どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第二百六十三章

 

「うぅん……あんまり手加減されても困るんだけどにゃー」

「なに?」

 

 構えていた右手の鎖を鳴らしてそうつぶやく桜に、クラピカは不可解そうに聞き返す。

 

「本気出してくんにゃいと、私も実力見せてあげられないかなって。

 少なくとも私に対して『アレ』を隠す必要はないよ? ──知ってるから」

「……そうか」

 

 クラピカは、アイシャから話を聞いたのだろうと解釈する。──それ自体は構わないと考えていた。能力のこともそうだが、話してマズイ相手にあのアイシャが話すはずはないだろうと。

 

「悩んでるのは主に2つかにゃ。

 この戦いにそこまですべきかって言うのと、ゲンスルー達にあまり見せたくないのと」

「……」

 

 肯定こそしないものの、沈黙で返すクラピカ。

 

「まぁゲンスルー達に関しては、いいんじゃない?

 とっくに吹聴されたら困ることたくさん知られてるし、気になるなら個別に口止めしておけば」

「それはそうかもしれないが……」

「どっちにしてもさ」

 

 桜は右手の鎖を消して、その右手をクラピカへ差し出す。

 

 上に向けた桜の掌に、何かが具現化した。──大きな蜘蛛が。

 

「なっ……!」

 

 望む望まないに関わらず、クラピカの目の色が『緋の眼』に変わる。

 

「これじゃ秘密にもできないよね。

 というか、旅団はとっくに自分達の手で捕まえたのに、未だにこうなっちゃうのは良くないんじゃない?」

「貴様……!」

「これはただの蜘蛛で、罪なんかないでしょ? 個人差はあれど、嫌悪感を持つ人は多いだろうけどね。

 もちろん旅団は罪人だし、蜘蛛の刺青を見てキレるのは分からなくもないけど」

 

 掌に乗った蜘蛛がピョンと跳ねる。一瞬クラピカは攻撃を警戒したが、そのまま蜘蛛は桜の頭上へ飛び乗った。

 

「見ようによっては可愛いもんじゃない?

 これはハエトリグモって種類なんだけど、知ってる?」

「蜘蛛の種類など知りたくない!」

「ん、まぁ言いたいことはあるけど、それはいいや。

 こうしてた方がその状態を維持しやすいみたいだし、続けるね。

 これなら躊躇なく本気で戦えるでしょ?」

「君は、そこまでして……」

「にしても、確かにスゴイね。

 潜在オーラ量、さっきまで9万前後だったのに、14万越えちゃったよ。レイザーに近いレベルまで来てる。顕在オーラと違って、潜在オーラを一時的にでも増やすのってすごく難しいのに」

「……。

 あのレイザーとも戦ったのか」

「ドッジボール対決だけどね。

 ていうか、念を覚えて1年と半年でコレー? 才能あるなんてレベルじゃないよ。

 そりゃアイシャも手ほどきしたいって思っちゃうよね」

「……アイシャの修行で鍛えられたからな。

 才能より努力の占める割合の方が大きかったように思うが……」

「そんな暗い顔して言われると、私も『あ、はい』としか言えないけど……

 まぁ話してばっかりで時間使っちゃうとアレだし、さっさと再開しない? その状態、どんどんオーラが磨り減っていくでしょ?」

 

 言葉を返さず、クラピカは桜の背後へ身を滑り込ませた。同時に振るった腕刀を、桜は見もせずに片手で逸らす。

 鎖を使わないまま徒手空拳で接近戦を続けるクラピカに、桜も鎖を振るわないまま身を避け続ける。

 

「ほうほう。オーラ量だけでなく、基礎膂力も格段に増してるね。

 全身の血流量が増大してるし、細胞も活性化してる。脳の処理能力も多分上がってる。オーラによる単純な強化だけじゃ、こうまではならないよ。

 これなら念なしでも、念能力者相手に善戦できるレベルかも」

「……!」

 

 クラピカの全力攻撃をいなしながら、冷静に分析する桜。クラピカはまるでアイシャと戦っているかのような錯覚に陥る。時折りクラピカは頭上の蜘蛛も狙うが、それすら桜は余裕で避ける。

 

 至近距離で繰り出したクラピカの【束縛する中指の鎖】を、桜は肘から具現化した鎖で絡めとった。

 

「なっ!?」

 

 ギチギチと絡まった鎖同士が擦れて鳴る中、

 

「別に決まった場所からしか具現化できないなんて言ってないよ?

 ──その鎖は直接触れた肉体を麻痺させる効果しかないから、当然鎖越しで効くわけがない。せいぜい服越しくらいまでだよね」

 

 鎖を消すクラピカ。いったん距離を取ってから、

 

「……なぜ悠長に話している暇があったら、鎖を砕かなかった?

