どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第二百七十六章

 

「な……なんでオレが?

 オレはアイシャの味方なんだけど……」

「もちろん分かってる。

 でもさ。怪我を治さないって意地張って、ずっとレオリオに心配かけさせたでしょ?

 そのことは悪いと思わない?」

「そ、それは……

 うん。悪いとは思ってる……」

「だったら罪滅ぼしに、レオリオの戦う権利を肩代わりして、ゴンが私と戦わない?」

「……」

「戦う以上、怪我を完治させるのが大前提。

 レオリオはどう? ゴンが代わりに戦うって提案は」

「うーん……

 オレとしちゃ願ったり叶ったりではあるけどよ。

 でもゴンはアイシャ側だろ? 本気で戦えるか怪しいし、万が一ゴンが勝っちまったら……」

 

 そのレオリオの言葉にゴンは不服そうな顔をするが、そこへ桜が一押し、

 

「だいじょうぶ。

 ゴンが本気で戦ったって、私に勝つ心配なんていらないよ。絶対にムリだから」

 

 分かりやすくビキビキと青筋を立てるゴン。

 

「それ、どういう意味?」

 

 桜は愉快そうに、大袈裟な身振り手振りを加えながら、

 

「どうって? そのまんまの意味だけど。

 えっ? まさかゴン、私に勝てるとでも?

 大丈夫大丈夫。そんなのいっさい、ありえないからぁ♪

 ゴンが勝って、アイシャに迷惑をかける可能性なんて、まぁったく、これっっぽっちもないよ?

 だから安心して♪」

 

「──言ったなぁッッ!!」

 

 ドゥッ!! とオーラを漲らせるゴン。臨戦態勢で今にもおっぱじめそうだ。

 

 流石にこの単純さにはシームも呆れた。まさかここまで分かりやすい挑発に乗るとは。

 

「シーム、ありがと。

 巻き添えにならないよう、もう後ろに下がってて」

「う、うん! 気を付けてね!」

「もちろん」

「お、おい、ゴン! 落ち着けって!

 戦いたいなら止めはしねーけど、せめて治療を……!」

「いらないッ!!」

「あーりゃりゃ。怒らせすぎちゃった……

 レオリオ、正式にゴンへ戦う権利を譲るってことでいい?」

「あ、ああ!

 でも、治療はどうする?」

「こうなったら治療を大人しく受け入れるわけないよ。

 私がなんとかするから、心配しないで」

「……分かった! 頼んだぞ!」

 

 シームとレオリオが戦場から離れ、1人オーラを放つゴンと桜が対峙する。

 

「心配ないって言ったのは桜だからねッ!? 後悔しても知らないよッ!!」

 

「ぜーんぜんへっちゃら。本気でどうぞ。──是非とも後悔させてみて?」

 

 いきり立つゴン、挑発し続ける桜。……が、意外にもゴンはオーラを漲らせるだけで、仕掛けようとしない。隙を見出そうとしているが、まるで見当たらずどう攻めればいいか悩んでいる。

 

 微笑みを絶やさぬまま、歩み始める桜。

 

 間合いを詰められてはマズいと、真横へ動き、回り込もうとするゴン。

 

「わっ!?」

 

 背後へ回り込んだはずが、桜の正面と向かい合わせになり、ゴンは面食らう。あまりに自然な動きで桜が向きを変えた為、鉢合わせになりかけた。

 

 ぶつかる直前で後ろへ跳ぶゴン。その跳躍に合わせて桜も早歩きで追う。

 

 桜はゴンの着地点に先回りで足を滑り込ませ、チョンと着地前のゴンの足を浮かせる。

 

「わっ、わっ!?」

 

 ワタワタと腕を振り回し、何とか転ばずにしゃがみこむゴン。

 

 桜がいない。

 

 ゴンの両肩に、スッと手が置かれる。背後から。

 

「やっぱり動きがニブいね」

「……。

 すごい……

 ぜんぜん動きが見えない」

 

 素直に驚嘆するゴンだったが、桜は「ちっちっち」と舌を鳴らして否定する気配。

 

「そうじゃなくて。

 怪我してたからしばらく運動できてなかっただろうし、どうしても痛みで動きがぎこちなくなってる。嫌でも身体を庇っちゃうでしょ?

