今回は一年前、ヨークシンで幻影旅団が護送される少し前のお話。
外伝一章
1999年9月1日。ヨークシンシティ。
その一画にて、毎年のように開催されているマフィアンコミュニティー主催の地下競売。世界中から大勢のマフィアが集うこの催しで、闇の世界を震撼させる大事件が起きた。
A級賞金首、幻影旅団による地下競売襲撃。
この日ヨークシンは、世界中に強固なネットワークを持つマフィアンコミュニティーを真っ向から敵に回すという驚愕の蛮行に見舞われ、ビルが2つ崩落するほどの物的被害と、多数の有力マフィアがその犠牲となった。
だが、闇の者達にすら恐れられた蜘蛛の跳梁は、その日を境に終わることとなる。
ある少女達の手によって──……
1999年9月2日。スワルダニシティ。
「────では手筈が整い次第、そちらへ向かうとしよう。
次にワシが連絡するまで、しばし待っておれ」
『はい。こちらも身柄を引き渡す前に手落ちがないよう気をつけますが、出来るだけ早くお願いしますね?』
「うむ。くれぐれも頼むぞ」
好敵手との通話を終え、上機嫌でニヤニヤ笑いを浮かべるネテロ。
突然入ってきた一本の電話。──アイシャからの連絡に、一体何の用かと思って電話に出れば、あの幻影旅団を全員捕らえたと来た。
捕らえた連中はどうすればいいかという相談だったので、意気揚々と己が
当然の結果と思いはするが、好敵手がこうも鮮やかにA級賞金首の一味を壊滅させたと聞けば、心も躍ろうというもの。
しかし、冷静になって考えもする。
会長たる自分が出張るのは、まぁいい。むしろ幻影旅団全員の護送であれば、過剰戦力とも言えまい。が、充分かと言われると、ちと不安もある。
何が襲ってこようと
A級賞金首の護送。失敗が赦されない任務であることは間違いない。
しかし自分が行くと言った手前、ぞろぞろ人数を連れて来た姿を好敵手に見せるのは、あまりに無様すぎる。少し保険を掛けておくぐらいがよい
どうせ自分もすぐには動けない。思い当たる手練れ数名に、駄目元で連絡を入れておくことにした。
1999年9月3日。グリードアイランド。
俺は、ある男から『交信』で連絡を受け、ブンゼンの近くにある森の中へ来ていた。
そして直接会った男から、一つ依頼を受けてくれないかと相談されていた。
「──熟慮した末、キミが最も適任だと判断したんだ。
申し訳ないが、引き受けてくれないか? ……ウラヌス」
「んー……また面倒な話だなぁ」
俺は困った顔を隠しもせずに、うなじをぽりぽりかく。
ゲーム内で片付く用事ならまだいいんだけどな……
だがこいつの頼みごとは、島の外に出る必要がある。流石に軽々しくは受けられない。
「どうしてもイヤだと言うなら、無理強いはしないが……」
「……そもそも、そこまでして確認したいようなことか?」
「気にはなる。事後ならともかく、これから起こることだからな。
我々もゲームクリアを諦めたわけではないんだ。尚更だよ」
「ん、ん、んー……」
そりゃ俺も、こいつの立場だったら気になっただろうな。でも、他人に頼んでまで確認しようと思うか?
「つーか、そんなに気になるなら自分で行きゃいいじゃん」
「……我々か、他の誰かがゲームクリアを果たすまで、島の外には出ないと誓ったのだ。
何より、当の私がその場にノコノコ顔を出すのはみっともないだろう?」
しらんがな、と言ってやりたいところだけど。まいったなぁ……
「俺が外に出てる間、カード預かっててもらってるし、断りにくいんだよな……」
「恩に着せようとは思わんがね」
「結果的にそうなってるよ」
まったく。二週間ぐらい前に外からようやく戻ったところだってのに……。とはいえ、最近ちょっと手詰まり感はあるんだけどな。
「もちろんタダとは言わんよ。そうだな……」
その後、男が提示した報酬を吟味し、俺は溜め息混じりに依頼を引き受けることにした。
1999年9月4日。アムリタ港。
ゲームから現実に戻ってきた俺は、あまり気乗りしないままホームコードを確認した。
連絡は3件。うち2件は期日が過ぎていた為、謝罪の連絡を返す。残り1件は2日前にネテロからだった。
詳細な話もなく、重要な案件があるからスワルダニシティへ来い──とだけ端的に吹き込まれている。
俺は首を捻りながら、一息吐く間も惜しんでハンター協会本部へと向かうことにした。飛行船なら一日で着けるだろう。ヨークシンに用事はあったが、そちらはまだ日に余裕があるしな。
1999年9月5日。スワルダニシティ。
「……はぁぁ? んだよ、その用件は」
ジイさんからの話を聞いた後、俺は不機嫌にそう返した。
「なんじゃ、引き受けてくれんのか?
