どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第二百七十三章

 

 動かず、沈黙し続ける2人。

 

 指を突きつけられたリィーナは、やがて重々しく口を開き、

 

「……どうして、とは?」

「トボけてもダメ。

 私が風間流に対して最大限警戒してるのは百も承知だったでしょ。

 それなのに、そのまま風間流で挑んできた。

 敵の動きを読むことが必須の合気柔術の総元締めが、他の武術への理解に乏しいわけがない。手強いと判断したら未知のままにせず、必ず調査研究してるはず」

「総元締めなどという妙な呼称はやめてください。

 正しくは本部長、です」

「ああ、うん、それは訂正する。

 本部長ね」

「……他の武術の研究にも努めている点については認めます。

 あなたの言う通り、合気を極める為にはそれも必須の修行ですので。

 ですが……」

「にわか仕込みの他流派より、慣れた風間流の方が私に通じると思った?

 それはちょっと無理があるでしょ。好む好まないはさておき、ちゃんと修行してるなら良く見知った心源流拳法をヘタな達人より上手く扱えるんじゃない?」

「……充分に理解していたとしても、それでもあなたに使い慣れない心源流が通じるとは思えません」

「そうかもしれないけど。

 心源流って、これといったテーマがあるわけじゃなく、ワリと闇鍋みたいにごちゃ混ぜ武術なところがあるからさ。

 テーマのはっきりした風間流よりは、私も動きを読みにくかったと思うけど。

 それともリィーナにとって、相手に読みを絞らせないことは重要じゃないわけ?」

「…………」

「何してくるか分かってたら、対処されて当たり前。

 なのに、なんで虚を衝こうとしないのさ。

 合気って愚直に真っ向勝負しかできない武術だっけ?」

「く……」

「蒸し返しになっちゃうけど、ホントに勝つ気ある?

 だらだら様子見で余裕ぶっこいてたら、次の瞬間には負けてるかもよ」

 

 リィーナは、戦いを見守る真剣な師の顔を遠目に見据えた後、静かに息を吐き、

 

「……あなたの忠告は受け取りました。

 お望み通り、ここからは勝つ為に全力を尽くします」

 

 顕在オーラを全開にするリィーナ。先ほどまでの静かな状態と打って変わり、『堅』で激しくオーラを纏う。

 

 桜は嬉しさを隠さず笑顔を見せ、応じるように精孔を開いてオーラを揮った。

 

 ──が、『堅』ではない。オーラは桜の周囲に留まらず不定形に広がりを見せる。

 

 リィーナは、桜が『円』をしたのかと思ったが、

 

「いえ、これはまさか──『練』ッ!?」

 

「アタリ♪ 掴めるものなら掴んでごらん」

 

 距離を詰める桜。自信はなかったものの、リィーナも【貴婦人の手袋】を具現化して、迎え撃つ。

 

 桜のオーラにリィーナの手袋が触れる──手応え。掴むことには成功したが、

 

「くっ!」

 

 その掴んだオーラに合気を仕掛けても、まるで桜に通じていない。動きを逸らすことも出来ず近接され、やむなくリィーナは桜のオーラを手放して桜の身体を掴む。

 

「おぉっと」

 

 身体を掴まれるとは思ってなかったのか、あっさり投げ飛ばされる桜。だがリィーナも苦し紛れに放っただけなので、離れた位置で桜は身軽に着地する。

 

 改めて観察するリィーナ。桜はオーラを身に纏わず、辺りへただ拡散させている──

 

 まともに考えれば有効な戦術ではない。そんなことをすれば、みるみるうちにオーラを消耗し、じきに力尽きるだろう。ひたすら時間を稼いで、オーラ切れを待つだけで決着がつく。

 

 反面、リィーナの【貴婦人の手袋】によるオーラ把持(は じ )を、確かに無効化も出来ていた。いくらオーラを掴もうとも、身に纏わぬオーラでは意味がない。吐いた空気を掴むようなものだ。

 

 似たような手で【貴婦人の手袋】に掴まれた瞬間『絶』に切り替えるという手段もある。ただこの対処法も大きな欠点があり、リィーナに掴まれたオーラを切り離すことになる為、その分のオーラは吸収されるされないに関わらず確実に失われてしまう。

 

 いずれにしろ、リィーナ未満の潜在オーラ量しか保有しない念能力者では、太刀打ちが困難な能力である。桜はさておき、この場でリィーナに勝つ可能性があるのはアイシャとビスケぐらいしか居ないだろう。

 

 ただ──

 

 桜はオーラを消す。隙を窺うリィーナへ不敵に笑い、

 

「確信した。

 リィーナの合気、精度が落ちてるね」

 

 動揺を悟られまいとしたが、無表情になってしまうリィーナ。

 

「……何を根拠にそのような?」

「昔戦った時の方が、もっと洗練されてたよ。付け入る隙がないってあのことだと思う。

 私の記憶違いでなければ、純粋な合気の技量はアイシャと遜色ない領域に達してたよ」

「……」

「別に修行不足ってわけじゃないでしょ?

