どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第二百六十七章

 

 ────長い沈黙が続く中。意を決し、ミルキは飛び出した。

 

 キルアには及ばないが、それでも一流の強化系能力者を上回るほどの速度で迫る。既に自身の肉体を軽量化している為だ。

 

 ミルキのオーラを纏った四肢を、舞うように回避していく桜。速度重視にも関わらず、ひらひらしたワンピースの端に指も掛からない。

 

 攻撃力を度外視しているミルキだが、自身の攻撃が通じないのは承知しているからだ。キルアの暗殺技術が通じないなら試すことすらムダと考え、まずは自分のオーラを当てることだけ意識する。

 

「うーん……なんか振り回されてるねー」

「なにっ!?」

 

 攻撃の手こそ緩めないが、突然の指摘に意識を割かれて精度が落ちるミルキ。桜も足を止めず避け続けながら、

 

「見様見真似というか、バフに慣れてないというか。

 とにかく、その速度に意識が追い付いてない感じ。

 付け焼き刃って言えば分かる?」

「──チッ」

 

 下がって、距離を取った位置で静止するミルキ。誘う意図もあったが、桜は深追いせずその場に佇む。

 

「最初からオレの動きを見切ってるようだな……

 キルに及ばないのは承知しているが、想像以上にオレの体術が通じない」

「あー、それはあるかも。予め知ってると読みやすいからね。

 さっきのキルアの動きとも似通ってるけど、どっちかっていうとイルミに近い?」

「……イル兄のこと、知ってるのか」

「ん。前にボコった」

「なっ……! ウソだろッ!?」

「嘘なんか吐かにゃいよー。

 1年くらい前に、ヨークシンで全身の骨ボキボキに折ってやったもん」

 

 思わずキルアの方を振り向くミルキ。目を向けられたキルアも驚いていて、知らないとばかりに首を振る。

 

 ──1年前はオレもキルもグリードアイランドに入った頃だから、その後の出来事か。……だったら知らなくても無理はないが……。いや、この実力ならやれて当然かもな。

 

 そう思い直し、呼吸を整えるミルキ。少なくともイルミを圧倒する実力者であると認識して、気を引き締める。

 

 とにかく相手の動きを妨げないことには勝負にすらならない。ミルキは間近まで迫り、再び乱打を仕掛けるように見せかけ、一時的に足を重くして思い切り大地を踏みつける。

 

 軽く揺れる地面に、一瞬だけ姿勢を崩す桜。その僅かな隙を衝き、ミルキは桜の手首を捕らえた。オーラを込めて重く──

 

「ッ!?」

 

 ──ならない。桜の手首にどれだけオーラを纏わせても、微量も重くなる手応えがない。

 

 小首を傾げるだけの桜。ミルキはワンピースの袖を掴んで、再度能力発動を試みる。

 

「あー。そういうこと?」

 

 そう桜が口にした瞬間、時間差でワンピースの重みが増した。

 

 ミルキの胸に掌を当て、ドンと押しやる桜。僅かなオーラ放出だったが、無防備な上に軽くなっていたミルキは大きく後退する。

 

 追撃してくることを警戒したミルキだったが、得心した様子で桜はその場に佇み、

 

「オーラを浸透させた物体の重力干渉係数の操作、だね。

 重力干渉だから乗算型かなと思ったけど、これは加算型か。

 なるほどねー」

 

 残留していたミルキのオーラを、桜は自身のオーラで弾き飛ばす。それによって衣服の重みも消え去った。

 

「な……」

「仕組みが分かってたら解除は簡単かな。除念するまでもない。

 能力発動条件が易しいのは一見メリットだけど、この単純さが仇になっちゃうかもね」

 

 淡々とした指摘に、ミルキは歯噛みする。浸透させたオーラを弾くという芸当が本当に容易いことなのか、なぜ時間差で重くなったのか、疑問の種は尽きないが現実問題として──

 

「……キルの気持ちがようやく分かったよ」

「ん?」

「アイシャにも通じたことが、お前に通じないのは……

 かなりショックだ」

 

 ミルキの計画は脆くも崩れ去った。先んじて桜の重量を増しておき、残りのメンバーの戦闘を間接的に支援する見積もりだったが、それすら叶わない。

 

 なぜか悩む素振りを見せる桜。やがて、何か思いついたようにパンと手を打ち合わせ、

 

「そんじゃこうしよっか。

 ミルキとの戦いの間だけは、ミルキの能力を受けたらそのままにしてあげる。

 ミルキがまいったした時点で、私は重力操作を解除する。これでどう?」

「……どう? と聞かれてもな。

 オレとの勝負の間だけでも受けてくれるなら、いくぶん助かるが……」

「おっけおっけ。じゃあ続きね」

 

 満足気に微笑んで、立ち止まったまま待つ桜。

 

 一方的なハンデに対し内心面白くはなかったが、割り切ってミルキは戦術を練り直す。

 

 真っ当に考えれば、ひたすら桜に重量を付加していき、勝率を少しでも引き上げていくしかない。勝てはせずとも、消耗させるなり桜の実力を更に引き出すなりできれば、後の戦いにも繋がるだろう。

