「桜……」
「……なに、アイシャ?」
「そろそろ行かないと……
2人とも心配してるでしょうし……」
「……うん。そだね……」
私の膝を枕にして寝そべっていた桜が、もぞもぞする。最後に優しく髪を撫でてあげる。
──あれから私達はずいぶん長い間、泣き続けた。……母さんとの思い出も混ざって、涙が全然止まらなかったからな……
それでも桜は、私よりもずっと長く泣いていた。私に何十回も謝りながら……。自分の過ちに気づかされて、深く傷ついてしまったんだろう。
桜がそんな状態だからすぐ動くわけにもいかず、慰めてあげてたんだけど……
桜は私より遥かに消耗しているはずだ。こんな荒れた場所でいくら休んでも、完全回復できないだろう。そろそろ、きちんと休ませてあげないとな……
ようやく上半身を起こした桜が、地面にぺたんと座り込んだまま私に向き合う。
「アイシャ。本当にごめんなさい……」
「もう充分ですよ……
でも、彼らのことは、もうそっとしておいてくださいね?」
「うん……
どっちにしろ、もう一度なんて無理だけどね」
「……どうしてです?」
「んーと……
アイシャって、霊の存在は信じてる?」
突拍子のないことを尋ねる桜。うぅん? レイって……霊のことだよな。
「……霊、ですか?
死者の念ではなく?」
「うん。
……除念の研究で色々調べてると、除霊っていう単語に何度も出くわすの」
「まぁそうでしょうね……
念のことを知らなければ、死者の念が引き起こす現象を霊の仕業と認識してもおかしくないでしょうし」
「そうそう。
念能力のことなんて何も知らなくても、あの世を信じてる人って結構多いと思うの。
死後に残る念が実際に何らかの現象を起こしたりしてる以上、そういうのを信じちゃう土壌はあるわけだし」
「ええ、その通りだと思います」
「除霊・浄霊っていう認識は、念を知らないヒトの誤解だって見解もあるんだけど、私はそうでもないと思ってるの。
だって、死者の念を霊と認識しても、別に間違いとは言い切れないじゃん?」
「……確かにそうですね。
霊という認識自体が曖昧なものですから、何をもって間違いとするかは……」
「考え方によるもんね。
一般的なオカルトとして説明した方が、リアルにいる除念師も本当のことを言わなくて済むから助かるだろうし」
多分そうだろうな……。念の知識を迂闊に広めるわけにはいかない以上、除霊と称して除念を行った方が一般人に対しては都合がいい。私だって、念を知らなければその説明で納得しただろう。
「で、私の考えはそれともちょっと違ってて。
霊と、死者の念は、厳密にはイコールじゃないって」
……ほぅ。
「死者の念を、霊として認識するのが間違いだとは思わないの。
でも、霊は霊でいるんじゃない? って」
「それが、霊の存在を信じてるか、というさっきの質問に繋がるわけですね」
「うん。アイシャ的にはどう?」
「……桜の話を聞く前であれば、やはり霊ではなく死者の念が正しいと答えたでしょう。
けど、違うんですよね?」
「うん……ここからは私の考えでしかないから、話半分に聞いてね。
ヒトが死ぬ時、強い未練を残していた場合に限り、強い念の持ち主かそれだけの素質を持ってる人なら、精神力が生命力と結びついて、死後に強まる念を残すことがある。
──でも、そうならなかった場合。
生命力と結びつかないまま死んだ場合、そのヒトの精神はどうなると思う?」
「……。
分かりません」
「──それでも精神は、消えずに残る」
「まさか……」
「死者への往復葉書。あれが答えだと思うの。
死んだヒトが、みんな死後強まる念を残すわけじゃない。
でも、あれは死んだヒトが相手なら届くでしょ? よく分かんないじゃん」
「確かに……
あれって、そもそもどういう仕組みなんですか?
私の考えだと、死者の残留思念を読み取って返信していると……」
「そ。私も意見は同じ。
その死者の残留思念こそが、霊と呼ばれるものの正体。精神は消えずに残る」
「ふむ……
でないと、死者への往復葉書の効果が説明つきませんもんね……」
「けど、全ての残留思念が死後強まった念なんかじゃなく、ほとんどただ残ってるだけの精神力だから……
死後強まった念と、それ以外の死者の残留思念、その2つが霊として認識できるんじゃないかなって」
なるほど、2つか……。大体のことはそれで説明つくかもしれないな。
「で、ここからが本題ね。
──死者への往復葉書は、全ての死者から返信が来るわけじゃない」
「……」
「仮に見知った相手でも、返信が来ないこともある。
精神自体は残っていても、そのヒトとしての精神はもう存在しないことがあるから」
「どういう意味です……?」
「死者の残留思念と言っても、永遠に残るわけじゃないの。
──魂は、転生するから」
私を見透かすような瞳で見つめる桜。……まさか……
「メレオロンの名前を葉書に書いたとしても、返信が来ないのは分かるでしょ?」
「……生前のメレオロンに対してなら、そうでしょうね」
「今のメレオロンに対してでも、生きてるから対象外だもんね。
だから……ボポボとか、護衛軍とか、メルエムとか。
……私が甦生させたから分かるんだけど、念獣が消えた時に、一緒に精神も霧散したの。念獣として動いたことで未練が昇華されたからだと思う。確証はないけど、もう転生したんじゃないかな……
そうなった死者から葉書の返信はもう来ないし、私も甦らせることはできない」
「なるほど……
それでもう一度は無理、という話になるわけですね。
桜は試したことがあるんですか? 葉書の返信は来ないと言い切っていますが」
「うん。
……ごめんね、アイシャ。
昨日アイテムの研究をしてる時に、どうしても確かめたかったの」
「え?」
桜がワンピースのポケットから、また往復葉書を取り出す。他に誰か、復活させようと考えていたんだろうか?
