どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第二百六十八章

 

 両手を挙げるミルキ。

 

「負けだ、負け。

 やるだけ無駄じゃないか、こんなの……」

 

 桜にかかっていた重力操作が消え、桜も浮遊を終えて地面に着地する。

 

「別にムダってことはないよ。

 ミルキにとって、この戦いはムダだった?」

 

 小首を傾げて尋ねる桜に、ミルキは力なく嘆息する。

 

「……そんなわけがないだろう。良いモノを拝ませてもらった。

 今後の参考にさせてもらう」

「そっか。

 何か聞きたいことがあったら、答えられる範囲で答えるからね」

「……まぁ機会があれば頼む。

 神字のこともさっぱり分からないままだしな」

「にゃふふ。じゃあまた後でね」

 

 好意的に返す桜に、背を向けて立ち去るミルキ。調子が狂ったような様子で頭を掻く。

 

 

 

 

 

 むず痒そうな顔で戻ってきたミルキに、

 

「どうだった、兄貴?」

「……やりづらいな」

「だろ? なんでアイツ、あんな馴れ馴れしいんだよ」

「アンタ、とっくに気づいてたでしょ?」

 

 そうビスケが声をかけると、兄弟が黙って顔を向ける。

 

「パリストンの思惑に乗って対立してるあたし達とアイシャの関係が壊れないよう、仲を(と )り成そうとしてるからに決まってるじゃない。

 だから勝負にかこつけて、親身にアドバイスしてくるんだわさ。それで自分が変人扱いされるのも覚悟の上で」

「そこまで具体的に分かってたわけじゃないけど……

 つくづくアイツってお人好しなんだな」

 

 キルアが困惑した様子で返すと、ビスケも呆れ顔で肩をすくめ、

 

「気が向いたら、見返りも求めずにホイホイ色々あげちゃうのは悪癖だと思うんだけどね。

 そのクセ、逆は嫌がるんだから始末に負えないわさ」

「逆って?」

「一方的に何かしてもらうのは嫌がるのよね、アイツ。

 借りは返さないと気が済まないクチ。借りを作ったままにしたくないんでしょうけど。

 ……今にして思えば、それも友達を作れない理由だったんだわね」

「メンドくせぇやつだな……」

 

 そうボヤいた後、キルアはリィーナへと目を向け、

 

「で、どうするんだよリィーナさん。

 残り3人で勝ち目の薄い特攻やんの?」

「……私達3人の連携はおそらく知られているでしょうし、確かに勝算は薄いでしょうね。

 さりとて、他に手立ても……」

「だったらダメ元で1人ずつ挑戦すれば?

 そこの兄さんはタイマンやりたそうにしてるぜ」

「キルア君、軽々しくそんなことを言うものではない。

 ……繰り返しますが、私は師の指示に従うまでです」

「カストロさん、あなたはどうされたいのですか?

 私に構わず、正直に仰ってください」

「……。

 3対1で戦えば、1人ずつ戦うよりもまだ僅かながら勝算はあるでしょう。そして仮に敗れたとしても、得るモノはあると思います。

 ただ……

 本音を言えば、不安もあります。

 このままで私はヒソカに勝てるのだろうかと」

「……」

「日々の修行には手応えを感じていますし、我ながら目覚ましい成長を実感しています。

 圧倒的に開いていたヒソカとの差も、かなり縮んできたという自負もあります。

 ……ですが、何かが足りない。

 勝つ為に思わぬ奇策を繰り出してくるヒソカを相手に、仮に実力で上回れたとしても、本当に勝ち切れるのだろうかと。

 その足りないモノは、彼女との手合わせでしか得られないかもしれません。

 3人ではなく、1対1で戦った時にしか」

「……手合わせだけなら、機会を改めれば受けてくれるかもしれませんよ?」

「そうかもしれません。

 ただ、おそらくそれはもう少し穏やかな手合わせになるでしょう。

 今のように緊張の糸が張り詰めた、真剣勝負にはならない。

 この時にしか得られないものがあると、私の直感が訴えています。

 ──天空闘技場で、アイシャさんから大切なことを教わった時のように」

 

 カストロの語る言葉に、静かに耳を傾けていた一同。そんな中、ビスケは腕を組み、

 

「リィーナ。アンタの負けだわさ」

「…………

 そこまで仰るなら、私はもう引き止めません。

 師として命じます。存分に手合わせをしてきなさい」

「はいッ!! ありがとうございます!」

 

 ビスケは首を斜め後ろに傾げ、

 

「あーあ。これであたしもタイマンでボコられるの確定よね……

 どうせこれもあの子の筋書き通りなんでしょうけど、あんまり面白くないわさ」

「そうでもないと思うけどな」

 

 キルアの反論に「ん?」と反応するビスケ。

 

