「後で個人的に話したいことがある……いいか?」
「ん。私もまだまだ話し足りないから、後で話そ」
ふらふらと桜の前から立ち去るクラピカ。微笑みながら見送る桜。
戻ってきたクラピカの身体を、レオリオが支える。
「おい、クラピカ。大丈夫か?」
「大丈夫だ……大した怪我はしていない。疲れただけだから、治療は不要だ。
リィーナさん……
あまり役に立てず、すいませんでした」
「いえ、充分な働きでした。
それよりクラピカさん……目の色なんですが」
ハッと気づくクラピカ。緋の眼から元に戻っている。
桜の方を見ると、未だその頭上には蜘蛛が乗っていた。なのに目は緋の色に変わらない──元の色のままだ。
「おめぇ……」
「ハハ……
どうやら私は、蜘蛛を見たぐらいなら平気になったのかもしれないな。
複雑な気分だよ……
蜘蛛を見て、憎しみを抱かなくなるなんて」
「まあ……それで良かったんじゃねーか?
同胞のカタキはもう取ったんだしよ」
「怒りが風化することをずっと恐れていたんだがな……不思議な気分だ。
今は……それでもいいと思える私がいる」
「クラピカさん。
お約束した通り、例の件は必ず協力いたしますから、今は休んでください」
リィーナの言葉に少し考えた後、クラピカは頭を振る。
「……いえ。この程度の働きで、あなたに協力していただくのは忍びない。
せっかくの申し出でしたが、あの話はなかったことにしていただきたいです」
「……
あなたがそうしたいとおっしゃるのなら。
ですが、必要な時が訪れたら私に声をかけてください。いつでも力になります」
「ありがとうございます……」
疲れ切ったのか、クラピカはその場で腰を下ろす。
「さて……リィーナさん。
まず間違いなく、オレの言った通りじゃないかな?」
キルアに口火を切られ、リィーナは苦い顔をしたものの、
「その通りでしょうね。
あの子はあなた達……いえ、私やビスケも含めた全員を鍛えたがっているようです」
「あたしも?
今更あんなチビっ子に指導されるなんてイヤなんだけど」
「私だって、先生以外に指導されたくありません……
クラピカさん。お休みのところ申し訳ありませんが、実際に戦ったあなたの意見はどうですか?」
「…………。
私見ですが、リィーナさんの言っていた『欠点を示唆して、それを克服するよう促す』……
まさにその通りでした。
能力の根幹にも関わることなので詳細は伏せますが、恐るべき慧眼だったとだけ……
あと……まるでアイシャと戦っているような気分でした」
震えを残すクラピカの言葉に、リィーナ達全員に影が差す。そんな中、
「まるでアイシャねぇ……
だとすると、やっぱ気になるよな。
直接聞いてみるよ」
そう告げ、止める間もなく【電光石火】で、離れていたアイシャ達の元へ現れるキルア。
「うわぁッ!?」
やけに驚くゴンに、キルアは笑いかけ、
「そうビビるなよ。別に危害を加えやしないさ、オレ達の負けになっちまうし。
ちょっと直接聞きたいことがあって」
「ふーん」
突然真横から声が聞こえて、ぎょっとするキルア。すぐそこに桜がいた──さっきまで立っていた姿勢のまま。頭上の蜘蛛は既に消えていたが。
ゴンの驚愕が、自分と同時に桜が一瞬で来たことだと気づき、
「お、おまえ……まさか後ろ向きで」
「もしかしてと思っていちおう来たけど、まぁ聞きたいんだったらどうぞ。
私にお構いにゃくー」
ぶすっとした顔で促され、キルアは内心ドキドキしながらも、
「お、ぉぅ……
えっと……アイシャに聞きたいんだけど」
「私にですか?」
「キルア、すごいねー。戦ってる相手に直接聞いちゃうんだ」
「ゴン、オマエがそれを言うのかよ?