「────あッッ!?」
心臓がドクンと脈打つ。そこには、あってはならない名前が書かれていた────
「────リュウショウ=カザマ。……朝、確認したら……返信は無かったの」
──……私はうつむき、しばらく呆然としていた。
身体に力が入らない……
……知られてしまった。自分でもよく分からないぐらいにショックを受けている。桜がどうやってその答えに辿り着いたとか、そんな疑問よりも……ただ知られたことがツライ……
「……ごめんなさい……」
また、桜が謝っている。……いや、違う。桜は悪くない。
「……いえ、私の方こそ謝らなくてはいけませんね。
ずっと黙っていて、すいませんでした……」
「ううん、私が勝手に秘密を暴いただけだから。
アイシャは、ずっと隠すつもりだったんでしょ?」
「……そういうわけじゃないんです。
いつか、話せる時が来たら話そうと……
でも……あなた達を騙していたようなものですよね……」
「そんなことないっ!
話せないのは分かるもん……
それに、私も内緒にするから。他のヒトに教えたりしない。
だから……」
ああ……そういうことか。
「……大丈夫ですよ。
私も、あなたの秘密をヒトに教えたりしません。
ですから、お互い内緒にしましょう」
「うん、約束だよ?」
「ええ。約束します」
桜は1つ頷いた後、私をまっすぐに見つめ、
「それにね。昔アイシャが別の誰かだったとしても、私には関係ないの。
……そんなことで、アイシャのことキライになったりしないよ?」
また、涙がぽとりと落ちる。
そっか……
私はこの子に、嫌われたくなかったのか……
桜の頬にも、幾筋も涙が伝う。小さく震えながら、
「だから、アイシャも……
私のこと、キライにならないでね……?」
「……なるわけ……ないじゃないですか……」
私は桜の身体を抱き寄せ、ぎゅっとしてあげる。すがりついてくる桜。
「……うん……」
ようやく気持ちが落ち着いた私と桜は、オータニアの旅館へと帰ってきた。
もの凄く心配そうな顔で出迎えてくれたシームとメレオロンに、心配するようなことは何もなかったけど今は休ませてほしいとだけ告げて、桜と2人でお風呂に入った。
──かぽーん。
「んんーっ。はぁー……」
あー……めっちゃ癒されるぅー。いつものことではあるけど、檜の薫りとお湯の感触が、疲れきった心身をすんごい癒してくれるよ……
「ぶくぶくぶく……」
……って。
「ちょ、桜! 沈んじゃダメです! 溺れますよ!」
慌てて小さな桜の身体を支え、お湯の中から引っ張り上げる。
「うにゃー……
なんかくたびれて、力が入んにゃい……」
「力を抜きすぎですよ……
仕方ないですねぇ」
また沈まないように、湯船の中で私の膝に座らせる。桜は遠慮なく私にもたれかかり、
「うにゃあー……
あいしゃくっしょん、すごいぃぃぃー……ちょーおっぱいぃー」
む、何が超オッパイだ。こっちは恥ずかしいのガマンしてるのに、っと。
「こらこら、弾ませないでください。
じっとしてないと──」
「にゃはっ!?
ちょ、アイシャ待って! いまくすぐんの……にゃははははっ!」
桜のあちこちに指を這わせる。またこれが、極上の触り心地なんだよな。ぷにぷにぷにぷに……
「ほーれほれほれ。
ここが弱いんでしょ? こことか、こことか」
「にゃはははははははっ! ──ぶぺっぷ!」
おっと、やりすぎた。暴れた桜がまた沈んでしまったので、慌ててセットし直す。
「ぶにゃー……
もーアイシャ、くすぐんないでってばぁ」
「あなた、こういうの弱いですよね……
敏感というか」
「にゃ」
まったく、あんな何でもかんでも防ぐスゴイ能力持ってるのに、くすぐられるのは弱いってどういうことなんだ?
「死んだヒトを甦らせたりスゴイことできるのに、妙なところが普通ですよね、桜は」
「んにゃん。
でも、アイシャのお父さんの真似しただけだよ?」
「……いえ、全然違うじゃないですか。
ボポボさんの時は、葉書なんて使っていませんでしたし」
「あ、うん。アレは自前の能力かにゃ」
「……研究とかしたんですか?」
「んー。いちおう……
里にある忍術の秘伝書の中に、思いっきり禁術とか邪法とかそんな扱いで書いてあったかにゃ。それを参考にしたの」
あー。邪法って自覚はあるのか……
「なんでまた、そんな研究を?