 痛みで気が散ってるから、目も追い付かないんだよ」

「……いつも万全の状態で戦えるとは限らないよ」

「それはもちろんその通りだけど、必要もないのにそんな状態で戦うのは悪手。

 もしかして私が連戦で消耗してるから、これで条件は五分とかそんなこと考えてる?」

「……」

「それこそ勝機だと思ってもらわないと。

 まぁ仮にも敵対する相手から、治療なんかされたくないって気持ちは分からなくもないけどね」

「……。

 だったら無理やりにでも治療すればいいよ。

 できるモンなら」

 

 ゴンがオーラを漲らせる。桜は両肩から手を放す。

 

「さい、しょは……グー……!!」

 

 しゃがみこんだまま、右拳にオーラを集めるゴン。桜はゴンの背後に立ったまま、その様子を観察している。

 

「ジャン!! ケン!!」

 

 吠えながらゴンは身を翻し、間近で興味深そうな顔をする桜を見据える。

 

「グー!!」

 

 桜の胴体に向けて放たれた剛拳。瞬時に左手を動かす桜。

 

 パァンッ!!

 

 弾けるような音──しかし想定される威力に比して思いのほか小さい音が鳴り響く。

 

 ゴンの渾身の一撃は、桜の左掌で完全に受け止められていた。

 

「な……」

 

 ゴンは今までに色んなモノを殴ってきた。岩、顔や腹、ボール、果てはキメラアントの巨体。それらを砕き、叩き、弾き、殴り飛ばしてきた。

 組手でアイシャに放った際も、直撃こそしなかったものの、勢いを受け流された。

 

 アイシャの時は川の清流に打ち込んだかと思えるすり抜け方だったが、こうも柔らかく正面から止められたのは初の経験。まるで空気の塊を殴ったかのような手応えのなさ。

 

「ふーん。なるほどね……」

 

 桜の反応で我に返り、飛び退くゴン。

 

「みんなが修行見てあげたくなるの、分かる気がする。

 色々言いたくなっちゃうね、ゴンには」

 

 艶っぽく笑う桜に、妙な震えが走るゴン。

 

 それを振り払うように、ゴンは再び──

 

『最初はグー』

 

 ゴンと同時に桜もそうつぶやく。しかしゴンは構えているが、桜は両手を下げたまま、身構えもしない。ただ歩いてくる。

 

 そのあまりの不気味さに、ゴンは一瞬中断しようか迷ったが、

 

『ジャンケン──』

 

 好奇心が勝り、そのまま拳を引き絞る。

 

『グー!!』

 

 ゴッ!!

 

 正面から拳が激突する。

 

 お互いに拳を振り抜いた体勢で固まり──

 

「ぐ……」

 

 ゴンが呻き、右肘を抱えて膝を突く。

 

「あーあー……砕けちゃった。そうならないように気をつけてたんだけどねぇ。

 すぐ治してあげるから見せて」

「いいよッ、別に!

 ……でも、なんで……?」

「知りたい? 治させてくれるなら教えるけど」

「……」

「んー、もう。意地っ張りだなぁ……

 いいよ、教えてあげる。

 今のゴンは怪我してるから、変なところに力が入っちゃってたんだよ。

 正しいモーションが出来てないせいで、痛めてた関節に余分な力が集中した結果だね。

 そもそも『硬』は防御に適さないし」

「……そうなの?」

「そりゃそうだよ。

 強い攻撃を『硬』で止めたりしたら、被弾した箇所は無事でも勢いで吹っ飛ばされるし、全身強化が解けてるから体勢も崩れやすい。

 攻撃した場合も、相手側に勢いが突き抜ければいいけど、万が一受け止められて威力が跳ね返されたら、反動で身体の方が壊れちゃうよ。

 尖端を『硬』で強化した剣で突いて、うっかり跳ね返されると、強化されてない刀身が砕けたりするから」

「……そっか」

「大抵の場合、拳へ高密度に収束した『硬』のオーラで殴れば、『堅』で跳ね返すなんて現実的には無理なんだけどね。

 でもさっきみたいに、攻撃の撃ち合いをするのは避けた方がいいかな。自分が壊れたらオシマイなんだから」

 

