どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第二百七十四章

 

「どういうつもりですか……?」

「私の好意に甘えるって言ってたじゃん。

 だからあげる。好きなだけ、私のオーラを」

「あんた、正気なの……?」

 

 思わぬ大奉仕にむしろ慄くリィーナとビスケに対し、桜は微笑みを絶やさないまま、

 

「このままだと勝負にならないのは分かったでしょ?

 リィーナも、私がわざとオーラを奪わせることを期待してたんだろうし。

 お互い承知の上なら、細かい駆け引きなんて時間の無駄だよ」

「いえ、そこまで露骨に塩を送ってくることを期待していたわけではありませんが……

 あなたのことですからふざけているわけではないでしょうが、こんな真似をして、後悔しても知りませんよ?」

「大丈夫。

 ──それでも私が勝つから。遠慮しないで」

 

 力強く言い放つ桜。リィーナはしばらく逡巡した後、

 

「そこまで仰るなら、もう遠慮は致しません」

 

 桜の伸ばす手から溢れるオーラに【貴婦人の手袋】で触れ、吸収し始めた。

 

 吸収される端から桜はオーラを纏い、それを次々リィーナは吸収していく。

 

 その様子を黙って見守るビスケ。こんなことをして戦況が引っくりかえらないとはどうしても信じられなかった。もしそれが本当なら、ビスケがオーラを渡したところで全くの無意味だっただろう。

 

 みるみるうちに桜の顕在オーラが、リィーナの蓄積オーラへと還元されていき──

 

 リィーナが吸収を終えた。静かに手を下ろし、

 

「……。もう充分です」

「それで大丈夫? 問題ない?」

「……

 どこからその自信が湧いてくるのか分かりませんが、問題ありません。

 いつでも『円』を解いていただいて結構です。

 ビスケが離れたら勝負再開で」

「分かった」

「……。さらっと重い役目負わせてくるわね。

 ま、あたしも分かったわさ」

 

 ふっと『円』が消える。ビスケがその場から飛び退いた瞬間──

 

 ボゥッ!!

 

 リィーナと桜が、一斉に膨大なオーラを解き放った。

 

 一瞬速くオーラを纏い終えた桜がゆるりと歩き、

 

「はっ!」

 

 裂帛の息吹とともに裏拳、僅かにズラして分かりづらい足払いを放つリィーナ。

 

 桜は裏拳に裏拳を合わせつつ、足払いを受ける寸前わざと足を浮かせ、リィーナの足に絡ませる。

 

 互いに体勢を崩しながら両手で掴み合う──

 

 倒れながら大地の上で秒に十数回転する2人。上の取り合い、体勢の崩し合い、やがて回転が鈍り、

 

「よっと!」

 

 地を背にしたリィーナの身体を両手で押し、伏せた態勢のまま上空へ飛ぶ桜。

 

 対し即座にリィーナも体勢を立て直し、その桜の着地に狙いを据える。

 

 桜は頭を下にして落ちていき──

 

 パァンッ!

 

 リィーナが叩きつける腕に対し、桜は拮抗する力と角度で腕を叩き返した。もう片手でリィーナの肩を掴み、更なる動きを制する。

 

「く……」

「風間流奥義、木葉舞──だっけ?

 技がハマれば強力だろうけど、技の入りはあんまりねぇ。良くないというか」

 

 桜が素直に落ちて来た時点で読まれていることを見抜けなかったリィーナも悪いのだが、アイシャの見ている前でこの技を放ちたいだろうと桜が誘いをかけたのだ。更に逆さまに落ちながらリィーナに動きを読み違えさせつつ正確に防ぎ切った桜の重心制御も凄まじいレベルだ。むしろ桜が上手(うわて )だったと見るべきか。

 

 

 

 

 

 いったん間合いを空けて、隙を窺う2人を遠くで眺めながら、

 

「おいおいおい……

 いきなり始まったと思ったら、なんだよアレ……

 一体なにやってんだ」

 

 ただただ状況が分からず困惑するレオリオに、戻ってきたビスケが溜め息を吐き、

 

「見たまんまよ。

 2人ともオーラ全開で、合気柔術の応酬をしてるのよ。

 ウラヌスの方は我流みたいだけど」

「いやいや、そうじゃなくて……

 リィーナさんはアレ、オーラを吸収したのか?」

「……そうよ。あたしじゃなくて、あいつのね。

 だからアイシャ並みの顕在オーラを出してるんだわさ」

「はっ!?

 じゃあなんであの子の方は、おんなじくらいのオーラで戦ってんだよっ!?