 メチャクチャ忙しいとは思うけど、腕を落とすほど多忙になるくらいならスケジュールなんとかする方を選ぶだろうし」

「それはその通りですが……うっ」

 

 師が首を傾げている様子を目にして、リィーナは今度こそ動揺する。

 

 桜は顎に人差し指を当て、小首を傾げながら、

 

「いちおうフォローするけど、別に精度が下がるのは必ずしも悪いことじゃない。

 何か試行錯誤してるなら当たり前だし、徹底的に鍛え直したりすれば肉体と高度な技の不一致が一時的に起こるのは避けられないからね」

「…………」

「何が言いたいか分かる?

 この場で言ってもよければ言うけど」

「……。

 いえ、待ってください」

「──あたしからも待った!」

 

 なんとビスケが横槍を入れてきた。相変わらず筋骨隆々の姿で桜とリィーナのところへやってきて、

 

「ビスケ、あなたまで出てくる必要は……」

「いーえ、あたしも口を挟むわよ。

 さっきから見ちゃらんないわさ、まったく……」

「ビスケ、手を出すのはダメだよ?」

「分かってるわよ、あたしはとっくに降りたんだから。

 そんなことよりアンタ、心源流のことにまで厭味(いやみ )ったらしく言及してくれちゃってまぁ……」

「別に言ってないもん、そんなの」

「言ってたでしょうが、心源流なら通じるだの、ヘタな達人よりどうだの。

 さっきのアンタとあたしの勝負見た後じゃ、慣れない心源流で挑む気になんてなるわけないでしょうが!」

「ヘタな達人は、ビスケのつもりで言ってないよぉ……」

「すいません、ビスケ。私も配慮が足りていませんでした」

「2人とも、そんな気の使い方をするんじゃない!

 逆に腹が立つわさ!」

「ごめんごめん。

 で、ビスケはなんでわざわざ来たの?」

「おっと、本題を忘れるところだった。

 アンタいまさっき、余計なこと言おうとしてたでしょ。

 流石に戦いと関係ないことまで人前で説教するのは勘弁ならないわよ」

「……もしかしてビスケ、後で説教するとか言ってたのって、そのこと?」

「良い勘してるわね。その通りよ。

 まだ戦闘技術に関することは聞いてあげなくもないけど、プライバシーに関わることはせめて人前では避けなさい。

 知れ渡ったことで、後で問題が発生したらどうするの?」

「あー、うー……

 それを言われるとなー……」

「だからせめて戦いの後にしろって言ってるんだわさ。

 リィーナも立場があるんだから……」

「んー……

 じゃあ、こうしよっか」

 

 桜はパンッ! と大きく手を鳴らし、

 

「ちょっと内緒話するから、しばらく待ってて!」

 

 そう宣言して、桜は『円』を展開した。桜とリィーナとビスケを包み込む。

 

 が、通常の『円』ではなく、外から見ると不透明で白く発光していた。外殻から多層のオーラで覆われている。

 

 リィーナとビスケは、その球体の内側から不可解そうに観察する。

 

「外から何も聞こえなくなったでしょ?

 これなら音は漏れないし、見えないから読唇される心配もない。

 誰かがオーラを通そうとしても、貫通すらできないと思う」

「アンタも器用なことするわね……」

 

 呆れたようにつぶやき、ビスケは溜め息を吐く。

 

「さ、ビスケ。場は整えたんだから、本音で話そ?」

「……」

「ビスケ? どうしました?」

「本当はリィーナの秘密を隠したいんじゃなくて、リィーナにバラしてほしくなかったんでしょ? あのことを」

「あんた……」

「いずれ知られることなんだから、諦めようよソレは」

「さっきから何の話をしているのですか、2人とも?」

 

 困惑するリィーナに、視線を落とすビスケ。

 

「そのことを話す前に、まずリィーナからね。

 ──『魔女の若返り薬』、使ったよね?」

「……っ」

「見た目には変わりないように見えるから、他の人達にはバレなかったかもしれないけど。

 もう体内の生命力の漲り方がまるで違う。単純に量もだけど、質がかなり向上してる。

 厳密には、今まで緩やかだった力の流れが、身体の隅々までしっかり行き渡ってる」

「……そうでしたね。

 あなたはそういうものが見えるんでしたね」

「私も若返り薬を使ったから、流石に分かっちゃった。

 ビスケの【魔法美容師/マジカルエステ】によるアンチエイジングも万能じゃないからねぇ」

 