まぁ相手に聞いちまうのは、オマエの専売特許じゃないさ。
オレもアイシャだから聞きに来たんだしな。今はアイシャと直接バトってないし」
「私が正直に答えるとは限りませんよ?」
「反応を見れれば充分だよ。答えてくれりゃ儲けモンだけど」
肩をすくめるアイシャ。もちろん油断はしていない──自分はさておき、メレオロンかシームを一瞬で人質に取られることも有り得る。……ゴンのことは、人質に向かない性格なのであまり心配していない。
「で、何を聞きたいんです?」
「んー……
やっぱ、本人に聞くのは勇気がいるな……」
ちらりと桜を見るキルア。桜は小首を傾げる。
「なんですか、もったいぶって」
「えっと……
アイシャは、今回の勝負をコイツに一任したわけじゃん?」
「そうですね」
「ぶっちゃけアイシャが戦ってたら、余裕でオレ達に勝てただろ?」
「余裕で戦うつもりなんてありませんが、おそらくそうでしょうね」
「……シャクに触るけど、それは認めるよ。前回のこともあるし。
でも、今回はなんでコイツに任せたのか気になって。
勝てるとは限らないじゃん」
アイシャは頬をぽりぽりかく。説明していいものか、そもそもあまり説明したくないなとも思っている。
「別にいいんじゃない? 話しちゃって」
背を向けたまま桜がそう言ってきたので、アイシャは嘆息し、
「この子に提案されたんです。
私とリィーナ達は戦うべきじゃないって。
……パリストンの狙いは、私達を仲間割れさせることでしょうから、仲違いを誘発するようなことは避けるべきだと」
「うーん……動機としては弱くね?
だって、前回も直接戦ったわけじゃん。パリストンの思惑が見え透いてるなら、それを警戒すりゃいいだけだと思うけど」
キルアの指摘はもっともだった。あらかじめ警戒すれば思惑通りになる可能性は低く、そもそも代理戦争を桜にお願いしている現状自体、対立関係を払拭できていない。
「念の為だよ、念の為。
些細な
「オメーに聞いてねぇよ。
言いたいことは分かるけど、それじゃ動機が弱いっつってんだろ」
「うにゃー」
不機嫌に鳴く桜はさておき、アイシャは少し躊躇った後、
「……桜は、私が戦うのを嫌がっているからです。
私を怪我させたくないからと」
「怪我? アイシャが?」
「ええ。前回、あなた達の勝利条件は何でしたか?」
「あの時は……
アイシャのホルモンクッキーを何とかすれば良かったよな」
「そうです。
でも、今回私が戦っていればどうなりましたか?」
「あ……」
「私自身をどうにかする必要がありますよね。
流石にあなた達全員を相手にして、私も無傷で済むとは思えません」
「そ、それはお互い様じゃん……」
「いえ、違います。
──私には【ボス属性】がありますから」
「……! そういうことか」
「怪我をしてもレオリオさんでは治せませんし、『大天使の息吹』でも無理です。
キルアの言う通り、怪我をすること自体はお互い様なんですが……
私が大怪我をして治療の為に島から離脱せざるを得なくなるのを、桜は嫌がっているんです」
「……アイシャが居ないと、攻略できなくなるからか?」
「いえ……
おそらく私が居なくてもゲームクリアは可能でしょう。
ただ、ここまで来て途中離脱は私もしたくありませんが」
「それは分かるけどよ……
でもコイツが負けたら、アイシャは性転換を今度こそ諦めるわけだろ?」
「そういう約束ですからね」
「なんか勝利を疑ってない感じだけど、コイツそんなに強いのか?
……いや、回りくどい聞き方やめるよ。
アイシャとコイツ、どっちが強いんだ?」
無表情で反応しない桜。困った顔で言葉に詰まるアイシャ。
「……分かりません。桜は私と、組手もしてくれませんから」
「はあ?
アイシャ、ここでも修行してたんだろ? なら一緒にいたコイツと組手ぐらい絶対するだろ。
いや、ちょっと待て。
コイツの名前ってウラヌスじゃないのか? 桜とか呼ぶ時あるし、いったいどっちなんだよ」
「キルア。
男の子の時はウラヌス、女の子の時は桜だって」
「ゴン、オメーなに言ってんだ?
男の時、女の時って……」
「ホルモンクッキーをキルアも食べましたよね?
ホルモンクッキーが効いてる時、今の女の子の状態が桜。元の男の子の状態がウラヌスです」
「な、なんだよそれ……
その名前を変えることに意味あんのかよ」
「キルアとキル子ちゃんのようなものですよ」
「やめろ、オマエ!