「どういう意味だわさ?」

「全てアイツの思い通りとは限らないんじゃないかなって。

 いや、ちょっと違うか。向こうの……かな」

「だから、どういう意味よ?」

「オレ、アイツの隙を探る為に結構向こう見てて気づいたんだけどさ。

 あっちの方、特にアイシャが怪訝な顔をしてることが多いんだよ」

「それって……」

「あの桜ってヤツ、もしかして事前の相談もなしに好き勝手やってて、暴走してるんじゃないかな。

 少なくともアイシャの思惑通りにはなってない気がする」

「1枚岩じゃないってこと?」

「その言い方が正しいかな。

 アイツのお人好し加減といい、そこに付け入る隙があるかもしれない」

「……キルア君。

 面白い分析をしているところ申し訳ないが、私はもう行ってもいいかい?」

「ああ、構わないぜ。

 何も気にせず、全力で戦ってくればいいさ」

「そうさせてもらうよ」

 

 カストロは身を翻し、迷いのない足取りで桜の待つ場所へと進んでいく。

 

 

 

 

 

「待たせたね」

「ううん、それより1人で大丈夫?」

 

 衣服をヒラヒラさせて肩をすくめるカストロ。

 

「面と向かってそう言われると正直答えにくいが、無理を言って1人で挑ませてもらった。

 君には相手にとって不足かもしれないが、私も師に迷惑をかける以上、一筋でも爪痕を残すつもりだ」

「うにゃー。こわいなー」

 

 猫なで声で茶化す桜。構えながら、静かにオーラを練るカストロ。

 

「君の技量は、既に見せてもらっている。油断するつもりはない」

「あー……ビスケがいるもんね。

 私の姿形に油断なんてしてくれないか。──これでも?」

 

 桜はオーラを完全に消失させた。目前にいることが信じられないほどに(な )いだ『絶』。

 

「…………

 君が、アイシャさんと一緒にいたということを失念していたよ。

 彼女から天空闘技場の件を聞いたんだね?」

「……」

 

 答えない桜。肯定と受け取り、話を続けるカストロ。

 

「なるほど、それは私にとって苦い記憶だ。

 だが、二番煎(に ばんせん)じだな。君がどういうつもりであれ、私が手を緩めることなどない」

 

 宣言通り、力強くオーラを纏うカストロ。しかし桜は微笑みながら、

 

「二番煎じとは限らないよ?」

「……どういう意味だい?」

「アイシャの時みたいに『絶』のまま戦うつもりとは限らない、ってこと。

 ついでに言うと、目のオーラも消してるからね」

「……」

 

 桜の言葉を信じるなら、例えば離れたところからオーラを放出して攻撃した場合、桜は察知すらできずに直撃を喰らうことになる。が、何の計算もなくそんな真似をするはずがない。師から幾度となく言われたことだ。念能力者との戦いで注意を怠るな、と。

 

 仮に桜がアイシャから合気の手解(て ほど)きを受けていたとしても、カストロ自身も少なからず合気に対する戦い方は心得ている。あの時と同じ手は食わない──はずだ。

 

 意を決し、一足飛びに桜へ迫るカストロ。桜が無防備のまま攻撃を喰らう可能性も考え、身体の真横から弾き飛ばすように腕を振るい──

 

 パンッ!

 

 桜の左肩辺りを攻撃したはずが、逆にその手を弾かれるカストロ。目を剥くカストロに、桜は呆れ顔で、

 

「ぜんぜん力入ってない。

 油断しないってのはクチだけ?」

 

 不意に込み上げてきた羞恥──ようやく燻っていたカストロの闘志に火が点き、力強くオーラを練り上げ、弾かれた掌を手刀に変えて振るう。

 

 動かないままの桜の左腕にまたも弾かれたが、今度は防がれた理由を悟った。

 

「──『流』──『凝』か!」

「当たり。ネタが割れたら単純だよね。

 ゲンスルー達の時は『隠』だったけど、今は一瞬だけオーラで防いだ」

 

 カストロの言葉を肯定する桜。返事をせず、一気呵成に攻撃を仕掛けるカストロ。狙いすまして一撃を防ぐことなら出来ようが、高速戦闘でそんな器用な真似は続くまいという目論見だ。

 

 だが桜は、カストロの激しい攻撃を四肢で防いでいく。発したオーラの名残もなく。

 

 焦れながらカストロはどこかで同じ戦い方を見た気がするのだが、思い出せないでいた。

 

 が、この場にいる半数以上の者は気づいた──

 

 アレは、アイシャがキメラアントの王と交戦した際に用いた技術の1つ。

 

 『絶』の状態から、相手と接触する箇所にだけオーラを纏う──のみならず、最低限のオーラで肉体を最適に駆動させる。

 

 カストロも遠目に少しだけアイシャが王と戦う姿を見たが、ほとんど観戦出来なかった。護衛軍との戦いで全力を使い果たしたからだ。

 

 ある程度真似ることなら、この場に居合わせた者達の何人かは出来るだろう。が、桜の見せる技量はアイシャの真似などという水準ではない。

 