 桜の言い様に、不快そうな顔をするビスケ。

 

「あんたさぁ……

 やってもらったこともないくせに」

「ホントのことじゃん。

 重病や重傷を治せないし、あくまでも外からマッサージした効果が及ぶ範囲に限られるわけでしょ? 若返り効果に整体や美肌作用諸々を加えてるから万能に見えるだけで。

 それとも念能力者の寿命を延ばす効果があるわけ?」

「それは……」

「念能力者に無闇な長寿者がいるのは、そもそもオーラに細胞を活性化させる作用があるからで、健康に過ごせば病気も怪我もできるだけせずに長生きできるってだけの話だし」

「あんた、そこまで分かってて……」

「別に【魔法美容師】を悪く言ってるんじゃないよ。万能じゃないってだけ。

 だからこそリィーナは若返り薬を使ったわけだし。

 リィーナなら分かるだろうけど、細胞レベルで生まれ変わったって実感あるでしょ?」

「……。否定はできませんね」

「どうしたって加齢による劣化は留めることはできても、止めることはできないからね。

 もし万能なら、【魔法美容師】の施術を1回受ければ充分なはずで、実際には定期的に受けないと若返り効果を維持できないと思うけど」

「……ほんっと、アンタも痛いトコ突くわね」

「まぁ話が逸れすぎてるから、ちょっと戻すね。

 いちおう確認だけど、リィーナがそんなに若返りたかったのはどうして?

 見た目だけなら、今までとそんなに変わってないと思うけど」

「…………」

 

 尋ねられて俯くリィーナ。しばらく待っても言葉を返さない。

 

「いくつか理由はありそうだけど、一番はアイシャと同じくらい若返りたかったからかな。

 師のリュウショウがそうなったんだから、弟子もそうなりたいっていう」

「……」

「リィーナ、あんたの先生狂いも相当なもんね……」

「まぁ師が先立って悲しい思いをしたから、そういう思いをアイシャにさせたくないってのもあるんじゃない?

 私はその気持ち分かるけど」

「……よく分かりましたね。

 そういう感情があったことは認めます」

「それにビスケの【魔法美容師】をずっと受けられる保証もないからね。

 若返り薬を使う理由は充分すぎると思う」

 

 そこまで言って、ビスケに視線を向ける桜。

 

「……なに?」

「ビスケは若返り薬を使ってないよね。どして?」

 

 俯いていたリィーナが、ビクンっと視線を上げる。ビスケは明らかにたじろいだ顔で、

 

「ど……。

 どうしてって……」

「このことに触れてほしくなかったんでしょ?

 リィーナの合気の精度が落ちた理由、ビスケは心当たりあるんじゃない?」

「そ……。……」

「もちろんビスケは【魔法美容師】をいつでも使えるし、見た目も問題ない。

 でも若返り薬をビスケも手に入れてる。

 【魔法美容師】による若返りが万能じゃないことを、誰よりビスケ自身が理解してる」

「ちっ……

 その通りよ。で、それがどうかしたの?」

「なら警戒したはずだよね。

 ──『魔女の若返り薬』の効果にも問題があるんじゃないかって」

「……っ!」

「私も事前にかなり警戒したんだよ。何か副作用だったり問題あるんじゃないかと思って、念入りに調査してから使ってる。

 ……誰かが先に使ってくれて、それを観察出来たら一番安全だったけど」

 

 俯いて目をつぶり、大きな肉体を震わせるビスケ。

 

「あんた……!!」

「ビスケ。……リィーナは気づいてたよ」

 

 目を見開き、ビスケはリィーナを凝視する。

 

「……確信があったわけではありませんが。

 もしビスケが使っていたら、何らかの変化は生じているだろうとは思いました。

 いつまでも特に違いを感じられませんでしたので、おそらく……そうだろうとは」

「……」

「あなたは私ほどには、若返る強い動機がありませんからね。

 それに……私が若返り薬を使って身体に異変が生じた時、相談できそうなのはビスケ、あなたぐらいしか居ませんでしたから。あなたの能力ならケアできる可能性はありますが、使う順番が逆ではそういうわけにはいきません。

 ですから……私が先に薬を使って、あなたにその経過を観察してもらうのは、何も問題なかったのです」

「…………。

 ごめん……事前にそういう相談をすべきだったわね……」

「私の方こそ、予め相談もせず若返り薬を先に使ってしまい、申し訳ありません……」

 

 謝り合う2人をしばらく見つめた後、桜は少し困った顔で、

 

「……で、問題あったんだよね。

 悪いこととは言えないんだけど、若返ったことでオーラの制御が難しくなっちゃった。

 それが合気の精度を下げることにも繋がった」

「……やはり気づいていましたか。

 具体的な理由は分かりますか?」

「ちょっとややこしいことになってるんだよね。んー……」

「オーラ量が急に増えすぎたからじゃないの?

