どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第二百七十一章

 

 ガガガガガガッ! ドッ! バチンッ! ゴッ!

 

 桜に対して、強化系の手練れすら軽々と圧倒するであろう拳や蹴りを繰り出すビスケ。喧嘩屋レベルの徒手空拳として振るっても脅威的な膂力だが、これに長年磨かれた武人の技術が込められているのだからたまらない。

 

「ふっ!」

 

 叩き潰すような靴底の一撃を脇スレスレでかわす桜。足を引き戻す一瞬の間に腋を締め、足を挟んだ桜が急接近する。

 

 挟まれた足を即座に振り上げ、桜ごと地に踵落としするビスケ。地が砕ける直前で桜は足を離し、ビスケの脇をすり抜けざまに軸足の膝裏を叩く。

 踵落としの最中だったので防ぎようがない──ビスケは逆らわず叩かれた軸足を曲げ、沈む勢いのまま桜に肘を落とす。

 その肘に、自身の肘を合わせる桜。弾力のある音を響かせ、ビスケは体勢を直し、桜は地面を掌で叩いて跳び上がり、ビスケから距離を取った。

 

 ぴょんぴょん元気に跳ねる桜を見やり、ビスケは気怠そうな顔で、

 

「相変わらずグルグルグルグルと、曲芸みたいに器用な立ち回りだね……

 元々奇妙な体術だったけど、それに拍車がかかってる」

「柔軟で臨機応変って言ってほしいかにゃー」

「そう言ってもいいけど、変則的すぎる上、単純にアンタがチビすぎてやりづらい」

「ええー。それはビスケに言われたくないー」

「……今のあたしは言ってもいいでしょ」

「んにゃー。体格差は私だけの責任じゃないー」

「ほぅ。この姿になれって言ったのは、いったいどこの誰だっけ?」

 

 ぴゅーぴゅぴゅー♪ とヘタな口笛を吹く桜。ビスケが呆れたように肩をすくめると、桜は不満げに唇を尖らせ、

 

「私だって、ビスケの動きに物申したいんだけどにゃー?

 さっきから気になってたんだけど──」

「待った」

 

 ビスケが掌を向けて桜の言葉を遮る。

 

「あたしはアンタに指導してほしいなんて頼んだ覚えはないよ。

 師匠を気取って主導権を握りたいんでしょうけど、せめて戦いの後にできないの?」

「えー……

 いま言わないと、正確に伝わらないかもしれないよ。

 戦いが終わって落ち着いたら、ビスケは元の姿に戻っちゃうだろうし。

 ま、気にならないなら別にいいけど。だったら教えてあげないもん」

 

 スネた様子でそっぽを向く桜。ビスケは苛立たしげな様子で腰に手を当て、

 

「……あたしとの決着がついたすぐ後で、って言いたかったんだけどね。

 話したければ勝手に話しなさい。但し、あたしが聞く耳を持つかどうかは別。下らない話だったら尚更」

 

 その注文に、桜は1つ頷き、

 

「ん。じゃあ話すね。

 ──ビスケさ。今の姿だと技量が落ちるよね?」

 

 身じろぐビスケ。心当たりがあるでしょと言わんばかりに桜は顔を覗き込み、

 

「多分、子供の姿のまま戦うことが多すぎた弊害だよね。あの姿で洗練されすぎたからか、今の姿の技術は幾分見劣りする。

 まぁ今の姿で武術を要する強敵が、ほとんどいなかったんだろうけどね。

 ……やっぱり、普段から今の姿になるべきだったんじゃない? 隠したいばっかりに、いざって時に磨いた技術で戦えないなんてもったいないよ」

 

 その指摘を受け、口の端から息を吐くビスケ。

 

「……技術が劣るなんて面と向かって言ったのは、ジジイとアンタぐらいよ」

 

 おそらくネテロのことだろう──他からも指摘を受けていたらしい。拳を固く握り、

 

「ジジイにも言ったけど、無理して何とかする必要性は感じない。

 あたしはあたしの生きたいように生きる。今更変えられないわさ」

「でもさー。

 ビスケって、子供の姿のまま弟子とかに指導するんでしょ?

 けど今の姿で教えてたら、弟子もより真剣になると思わない?」

「……残念ながら、ビビって逃げ出すヤツが大半よ。威圧的な指導には事欠かないけど、丁寧な指導なんて出来っこない」

「あー……」

 

 それ以上言葉もない桜。ビスケは構えを取り、

 

「力不足を指摘したいなら、実際にあたしを負かしてからにしなさい。

 まだ勝負は終わってないよ」

「いやいや、力は足りてるからね?

