「アイシャ……
ビスケ、大丈夫かな?」
桜の前から立ち去るビスケを、心配そうに見つめるゴン。返答に悩むアイシャ。
「……残念ですが、桜の指摘は概ね当たっているんでしょうね。
ビスケは他流派なのでそこまで詳細に見ていませんが、思い返せばいくつか心当たりがあります。
彼女は心源流では正統派の拳法を身に付けていて、あまり特殊な技は使いたがりません。強力な技ほど自らの身を危険に晒すことも多いですから、身に付けること自体を避けたのでしょう。
踏み込みが浅いという点で、向こうにいるリィーナに一歩劣ることがあったようです」
「ビスケよりリィーナさんの方が強いの?」
「純粋な実力や2人の対戦成績だけなら、ほぼ互角と見ていいでしょう。
……ですが、私が2人と真剣勝負をするとしたら、ビスケよりもリィーナの方が手強く感じます。
相性もあるでしょうが、やはり戦いに対する姿勢の違いは否めません」
「そっか……」
「ビスケが望むなら、いくらでもリィーナと一緒に鍛えてあげたんですけどね。
あの子は私が指導しようとすると、すぐ逃げようとしますから……」
「……ビスケの逃げ癖は、アイシャの修行が原因じゃない?」
「へ?」
うんうんと頷くメレオロンとシーム。解せぬ顔のアイシャ。
落ち込んだ様子でリィーナ達の元へ戻ってきたビスケ。体格に見合わない弱りようで、筋肉にも張りがない。
「嫌な予感はしてたけど、想像以上に酷い目に遭わされたわさ……」
「申し訳ありませんでした、ビスケ。後で改めて謝罪させてください」
「……別にいいわよ。
謝らせるなら、あっちにさせるから。
ホントに言いたい放題、好きに言ってくれちゃってまぁ……」
「オレ達と同じじゃん。
要はビスケも修行不足だったってことだろ?」
ジロリと睨むビスケ。が、いくら筋骨隆々でもここまで覇気がない有様では、キルアも慄かない。
「心源流拳法の真髄、拝見させていただきました。
機会があれば、その姿でのご指導も賜りたいです」
そうクラピカが申し出るが、流石に世辞であると気づいたらしく、ビスケは「フン」と鼻を鳴らし、
「真髄なんて言われても、あのガキには見劣りするなんて言われたけどね。
しかもそれで負けてりゃ世話ない」
「つっても、勝負を下りただけでまだ余力ありそうじゃん。
もう少し粘って、アイツのオーラ削った方が良かったんじゃね?」
キルアの軽口に、ようやく少し気力を取り戻したのか威圧を込めてビスケは、
「アンタがそれをあたしに言うわけ?
あそこからビビって逃げだしたのは、どこの誰よ?」
「それをしたばっかりのビスケが言ってりゃ、それこそ世話ないぜ」
「チッ」
分かりやすく舌打ちしたビスケは、桜の様子を見やり、
「……あいつ、どんなスタミナしてるのよ。
オーラが底なしでもない限り、あんないつまでも平然と……」
「いや……
ビスケは戦ってたから気づかないかもしれねーけど、ようやく疲れてきたみたいだぜ」
そのキルアの言葉に、ビスケは桜へ改めて注意を向ける。
「……。
確かに少し疲れた顔をしてるわね。演技でなければだけど」
「実際の程度は分からないけど、オーラが減ってるのは確実だろ。
特にカストロとビスケの戦いで大きく削れたとは思うけどな」
「だといいんだけど……」
「ねぇ、アイシャ……
桜に水を持って行ってもいい?」
「……構いませんよ。私も付いていきましょうか?」
「ううん、ボクだけでいい」
危険性を考えれば承諾しがたいが、やんわりとシームが拒絶したのと、あまり甘やかすのも良くないと考え、シームの意思を尊重するアイシャ。
ちゃっぽちゃっぽと音を立てて近くへ来たシームに目を向ける桜。
「どしたの、シーム?
お水なんてわざわざ持ってきて」
「喉乾いてるかなと思って」
「んー……せっかくだから、もらっとこうかな」
素直にペットボトルを受け取る桜。相手陣営から意識を切らないまま、水を呷る。
「んっんっんっ…………
はぁー。
もういいよ、ありがと」
「桜、疲れてる?」
尋ねるシームに、桜は首を傾げ、
「どうしてそう思うの?」
「ずっとスゴイ戦いしてるし……
なんかちょっとだけ肌が白い気がして」
「うーん……
言われてみれば、少し血の巡りが悪いかも。
休めば整えられると思うけど、これくらいなら疲れたうちに入らないよ」
「ホントに大丈夫?」
心配そうなシームの頭を、桜は手を伸ばして優しく撫で、
「大丈夫だって。
もうじき終わるだろうから、そしたら美味しいモノ食べに行こ?