 できたはずだろう、オマエほどの力があれば」

「ん? そんなことしたら、クラピカの勝機が薄まるじゃん。

 私を殺す気ならそうでもないけど、そんなつもりなさそうだし」

「……」

「だから戦闘不能にできる中指の鎖を取っておいたんでしょ?

 別にいいのに。クラピカが本気でやったところで、死にゃしないよ?

 人差し指の鎖でガンガン急所狙いしても、ちゃんと防いであげるから」

 

 クラピカは嘆息し、

 

「……それでは、私が勝った時に君は死んでいることになる」

「いやいや、自惚れてもらっちゃ困るにゃー。

 今のクラピカの役目は、私の実力を少しでも引き出すことであって、勝つことじゃないでしょ? そんなどうでもいいこと心配する暇があったら、無心で挑まなきゃダメだよ」

「……

 忠告するだけ無駄だろうが、慢心が過ぎれば命取りになるぞ」

「またまたー。敵対してる相手にそんな忠告するなんて優しすぎるってば。

 クラピカは、仮にアイシャが慢心しててもそんなこと言わないでしょ。ひょっとしたら1本取れるかもって攻撃するんじゃない?」

「それは──」

 

 返答するフリをしながら、地面に潜らせていた【打倒する人差し指の鎖】を桜の足元に伸ばすクラピカ。ひょいと足を上げて桜は躱すが、尚も鎖は追ってくる。

 ダンッ! と踏みつけて黙らせる桜。構わずクラピカは接近して、鎖を踏みつけている足に狙いを定める。

 

 低い姿勢から放つクラピカの足払いを喰らう桜。──が、その足は微動だにせず、逆にクラピカの足を弾き返す。

 完全に態勢を崩したクラピカへ、右手から伸びる桜の鎖。ぐるぐると胴へ巻きついて、クラピカの肉体をグンと引き寄せる。

 ドンと密着する桜とクラピカ。その不可解な行動と桜の柔らかさに「なっ……」と声を洩らすクラピカに対し、

 

『その【絶対時間/エンペラータイム】。

 使えば使うほど寿命が縮んでいくって自覚してる?』

「なにッ!?」

 

 今度こそ驚愕するクラピカ。指摘された内容も驚くに値したが、それだけではなかった。桜がいま口にしたのは公用語ではない──忘れるはずもないクルタ族の言語。

 

「き……きさま」

 

 じっとそばで見つめてくる桜と頭上の蜘蛛に射すくめられ、クラピカは言い直す。

 

『貴様が、なぜこの言葉を知っている!

 それに寿命が縮むとはどういう意味だ!』

 

 桜は切なげに目を細め、

 

『クルタ族の言語自体は、そんな秘匿されてるものじゃないよ。

 わざわざ少数民族の言葉を覚える人は珍しいだろうけど、言語マニアって結構いるしさ。

 各地を転々と移住してきたクルタ族の言語の痕跡はあちこち残ってるから、調べようと思えば調べられる。

 私は神字研究の為に遺跡発掘なんかもしてるから、そのついでにね』

『……言葉については分かった。

 だが、寿命うんぬんは何を根拠に言っている。私はそんな制約を定めた覚えなどない』

『そう、厳密には違う。

 私は【絶対時間】の制約だなんて言ってないよ。

 緋の眼になることの対価、だと言ってるの』

『な──にっ!?』

『さっき言ったでしょ。潜在オーラを一時的にでも増やすのはすごく難しいって。

 潜在オーラっていうのは、実際に体内で保有するオーラ量のことじゃなくて、オーラを生み出す大元となる生命エネルギーと精神エネルギーのうち、オーラに変換可能な限界のことを指して言うの』

「……」

『生命維持に支障が出ないギリギリまで変換したものが、最大潜在オーラ量。

 その潜在オーラ量が増えるっていうのが、どういう意味か分かる?』

『まさか……』

『生命維持の為に使わないようにしている、細胞や諸々に蓄えたエネルギーまでオーラに変換してる。だから【絶対時間】を長時間使うと、反動で身体がガタガタになる。修行で鍛えられるはずもないし、通常の疲労じゃないからビスケの能力でも完全に回復しない。

 そもそも緋の眼は、念能力者に限定したものじゃないでしょ。クルタ族にとって』

『それは……』

『感情の起伏によって緋の眼の色合いが変わるのも、引き出した力の量が違うから。

 まぁ広義の念能力とも言えるよね、緋の眼は』

 

 沈黙するクラピカ。桜の言葉を信じていいか分からなかったが、あまりにも心当たりがありすぎた。

 