 技、わざ」

「うるさいッ!!」

 

 一喝とともに戦いが再開する。

 

 

 

 

 

「にしても、とんでもねーゴリラだな、アレ……

 改めて見たけど、他に形容しようがねーよ」

「キルアさん、それくらいにしておいてください。

 ビスケも見せたかったわけではありません。

 後、もし本人の耳に入ったら殺されますよ?」

「冗談に聞こえねー」

 

 実際リィーナも、冗談のつもりでは言っていない。そんな2人の会話に耳を傾けていたクラピカは、

 

「ビスケが本気で戦う姿を間近で見たのはこれが初めてだが……

 流石は二大流派の1つ、心源流の師範と言うべきか。

 もし私があの領域に辿り着こうとすれば、どれだけの年月を要するのだろうな……」

「彼女を目指そうとするだけでも、強い志ですよ。クラピカさん。

 並の精神なら、強化系の者ですらアレを見ただけで心が折れてしまうでしょう」

「でもリィーナさんも、あのビスケといい勝負できるんだろ?

 ライバルみたいだし」

 

 キルアの問いに、リィーナは少し答えを躊躇し、

 

「彼女のようにならずとも、戦う(すべ)はありますからね。

 風間流がそうであることを私は誇りに思います」

「武術で競うなら、むしろ風間流以外では分が悪いでしょうね。

 後は、カストロのように念で凌ぐか」

 

 クラピカの言葉を聞き、そばで寝ているカストロを済まなさそうに見るリィーナ。

 

「……彼自身が望んだことでもありますが、私やビスケと力を合わせることを前提にしたジョイント型のような能力を完成させてしまいました。

 ハマれば強いのが相互協力の特色ですが、基本単独で戦うことを望むカストロさんには合わない状況も多いでしょう」

「元は黒の書に載ってた能力だっけ?」

「そうです。それゆえ、強く引き止められませんでしたが」

 

 念の為、カストロの看病をしていたレオリオは、その会話に首を傾げ、

 

「じゃあ別に、誰が悪いって話じゃないな。

 ……黒の書の著者も悪気があったわけじゃない」

「悪意をもって、ああいったモノを書きまとめることはあり得ないでしょう。

 むしろ誤った念の身に付け方をしてほしくないがゆえの著書であったと思います」

 

 今でも一字一句違わず記憶しているリィーナは、自信を持って頷く。

 

「結局念は、使い手の考え方次第だもんな」

 

 キルアの言葉に沈黙する一同。再び意識を2人の闘争へと向ける。

 

 

 

 

 

 ビスケの攻撃は苛烈さを増し、桜が距離を空けると念弾も放つようになる。受けて立つ格好の桜に対し、攻め立てるビスケだったが──

 

 鋭い突きや叩き、蹴り、掴み、投げ、果ては大地を利した牽制や攻撃といった、多彩な攻めを繰り出すが、それらを相応の技量で桜は捌く。

 

 手刀を放ち、それで隠れる位置から念弾を放つビスケ。しかしその念弾をいとも容易く桜はあしらう。何度もここぞというタイミングでビスケも射出していたが、打撃に比べてまるで通じる気配がない。

 

 今も手の甲でスッと触れられただけで、軌道を逸らされて明後日の方へ飛んでいった。これでは一方的に損耗するだけで、撃たない方がマシだろう。

 

 彼方に着弾して地を爆砕する音を桜は背に受け、

 

「ビスケさぁー。放出苦手だよねぇ」

「……」

「撃つ機の見極めは巧いんだけど、威力がいまいちだし、飛翔速度も遅め、指向性も弱い。連続で撃てるほどタメが速くもないし、軌道も直線的で──」

「もういい、そんなことはあたしも分かってる。

 ……変化系なんだから、多少は仕方ないでしょう」

「その変化系を戦闘に活かしてないのに、放出系の修行はサボるわけ?

 努力したけど上達しないから、やらなくなったクチでしょ?」

「……」

 

 耳が痛くなる桜の指摘に、ビスケも眉をひそめるが、自身の失言に気づいたようで何も言い返さない。

 

「肉体の変化、健康維持には能力を使ってるけど、肝心な戦闘型能力を身に付けてない。まるっきり純強化系の戦い方をしてる。

 『流』の技術も、通常の『堅』であれば文句なしだけど、オーラの制御速度を速めると途端に甘くなる。だからオーラ放出がヘタれるんだよ」

「ヘタれるとまで言うか、このガキ……」

「放出がヘタなのは、どっちの姿でも同じだったけどね。

 自分の関心がないことに対して雑なんだよ、ビスケは。別に念に限った話じゃない」

「……その説教はいつまで続くの?

 もう攻撃していい?」

「それで黙らせられると思うなら、どうぞご自由に。

 聞かれたくないもんね、みんなに。特にアイシャとリィーナには」

 

 流石に一触即発の空気だったが、怒り心頭であってもビスケは動かなかった。桜もそのまま話を続ける。

 

「そもそも逃げ腰とか私に言ったけど、ビスケこそ逃げ腰じゃん」

「なに……?」

「自分はえらそーに語るのにねぇ?