薄情なヤツじゃのう」
──協会本部のネテロが占拠する一室で。俺は突拍子もない話を聞かされ、正直言ってバカバカしい気持ちでいっぱいだった。
ソファーに座ったまま、パンパンとワンピースの裾を払いながら問いただす。
「いきなりする話じゃねーだろが、幻影旅団の護送手伝えとか。
ジイさんアタマ大丈夫か?」
「お主もクチが悪いのぅ……
なんでワシの回りにはこういう連中が多いんじゃ」
「日頃の行いが悪いからに決まってんだろうが。
大概にしろよ」
イタズラを咎められた子供のように、ジイさんは嫌そうな顔をし、
「なんでワシ、怒られとるん? お主はワシのかーちゃんか?」
「……たびたび好き勝手やってるからだろ。
ビーンズが神字の依頼持ってくるたびに、ジイさんに対する不満をぶつぶつ俺に言ってくるんだぞ。お前、いい加減にしろよ」
「……アヤツも口が軽いのぅ。秘書、解任しようかな」
「すりゃいいだろ。
誰も後任引き受けねぇだろうけど、な!」
ムカついて悪しざまに強く言ってやると、思いのほかジイさんはヘコんだ顔をする。
「……かものぅ」
なんだよ、いきなり弱気になって。……こっちがイジめてるみたいじゃないか。
「ったく。自覚があるんなら、もうちょっと配慮しろっての。
オマエに付き合わされるビーンズの心労も半端じゃねぇんだろうし、愚痴ぐらい好きに言わせてやれよ」
「……解任なんて冗談に決まっとるじゃろ。心配せんでよい」
「フン。……で、具体的には?」
「ぅん?
お主、結局引き受けるんかい」
「話によっちゃ、な。
詳しい話をする気があるなら、だけど。
聞いた後、断るのが無しって言うんなら、俺は忙しいから断りたいね」
ネテロは難しい目つきでヒゲをさする。
「そうは言うても、部外の人間に話すわけにはいかん内容でな。
なにせモノがA級賞金首じゃ。
捕らえた状況も尋常とは言えん」
今度は俺が難しい顔を返す。
「……別に護送くらい、アンタなら1人でもどうにかなるだろ。
世界最強の名が泣くぞ」
そう言ってやると、何やら微妙そうな表情を覗かせる。……なんだ?
「ワシも1人でやるつもりではおる。
……が、万に一つもしくじれん任務じゃ。保険を掛けておきたいんじゃよ」
「それは分かるんだけどな……
ん? つぅことは、なにか?
特に問題なければ、俺は付いてくだけで他に何もしなくていいのか?」
「いや、そういうわけではない。
護送車に防護神字を組み込んでほしくての。突貫工事でやってのけるのは、お主ぐらいしかおらん。それプラス、ワシが敵を捌ききれんかった時の援護じゃ」
……はぁぁぁぁ、と。長い溜め息をつく。
「ジジイ。……オマエ、俺を何だと思ってんだ」
「うむ。一家に一台、便利な高速神字製造機。
ぅゎオトコのムスメっぉぃ、ウラヌス一号じゃ!」
「ぶっころすぞ」
「冗談じゃよ」
「……冗談抜きで、ぶっころすぞ」
「いや、うん。すまん。そう怒るな」
カリカリと額をかく。調子狂うんだよな、このジイさんはホント……
「次オトコの娘とか言いやがったら、マジでぶん殴るからな。
……大体、今の俺はそんな強くねぇよ」
ネテロは気遣わしげな表情を見せる。
「お主のソレは、まだ治りよらんのか?」
「……
それを治す為の努力をしてたところに、お前が横槍いれてんだよ。
