第二百五十六章
長湯を堪能してひとまずの疲れを癒した私達は、ソファーに座って売店で買ったモノをもくもく食べていた。
「美味しいねー♪」
お安いフライドポテトを幸せそうに食べる桜。まぁ疲れた身体には、ご馳走だろうね。……とりあえず気分だけでも晴れたようで良かったよ。ずいぶん落ち込んでたからな……
「……
ごめんね、心配かけて」
「……もしかして、心を読みました?」
「またまたー。
顔に書いてあるじゃーん」
おやまぁ。……あんまり桜に対して隠しごとする気にならないからな。そのまま感情が出ちゃってたか。
「この後はどうします?」
桜はくわえたポテトを上下させながら、
「んー……
私達もお休みでいいと思うけど……
アイシャ的には、もっと修行したい?」
そう言われるとな。正直アレで充分すぎると思うけど。
「あなたもずいぶん消耗してますし、安全面を考えれば私達は休むべきでしょうね。
ただ、あの2人は……」
「そうだねー。修行させてあげたいけど……
でも、そろそろ危ないかにゃって思ってる。理由は同じだよ」
まぁそうだよな。これだけカードを揃えて、協力者もかなり増えた。逆に言えば情報が洩れやすく、いつ誰がカードを奪いに来てもおかしくないってことだ。ユリさんも今まで以上に警戒してるだろう。
まぁグリードアイランドに今いるプレイヤーで、消耗した私達では勝てない相手なんて、そうそういないとは思う。けど徒党を組んでカードを奪うだけなら出来るかもしれない。誰かを人質に取られた場合も厄介だろう。やはり油断すべきではないな。
桜は小さな唇で、フルーツ牛乳をくぴくぴ美味しそうに飲み、
「ぷはぁっ。
……一坪の密林が長丁場になりそうだったら、修行してもいいと思う。でも短期決戦になるかもしれないから、今は出来るだけ体力温存した方がいいかも」
「そうですね……
ゲームクリアしたからと言って、修行が出来なくなるわけでもないですし」
「むしろ、そっからだもんね。あの2人に強さが必要になるのは。
外に出たら出たで色々大変だろうけど、今はクリアに集中しよ?」
「……分かりました。
一坪の密林の入手目処が立たなかったら、修行を再開しましょう。それまでは無しで」
「ん。
2人とも、きっと喜ぶよ」
喜ばれてもなぁ。ああ、もっと鍛えてあげたい……2人ともこれからが本番なのに。
部屋に戻り、特訓の内容を聞きたがる姉弟には『念獣を使った特訓をした』と話した。怪我もなく無事に終えてるので心配ないと繰り返し説明し、当分修行はしないと伝えたら、2人ともバカみたく喜びやがった。ふーん……
それはさておき、私と桜は早めの昼寝をして回復に勤しむ。昼過ぎになってから起き、待たせた姉弟に謝って遅めの昼食を摂る。
桜はおねーちゃんに会いに行くと言って、1人ハイループへ飛んだ。まぁ4人で行って他のプレイヤーに一緒のところを見られたらマズイからね。あの2人ならどうとでもするだろう。あっちはあっちで、姉弟水入らずで話したいこともあるだろうし。……あ、今は姉妹か。
2時間ほどで桜は帰ってきた。何だか穏やかになった桜の様子に安堵し、なぜか不安も過ぎった。なんでだろ……心配するようなことなんてないはずだけど。
遊んだり本を読んだりお喋りしたりゴロゴロしながら休暇を過ごしてるうちに、夕食の時間に。
特に攻略の進展もなく、昼に桜が会いに行ったのもあって、今日はユリさんも居ない。いつも通り、4人での食事だ。……ウラヌスがいないけど。
それに気づいてしまい、桜以外の2人はどこか寂しそうにしている。……私もだ。桜も分かってはいるみたいだけど、それを口にはしなかった。修行してないのもあって体力が余ってるから、不必要に色々考えちゃうんだよな……
食事を終え。料亭から旅館への夜道を、私達は静かに歩く。
必要な話は、とっくに終わっている。明日はベルさんを連れて、チャンタで条件調査へ行く約束をしてあった。本格的な攻略は明後日からだけど、ベルさんに若返ってもらって条件を調べるのは先んじてしておきたかったからだ。
それで条件が確定すれば、そのまま攻略を進める。もしダメなら、イベント発生条件の徹底調査を開始だ。そうなると大変だけどね……ソウフラビの悪夢再びだよ。はぁー……
旅館に帰ってからものんびりと過ごし、桜と一緒の布団で私は眠りについた。
──10月29日。
目を覚ますと、寝る前と同じ様子のにゃんこがすぴょぴょと寝ていた。……あ、そっか。タイミング的にまだ桜なのか。
「……うにゅ……あいしゃ……?」
「起こしちゃいましたか。おはようございます」
「ん……おはよ……
……あ……まだ交代の時間じゃないんだ」
「そうみたいですね。
……時間的には、もうじきでしょうけど」
となると、ウラヌスへ戻る瞬間を見るのも今回が初めてか。これは見届けておいた方がよさそうだな。
「そっか……そろそろお別れだね……」
「桜……」
「これからは、あんまり交代しないようにするんでしょ?