 ──必要なのは、自分より強い敵に真っ向勝負を挑む意志の力」

 

 ビスケは、ビクンと身体を震わせた。桜はビスケに指を突きつけ、

 

「それって、ビスケ自身はできてる?

 自分ができてないことを、他の誰かにはやらせるの?」

「……。

 逃走癖のあるヤツにそういう精神を身に付けろ、と発破をかけることはあるけど……

 アンタのいるところで、あたしがそのセリフを吐いたことってあった?」

「さぁー?

 でも、ビスケってそうやって教えるのに、自分は逃げるんだよねー」

「あたしが何をどう逃げてるっていうの?

 カマかけてるようにしか聞こえないね」

「あ、言っちゃってもいいの?

 都合の悪いことになっても知らないよー?」

「……ここまで来たら最後まで言いなさい。

 その代わり、間違ってたらタダじゃ済まさないよ」

「うにゃー、こわーい♪

 それじゃ言うけどさ。

 ビスケって、その姿になることを望んだんでしょ?

 それってなんでか分かる?」

「……あたしも具体的な仕組みは分かってない。

 アンタに説明できるほどにはね」

「ああ、念の理屈じゃなくて、そうなることを望んだ理由の方ね。

 ──怖いからだよ」

「…………」

「傷つくのが怖い。醜くなるのが怖い。病むのが怖い。歳を取るのが怖い。

 ビスケの念能力は、全て怖れを取り除くことに偏重してる。

 強化系じゃないことを補う為に肉体を過剰なほど強靭に変貌させ、他人の偏見を避ける為に若い頃の自分を美容で保ち、病気にならないよう体調を整え、オーラが元々持つ老化防止の作用も能力で強めてる」

 

 つらつらと並べられた言葉に、ビスケはしばらく黙り込んだ後、

 

「…………。

 それはある程度みんな同じでしょうが。

 あたしだけじゃない。大なり小なりみんな怖れてるし、似たようなことをしてる」

「まーね。それは認める。

 でもビスケはどちらかと言えば、怯えがかなり強い方。徹底的と言ってもいい。

 だから自身の顕在オーラを一時的に激減させる、オーラ放出の苦手意識が拭えない」

「……。

 なるほど、それは確かに気づかなかった」

「強化系の戦い方が安全安心だもんね。

 本当は敵に近づかず遠距離で倒すのが一番なんだけど、それは相手が1人の場合。もし敵が他にいたら、隙を突かれて自分もやられちゃうから。

 反撃や仕返しが怖いから、敵対した相手は遥か格下でも手加減せずに殺しちゃう。

 自分が強いことを必要以上に隠す癖も、その方が相手も油断してくれるから。

 攻撃力防御力を常に高く保てる強化系を強く羨み、今の肉体を得るまで到った精神は、ビスケが長年培った逃げ腰な姿勢の表れじゃない?」

「……。…………」

 

 静かに、力なくうつむくビスケ。全身に汗をかき、ただ立ち尽くしている。

 

 そんなビスケの姿を、桜は切なそうに見つめ、

 

「……今も、この場から逃げ出したいでしょ?」

 

 顔を上げるビスケ。この姿をよく知るアイシャやリィーナが見たこともないほど、弱り切った様子だった。

 

「……そうね。

 念の強さは、精神の状態に大きく左右される。

 まさかあんたに、ここまで追いつめられるとは思わなかった」

「……」

「敵の言葉に耳を貸すなんて、あたしもヤキが回ったもんだ。

 まるで毒みたいに、全身から力が抜けていくよ……」

「……

 多分、言わない方がよかったよね。

 ごめんなさい……」

 

 ビスケはしばらく沈黙した後、静かに首を横へ振り、

 

「頭に来るし、たまったもんじゃないけど……

 きっとあたしが先へ進む為に、アンタは必要なことを言ってくれた。

 正直、どうしたらいいか分からないけど……

 いつまでも足踏みせずに、あたしもちょっとずつ変わっていかないとね」

 

 ゆっくりとビスケは歩きだし、心配そうに見上げる桜の頭にポンと手を乗せる。

 

「あたしの負けよ。

 ……後で仕返しにたっぷり説教してあげるから、時間作りなさい」

「うん、わかった。相談ならいくらでも乗るよ」

「アンタへの説教だって言ってるでしょうが。

 クチの減らないガキね……」

「ふふ。

 まずビスケは勇気を振り絞って、そろそろアレを使わないとね」

 

 驚いて目を丸くするビスケ。ニコニコ笑顔の桜に、

 

「……アンタ、そのことも気づいてたの?」

「うん。私もそうだったから」

「はぁー……

 ったく。自分の弱さを隠そうともしないアンタには、勝てる気がしないわね」

 

 

 

 

 

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