……いや、これは八つ当たりだな。
今は全盛の2割の力も出ない」
「……それでも、一流のハンター並みなんじゃがのぅ。
よぅ分からんやつじゃ」
「どうだかな……
オーラ量だけならそうかもだけど、身体能力の衰えだけは何ともな。ダブルパンチで、かなりヘタってきてるんだよ」
力なく息を吐く。
「じゃあ、やめとくんかい?」
「いや、別に引き受けてもいいさ。
危険手当を弾んでくれるんならね」
「それは期待してもよいぞ。元が1人20億の賞金首の大量護送じゃからな。
マフィアどもが狙ってくることはまず確実、後は念能力者がどれだけ来るかじゃな」
「……ジイさん。
俺が突貫で神字
「シングルが泣きごと言うでない」
「っせぇよ。めんどくせぇな……
分かったよ。受けてやるし断らねぇから、さっさと詳しく話せ」
ジイさんから詳しい話を聞き終えた後、俺は猛烈に不機嫌な声音で告げた。
「……そんなずさんな計画なら、俺は断る」
ネテロは心底困った顔をし、
「お主、断らん言うたじゃろが。何を今さら」
「ふっざ、けんな。
なんでジイさんの享楽に、命懸けで付き合わなきゃならねぇんだ。
万一にもしくじれない任務だって、自分で言っただろうが。
俺も言い出した手前、断る気はねぇけど、護送計画を練り直せっつってんだ」
「ふむ……練り直しのぅ。
そうは言うても、捕らえてからもう3日は経っておる。あまり時はかけられんぞ。
妙案があれば賜りたいのォ」
……くそ。結局ジイさんのペースだな。
乗せられてる自分にイラつきつつ、何だかんだでネテロとの会話を楽しんでいる自分に呆れてもいた。
「他にも声はかけてたんだろ? 誰が協力してくれるんだ」
「……数名に声はかけたが、お主とノヴくらいじゃな」
「お前、マジで人望ねぇな」
「それは誤解じゃ。
並みの使い手では危うい案件ゆえ、厳選しとるんじゃよ。……返事がないのはたまたまじゃ」
「……お前に足りないのは、人望じゃなくて自覚だよ」
「ひどいのぉ。
言うて、お主は付き合っとるではないか」
頬をかく。仕方ねーだろ、短期間で金稼いどく必要があるから断れないんだよ……
「まぁいいや。ノヴがいるなら
で、肝心のノヴは?」
「もうこの街で待機しておる。呼び出すか?」
「いや……
アイツと相談すると、また話がこじれそうだ。
俺とアンタで計画を練り直して、それをアンタからノヴに伝えてくれ。
……俺がアンタの計画にクチ挟んだとか知れば、ごちゃごちゃ言うに決まってる」
ジイさんはひとしきりヒゲをさすった後、
「まぁよかろ。
……で、お主の案とはなんじゃ」
「えっとな……
まず普通の護送車を使うな。変装が必要なのはアンタじゃなくて、護送車の方だ。……ヨークシンで街中をよく走る中型か大型のバンがあれば、この街ですぐ手に入るかどうか調べてくれ。向こうに行ってから、突貫で防護神字組み込むなんざゴメンこうむる。
なけりゃ、よくある車種にしとくしかないか。いかにも護送車でござい、は無しだ」
「ふむ……
じゃがそれでは、マフィア連中が気づかんかもしれんではないか」
「何でお前は襲われること前提なんだ。真面目に偽装しろバカヤロウ。
バレるのは仕方ないにしても、ちょっとは迷いを持たせて、向こうの
「それはよいが、お主は変装せんでよいのか?
