぎるようだしな」

 

「……人類の為ではありません」

 

「ほぅ?」

 

「私が戦ったのは、人類の為なんかじゃありません。

 あなたのような強者に、自ら研鑽した業がどこまで通じるか……確かめたかったんです。武人としての矜持が、あなたの誘いも拒ませた……

 そして、ただ生きたかっただけです。最後まで王として高潔に生きたあなたと私では、比べものになりません……」

 

「そうか……

 だが、あの時お主が見せたオーラは、誰よりも強く美しいものだったがな」

 

 

 

 ……私の、この禍々しいオーラが……美しい?

 

 

 

「お世辞が上手いですね……」

 

「世辞など言わぬ。……桜のオーラも、この世のモノとは思えぬほどの見事な彩りだが、お主のオーラと比べれば一段見劣りする。

 それほどに、あの時のお主は美しかったのだ。……お主が磨き上げた業と相まってな」

 

 ……偽りを口にしていないことは、私にも分かる。だからこそ、涙が滲んでくる。

 

 メルエムは、薄れてきた自分の掌を見つめる。

 

「それに引き換え、余の暴力など……

 今となっては、なぜこんなものを誇りとしていたかも分からぬほど、醜いものよ……

 見て真似ただけの付け焼き刃の業では、研鑽を重ねたお主には到底届かなかった。

 持って生まれた身体能力に頼ることが如何に無様か……桜に身をもって教えられた」

 

「私も……

 常人より遥かに優れた身体能力を持って生まれてきました。

 ですから、持ち得た力を行使することを恥じる必要などありません。……頼りきりでは無論ダメですが」

 

「言葉もないな。

 優れた身体能力を生まれながらに持ち、それでもなおあれほどの業を身につけるまでに研鑽を重ねたというわけか。余がお主に敵わなんだのは、道理という他あるまい……」

 

「どちらが勝ってもおかしくない勝負でした。

 ……今でも、なぜ私が勝てたのか分かりませんから」

 

「果ての攻防は、鬼の喰らい合いのようであったな……

 こう言ってはなんだが、お主と骨肉を抉りあうのはなかなかに酔狂な宴であった」

 

「やめてください。

 もうゴメンですよ、あんなの……」

 

「くっくっ。余とて、もうあんなものはゴメンこうむる。

 ……一度きりで充分だ」

 

「そうですね……」

 

「だが、この上なく楽しかった。

 どれだけ生き長らえたところで、あれほどに満ち足りることはもうあるまい……」

 

「……」

 

「ゆえにアイシャよ。余に打ち勝ったことを、お主が悔いてはならぬ。

 余はあの戦いで全てを出し尽くし、その生を終えたのだ。お主に名まで教えてもらった。命を落とせど、後悔などカケラもあろうはずがない……」

 

「……メルエム。その、名前のことなんですが……」

 

「よい。詳しい事情は聞かぬ。

 お主が余に名づけたわけではあるまい? 桜もそう伝えてきておったしな。

 何かしらの方法で母からお主に伝わったものを、余に教えてくれたのであろう?

 不思議には思うが、詮索などせぬよ。死人には不要なこと……」

 

「……太陽神」

 

 桜がぽつりと洩らした言葉に、私達は振り向いた。地面に横たわったまま、桜は嗚咽の余韻が残る震え声で、

 

「古代神話の、太陽神だよ……それが、メルエムの、名前の由来。

 全てを照らす光は……空に輝く太陽そのものを指してる」

 

 私達は空を見上げた。桜の言葉通り、陽の光は余すところなく全てを照らしている。

 

 メルエムの身体がキラキラと輝き、輪郭がぼやけていた。……最期の時が近い。まるで私を育ててくれた母さんを看取った時のように……

 

「そうか……それは良いことを聞いた。

 しかし、母も大層な名を与えてくれたものだ……

 余に相応しいかは、ちと悩ましく思えるな」

 

「メルエム……」

 

「王としての資質すら怪しいというのに、神とはな……

 はるばる海を渡ってきた母には申し訳ないが、その期待には応えられなんだ」

 

「……」

 

「だがな、アイシャ。

 ……余は、其方(そ ち )と戦う為に生まれてきたのだ」

 

「────……ッ!!」

 

 メルエムの身体が、透け始めていた。残された時間は、もう幾ばくもない。

 

「お主とともに、王として覇道を進む夢も見てみたかったが……

 まぁ夢想に過ぎぬか。星の如くに流れて散るも、また良し。

 だから、お主は後悔してくれるな。振り向くことはない。

 胸を張って、前へ進んでゆけ」

 

「……はい」

 

「遺言というものは素晴らしいな……

 これから死に逝く者が、生者へと一方的に言い募れる。実に気分が良い。

 死の間際に言葉を発することが出来ぬは、やはりツライからな……」

 

「……」

 

「まだ少しばかり時間はあるか。……余ばかり話すのもなんだな。

 なにか、お主から話しておきたいことはないか。余に聞きたいことでも良いぞ?」

 