私も、やりたいことはとりあえず出来たし……」
むくりと起き上がる桜。一度立ち上がってから、ぺたんと座り込み、目を閉じる桜。
「アイシャ……
多分ウラヌスがパニックになると思うから、アイシャが支えてあげてね?」
「……
ええ、引き受けました」
昨日の件だ。……純粋な人間ではない、と自覚したウラヌスがどんな反応をするか……私の正体を知ったウラヌスがどんな顔をするか……想像するのも恐ろしい。今になって、恐怖心が湧き上がってくる。
────心の準備が終わらないまま、桜はウラヌスへと代わった。
目を開き、ぱちくりとさせるウラヌス。
「ウラヌス……大丈夫ですか?」
「……」
無表情のウラヌス。何の反応もない。……頭の中にある記憶を整理してるんだろうか。今は待つしかなさそうだ。
──やがて。
「うっ!」
口許を押さえ、ウラヌスが慌てて駆け出した。
「ウラヌス!」
急いで追う。──トイレか。なぜ嘔吐しそうになったのか猛烈に不安だけど、今はただ追いかける。
何とも形容しがたい音を立て、男子トイレの洗面台で戻しているウラヌス。
「ウラヌス、大丈夫ですか?」
私はウラヌスの背をさすってあげながら、彼の吐瀉物を念の為に目視する。……普通に戻してるだけだな。吐血はしていない。やはり精神的なモノだろう。
苦しそうに泣きながら戻すウラヌスを、私はさすり続ける。
「……けほっ! けほっ……
んっ……も、いい……おさまっ、から……」
荒れた呼吸を整えながら、洗面台と顔を洗い、口をすすぐウラヌス。
「はぁっ……はぁ……」
ぽたぽたと水を滴らせ、震えながら鏡に映る自分自身を見つめるウラヌスを、私はただ静かに待つ。
「……
オレ……ウラヌス……だよね?」
「……当たり前じゃないですか」
何をバカな、とまで言うことは出来なかった。パニックになるのも当然だからな……
「一体どういうこと……?」
「……」
尋ねられても答えられるはずがない。全ては桜が語ったことなのだ。真実かどうかは、桜の中にしかない。……状況的には、納得がいく説明ではあったけど。
「ゴメン……アイシャに分かるはずないよね……」
「……。
私に関することだけであれば、その通りですとお答えできますが……」
……私の中ではうっすらと、ウラヌスは私のことが気持ち悪くて戻したのではないかと考えてもいる。それはツライけど……
「……。
ううん……そのことはいいよ。
確かにすごくビックリはしたけど……納得もしてる。
……いや、ホントはちょっと前から知ってたんだ」
そういえば、私に対して妙に遠慮してる時がちょいちょいあったもんな。それか。
「桜の能力を介して、ですよね……」
「うん……半信半疑だったけどね。
でも、それが本当なら……アイシャのオーラ量や異様に高い技術も納得がいく。
リィーナさんと深く関わりがあるのも……納得できる」
「私のこと……気持ち悪くありませんか?」
「──へっ?
なんでそんなこと聞くの?」
きょとんとするウラヌス。あれ?
「だ……
……だって私、元男……なんですよ? だから、その……」
「なに言ってんの?
そんなこと言ったら、俺なんてヒドイもんじゃんか」
おぉう……。あー、そういう考え方もあったか……
「アイシャは性転換したとかそんなんじゃなくて、普通に14歳の女性なんでしょ?
肉体的には」
「……ええ、そのことに嘘偽りはありません」
「メレオロンだって転生してるんだし、むしろ念能力で転生してみせるなんて、なるほどスゲーとしか思わないよ。よくそんなの思いついたね?」
う、うぅ……そんなこと褒められるとは思わなかったよ。反応に困る……
「それに引き換え俺なんて、コロコロ男と女入れ替わってるわ、元々がどっちつかずだわ……
そりゃメレオロンに怒られるよ……」
「あ、その……えっと。
あなたは、あなたですから」
思わず口をついた言葉に、目を丸くするウラヌス。
「どゆこと?」
「……前世がなんであれ、私は今アイシャとして生きています。
ですからあなたも、ウラヌスとして生きればいいんですよ」
「んー。分かるような、分かんないような……」
「私も自分で何言ってるのか、よく分かりませんが……
自分の思うように生きればいいと思いますよ」
「でも、俺……
どう生きたいのか、分からないんだ」
「……」
「だって俺、人間じゃ──」
「ウラヌス。そんなこと考えないでください。
桜も言っていたでしょう、人間のつもりだって。あなたがそう考えなくて、どうするんですか?」
「でも……」
「少なくとも人間と大差ないことは、私が保証します。
あなただって、自分で分かってますよね? 自分の身体なんですから」
「……。細かいところまでは自信ないよ。
俺、病院で精密検査とか受けたことないし……」
「大丈夫です。あなたはウラヌスという人間です。
私が保証すると言ってるじゃないですか」
「……
俺なんかより、桜の方がいいんじゃないの……?」
「──ウラヌスッッ!!」
流石にそれは看過できない。私が怒鳴ると、びくぅッと飛び跳ね、泣きそうな顔をするウラヌス。
「あ、あいしゃ……」
「……桜も私達の大切な仲間です。それは認めます。
ですが、あなたと桜を引き換えにだなんて有り得ませんッ!