楽しみに待ってて」
「桜……次の人で最後だよね?」
「……
次はいよいよ、向こうの大将だね。一番の強敵かな」
あちらを眺め、どことなく不穏さを漂わせる桜。シームは不安を拭いきれず、
「さっきも言ったけど、あんまりムチャしないでね」
「ん……」
ビスケは息を吐いてリィーナを見やり、
「リィーナ。いよいよ大将戦だけど、行くのよね?」
「この期に及んで私1人が敵前逃亡などという真似をすれば、今は
私なりにやれる限りのことはするつもりです」
「そのままで行くの?」
「……」
「あたしが途中で切り上げた理由の1つはそれ。
今なら残ったあたしのオーラをあげられる。
あの子も消耗してるだろうし、少しでも勝率を上げたいのなら──」
静かに首を振るリィーナ。横に。
「本当にいいの?」
「確かに少しでも勝ち目を増やしたいのなら、あなたの好意を受け取るべきでしょう。
ですが、カストロさんは私と連携せずに1人であの子に立ち向かいました。
既にあなた達には充分援護していただいています。これ以上助力を受けては、師として弟子に示しが付きません」
「……あんたも意地っ張りね」
「私の意地から始まった戦いですからね。
最後まで貫かせていただきます」
「そ。……頑張ってらっしゃい」
「リィーナさん、応援しています。
相手は武器を具現化するかもしれませんので気をつけてください」
「オレが言うのもなんだけど、落ち着いていけよ。スピードには注意な」
「アイツを重くしてやれなくてすまなかった。キルの言う通り、あの素早さには警戒してくれ」
「あんま無茶して大怪我しないでくれよな。必ず治してはやるけど」
「……師よ。ご武運を」
それぞれの声援や助言の中、カストロのかすれ声が聞こえた。目を覚ましたようだ。
リィーナは悲愴感すら漂う微笑みで応え、
「みなさま、行ってまいります」
そう告げて、リィーナは戦場へと向かった。
「お待たせいたしました。
本来なら早々に私も出てくるべきだったのでしょうが……」
やや距離を置いて対峙する2人。畏まってそう告げるリィーナに、桜は苦笑で返し、
「別に待ちわびたってほどじゃないかな。
多分、逐次戦力投入してくるかなって予想してたし」
「こちらが総力戦を仕掛けるとは思わなかったのですか?」
「可能性は低いと思ってた。
作戦もなくヘタ打って、いきなり一網打尽にされることも警戒しただろうし。
まぁその読みは当たってたんじゃない?」
「……アイシャさんと戦うつもりでしたからね。
無論あなたの参戦も可能性として考えましたが、事前に作戦は立てられませんでした。
少なくともアイシャさんと連携を取って戦うことはないだろうと思っていましたが」
「アイシャは1人で戦いたがるから?」
「……」
「まぁ私相手だと、単純に私の切れる札が多いから対策が難しいし、情報も古くてアテにならなかっただろうからね。
結局今の今まで作戦らしい作戦は立てられなかったみたいだし、流れのまま今に到ったって感じだよねー」
「まだ決着はついていませんよ」
「それはもちろんそう。
……なんだけど。リィーナさぁ、ホントに勝つ気ある?」
「無論、全力は尽くします」
「本当にそう?