思い出させんじゃねーよ!」
「にゃっはっはっはっ」
我慢できずに笑い声を上げる桜。メレオロンやシームまで笑いをこらえ、顔を真っ赤にするキルア。
「あーもぅ、おっかしぃ。キルアってば面白いよねー。
ゴンー。これなら正直に話してたら、キルアをこっちに引き込めてたんじゃない?」
「えー……
オレ、せっかく我慢してたのにー……」
「ちょっと待てテメーラ。
なにオレいじくってやがる。オレがこっちに付く前提で盛り上がるんじゃねーよ」
「私がお願いしていれば、キルアは私に協力してくれました?」
「うっ!」
覗き込むアイシャに、思わず呻くキルア。ゆっくり目を伏せた後、
「そ、それは分かんねーよ……
どっちにしたって、ゴンはオレに黙ってたしな。どうせ信用ねぇってことだろ……」
「でもキルア、あんなにアイシャが男になるの嫌がってたじゃん」
「うっせーぞ、ゴン!
変なタイミングで言うんじゃねぇよ!」
桜がお腹を抱えて笑い出した。
恥ずかしさに耐えられず、リィーナ達のところへ戻るキルア。
「キル、ずいぶん談笑してたみたいだが、何を話してきたんだ?」
「あ、いや、うん……」
「オマエがオレ達を裏切るんじゃないかと、気が気じゃなかったんだぞ?
相談なく勝手に行きやがって……」
「そ、それは悪かったよ、兄貴。
ただその、なんつったらいいか……」
とキルアはそこまで言った後、なぜかリィーナ達が目を逸らして肩を震わせてることに気がつく。
ミルキもニヤリとして、
「で、何の話をしてきたんだ? キル子ちゃん」
「テ・メ・エ・ラ、しっかり聞いてたんじゃねぇかッ!!
なに聞き耳立ててやがるッ!!」
「そう怒るな……
みんな無事に戻るか心配してたんだぞ、キル子ちゃん……ぷっく」
「笑いをこらえながら言うんじゃねぇ、クラピカァッ!!」
「え、え? なんでオメーラ笑ってんだ?
キル子ちゃん?」
「レオリオ、なんでテメーは聞いてねぇんだッ!?
聞き返すんじゃねぇよッ!!」
「無茶言うなよ……
オメーラみたいに聴力強化しても、オレにはあの距離じゃ聞き取れねーぜ。
で、キル子ちゃんってなんだ?」
「オレに聞くんじゃねぇぇぇッッ!!」
一斉にリィーナ達が大笑いした。ちなみに向こうでアイシャと桜も爆笑していた。
全員の笑いが収まる頃には、すっかりキルアはスネていた。しゃがみこんで、半泣きでぶすーっとしている。
「くっそ、やってられるか……」
「キル、悪かったって。
もうからかわないから、一緒に戦おうぜ」
「イヤだ。オレは1人で戦う。
兄貴となんか絶っ対、組まない」
「キル……」
「困りましたね……
どうしますか、ミルキさん?」
「ちょっとオレには説得できそうにないな。
無理に組んでも、こんな状態じゃ上手く連携できないだろうし」
「ふぅ……仕方ありませんね。
キルアさん、お1人で戦うのは構いませんから、せめてこちらに付いて戦っていただけませんか?」
「だから裏切るつもりなんかねぇよ……
元はと言えばアイツラのせいで笑われたようなもんだし」
遠目にアイシャと桜とゴンを睨むキルア。桜だけがニヤニヤと笑みを返す。
「むっかつく、あの女……!」
「勝つ必要はありませんから、できるだけ実力を引き出してください。
特にあの子が、あなたのスピードに対抗できるほどの手段を持ち合わせているかが気になります」
「どうもアイツ、オレと同じくらい動ける気がすんだよな……
すっげー、やな予感がする」
「オマエの能力も真似られるってことか?」
「そこまでは分かんねーけど……
兄貴はどう思う? アイツの足運び」
「やっぱりキルも気づいてたか……
アイツの歩法は、武術家よりもオレ達のソレに近い」
「だよな……
アイツ、どこで覚えてきたんだよ」
「……
いずれ分かることでしょうから今お話ししますが、あの子はジャポンの忍の里の生まれです。
本人は否定していましたが、おそらく忍の技術を高い水準で修めています」
「あー。忍って、ハンゾーとかサイゾーみたいな?」
「ハンゾーという方は存じませんが、サイゾーさんはそうですね」
「そっか……
ならこっちも遠慮なく技を使わせてもらおうかな」
「当然ですが、殺してはダメですよ?」
「さっきまでの戦いぶりじゃ、殺しても死にそうにねーけど。
大天使の息吹も確保してある感じだし、大怪我くらいは問題なさそうだけどな」
「レオリオさんもいますから、そのくらいであれば」
「はぁー……
おっけ。行ってくる」