 『絶』から一瞬でオーラを練り上げることも、瞬間的に『流』で適切な箇所にオーラを纏うことも、相手の動きとオーラを刹那で見極めて的確に防ぐことも、全てが超絶の域にある。──アイシャと見紛うほどに。

 

 幸運にも知らなかったことで戦慄せずに済んだカストロは、果敢に桜へ連撃を繰り出す。

 

「にゃるほどねー」

 

 攻撃を弾く中で言葉を発した桜に、ようやくカストロは距離を取って息を吐く間を得る。

 

「……どうかしたのか?」

「念を覚えて、3年半だっけ?」

「……。

 そうだな……もうそんなに経ったか。

 それが何か?」

「んにゃ。攻撃力はかなりあるけど、ちょっとオーラの扱いに難ありかな。

 具体的には『流』が甘い」

「……」

「急激にオーラ量が増えた弊害だと思うけど、オーラを扱う年季が足りないせいで大量のオーラを持て余してる感じ。フェイントは別にしても、適宜適量オーラを纏わずに、常に強く纏い続ける戦い方が染みついてる。

 ──オーラを節約する気があまり無いね?」

 

 ぞくっと震え、思わず後ずさるカストロ。自分自身ですら認識していないことを見透かされた。

 

 知らず汗ばんでいた手をぎゅっと握りしめ、

 

「……

 有難い。よくぞ言ってくれた」

「ん?」

「自分でも気づかぬうちに、そんな戦術の偏りが生まれていたようだ。

 未熟なものだ……もしヒソカと戦っていれば、容易くそれを看破されただろう。

 経験の浅さを指摘してくれたこと、感謝する」

「あー、ヒソカかぁ」

「……君はヒソカのことを知っているのか?」

「うん。ちょっと前に逢った。

 かなり強いよね」

「そうか……

 1つ尋ねてもいいかい?」

「にゃに?」

「今の私と……少し前に会ったというヒソカ。

 どちらが強いと見る?」

「うーん?

 私もヒソカが本気で戦うところを見たわけじゃないしなー。

 もちろんカストロの本気もね」

「ハハ、まいったな……

 どうやらおかしなことを聞いてしまったようだ。

 すまない、どうか忘れてくれ」

「潜在オーラ量についてなら、ざっくり言えるかな。あくまで参考だけど。

 ヒソカのオーラ量は、今のカストロの……1.3倍以上」

 

 それを聞き、深く息を吐くカストロ。

 

「なるほど……純粋な力比べでも、まだ私が劣るか。

 これではヒソカの奇策に絡め取られれば、ひとたまりもなかったろうな」

「念の戦いって、そこまで単純じゃないよ?」

「それは承知している。

 だが、勝てるかもしれない程度の見込みでヒソカに挑むほど、私は愚かではない」

「ん。それがいいと思うよ」

 

 カストロは構えを変える。姿勢を低く、吐息は細く鋭く、曲げた両手の指に一段と力が籠る。

 

「この期に及んで、君の力を信じ切れていなかった非礼を詫びよう。

 ここからは武人として、君をヒソカだと思い、挑ませてもらう」

「ええー。

 ヒソカと一緒にされるのはちょっとイヤにゃー」

 

 遠くで、さもありなんと頷くアイシャ。それを「ん?」と怪訝そうに見るメレオロン。

 

 

 

 

 

「…………」

「リィーナ。あんまり落ち込むんじゃないわさ」

 

 ビスケのかける慰めの言葉に、リィーナは少し目を逸らしつつ、

 

「落ち込んでいるつもりはありませんが……

 自分の教え方に問題があったことを指摘されるのは、やはりいい気分ではありませんね。

 カストロさんがより強くなるのは喜ばしい限りですが」

「アイシャも同じ気持ちだったのかもね……」

 

 リィーナは遠くの師に目を向けると、同情するような視線を返された。

 

「……そうかもしれませんね。やはり手塩にかけた弟子ですから……

 カストロさんには(きた)るべき時に備えて、こういった実戦経験をより積んでもらった方がいいかもしれません」

「けどカストロって、ちょうどいい相手がいないのよね。

 自分と同じぐらいの競い合うライバルがいるといいんだけど。

 風間流にもあんまりいないでしょ?」

「そうですね……心源流にもいなさそうですか?」

「うーん。

 ウチはアンタみたいに上がしっかり纏めてないから、同門の把握がちゃんとできてないんだわさ。いるかもしれないけど、あたしは心当たりがないわね」

「いけませんよ、そんなことでは。

 心源流拳法師範として、有望な使い手を見出してしっかり導いていかないと」

「あたしじゃなくて、ジジイに言ってほしいわさ」

「後で伝えておきます」

「あ、ホントに言うんだ……」

 

 ビスケは余計なことを言ったのを後悔し、後で自分がネテロに叱られる未来を夢想した。

 

 

 

 

 

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