 何か言いたそうにしているが、反論しないゴン。桜は困ったような顔をし、

 

「強化系のポリシーに反するのは分かるんだけどね。

 自分が最強、自分が絶対。自慢の技で負けるなんて有り得ない」

「……そんなこと思ってないよ」

「私の挑発にあれだけ見事に乗っておいて、ちょっと説得力ないかなぁ。

 ゴンは自分が傷つくことにもう少し頓着した方がいいよ。周りが心配しちゃうレベル」

「いいから放っておいて。

 ……それにまだ、戦える」

 

 立ち上がり、左拳を握りしめるゴン。あからさまに「えー」と不満そうにする桜。

 

「ゴンって強化系なのに、すっごい精神力あるタイプだよね。

 ド根性というか。逆境に強いのは分かるんだけど」

「最初はグー……」

 

 もう話に付き合う気はないとばかりに、左腕を震わせながらオーラを滾らせるゴン。

 

「仕方にゃいなぁ……」

 

 諦めたように桜は構える。ゴンのパンチを両手で受け止めるような姿勢。

 

「ジャン、ケン──パー!!」

 

 拳を開き、念弾を放つゴン。意表を突いたつもりだったが、これを手の甲で容易く弾き逸らす桜。

 

 気を逸らすことには成功したと見たゴンは、

 

「アイコで──」

「お?」

 

 それこそ思いつきで連撃を仕掛けた。

 

「グー!」

 

 ぱすっ。

 

 まるで空気が抜けるような音を立て、ゴンの拳を片手で止める桜。

 

「くっ……」

「そりゃ溜めが足りないもんねぇ。

 おかげで片手でも勢いを殺せたもん。また怪我しなくてよかった。

 んじゃ、こっちのターンね」

 

 ふっとゴンの視界から消え、ガバッと背後から抱きつく桜。

 

「うわぁっ、ちょっ!?」

「じっとしててねー」

 

 振り解こうとするが、強化系のゴンがいくら力を入れても桜の抱擁はビクともしない。力がすり抜けるかのように錯覚するゴン。

 

 

 

(ち )(うえ)(ゆ )(やさ)しい(なが)れよ  一雫の(ひとしずく ) (あま)(みの)りを──」

 

 

 

 ゴンの傷んだ箇所に桜は指を這わせ、神字を刻んでいく。ぞくぞくぞくっと震えあがるゴン。

 

 

 

「──【白い恵み/ミルクエッセンス】──」

 

 

 

 ゴンの肉体が光に包まれる。数秒と経たないうち、

 

「はい、オシマイ。お大事にー♪」

「えっ!?」

 

 桜の抱擁から解放され、自分の身体を驚いた様子で見回すゴン。あれだけ全身が痛みと熱に苛まれて重苦しかったのに、今はそれらが完全に失せている。

 

「どう? 問題ない?」

「…………

 うん。全然問題ない、けど……」

「よかった。

 これで私もレオリオも、ようやく一息吐けるよ」

 

 分かりやすく「ふー」と安堵して見せる桜。思わずゴンがレオリオの方へ目を向けると、安堵ではなく、あんぐりと口を開けていた。

 

「……すごい能力だね。本当にすっかり治っちゃってる……」

「流石に大天使の息吹には敵わないけどね。

 予め診断は終わってたから、準備してた治療を施しただけだよ。

 治療そのものよりどう治すか診断する方が時間かかるから。モノにもよるけど」

「……いいの?」

「ん? なにが?」

「……勝負を続けていいの?