 吸収されたんなら、尚更あり得ねぇだろ!」

「ってことはさ……

 あいつ、アイシャよりオーラ量は上ってことか?」

 

 厳しい顔つきのキルアに対し、ビスケも厳しい表情で、

 

「順当にいけばそうなるわね……

 リィーナみたいに能力でそうしてるかもしれないから、言い切れはしないけど」

「顕在オーラって、そんな簡単に増やせるもんなのか?」

 

 レオリオの問いかけに、一同は色よい反応をしない。

 

 ビスケは重々しく口を開き、

 

「……能力は別にして、修行で容易くどうこうなるもんじゃないわね。

 顕在オーラって『堅』で留められるオーラの量だから、一時的に無理やり増やせなくはないけど、急激にオーラを減らすことにも繋がる。留められないオーラはすぐに肉体から離れていくから。

 でもあいつはそうなっていない……逆にリィーナはどんどん磨り減ってるけど」

「待ってくれ……

 リィーナさんの能力ですらそうなっちまうのに、あの子はそうなってないだと?」

「そう……

 それはつまり、少なくとも実力相応のオーラを纏っていることになる。

 だから順当にいけば……」

「ここまでずっと戦い続けてる上に、リィーナさんにあれだけ吸収された後でもアイシャ並みの顕在オーラを纏えるんなら、アイシャ以上のオーラがなきゃ、むしろおかしいってことだろ?」

 

 キルアの言葉に、沈黙で応えるビスケ。

 

「……なにがイヤかってさ」

 

 遠くで観戦しているアイシャの顔をキルアは見据え、

 

「あのオーラを目にするアイシャが、動揺しているようには見えないんだよ。

 ──つまり確信してるんだ。あいつの方がオーラ量は上だってことを」

「あ……

 有り得るか、そんなこと……?」

「信じ難いことだが……

 確かにそう考えるのが妥当か……」

 

 ミルキとクラピカがそうつぶやき、キルアが最後に締めくくる。

 

「……なるほどな。

 アイシャがあいつに一任するわけだ。ハナから勝ち目のない勝負だったわけか」

 

 

 

 

 

 リィーナは増大したオーラ量に任せた打撃偏重の柔拳、際どい関節技なども繰り出すが、ほぼ桜には通じず、必然的に合気──それも【貴婦人の手袋】によるオーラ把持を狙っていく。

 

 流石に顕在オーラ量が多い為、桜も『練』ではなく『堅』で戦っている。が、

 

「くっ……!」

 

 桜の纏うオーラが薄い。アイシャと比肩する顕在オーラにも関わらず、肉体の表面からほとんどオーラが離れていない。本来は広げるはずの『円』を限りなく狭めるといった、訳が分からない技巧を見せている。

 

 こんな薄いオーラを掴むのは、肉体や衣服を掴むのと然して変わらない。焦りを覚えるリィーナだったが、

 

「──防戦一方ではありませんか! ずいぶんと消極的ですね!」

「あ、バレた?」

 

 弱点を看破するリィーナ。──確かにオーラを薄く纏っても防御力はまだ維持できるが、攻撃力が下がるのだ。言ってみれば『堅』よりも『纏』に近い。外向きに勢いを持たないオーラは、攻撃性を著しく下げる為だ。

 

 挑発してみたものの、桜は変わらず回避に徹している。ならばと反撃を恐れず、大胆に攻め立てるリィーナ。時間をかけても不利にしかならないので、短期決戦で挑む。

 

 ほとんど防御を捨てて掴みかかってくるリィーナに対し──

 

 パパパァンッ!

 

 攻撃性を持ったオーラによって数撃痛打を浴びせる桜。リィーナも警戒していたので、急所に喰らうのは何とか逃れた。撒き餌にかかった桜の放つオーラを掴もうとし──

 

 そのオーラが唐突に消えた。

 

「──っ?!」

 

 リィーナの【貴婦人の手袋】が宙空に力なく彷徨う。桜が咄嗟に『絶』を使ったのかと判断しかけたところで、

 

「かッ!?」

 

 桜が背を向け、靠を放った。強烈な体当たりで押され続けながらも、リィーナは何とか掴もうとするが、

 

「な……」

 

 ない。どこにも桜のオーラが。これだけの威力であれば絶対に纏っているはず──そもそも桜のオーラが、自分の身体に触れているのは感じ取れる。にも関わらず目に映らないのは──

 

 桜自身の肉体を掴み、勢いを逸らして靠から逃れるリィーナ。

 

 少し離れたところから、何か放つ仕草をする桜。ドォンッ! とリィーナの足元間近でひとりでに爆発する地面。爆発したところから、オーラの残滓が立ち昇る。

 

「まさか……『隠』ッ!?」

「ご名答。ようやく気付いたね」

 

 無論リィーナもそれは警戒していた。不可視ほど恐ろしい攻撃はない──ゆえに目への『凝』は当然怠るはずもない。

 

 問題は今の自分の顕在オーラによる『凝』ですら、桜の『隠』を見破れないという事実──通常かなりの力量差でなければ、そんなことは起こり得ないはず。アイシャのように、そういう能力であればまだ納得もできたが……

 

「見えないものは掴みようがない。困っちゃうねぇ」

 

 オーラを不定形に揺らめかせながら、見せたり隠したりして、いたずらっぽく笑う桜。

 