 

 ただ──ミルキは嫌な予感がしていた。何か思いもよらぬ返し手があるのではないかと。重力操作を受け入れた上で、なお容易く覆し得るような手段が桜に──

 

 

 

 

 

 ミルキが動き出し、桜が触れさせまいと回避する。再び始まった攻防を眺めながら、

 

「分かっちゃいたけど、分が悪そうだわねー……」

 

 遠目にも分かる旗色の悪さに嘆くビスケ。リィーナも悩む表情を見せながら、

 

「ミルキさんも、役に立てないかもしれないとは言っていましたからね。

 まだ結果は出ていませんが……」

「彼も決して腕が悪いわけではないですが、格闘技術に少し粗が目立ちますね」

 

 カストロの意見に、キルアが肩をすくめ、

 

「そりゃそーだろ。親父に鍛え直してもらって今は絞れてるけど、それ以前はブクブクに太った豚くんだったんだぜ?

 奇襲ならともかく、一流の格闘家相手に渡り合うなんてとてもとても。むしろ正面から戦えてる今が奇跡なんだよ。

 ……だから兄貴も、あんなにオレと組みたがってたんだし」

 

 僅かながら声に申し訳なさそうな響きをにじませるキルア。

 

「どうします? 今からでも参戦しますか?」

「んー。でもそんなことしたら、重力操作を解除されちゃうんじゃない?

 あの子は付き合いでああいう提案をしただけで、あたし達と戦う時まで重くされるのは嫌だから、あんな条件を付けたわけでしょ?」

「そうかもしれませんが……」

 

 リィーナとビスケの相談に、キルアは目を向けないまま、

 

「できれば兄貴1人でやらせてほしいな。

 兄貴が助けを求めたら別だけどさ。

 ……きっと手伝わない方が、兄貴の今後の為になるだろうから」

 

 戦う兄の姿を眺めるキルアの背を見つめた後、黙ってリィーナ達は戦う2人の行く末を見守った。

 

 

 

 

 

「このままじゃ埒が明かないぞ!

 お前も少しは攻撃してきたらどうだ!」

 

 一方的に攻撃し続けるミルキに対し、防戦どころか避けるだけの桜。

 

「まー確かに、このまま避けゲーってのも芸がないねー。

 ミルキこそオーラの放出はできないの?」

「…………」

「できなくはないけど、それだと相手にオーラを纏わせるまではできないって感じか。

 じゃあ距離を取っての撃ち合いなんて、こっちが勝つに決まってるしなー。

 かと言って私が手を出したら、ねぇ?」

「このまま避け続けたいなら、好きにしろ!」

「はいはい……そんじゃ挑発に乗ってあげますよっと!」

 

 パパンッ! と腹と胸に衝撃を受けるミルキ。軽くよろけて痛みを感じた後、恐ろしく速いジャブを撃たれたのだと気づいた。

 

「どう? 捉え切れる?」

 

 パパパパパッ! と連続で軽いジャブを放つ桜。──触れさえすればとミルキは考えていたが、どこに来るかも分からず気づいた時には既に離れている。手で触れずとも身体のどこからでもオーラを流し込めはするが、こんな一瞬ではミルキの『流』の速度だと間に合わない。

 

 ──くそっ……こんな弱点が!

 

 念能力者の『流』の速度は、才能も重要だがこれほど長年の錬磨が物を言う技術もない。おそらく修行で百式観音すら防ぎ得る『流』の速度に到ったのはアイシャただ1人だろう。

 

 ミルキは、才能も錬磨もいずれも不足している。戦闘訓練を怠ってきたツケが、ここに来て大きく響いていた。

 

 それでも必死で桜のジャブを捉えようとするミルキ。大してフェイントをかけていないのもあり、少しずつだが見極められるようになってきた。

 

「どうした、遅くなってきたぞ!

 だんだん疲れてきたかッ!」

「ううん、速度は一定にしてるつもりだよ。

 目はいいと思う。後はオーラで反応できるかどうかだね」

 

 桜の言う通り、ジャブの速さは変わっていない。むしろ緩急をつけていないからこそ、徐々にミルキの目が慣れてきていた。

 

 だが、ミルキの身体にジャブのダメージが蓄積してきてもいる。速度を保つ為に身体を軽くしたままなので、撃たれるたび不必要に仰け反り、オーラと体力を削られていく。

 

 偶然──

 

 ほとんど勘、当てずっぽうではあったが、桜とミルキの狙いが一致した。ジャブを撃ち込んだ桜の右手が僅かに重くなる。

 

 ──やっとかよ!