『だからあまり多用しない方がいい。使うにしても、強く力を引き出すことも長く変わることも避けた方がいい。必要な場合は別にして。

 ……私がクルタ族の言葉でわざわざこんなこと言う理由は分かる?』

『アイシャに……知らせない為か』

『うん。後悔させたくなかったから』

『……教えずにいて、もし後で知られたら相当に怒ると思うがな』

『教えるかどうかはクラピカに任せるよ。

 命懸けの制約と誓約よりはマシかもしれないけど、緋の眼をできるだけ使わせまいとはアイシャもするだろうね。それはクラピカにとって都合が悪いんじゃない?』

『……

 アイシャには申し訳ないが、この緋の眼は私がクルタ族という証でもある。

 寿命が縮むとしても、完全に使わないようにはできない』

『多用しない、ぐらいが関の山だもんね。

 まぁ素で強くなれば自然に頻度は下がるよ。修行がんばってね♪』

『これ以上にか? 余計に寿命が縮みそうだが』

「にゃはは」

「……さて、無駄話はこれぐらいにしよう」

 

 桜が公用語に戻したことを察して、クラピカも普通に話す。──いずれにしろこの密着状態を脱しなければいけない。

 と考えていたが、クラピカが行動する前に桜は鎖を消して解放した。自ら距離を取る桜。

 

「そうだね。次で終わりにしよう」

 

 短めに切り上げると宣言され、内心で桜に感謝するクラピカ。こうも気を遣われれば、頭の下がる思いしかない。

 

 だが……とクラピカは思う。切り札である【封じる左手の鎖/シールチェーン】も桜に知られているだろう。不意を衝けないとなると、1対1ではほぼ勝ち目がない。

 先ほど巻き付けられた鎖の堅さから、【絶対時間】中の【打倒する人差し指の鎖】でも力不足と見るクラピカ。正面から打ち合うことも、不意すら衝けないとなれば──

 

 考え直す。6本の鎖全てを具現化。勝利を諦め、桜と全力で打ち合うことを選ぶ。

 

 桜は笑みを浮かべ、左右各3本、計6本の鎖を具現化する。

 

「1個、勝利条件足すね。

 この頭のハエトリグモちゃん、これを撃ち抜けたらクラピカの勝ちでいいよ」

「……なぜ、そんなことを?」

「せめてものハンデ♪ それくらいじゃないと勝ち目ないでしょ?」

「もう勝つ気などない……私は全力を尽くすだけだ」

「ふふ。まぁチャンスがあったら狙ってみて」

 

 おそらく揺さぶりをかけてるのだろうとクラピカは考えるが、わざと自ら不利な状況に追い込まれて楽しむヒソカのような例外もいる。桜は裏表なしに本気でハンデを与えたのではないかと思いもした。

 

 迷いを振り払い、鎖を放つ。先陣は強度自慢の【打倒する人差し指の鎖】。

 

 迎え撃つように鎖1本を放つ桜。互いに宙ですれ違い、桜の鎖が弧を描き、クラピカの【打倒する人差し指の鎖】を絡めとる。

 

 封じられた鎖に構わず、続けざま鎖を2本放つクラピカ。桜も同じように2本放って、先んじた1本と同様の結果に到る。

 

 クラピカは更に鎖を放つフェイント、鎖を消し疾走する。背後を取るが桜も瞬時に旋回した。桜の鎖も既に消えている。

 回り終えた桜の腕を掴み、柔を仕掛けるクラピカ。だが旋回した慣性すら残っておらず桜は微動だにしない。クラピカは膝蹴りを放つも、肘で止められる。

 

 クラピカは【打倒する人差し指の鎖】を真横へ伸ばして、大きくグルリと自分ごと桜を包囲した。包囲を絞るが、捉えたのはクラピカのみ──狭めた瞬間、桜は伏せて回避していた。

 

 鎖を消すが、それに意識を割いたクラピカは桜の姿を見失った。──真上から金属音。

 

 

 

 見上げた空から無数の鎖が降ってくる──その光景に、クラピカは慣れ親しんだはずの鎖に初めて恐怖した。

 

 

 

 ぢゃらららららららららららららららッッ!!

 

 広範囲に降り注ぐ蛇の大群じみた鎖の爆撃を避けるどころかまともに防ぐこともできず、地に叩きつけられるクラピカ。その上に鎖が山のように乗る。飛び上がっていた桜も鎖の山の頂上に、ふわりと着地した。

 

「ぐ……」

 

 鎖の山の中から聞こえる呻き声。

 

「単純に強度だけの鎖なら、いっそこうやって使うのもアリじゃない?

 上から落とすだけだったら、操る手間もかからないし」

「……」

「同じものを具現化するだけなら、意外にオーラって食わないんだよね。

 ま、検討してみて」

 

 消える鎖の山。そのまま桜は、仰向けに倒れるクラピカの腹を両足で踏む。

 

「ぐはっ!」

「一方的に宣言してもいいけど、できれば本人の口から聞きたいかな?」

「……。

 私の……負けだ」

 

 そう告げられると、笑顔で桜はクラピカの胴に乗ったまま正座し、頭を下げる。

 

「お粗末様でした」

 

 クラピカは、その少女の姿と頭上から見つめてくる蜘蛛に向けて渋面を作った後、

 

「……いいからどいてくれ」

 

 

 

 

 

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