私がそんなこと考えてると思ったんですか? ……赦しませんよ」
「ご、ごめ……」
「いいえ、赦しません。──メレオロンとシームにも叱ってもらいましょうか?」
「ああああっ、ごめ、ごめんなさいっ!!
アイシャ、それだけは赦してッ!!」
「……だったら……
そんな悲しいことは、二度と言わないでください……」
「うん……
ごめんなさい、アイシャ……」
ぼろぼろ泣き崩れるウラヌス。……言いすぎたかな。でもこれぐらい強く言わないと、今のウラヌスは危うすぎるからな……
「そんなに謝らなくても、もう怒ってませんよ。2人には秘密にしておきます。
あなたが混乱する気持ちも分かりますから、まずはちょっと落ち着きましょう……
布団に戻って、気分が楽になるまで横になってください」
「……ん。そうする。
ごめんね、朝から迷惑かけて……」
「それぐらい大したことじゃありませんよ。
あなたはむしろ頑張りすぎなんですから、もう少し私を頼ってください」
「……ふふ。アイシャって頼もしいよね」
涙目のまま微笑むウラヌス。困ったにゃんこ姫だよ、ホント……
「やっちゃったなぁ……」
朝のことを思い出し、気落ちしながら俺はマサドラの町並みを歩いていた。
あの後、当然の如く騒ぎを聞いて駆けつけた姉弟に色々言い訳をした。……アイシャが。状況的にアイシャが俺を泣かしたようにしか見えなかったらしく、事実違うとも言いづらかったので一方的にアイシャを悪者にしてしまった。申し訳なさすぎる……
アイシャも俺に秘密がバレて、ショックだったろうにな……。前世が男かどうかなんてどうでもいいと俺は思うけど……本人的には大問題なのか。
つかアイシャ、桜に過去を暴かれて傷ついてるだろうしな。そっちの方が心配だよ……時間が解決してくれればいいんだけど。
リュウショウ=カザマ、か……。そりゃ強いはずだよ。ネテロの双璧とか、なにそれ? なんで俺の周り、こんなんばっか集まるの? ……いやまぁアイシャは修行バカなのを除けば良識人だけどね、うん……。ネテロのクソエロジジイは赦しがたいけど。
風呂に入った時、俺をやたら心配するシームに大丈夫大丈夫と繰り返し、何とか誤魔化しておいた。まぁそっちも時間が経ったら忘れるだろ、きっと……。俺も忘れたいけどな。んだよ、人間じゃないって……人体実験なんて非道なことやってやがると思ったら、実験されてたのは俺じゃねーか。ふざけんなよ。
……今は気にしてもしゃーないか。ンなこと考えてたら、またアイシャに叱られちゃうしな。里の連中への仕返しを、うんと重くしてやるだけのことだ。
とりあえず今はスペルを仕入れにマサドラへ向かってる。『同行』はかなり確保してるけど、少しでも多いに越したことはない。この後、ベルのところにも寄るつもりだしな。
ただ、1つ問題があった。
──見られてる。
いや、見られてること自体は問題じゃない。マサドラはプレイヤーが多いし、少しでも他のプレイヤーを観察して有益な情報を得ようとするヤツがいてもおかしくはない。
が、こいつは尋常じゃない手練れだ。遮蔽物に阻まれるせいで不正確だが、少なくとも潜在オーラは20万を越えている。グリードアイランドどころか、現実でも指折りの実力者だろう。猛烈にイヤな予感がする……
警戒しながらも、スペルカードショップに入る。とっとと逃げても良かったんだけど、正体を知らないまま放置するのも、それはそれで不安だしな……
俺が買った袋を開けてると、そいつが店の入口へ近づいてきた。お? まさか正面からやる気か? ……えっ? 待て、この気配は──!?
「──ずいぶんと探しましたよ」
「げぇーッ!?」
────逃がすまいとばかりに、店の入口にはあのリィーナさんが立ちはだかっていた。