ビスケの協力断ったみたいだけど、それで勝算あるつもり?」
「……」
「なーんか納得いかないんだよね。
もちろんそれも作戦のうちってことなら、これ以上とやかく言わないけど。
もしイイトコなしで終わっちゃったら、アイシャや皆に悪いよ?」
「皆さんはもちろんその通りですが、アイシャさんは……」
「現状は対立してるとは言え、少なくともアイシャはリィーナの健闘を期待してると思うけどな。それとも期待されてない方がいい?」
「……そんなわけがありません」
「ふーん。
じゃあビスケの力を借りずとも、善戦できる想定なんだ? ふーん……」
桜の思わしげな様子に、リィーナは怪訝そうな顔をし、
「私がビスケの助力を得ないと、あなたにとって何か不都合でも?」
「うん?」
「あなたの口ぶりだとそのように受け取れますね。
言葉をお返ししますが、あなたこそ本当に勝つ気はありますか?」
「…………」
「キルアさんも言っていましたが、本気で勝ちたいなら私達が相談している隙をついて、奇襲を仕掛ければあっさり壊滅させられたでしょうに」
「……だって、そのキルアがずっと奇襲警戒してたし」
「それでも奇襲を強行すれば、壊滅する結果に変わりはなかったでしょう。そんなことはあなたも気づいていたはず。
あなたが私達に実戦を通して指導しようとしているのは分かっています。
そうすることで私達とアイシャさんの仲を険悪にすることなく、互いに納得のいく形で決着をつけたいのでしょう」
「うーん……」
「であれば。
私がビスケの助力を得なかった理由も察しがついているはずです」
「えー……
そんなこと言われると、やりづらいんだけどにゃー」
「お互い様です。……私はもう、あなたの好意に甘える覚悟を決めました。
そもそも戦っている相手にあなたは気を使いすぎです。昔から言っているでしょう」
「あー、うん。分かった。
リィーナのペースなのは面白くないけど、もう始めよ……」
桜の方が音を上げ、会話を打ち切った。それに応じて、リィーナがオーラを纏う。
対して桜は、カストロ戦序盤の時と同じくオーラを纏っていない。
双方、相手の出方を待つ。──リィーナはいつでも【貴婦人の手袋/ブラックローズ&ホワイトローズシャーリンググローブ】を具現化する準備が整っているが、現状は意味がない為にまだ出していない。
互いに隙を見せない中、桜がゆるりと歩いた。リィーナは辛抱強く待ち、桜が間合いに入った瞬間、右手で衣服の端を取りに行く。
避けるかと思えば、むしろ掴ませにいく桜。そのせいで深く掴んでしまい、リィーナが合気を放つのに数瞬の間が生じる。桜がリィーナの浮いた左腕を掴み返す。
合気で投げれば自身も巻き込まれると判断し、リィーナは掴んだ衣服を放しながら桜の掴み手を弾く。
おりょ、勝負しないの? ──という桜の表情。まさかオーラすら纏わずに合気で挑むつもりかとリィーナは驚くが、そもそも自分の力に
ふっとリィーナの視界から桜が消える。左右背後や跳躍を警戒したリィーナだったが、桜は沈み込むようにしゃがんだだけだ。自ら体勢を崩すなど想定の外。
桜はリィーナの両足首を掴み、微振動。ガクンと両膝が曲がり、気づいた時には尻餅をついていたリィーナ。
膝だけ立っているリィーナのそれに手をかけ、よいしょっと立ち上がる桜。どんな力の入れ方をしているのか、リィーナがどれだけ膝を動かそうとしても動かせない。
「一度制されると逆転が難しいのが合気の怖いところだよね」
「これも……合気だというのですか……!」
「風間流だけが合気じゃないでしょ?」
自身の知らない合気の技があることに衝撃を受けるリィーナへ、ぬけぬけと言い放つ桜。
ようやく桜が膝から手を放し、急いで飛び退くリィーナ。呼吸を整えながら、
「……風間流と一口に言っても、一門派だけではありませんからね。
私達の風間流合気柔術とは別に、風間流の源流からの派生は幾つか存在するようですが……」
「まぁそだね。
特にジャポンには、風間流以外にも合気を取り入れた門派ぐらいあるだろうし。
でも音に聞こえてこない以上、そんなマイナー武術が風間流を技術レベルで上回るとは思えないもんね?
むしろリィーナ達のところへ教わりに来ることの方が多いだろうし」
「……違うのですか?」
「違うね。誰かに教わったのかって聞きたかったんだろうけど、いちおう自己流。
もちろん風間流から盗んだ部分がないとは言わないけど」
「アイシャさんから教わったと言われた方が、よほど納得がいくのですが……」
「本人に確認してみれば?」
視線こそ桜から離さないが、向こうにいるアイシャへと意識を向けるリィーナ。視界の内側で、師が首を横に振る様子が映る。
「そんなバカな……」
念能力であったなら、リィーナも腑に落ちただろう。だが桜は変わらずオーラを纏っておらず、能力を発動した気配もない。そんな状態で、オーラを纏うリィーナを崩したのみならず動きまで封じてみせたのだ──それが合気でなければなんなのか。
「どうしてさっきみたいな結果になったのか。分かる?」
問われ、リィーナは答えに詰まる。桜の技を合気だと認めるのは簡単だ。だが理屈すら分からないと認めるのは流石にプライドが許さない。
「別に合気の技術でリィーナが劣ってるわけじゃないよ。
初見で防ぐのが難しいのは当然だし、私はアイシャが修行するところを見てたからね。リィーナの合気に対処できたのもそれが一番の理由。
問題は、そこじゃない」
「……」
桜は沈黙するリィーナにゆるりと指を突きつけ、
「リィーナが風間流で来るのは分かり切ってたからね。
──で。どうして風間流しか用いないの?」