 オレのこと治しちゃったけど……」

「なーに言ってんの。

 戦う以上、怪我を完治させるのが大前提って言ったじゃん。

 さっきまでのはただの治療行為。

 怪我が治った、今からが本番だよ。

 それともまさか怖気づいたとか?」

「……。

 桜って優しいよね。優しすぎるよ……」

「そりゃ友達には優しいよ。

 でもこっからは真剣勝負。レオリオの代わりを務めてるんだから、本気で来てね」

「……全力でいくよ?」

「遠慮なくどうぞ。

 ゴンの全力、しっかりと受け止めてあげるから──

 かかって来なさい」

「──……! オスッ!!」

 

 ゴンは至近距離で力を溜める。桜は【ジャン拳】の出鼻を挫こうとせず、撃つその時を見定めている。フェイントにも引っ掛からないので、割り切ってゴンは溜めに集中する。

 

「最初はグー……」

 

 やはり桜は動こうとしない。今度は受け止める気配もなく、じっと見据えている。

 

「ジャン、ケン────チー!!」

 

 鋭いオーラの刃が桜を斬り裂こうと──

 

 バキンッ!!

 

 ──した瞬間、横から来た刃を桜は肘と膝で挟み込み、完全に粉砕した。

 

「な……!?」

「なるほどね。刃なら成形しやすいし、威力も高めやすい。

 でも──防御力が低すぎる。研ぎ澄ませた刃の側面が脆いのはどうしようもないね。

 では、お返しに……最初はグー」

 

 思わず一歩引くゴン。桜は言葉を発しただけなのに、オーラを放たないまま途轍もなく威圧感が増した。

 

 ゆるりと桜は右手を上げ、

 

「ジャンケン──」

 

 なにが来るのか。ゴンはこの時初めて、自分と対峙した相手がどれほどプレッシャーを受けていたのかを知った。

 

「チョキ」

 

 桜が開いて突き出した二本指の先から光が伸びる──硬直するゴンの両脇をすり抜け、強烈な勢いが吹き抜ける。

 

 笑みを濃くする桜に恐怖し、ゴンは直感で思い切りしゃがんだ。

 

 その頭上をバツンッ!! と音を立て、二刀のオーラが閉じた。ゴンの髪の先端が僅かに切れ、地面に落ちる。

 

「これは──ハサミッ!?」

「チョキだからね。

 むしろ一刀にして切り裂く発想が私にはなかったかな」

 

 ふっとオーラを消す桜。

 

「他にも──ジャンケン、チョキ」

 

 ズンッ!! と桜が突き出す二本指から伸びたオーラ刀が、地面を刺す。ギュイーン! と音を立て、刀が回転して地面に大穴を穿った。

 

 その光景に目を奪われて動けずにいるゴンの前で、桜はオーラ刀を消し、

 

「んー。後は……

 ジャンケン、パー」

 

 ドンッ!! と掌からオーラの衝撃を放つ桜。不意を突かれ、不可視のオーラ波をもろに食らうゴン。

 

「ぐっ……!!」

「もういっちょ。ジャンケン、パー」

 

 ババババババババババッ!! と掌から上空に向けて念弾を放ちまくる桜。

 

 衝撃から立ち直ったゴンが、次は一体なんなのかと見上げると。

 

 打ち上げられ、放物線を描いた大小多数の念弾が──降ってくる。

 

 ボボボボボボボボボボッ!!

 

「うわぁーッ!?」

 

 大慌てで避けながら、両腕を上げてガードするゴン。2発が身体を掠めて体勢を崩し、すぐそばへ落ちた念弾によって地面が砕け、その勢いで弾き飛ばされるゴン。

 

「く……くそっ!」

 

 毒づくゴンに、離れた場所で笑いかける桜。

 

「──何が来るか分からない。

 これこそがジャンケンの醍醐味だよね」

 

 その言葉に、ゴンは尻餅を突いたまま大きく武者震いした。

 

「すっげぇ……

 ホンットに、スゲェ……!!」

「いい能力だよ、ゴン。

 可能性を狭めず、自由な発想で能力を磨いてね。

 私が今やってみせたことなんて、ゴンなら全部できるようになるよ。

 ──頑張れ、少年」

 

 じわりと涙を浮かべるゴン。得意分野で完全に凌がれて、悔しく思う気持ちはもちろんあったが、これほど素直に応援されて嬉しく思えたことはなかった。

 

 

 

 

 

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