 あたしはそう思ってたんだけど」

「いや、オーラ量が増えすぎたことが直接の原因ではないかな。

 元々リィーナは【貴婦人の手袋】で過剰なオーラを扱うことはあるわけだし。

 精神力は以前とそこまで変わらないんだけど、若返る前と後で生命力が激増してる。

 ビスケとリィーナの潜在オーラって、昔はビスケの方が少し上……

 具体的な数値で言うとビスケは20万近かったんだけど、今のリィーナって24万以上あるんだよ。つまり少なくとも5万以上のオーラに還元できる分の生命力が増えてる。

 そうなったことで、体内でオーラとして練り上げる時の生命力と精神力の比率が変わりすぎちゃったんだよ。当然オーラの性質は大きく変わってくる。

 特に生命力を多く含んだオーラって制御が難しくなるから、今までの慣れた感覚のままオーラを制御しようとして、全然うまくいかなくなったんだと思う。

 って、こんな感じの説明しかできないんだけど、リィーナは分かる?」

「……。なんとなくは。

 それによってオーラの制御が一時的に困難になり、『流』と合気の動きにズレが生じたわけですね……」

「体術とオーラの流れが噛み合わず、ぎこちなくなっちゃったんだろうね。

 高度な技量を求められる合気を用いずに、技のレベルを落とすか風間流を使わなければ問題ないんだろうけど……」

「それはできません」

「アイシャが見てるから?

 ……アイシャも、精度の落ちた合気を見せられても困ると思うけど」

「そ、それは……」

「勝ちに拘った姿勢を見せてるなら、風間流を使わなくてもアイシャの不興を買うことはないんじゃないかな。

 まぁアイシャの性転換を邪魔するのが大して重要じゃないなら、別にいいけど」

「……」

「私には、リィーナが引っ込みつかなくなって、何とか綺麗に収められないか苦心してるように見えるけどね。

 謝ったら済む話だと──」

「ストップ。

 あんた、そろそろ言い過ぎよ。

 リィーナに気を使うつもりがあるなら、それくらいにしときなさい」

 

 ビスケに妨げられ、不満そうにしながらも黙り込む桜。

 

「リィーナ。もう1度聞くけど、あたしのオーラを受け取る気はないの?

 勝算があるとしたら、それくらいしかないと思うけど。

 どう考えたって、このままじゃ戦況を引っくりかえせないでしょ」

「そうかもしれませんが……」

「ビスケ。

 勝負を降りたんだったら、リィーナにオーラを渡すのは問題あると思うよ。

 相談ぐらいは構わないけど、そこまで認めるとキリがなくなっちゃう。

 リィーナが戦い始める前だったら見逃してもよかったけど……」

「なによ、あんたもケチくさいわねー」

「んにゃー。ケチくさいとか言われても。

 それをアリにしたらビスケ以外の仲間までそれをやりだしかねないし、なし崩しにまた勝負しかけてくる人がいるかもしれないもん。

 もう負けた人が、まだ負けてない人を念で支援するのは無し」

「でもあんた、レオリオが怪我人の治療するのは認めてたじゃないの」

「レオリオは負けを認めたわけじゃないし、治療する対象も戦って負けた後の人だけだよ。

 『負けた人が、負けてない人を念で支援する』のには含まれてないもん」

「あんたも細かいこと気にするわね……」

「ビスケ、もういいですよ。

 あなたのお気持ちは嬉しいですが、この子の言う通り、まだ戦う資格を持つ者の前提がボヤけてしまいかねません。

 それにこんなことはあまり言いたくありませんが、ゲンスルーさん達に対する抑止力が必要ですから。できればあなたに余力を残しておいてほしいのです」

「そういえば、そうだったわね……

 じゃあ仕方ないか」

 

 こめかみを掻いて、ビスケは諦めた表情。

 

「まぁその代わりと言ってはなんだけど……」

 

 桜はリィーナに向かって、手を差し伸べた。オーラを纏った小さな右手を。

 

「好きなだけ持っていっていいよ。

 ──私のオーラ」

 

 

 

 

 

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