 

 内心で喝采半分、罵倒半分のミルキ。ようやく入った重力操作だが送り込めたオーラは本当に極僅かだ。これでは大した枷にもならない。引き換え、ミルキの消耗はやや色濃くなってきている。ギリギリの精神集中を要求されたことで、想定以上に削られていた。

 

 桜は重くなった右手をにぎにぎし、

 

「おっけ、確かに受け取ったよ。

 じゃあこっからが本番ッ!」

 

 いきなりミルキと接触し、背負い投げる桜。不意を衝かれて受け身を取り損ねるミルキだったが、代わりにオーラを桜へ流し込むことにも成功している。

 

 桜は投げ飛ばしたミルキに覆いかぶさり、仰向けにしてから何と馬乗りになった。

 

 にぃっと笑う桜。

 

「しまった──!!」

 

 思わず声を上げるミルキ。この状態の桜を重くすれば、下にいる自分が重くした分だけ余計にダメージを喰らう。一方で桜は、この態勢なら重くなってもさほど影響を受けない。

 

 マウントポジションから殴りかかる桜。当然これならいくらでもオーラを流し込めるが、重くすることなど論外。殴られながらもある程度オーラを桜に流し込んだところで──

 

「りゃあッ!!」

 

 桜を軽くして、腹を跳ね上げて桜をどかせる。勢いよく弾き飛ばされる桜。

 

 空中にいる桜を、着地する前に重くするミルキ。ズンッ! と軽く地面に沈む桜。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁ……どうだ。

 調子に乗ってマウントを取ったのは失敗だったな」

「なかなかやるじゃん。

 もうちょっとパニックになるかと思ったけど、冷静に対処できてるね」

 

 かなり重量が増えているにも関わらず、身軽そうに立ち上がる桜。だが、足元は間違いなく沈んでいる。

 

「でも、ちょっとダメージをもらいすぎたね。

 まだ戦える?」

「当たり前だ……

 むしろ、これでようやく勝負に──」

 

 そう言いかけたところで、信じられないものを見た。

 

 

 

 桜が、浮いている────

 

 

 

「なぁッ……!?」

 

 桜の現重量は1トンを超える。それでも動けこそするだろうが、浮かび上がれるはずもない──

 

 

 

「私のコレは『重力操作』ではなく、引力と斥力──『分子間力制御』。

 物体に対して星の重力が働く割合に干渉するのが、重力操作。

 重力操作はあくまで割合の操作だから、限りなくゼロには近づけるけど、マイナスにはできない。

 分子間力制御なら、物体間の斥力を増大かつ引力を減衰させることで、反重力をも実現できる」

 

 

 

 桜の解説に身震いするミルキ。重力操作などというレベルではない。人間に可能なのか疑うほどの能力。

 

「ミルキの重力操作をさっき加算型って言ったけど、実際は加算乗算の混成型だね。

 軽くする時は乗算じゃないとできないし、元が軽いモノなら加算でまず基礎重量を増加させて、更にそこへ乗算して重くするわけだ。それなら効率よく重力操作できる」

「……。

 悪いが、そこまでオレは理解してやっちゃいない……」

「多分感覚的にやっちゃってるんだろうね。念ってワリといい加減でも成立しちゃうし。

 でも理解してやった方が、きっと能力は高められるよ」

「……」

 

 

 

 

 

「おい、クラピカ……

 アイツの言ってること、理解できるか?」

 

 キルアの質問に、クラピカは片目を閉じる。

 

「正直、私も理解は朧げ(おぼろ )だな……

 おそらく量子力学の分野だと思うが。

 少なくともアレは操作系で実現できる領域ではない。特質系と見るべきだろう」

 

 話しながらクラピカは、リィーナへと目を向ける。聞くだけ無駄と思っているのか一瞬たりともレオリオを視界に入れないキルアとクラピカ。

 

「そうですね……

 私が以前読んだ量子力学の書籍に、似たような解説が載っていました。

 無論、念の専門書ではなく、現代科学による解説本でしたが……」

 

 キルアは「はぁー」と息を吐いて、

 

「改めて、すげぇな念って……

 あっさりと現代科学を超えたSFみたいなことを実現できるんだもんな」

 

 沈黙するリィーナ達。確かにその通りなのだが、一流以上の念能力者が集うこの一団においても、桜のアレは常軌を逸していた。

 

 

 

 

 

「ねぇ、アイシャ……

 桜が言ってること、オレ全然分からないんだけど」

「えぇっと……すいません、ゴン。

 私も詳しく説明できるほど理解していませんので……

 あの説明を聞いたのも今が初めてですし」

「でもウラヌス、ずっとアレやってたよね?」

「そうよね。修行で重くしてた時と同じことしてるのよね?」

 

 シームとメレオロンの追撃に、「ぐっ」と呻くアイシャ。

 

「ええ……同じ能力で間違いないでしょう。

 軽くするのは得意じゃなくて、浮かせる方が楽だと言ってましたし……」

「えーっ!? 浮かせる方が楽ッ!?」

「本人はそう言っていました……

 桜のオーラ量なら無理やり浮くことはできるでしょうけど、ウラヌスは念をかけられて衰弱していた時にもやっていましたから……

 おそらく念能力を開発する際の理解力、知識量が卓絶しているんでしょう」

「うわぁー。すげぇー……」

 

 素直に感嘆するゴン。──アイシャ自身も、ウラヌスとミルキが出会えば、面白い話が聞けそうな気がするとは思っていたが、ウラヌスのアレがこれほどまでの代物とは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

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