「では……

 なぜあなたは、桜に対してあれほど怒っていたのに、それを赦せたんですか?」

 

「ふむ。なぜ赦せた、か……

 ……そもそも余の怒りの源泉は、護衛軍や余を甦らせて、特訓と称してお主と無理やり戦わせようとしたことに他ならぬ。

 お主も見ておったから分かるであろうが、まるで奴隷ではないか」

 

「そうですね……

 見ていて、あまり気持ちのいいものではありませんでした」

 

「だが、護衛軍が桜に受けた数々の仕打ちは、あやつら自身の自業自得の面もある。

 何より余と再び逢わせることを褒美として、実際にその約束を果たしたのだから、余が言えた義理ではない。……ゆえに、そのことで桜を責めはせぬ。

 もう1つの理由については、改めて言わぬ。桜に伝えた通りだ」

 

「……どうして、怒る理由を桜に隠し続けたんですか?」

 

「あやつが自ら分かろうとしなかったから、だな。

 いや、それは余が怒る理由の一つか……

 ……なぜだろうな。ふむ……

 やはり……口に出せば、軽くなりそうな気がしてな。

 お主との戦いを、汚されたくなかった。言葉にすれば、このように軽いものだが……」

 

「いえ、そんなことはありません……」

 

「……なぜか、其方にだけは聞かれたくなかった。

 くくっ。桜との繋がりを断たれる前に、あやつにだけ伝えておれば良かったのだがな。躊躇った挙げ句がこの無様よ……可笑しいものだな」

 

「何もおかしいことなんてありませんよ……」

 

「……そうか。

 ならば早々に伝えてしまうべきであったな。桜には悪いことをした……」

 

 目を閉じるメルエム。私は唇を噛み、どうしても伝えたかったことを口にする。

 

 

 

「メルエム。

 

 …………死なせてしまって、ごめんなさい」

 

 

 

「……」

 

「あなたと戦ったことを、後悔なんてしていません。力と業で限界までせめぎあったあの闘いは、私も一人の武人として楽しい時間でした。

 ……けれど、あなたを死なせたことは後悔しています」

 

「……仕方あるまい。互いに命を気遣えるような闘いではなかった」

 

「それでも……

 あなたの未来を奪った罪が、消えるわけではありません……」

 

 歯を食い縛る。そうしなければ、今にも泣き崩れてしまいそうだ。……今も身体が震え、視界がにじんでいる。

 

「……アイシャよ。違うぞ。

 お主の後悔は、余を殺したことなどではない」

 

「……」

 

「……余に、それを謝れなかったことだ」

 

「……っ!」

 

 

 

「ゆえに、伝えよう。

 

 ──赦す。……その罪に、咎などあろうはずがない。

 

 余に劣る身でありながら、余に勝る業を備えた武人よ。見事に王を討ち取ってみせた、その勇気を讃えよう」

 

 

 

「メル……えむ……」

 

 消えようとしている。穏やかな笑みを浮かべた、一人の王が。

 

「アイシャ。……良き名前だな。

 お主も、母から賜ったものか?」

 

「ええ……そうです。

 母さんからもらった、たいせつな……」

 

「有り難きモノだな。……お主は、余に名を伝えてくれた。

 それで余は充分だ……これ以上は望まぬ……」

 

 私は──消えかけるメルエムに触れ、ボロボロに傷ついたその身体を抱きすくめた。

 

「…………はぁ…………」

 

 私の腕の中で、メルエムは細い息を吐いた。

 

「……ピトーもこのようなことをされておったな。

 なるほど、これは良いものだ……実に心が安らぐ。母に抱かれるのは、このような心地なのかもしれんな……」

 

「まだ……まだ逝かないでくださいっ……!」

 

「……すまぬが、もう声を発するのもつらくなってきた……

 全身の感覚がほとんどない……間もなくだろう……

 ふっ……なぜだろうな。あの闘いの最中に味わった、お主の唇の感触を思い出す……」

 

「……え?」

 

「なんだ、覚えておらぬのか? ……まぁどうでも良いことだ」

 

 ん? んん?? なんか私、とんでもないことしちゃったのか……? よく覚えてないんだよな、最後の方は……

 

「くくく……お主のそのような表情も新鮮よ。血化粧の武人とは、また違った魅力だ……

 最期に良いものを拝ませてもらった……」

 

 声が濁り始めた。私が抱きしめた身体にも、ほとんど感触がない。

 

「メルエムッ!!」

 

 

 

「……アイシャ……さくら……2人の母よ……

 

 余を産み、ここまで育ん(はぐく )でくれて……ありが……とぅ…………」

 

 

 

 

 

 王は──

 

 陽の光の中へと、透き通った微笑みのまま、消え去った────……

 

 

 

 

 

「……あぁ。

 

 …………ああああああああああああぁぁぁぁぁッッ…………!!」

 

 

 

「うううぅぅーッ……

 

 ごめんなざぃ……ごめんなざぃぃっ……!!」

 

 

 

 

 

 ────2人の少女は、再び旅立った王のことを深く想い、延々と泣き続けた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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