 汗を滴らせ、しばしリィーナは考え込んだ後──

 

 自らの『堅』を解いた。風間流の構えも崩し、か細い息を吐く。

 

「……これでは勝ち目がありませんね。どうやら私もまだまだ未熟だったようです。

 

 私の、負けです」

 

 

 

 

 

 思いの(ほか)、あっけない幕切れに少なからず落胆の空気を漂わせるリィーナ達の陣営。

 

「……やっぱりダメだったわさ」

「もったいないよなー。あいつも消耗してたんだろうし。

 リィーナさんなら、もうちょっと食らいつけそうな気もしたんだけどな」

「……いや、流石に心が折れてしまったのだろう。

 短期決戦の目も絶たれてしまったんだ。

 無理に続けたところで勝つ見込みがなかった以上、やむを得まい」

「キルだって偉そうなこと言って、おんなじような負け方したじゃないか」

「それは兄貴もだろ……

 まぁオレがそうだったのは認めるけど」

「師も……

 風間流と自身の念が思うように通じず、さぞかし無念だろう」

「何はともあれ、怪我らしい怪我もなく済んで何よりだぜ。

 これで負けが確定したわけだが、この後リィーナさんはどうするつもりなんだろうな」

 

 

 

 

 

 戦闘態勢を解いて敗北を認めた後、今後のことを話そうとして、リィーナは訝しんだ。

 

 桜が緊張を解いていない。

 

 構えやオーラこそ解いているが、顔つきからも弛緩しているようには見えない。

 

「どうしました? これで戦いは終わったはずですが」

「まだだよ。まだ残ってるじゃん」

「……」

 

 

 

 

 

「ん? なんか様子が変じゃないか?」

 

 レオリオがそう言い、桜とリィーナの様子を注視する面々。

 

「……まだ終わってない?」

 

 いち早く異変に気付いていたビスケが、2人の会話を要約してつぶやく。

 

「は? もう終わりだろ? これで全員──」

 

 そう言ったレオリオに対し、それ以外の全員が視線を向ける。

 

「な、な……

 ちょっと待てオマエラ。なんだその目は」

 

「レオリオ……

 そういやオマエ、まだ負けたわけじゃないよな?」

 

 キルアが尋ねると、レオリオはブンブン手と首を振り、

 

「待て、なに言ってんだっ!?

 オレはちゃんとリィーナさんに、戦うメンバーから外れるって……!」

「そうだな。

 リィーナさんにそう言ったんだよな。

 ──アイツにもそれを伝えたか?」

「……ぃ……

 ま……まぁ確かに、直接は伝えてねぇけどよ……

 でもあの子、かなり地獄耳みたいだし、多分オレがそう言ったのも聞いてただろ?」

「さぁな。

 アイツがそれを負けの宣言と認めなかったら意味がないし、どっちにしろオマエはまだ負けてない。

 違うか?」

「ま……

 ……負けちゃいないな、うん。そいつはその通りだが、けどよ……」

「どうも、まだ終わってないらしいぜ。

 行って来いよ」

「……。

 あのな。それがちゃんと『負け』を宣言してこいって意味ならしてくるけどよ。

 なんでオマエラそんな目で見るんだ。

 オレが勝てるわけねーだろ?」

「そりゃレオリオが勝てるなんて誰も思ってないさ」

「オイ」

「けど勝負はまだついてないし、戦いなんてやってみなきゃどうなるかなんて分からないもんさ。

 ダメ元なんだし、やれるだけやってみろよ」

「気軽に言ってくれるぜ……」

「どうせもうこれ以上怪我人は出ねーし、レオリオが戦っても支障ないだろ?

 自分1人だけ戦わずに終わるとか、気持ち悪くないか?」

「…………」

「レオリオ。

 お前は我々が戦っている姿を見て、何も思うところはなかったのか?」

 

 クラピカの言葉に、複雑な表情を浮かべるレオリオ。

 

「……そんなわけないだろ」

「我々は苦痛を味わいこそしたが、彼女との戦いで多くのモノを得た。

 何も得ないまま終わって、後悔はしないか?」

「……。

 いや、後悔くらいはするかもな。……けど、あんまり乗り気じゃないぜ。

 やっぱあんな子供と戦うのはよ……」

「レオリオさん」

 

 リィーナが陣営に戻ってきた。少し逡巡した後、

 

「どうするかはあなたが決めることです。

 ……あの子も、その意思を尊重するでしょう」

 

 諦めたように肩を落とすレオリオ。

 

「……ふぅー。

 そっか……やっぱこのまま終わりってわけにはいかねーか」

 

 パンッ! と自分の両頬を叩き、

 

「ちょっと話してくるわ。

 期待には応えられねーだろうけど、気持ちスッキリさせてくる」

 

「誰も期待してないから、さっさと行ってこい」

 

「うるせぇぞ、クソッ!」

 

 

 

 

 

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