マフィア連中に目を付けられれば面倒じゃぞ」
「ハッ!」
一笑する。屋内でなければ唾棄してたところだ。
「上等だ。
こちとら凶悪犯の護送って大義名分があるんだ。返り討ちにしてやるよ。
親類血縁を狙ってくれるんなら、俺から金を払いたいぐらいだ。ぜひとも殺してくれ」
ネテロは眉をひそめ、
「……お主も大概ではないか」
「ぅるせえ。
どっちにしろ、俺はギリギリまで援護しないからな。
ジイさんも、出来れば一人で楽しみたいんだろ?」
ネテロが口の端を釣り上げてみせる。やっぱり、コイツはこういうやつだ。
「もちろんじゃ。
……護送車の件はすぐに取りかかろう。他には?」
「んー。まぁ後は細かいことだな。
計画の
結局、相手が念能力者だと臨機応変にやるしかないしな。護送計画を細かく立てても、どっかから洩れたらシャカだ。俺の方で準備して、事前に伝えるよ。……ノヴにバレないように」
「……よかろ。では早速動くか。
お主の前向きな協力、感謝するぞ」
「……。
礼なら上手くいってからにしてくれ」
1999年9月6日。スワルダニシティ。
忙しなく幻影旅団の護送計画を進めながら、別件の依頼も進めておく。具合よく両方の案件がヨークシンで良かったよ。でなけりゃネテロの依頼を蹴らざるを得なかったしな。
顧問弁護士に面会の約束も取り付けたし、もうじき俺も飛行船でこの街を発つ。万が一なにかあっても、ノヴが居てくれりゃ逃げるのも楽だしな。あいつマジ便利。あの中なら内緒話もしやすいし。○ラえもんサイコー。
1999年9月7日。ヨークシンシティ。
俺はネテロやノヴと一緒に、ハンター協会専用の大型飛行船に乗船していた。もうじきヨークシンの飛行船発着場に着く。協会の大型飛行船だけあって、航行速度はハンパじゃない。朝7時には、街の上空へと差し掛かりつつあった。
一緒に積んである偽装済の護送車には、がっちり防護神字を組み込んである。中からも外からも容易には破れないし、『周』をすれば防御力は跳ね上がる。ネテロの『周』ならバズーカで一撃されても、車は無傷で済むはずだ。
ま、見た目はよくある観光バスだけどな。護送開始の出発予定地点がホテルらしいから、偽装としてはうってつけだろう。スワルダニ観光の文字が、ちと気になるが。ジイさんも運転手に変装してるから、微妙にマヌケだ。
──その当のネテロに、そろそろ到着時刻を向こうに伝えとけと言ってやると、何やらウキウキ顔で電話をかけ始めた。その様子が気になったので、部屋を出るフリして物陰に隠れる。
『はい、もしもし』
「おお、アイシャか。
連絡が遅くなってスマンのぅ」
……なんか口調が柔らかいな。
これって、蜘蛛護送の連絡だろ? 相手、誰だ? 名前をちゃんと聴き取れなかったな……聴力を強化するか。ネテロにバレない程度に……
『まあ、あなたの立場が立場ですからね。
ヨークシンに行きます、はいどうぞ。とは行かないのは分かっていますから』
「うむ。
組織の長などと言っても、自由な時間も少なく、縛られる毎日よ」
『よく言いますね。
あなたの突拍子のない行動で、ビーンズがどれだけ苦労したことか。
昔、酒の席で愚痴られたのを忘れていませんよ』
……ジイさんがしばし黙りこむ。聴き取れた内容は途切れ途切れだが、電話向こうからビーンズという名前が聴こえた。やっぱりネテロも思うところはあるんだな。
「そうは言うがの。ワシも協会の為に動きつつ、僅かな時間を自由に使っておるんじゃ。
だから少しくらい、ハメを外してもいいじゃろう?」
『それが他人に迷惑を掛けない外し方なら、誰も文句は言わないでしょうね』
「厳しいのぅ。いいかげんワシも隠居しようかの?
歳じゃし、集中してやりたいことも出来たしな」
やけに強い口調だ。聴いてて首を傾げる。
物陰から覗き込む。……なんかジイさん、くっそいい顔で笑ってやがんな。
『歳、ね。
私に負けても歳のせいにしないでくださいよ、お爺ちゃん?』
「抜かせ。
そっちこそ負けを歳のせいにするなよ、小娘が」
ジイさんと電話向こうの低い笑い声が重なる。いや
『再戦を楽しみにしていますよ』
「こっちの台詞じゃわい。首を洗って待っとれよ。
ではな」
……。
「おい、ジジイ」
「む? なんじゃ聞いとったんか?」
「今の電話。
いつ到着するか、向こうに伝えてねーだろ。しばくぞ」
「はっ!?」
「……はよ掛け直せ」
ネテロが慌ててリダイヤルする。手元が狂ったようで、慌てて再操作。どんだけ慌ててんだ。
『えっと……もしもし』
「あ、今日……
ホテルに昼頃到着予定じゃ」
『あ、はい。
その、待ってます』
「……じゃあ、また後での」
『……ええ、また後で』
通話を終えたネテロが、こちらから視線を逸らす。
「さて、そろそろ着く頃じゃな。
準備を始めるとするか」
「おい、ジジイ。ごまかすな。
つか今の相手、誰だよ」
「……お主には関係ないわい」
「ほぉん。
俺が聞いてるぶんには、ノロケてるような感じだったんだけどな」
「誰がノロケとるんじゃ!
ふざけおって」
「……お前、自分がどんだけニヤけて電話してたか自覚ないだろ」