それも除念研究の一環ですか?」
「どっちかって言うと、念能力開発の為かな……
死後強まる念に関するものでもあるし。
……使われたら、イヤな能力だしさ」
ぅ……
「アイシャも、もし仲のよかった人がゾンビになって襲ってきたらイヤでしょ?」
「……それはもちろん」
「出来れば傷つけずに、ゾンビから元の状態に戻してあげたいじゃん?
でも、操作系は早い者勝ちだから……」
……確かに。そう考えると厄介だな。
「除念すればいいんだけど、戦いながら除念しようと思ったら、能力として使えるぐらいには理解した方がいいかにゃって……
ウラヌスは誰かを甦らせる気なんてなかったみたいだし」
うーん。だろうなぁ……
桜はちゃぷちゃぷと、指でお湯を掻き混ぜながら、
「キメラアントの時はあれだよ。
アイシャのお父さんがそこまで実践してくれてたわけだし、葉書もあるから私はむしろ楽だったかな。応用利かせるだけだもん」
「いえ、その……
会ったこともないメルエムや護衛軍を、あそこまで再現してみせたじゃないですか。
父さんは、母さんのことをよく知ってるから可能だったんでしょうし……
一体どうやって肉体を再現したんですか?」
「そんなに難しいことじゃないの。
……魂さえ、呼び寄せてしまえば。往復葉書の効果で呼び寄せた魂の位置を特定して、そこから生前の肉体の情報を読み取るの」
むぅ……
「魂の情報を読み取るなんて可能なんですか?」
「厳密には、死者のオーラを読み取る、かな。
葉書の能力が効いてる間は、そのヒトの精神は死者の念と同じ状態になるから」
「なるほど……」
「死者の念に強く残ってる情報を元に肉体を再構成して、不足してる情報を補ったり安定するように整えてあげればいいの。
多分、アイシャのお父さんもそういうことしてると思うよ?
だって、本当に自力で全部再現しようとしたら……」
……。母さんの肉体を隅々まで理解していないと無理……だもんな。当然そんなはずがない。それもそうか……
いや、待て。
「父さんと会ったことなんてないですよね?」
「アイシャの? うん」
「父さんが念獣として具現化した母さんを見たわけでもないのに……
私から聞いた話だけで、何をどう参考にしたんですか」
「……」
「キメラアントのこともそうでしたが、なぜあなたが知りえないことをそんなに知ってるんですか? 挙げ句に、私の正体まで……」
「……
なんとなく知ってただけだよ」
「桜。
ウソだって分かりますよ?」
「……うん、ウソ。
話さなきゃダメ?」
「できれば教えてほしいです。
……あなたのことは信じていますけど」
「ズルイなぁ、そういう言い方……」
桜は小さな唇に人差し指を立て、
「アイシャにだけは教えてあげる。みんなにはナイショだよ?
──【記憶漏洩/メモリーリーク】。一般的に超能力として認知されてる力で、物品の残留思念を読み取るサイコメトリーってあるでしょ? そういうのと近いかにゃ。
サイコメトリーだと読める範囲がかなり狭まるけど、私は本人から直接読んじゃうの」
桜の説明に、私は眉をひそめる。
「私の記憶を読み取った……ということですか?
そういうのも私のボス属性なら防げるはずなんですが、一体どうやって?」
「ううん。アイシャの能力が干渉できないモノから読み取ってるの。
まぁ言わなきゃダメかにゃ……
答えは、視線」
……。
「ヒトが何かを見る時、色んなことを考えるでしょ?
そうやって視線に籠められた思念を読み取るの」
……なんとまぁ、おそろしいな。そんな方法でボス属性をすり抜けたのか……。確かにヒトの目には、多くの情報が含まれてるんだろうけど……
「でも、そんなに便利じゃなくて。
よっぽど強くてハッキリした思考や記憶ならすぐ読み取れるけど、実際は解読に時間がかかっちゃうの。
だから、戦闘中に相手が一瞬ふわっと考えたようなのをすぐ読み取るなんて出来ない」
ふむ……
「話してる相手から思考を読み取るのは、そんなに難しくないかな。
普通、そんなに思考ってハッキリ形のあるものじゃなくて。特に言語化されずぼんやり考えてるのなんて、具体的には分からないし。
本人じゃなければ、その記憶にどういう意味があるか分からないことも多いかにゃ」
「だとしても、使い方次第でかなり凶悪な能力ですよね……」
「相手にバレてにゃかったらねぇ」
「……私に教えても良かったんですか?」
「だって、分かんないと気持ち悪かったでしょ?
そんなのヤダもん……」
「……すいません、甘えてしまって。
教えてくれてありがとうございます、桜。
決して口外はしませんから」
「にゃふ……」
桜が一鳴きして、もたれかかってくる。そんな甘えん坊のにゃんこを、私はよしよしと撫でてあげた。